16 襲撃2/私は魔女じゃない
琴音は回復治癒系の魔法使いです。ドラ〇エで例えると、僧侶に戦闘させているようなものです。
そういえば、ゲームによっては殴り聖者みたいなモンクっていう職種があったような。
9月22日(日)
南雲琴音
突然現れた灰色の大男が、遥香の首をつかみ、体育館の柱に叩きつけた。
鉄筋の入った柱は大きく崩れ、遥香は頭から血を流し、力なく横たわっている。
それだけではなく、首が変な方向に向いているし、口からも大量の血を泡のように流し、口をぱくぱくさせながら時々咽ている。
「遥香!」
慌てて駆け寄ろうとするも、不思議の国のアリスのような恰好をした女児がその行く手を阻んだ。
「どこに行こうというのかね。」
「どきなさい!」
構わず、渾身の力を込めてその女児を蹴り飛ばし、倒れている遥香のもとに駆け寄る。
遥香が何かを言いたそうにこちらを見ている。
「まだ生きてる!だれか!救急車を!」
遥香のお母さんが、遥香は今年の春先まで病気で寝たきりだったって言ってた。
やっと人並みの生活を送ってもらえるって涙ぐんで喜んでたのに。
生徒たちは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
くそ、どうしてこんな時に限って誰も助けてくれないんだ!
「おーい。せっかくのキメ台詞だったのにノリが悪い奴だなぁ。3分だけならまってやるぞぉ?魔女ってのはサブカルチャーが分からない老害なのかぁ?」
思いっきり蹴り飛ばしたのにケガ一つなく立ち上がった女児は、右手の短杖を左手に持ち替えた。
そして右手で赤いツールポーチから杭のようなモノを取り出す。
「ヴェータラ。取り押さえろ。聖釘を打ち込むまで殺すなよ。」
「ああ、アチェリ。わかっている。」
どうやら、目的は私のようだ。
短杖を構えているところを見る限り、魔法使いのようだが、こんなに幼い魔法使いなんて聞いたことがない。
それに聖釘?魔女?何のことだ。
「あなたたち、まさか千弦の左手を落とした女の仲間なの?」
アチェリと呼ばれた少女にそう言いながら、背中のホルスターから健治郎叔父さんが、私が剣道で優勝したお祝いに作ってくれたフレキシブルソードを抜き、同じく左中指の叔父さん特製のリングシールドに魔力を通す。
「何言ってんだおまえ?チヅルなんてやつは知らねぇ。アタシが用があるのはお前だよ。ナグモセンゲン。」
せんげん?宣言?あ、千弦・・・。
こいつ!私と姉さんの区別がついてない!
・・・狙いは姉さんか。
通り魔に左腕は切断されたし、こんな連中に狙われてるし、姉さんいったい何をしたのよ・・・。
とにかく、目の前に集中する。灰色の大男はおそらくパワータイプか、ならば。
「猛き風よ!我が身に集いて敵を討つ力となれ!」
渾身の魔力を込めて身体強化魔法を発動する。同時に姉さんが制服の裏地に刺繍で刻んでくれた高機動術式を発動する。
早くこいつらをどうにかして、遥香に回復治癒魔法をかけなくてはならない。
他の生徒に私が魔法使いだということがバレてもこの際どうでもいい。
ドンという音とともに踏み出すと、ものすごい空気抵抗と加速度が体に加わる。
私は構わず大きくしなるフレキシブルソードを唐竹割りに振り下ろす。
灰色の大男は反射的に両手で頭をガードするが、そんなことでこの一太刀が止まるものか!
「ヴェータラ!避けろ!」
遅い!もう振り下ろした後だ!
大男の右腕を切断し、フレキシブルソードは左腕に食い込み、被り物を砕いたところで止まった。
「くそ!魔女っていうか狂戦士じゃねぇか!」
崩れ落ちた大男から素早く距離を取ろうとするが、大男の左手に食い込んだフレキシブルソードが抜けない。
「ヴェータラ!そのまま捕まえとけ!」
アチェリが黒い短杖をこちらに向け、何かを放とうとする。
甘い!この芸術品をそんじょそこらの赤鰯と一緒にしないでほしい。
瞬時にフレキシブルソードに供給していた魔力をカットすると、それまで銀色に輝いていた刀身が掻き消え、私は自由に動けるようになる。
ところが、強化した脚力で大男をアチェリのほうに蹴り飛ばしたときにおかしなことに気づいた。灰色の大男の右腕から出血がない?
「ナルテークスに灯されしへパイトスが原初の炎よ!プロメテウスの御手により我らにその力を!」
一瞬の間に、アチェリが短杖をこちらに向け、炎の塊を撃ち出した。
素早く左手のリングシールドに魔力を込めながら翳すと、うっすらと緑色に光る六角形と五角形を組み合わせたような障壁が炎の塊をはじき返した。
「ちっ、クソ!魔女だけあって防御は完璧、接近戦までこなすってかぁ?いつまで寝てんだ!とっとと起きろヴェータラ!」
アチェリがそう叫ぶと、ヴェータラとやらがむくりと起き上がった。
「っ!」
ヴェータラの砕けた被り物が床にゴトンという音を立てて落ちたとき、私はその白く濁った瞳と腐り落ちた鼻を見て息が止まってしまった。
「あははは、何驚いてんだよ、アンデッドくらい見たことあんだろぉ?こいつは教会の特別製だがなぁ!お得意の光撃魔法でも使ってみろよ!アンデッドの弱点属性だぜぇ?」
「アチェリ。余計なことを言うな。」
アンデッドだって?
属性だって?
そんなもの、ゲームでもあるまいし存在するわけないでしょう!?
っていうかゾンビってしゃべれるの!?
逡巡しているうちに、ヴェータラは左手で自分の右手を拾い、切断面に押し付けた。
「アチェリ。早く聖釘を打て。」
「いちいちうるせぇな。じゃあとっとと取り押さえろよ。」
ヴェータラはそれに答えることなく、再びクラウチングスタートのような体制をとった。
やばい、こいつら強い!
「堅き磐よ!此の身を纏いて砦となれ!」
いやな予感がした。直感的に防御魔法を発動する。
ブンという音がしたような気がした。
防御魔法の詠唱とともにリングシールドに渾身の魔力を込め、盾で身を守るように体の前に翳すと、その時にはもう灰色の腕が目の前に迫っていた。
リングシールドの障壁とそれがぶつかった瞬間、まるで重いガラスが砕けるかのような音がするとともに体と意識が吹き飛んだ。
・・・いけない!今何秒、意識が飛んでいた!?慌てて体を引き起こそうとしたとき、左脇腹に激痛が走った。
「やった!アタシが聖釘を刺したぞ!これで魔女の魔法は封じた!」
アチェリに杭のようなものを左脇腹に刺され、痛みのあまり絶叫してのたうち回っていると、ヴェータラが私の両足を掴み、逆さにしてその背に担いだ。
掴まれた両足首がミシリと嫌な音を立てる。
この痛みからすると多分、腓骨が両方とも折れたかもしれない。
「アチェリ。回収して封殺するところまでが重要だ。」
「分かってんだよ。そんなこたぁ。あれだろ?二ホンのシンカイだかサセボだかっつぅ船がアレの入ってるはずの石棺を海底で見つけて、そん中に何もいなかったっつうことで上のほうで大騒ぎしてんだろ?老害ども、いちいちうるせぇーんだよ。そんなことアタシにカンケーねぇだろうが。」
スマホを片手にアチェリは毒づいた。
「ったく、老害どもに電話しなきゃならなねぇから黙ってろ。いいかげんLINEかなんか使ってほしいよ。」
出血のせいか、朦朧とした頭で、ぼんやりと二人の話を聞いていたが、逆さにされたおかげで頭に血が巡ってきたのか、意識がはっきりしてきた。
これは本当にやばい。このままだと殺される。
「アチェリです。魔女の捕獲に成功しました。・・・ええ、ホントですって。成功しましたよ。信じてくださいよ。ったく・・・。」
左脇腹に刺さった杭に左手をかけ、詠唱を始める。
「・・・母なりし真理よ、姉なりし智慧よ。我が願いにこたえ癒しの御手を触れたまえ・・・ぐうぅ!」
何箇所か発音の飛んだ回復治癒魔法の詠唱が終わると同時に、左手で杭を力いっぱい引き抜くとともに、ヴェータラの背中にそれを突き刺す。
すると突然、ヴェータラの力が抜け、私はその場で投げ出された。
「おい!ヴェータラ!なにやってんだよ!」
ヴェータラの体は光の粒子に包まれ、そのまま動かなくなった。
「浄化されてんじゃねぇよ木偶野郎が!冗談じゃねぇぞ・・・。なんで聖釘を打たれて魔法が使えんだ!なんで自分で抜けるんだ!お前は魔女だろぉ!」
アチェリは通話がつながったままのスマホを片手に、半狂乱になりながら黒い短杖を構える。
時間がたちすぎた。血だまりに沈んだ遥香は、もう咽せてもいない。間に合わなかった。
「私は自分が魔女だなんて言った覚えはない。そんなことはどうでもいい。よくも私の友達を、よくも遥香を殺したな!」
そうは言ったものの、血を流しすぎたのか、視界が歪んでいる。
多分、両足も折れてるのか、立っていることもできない。
フレキシブルソードはどこかに飛んで行ってしまったし、リングシールドはヴェータラの攻撃に耐えきれなかったのか、砕け散ってしまった。
それに回復治癒魔法一回分程度の魔力しか残っていない。
こんなことなら、手品ショーで姉さんがタネを仕込むのを怠ったのを誤魔化すのに魔力を無駄使いするんじゃなかった。
魔力が潤沢な姉さんがうらやましい。というか、たとえ武器があっても、そもそも私は術式の運用は苦手なんだ。
それでもコイツらは許せない!
「・・・ナルテークスに灯されしへパイトスが原初の炎よ!プロメテウスの御手により我らにその力を!」
アチェリが再び短杖を構え、炎の塊を撃ちだす。
くそ、足が言うことを聞かない!回避も防御もできない!
「光よ、集え。そして薙ぎ払え。」
ふわっと風が動いたような気がした。
鈴が鳴るような、歌うような声とともに、真横から視界を埋め尽くすような光の奔流が奔った。
その直後、間近で雷が落ちたような轟音が響き渡った。
光が収まり、目を開くことができるようになると、そこにはアチェリと呼ばれた少女も、ヴェータラと呼ばれた死体も残ってはいなかった。
あれは誰の声だったのか。
つい最近聞いた覚えがあるようにも聞こえるその声は、高度に暗号化された魔法の詠唱のためか、知らない国の歌声のように聞こえた。
血を流しすぎたせいだろうか、とにかく眠い。
緊張の糸が切れてしまったのか、いつの間にか私は座り込んでいたようだ。
「もう心配はいりません。ゆっくり休んでください。」
その言葉を聞くのを最後に、ぷっつりと意識が消えた。
この世界の魔法には、いわゆる属性なるものはありません。魔法や魔術で発生した現象は、一部の例外を除いて物理法則に従います。ですので、光撃魔法で発生した光の速度は、真空中で299792458m/sですし、氷結系の魔法の温度は絶対零度である-273.4℃を下回ることはありません。
また、一度発生した現象は、完全に物理的な現象となりますので、それらに対抗する魔法や術式は、マホカ〇タのように万能の反射魔法ではなく、術式や詠唱に割り込んで邪魔をするか、継続的に現象を引き起こそうとする魔力を分解して、あとは体の強度を上げて物理的に耐えるか、避けるかとなります。
つまり、割り込まれないための暗号化なわけなんですね。
ちなみにヴェータラを動かしていた屍霊術は例外の一つであり、術式が動きっぱなしになることでその死体を制御し続けています。
光撃魔法は、魔力剥き出しの光で相手を焼くため、屍霊術の術式を一番簡単に破壊できる、というわけですね。聖なるナンとかはハッキリ言って関係ありません。
なお、今回琴音が使った「身体強化魔法」はいわゆるバ◯キルトみたいなもの、「高機動術式」はピオ◯ムみたいなものです。
また、「防御魔法」はスク◯トみたいなもので、魔女が使っていた「術式31番 防御障壁術式」とは全くの別物です。要求される魔力量が多すぎて、普通の人間ではつかえません。それにあちらは、例えるならA◯フィールドですね。
さて、まだ説明のない「呪」というものがありますが、これは魔法や魔術ではないのでまたの機会に。