156 屍霊術/子供たちの行方
2月22日(土)
長崎県佐世保市
蓮華・アナスタシア・スミルノフ(ナーシャ/半分頭)
午前9時の少し前、佐世保駅前交番前で待っていると、身長170センチくらいの金髪サングラスのイケメンが右手をあげながら近づいてきた。
「やあ、待った?ナーシャさん。約束の時間より少し早いけど、とりあえずどこか座れるところに入ろうか。」
誰だコイツ?なれなれしいやつだな。
訝しげな眼を向けると、そのイケメンは左手の中指でサングラスをツイっと下げる。
そこには、紅い瞳がちらりと朝日に輝いていた。
「え?まさか紫雨君?・・・でもその身長。それに髪の色・・・どういうこと?」
「ふふ。いろいろと思い出したって言っただろ。僕は魔法使いなのさ。でも誰にも言わないでくれよ?」
「魔法・・・ねえ?魔法使いって結構いるのね。あたしも使えるかな?」
美代さんとどっちがすごい魔法使いなんだろう?
あ、そういえばちょっと遅れるけど美代さんも来てくれるって言ってたっけ。
メールで連絡だけしておこう。
「さあね?でも君は・・・多分使えるんじゃないかな。とりあえずそこの『えきマチ一丁目』とかいうビルにでも入ろう。」
紫雨君の言葉に従い、えきマチ一丁目入ってすぐのコーヒーショップに入る。
朝食がまだだったので、クロワッサンでハムエッグを挟んだものとドリップコーヒーを注文すると、彼も同じものを注文した。
あれ?お金、どうするんだろう?
不思議に思っていると、彼はポケットからマネークリップを取り出し、レジカウンターに一万円札をそっと出した。
「お会計は一緒で。・・・ん?どうしたの?」
「ええと、そのお金、どこで手に入れたのかなって思ってさ。」
「ああ、これ。昨日のうちにもう一人の協力者に会っておいたのさ。手持ちがないことを告げたら、念のため持っておけってさ。助かったよ。この国の通貨なんて持ってなかったからね。」
もう一人の協力者?誰のことだろうか?
疑問に思いながらも窓際の席に向かおうとしたとき、彼から声がかかった。
「待って。一定範囲外に効果のある識別阻害をかけてるけど、念のためだ。こっちにしよう。」
彼に促されるまま、奥の方の席に座る。
美代さんに待ち合わせ場所の変更だけ伝えると、すぐに返事が来た。
「いま、あたしの協力者が一人、こっちに向かってるんだけど、待ち合わせの相手を子供って伝えちゃったんだよね。どうしようか。」
「協力者・・・その人は信用できるのかい?」
「・・・少なくとも、あたしにとってはこの地上で一番信用できる人だよ。」
紫雨君には悪いけど、美代さんのことを信用しないならこの話は無しだ。
「そう・・・じゃあ、僕も信用しよう。・・・ん?この気配は・・・まさか?」
紫雨君が振り向くと、コーヒーショップの入り口には、美代さんがこちらを向いて立っていた。
「・・・ナンデここにあなたがいるんですか?ノクス。」
「おや、懐かしい名前だね。そういう君は誰かに召喚されたのかい?リリス。」
ノクス?リリス?二人は知り合いなんだろうか?
美代さんはカウンターでほうじ茶のラテを注文してからこちらに向かってきた。
「美代さん?知り合いだったんですか?それにリリスって?」
「クワシイ話は後ほど。それで、失踪した二人の子供についてですが。」
「せわしないね。まあ、僕もそっちが最優先なのはわかっている。ナーシャさん。詳しい話を聞かせてもらおうか。」
二人を前に声を低くしながら、これまであったこと、そして新しく判明したことなどを伝えていく。
・・・残念ながら、壮介君と陽菜ちゃんの足取りは全く分かっていないのだ。
「ウン。状況は分かりました。マス・・・いえ、渡しておいた術札を使って、失せ物探しの魔法で追跡してみましょうか。一番可能性のあるのは、やはりハナミズキの家の周辺でしょうね。そこを中心に術札を発動しましょう。」
美代さんの言う通り、ハナミズキの家に向かうことにした私たちは席を立ち、駅前から西肥バスに乗って移動することにした。
◇ ◇ ◇
時間にして約20分くらいでハナミズキの家の正門前に到着する。
「デハ、このあたりでいいでしょう。ナーシャさん。術札を握って意識を集中してください。」
美代さんの言葉に従い、術札に意識を集中する。
すると術札が淡く光り、目に見えない力のような何かが、波になって広がっていく。
一瞬の間をおいて、私の頭の中に地下室のような、物置のような部屋が浮かぶ。
そこには、顔色の悪い壮介君とブタのぬいぐるみを抱きしめた陽菜ちゃんの二人が呆然と立ち尽くしているのが見えた。
「あ、よかった。二人とも無事だったんだ。あっち、あそこの階段の下・・・でもあんなところに地下室なんてあったっけ?」
不思議に思っていると、紫雨君と美代さんは突然、ハナミズキの家の敷地内に向かって走り始めた。
「ナーシャさん!どこでもいいから身を隠して!リリス!その身体は戦闘可能か!?」
「モチロン!ですがノクス。あなたまでは守れませんよ!」
戦闘?二人とも何を言ってるんだ?
「"Elementa terrae, iter mihi facite!"(大地の精霊たちよ、我に道を作れ!)」
紫雨君が何語かわからない言葉で叫ぶと、階段前の地面が音もなく消失し、地下へ降りる一本の道ができる。
そして二人がその道を下りていくと、再び音もなく地面が動き、元通りになってしまった。
◇ ◇ ◇
水無月 紫雨(ノクス)
かなりの広さを持つ地下室の中は薄暗く、そしてひんやりとした空気が淀んでいた。
「・・・"O spiritus lucis. Circum illuminare."(光の精霊よ。汝の光を解き放て。)」
光の概念精霊の力を解き放つと、周囲がゆっくりと明るくなり始めた。
目の前には、初めてできた友人たちが変わり果てた姿で立っている。
「・・・くそ、なんてことを・・・。」
壮介君と陽菜ちゃんはその言葉に反応し、生気のない、白く淀み切った眼をこちらに向けた。
「コレハ・・・。アンデッドですね。殺されてからまだ数時間ですが、こうなってはもはや助けることはできません。早々に殺してやるのか情けかと思いますが・・・どうします?」
くそ・・・数時間くらいなら、そして魂の情報さえ残っていれば蘇生できたものを。
誰か知らないが、屍霊術で死体のまま動かした挙句、ご丁寧に人格情報まで汚染しやがった。
こうなってしまうと、もはや元に戻すことはできない。
人格情報のバックアップでもあれば別だが、僕の技術では自分のバックアップで精いっぱいだ。
「・・・この身体にとっては初めての友人だったのに・・・すまない、リリス。あっちを向いていてくれるか。」
「・・・ノクス。オ気持ち、察します。私は奥の方を捜索していますのでお二人とのお別れを。」
リリスはその言葉を終えると同時に、スッとその姿を消す。
驚いた。術式によるものだろうが、作動した気配すらなかった。
おそらく、いま彼女を召喚して使役している魔法使いはかなりの手練れだ。
もしかしたら、僕より強いかもしれない。
かつてうわさに聞いた魔女にも迫る魔法使いだろう。
・・・だが残念ながら、召喚された者が自分の主人の正体を口にすることはあり得ない。
機会があればぜひ会ってみたいのだが。
改めて、壮介君と陽菜ちゃんを見る。
まだアンデッドになりたてで、その体の動かし方もおぼつかないのだろう。
ヨタヨタと足を引き摺りながら、低いうなり声をあげてこちらへ向かってくる。
その姿を見ながら、僕は一度唇をかみ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「"O misera anima, falsam vitam portans! Ego, lux divina, te ab vinculis impuritatis absolvo!"(おお、哀れなる魂よ、偽りの命を背負いし者よ!我は神聖なる光なり、汝を穢れの束縛より解き放たん!)」
金色の光が、僕を中心に波紋状に広がっていく。
壮介君と陽菜ちゃんはその光に触れた瞬間、まるで糸が切れた操り人形のように、その場に倒れ伏した。
倒れ伏した二人の亡骸を、そっと抱き上げる。
陽菜ちゃんの胸には、鋭利な刃物で背中から刺された跡が、そして壮介君の首には、強い力でへし折られた跡が残っていた。
「誰かは知らないが、この報いは必ず受けてもらう。・・・壮介君、陽菜ちゃん。僕らの家に帰ろう。こんなところに来るんじゃなかったよ。」
壮介君を背負い、陽菜ちゃんを抱きかかえ、その場を後にしようとしたとき、奥の方から重い何かが動いたような音が聞こえてきた。
リリス・・・何かあったのだろうか?
◇ ◇ ◇
リリス(in バイオレット)
2000年ぶりに懐かしい顔を見ました。
たしか、彼に初めて召喚されたのは2700年ほど前のことだったと思います。
まさか、まだ生きてるとは思いませんでいた。
いや、マスターと同じ方法で身体を乗り換えているようなので、長生きというのとは違うと思いますが。
どうやら2体のアンデッドは彼にとって親しい間柄だったようで、友人と呼んでいたところを見ると、その悲しみは如何ばかりかと思います。同時に、二人をアンデッドにした者に激しい怒りを感じます。
ですが、今、私はノクスではなくマスターの眷属です。
マスターの指示が最優先となる以上は、彼とともに涙を流す暇はありません。
後ろ髪を引かれる思いで彼をその場に残し、かなり広い地下を調べていると、長い廊下の先に明かりのついた部屋を一つ、見つけました。
その中では二人の男が椅子に向かい合って座り、何かの書類を読んでいるところでした。
「おいヴァシレ。・・・さっきの魔力、お前も気が付いたか?」
「ああ。ものすごい魔力量だったな。まるで津波のような感じだった。近くにかなり強い魔法使いがいるな。敵襲・・・だな。」
顔色の悪い男が席を立ち、杖を手にこちらに向かってきます。
幸い、マスターの魔力回路を用いて電磁熱光学迷彩術式を展開しているおかげで気付かれませんが、念のため物陰に潜んで様子を見ることにしました。
「んっ!?・・・くそ、何者かがオレのアンデッドを解呪しやがった。大した奴だ。手抜きとはいえ、一瞬で2体同時かよ。」
「おいおい、さっきの魔力の持ち主か?ハハハ、続けてデカい魔力を使いすぎだろ。今奇襲したらヤレんじゃね?」
「いや・・・おそらくは別の魔法使いだ。魔力の質は似てるんだが・・・少し古い気がする。これだけでかい魔力を持つ相手に2対2だと少し分が悪いな。ここは退くぞ。」
顔色の悪い男がどうやら屍霊術師のようです。
そしてもう一人も魔法使いのようです。
・・・胸元にあるアレは・・・逆三角形に逆さYの字・・・。
この身体を教会の連中に渡すわけにはいきません。
いくらマスターの身体とは言え、動かしているのが私では、万に一つ、負ける可能性があります。
危ない橋は渡らないことにします。
ただ、念のため、その顔、そして魔力波動を記録しておきましょう。
「・・・マジかよ。まあ、ガキ2体しか作ってなかったからな。ちっ。また聖女様に怒られるネタが増えちまった。ツイてねーな。」
ヴァシレと呼ばれた茶髪の軽薄そうな男は部屋の隅にある本棚の隅に手をやり、カチッという音を立てて何かをはずしました。どうやら隠し通路があったようです。
二人が隠し通路の中に入ると、本棚は自動的に元の位置に戻っていきました。
さて・・・どうしましょうか。追うべきか、それともナーシャさんの身を守るために戻るべきか。
「リリス!・・・ああ、そこにいたか。誰かいたか?」
ノクスの足音が聞こえたので、電磁熱光学迷彩術式を切り、状況を伝えます。
「そうか・・・わかった。後は僕一人で十分だ。君はナーシャさんの元に戻れ。それと・・・彼女にお別れを伝えておいてくれ。」
「ワカりました。そのお二人の亡骸は?」
「水無月園に連れていく。この二人は如月先生にお願いするよ。」
・・・水無月園?まあ、マスターに言えばわかるかもしれません。
彼は軽く頭を下げると、そのまま本棚に向けて手をかざしました。
「"Luce, congregare! Deinde omnia abole!"(光よ、集え!そして薙ぎ払え!)」
閃光、そして轟音。本棚は跡形もなく消し飛び、隠し通路の一部はその壁まで溶けています。
・・・マスターの光撃魔法とあまり変わらない威力ですね。
しかし・・・ノクスの詠唱の暗号化は少し甘いような気もします。
まあ、マスターに敵対しない限りは問題ないでしょうけど。
ノクスは振り向くこともなく暗い隠し通路の中に飛び込んでいきました。
私は久しぶりに会った彼の無事を祈りつつ、上りの階段を探すことにしました。
やっと見つけた階段を上ると、そこは1階と2階の間の踊り場でした。
振り向くと、踊り場に設置された鏡がどんでん返しのようになっていて、閉めてしまうと全く分からないように巧妙に偽装されています。
「・・・マサカ、地下に下りる階段が踊り場にあるとは・・・。完全に盲点でしたね。」
階段を下り、この施設の正門まで戻ると、電柱の陰にはナーシャさんが隠れていました。
ノクスが「どこでもいいから身を隠せ」とは言いましたが、せめてもうちょっと安全なところに隠れて欲しかったですね。
「あ!美代さん!二人は無事だった!?・・・美代さん?どうしたの?」
「・・・ザンネンながら、駄目でした。・・・。ノクス、いえ、紫雨君が彼らを水無月園に連れていくと言っていました。」
「駄目って・・・?いったい何があったの?それに水無月園って、今月末には閉鎖される予定だけど・・・?」
・・・どこまで話していいものか。
迷っているとマスターから念話が入ります。
《リリス。こっちの手が空いた。状況を知らせてくれ。・・・ん?そんなことになっているのか。仕方がないな。後は私が対応する。》
念話による圧縮通信で事実だけ伝えるとマスターは一瞬驚いたものの、すぐに交代してくれることになりました。
目を閉じ、意識を合わせるとすぐ、身体から解放される感覚に包まれました。
◇ ◇ ◇
仄香(inバイオレット)
さて・・・リリスから情報を受け取ってはいるものの、少し困った状況になっているようだな。
ナーシャに壮介と陽菜の死についてどうやって説明をしたものか・・・。
「ええと、ナーシャ。アンデッドって知ってるかしら?」
「え?あ、ああ。ゾンビとかの動く死体ってやつだよね。それが二人と何の関係が・・・。まさか、さっき、二人が動いているように見えたのって・・・?」
「そうよ。二人はすでに殺されていて、何者かにアンデッドにされていたらしいのよ。紫雨君とかいう男の子が魔法使いだったのはちょっと驚いたけど、本当に残念だったわ。でも、ナーシャ。あなたもここにいるのは危険だわ。すぐに避難しましょう?」
少なくとも紫雨という少年、いや、青年か。彼は敵ではなさそうだ。
それに・・・リリスの知り合いのようだが・・・。
眷属に対し、絶対的な命令権を持つ召喚魔法の契約には一つだけ穴がある。
以前の契約者の情報を聞き出すことができないのだ。
その契約者の許可があれば別だが、基本的に許可を出す馬鹿などいないだろう。
ナーシャの手を握り、佐世保中央駅に向かって歩き出そうとすると、彼女はその手を振りほどき、私の眼を見てはっきりと言った。
「あたしの手の届くところで二人も子供が死んだんだ。まだハナミズキの家には、30人以上の子供たちがいるんだ。あたしは逃げたくない。子供たちを守るって決めたんだ。」
驚いた。だが、この施設には教会の手が伸びている。かといって、私もここに常駐するわけにはいかない。
どうしたものか・・・。
「なあ、美代さん。あたしにも魔法を、戦う方法を教えてくれ。なんなら、魂と引き換えでも構わない。」
「魂って・・・私は魔女とは呼ばれているけど、悪魔じゃないわよ。仕方ないわね。最低限の身を守る方法と、召喚符を追加で2枚、貸してあげるわ。今日は何時まで時間があるの?」
「丸一日、休暇をもらった。だから、正門が閉まる時間・・・夜9時までに戻れば大丈夫。」
そういえばまだ宿直室で寝泊まりしているって言ってたっけな。管理会社に言って少し早めに入居できるようにしてやろう。
それにまだ昼過ぎだ。付け焼刃にしかならんが、攻撃魔法と防御魔法、そして回復魔法と逃走魔法のセットを術式化したものを渡しておいてやるか。
「じゃあ、そこのニミッツパークの向こう、佐世保米海軍基地司令部まで行きましょうか。あそこなら教会の手は絶対に及ばないわ。倉庫か会議室でも借りればいいわね。あ、ちょっと待って。国防総省の国防防諜・安全保障局に電話して、アポだけ取ってもらいましょう。」
「美代さん・・・あんた、総理大臣に就職先のあっせんをさせたり、国防総省に部屋を借りたり・・・いったい何者なんだよ?」
「コネは使うものよ。・・・あ、ハロー。ジェーン・ドゥよ。局長のマイルズに代わってもらえるかしら・・・。」
唖然とするナーシャを横目に、スマホを片手に国際通りの先にある米軍基地のゲートに向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
金色の鳥居のモニュメントが特徴のゲートに近づくと、慌てた様子の士官が飛び出してきたのが見えた。
彼らは周囲を見回し、こちらに気づくと信号が変わるのも待たずに駆け寄ってきた。
「ミス・ジェーン!お待ちしていました!基地司令がお待ちです。こちらへ。」
「・・・また大げさね。会議室か何かを一つ、借りたいだけなんだけど?」
一瞬、士官は困惑した表情を浮かべるが、気を取り直し、一台の車を呼び寄せる。
「あまりお時間がないとはうかがっておりますが、国防総省の上層部もあなたの行方をずっと探しておりました。是非、何らかの連絡方法を教えていただきたいのですが・・・。」
「・・・ええと、マンハッタンのオフィスを通してもらえればいつでも連絡が付くはずなんだけど?・・・ああ、さては私の居場所を把握しておきたいって話ね。まあ、いいわ。じゃあ、早く基地司令のところへ連れて行きなさい。あ、それと、彼女は私の娘よ。丁重に扱いなさい。」
「はっ!了解しました。ではこちらに。」
う~ん。たった20年・・・いや、25年だっけ?国防総省に顔を出さないだけで大げさな。
ま、たまには顔くらい出してやろうか。