169 火鼠の裘/火浣布
みなさん、お気付きでしょうか。
そう・・・石綿です。
四郎(安倍左衛門三郎四郎頼中)
我が主がかぐや殿を娶るために火鼠の裘を求められ、それを吾が探すために遥か西へと旅を続けていた。
そろそろ出立より半年がたとうとしている。
唐、天竺を目指すかのような道のりの途中、半ばあきらめかけていた折に、信じられないような話を聞いたのだ。
火鼠の裘は実在すると。
主から受け取った潤沢な路銀はすでに心もとなく、いよいよここで死ぬか、あるいは国に帰って主の顔に泥を塗るかを選ばなくてはならないかと覚悟を決めていた時のことだった。
ある商人の話によれば、いずこかの土の中から採れる布があり、唐の国では西戎からの交易品として出回っているのだという。
その布を手に入れるべく、吾はその商いがなされる市へと豆だらけの足を引きずり、向かっていた。
「四郎様、どうやら、あの商人が裘を扱う者のようです!」
吾に付き従い、様々な用をなしてくれた下男が嬉しそうに話す。
篝火が焚かれた天幕の前で男の商人に身振り手振りで火鼠の裘を求めていることを告げると、彼はうなずいて奥から一つの木箱を取り出し、吾に差し出した。
木箱から出された二枚のソレは、まるで麻のように硬く、綿のように白く、それでいて毛織物のように重い、不思議な裘であった。
こんなものが、とあっけにとられていると、男は片方の布に獣の乳と茶を混ぜたような飲み物をまき散らし、あろうことか篝火に押し込んだ。
パチパチと火の粉が飛び散り、その篝火がまごうことなき、薪を燃やした炎であることを示している。
おそるおそる焚火をのぞき込む。
裘は・・・まったく燃えていない。
それどころか、先ほどの獣の乳も茶の汚れもすべて洗い流されていた。
商人は、その布を「火浣布」すなわち、火をもって浣う布と言った。
商人は火にくべていない方の布を差し出したが、念の為、両方の布を買い求めた。
火鼠の裘・・・二枚の火浣布は目玉が飛び出るほどの黄金との交換になったが、あとは帰路のみ。それに、何とか路銀が底をつくことは避けられそうだ。
だが・・・商人が別れ際に言った言葉が気にかかる。
この裘は、生者の身に着けるものに非ず、死して復活を待つ王が纏う衣なり、か。
何を言っているのか分からなかったが、心の中に留め置くことにしよう。
◇ ◇ ◇
50歳くらいの痩せた男
四郎に金を持たせ、唐の国に送ってからそろそろ八月がたつ。
春の終わり頃に出立し、奴からの文によれば夏の初めのころには唐へ渡る船に乗ったというのに、それから一切の便りがない。
家人は死んだか、それとも逃げたかと騒ぎ立てた。
あの愚直な男のことだ。決して逃げることはなかろう。
となれば、路銀が尽きて倒れたか船が沈んで海の藻屑となったか。
いずれにせよ、色にかまけて大事な男を失ってしまったか。
我が生において痛恨の極みであった。
二人の皇子は、見事に仕損じた。
一人目の皇子は「仏の御石の鉢」は偽物であったにもかかわらず、それをかなぐり捨てて言い寄ったという。
世間では鉢と恥をかけて「はぢ」を捨てるなどと言葉遊びをされる始末。
二人目の皇子は「蓬萊の玉の枝」に偽物を作らせ、その報酬をかぐや殿の目の前で請求され、よほど堪えたのか姿を消してしまわれた。
これも、「たまがさなる」と罵られている。
大納言には、かつて大宰府の港で龍の骨が荷揚げされたという話を聞いて、「龍の首の珠」を探して周辺の海を漁ったが、嵐にあって目をやられてしまった。
京の者どもは李のようになった彼の眼を見て「御目に二つ李のような珠をつけていらっしゃる」と笑い、食べられないそれを見て「ああたへがたい」と指をさして笑う。
中納言には「燕の産んだ子安貝」を取ろうと小屋の屋根に上り、腰を打って床に臥せってしまった。
貝だと思ってつかんだそれは、燕の糞であったことから「かひなし」と笑われたという。
だが、中納言を心配するものは少ないのは仕方がない。
彼は、かぐや殿が直々に見舞いに行き、その白魚のような手で腰を撫でてもらったところ、たちどころに起き上ったという。
医者によれば、腰の骨は砕けていることは間違いなく、早晩死に至ると匙を投げられていたというのだから騙りではないだろう。
だが、一部の者どもからは彼こそがかぐや殿の心を射止めたのではないかと妬みと嫉みを込めて「かひあり」と言われているという。
だが・・・。
四郎のことを心配でならぬためか、のどが渇き、目がかすむ。
それに、最近は足が萎えた。
「四郎よ、無事であってくれ・・・!いっそ、帰ってきてくれるだけでよい。かぐや殿への求婚は取り消しても構わぬ!」
かぐや殿への求婚を取り消す文をしたため、下男に渡そうとしたところだった。
屋敷の門のところで、何者かが声を張り上げている。
「ただいま戻りましてござる!四郎が裘を手に入れて参った!右府様はいずこか!」
・・・なんと!まさか、本当に手に入れたのか。
それは、まことに火鼠の裘なのか!
いや、四郎に贋い物をつかませられるものなどおるまい。
あやつならば、千金を叩いて手に入れたとしても必ず一度は火にくべるような愚直な男だ。
ならば・・・!
・・・而して四郎が手に入れた麻のように硬く、綿のように白く、それでいて毛織物のように重い、見たところみすぼらしく見える織物は、篝火にくべようが竈にくべようが、けっして燃えることなく、むしろその都度白さが戻るような不思議な布だった。
◇ ◇ ◇
かぐや
今日は朝早くから右大臣、藤原内麻呂殿が家臣を連れて訪ねてくる旨の先触れを受けた。
そして、なぜか庭に篝火を焚いておくよう、強くお願いされてしまった。
「まさかね・・・。織物に耐火術式でも刻んだのかしら?じゃあ、解呪、いや、蒼炎魔法の大火力で焼き尽くそうかしら?う~ん。この国の魔法のレベルはわからないわね。最悪の場合、全員に強制睡眠魔法と洗脳魔法でもかけてなかったことに・・・。」
一人でぶつぶつと言っていると、小間使いの少年が心配したのか、白湯と火鉢をもってきてくれた。
「かぐや殿。内麻呂殿は人望が厚く温和な性格で、帝から下問を受けても諂う事もないと聞きます。少しお歳を召されていますが、けっして悪いお方ではないかと。」
いや、そういう問題じゃないんだよ。
たしか、内麻呂殿は五十路を超えてなかったっけ?
私の今の歳は数えで二つ、年が明けても三つだぞ。
う、なんといえばいいか、もうちょっと若い男はいないのか。
いや、魂の年齢は内麻呂殿の百倍を超えてるだろうけどさ。
・・・そういう問題でもないんだよ。
そんなことに悶えているうち、とうとう彼らは屋敷の門を叩き、篝火をたいた庭に入ってきてしまった。
正面に立つ内麻呂殿は得意げに衣櫃を開け、櫃ごと中の白い布を掲げる。
「内麻呂の郎党が見事、火鼠の裘を手に入れて参りましたぞ!さあ、御覧あれ!」
その言葉とともに、衣櫃にいれたまま、こちらに差し出してきた。
私は思わず解析術式を発動し、解呪の魔力を撃ち込もうと身構える。
だが・・・その布には、何も術式はかかっていなかった。それどころか、解析術式は裘を布として判別していない。
なんだこれ?獣の皮や毛どころか、綿や麻、パピルスですらない。
恐ろしく単純な構造。
組成は第1、第8、第12、第14の元素精霊だけ?
針状に連なる・・・これは結晶か!?
まさか石!?こんな石がこの世に存在したのか!!
マズいマズいマズい!
石は燃えない!
鉄が液体になるところまで加熱しないとどうにもならない!
薪程度が燃える炎じゃ変色するはずもない!
呆然とする私を尻目に、内麻呂殿は二枚目の裘を取り出し、庭の篝火に迷うことなく放り込んだ。
ぱちぱちと燃え盛る中、その白い裘は黒く焦げることもなく、むしろ白い輝きを増しているかのようにも見える。
「おお・・・。」
その場にいた一同が歓声を上げる中、私は一人、内麻呂殿の顔を眺める。
・・・うん。顔色はかなり悪いが、さぞ緊張していたのだろう。
だが裘が燃えるとは微塵も思っていない。
さきほど、「内麻呂の郎党が・・・」と言っていたところを見ると、この家人の誰かが手に入れてきたということか。
よほど信頼できる家人がいるようだ。
・・・家人や下男が我が事のように喜んでいる。
うん。歳がいっているのを除けば、思っていたよりずっと良い男じゃないか。
気が変わった。
相当人望は厚そうだし、かなり有能そうだ。
それにこれだけ身分が高い人ならばジジ様やババ様も安心するだろう。
何より約束は守らなければな。
「・・・皆様。これはまごうことなき火鼠の裘です。かぐやはこのお方に・・・?内麻呂殿?どうなされた?」
私がそう、声を上げた瞬間だった。
内麻呂殿は、ドサッと音を立て、庭に張った石畳の上に倒れ伏す。
「右府様!どうなされた!誰かある!医者を!」
彼の家人たちが慌てて彼を抱き起し、戸板に乗せて運び出していく。
思わず裘を見るときに発動したままの解析術式で彼の身体を見ると、哀れなことに、pancreasに一寸ほどのできものができていた。
反射的に回復治癒呪を使おうとしたが、家人に連れられてあっという間に見えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
深夜、寝殿の御簾の中、燈盞に油を張り、点燈心を浸して火をつけ、内麻呂殿が置いて行った一枚の裘を眺める。
残念ながらもう一枚は四郎とかいう男が持って行ってしまった。
・・・うん。これは間違いなく石の一種だ。
解析術式はそのように反応している。
だが・・・同時に、危険信号が灯り続けている。
毒はない。毒の光なども出していない。
呪いもかかっていないし、解呪にも反応がない。
だが、直感的にコレは危険なものであるという感覚がぬぐえない。
特に、目に見えぬほどの塵が宙を舞っているのが気に入らない。
「・・・どういうことだ?・・・よし。呪言で試行をしてみよう。『白妙の 塵の行方は 知らねども 絶えず吸へば 命細るや』・・・どうだ?」
つい先だって開発した呪言を口にしてみる。
・・・これ、暗号化できないし、その都度詠唱を変えなきゃならんから非常に面倒なんだが、こういう時にこそ役に立つよな。
暗闇の中、空中に人体を模した半透明なモデルが浮かび上がり、いくつかの表示機が周囲に浮かび上がる。
・・・ん?なんだこれ?
恐ろしく小さな粉・・・いや、針?
肺に刺さって・・・岩ができるだと!?
岩にならないまでも、肺が赤く腫れて収まらず、肺が硬くなる。
しかも、吸ってすぐではない。短くて10年、長いと50年・・・。
なんという呪物だ。
燃えない布のような石というだけでも十分驚きなのに、石の物理的作用だけで呪いのような効果まで持っているだと!?
・・・くくくっ。これだからこの世は面白い。まだまだ私の知らないことは多すぎる。
だが、コレが危険だと分かった以上は、しっかりと処分させてもらうとしようか。
回復治癒呪を発動し、自分の身体の中に入り込んだ針状の繊維を取り除いていく。
・・・これは・・・かなり除去が難しい。
明朝、ババ様とジジ様、それから屋敷の皆の回復治癒もしておかなくてはならない。
この裘・・・いや、石か?とにかく、魔法を使わずコレの危険性がわかるようになるのは千年以上先のことだろう。
それほど先の世のこととなると、只人にはもはや対応のしようなどあるまいな。
せめて、裘の存在を秘匿するのが関の山だろう。
◇ ◇ ◇
2日後
今朝がた、右大臣、藤原内麻呂殿が裘を私に贈ってから、わずか2日でこの世を去ったとの知らせが彼の屋敷から届いた。
京の者どもは口々に彼のことを囁きあっている。
曰く、かぐや姫に渡した裘は偽物であった、篝火に入れたところすぐに燃え尽きた、あえなく自らの命を絶ったなど・・・。
なんということか。
今すぐに彼らの汚名を濯いでやりたいものだが、それをするのであれば火鼠の裘が実在することを示すことになってしまう。
どうしたものか、と思い悩んでいると、屋敷の庭で何か騒ぎが起きていることが分かった。
「かぐや殿!姫はいずこじゃ!某は前右府が筆頭家臣、四郎と申す!申し上げたき義あり!お目通りを!」
「四郎殿!いかに右府殿の家人とあっても、このような無礼、許せませぬぞ!」
四郎・・・ああ、あいつか。四脚門の前で一悶着あったやつだな。
ったく、まだ屋敷の全員の回復治癒が終わってないってのに、迷惑な奴だ。
まあ、仕方がない。相手をしてやろう。
寝殿の庇をくぐり、顔を出すと、そこには石畳の上に正座をして待ち構える四郎がいた。
「四郎殿。かぐやはここです。何用ですか。」
「・・・かぐや殿。わが主との婚姻、お返事をいただきに参った。火鼠の裘はお渡しした。まさしく、篝火に入れても燃えぬ衣じゃ。まさか、姫ともあろう者が、約束を違えることはなかろうな!?」
・・・四郎はもう一枚の裘が入っていた箱を背中に背負っている。
どうでもいいけど、ソレをここで開けるなよ?
風の中の微細な塵芥を集塵して処理するだけで半日もかかったんだぞ?
「無礼者!家人風情が何を言うか!」
横でジジ様が叫んでいる。
いや、ジジ様、私もジジ様も平民で、相手は貴族の家人で・・・しかも、この四郎とかいう男は氏を安倍と名乗ったことからすれば、陸奥国の豪族に属する血筋だぞ?
・・・いや。ジジ様は私が死人に嫁ぐことを恐れているのか?
「・・・ジジ様。私がお話しします。四郎殿。裘は真に火鼠の裘と呼ぶに値する、火にくべても燃えぬものでした。故に、私は右府殿に嫁ぐつもりでいました。・・・で、かのお方はいつ、私を迎えに来てくれるのです?」
「・・・!ならば!すぐに吾がご案内いたしましょうぞ!」
「・・・右府殿本人が迎えに来なければ、私はここから動きません。それが彼のお方に対する礼儀でしょう。」
「ぐっ!わが主は今朝がた薨去なされた。ならば迎えに来ようはずもなし。ならば、せめて!この裘!まことなりと声を上げて認めてもらえましょうや!?」
四郎はそう言うと背負っていた箱を開け放ち、裘をその場で高く掲げた。
陽光に照らされ、裘からキラキラとチリのようなものが周囲に舞っているのが見える。
・・・くそ、せっかく集塵して風を清め終わったばかりだというのに・・・。
この脳筋野郎・・・蒼炎魔法でまとめて燃やし尽くしてやろうか・・・!
「ぐ・・・右府様・・・!せめて、あとひと月早く吾が早く帰ってきていれば!この裘があと十日、早く手に入っていれば船が嵐を避ける必要もなかったものを!」
・・・ああ、そういえばここ半年以上の間、四郎の姿を見なかったな。
こいつが裘を取りに唐まで行っていたのか。
人の足ではけっして楽な道ではなかっただろう。
そして、この屋敷に一人乗り込んできて、切り殺される可能性もあっただろう。
内麻呂殿は本当に良い男を家人に持ったものだ。
・・・この男、燃やすには惜しいな。
よし、ならば・・・。
「わかりました。では、今宵、もう一度ここに来てください。改めて話をいたしましょう。それと・・・その裘は箱に収めてもらえますか。火にくべても燃えぬことは、私が認めます。・・・というより、私は一度も贋い物といった覚えはありません。」
とりあえず、こいつを納得させるには私の力の一端を見せなければなるまいな。
「・・・幸い、今宵は庚申の夜。日が落ちるころ、参りましょうぞ。」
・・・はあ、なんとも面倒なことになってしまった。
とにかく、四郎殿が来るまでに風を清めておかないと。
◇ ◇ ◇
夕方、四郎殿は日没とほぼ同時に屋敷の門をたたいた。
小間使いの少年に案内され、私の寝所に通される。
婚姻前の男女は二人だけになることはできない。
・・・もし私を力づくで押し倒せるような男がいたら、むしろ喜んでこの身を捧げたいくらいだがな。
とにかく、今日はジジ様とババ様、そして我が屋敷の門番を務める六郎を同席させてある。
「おお、六郎ではないか。久しいな。おぬし、かぐや殿の屋敷に勤めていたのか。」
「兄者こそ、前右府殿の片腕と伺いました。ご出世されましたな。」
あ。そういえば六郎のやつ、初めて会ったときに「左衛門」の郎党と言っていたっけ。こいつら兄弟だったのか。
まあいいか。むしろ口止めするのが容易くなったと思うことにしよう。
「みなさま。今夜は庚申の夜です。日が昇るまで、ゆっくりとお話ができますね。そしてジジ様、ババ様。今までお話しできなかった大事なことを今から打ち明けます。ごめんなさい、このような時までお話しできなかった私をお許しください。」
はあ・・・どこまで話そうか。今夜は長い夜になりそうだ。
◇ ◇ ◇
御所(内裏)
???
ひときわ華美な衣に身を包んだ男が、御簾の向こうの一段高いところに座っている。
その手には、竹筒に流し込まれたような形の黄金が握られていた。
「ふむ。確かにこの重さ、そしてこの輝き。さらには柔らかさ。まごうことなき黄金じゃな。だが、これほどの大きさの黄金など朕は見たこともない。これはどこでとれたものじゃな?」
「は、讃岐の造によれば、大江の山の中に産するとのことです。」
御簾の前に座る男は頭を垂れたまま、言葉をつづけた。
「かの山には人をやりましたがそのような金は見つからず、また何者か鬼のような者もいるとの噂が絶えません。・・・兵を出しますか。」
「よい。あるかどうかもわからぬ金のために兵の命を無駄になどできぬ。捨て置け。・・・それより、筆をもて。」
「は。・・・は?筆、でございますか。誰かある!帝に筆と紙を持て!」
帝、と呼ばれた男は筆をとり、一瞬だけ黙考したかと思うと、素早く、かつ丁寧に紙の上にそれを走らせた。
そして、それを一度読み返すと、満足そうに筆を持ってきた者に手渡し、何かを指示した。
「御前、どなた様に文を下さるのでありましょうや?」
「うむ。先だって讃岐の翁のもとに黄金などより素晴らしい宝を見つけたのじゃ。かのお方はとても聡明でな。唐天竺より西の国のことまで知っておるのよ。それに朕の歌を気に入ってくれてな。時々こうして文を交わしておるのじゃよ。」
「はあ・・・。唐天竺より西に国なぞあるのでしょうか。それに女性であれば後宮に召し上げましょうか。」
「うむ。何度か内侍をやって会えぬか申し入れたのだが断られてな・・・。そうだな。讃岐の翁に官位でもくれてやるか。明日にでも使いをやるとしよう。・・・いや、朕自ら会いに行こうぞ。」
帝は、書き上げた文を届けさせずに燃やすよう言い渡し、その夜、かの姫に告げる言葉を考えるため、幾人かの女房(侍女)達に今の若い女がどのようなことに興味を持つのかを聞いて回った。
五人の貴公子に要求した贈り物については、かなり面食らっているようではあったが、それ以上に五人の中に皇子が二人も含まれていたことのほうに驚いていた。
明け方、帝は少し疲れた顔で建礼門(御所の西門)に輿を用意させ、二十数人の近衛、そして数人の女房(侍女)を従えて御所を後にした。
「かのお方は聡明でこの国の千年は先を行く世の理を知っている。そして、京であれほど噂になっているのだ。きっと美しい人に違いない。」
帝を乗せた輿は、ゆっくりと京の大路を行く。
その先に、なよ竹のかぐや姫と呼ばれる、本来はこの国にあるはずがない力を有した少女の屋敷を目指して。
竹取物語が書かれた時代、実際に火鼠の裘、すなわち火浣布(石綿)は存在していました。
古代エジプトではファラオのミイラを包むために使われていたそうです。
また、ローマではランプの芯に使われたりしていましたが、魔女はそこまで詳しいことを知らなかったようです。
また、真偽は明らかではありませんが『周書』や列子では周代の穆王に西戎が火浣布を献上したという逸話が残っています。
日本では江戸時代に平賀源内が秩父山中で発見し、幕府に献上しています。
もし、かぐや姫の時代に日本に火浣布が届いていたら、と思い、この作品で採用しました。
なお、不尽木は石綿の鉱脈を示す言葉であったという説もあります。