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177 エピローグ/幸せの予感

平安時代の用語は、現在と全く違います。

読みやすく、かつ違和感なくまとめるのがこれほど大変だとは思いませんでした。

 かぐや


 饕良(とうら)の遺体は通常であれば野ざらしにして鳥葬にするところだが、四郎殿たっての願いで蒼炎魔法で焼き、同時に粘土を焼いて作った素焼きの壺に収め、埋葬することになった。


「かぐや殿。仇敵を葬るなど、辛いことをお願いして申し訳ない。」


「いえ・・・。饕良(とうら)と四郎殿の話が聞こえておりましたから。それに彼女はこの国の人間ではありません。鳥野辺(とりのべ)化野(あだしの)にその身を晒すよりは幾分かましでしょう。」


 私としては、魔族といえば人間を道具か食料としか見ていないモノとしか考えていなかったのだが、一応は愛情のようなものを持っているのかもしれない。


 ・・・いまのところ確かめる方法はないな。

 だって会うなり襲ってくるからな。


 宮川のほとり、だれも住んでいない山の中にゴーレムを使って石塔を立て、おそらくは誰も参ることがないであろう饕良(とうら)の墓を建てた。


 この国の作法に合わせ、葬儀を行った後、墓に向かって手を合わせる四郎殿の腰にそっと手を回す。


「そろそろ京の屋敷に戻りましょう。(ジジ)様も(ババ)様も心配しているでしょうから。」


「うむ。そうであったな。では、参ろうぞ。」


 長距離跳躍魔法を唱え、宮川のほとりを後にする。


 それにしても・・・聖釘(アンカー)か。

 あれほど完全に魔力を断たれたのは初めてだった。

 近くにあるだけで肉体の維持以外何もできなくなるなんて、今まで生きてきて初めてだ。


 饕良(とうら)は封殺と言ったが、肉体が腐り果ててもその檻に囚われるということか。

 ・・・まるで地獄ではないか。


 幸い、現物が2本もある。

 徹底的に調べて対策を練ることにしよう。

 それと、四郎殿が最後に饕良(とうら)から受け取ったコインについては、手元にはおかずにどこかの祠にでもおさめておこう。

 たぶん、追跡系の術式がかかっているだろうからな。


 数えられるほどわずかな時の後、京の私の屋敷の中庭に降り立つ。

 屋敷の家人、小間使いたちに事前に話してあったおかげで、すでに都落ちの準備はできていた。


 手早く荷物をまとめ、(ジジ)様と(ババ)様の手を取る。


「お待たせしました。これより東国に参ります。・・・あら、あの薬、飲んでくださったんですね。」


 仮初の別れの時に渡しておいた秘薬が入った瓶はすでに空となり、すっかり血色がよくなった二人は、まるで若返ったように元気になっていた。


「かぐやや。おまえ様がくれたあの薬を飲んだら、ほれ、このとおり。」


 二人はかなり痛めていた腰をしっかりと伸ばし、元気そうに屈伸などしている。

 本格的に薬の効果が出るのは数日後になるだろう。


 寿命自体は伸びるものではないが、二人にはぜひ新しい人生を歩いてほしいものだ。


「そういえば、今上(おかみ)はせっかくの薬に口もつけなんだ。毒ではないことはわしらが飲んだのを見てわかっておろうに。」


 帝の薬瓶には同じ成分の薬と一緒に強力な抗うつ作用のある桃を精製したものを入れておいたから、私がいなくなっても少しは気分が楽になれると思ったんだが・・・。それに、かなりの深酒で肝の臓がかなり疲れていたからな。


「そう、月の岩笠にこの国で一番高い山の上で燃やすようにとおっしゃったそうだ。」


 ・・・まったく、禁薬(الإكسير)(エリクサー)と神酒(ソーマ)の調合薬だぞ?

 燃やすだなんてもったいない。


 万病を癒し、手足の欠損まで治し、たった数日でその身を全盛期まで若返らせる効果だってあるというのに・・・。

 それに、大事に保存しておけば二千年くらいは持つというのに。


 っていうか、あの薬、燃えるのか?


 まあ、いいか。

 飲みたくないものはしょうがない。

 くれてやったものだ。燃やすなり捨てるなり好きにすればよろしい。


 そんなことより、今後のことだ。

 月の岩笠を通じて買い取った里が一つある。


 もともと湿地で水はけが悪く、耕作には適さなかったところを、私が地盤まで掘り返して改良しておいたのだ。


「武蔵の国(今の東京都及び埼玉県)の大きな田畑が作れそうな里に、小さな屋敷を建ててあります。まずはそこでゆっくりしましょう。」


 さあ、今夜から別の意味で忙しくなる。

 夜の闇に紛れて、この屋敷の住人だけでなく家財道具まで持っていかなければならない。


 まあ、長距離跳躍魔法で3回も往復すれば足りると思うが、忘れ物がないように注意しなければならないな。


 ◇  ◇  ◇


 都から離れ、2年と数か月。


 都落ちをしてから1年ほど後、すっかり若返った父様と母様の間に、玉のような男の子が生まれた。


 (よわい)70を超えて生まれた我が子に、二人ともてんやわんやだ。


 もはや二人はジジ様でもババ様でもないほどに若々しい。


 家人や小間使いたちは、六郎を旗印に武士団を形成し、新しく作った田畑を守りながら耕している。


 私はと言えば、去年の初めのころに男の子を産んだ。

 もちろん、四郎殿の子だ。


 今は次の子供を身ごもっている。

 ・・・四郎殿には内緒だが、女の子だ。


 それと、この里の名前が決まった。

 家人たちは、はじめは「かぐやの里」と呼んでいたが、いつの間にかそれが(なま)って、近隣の村人から「くがやの里」と呼ばれるようになった。


 武蔵の国府では、私が時折魔法を使うせいか、神がいる里と言って「久神の里」と呼んでいるらしい。


 たいそうな名前を付けられたものだ。


 ・・・お、腹の中の赤子が魅了魔法の波長を出している。

 生まれたらしっかりと魔法の制御を教えてやらねば。


 それにいつか、生まれた子供を連れて家族みんなで世界中を回ってみたい。

 ・・・ああ、この生を全うしたら、あの子の足取りを追うのを再開してもいいだろうな。


 そろそろ農作業で汚れた顔の四郎殿が戻ってくるころだ。

 夕餉(ゆうげ)の支度をして、我が家自慢の風呂を沸かしておこう。


 それと先週、長距離跳躍魔法でローマまで行ってシードル(リンゴ酒)を買ってきておいたから夕餉(ゆうげ)の後によく冷やして出してあげよう。


 ゆっくりと落ちる夕日に、娘がいる腹と真横で眠るわが子に、幸せをかみしめながら私はゆっくりと立ち上がった。


 ◇  ◇  ◇


 久神 遥香


 長い夢にも終わりの時が来た。

 夢の中のかぐやさんと、まるで自分が一体になっていたかのように幸せの余韻が残っている。


 枕元で目覚まし時計がなっているのを、すでに目覚めていた仄香(ほのか)さんが止める。

 今日の朝ご飯は私の当番だから、普段より1時間ほど早くセットされているのだ。


 実は、私には睡眠は必要ない。

 だって、身体の睡眠は仄香(ほのか)さんが管理してくれるもの。


 でも、毎晩独りぼっちでいるのは辛かろうと仄香(ほのか)さんが杖の中の仮想空間で眠れるようにしてくれたんだ。


「おはよう。遥香、いや、仄香(ほのか)?」


「おはようございます、琴音さん。遥香さんはまだ杖の中です。」


《おはよう!ごめんね、早くに起こしちゃって。》


 一週間に2回、土曜と日曜の朝ご飯は、私が先に起きて作ることになっている。

 今年の初めに自分でそう言ったら、ママがびっくりしながらも、すごく喜んでくれた。


 ・・・最近は仄香(ほのか)さんに任せっぱなしだけどね。


「んぁ。おはよ。マスター。」


 あ、エルちゃんも目が覚めたんだ。

 ・・・いつのまにか、千弦ちゃんも咲間さん(サクまん)も起き上がっている。


「おはよ~。いや〜。まさか遥香がかぐや姫の子孫だなんて思わなかった。でも、そっくりじゃない?多分、二人並んだら見分けがつかないよ?」


「なるほどね。遥香っちがラブレター責めになるのは血筋なんだね。」


 千弦ちゃんと咲間さん(サクまん)がまるで納得したかのように頷いている。

 ・・・本格的にラブレターをもらうようになったのは今の高校に入ってからなんだけどね。


 でもかぐやさんって、まるで鏡を見ているように私にそっくりだったな。


 中学生ぐらいまでは、この外見が理由で男子にはいじめられ、女子には無視をされたりしていたから、あまり自分の顔が好きにはなれなかったけど。


「さあ、みなさん。朝ご飯にしましょう。その前に顔を洗って。グローリエル、朝ご飯の支度を手伝ってください。」


「ん。・・・んん?まさかマスターが作るの?」


「ええ、それが何か?」


「・・・私が作る。マスターの料理は、味がない。」


 エルちゃんの言葉に、一同そろって大笑いをする。

 うふふ、実は朝ごはん当番の時、いつも私が味付けをするんだよね。


 みんなで1階に降りて、洗面所で順番に顔を洗う。

 エルちゃんに朝ごはんの支度を任せて、ほかのみんなで来客用の布団をたたんでおく。

 これは、明日以降に干してから押し入れにしまう予定だ。


「マスター!じゃなかった、遥香ー!朝ごはんの支度ができたー!」


「おいおい、しっかりと口に出してるよ。宗一郎伯父さんにもあっさりとバレたし、ちょっと危なくない?」


「ま、まあ、加速空間魔法は使わないように言ってありますから・・・さあ、遥香さんのご両親を起こして、朝食にしましょうか。」


 仄香(ほのか)さんがパパとママを起こしに行くと、二人は仲よさそうに抱き合って眠っていた。

 ・・・すごい寝相だな。


 そういえば、昨日の誕生パーティーの後、パパが帰ってきたころに、ママから大事な話があるって言ってたっけ。


 ・・・もしかして仄香(ほのか)さんのことがバレた?

 それにしては、ママはものすごくウキウキしてるみたいだったけど。


 ダイニングに行くと、ちょうどエルちゃんが朝ご飯をテーブルに配膳し終わったところだった。


 4人掛けのテーブルを二つつなげた上に、ものすごく豪勢な朝食が並んでいる。


「ん、みんな来た。早く座って。お味噌汁が冷める。」


「・・・グローリエル。これ、もしかして?」


「ん。玉山まで行って持ってきた。マスター。後でパントリーの補充をお願い。」


 仄香(ほのか)さんが冷蔵庫を開けても、我が家の食材が減った形跡がない。

 というか、台湾まで往復してから7人分の朝ご飯を作るって、エルちゃんすごいね!?


 あくびをしながら洗面所から出てきたママとパパが着席すると同時に、朝ご飯が始まる。

 これからもきっとこんな毎日が続くと思うと、泣きたいほどうれしくなった。


 ◇  ◇  ◇


 朝ご飯の片づけが終わり、部屋の掃除や片付けなどを手伝ってくれた後、みんなは名残惜しそうに次々に帰っていった。


 とはいえ、春休み中にもみんなで遊びに行く約束もしているし、咲間さん(サクまん)のお店のバイトも入っているから、何なら明日にも会えるんだけどね。


 みんなを見送り、自分の部屋に戻ろうとすると、突然ママに呼び止められた。


「あ、遥香。大事な話があるの。リビングまで来てくれない?」


 見れば、満面の笑みを浮かべているママの横で、パパが顔を少し赤くしている。

 ・・・仄香(ほのか)さんのことがバレたんじゃなさそうだね?


 妙に楽しそうなママの後に続き、リビングのソファーに座ると、二人そろって私の前に座り、すっと可愛いデザインの手帳をローテーブルに置いた。


 ・・・口がバッテンになっているウサギが特徴の、かわいらしい手帳だ。ええと、母子健康手帳?


「え!?まさかママ!」


「そうなの。もう完全にあきらめていたんだけどね。つわりに気付いて念のため病院にいったの。もうすぐ遥香に弟か妹ができるわ。7週目ですって。」


 詳しくは知らないけど、ママは私を産んだ時に体を悪くして、二人目以降はもう作れないってお医者さんに言われたって聞いていた。


 現代医学ではどうしようもないってことも。

 ・・・ということは?


《もしかして、仄香(ほのか)さん?》


《大したことはしていませんよ。家族になった人に何かあったら治す。それだけです。》


 ああ、回復治癒呪を使ったんだ。

 琴音ちゃんの回復治癒魔法と違って一切詠唱しないから・・・。


 それに、仄香(ほのか)さんが時々ママの肩を揉んでいたのって、回復治癒呪を使うためでもあったんだ。


「そ、それじゃあ、安定期?になるまで家事とかは控えなきゃね。ええと、安定期に入るのって何週目だっけ?」


「16週目以降になるわね。でもまだつわりはピークじゃないから、しばらくは動けるわ。」


「大丈夫!私がいるんだから家事は任せておいて!」


 ふふふ、私には強い味方がついているの。

 仄香(ほのか)さんという、ビッグマザーが!


《遥香さん、何を考えているか分かりますけど・・・。まあ、遙一郎さんの子なら、間違いなくかぐやたちの子孫ですし、遠い私の子孫ということにもなりますから異論などありませんが・・・。》


《よっしゃ!よろしくお願いね、仄香(ほのか)さん。・・・あれ?もしこの身体で子供を産んだ場合って、私の子になるの?それとも仄香(ほのか)さんの子供になるの?》


《間違いなくあなたの子ですよ。安心してください。それより、お二人の話がすんだら私からも話があります。・・・全然深刻な話ではないですから安心してください。》


 なんだろう?

 まあ、深刻な話ではないというのであれば、気にしなくてもよさそうだけど。


「じゃあママ。家事のローテ表、更新しなくちゃね。ええと、朝ご飯当番だけじゃなくてお夕飯と、休みの日のお昼ご飯と・・・あ、パパのお弁当はどうしようか?」


 私は自分の身体を使って一日当たり最大で3時間は動けるはずだから、その範囲で効率よく家事を終わらせなきゃね。


「遥香、お前だって去年の暮れに倒れたばかりなんだぞ。俺の昼飯くらい自分で何とかするよ。」


 ふふ~ん。これから生まれてくる弟か妹にかっこ悪い所見せられないからね。

 とうとう私もお姉ちゃんになれるんだ!


 ・・・うん。千弦ちゃんみたいなお姉ちゃんになりたいな。


 一時間ほど三人で話し合った結果、家事のうち身体を動かす必要があるものは私が、各種届出などはパパが、どうしても困ったときだけお祖母ちゃんにお願いすることになった。


 そういえば、お祖母ちゃんの家に行くのってしばらくぶりだな。

 確か私が死んでる間、去年のお盆に仄香(ほのか)さんが行ったらしいけど。


 ◇  ◇  ◇


 ママとパパとの話が終わり、自室に戻って身体の制御を仄香(ほのか)さんに委ねたところで、仄香(ほのか)さんがローテーブルに一つの箱を置いて、中を取り出しながら話し始めた。


 ・・・千弦ちゃんが誕生日のプレゼントに作ってくれたペンダントだ。


 幾何学的な金色の台座の中で、炎が燃えているかのような橙色の滴型の宝石があしらわれたそれは、仄香(ほのか)さんが起動すると同時に梅の花のような爽やかな香りが部屋中に広がっていく。


「あの歳でこれほどの術式を組み、かつ人造魔石の結晶化と安定化を難なくこなすとは・・・末恐ろしい才能ですね。しかもこれは・・・使い方次第では魔族に対して決定的な最終兵器になりえる。」


 仄香(ほのか)さんはペンダントを持ち、それに魅入っている。


仄香(ほのか)さん?それで、話っていうのは?》


《っ!ああ、ごめんなさい。ついこのペンダントの術式に見とれていました。それで、話というのはこのペンダントのことです。》


《千弦ちゃんがくれたペンダント・・・。たしか、エルちゃんがいるときは使えないんじゃなかったっけ?》


《ええ。ですが、スラタラサーヤの香には、霊体の疲労を回復する効果があります。このペンダントも同じで、遥香さんの霊体の疲労を回復・・・というか、一日当たりの活動時間を少し伸ばすことができます。》


《えぇ!?すごい!そんな効果があるんだ!・・・それって、どれくらい伸ばせるの?》


《そう・・・ですね。無理なく使った場合は3時間ちょっと伸ばせます。ですから、一日当たり6時間は遥香さん自身がこの身体で活動できる計算になりますね。》


《すごい!じゃあ、無理して使った場合は?》


《・・・無理して使うつもりなんですか?でも、限界は知っておいたほうがいいでしょうね。翌日動けなくなる場合はおよそ10時間、数日動けなくなる場合は15時間、霊的基質に損傷が始まるのは18時間といったところでしょうか。》


 すごいすごい!

 毎日6時間も動けるなんて!


 千弦ちゃんって天才なんじゃないかしら!

 仄香(ほのか)さんが手放しで褒めるのがわかるような気がする。


 ま、まあ、私から見たら琴音ちゃんや咲間さん(サクまん)、エルちゃんも十分すごいんだけど・・・。


《すごいね!みんなの誕生日プレゼントもすごかったけど、千弦ちゃんのプレゼントが一番すごい。・・・あ、でもエルちゃんのことがあって、ちゃんとお礼が言えてないや。》


《そうですね。春休み中にも勉強会がありますから、その時に言ってもいいと思いますよ。》


 そうだ。慌てることはない。

 明日は咲間さん(サクまん)のお店でアルバイトだし、どうしても気になるなら帰りに千弦ちゃんの家に寄ってもいいかもしれない。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 遥香の誕生パーティーから一夜明け、西日暮里駅でみんなと別れた後、土曜日の昼前の山手線のシートに琴音と二人で乗っていた。


「姉さん、遥香ってすごく美少女じゃん?かぐや姫の子孫って言われても何も違和感なかったね。」


「うん。仄香(ほのか)の夢操術式で見たとき、遥香が平安時代の格好をしているからびっくりしちゃったよ。・・・いやまあ、美少女は何を着ても似合うんだけどさ。」


 考えてみれば、とんでもない存在と友人になったものだ。

 そしてまさか、その友人がかぐや姫の子孫とかぐや姫本人とは想像もできなかった。


「そういえばさ、私たちが小学校に入る前くらいだったかな?姉さんがかぐや姫の絵本を読んで変なこと言ってたじゃない?」


「変なこと?さすがにそんな昔のことなんて覚えてないなぁ。」


 はて?竹取物語なんて絵本で読んだっけ?

 どちらかというと、絵柄が妙に古いアニメーションで見たような覚えがあるんだけど。


「そうそう、確か、『かぐや姫が月に帰ったなんて嘘だ。だって月にはアポロ11号が降り立ったけど何もなかったじゃないか』って言ってたんだよね。」


「ああ、1969年だっけ?もう半世紀以上前に人類が月に降り立ったなんて信じられないよ。・・・でも、仄香(ほのか)ならそれより前に行ってたりして。」


 昨日の夜の夢操術式の中でも、かぐやはまるで行ったことがあるみたいに月のことを知っていたからね。


「あははっ。そうかもしれないね。それでさ、お母さんが『そういうお話なんだから。いわゆるフィクションってやつよ。』って言ったんだよね。そしたら姉さん、なんて言ったか覚えてる?」


「ん~?はて?なんて言ったっけ?なんかとんでもないことを言ったような気がする。」


「姉さんたら、『でも平安時代の人間が、月が地球のような天体で、そこに地面があることを理解していたとは思えない!その前提で書かれているこの物語は、明らかにオーパーツだ!』って言ったのよ。」


 うわぁ・・・。私はそんなことを言ってたのか。

 完全に痛い子じゃないか。


 琴音はさらに追い打ちをかける。


「それに、『作者は一人じゃないような気がする!だって火鼠の(かわごろも)は実在するじゃないか!天体というモノを理解しているのに、石綿を知らないだなんて、知識が偏りすぎている!』とも言ってたわね。だから、私は仄香(ほのか)の話を聞く前から火鼠の(かわごろも)は石綿だって知ってたわよ。」


「う・・・。そういえば、そんなことを言ったことがあるような気がする。で、でもさ、仄香(ほのか)のおかげで竹取物語の謎が全部解けたね。お父さんに言ったら大変なことになるね。」


「あははっ。姉さん、誤魔化したし。まあ、お父さんは今、それどころじゃないみたいだよ。大学で新しい助手?いや、学外の人だからアルバイトになるのかな?すごい優秀な人が採用面接に来てくれたから、研究が一気に進みそうだって。それよりかぐやさんのことなんだけどさ・・・。」


 ああ、そういえばこの前久しぶりに帰ってきたときに新しいアルバイトの人をやたらと褒めてたっけな。


 ええと、水無月さん、だっけ?

 たしか、私と同じ魔術師だとか言ってたけど・・・。


 近いうちに家に招待するとも言っていたからそのうち会えるだろう。


 ふふん。

 師匠と仄香(ほのか)仕込みの私の魔術と、どっちのほうがすごいかすごく楽しみだね。


 そんな話をしながら、高田馬場駅で西武新宿線に乗り換え、家に向かう。


 遥香と仄香(ほのか)・・・いや、かぐやさんと四郎さんの幸せな日々をまるで自分のことのように嬉しそうに話す琴音に相槌を打ちながら。



竹取物語編、これで終幕です。

長い魔女の人生において、珍しく伴侶が亡くなるまで幸せに過ごすことができた、短い期間でした。


かぐやの子はこの時点ですでに一男一女となっていますが、いつまでも熱々の夫婦でしょうから、相当の数の子を作ったに違いありません。


この後も久神の血を引く娘に魔女が憑依することがたびたびあったようですが、四郎を見送った後、彼女は希望を胸に「あの子」の足跡を探して再び海を渡ります。

 その話も、戻ってきたときの話も、いつかお読み頂けたら幸いです。

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