17 襲撃3/焦燥と小さな銃
いよいよ遥香の正体が千弦にバレます。
9月22日(日)
南雲千弦
手品部の出し物の撤収作業も終わり、文化祭準備委員会が二講の撤収チェックも終わらせてくれた。
私は待ち合わせ時間には少し早いけど、校門に向かおうと昇降口の下駄箱で靴を履き替えていた。
下駄箱に上履きを戻そうとしたとき、第一体育館の方から何か重いものが壁にぶつかって建物を揺らすような、あるいはトラックが人をはねた時のような音が響いてきた。
「・・・何か重い物でもひっくり返した?」
まあ、私には関係ないか、とそのまま校舎の外に出ようとしたところ、第一体育館で撤収作業を行っていたと思われる数人の生徒たちが悲鳴を上げながら昇降口の方になだれ込んできた。
走ってきた生徒の中に、いつも琴音と一緒にいる咲間さんがいたので、追いかけて話しかけてみる。
「サクまん!何があったの!」
「あっ!千弦っち!第一体育館に不審者が!遥香が!」
そこまで聞けたら十分だ。
久神さんがいるなら、琴音もいるはずだ。
琴音がいるなら、不審者ぐらいなら何も心配ない。
咲間さんの側頭部から一筋の血が流れている。
肩を貸しながら、第一体育館からみて昇降口を挟んで反対側にある保健室に連れていこうとする。
「千弦っち!遥香が大ケガしてるの!」
咲間さんが叫んだのを聞いて、急いでいた足が止まる。
琴音がついていながらそんなことになろうとは、不意でも突かれたか。
あいつ、魔力感知苦手だし。
琴音はあまり気にしていないようだが、実は衆目がある場所での回復治癒魔法や術札の使用については、本家の爺様からもきつく止められている。
実際、私のL9や琴音のフレキシブルソードは、見た目がそのまま銃や剣なので魔法や魔術ではないと言って誤魔化せる。
だが、回復治癒魔法だけは誤魔化しが効かない。
見ている目の前で血が止まり、傷口が塞がったり、折れた骨が整復されてつながったりするのは、科学的にあり得ないからだ。
今回に限っては彼女を保健室まで運びさえすれば、応急処置に術札を使うことも、琴音が回復治癒魔法を使うこともできる。
養護教諭の脇坂先生なら、師匠とも知り合いで私たち姉妹も魔術を使えることを知っているので、最悪の場合でも保健室ならば師匠特製の回復治癒の術札が使えるのだ。
せっかく保健室前についたが、久神さんの治療に保健室を占有する以上、ここは使えない。
近くにいた同じクラスの男子生徒に、咲間さんを安全な所へ連れていくよう任せ、琴音と久神さんのもとへ急ぐ。
看板や荷物が散乱していて走りづらい。
とにかく、久神さんのケガが致命傷になっていないことを祈る。
琴音については、いつもつけているリングシールドがある。
あれならフルサイズのライフル弾でもない限り弾き返せるはずだ。
日本国内ならば、トラックでも持ってこない限りは琴音の防御は抜けまい。
そんなことを考えながら人混みをかき分けていると、「ガッシャーン」というとてつもなく大きなガラスが割れたような音が第一体育館の方から聞こえてきた。
「あの音は・・・!」
前に、私たちの誕生日に師匠がリングシールドの説明をすると言って、負荷実験をしたときに聞いた音に似ている。
走ったからか暑いからか、それとも冷や汗なのかよくわからない汗がセーラー服の背中を流れていく。
今日はL9を持ってきていない。
自分で術式を組んだTAURUS CURVEをスカートのウエストから抜き、マガジンを抜いて術弾が装填されているか確認する。
師匠が術式を刻んだL9と違って装弾数は10発と少ない。
照準補正術式もないし、バレルの高速射出術式だけしか刻んでいないので心もとないが、素手よりははるかにマシだ。
CURVEを構えたまま渡り廊下を曲がり、第一体育館の入り口が見えたところでボロボロの服のようなものを着た灰色の肌の男が倒れており、その傍らに黒い棒を持った小学生くらいの女児が立っているのが見えた。
親子か・・・?ついに来客者にも犠牲者が出てしまったのか。
不審者はどこだ。
「琴音と合流しないと・・・。」
そう思ってあたりを見回すと、柱の近くの血だまりの中に見覚えのある長髪の女生徒が倒れていることに気づいた。
久神さんだ!
腰が変な方向に曲がり、首は折れ口や鼻から血を流しているソレは、もうどう見ても生きているようには見えなかった。
初めて見る友人の死に、体が硬直する。
「浄化されてんじゃねぇよ木偶野郎が!冗談じゃねぇぞ・・・。なんで聖釘を打たれて魔法が使えんだ!なんで自分で抜けるんだ!お前は魔女だろぉ!」
女児が大声を張り上げる。
「私は自分が魔女だなんて言った覚えはない。そんなことはどうでもいい。よくも私の友達を、よくも遥香を殺したな!」
女児の声に続いて、自分の声に似た、それでいて聞いたことがないような強い声が体育館に響き渡る。びっくりして声の方を見ると、琴音が左脇腹を抑え、血だらけになって立っていた。
女児が突然魔法の詠唱を始める。
「・・・ナルテークスに灯されし、へパイトスが原初の炎よ!プロメテウスの御手により我らにその力を!」
くそ、魔法使いだったのか!
あれは短杖か!詠唱がはやい!
慌てて女児に向かってCURVEを構える。
射線の向こうに琴音がいるせいで発砲しづらい。
女児が炎の塊を撃ちだす。発砲が間に合わない!
焦燥の中、覚悟を決めてトリガーを引いた瞬間だった。
視界の左端で血だまりの中から長髪の少女の手が女児に向かって翳されたかと思うと、鈴が鳴るような、歌うような声が響き渡った。
「光よ、集え。そして薙ぎ払え。」
視界を埋め尽くすような光の奔流と轟音が響き渡った。
何が起こったか、理解ができないままに光が収まった時には第一体育館の北半分とともに裏山の半分がなくなっていた。
恐る恐る視線を下げる。
そこには、あの日感じた深い沼の底のような気配とともに、久神さんが無表情な顔のまま長い髪をたらし、床に倒れた琴音を膝枕するような姿勢でこちらを向いて座っていた。
「あんた・・・あの時の・・・。」
その言葉に彼女は一瞬口を開きかけたが、首を振ったかと思うと琴音をその場にそっと横たえた。
「もう心配はいりません。ゆっくり休んでください。」
そう言って空気に掻き消えるかのようにいなくなった。
TAURUS CURVEとは、ブラジルの銃器メーカーのタウルス社製の小型拳銃です。ベルトの内側やスカートのウエストに隠して携帯できるように、フレームの右側にクリップを備え、銃自体がカーブしているという、おもしろいデザインを持ちます。
当然ですが、千弦が持っているくらいですから、エアガンです。また、ステアーL9A2と違い、術式は自分で組んでいますので、バレルに高速射出術式と安全装置解除術式が組んであるだけのものです。
装填されている術弾も自作のもので威力も弱く、かつ10発しか入っておらず、予備マガジンもありません。
まあ相手が普通の人間なら、術弾に千弦のオリジナルの指向性炸裂術式が組まれているので、当たればたとえボディアーマー越しでも一発で死にますけどね。