175 仮初の別れ、怨敵の策謀
かぐや
その日、本来は嵐となる予定であった。
大八洲(日本列島)に迫った野分(台風)は強力で、とてもではないが中秋の名月を楽しめるような天候ではなかった。
だが、私の力をなめてもらっては困る。
天候気象制御魔法を駆使して、秋津洲(本州)上空の気圧を制御し、野分の進路を西へ大きくそらす。
朝が明けてみれば、近づいた野分の影響など完全に失せており、気持ちのいい秋晴れの空が広がっていた。
「おお、よう晴れておるな。かぐや殿、いよいよですな。」
旅支度を整えた四郎殿が庭先の白銀の馬車の前に立つ。
打ち合わせ通り、四郎殿にはプシュパカ・ヴィマナに乗り込んで待機しておいてもらう。
そのため、インドラにヴァーハナで迎えに来てもらったのだ。
「マスター。四郎殿をお預かりいたしまする。さあ、四郎殿。こちらへ。」
インドラが四郎殿を馬車に乗せると、馬車はゆっくりと姿を消しながら南の空に飛び立っていった。
さて、わが屋敷の家人、小間使いに至るまで準備は万端だ。
口裏はしっかりと合わせてある。
日も傾き始めたころ、約束通り四脚門をたたく音と私を呼ぶ声が聞こえた。
「さて・・・帝のお出ましね。せいぜい感動の別れを演出しようかしらね。」
昨日の夜までにギリギリで調合が間に合った薬が懐にあることを確認し、小間使いに言って門を開かせると、まるで国の総力を挙げたかのような数の兵が屋敷の前に控えていた。
「おお!7日ぶりであったか!かぐや殿よ。讃岐の造麻呂殿との別れはすませられたか?みごと月の使者を追い払い、そちを朕のものにして見せようぞ。」
造麻呂って・・・さっそく父様に官位を授けるつもりか。
「はい、それはもう。おかげさまで何の未練もございません。ですが人の手で月の使者を追い返すことなど・・・。」
うん。未練っていうか、二人には都落ちをしてもらった後の行く先も決まってるからな。
その手の人伝もしっかりと用意させてもらった。
ええと、月の岩笠、だっけ?
どうせ裏稼業の男だ。
偽名だろうが、しっかりと契約魔法でその行動は制限させてもらった。
万に一つも裏切る心配はないだろう。
「これより朕はこの屋敷にて指揮をとり、二千の軍勢を率いて月の使者を迎え撃つ。かぐや殿は塗籠(鍵のかかる部屋)の中へ参られよ。讃岐の造麻呂殿は鍵を持て。媼殿はかぐや殿とともに。」
事前の打ち合わせとは少し異なるが、母様は私を連れて塗籠に籠り、父様はその戸口に鍵をかけ、その前に立ちふさがる。
「私を閉じ込めて、守り戦う準備をしていても、月の使者と戦うことはできないでしょう。弓矢で射ることもできません。このように閉じ込めていても、彼らが来たら、みな開いてしまうでしょう。」
「ふん!何事もやってみなければ分からぬ!朕にすべて任せておけ!」
・・・よし、雰囲気はこんなもんでいいか。
それにしても塗籠は外が見えないんだよな。
私は透視呪で見れるからいいけど、母様は心細いだろうな。
「かぐやや。ババは信じております。気を安らかになされ。」
母様は一切動じる様子もなく、そう言ってのけた。
耳をすませば、塗籠の戸口で父様が騒いでいる。
月の使者を爪で眼を掴み潰そう、髪をむしって引き倒し、衣を割いて恥をかかせてやろう、と。
それはもちろん演技なのだが、鬼気迫るものがある。
・・・ああ、私は本当に大事にされているんだな。
《マスター。我輩の準備は整いましたぞ。いつでも出撃可能です。》
お、インドラからの念話だ。
所定の位置・・・高度120里(480km)を姿を消して飛行中ということか。
プシュパカ・ヴィマナがなければ、人間では生身で到達できない高度だな。
あそこからの眺めは格別だ。何せ、地上に昼を、空に夜を見ることができるのだから。
四郎殿は楽しんでくれているだろうか。
すっかりと日は落ち、東からゆっくりと満月が昇り始める。
《インドラ。出撃開始を。ゆっくり降下を開始して高度10里(40km)で顕現、高度2里(8km)で部隊を展開。月が中天すると同時に高度半里(1km)で停止。都を包囲して。》
《承った。・・・しかし、四郎殿は気持ちのいい御仁ですな。先ほどまで部下と宴会をされておりましたが、いい飲みっぷりでしたぞ。》
おいおい、作戦行動中に酒を飲ますとは・・・まあいいか。
っておい。
《何を飲ませたのよ?》
《それはもちろんソーマですぞ!!奴め、月の化身が参加できぬとは名折れと言うて、大量に持ってきましたからな。》
・・・ソーマのやつ、何勝手に参加してるんだよ。
いや、念のために何枚か召喚符を無記名で作っておいたけどさ。
・・・う~ん。四郎殿は別に病人でもなければ年寄りでもないし、ソーマを飲んだところでそれほど大きな問題が起きることはないだろうな。
昨日の夕餉の魚に寄生虫でもいれば別だけどさ。
《とにかく、任せたわよ!》
しばらく時が経ち、屋敷の外、篝火や松明を持たぬ兵たちが俄かに騒ぎ始める。
「おい!あれ、なんだ!?黄金の城?それから馬?飛んでる!?」
「来たぞ!月の使者がほんとに来たぞ!」
暗闇に目が慣れていた兵がいち早く、中天に輝く満月の下に小指の爪ほどの大きさの黄金の宮殿に、そしてそれを取り巻く三千もの金銀に飾り立てられたインドラの軍勢に気付く。
そして僅かな時を経て、屋敷の内外のすべての者が空を仰ぎ、満月を上回るほどはっきりとした大きさに見え始めた黄金の宮殿・・・プシュパカ・ヴィマナを見上げ、悲鳴のような叫びをあげ始めた。
プシュパカ・ヴィマナは煌々と光を放ち、周囲は一瞬で真昼のような明るさに包まれる。
「まさか・・・これほどとは・・・。朕の目の前でそちが姿を消した時からこの世ならざる人だとは思うておったが・・・まさか、まことに月からの迎えが来ようとは・・・。」
おいおい、実は信じていなかった、とか?
なるほどね。二千人からなる軍勢を屋敷の周りに配置したのは、「月からの使者が朕の威容に恐れをなした」とか言うつもりだったのか?
だがお生憎様だ。
私は口に出した以上、それを必ずやり遂げる。
《インドラ。作戦を次の段階に移行して。上空に向かって金剛杵を開放。都に当たらないように注意して。同時にこちらで強制倦怠魔法を発動するわ。金剛杵を開放後、ゆっくりと五十を数えたら降りてきて。》
《承った!では、行きまするぞ!》
威勢の良いインドラの言葉と同時に、プシュパカ・ヴィマナの開口部から夜空に向かって一筋の光が走り、その直後、腹の底に響く爆音にあたりが包まれる。
まるで間近に雷が落ちたような衝撃が襲い、屋敷の屋根や柱、床に至るまでビリビリと振動する。
「ひ、ひぃぃぃ!」
屋敷の中にいた兵たちは一様に腰を抜かし、屋根に上っていた者たちは驚きのあまり転げ落ちる。
「よし、・・・奈落より滲み出ずる泥濘よ。仄暗き困憊の毒酒よ。我は鈍色の盃を掲げ、その穢れを振り撒く者なり!」
詠唱とともに空に掲げた私の指先から、薄紫の波紋が広がっていく。
波紋は瞬時に帝と兵の身体に巻き付き、怨嗟の声をあげながらその活力を奪っていった。
「ひ、ひぃぃ!神様!仏様!おらはまだ死にたくねぇだ!」
身の丈が6尺(180cm)を超えるような大男が、弓を放り出し、地に這いつくばって許しを乞う。
「矢が届かない!うわぁ!ひぃぃ!」
手あたり次第に矢をばらまいていた兵が、味方の手で取り押さえられる。
屋敷の門の内も外も完全に混乱状態となり、帝の指揮に従うものなど、もはや一人もいなかった。
蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑う兵たちを尻目に、インドラは予定通り三体のアイラーヴァタ・・・すなわち四本の牙を持つ白い巨象が曳く馬車を駆り、雲をまといながらゆっくりと屋敷の庭に降り立った。
「マ・・・ゴホン。姫よ。迎えに参った。おい、そこの翁、姫はどこだ。」
・・・おい、初っ端からセリフを嚙むなよ。
「たとえ神仏であろうが愛しい我が娘を渡すのものか!」
よしよし、さすがは父様、打ち合わせ通りだ。
・・・でも、なんか目が血走ってないか?
「す、少しばかりお前が善行を作ったから助けにと、僅かばかりの間ということで、マ・・・姫を下した。・・・だから多くの黄金を賜って、おまえは金持ちになったのだ。姫は月の都で罪を犯した。だから幼・・・賤しいお前の元にしばらくいらっしゃったのだ。禊は済んだ。早くお出し申しあげよ。」
う~ん、一回詰まって二回噛んだか。
ま、まあ、セーフということで。
「さあ、姫。穢れた所に長くいてはいけませぬ。」
よし、いまだ。
「・・・神秘の守護者よ。我は奇跡の言霊を以て汝を解き放つ者なり。」
外に聞こえない程度の小声で、かつ少し多めに魔力を込めて強制開錠魔法を唱える。
すると、塗籠を外から閉じていた鍵がガチャンという大きな音を立てて外れる。
そして、念動呪を使って戸板をゆっくりと開いていく。
「・・・かぐやや。幸せにおなり。」
ふいに、母様が私の手を握りながらそうつぶやいた。
いや、すぐに迎えに来ますから、と言おうとしたが、思わず両眼から涙が零れ落ちる。
振り返り見れば、父様も泣きながらその場に伏している。
「父様、母様。せめて、私が月に帰るまで見送っていてください。それと、お二人にはこれを。そして、御前にはこちらを。」
そういって帝の横に控える兵・・・あ、この人、中将か。とにかく事前に準備していた箱を渡す。
父様と母様には、この日のために用意しておいた延命の薬を、帝には抗うつ作用のある薬をそれぞれ渡す。
・・・よし、これで帝も私がいなくなってもきっと幸せになれるに違いない。
ついでと言っては何だけど、ちょっと気の利いた歌を一首、したためておいたよ。
「さあ、姫よ。穢れたところのお召し物では気分がすぐれないだろう。これを着ると良い。」
インドラの配下の兵が向こう側が見えるほど薄い絹の衣をそっと私の肩にかける。
事前に準備しておいた衣で、認識阻害やらなんやらの効果が山盛りだ。
「かぐや殿!朕はまことにそちのことを!」
よしよし、いよいよ山場だ。
後は、ゆっくりとプシュパカ・ヴィマナに乗り込むだけだ!
・・・そう思ってアイラーヴァタに曳かれた馬車が走り出し、宙に浮きあがった瞬間だった。
《緊急事態発生!四郎殿に異変が!マスター!大至急、プシュパカ・ヴィマナへ!》
念話でソーマの声が響き渡る。
この状況で?それも、プシュパカ・ヴィマナの中で?
《インドラ!地上からの見送りの部分は省略!急いで!》
《承知!アイラーヴァタ!全力で曳け!》
インドラの掛け声とともに、三体のアイラーヴァタは嘶きを上げ、暴れるように空に駆け上がった。
その場に、あっけにとられる帝と、父様と母様を残したまま。
◇ ◇ ◇
雷のような速さでプシュパカ・ヴィマナに乗り付け、四郎殿が待っている大広間に飛び込むと、そこには俄かには信じられない光景が広がっていた。
「ぐ、が、があぁぁぁぁぁ!」
四郎殿が体をかきむしり、暴れている。
その身体は恐ろしいほど膨れ上がり、肌の下に無数の何かが這いまわっている様が見えた。
「ソーマ!お前、四郎殿に何を飲ませた!?」
思わず、広間の端で小さくなっているソーマの首根っこをつかみ上げる。
「ぎゃ、逆です!四郎殿の身体の中にいる何かが!ソーマに反応して暴れているんです!」
「く、とにかく治療を!すべて切除します!なんでもいい、肉や魚をもってきて!」
インドラの兵たちが四郎殿を取り押さえてくれたが、その肌を見る限りでは恐ろしいほどの量の寄生虫にその身を侵されている。
これでは、外科的に切除することしかできない!
そして、どこまで切除するのかによっては、肉や骨の質量が足りなくなる!
「ぐ、か、かぐや殿・・・吾から離れよ・・・貴女まで巻き込んでは・・・。」
四郎殿の言葉が終わる前に、その肌を突き破った一匹が、私の手の甲に侵入しようと突き刺さる。
「ふん!虫風情が!私の障壁を破れると思うな!」
かまわず念動呪でその虫をつかみ取り、同時に解析術式を発動し、その正体を看破する。
これは!まさか焦螟虫か!?
くそ!こいつは寄生した相手の霊的基質を食い荒らす虫だ!
あの女!四郎殿の霊的基質をズタズタにして魔力を完全に奪うつもりか!
「マスター!プシュパカ・ヴィマナを着陸させます!この高度では魔力圧が低すぎます!」
月の使者などはもうどうでもいい!
とにかく、魔力圧の高い所・・・!
・・・そうだ!
「進路を南へ!伊勢へ!五十鈴川の河口に下ろせ!」
直近で一番魔力圧が高い所と言ったらあそこしかない!
プシュパカ・ヴィマナの速力なら十も数えぬうちにつく!
それまでは四郎殿の手を握り、私自身の魔力圧でその身体の中の虫を縛り付ける。
そして、轟音とともにプシュパカ・ヴィマナは五十鈴川の河口に着水した。
◇ ◇ ◇
四郎(安倍左衛門三郎四郎頼中)
半刻ほど遡る。
かぐや殿と別れ、「びまな」という空を飛ぶ宮殿の中で待っていると、次第にかぐや殿の眷属とやらに囲まれ、宴となった。
眷属・・・神々は「そおま」という煌びやかな衣装を身にまとった男から、乳白色の酒を注がれ、歌い踊りながらそれをうまそうに飲んでいる。
目の前には色とりどりの果物が置かれ、次から次へと料理が運ばれてくる。
だが・・・酒は・・・まずいよな。
これからのことを考えると、今酔っているわけにはいかぬよな。
「おお、四郎殿。一献いかがですかな?」
いかん、吾は物欲しそうな顔をしていたか?
だが・・・神々の酒ともなればやはり気になるものだ。
「そ、それは吾が口にしてもよろしいのか?」
「悪酔いするような酒ではありませぬ。むしろ万病に効く霊薬ですぞ。・・・ですが四郎殿はどこも悪くないようですから・・・ま、つまるところ、ただの酒ですな。」
ならば、神々に勧められたとあっては飲まなければ不敬。
「では是非ご相伴にあずかろう。おおっと、こぼれてはもったいない。・・・おお!これは美味い!」
かぐや殿の屋敷で飲んだ「しーどる」もなかなかの美味であったが、これはまさに神の酒。
のどごし、舌触り、キレにコク。
この世のモノとは思えぬ!
まるで五臓六腑に染み渡り、生まれ変わるようだ!
あまりの美味さに思わず飲み干してしまうと、すぐさま空の盃になみなみと注がれる。
思わず陽気になり、神々との宴に興じ、その求めに応じて剣を使った舞を見せ、及ばぬながら力比べに興じているうち、手足の先に妙な違和感を感じる。
いかん、悪酔いせぬとはいえ、酔いが回りすぎたか?
・・・しかし、これは・・・。
「四郎殿?おぬし、どこか身体がおかしかったのではないか?ソーマが病に応えておるぞ。・・・ん?これは・・・虫?いかん!ソーマが虫下しの働きをしておる!」
虫・・・?そういえば、あの女に攫われてから妙に腹の虫が鳴っていたような気が・・・。
いかん、厠はどこだ?
・・・いや・・・これは!
「く、ぐわあぁぁぁぁ!かゆい!これはなんだ!」
神々はソーマを万病に効く霊薬だといった!
ならば、腹の虫にも効くは道理か!
手足のかゆみは一瞬で全身に広がっていく。
まるで肌の下を虫が這いずり回っているかのようだ。
しばらくのたうっていただろうか。
気付けば、目の前にかぐや殿の美しい顔があった。
「四郎殿!私のことが分かりますか!四郎殿!気をしっかり!」
手足は神々がしかと押さえつけている。
だが、とにかくかゆい。
なまじ痛みがないだけに、むしろこの身体を焼いてほしいとすら思うほどだ。
「四郎殿をプシュパカ・ヴィマナから降ろして!川へ!大量の水を使って浸透圧を操り、焦螟虫を破裂させて体外に排出させます!」
だが、かぐや殿に任せておけば・・・きっと、問題はないだろう。
意識が遠のいていく中で、川岸に敷かれた板に仰向けにされた吾の目に、夜空から飛来する一筋の槍のようなものが見えたのは、おそらくは最も大きな災いだったのだろう。
「ぐはっ。ぐ、ごぼっ・・・四郎、殿・・・?」
その槍は、目前で吾をかいがいしく手当てする最愛の人の胸を貫き、吾の右手におさまった。
「かぐや・・・殿?これは・・・これはなんだ・・・?なぜこれが、かようなところにあるのだ!」
槍の穂先は、かつてかぐや殿の脇腹を貫いた白い杭のような形のモノだった。
目の前でかぐや殿は吾の胸に額を当てたまま動かない。
だというのに、吾の手は、そして身体は勝手に動き出し、その美しき胸から、柔らかな双丘の谷間から乱暴にその槍を引き抜いた。
「四郎殿?何をしておるのだ!?」
帝釈天様・・・インドラ殿が驚きの目を吾に向ける。
「ぐ、身体が、身体が勝手に動く!なぜだ!首から下が思い通りにならぬ!」
吾の手は、あろうことかその槍を振るい、かぐや殿の腕を突き穿つ。
さらに引き抜いて肩、腰、そして胸を。
虫め!吾の手を、腕を使って何をするか!いや、させるか!
「ぐ、うおおおおぉぉぉ!南無八幡大菩薩!我に、己を滅す力を与え給え!」
渾身の力を込めて、いや魔力とやらを込めて使い慣れた言葉を、いや詠唱を口にする。
身体の中を這いずり回る何かが筋を、骨を動かそうとする力に対抗する。
かぐや殿の腹を刺そうとする己の腕を、腰と肩の力で無理やり妨げる。
・・・よし!止まった!
「インドラ殿!今だ!吾の首を落とせ!さすればこれ以上かぐや殿は傷つかん!」
「・・・心得た!」
インドラ殿の持つ、三叉の法具のようなモノから透き通った刃のようなものが吾の首に迫ったその時だった。
鈴が転がるような、澄んだ美しい声が響き渡る。
「なりませぬ!」
見れば、吾の首の前に立ちはだかったかぐや殿の身体に、袈裟懸けにその刃が振り下ろされた。
「マスター!?しまった!我輩としたことが!」
あたりにおびただしい量の鮮血が舞い、目前でかぐや殿が崩れ落ちる。
「ぐっ!おおおおおお!」
守るべき女を吾は盾にしただと!?こんな男は早々に死ぬべきだ!
この槍、この槍で今すぐ胸を突いてでも!
渾身の力、魔力を込めて「穂先」を握り、自らの胸に刺し入れる。
一瞬で血の流れが断たれ、目の前が暗くなっていく。
・・・かぐや殿、済まぬ。
吾は、今生で貴女を守れなんだ。
だが・・・あの女・・・あの女は死んでも許さぬ。
再び生まれ変わってでもこの手で地獄に引きずり落してくれようぞ!
そして、残り六生のすべてもかぐや殿を幸せにして見せようぞ!
・・・そんな吾の思いは届いたのか。
誰かが美しい声で歌う、外つ国の歌のような声が聞こえる。
ああ、これはかぐや殿の声だ。
そんなに悲しい声を・・・吾のせいで・・・。
そのまま、プツンと糸が切れたように目の前からすべての光が消え、すべての音が消え失せた。
四郎殿は死んでしまったのでしょうか。
かぐやは、無事なのでしょうか。
ソーマやインドラが意外に役に立ってないって?
偽物とはいえ仮にも神ですよ?
この二柱はしっかり活躍していますって。
・・・たぶん。