168 異伝「The Tale of the Bamboo Cutter」
9世紀初頭~
色白な少女
この身体に入ってからおよそ半年が経過した。
私を保護してくれた夫婦、いや、父と母は初めて会った時と違い、その健康状態は劇的に改善した。
さらに潤沢な米や野菜、魚や獣の肉のおかげで私の小さかった身体も、見た目だけは14歳位まで成長させることができた。
だが・・・少し問題が発生している。
どうやらこの身体は、この国の人間にとってかなり美しく見えるらしいのだ。
さらに、西のほうで学んだ星詠みや政のありかた、ちょっとした薬の作り方などを披露したらやたらと喜ばれたんだよね。
ってか、月までの距離が約十万里って言ったらものすごく怪しまれたから、正確な距離の測り方を教えたらやたらと驚いてたよな。
戦で使えるとか騒いでた男もいたが、三角形の底辺の長さと二つの角度から距離が分かるってのは常識だと思ったんだが・・・。
おかげで才色兼備と褒めそやされているが、歌会やら花見やらとなるとついていけなくて困ってるよ。
毎日のように屋敷を訪れる公達(摂関家や清華家などの貴族の子弟)が、口で言えばいいものをわざわざ文をしたためて送り付けてくる。
「ジジ様、またこの娘あてに文が届いたみたいだよ。毎日毎日、よく飽きないものだね。」
ババ様が両手いっぱいの文を持ってあきれている。
「けっ。色ボケどもめ。そこら辺の優男にはうちの娘はやれないな。」
「ジジ様、破いてはだめです。この文には心がこもっていますから。」
文を破ろうとするジジ様を止めて、内容を確認する。
内容自体は結構面白いんだよ。掛詞が秀逸なものもあるからな。
ただ、相手の顔と名前が一致しない。
そりゃそうだ。会ったこともない奴が手紙なんか送ってくるなよ。
お、これなんか秀逸だな。掛詞が三つも使われている。
ぜひ会って感想を言いたいものだ。
だが文に口で返答するのは礼儀に反するらしい。
おかげで毎日のように返事を書くのが大変だ。
よし、返事を自動的に書く術式でも開発しようか。
私の心は込めないけどな。
文を書けないような男たちは門の前や垣根の隙間から頻繁にのぞき込んでくる。
ひどい男になると、隣の屋敷に上ったり、垣根に穴をあけようとすらしてくるのだ。
・・・それと、真夜中にのぞき込むな。おまえらは暗視系の術式は使えないだろうが。
そんな馬鹿どもを闇討ちするためにわざわざ空間衝撃魔法を開発したけど、威力が高すぎて人間相手には使えなかったよ。
そんな日常をダラダラと過ごしていると、ジジ様が御室戸斎部の秋田という男を呼び、名を与えてくれるということになった。
普段からジジ様に良くしてくれる大貴族や、大商人たちがこぞって祝いの品を持ってきている。
この国では、幼子には名を与えず、ある程度大きくなってから正式な名を授けるらしい。
ジジ様もババ様も私を呼ぶときにはタケノコと呼んでいたしな。
まあ、美味しいから大好物ではあるけどさ。
だが、この身体の名ではなく私個人の名であることを思うと、自然に嬉しくなった。
「ジジ様、私、どんな名前を頂けるのでしょうか?」
「安心おし、きっと良き名に違いないよ。」
秋田という男が、文箱からそっと一枚の紙を取り出し、朗々たる声で居合わせたものに告げる。
「この娘には、『なよ竹のかぐや姫』の名がふさわしいかと。」
「おお!そうか、良き名じゃ!お前は今日からかぐや姫じゃ!」
「ジジ様、よかったのう。さあ、宴の支度はできておる。者ども、盃を持て!」
この屋敷に勤める小間使いたちが、一斉に酒や肴を運んできて、食べきれないほどの量を並べていく。
数十人の客たちは、歌い踊り、夜通し飲み明かした。
・・・名前の中に「姫」が入っているけどいいのか?ジジ様もババ様も平民だが・・・。
まあいいか。
祝いに来ている公達たちも口々にほめたたえているところを見ると、大きな問題はなさそうだ。
それにやっと全身の魔力回路の最適化が完了した。
もし権力者たちが私の家族に手を出すというなら、受けて立つ。
相手が例えこの国の正規軍であろうが、光撃魔法一発で薙ぎ払える。
ジジ様とババ様の命は私が守ろう。
◇ ◇ ◇
三日三晩のどんちゃん騒ぎも終わり、訪問していた公達も皆帰っていった。
新しく誂えた衣をまとい、御簾の中で座り続けることにつかれた私が足を延ばして寝転がっていると、ババ様が柔らかい衣をもってそっとかけてくれた。
「かぐや、おまえは不思議な子じゃ。本当ならまだややこのはずなのにこんなに大きくなって。ジジ様が見つけた黄金も、いろいろな者たちが世話を焼いてくれるのも、みなおまえのおかげじゃ。」
そんなことはない・・・とは言い切れないんだよな。
黄金はすべて私が用意したものだし、二人の生活が向上するようにこの屋敷に来る大人たちに魅了魔法をかけたりしているし。
「ジジ様、ババ様。かぐやはお二人に感謝しております。これからもよろしくお願いします。」
その夜、私は二人に挟まれてゆっくりと眠ることができた。
血のつながらない父母にやさしくされたのは、いつ以来だろうか。
その時々で奪った身体の親にやさしくされることは何度もあったが、実の娘ではないと知りながら、あるいは狐狸妖怪の類いの恐れもある娘にやさしくできる父母がいただろうか。
翌朝、まだ早い時間に寝殿を出て、男物の衣を羽織り、東透渡殿を渡って東対に向かう。
いよいよ、この身体の名前が決まった。
蔀を下ろし、ゆっくりと目をつむり、全身の魔力回路に神経をいきわたらせる。
すべての魔力回路に、「かぐや」という名が銘記され、それまで休眠状態であった霊体の術式回路が活性化していく。
「よし、いよいよね。これですべての術式回路を励起できるわ。手始めに・・・術式束19,227を発動。・・・うん、問題ないわね。」
思考加速、身体強化、五感向上、感覚鋭敏化の術式を作動させる。
受動系の術式は問題なく作動した。
「つぎは・・・術式20番、方位297、距離24キュビット(約12メートル)、仰角4で発動。」
短距離転移術式を発動すると、一瞬で柱の位置が変わり、車宿への移動が成功したことが分かった。
「うん、名前のない胎児の身体を使ったおかげで一時はどうなることかと思ったけど、問題はないようね。・・・あら?四脚門の外で誰か騒いでるわね。術式束7,387を発動。ちょっと様子を見てみましょうか。」
認識阻害と魔力隠蔽をかけ、重い門を押し開けて外を覗くと、そこには血を流してぐったりとした子供と、それを抱く一人の若者の姿があった。
「そこの者!幼子を斬るとは何事か!名を申せ!」
子供を抱く公達が声を荒げる。
「やかましい!その餓鬼は貴人の半蔀車に道を譲らなかったのじゃ!」
「ならば吾も譲らぬ!物言うならば押し通れ!」
若者は子供を道端に置き、腰に佩いた直刀を抜き放った。
・・・おいおい、いくら何でも多勢に無勢ではないか。だが・・・あの若者、誰かのお付きでウチの屋敷に来ていたっけな。
仕方がない。手助けするか。
私は重い四脚門を押し開け、手拭いで顔を隠してから小走りにその若者の横に立つ。
するとあれよあれよという間に、十人を超える武者が刀や槍をもって私たちを取り囲んだ。
「・・・おい、童。お前まで斬られるぞ。」
はは、「まで」ときたか。こいつ、斬られる覚悟で逆らったのか。
まったく、いい度胸をしている。
「これは異なことを。私を斬れるものがいるならぜひ会ってみたいものです。」
そう軽口をたたき、続けて扇で口元を隠して詠唱する。
「十連唱。闇よ。踊れ。そして叩き割れ!」
この身体で初めて魔力回路に名を銘記した状態で魔力を解き放つ。
当然、最低出力だ。
刹那、ドンっと空間を叩く音が響き、周囲の男たちは2間(3.6メートル)ほど上に跳ね上がり、そのまま地面にたたきつけられた。
・・・よし、死んでる者はいないな。
続けて、道に寝かされた子供を抱き上げ、傷の様子を見る。
どうやら失血はしていないようだ。だが、肩の骨が断ち切られている。
回復治癒呪で一呼吸の間に血を止め、塵芥や病の元を取り除く。そして次の一呼吸で骨を繋ぎ、傷をふさぐ。
「よし、これで大丈夫。ほら、次からは斬られないように気を付けて帰りなさい。」
まったく、私の屋敷の前で刃傷沙汰とか、本当に勘弁してほしい。
そう思いつつ顔を上げると若者は呆然とした顔で呟いた。
「今のは・・・方術か?神仙の業か?とにかく助かった。それに、その童も助かって何よりだ。・・・ああ、吾の名は安倍左衛門三郎四郎頼中と申す。」
え・・・なんだって?
今、何人分の名前を言った?
「ええと、私はそこの屋敷の・・・。」
「おお!かぐや殿のお屋敷の従者でござったか!すばらしい!そなたのような強者がかぐや殿を守っているとなれば心強いものよ!して、そなたの名は?」
こいつ、話を聞くのが苦手なタイプなのか?それとも、聞く気がないのか?
っていうか、私も自分以上に強い相手に守られてみたいよ。
「・・・名乗るほどの者でもありませんので・・・では、私は勤めがあるのでこれにて。」
私は逃げるように四脚門に駆け込み、門扉を閉めて閂をかけようとすると、その若者・・・四郎は門の前で一人、感心するようにうなっていた。
「うん、あっぱれ。あの歳の小童が凄まじく強いのも驚いたが、己の武を誇示せず謙虚なところがさらに素晴らしい。ぜひまた会いたいものだ。」
う~ん。褒められて悪い気はしないんだが、そんな雑魚を追い払った程度で自分の力を誇示する気は毛頭ない。
それに、あいつ、私がかぐやだということに全く気付いていなかった。
ま、もう会うことはないだろう。
◇ ◇ ◇
季節は春となり、梅、桜の順で花が咲き誇る。
冬の終わりごろにあった屋敷の前の騒ぎのおかげで、かぐや姫には鬼神のごとき方術を使う陰陽師が付き従ってると思われたようで、志のない男どもはあきらめてくれたようだ。
・・・そんな気は毛頭なかったんだけどな。
まあ、まだうるさいのが5人ほどいるから量より質の攻撃になっただけなんだが。
それに、非常に厄介な相手に目をつけられてしまった。
三日と開けずに文が届くんだが、本人は名乗らずとも帝だって丸分かりだ。
だって自分のことを「朕」って呼んでるんだもの。
・・・西の海の向こうで散々な目にあったのに、今更帝に仕える気なんてかけらもないよ。
ババ様にお願いして何とか会わないですむようにしてもらっているけど、それもいつまでもつことやら。
まあ、本人は私と文を交わせるだけで今のところは満足してくれているようだし、何よりその文に書かれた歌がなかなか秀逸なんだよな。
おっと、帝が今回知りたいのはローマが帝政に移行した理由だっけか。
ポエニ戦争とか、ユリウス・カエサルとか、どうやって説明しようか?
せっかくだから今回は投石器の設計図面もつけてやろう。
何とか長くなりそうな文を短くまとめて、筆を置き、小間使いに持っていかせる。
すると、小間使いの少年と入れ替わるようにジジ様とババ様が帰ってきた。
最近ではジジ様は私が用意した黄金を元手に幾人もの細工師を雇い、漆器や金細工を扱う商いを軌道にのせていた。
「かぐやや。新しい櫛を用立てたのじゃ。どうじゃ?梳ってみてはくれんか?」
ジジ様はそう言いながら漆器の箱に収められた、螺鈿細工の見事な櫛を差し出してきた。
桜の花びらの形の螺鈿が大変美しい。
「はい。・・・髪の中で泳ぐような心地です。これは大変良いものですね。」
私がそれを手に取り、髪にあてると御簾から漏れる光に螺鈿が輝き、幻想的な模様が畳に落ちる。
ジジ様はそれを見てたいそう喜んでくれたが、ババ様はどこか思い悩んでいるような目で私を見つめた。
「のう、かぐやや。ワシらもまもなく70になる。この歳で生きているもんは都にはおらぬ。いまだ健やかなのはおまえ様のおかげと思うが、それもいつまでもは続かぬ。おまえ様を一人にはできぬゆえ、良き人を探そうと思うがいかがじゃな?」
うん。まあ、それは覚悟していた。
普通なら回復治癒呪で延命できる余裕はあと50年以上あるはずなんだが、この国の栄養状態が悪すぎてな。結構カツカツだったんだよ。
それに、老い先短い二人には、ぜひとも孫を見せてやりたいところなんだが・・・。
さて、こまった。
この身体、月の物がまだ来てないんだよね。
無理やり成長促進をさせているから二人とも気づいてないかもしれないけど、実質生後1年経ってないからね。
ガワだけ育っても、まだ中身が色々と育ち切っていないんだよ。
う~ん。生殖できないんじゃ男と番ってもあまり意味がないんだよな。
ま、適当にごまかしておくか。
「そうですね。良き人がいれば、それもよいかもしれないですね。」
とりあえずババ様の言葉にうなずいておこう。
今日明日のうちに候補者が現れるわけでもないし、
とにかく、急いで性成熟させるしかないか。
・・・翌朝。
屋敷の門の前に、なぜか行列ができていた。
「これは・・・何の騒ぎです?まさか・・・ババ様、昨日の今日でここまで?」
小間使いの話によれば、藤原に連なる貴族や、皇族の使いまで並んでいるという。
ほとんどが見物だというからさらに始末に負えないし。
「ワシは確かに昨日のうちに先触れを出したが、ここまでのことになるとは思わなんだ。だがかぐや。これなら良き男と出会えるやもしれぬぞ。」
ババ様は驚きながらもとてもうれしそうだ。ジジ様はというと・・・すこし複雑そうな顔をしている。
とにかく、この身体はまだ成熟していないのだ。
下手に無理をすれば使い物にならなくなってしまう。
なんとか適当なことを言って時間を稼がないと。
◇ ◇ ◇
(四郎)安倍左衛門三郎四郎頼中
昨日の夕暮れ時にかぐや殿の屋敷から出された先触れは、一夜にして京を駆け巡った。
なんでも、讃岐の造殿の奥方様、すなわちかぐや殿の母君が、かぐや殿の夫となるべき男を見定める場を設けるとのこと。
かのお方の横顔は、警護中に主がかのお屋敷に訪れた折に吾も拝んだことがある。
この世のものとは思えぬほど整い、見ているだけで天にも昇りそうな美しさ。
まるで噂に聞く木花咲耶姫命が現世に舞い降りたかのような美しさであった。
「四郎。何か思案顔じゃな。申したいことでもあるのか。」
かぐや殿の屋敷の前に止めた唐庇車から主の声が聞こえる。
「いえ、何も。賊がいないか周囲に目を配っておりましたゆえ。」
我が主は藤原家筆頭にして右大臣である。
普段は己の欲など出さぬお方だが、かぐや殿を新しい妻に迎えたいと仰せだ。
「そうか。なんでもいい。申したいことがあれば何でも聞こうぞ。けして無理はするなよ。」
主は吾にそういうと、手元の文を開き、読みふけり始めた。
・・・何度も何度も読み返している。
かぐや殿からの文だというが、何が書かれているのだろうか。
先だってのかぐや殿の館の前での刃傷沙汰、主は吾を罰せられることのないように庇ってくれたのだ。
なんと良き主か。ゆえに、主を害するものは、一刀のもとに断ち切るのみ。
日の高さから昼時から一刻前くらいになったころ、ようやくかぐや殿の屋敷の門が開く。
門の前にいた公達は、唐庇車から降りて門の中の道を歩いていく。
やはり、何度訪れてもその大きさと雅さに圧倒されてしまう。
庇から下がる飾りは黄金色に輝き、柱や梁を塗る朱は曇り一つない。
足元は大きな一枚の石の板で飾られ、屋敷まで継ぎ目がない。
庭の池には小さな滝があり、色とりどりの魚が泳いでいる。
鮒・・・とも違う。あんなものは見たことがない。
いかほどの財を成せば、このような屋敷が建てられるのであろうか。
この景色を見たいがために、牛車から降りて長い道を歩いても誰も文句の一つも言わない。
「右大臣、藤原仲麻呂様の御成りである。讃岐殿、かぐや殿はいずこに?」
「私はここにおりまする。皆様。今日はよくぞお越しくださいました。」
ふと気づけば、そこには輝かんばかりに豪華な衣をまとい、その豪華さに一切引けを取らず、さらに天女のような美しい笑みをたたえた姫が、上がった御簾の向こうにこちらを向いて座っていた。
我が主をはじめ、すべての男たちの息をのみ、つばを飲み込む音が聞こえる。
誰一人として口を開かない。
一同が静まってからしばらくして、かぐや姫はゆっくりと、だが心を揺さぶるような、迦陵頻伽のような声で言葉を紡いだ。
「私を娶りたいと仰せの方々が5人もいらっしゃると伺いました。まったく身に余ることでございます。ですが、この身は一つ。すべての方の妻になることはできませぬ。」
その場にいる公達、公卿、そして皇子の使いたちが、次の言葉を待ち、一人として口を開かない。
「世に畏れ多い方々であっても、皆様の志を知らないままにこの身を委ねることはできません。そこで、ほんのちょっとしたことです。『私の欲しい物を持って来ることが出来た人にお仕えいたしましょう』と彼らに伝えてくださいませんか。」
それだけを告げると、かのお方は御簾を下げ、以降は貝のように押し黙った。
そして、我が主を含め5人の男に、それぞれ一つずつ文が手渡されることになった。
◇ ◇ ◇
かぐや殿の屋敷からの帰り道、主はめずらしく不機嫌そうであった。
ふいに唐庇車から声がかかる。
「・・・のう。四郎や。おぬし、火鼠の裘とやらを知っているか?」
・・・火鼠の裘?たしか、唐の国の言い伝えにあった話だ。
「はっ。唐の国の不尽木という燃え尽きない木の火の中に棲んでいるとされる鼠だそうです。その毛を織物にすると、火にくべれば焼けるどころかきれいになる布ができるとの言い伝えがございまする。」
この世にある生き物の皮で作った織物で、燃え盛る炎にくべて焼けぬものなどあるわけがないというものを。
かぐや殿は我が主を袖になさるおつもりのようだ。
「ふむ。知っておったならば話は早い。ならば儂のために唐まで行って買ってきてはくれまいか。ああ、もちろん金子はたんまりと積む。人もいくらでも使ってよい。だが・・・無理でも必ず帰ってこい。」
む・・・。吾としたことが、余計なことを口にしてしまったようだ。
だが、珍しくこのお方が欲を出したのだ。
いや、これはかのお方に対する意地のようなものか?
ふん。ならばかぐや殿に目にもの見せてくれようぞ。
◇ ◇ ◇
その日から時の右大臣をはじめとする貴族たちは、かぐや姫を手に入れるために四方に人を遣り、あるいは伝手を頼り、この世にあるかも分からぬ品々を方々手を尽くし、黄金をばらまいて探させた。
かぐや姫が彼らに要求した品は五つ。
二人の皇子にはそれぞれ「仏の御石の鉢」「蓬萊の玉の枝」を。
右大臣には「火鼠の裘」を。
大納言には「龍の首の珠」を。
中納言には「燕の産んだ子安貝」を。
いずれも、この世にはあるはずがない品々だった。
・・・だが、だれもがこの中に一つだけ、「少なくともこの時代、この地方にはまだあるはずがないだけの物」が含まれていることは、気づかなかった。
当のかぐや、本人すらも。
※「迦陵頻伽」とは、上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物であり、サンスクリットのカラヴィンカの音訳です。『阿弥陀経』によると、共命鳥とともに極楽浄土に住むといいます。
殻の中にいる時から鳴きだすとされ、その声は非常に美しく、仏の声を形容するのに用いられ、「妙音鳥」、「好声鳥」、「妙声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」とも意訳されます。
日本では美しい芸者や花魁、美声の芸妓を指してこの名で呼ぶこともありました。
なお・・・竹取物語の作者は「仏の御石の鉢」「蓬萊の玉の枝」「火鼠の裘」「龍の首の珠」「燕の産んだ子安貝」、いずれも存在しない宝物と考えていたのでしょうが・・・。
本当に一つ、普通に存在したものがあるんですよね。
まあ、健康被害がひどすぎて今じゃ使っているところはないんですけどね。