172 捻じれ始めた運命/終わりの始まり
かぐや
四郎殿が右府殿の屋敷に戻ってから半日経過したが、戻ってくる様子がない。
やはり、あれほどの好人物ならば手放すに惜しいだろう。
ほかの家人たちから留め置かれているのだろうか。
「四郎殿・・・おそいのぉ。」
ババ様も心配している。
あまりにも遅いので立ち上がり様子を見に行こうとしたところだった。
「六郎殿!六郎殿が!誰か!戸板をもってきてくれ!」
東門のあたりで掃除をしていた小間使いの少年が叫び声をあげている。
渡殿を走り、東対から飛び出してみればそこには血塗れの六郎が座り込んでいた。
「か、かぐや様、これを・・・」
彼の手には昨日四郎殿に渡した刀が握られていた。
「・・・!まさか!六郎!四郎殿は!四郎殿の身に何かあったのですか!?」
「面目立ちませぬ。兄者は拙者の目の前で・・・鴨院の北の辻で妖の如き女と、人の顔をした虎に・・・。」
人の顔をした虎・・・檮杌か!くっ!
「そ、それで四郎殿はどうなったのじゃ!」
ジジ様の問いかけに六郎は頭を振りながら唇をかみ、絞り出すように答えた。
「腹を、刺されましてござる。その身は、女の妖に拐され・・・。」
「四郎殿が亡くなったことをその目で見てはいないんですね!?」
「え、あ、兄者は連れ去られるまで呻いておりましたゆえ・・・。」
「ならば話は早い。ジジ様。ババ様。かぐやは行ってまいります。皆の者。ジジ様とババ様を守ってください。六郎。手を。」
おずおずと手を差し出す六郎を引き起こし、全力で回復治癒呪を行使する。
一瞬ですべての傷がふさがり、痛みも疲れも消えた自分の手足を驚きの目で見ている六郎に、一つの鍵を渡す。
「六郎。これは北対の宝物殿の鍵です。いざとなれば開けて中の槍や弓を使いなさい。鉄の戸にそれを差し込むだけです。それと・・・戦う者は必ず宝物殿の中の鎧を着るように。いいですね。」
問答を続けながらも、重い単衣を脱ぎ捨て、小袖の上に褶を羽織る。
そして、四郎殿の刀を六郎の手から奪い取り、抜身のままで左手に提げる。
「は、はい。承りました。ですが、かぐや殿はいずこに?」
「夫となる人を助けに参ります。時が惜しい。では。勇壮たる風よ!我に天駆ける翼を与えたまえ!」
慌てる六郎や、おろおろとしているジジ様、ババ様を尻目に、飛翔呪文で庭から空に飛びあがった。
「かぐや様!?そ、空を!?飛んだ!?」
驚きの声を上げる家人たちを背に、一人北に向かい、空を駆けていった。
◇ ◇ ◇
鴨院の北の辻に降り立ち、素早くその場に残る魔力の痕跡を調べる。
・・・これは・・・やはり檮杌か。
だが、同時に女の魔力の残滓もあるところを見ると、一対二で戦わざるを得なかったのか。
周囲を見回すが、役に立ちそうな情報はない。
ん?道祖神がある。
中には・・・弱いながらも神格が宿っている。
ならば呪言も通じるか。
「よし・・・『やすらはぬ 旅の行方を 知る神よ 影を尋ねて 露と消させず』・・・どうかしら?」
「・・・ぬう?ワシに語り掛けるのは誰ぞ?んぅ!?おぬし、人ではないな?何者ぞ?」
道祖神を祀る小さな石塔の後ろから4尺(130cm)くらいの老婆が顔を出す。
失礼な奴だな。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「私は生まれも育ちも人間よ。たしかに身体は乗り換えているし、この身体だって半分以上は作り物だけどね。そんなことより、昨日ここで檮杌を召喚した女がいたはずよ。その後どこに行ったか知らないかしら?」
「・・・檮杌?名前は知らんが人の顔をした虎を呼び出した女ならわかるぞぃ。半殺しにした男を虎に背負わせて北のほうに向かったな。」
怪異を相手に辻を守る神が何もせずに見ていたのか。
これでは案山子のほうがマシではないか。
「男を背負って!?その男は!傷の具合は!?」
だが半殺しというのならば生きている可能性がある!
「ん?なんぞおぬしの思い人かえ?・・・残念だが腹を抉られておったな。長くはないと思うが・・・。そう、去り際に女が妙なことを口にしておった。魔力をすべて食らって夫にするとかなんとか・・・。」
なん・・・だと・・・。
腸ぐらいなら簡単に治せる。
だが、霊的基質だけは別だ。
それを弄られて一度でも完全に魔力を消尽させられると人は死ぬか、たとえ生き残っても二度と魔力が戻らない!
そんなことをされたら、私は四郎殿の子を産めなくなる。
私は魔力の少ない男との間に子を作れたためしがないのだ!
「・・・魔族め!ぶっ殺す!四郎殿は私のモノだっ!!」
抑えが効かない。全身から魔力が暴れ、噴き出ている。
「ひぃ!?やはりおぬし、人ではないんじゃ!?」
道祖神が何か言ってるが関係ない。
・・・ああ、道祖神ならば他の辻に祀られた道祖神とも意思の疎通をしているだろう。
老婆の姿をした神の首を念動呪で鷲掴みにし、ゆっくりとお願いする。
「女はどこに行った!そいつが抱えていた男は私のモノだ!もし四郎殿の身に何かあったら京も日本も海の底だと思え!」
「うぁ!わ、わかった、今すぐ探す、ええと、そう、ここから北西、北西の山のほうに4里ほど行ったところに降りたのを北の辻の爺が見たと言っている!」
「・・・よし。感謝するわ。でもそれが嘘だったら・・・分かっているわね?」
「嘘ではない!まことじゃ!・・・く、化け物め。なんという妖気じゃ!」
「ふん。勇壮たる風よ!我に天駆ける翼を与えたまえ!」
人も守らぬ道祖神にはもう用はない。
念動を解き、素早く北西に向かい大地を蹴って飛び上がった。
◇ ◇ ◇
六郎 (かぐや邸の門番)
かぐや様が空に飛びあがったのを見て家人たちが口々に「かぐや様はやはり天女だったのだ!」などと叫んでいる。
何をいまさら分かりきったことを。
とにかく、かぐや様の言いつけを守るため、屋敷の守りを完全にしなくてはならない。
だがそれ以上に、かぐや様を追って守らなければならぬ。
「戦えるものは槍をとれ!拙者はかぐや様を追う!」
おそらくは兄者が襲われた辻に向かったのだろう。
矢筒と弓、唐様の刀を手に取り、四脚門から飛び出そうとした瞬間だった。
「ここか?聖釘がある屋敷は・・・魔女はおらぬようじゃな。ん?雑兵か。魔女の色香にでも誑かされたのか?」
突然、庭の中ほどから甲高い女の声が響く。
・・・こいつ!?兄者をさらった女!?
魔女?何のことだ?
あの化け物は一緒じゃないのか!?
「おい女!兄者をどうした!」
弓をひき、女に怒鳴りつける。
剣では兄者に劣るやもしれぬが、弓の腕前ならば拙者のほうが上だ!
「ふむ。おぬし、妾と会うたことがあるのかぇ?・・・覚えがないのぅ。まあよい。聖釘・・・これくらいの白い杭はどこじゃ?」
こいつ!鼻から拙者のことなど相手にもしていないというのか!ならば目にもの見るが良い!
「南無八幡大菩薩!願わくばこの矢、外させ給うな!」
間合いは8間(14.2m)、必中の間合いだ!
引き絞った弦を放し、矢を射ち放つ!
「ふん。素直な矢じゃな。」
女は眉間に迫った矢を確かに見てから身を左に翻す。
・・・この間合いで躱しただと!
「くっ!?ならば!」
素早く矢筒から3本の矢をとり、うち2本の矢羽根を口で噛み切り、弓につがえて射ち放つ。
「ええい、鬱陶しい。邪魔じゃ。去ね。」
女の妖は直進した矢と右に曲がった矢を躱し、左に曲がった矢を手の甲で撃ち落とした。
続けて一瞬で拙者の懐に入り、平手で腹を打つ。
反射的に腹の前に弓を差し込んだが、一瞬で弓は粉みじんとなり、5間(9m)は後ろにあったはずの池の中に叩き落された。
「くっ!ゴバっ!」
慌てて池の中から這い出て女を追おうとしたが、すでにその場にいた家人はみな一様に地に伏せ、あるいはしゃがみ込み、無傷なものはいない。
「く!このままでは讃岐様が!・・・ん?」
濡れて重くなった衣を脱ごうとしたとき、懐から鉄でできた鍵がチャリンという高い音を立てて足元に落ちる。
北対にある宝物殿の鍵だ。
・・・考えている暇はない。
あそこにはかぐや様の、天女の武具が収められている!
ならばあの妖にも効くに違いない!
濡れた衣を脱ぎ捨てる間も惜しい思いで北対に向かい、寝殿を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
北対を抜け、かぐや様の言いつけ通り宝物殿の鉄でできた戸に鉄の鍵を差し込む。
すると不思議なことに何者をも通さぬほど頑健であった鉄の戸は一瞬で掻き消え、拙者は中に吸い込まれた。
手のひらには鉄の鍵が握られたままだ。
「いったい何が・・・とにかく弓、それから鎧を!・・・・これ・・・が鎧?このような形の鎧は・・・初めて見る。」
一領のバラバラに配された1間(1.8m)を超える巨大な鎧、いや甲冑・・・のようなモノが入った不思議な箱に手を触れると、一瞬で頭の中に使い方が流れ込んでくる。
カヴァーチャ(神の鎧)?それからトリシューラ(戦神の槍)?ピナーカ(選定者の弓)?
すべて模造品?
なんだ?着るというより、乗り込む?
脱ぐときは一瞬?何のために?
戸惑いながらも甲冑の真ん中にある、腰かけのようなところに座った瞬間、それまでバラバラだった籠手や脛当て、胴や盾が一斉に体にまとわりつき始めた。
これほど重いものを見につけて動けるはずがない!
よほどの剛力でなくてはこんなものを着た日には・・・。
・・・ん?
「こ、これは!軽い!まるで雲の上を歩いているようだ!」
どう見ても鉄か鋼でできているとしか思えない甲冑であるにもかかわらず、裸でいるよりも体が軽い!
ならば、あの妖相手だろうがなんとでもなる!
体の奥から何かが吸い上げられるような不思議な感覚があるが、どうやら些細な問題のようだ。
意気込んで近くにあった巨大な弓を左手に、丸太のような槍を右手に持ち、宝物殿から飛び出す。
するとそこには、女の妖に対して両手を広げて立ちはだかる讃岐様と、白い杭のようなものを抱きしめてうずくまるその奥方様がいた。
「老い先短い耄碌爺と婆が。おとなしく聖釘をよこせば殺さんでやると言うたものを。ならば死ね。」
女は二人に向かい腰を落とし、襲い掛かる寸前だった。
「この杭は死んでも渡さぬ!かぐやを傷付け得るモノをその親が渡すと思うたか!」
いかん!あの二人に何かあればかぐや様に面目が立たん!
くそ!間に合わぬ!
「なに?誰を傷付け得ると言った?」
だがそんな心配とは裏腹に女の妖は手を止める。
その隙を見逃さず、間に飛び込み、二人を背に隠す。
「・・・遅くなり申した。お二人は後ろに。ささ!」
「・・・ふむ。かぐや姫とやらは魔女か。そうか。そうかぁ!まさに一箭双雕!いやなんという僥倖!強さ、勝利、暴力、鼓舞。ステュクスとパラースの子らよ!鍛冶神とともに勇者を磔にせし神々よ!我が腕、我が拳に宿りて神敵を滅する力を授けたまえ!」
女の妖は何かを唱えた直後、それまでとは打って変わったほどの速さで間合いを詰め、懐に入り込む。
く!あの衝撃がまた来る!
ドン!という音が屋敷に響き渡り、足元の玉砂利が砕けながら宙に舞う。
万事休すか!と思ったが、不思議と腹に伝わった衝撃は兄者と手合わせをして殴られた時よりもはるかに軽いものだった。
「ぬ!?それは!まさか霊装か!妾の拳で貫けぬだと!?」
「よくは知らん!だがかぐや様を傷付ける者は許さん!死ね!」
右手の槍を全力で振り下ろす。
すんでのところで身を躱した女の背を削りながら庭にたたきつけられた槍は、その土砂を屋根よりも高く巻き上げる。
力ずくで引きぬき、女に向かって薙ぎ払う。
装
「なんじゃと!?身体強化魔法を使った妾が霊装如きに力技で押し負けるじゃと!ならば!鴻氏の子にして善行を忌むものよ!哄笑する目鼻を持たぬ六脚の熊よ!汝の四翼を翻し、南方より疾く来たれ!」
女が何かを叫ぶように唱えると、耳障りな獣の笑い声とともに異形の獣、黄色い袋の様な体躯に六本の脚、四枚の翼が生えた目も鼻も口もないモノが現れる。
ソレが身を震わせ、名状し難い鳴き声を上げた瞬間、それまで羽のような軽さであったはずの甲冑は一瞬で鉛のような重さへと変わった。
「ぬ!?身体が重い!?ならばせめて!」
右手の槍を手放し、最後の力を絞り出して左手の弓を引き絞り、女と獣に向かって解き放つ。
弦と弓柄の間には十本を超える光の矢が現れ、解き放つ同時に不可思議な軌道を描きながら女と獣に向かって殺到した。
反射的に女は光の矢の一本を左拳の甲で叩き落すが、矢は肉を削り、その脇腹を掠めた。
「く!?しまった!読み損ねた!」
獣には5本以上の矢が刺さり、青黒い血をまき散らしながら庭の向こうの内塀に張り付けになっている。
だが、甲冑が重くてもう指一本も動かせない。
そうだ、こういう時にはこう唱えるんだった!
「カヴァチャム・アパサーラヤ(装甲解除)!」
どういう意味の言葉かわからぬが、叫んだ瞬間にバンっという音ともに全身を覆っていた甲冑が吹き飛ぶ。
まるで戒めから一瞬で解かれたように跳ね起き、近くにあった弓を拾う。
再び弓の弦を引き、女に向かって構えるも、女は讃岐の奥方から杭を奪い、塀を駆け上がり東へと去っていった。
「・・・讃岐様!奥方様!お怪我は!」
「怪我などよい!それよりかぐやを・・・かぐやを助けておくれ!」
奥方様は腰が抜けたようになりながらも拙者の腰に縋りつく。
・・・宝物殿にはまだ甲冑や槍、そして刀があったはずだ。
だが・・・どこに向かえばよいのだろうか。
◇ ◇ ◇
四郎(安倍左衛門三郎四郎頼中)
「む・・・ここはどこだ。ぐぅ!?く、腕が・・・足もか・・・。」
どうやら吾は攫われてしまったようだ。
しかも、ご丁寧に両手両足が砕かれているようだ。
だが腹は・・・治されている?
風穴があいたように思ったが、縫い合わせたような跡があるだけで痛みもない。
殺す気はないということか?
甘いな。手足を砕いたからと言って縛らずに放置していくとは。
腰の力だけで身を起こし、折れた腕で左腰をまさぐる。
・・・やはり鞘だけか。
刀がおさめられていない鞘など取り上げる必要すらないということか。
だが今はこの鞘が何よりもありがたい。
「南無八幡大菩薩。吾に再び立ち上がる力を与え給え・・・。ふっ、ふっ、ふうぅぅ・・・。よし、さすがはかぐや殿の方術。まったく大したものだ。」
この鞘にはかぐや殿が吾の戦い方が危なっかしいと言って刻んでくれた方術・・・術式があるらしく、吾の「マリョク」とやらを使わずとも傷が治るよう、かぐや殿の力が込められているという。
すっかり治った手足を振るい、その場に立ち上がる。
周囲を見回し、山の中に建てられた小屋のような場所であることを確かめる。
「鴨川の源のあたりか。京の北西・・・四里(16km)といったところか?さて・・・どうやって帰るか。何か使えるものは・・・。」
あたりを見回すが、刀はおろか寸鉄一つ落ちていない。
仕方なく、腰帯から鞘を外し、右手で振るってみる。
「うむ。鉄拵えの鞘だけあって殴るくらいはできそうだな。しかし、もう日が落ちる。暗くなってから動くのは得策ではない、か。」
だがここにいればあの女が戻ってくるやもしれぬ。
いや、その前にあの女がかぐや殿を再び傷付けることを思うと、腸がねじ切れる!
「よし・・・山を下りるか。」
見れば、山々の間から星と月が見える。
南はあちらだな。
目線を下げたとき、腹からクク~という情けないようなおかしいような音が響き渡る。
「はは、このような時でも腹の虫はなるのだな。」
鞘を用いて下草を払い、足場を確かめながらゆっくりと宵闇迫る山を下り始めた。
◇ ◇ ◇
饕良(トゥーラ・ステラ)
ジクジクと痛む左手の甲と脇腹を気にしながら京の町を北に向かって走る。
日本に来る前に仕込んだ四凶の召喚符は檮杌以外すべて失った。
特に、魔女を相手にせねばならぬというのに渾沌を失ったのは痛手だ。
・・・四凶は本来はもっと強い召喚獣なのだが、妾の魔力だとあの程度が限界か。
それに妾の「予知能力」で読めるのはわずか3秒先の未来まで。
肉弾戦や飛び道具相手ぐらいならば十分に役に立つのだが、魔女の魔法ともなれば読んでも躱すことができない。
だが聖釘は取り戻した。
そして魔女の潜伏先も特定した。
ならば戦いようはいくらでもある。
なぜか教皇猊下は魔女の子孫を害することを一切許さないが、子孫を含め魔女の近親者を人質にしたり味方に引き入れたりすることについては何も言わない。
であるならば、あの四郎とかいう男を人質にして自害でもさせるか?
・・・いや、その程度では腹の虫がおさまらぬ!
すでに仕込みはした。よし。ならばあの男の手で聖釘を魔女の腹に刺し込ませてやろうか!
「く、それにしてもあれほどの霊装を・・・あれではカフカㇱア・・・アランの地に住む耳長どものゴーレムよりも強力ではないか!」
懐から魔族専用の回復治癒術札をとりだし、脇腹と左拳に当てると赤い光の粒子が舞い散り、ゆっくりと傷をいやしていく。
「・・・教皇猊下が余計なことを命じなければ、この術札だって潤沢にあったものを!」
そもそも我々が大きく数を減らしたのは魔王・・・われらの王になるやも知れなかった皇帝の暗殺、そしてその帝国を滅ぼすことを命じたからだ!
かの帝国は最初から一貫して魔族に対して融和的な政策をとっていた。
だが教皇猊下と来たら、まるで妻でも寝取られたかのように敵愾心が丸出しだった。
「人さえ食わねば、ノクス皇帝は術札だけでなく、魔族同士の婚姻に必要な母子間の拒絶を抑える魔法薬だって譲ってくれていたものを!」
一人吐き捨てるようにわめきながら鴨川に沿い、山に分け入っていった。
◇ ◇ ◇
御所
「御前!なりませぬ!たかが女性一人手に入れるために近衛と陰陽寮、さらには修験者まで動員するなぞ正気の沙汰とは思えませぬ!」
「うるさい!かのお方はこの世ならざる女性ぞ!何をしてでも朕はかのお方を手に入れるまでは止まらぬ!」
朱雀門の前に集まった300人を超える武者、同じほどの数の方術使い、そして修験者の前で雅な衣をまとった男に歳のいった男が縋り付く。
だが御前と呼ばれた男は自分に縋りつく男を蹴りはがし、松明を持った武者に大声で言い放った。
「今からかぐや殿の屋敷を包囲する!猫の子一匹通すな!朕がかぐや殿と屋敷を出るまで昼夜交代で目を離すな!朕がかぐや殿を娶った暁には、全員に両の手で掬えるほどの金を授けようぞ!」
その言葉にその場にいる男たちはいっせいに歓声を上げる。
「者ども!行くぞ!」
総勢900人を超える男たちは、松明を掲げ、一斉に京の朱雀大路を南に向かい進み始めた。