178 奇跡は突然に
いよいよ、魔女にとって待ち侘びた瞬間が訪れます。
東京都国立市
水無月 紫雨
あの後リビアから戻り、西東京に住む南雲弦弥という砦南大学の考古学教授に会いに行く旨を九重宗一郎さんに伝えたところ、目を丸くして驚かれた。
なんでも、彼の妹の夫だというのだ。
この国には、「世間は広いようで狭い」という決まり文句があるらしいが、まさに今のような状況を言うのだろう。
宗一郎さんの勧めで、僕は彼の会社に勤めている通訳兼技術者(魔術)という立場を手に入れることができた。
・・・年齢をどうやって誤魔化したのかは知らないが、宗一郎さん曰く、「実際に日本国籍があるのだからどうにでもなる」ということだった。
昨日の午後、砦南大学の南雲教授の研究室に宗一郎さんと一緒に向かい、簡単な面接を受けた。
面接の内容は極めて簡単で、古代魔法帝国の石板の音読だけで済んでしまった。
というか、あの言語は古ラテン語の派生だから今の人間でも読めるはずなのだが・・・。やはり、術式で暗号化されているのが問題だったんだろうか?
それに、どうやら南雲教授もかなり優秀な魔術師のようで、僕も魔術師として紹介を受けることになったのは幸先がよかった。
それにしても、南雲教授の娘さん・・・あの魔法を使った千弦さんという娘がどうにも気になってどうしようもない。
下手したら僕より強いんじゃないか?
しかし・・・この国は魔術師や魔法使いがものすごく多いな?
まさかこれほどの短期間で複数の魔術師、魔法使いに会うとは思わなかった。
とりあえず、その疑問については今は置いておこう。
まずは自分の住むところを何とかしなくては。
「おーい、紫雨君。冷蔵庫と洗濯機は設置が終わったってさ。あ、あとテレビの設置場所はここでいいのか?あと、パソコンデスクの場所を決めてほしいってさ。」
「紫雨。インターネットの開設手続が終わった。電気、ガス、水道、インターネット、すべてOK。」
今日は宗一郎さんとエルさんが僕の新居の家財道具や内装について整えてくれることになっている。
新居は、宗一郎さんの会社の社宅という扱いになっている。
お昼過ぎに合流して家具売り場付きのホームセンターや家電量販店に行き、二人の勧める物を買って、持って帰れるものは宗一郎さんの車で運んでもらい、大きすぎる物は配達をお願いした。
そして今、ちょうど各部屋のカーテンを取り付け終わったところだ。
「エルさん、すまない。わざわざ家具選びまでさせてしまって。今日は友達の誕生パーティーの帰りだって聞いてたけど、疲れてやしないかい?」
「ん?誕生パーティーは昨日。お泊りしてぐっすり眠ったから元気。」
「・・・そうか。でも助かるよ。僕はこの国のことなんてさっぱりわからないからね。」
エルさんはエルフであるにもかかわらず、この国の若者の文化にとても詳しい。
食文化に至っては、もはや本職といっていいだろう。
「お、ネットがつながったのか。モデムがそこだと・・・パソコンデスクはここでいいか?」
宗一郎さんが家電量販店の業者さんに指示をして、パソコンデスクを組み立て、パソコンの本体やモニターを設置していく。
佐世保の海軍基地で倒れていた男性の記憶情報からパソコンの存在や簡単な使い方を知ることはできたが、魔法も魔術もなしでこんなものが動くとは心底驚いたものだ。
・・・果たして僕に使いこなせるか、少し自信がない。
「何から何までお世話になってすみません。お借りしたお金もカードもまだお返しできていないというのに。」
「はははっ。20キロも金貨を持ってきて何を言ってるんだか。ウチの金属取引部門で調べたけど、あの金貨、ほとんど地金型金貨だっていうじゃないか。総額で3億はくだらないって担当者が大騒ぎしていたよ。」
そうか、この国では金の価値がそれなりに高いのか。
幸い、手元にはあと10キロほど残っている。
しばらく暮らすのには困らないか。
だが・・・宝石の類いは換金できないだろう。
一番多いのは炭素の結晶ばかりだしな。
「今日一日で何とか生活できるようになりそうだな。たしか、週明けから南雲教授の研究室で仕事が始まるんだろ?」
「はい。ですが1700年のブランクを埋められるか今から心配ですよ。」
仕事の内容は南雲教授のもとで遺跡の文字の解読などを行いながら、彼について世界中を回る予定だ。
・・・そういえば宗一郎さんがくれたパスポートって偽造なのか?
彼の父親が部下に命じて作らせたと言っていたが、彼の父親はマフィアか何かのドンなんだろうか?
「よし。大体終わった。家具の配置はこんなもんでいいだろう。もし模様替えをするなら・・・いや、魔術師だもんな。それぐらいは問題ないか。」
「ええ、今日はありがとうございました。」
まあ、力仕事が必要になったら身体強化魔法でもゴーレム作成術式でも何でも使えばいいだろう。
「ん。じゃあ、宗一郎。何か美味しいものを食べてから帰ろう。」
「エルさんの基準で美味しいものっていうと、かなり限られるんだよなぁ。・・・うん、銀座にでも行くか。紫雨君もどうだい?」
「あ、いえ、まだベッドが届いていないので。お二人でごゆっくりどうぞ。今日はありがとうございました。」
二人に礼を言い、玄関先で見送る。
荷物を梱包していた段ボールなどを片付けていると、玄関チャイムが鳴る。
寝室・・・といっても新居は二部屋しかないが、開けておいたスペースに運んで組み立ててもらう。
よし、これで大体そろったな。
あとは・・・とりあえず生活雑貨でも買いに新宿にでも出ようか。
よし、新宿のミトリとかいう家具屋に行ってみよう。
ええと、新宿までは中央線一本で出られるのか。
なかなか好立地の物件だったんだな。
◇ ◇ ◇
仄香
遥香の誕生パーティーから一夜明け、弟か妹ができることを打ち明けられてからは家中大騒ぎになった。
今の医学では性別が分からない段階だが、念のため鑑定魔法を使ってみたら男の子で、間違いなく私の子孫だった。
遙一郎と相談し、出かけるには少し遅い時間だが、週明けは終業式もあるので今日のうちに必要になるものを買いに行くことにした。
久しぶりに遙一郎の母親の叶多と会い、ベビー用品などの買い物に付き合ってもらうため、今は笹塚の実家に向かって遙一郎の運転する車で首都高を走っている。
カーステレオでお気に入りの戦時歌謡曲を聴いていると、遙一郎がそれまでしていた学校の話から突然話題を切り替える。
「なあ、男の子ってホントなのか?そんなに早くわかるものなのか?」
「ん?ああ、鑑定系の魔法は答えが白か黒かはっきりしている場合は外さんよ。それに、鑑定したのは染色体そのものだ。間違いなくXYだったよ。・・・よかったな。待望の長男だぞ。」
遙一郎が運転する車の助手席に乗り、スマホでベビー用品店を検索しながら答える。
それにしても混んでるな。
週末だからか、山手トンネル(首都高環状中央線)が大渋滞になっている。
香織は安静にしておきたいし、遥香の入った杖は買い物の邪魔になるので置いてきてしまったので、今は遙一郎と二人きりだ。
「ジェーン。いや、仄香。君には感謝している。香織の身体を治してくれたんだろう?少なくとも、妊娠は絶望的だったはずだ。」
「お安い御用だ。私はお前のことを孫だと思っているし、孫の嫁に何かあれば治療するのは当然だろう。それに、一時とはいえ娘の身体を奪ってしまっているんだ。遠慮はしなくていい。」
「そうか。それにしても・・・こうしてると君と初めて会った日のことを思い出すよ。母さんが死にかけたあの時に君が助けてくれなかったら、今の生活はないだろうな。」
そういえば叶多は私の存在を知っている数少ない親族の一人だ。
・・・まあ、この身体の中にまで私が入っていることは話していないが。
「あ、車間距離が開きすぎだぞ。」
「おおっと。よそ見は禁物だな。」
叶多と遙一郎に初めて会ったのはジェーン・ドゥの身体を使っていたころ、国防高等研究計画局の元局長、エドワード・マリスを追って日本に来た時だった。
奴が教会の信徒どもとのつながりがあることが分かり、拷問してでもその関係を吐かせようと意気込んでいたが、あとちょっとのところで逃がしてしまったのだ。
仕方がないから美味いラーメンでも食って帰ろうと思って、博多の商店街に入ったら・・・遙一郎が叶多を抱えて騒いでたんだよな。
っていうか白昼堂々、暴力団同士が商店街のど真ん中で銃撃戦なんてやるか?
この国は水と安全はタダなんじゃなかったのか?
安物の銃で胸を撃たれて死にかけている叶多を手早く治してから撃った馬鹿を強制自白魔法で締め上げたんだが・・・。
近くの組のヒットマンだということが分かったから、まだ中学生だった遙一郎を連れて謝罪と賠償を求めに行ったのさ。
そしたら、その暴力団の組長の偉そうなこと。
自分の組の下っ端に、銃を持たせて暴れさせたくせに、チンピラに遙一郎を威嚇させやがった。
目の前で自分の母親を撃たれた子供に対して、撃つように命じた親玉がだぞ?
何様のつもりだ。
ついカッとなって、その場にいた組員全員の全身の生皮を剥いで、元素精霊魔法で作ったカプサイシンの結晶を塗り込んでやった。
当然、致死量ぎりぎりで簡単に死なないように回復治癒呪をかけっぱなしでな。
ついでに強制自白魔法でそいつらの仲間や親類縁者のことを吐かせて、まとめて呪いをかけてやったから、大仕事だったよ。
呪いの内容は単純。
一つ、法律を守ること。
一つ、他人様に迷惑をかけないこと。
一つ、一日一善。ただし、感謝されなければカウントしない。
期間はたったの一か月だが、以上の条件を守らなければ全身の痛覚神経が最大限反応してのたうち回ってから死ぬ。
ふふふ、初日で7割、2日目で2割が死にやがった。
1週間経ったら、1人も残っていなかったよ。
しっかりと呪いの内容は話して聞かせてやったんだけどな。
・・・根っこから腐ってやがる。
次回があったら生きたまま人工魔力結晶にしてやろうか。
「仄香?遥香の顔でそんな怖い顔をしないでもらえないか?」
「おおっと。すまないな。思い出し殺気というやつだ。気を付けるよ。」
そんな話をしながら遙一郎の横顔を見ているうちに、いつの間にか渋滞が解消され始め、車の速度は上がり始めた。
トンネルに入ってからかなりたったころだろうか。不意に不思議な感覚に突き動かされる。
・・・まるで、はるか昔に失った何かを見つけたような・・・いや、思い出させられたような感覚。
頭上から微かに感じた、古い家族に声をかけられたような、懐かしい声ならざる呼びかけ。
「・・・仄香?何かあったのか?」
「・・・ここは今どのあたりだ?」
「そうだな・・・東中野駅の下をくぐって、もうすぐ中野坂上のあたりか。気分でも悪くなったのか?」
「いや・・・何でもない。それより、遥香の弟の名前でも考えていてくれ。遥香の名前は香織が決めたんだろう?それともまた妻に任せるか?」
私の言葉に本格的に悩み始めた遙一郎はしばらく無言になり、そしてブツブツと男児につける名前を口にしながら悩んでいた。
◇ ◇ ◇
しばらく経ち、首都高から降りて一般道を走る。
叶多の家の庭に車を駐車し、呼び鈴を押すと、年齢の割に若々しい叶多が玄関を開けて私たちを出迎えた。
「こんにちは。お祖母ちゃん!おじゃましまぁす!」
遥香の口調をまねしてあいさつすると、遙一郎がチラリとこちらを見て微妙な顔をしている。
「いらっしゃい。遙一郎、遥香。いつでも出かけられるよ。その前に上がってお茶でも飲んでいくかい?」
「そうだな・・・久しぶりだし母さんのお茶を飲みたいかな。遥香、お土産も出しちゃおうか。」
叶多の顔を見るのもおよそ半年振りか。前回来た時に肩をもみながら回復治癒呪を施したが、すでに効果が切れてずいぶん経つ。
確か、今年で70歳になるはずだが・・・一人暮らしはきついんじゃないだろうか。
「はい、お土産。友達のグローリエルって子が作ったバウムクーヘンなんだけど・・・お茶うけにちょうどいいかなって思って。」
居間に上がり、叶多が淹れてくれたお茶でのどを潤し、グローリエルが作ったバウムクーヘンを食べながら、今日の予定について話し始めた。
「遙一郎。遥香が生まれたときに使ったベビーベッドって、どこで買ったっけ?」
「落合南長崎の東松屋だったと思ったけど?・・・最近はレンタルっていうのもあるみたいだよ。」
「レンタル?それは清潔なのかい?せっかくだから新品にしたほうが良くないかい?」
「遥香の時に使ったベビーベッドは、中古ショップに売り払ってしまったけど、あの店は去年なくなったからな・・・レンタルだったら回収に来てくれるからその手間が省けるんだが・・・。」
遙一郎と叶多は、バウムクーヘンそっちのけでパンフレットやスマホをのぞき込んでいる。
ちょっと気が早すぎではないだろうか。
・・・まあ、思い出してみれば四郎殿もあんな感じだったし、気持ちはわかるけどさ。
「・・・ねえ、パパ。新宿のミトリでベビー用品を専門に扱ってるフロアがあるんだって。リースのベビー用品もあるみたいだよ。参考までに行ってみない?」
「ああ、あそこか。いいねぇ。ちょうどピンチハンガーが壊れてたんだ。ついでに買ってこようか。」
全員の同意が得られたところで、急いでバウムクーヘンを頬張り、お茶で流し込む。
・・・すまん、グローリエル。無茶苦茶美味しかったんだが・・・ちょっと量が多すぎだ。
◇ ◇ ◇
再び遙一郎の車に乗り、新宿のミトリに向かう。
代々木駅側からアプローチし、地下駐車場に車を入れてから一階に上がろうとしたとき、再びあの奇妙な感覚に襲われた。
「・・・どうした?遥香。顔色が悪いぞ?」
怪訝そうな顔で遙一郎が私の顔をのぞき込む。
・・・おまえ、そんな不思議そうな顔しないでちょっとは心配しろよ。
「う、うん。ちょっと疲れちゃったのかな、なんて。」
叶多の手前、勝手な行動はできない。
だが、全身が、いや魂がその奇妙な感覚のあるところに向かえと叫んでいる。
「・・・遙一郎。遥香はそこのベンチで休ませておやり。とりあえず私たちだけで見に行って、商品名と金額を確認したらすぐに戻ればいいんじゃないか?」
叶多はそう言いながら、首に巻いていた薄茶色のストール・・・いや、シュマグを外し、ベンチに座った私の膝にかける。
「あ、ああ、じゃあ、俺は母さんと一緒にベビー用品のフロアに向かうよ。遥香。無理せず、つらくなったらすぐに電話しろよ?途中で切り上げて戻ってくるから。」
叶多は心配そうに、遙一郎は首をかしげながらその場を去っていく。
二人の姿が完全に見えなくなったところで、私ははじき出されるかのような勢いで立ち上がり、その奇妙な感覚の元へ駆け出した。
階段を駆け上がり、フロアを駆け抜ける。
どこだ!?
・・・もう一つ上の階か!?
汗が流れ、息が切れる。
動悸が踊り、指先が冷える。
生活雑貨のコーナーが見えてきたところで、その奇妙な感覚ははっきりとした魔力波長になった。
・・・あの子だ。
まさか、いや、そんな・・・。
この感情は、言葉にならない。
生活雑貨コーナーで枕を手にしている、銀髪紅眼の少年を視界の中央にとらえたとき、冗談抜きにして心臓が止まるほどの衝撃が体を貫いた。
人懐っこそうな顔で、年配の店員と話している。
何度か体を乗り換えたのか、当時のあの子と髪色や瞳の色は違うけれど。
そして、胸元にはかつて、気が遠くなるほど昔に私が作ったあのペンダントが揺れている。
「あ、・・・あの・・・。」
ゆっくりと近づきながら声をかけようとしたが、声がかすれて言葉にならない。
「・・・!君は・・・。いや、貴女は・・・。」
その銀髪紅眼の少年は振り向きざまに私の顔を見て、一瞬怪訝そうな顔をした後、すぐに目を見開く。
「あ、あの、私は・・・。」
「まさか・・・。母さん?」
信じられない。
この日のため、すべてはこの日のためだった。
あの日、飛び去るこの子の手を離した後、何があっただろうか。
・・・ああ、一番最初はあのバカ男に長男のことはあきらめて、次男を作るようにと何度も犯されたんだよな。
あのバカ男、私が次の子を産んだ直後に突然おかしくなった挙句、暴れ始めたから子供を連れて集落を飛び出したんだっけ。
風のうわさではいきなり妙な力を手に入れたとか、他の女との間に子供を作ったとか、どうでもいいことしか聞かなかったから、今では顔も覚えていないが・・・。
あいつのあの言葉だけは覚えてる。「・・・なんだ、女か。」そう、確かにそういった。
はははっ。その女の子がいなければ、私はここにいない。
今まで使ってきた身体は、すべてその子の子孫だ。
なぜ今、あんなバカ男のことを思い出したのか。
・・・心底どうでもいい。
そんなことより、この子と話をしたい。
胸に抱いて、頭を撫でてやりたい。
頑張ったねと、ほめてやりたい。
目を丸くしていた彼は、売り場の棚に枕を戻して店員にぺこりと頭を下げた後、よろよろと覚束ない足取りでこちらに向かって歩いてくる。
・・・だめだ、涙で目が曇って前が見えない。
まっすぐ歩いているつもりなのに、視野が左右に振れる。
やっとのことで、手が届く。
ずっと夢見ていた、あの子の手をそっと握る。
「う、あ・・・。」
「か、母さん?」
そのままお互い抱き合おうとしたとき、思わぬところから手が伸びた。
「遥香。具合が悪かったんじゃないのかい?それと、そっちの・・・小学生?うちの孫に何の用だい?まさか、わいせつな事をしようってんじゃないだろうね!?」
私の首根っこをつかんでいるのは、遥香の祖母、叶多だった。
「・・・ふ、ふふふ、ははは、あはははっ!」
なぜだろう。数千年ごしの我が子との対面に水を差されたというのに、まったく頭に来ない。
いや、今なら誰かに後ろからいきなり刺されても、この気持ちは動かない。
涙と一緒に笑いがこみ上げてきて止まらない。
見れば、彼も目に涙を一杯に溜めて、腹を抱えて笑い転げている。
「なんだぁ?・・・これ、どういう状況なんだよ。誰か、説明してくれないかな?」
叶多と一緒に、遙一郎は訳が分からないという顔をしてこちらを見ていた。
◇ ◇ ◇
サン・エドアルド
・・・まったく、この国もそうだが西側諸国では教会が表立って動けないというのは不便でたまらない。
それに、そろそろ次の食事のことも考えないとならない。
当然、人間と同じものも食えなくはないが・・・。
腹は膨れるし、栄養にもなるのだが食った気にはならない。
「さて・・・魔女はどこにいるかな。魔女かその血縁を食えれば、きっとこの飢えも少しは満たされるだろうにね。」
ホテルの窓から見える、雨の東京を眺めながら、一人つぶやいた。
不意に、ベッドの上に置いたスマホが着信音を奏でる。
「はい、エドアルドです。・・・へえ?魔女の血縁がいるんだ。うん?あ~。わかってるよ。殺さないようにするさ。でも手足の一本くらいは食べてもいいだろう?4本もあるんだからさ。」
電話に出ると、シルヴァエ・オブスクラエの教会本部からの定時連絡だったが、この国のいる魔女の血縁者リストが更新されたことを知らせる内容だった。
スマホを操作し、そのリストと写真を確認する。
魔女が憑依する可能性のある年頃の娘はすべて記録しているらしいが・・・。
まったく、ご苦労な話だ。
「ああ、わかったよ。俺達からは手は出さないさ。んで、この名前、なんて読むんだ?ひさがみ?きゅうしん?・・・ああ、クガミハルカ、ね。血縁者は両親と祖母か。」
その他、必要事項を確認して電話を切り、リストを保存する。
スマホをスクロールし、それぞれの写真を確認する。
そのうちの1枚、ミドルティーンの少女の写真に目が留まる。
久神遥香か。実に旨そうだ。
・・・以前、この国でこっそりと魔女の子孫を食べたことがある。
常人離れした魔力、舌触りの良い肉の脂、そして健康な内臓・・・ああ、思い出すだけでも腹が鳴る。
・・・そろそろ限界だ。教皇猊下には悪いけど、つまみ食いくらい大目に見てもらおうか。
そうそう、個体数の少ない魔族としては、一応繁殖する義務もあったっけな。
じゃあ、捕まえてどこかに閉じ込めて4~5人ほど生ませながら、足の先から順番に食っていこう。
子宮を含む内臓は最後のデザートだな。
よし、そうと決まったら捕まえに行くとするか。
湧き上がる食欲を抑えながら、俺達はホテルの部屋を後にし、久神遥香とやらが住むという足立区に向けて出発した。