157 テスト後の少女たち/日常の裏に蠢くもの
2月24日(月)
東京都足立区 遥香の家
南雲 千弦
激動の期末テストが終わり、高校二年生もいよいよ40日を切った。
あれだけの騒動があった後だから最終日の成績はかなりボロボロだと思ったけど・・・。
意外とそんなこともなかったようだ。
琴音と一緒に遥香の家に行くと、すでに咲間さんは到着していたようで、机の上にはテストの問題と各自の回答が並べられていた。
「ふふ~ん。あたしも今回のテストでは初めて魔術を使ってみたよ。じゃじゃ~ん。記憶補助術式は最高だね。自己採点で満点とか信じられないんだけど。どこかケアレスミスとかしてないかな?」
「すごいね咲間さん!私は期末テスト受けてないけど、同じ問題を杖の中で同じ時間に解いてたよ!・・・成績は多分赤点だけど・・・。」
すでに咲間さんと遥香は自己採点を終えたらしい。
それにしても遥香は真面目だな。全部仄香に任せておけばいいのにさ。
「・・・ついに咲間さんまで仄香の術式を使い始めたか。こりゃあ、うかうかしてられないわね。」
琴音がカバンから自分の答案用紙を取り出す。
これは、テスト中に回答した内容を記憶補助術式で丸暗記したものを自動書記術式で書き出しただけのものだ。
さすがに期末テストとなると、枚数がすごい量になるな。
さて、私も書き出しておいた答案用紙を出すか。
「今回は暗記科目ではズルができたからね。そっちは基本的に間違いはないはずなんだけど、英語とか数学がね。」
「・・・姉さん。私より英語とか数学は得意だったじゃない。術式組むときにいつも応用してるよね?」
まあ、そうなんだけどさ。
つい、仄香の成績と比べちゃうんだよね。
「お、これが今回の正答ね。仄香の答案が正答になってるから、自己採点が楽だわ」
答案と正答を見比べながら、私は頷いた。
「・・・う~ん。数学は・・・1問だけ間違えたか。惜しい。んで、英語は・・・?」
うん。今回は我ながらいい成績のようだ。前回よりいい順位を取れるかもな。
「・・・ねえ、コトねん。仄香さんの志望校、聞いた?」
「え?あ、そういえば聞いてないや。仄香。どこの大学を受けるの?進路は決めた?」
《私に聞いてどうするんですか。遥香さんの行きたいところを受験しますよ。》
「遥香、ズル~い!国内の大学、それもすべての学部でA判定だよね。選り取り見取りじゃない。」
琴音が大騒ぎをしているけど、・・・まあ、そうなるだろうな。
でも、2回・・・いや廃工場のことを入れたら3回か。
死にかけた上に、自分の身体を一日当たり2~3時間しか使えないんじゃ、それくらいのアドバンテージはあってもいいはすだ。
「ほら。とっとと自己採点終わらせちゃうよ。そんで、試験休みと春休み、どこに遊びに行くか決めるんだよ!」
テーブルの横を見れば、旅行雑誌やイベント情報誌が積まれている。
ウチの学校は試験休みと春休みを合わせれば夏休みと同じくらいになるからな。
さあて、どこに行こうかしら。
◇ ◇ ◇
自己採点が終わり、概算の順位は一位は遥香(仄香)、二位は咲間さん、三位が私、二点差で四位が琴音になった。
琴音がテーブルの上に突っ伏している。
負けたのがそんなに悔しかったか。
いや、概算だからもしかしたらまだ勝負はついてないと思うんだけどさ。
「ふふふ、今回は総合二位を取れるかもしれないよ。なんて言ったって仄香さんとの点数差が42点だからね。」
「すごいわね咲間さん。っていうことは全科目で42点しか間違えなかったってこと?うわ、実質一位じゃん。仄香は人外なんだからさ。」
《だから、私は生まれも育ちもホモサピエンスだって言ってるでしょうに・・・。》
仄香は琴音の言葉に少し不服そうだ。
でも仄香みたいなチートキャラと順位を競わなけりゃならない私たちとしてみれば、人外扱いもしたくなるものだ。
「はは、仄香。自分が他の人と違うことは受け入れてもいいと思うんだけどね。でさ、春休みの旅行なんだけど、どこいこっか。どうせなら海外とかでもいいと思うんだけど。」
「う~ん。姉さん、そうは言うけどね。ここのところちょっと出費が激しいのよね。姉さんもそうじゃないの?」
確かにそうだ。この前の幕張メッセのイベントと言い、咲間さんにあげたプレゼントと言い、結構な出費が続いている。
・・・いや、魔力貯蔵装置や自動詠唱機構の製作費もかなりやばい金額になっているんだけどさ。
「・・・琴音。そういえばこの前勝手に持ち出した私の自動詠唱機構と魔力貯蔵装置。しっかり壊れてたんだけど・・・修理代は当然持ってくれるのよね?」
「うぇ!?壊れてた!?そ、そんなはずは・・・。」
「どんだけの魔力をぶち込んだか知らないけど、自動詠唱機構は二つともバックルに内蔵した魔力計が割れてたし、魔力貯蔵装置は替えのカートリッジは紛失するし、ベルト通し穴は何か硬いものでえぐられてたし・・・。」
あの後慌てて修理・製作したからいいようなものの、しっかりと材料は消費している。せめて自分の分くらいは負担してほしいんだけど。
「あは、あははは。じゃ、じゃあ、テスト休み中はバイトしようよ。ほら、黒川さんから何かバイトの打診があったじゃない。」
「そのバイト代で払ってくれるというなら、私も付き合ってもいいけど?それに、黒川さんのバイトっていうことは、咲間さんも遥香もついてこれないんだよ?」
ちらりと二人の方を見ると、私たちの話はあまり気にしていないようだ。
遥香については完全におこづかい制で、ついでに仄香の「蓄え」を使えるからはっきり言ってお金に困っている様子はない。
・・・正月くらいしか着ないのに不動産価格みたいな振袖を買えるくらいだからな。
咲間さんはと言えば、実家がコンビニを経営しているとかで、手伝いというか、バイトをしているらしい。
「う・・・いいじゃん。姉妹水入らずでバイトに行こうよ。往復の運賃も宿泊費も持ってくれるらしいんだよ?黒川さんに相談したら最低でも一人15万円は保証するって言ってたし。」
「黒川さんって・・・確か内調だか公安じゃなかったっけ?碌な仕事じゃないような気もするけど・・・。で?その内容は?」
「ええとね。四国のどこだかの村で起きてる連続女子誘拐事件の調査だって。村とは関係がない中高生を含む女子ばかり行方不明になるらしいんだけど、村ぐるみの可能性があるから警察としての捜査ができないとか、犯人が魔術師か魔法使いの可能性があるとか言ってたよ。」
「・・・そんな事件の調査を女子高生に頼むとか、あの女は正気なの?」
いや、確かに村ぐるみだった場合は警察が捜査しても意味ないだろうし、私と琴音なら相手が魔術師や魔法使いでもなんとかなる可能性はあるだろうけど・・・。
「犯人逮捕につながったらボーナスとしてさらに10万円ずつ上乗せするってさ。」
・・・ぐ。それだけあれば欲しかった3Dスキャナーが買える。いや、新しいPCだって・・・。
「し、仕方ないわね。そんなに言うなら付き合ってあげてもいいわよ。で?いつから?準備期間くらいあるんでしょ?」
「んーとね。あ、明後日からだ。・・・ふふふ。黒川さんにはもうオッケーだしてあるんだよね。姉さんがオッケーしてくれなかったら二号さんを連れて行くところだったよ。」
こ、こいつ・・・。いくらなんでも無計画すぎるでしょうが!
◇ ◇ ◇
仄香
激動の期末テストも終わり、コートジボワールからシェイプシフターも戻ってきた。
これで弦弥も大学の職場に戻ることができるだろう。
ギリギリだったが千弦も琴音も助けることができたし、やっと平穏な生活に戻ることができた。
・・・ナーシャの方で問題が起きているようだが。
しばらくの間はバイオレットの身体をリリスに使わせて対応に当たるしかないだろう。
これ以上遥香のプライベートな時間を奪うわけにもいかない。
それにしても、幼い子供たちを殺してアンデッドにするとは・・・教会らしい手口だ。
まったくもって反吐が出る。
現場に居合わせた水無月紫雨とかいう魔法使いが屍霊術の術式を解除したというが、教会の屍霊術師の腕が未熟だったか、それとも熟練の解呪の使い手だったか・・・。
おそらくは前者だろう。
私自身は屍霊術は使えないが、あの術式の硬さはよく知っている。
相手が子供のアンデッドでほとんど戦闘能力がないとしても、2体同時に一瞬で解呪するとなると、それなりに難しい。
・・・そのうちに対アンデッド専用の魔法でも作るか。
ターンアンデッドみたいなやつをな。
全員の自己採点が終わり、大体の成績が分かったところでテスト休みと春休みの予定の話になりだした。
「ねえ、仄香さん。コトねんと千弦っちは泊りのバイトに行くみたいなんだけど、そっちの予定とかはないの?」
《今のところはありませんね。遥香さんの用事に合わせる予定ですけど・・・咲間さんは何か予定はありますか?》
「う~ん。あたしは実家のバイトかな。この時期、テスト前とかで高校生のバイトが休むんだよね。だからその穴埋め。でも逆に春休みは大学生たちがシフトに入りたがるからそっちは休めそうなんだけどさ。それでもシフトに穴が開いてるんだよ。遥香はどうすんの?」
「う~ん。私はバイトしちゃダメって言われてるからなぁ・・・。さすがに死にかけてから一年しかたってないからママもパパも心配してるんだよね。やってみたいとは思ってるんだけどね。」
・・・うん。心配してるのは香織だけで遙一郎はあまり心配してないと思うぞ。
だってアイツ、私がいることを知ってるからな。
まあ、この子たちに危害を加えようとする人間がいたら、それが国家でもブッ潰すけどな。
《もしアルバイトをしてみたいなら、咲間さんのお店で働かせてもらったらどうです?例えば一日の活動時間のうちの1時間だけを使って、あとは私が働いても構いませんよ。》
「あ、それいいかも。ね、遥香!そうしなよ。テスト休み中だけでもウチで働きなよ!往復の交通費も出すし、長距離跳躍魔法を使えば丸儲けだよ!?」
たしか咲間さんの店は新丸子駅だか武蔵小杉駅じゃなかったっけ?
見沼代親水公園駅からだと結構な金額になりそうだけどな。
それに一時間半くらいかかるんじゃないか?
まあ、長距離跳躍魔法なら15秒もかかるまい。
《咲間さん。私も遥香さんもコンビニの仕事をやったことがないのでよろしくお願いしますね。》
「うふふ、人生初のアルバイトだ。じゃあ、私、パパとママに許可取ってくるね。」
今日は振替休日で遙一郎もいる。もしかしたら香織が渋るかもしれないけど、おそらく許可は出るだろう。
四人の予定もほぼ決まったみたいだし、テスト休み中に稼いで、春休みにどこかに旅行に行くのもいいだろう。
◇ ◇ ◇
長崎県佐世保市
蓮華・アナスタシア・スミルノフ(ナーシャ/半分頭)
あの後、紫雨君によって水無月園に連れていかれた二人の遺体は、如月先生によって受け取られたようだ。
水無月園に遺体が放置されていた、という体裁で如月先生が警察に届けてくれたそうだ。
誰がその遺体を運んだのか、そして誰が二人を殺したのかで警察が捜査を続けている。
だが、如月先生は紫雨君のことは話していない。
「ナーシャさん?顔色が悪いみたいだけど、大丈夫かい?」
十さんが心配そうにあたしの顔を覗き込む。
「いえ、大丈夫です。もうすぐ食堂の掃除も終わりますので。あ、食材の在庫管理と発注は済ませておきました。それと、新しく来る子供たちの名簿もできてます。」
二人のことは本当に残念だった。
・・・それと、紫雨君のことも。
彼は行方不明扱いとなり、同時に幼児誘拐殺人事件の被害者として捜査されている。
私も十さんも、そして園長の戸田先生も聴取を受けた。
当然だけど、美代さんのことも大人になった紫雨君のことも話せなかった。
腰に下げた縦長のポーチをそっとなでる。
ここには美代さんがくれた金属板が入っている。
攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、逃走魔法――
すべてが詰め込まれた術式の塊。
込められた魔力が尽きるまで何度でも使える、強力な術札だ。
使い方は、昨日――実戦込みでしっかり教えてもらった。
・・・佐世保の米軍基地で。
準備は万全だ。
子供たちを傷つけるものがいたら、あたしが許さない。
でも、今は何もできない。とにかく私にできることをしよう。
「掃除、終わりました。洗濯物を干してきますね。」
掃除用具入れに掃除機と雑巾、バケツを戻し、複数の洗濯機から洗濯が終わった衣類をとりだす。
職員棟の屋上で物干しざおにかけている途中で、建物の裏手から男の声が聞こえた。
・・・ロシア語?なんでこんなところで?
ロシア語なら死んだ親父の友人の、亡命ソ連人との付き合いがしばらくあったおかげで日常会話くらいならかろうじてわかる。
こっそりとスマホのカメラを起動する。
もちろん、シャッター音が鳴るとバレるから動画撮影だ。
「・・・材料の様子はどうだ?」
「十分な数が集まりつつあります。ただ、誘拐殺人事件の捜査の手が及んでおりますので、従来の方法に戻すしかありません。」
「生体からの直接抽出か。効率が悪いんだよな。・・・ちっ。オレのアンデッドが解呪されなければ生きてる風を装えたものを。」
「マフディ殿のアンデッドを 解呪した?破壊ではなく?」
「・・・ああ。手抜きとはいえ、一瞬で2体だ。死体を確認したわけではないから細かいことは分からんが、新たに傷が増えたという話も聞いていない。・・・ったく、こんなことは初めてだよ。」
「これからどうするのですか?それから、ヴァシレ殿は?」
「ヴァシレのやつはもう一人のガキと金髪の二人の魔法使いについて調べてる。女の方の魔法使いがもしかしたらかなりヤバい奴かもしれん。あいつ、返り討ちにならなければいいんだがな。」
「十二使徒を返り討ちにするような魔法使いがいるのですか!?」
「しっ!声が大きい。とりあえず移動するぞ。・・・どこかで戦力の拡充もしなきゃならん。ったく、戦争のない国だから死体が転がってないのがツラいぜ・・・。」
・・・間違いない。アイツら、二人を殺した犯人たちだ。
だけど、どうする?
心の奥から煮えるような黒い何かが鎌首をもたげる。
今ならあいつらはあたしに気付いていない。
美代さんにもらった攻撃魔法の術札・・・「空間浸食魔法」で!
・・・いや、アイツらを殺しても二人は戻ってこない。
それに、もっと大きな何かが動いている気がする。
・・・「マテリアル」、と言っていた。たしか、材料とかいう意味だったか?
生体からの抽出とも。
子供から何かを抽出して、それを材料に何かを作る?
あたしの脳みそで考えても始まらない。
だが、無鉄砲に行動するのも危険だ。
・・・いや、ポーチには鉄砲よりもヤバイものがあるんだけどさ。
あたしの手は自然に、ポケットの中のスマホに伸びていた。