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155 戦い終わって

 2月21日(金)


 長崎県佐世保市

 児童養護施設 ハナミズキの家


 蓮華(れんげ)・アナスタシア・スミルノフ(ナーシャ/半分頭)


 美代(みよ)さんが彼女の子孫を助けに行ってから丸一日以上が経過した。

 失踪した三人、陽菜ちゃん、壮介君、紫雨(しぐれ)君の三人については、手の空いた職員が交代で周囲に住んでいる人や警察、消防署などと連携して探しているが、まったく手掛かりがつかめない。


「ナーシャさん。朝から動きっぱなしだよ。ここは俺がやっておくから、そろそろ休んだら?」


 同僚の(つなし)さんが洗濯カゴを私の手からひょいと受け取り、洗濯機へ汚れ物を入れていく。

 ・・・確かに今朝、いや、昨日の夜から動きっぱなしだ。

 日中、少しでも彼らを探す余裕ができるように、書類仕事を今朝までかかってすべて終わらせておいたのだ。


「・・・すみません、お言葉に甘えます。」


 洗濯物は(つなし)さんに任せて、夕食の準備だけでもしておこう。

 それが終わったら、園長の戸田先生に声をかけてまた三人を探しに行ってみよう。

 ・・・港の方にも行ってみようか。


 ハナミズキの家は、かなり大規模な児童養護施設だ。

 だから、しっかりとした食堂を備えていて、調理師や栄養士といった人が給食のような形で食事の提供をしている。

 私の仕事は、搬入された食料の在庫管理や、その日使う食材の所定の場所への移動、食器の準備といった雑務だ。


 開園したばかりでマニュアルなど一切なかったが、この何日かの間に簡易的な手順をまとめたものをパソコンで作成しておいた。

 これで、あたし以外の職員もお互いの仕事が簡単に把握できる。


 手早く作業を終え、戸田先生をさがす。

 事務室を覗き込むと、戸田先生はパソコンで私が今朝までかかって作った書類の確認をしているところだった。


「期限は月末なのに、仕事が早いわね。あれ?ナーシャちゃん?あなた、昨日の夜から寝てないんじゃないの?エクセルの保存時間が午前5時よ?・・・今日は早いけど、そろそろ休みなさい。宿直室には誰も入らないようにしておくから。」


「でも、あの三人を探さないと・・・。」


「・・・ナーシャちゃん。まだ高校生でしょ?この施設はね、近いうちに高校生も支援の対象にしようって話が出てるくらいなのよ。だから、本来ならあなたは保護される側なの。一生懸命なのはわかるけど、ムリは絶対しないことよ。」


「・・・分かりました。今日はこれで休ませていただきます。ただ、明日の朝からちょっと市内を回りたいので休暇を頂きたいのですが・・・。」


「・・・ふう。あの三人を探しに行きたいのね。じゃあ、明日は一日休みにしてあげるから、せめて今夜だけでもゆっくり眠りなさい。」


 そのあと、戸田先生に宿直室まで連れていかれ、布団をかぶって寝るところまで監視されてしまった。

 仕方なく、ゆっくり眼を閉じると、あたしの意識はゆっくりと闇に落ちていった。


 ・・・・・・ここは?

 ああ、夢の中か。


 見渡す限り金色の麦の穂の海が広がり、遠くには白磁のような外壁を持った城が立っている。

 麦畑の中では、鉄と木でできた人形が麦を刈り取り、その城の近くにある町へ運んでいるのが見えた。


「やあ、ナーシャさん。こっちで会うのは初めだね。」


 突然後ろから声がかかり、驚いて振り向けばそこには紫雨(しぐれ)君が人懐っこそうな顔をして立っていた。


紫雨(しぐれ)君?どうしてここに・・・?それに、君、何か雰囲気が違うんだけど?」


「ああ。僕はいろいろと思い出したんだ。・・・そう、いろいろとね。だからちょっと行かなくちゃならないところがある。大丈夫。来月になれば戻るよ。」


「そう・・・。あれ?じゃあ、陽菜ちゃんと壮介君は?一緒じゃないの?」


「え?陽菜ちゃんと壮介君がどうかしたのかい?僕は知らないけど・・・。」


 二人とも一緒じゃない?ということは・・・。


「もしかしてあたし、思い違いをしていた?紫雨(しぐれ)君と陽菜ちゃん達は別の事件だったの?」


「その話、詳しく聞かせてくれないか。・・・もしかしたら、予想しているよりも厄介なことになっているかもしれない。」


 その後しばらく紫雨(しぐれ)君と二人、金色の波が流れる麦畑の一角のベンチで話をした。

 彼は陽菜ちゃん達を探すため、変装して一旦戻って来てくれるという。


「そろそろ時間だ。ナーシャさん。明日、朝九時に佐世保駅前交番前で。僕から声をかけるよ。」


「わかった。でも変装してるんだよね?」


「大丈夫、ナーシャさんにだけは分かるようにしておくよ。じゃあ、またね。」


 彼が手を振ると、四方の麦畑が一斉に輝き、そして金色の霧に包まれて消えていく。

 紫雨(しぐれ)君・・・。その後ろ姿に、何故か美代(みよ)さんの面影を見たような気がした。


 ◇  ◇  ◇


 東京都荒川区西日暮里


 南雲 琴音


 やっと期末テストが終わった。


 いや、今回のテストは大変だった。

 内容がではない。

 前日にあったことが大き過ぎたのだ。


 朝になって、リビングに降りたらお父さんとお母さんが抱き合っていて、それを見て姉さんと二人でまた大騒ぎをして・・・。


 はあ・・・。

 お父さんからどうやってリビアまで来たのかとか、なんであんな無茶をしたんだとか、学校に行くぎりぎりまで問い詰められていたよ。


 幸い、期末試験に遅れるわけにはいかないから何とか開放してもらえたけど。

 おかげで今夜は家族会議だよ。


 お母さんとお父さんは九重の爺様に話があるとかで、二人が家に帰ってくるのは8時過ぎになるらしいけどさ。


 そういえば仄香(ほのか)も朝、ギリギリになって戻って来られたらしく、遥香が悲鳴をあげていたよ。


 まあ、仄香(ほのか)がいなけりゃウチの学校で全科目満点をとるのなんてほぼ不可能だからな。


 っていうか、遥香ったら、とうとう自分でテストを受ける気がなくなったようだ。

 仕方ないか。杖の中で勉強会を開くたびに頭から煙が出ているくらいだからな。


 テストが終わり、クラスのみんなで打ち上げに行こうということになって、私や咲間さん(サクまん)、そして遥香にも誘いの声がかかった。


「ねえ!久神さんも行こうよ!日暮里のカラオケ店をクラス全員で予約したからさ!」


 クラスメイトの男子達のテンションが妙に高い。

 ええと、コイツは若林だっけ?それと、コイツは平林。いや、逆か?紛らわしいんだよ。

 でも遥香がそんなのについていくわけが・・・。


「どうしよっかな・・・。そうね、夕食に間に合う時間までなら。」


「え?遥香、行くの?・・・じゃあ、私も行くわ。姉さんにも一声かけてかなきゃ。」


 珍しいこともあったものだ。ふと後ろを見ると、咲間さん(サクまん)仄香(ほのか)からもらったチョーカーをしっかりと首に巻き、姉さんからもらったピアスを着けている。


 気合いは十分のようだ。

 っていうか、カラオケに行く気になったのは遥香と仄香(ほのか)のどっちなんだろう?


 窓から吹き込む少し強い風に、彼女のアホ毛が揺れていた。


 ・・・3時間後


 最初はやたらとテンションが高かった遥香だが、カラオケが始まってから30分ほどであっさりとテンションが下がってしまった。

 どういう理由か聞いたら、昨日無理したおかげで身体を制御できる時間がかなり少なかったらしく、途中から仄香(ほのか)に交代していたらしい。


 ・・・なるほどね。途中から歌う歌の内容が変わったのはそのせいか。


「琴音~!次は何歌う?これなんかどう?イチゴ大福のマーチ!双子だと完璧にハモれるよ。」


「・・・そういえばなんで姉さんがいるのよ。一組の打ち上げだったはずじゃなかったっけ?」


「え?一組のみんなに普通に誘われたよ?」


 そうなんだよな。こういうイベントになると、なぜか姉さんも誘われるんだよな。

 私自身も二組のイベントによく誘われるし、気にするべきじゃないのかもしれない。

 行ったことはないけどな。


「さあて!次の曲はあたしだ!」


 咲間さん(サクまん)がマイクを受け取り、すくっと立ち上がる。


 ええと?曲名は・・・「シャウト・イン・ザ・レイン・アット・ナイト」?

 ああ、アレクが歌ってるやつだ。

 でもあれ、無茶苦茶ノドをいためる歌だって・・・あ、そうか、チョーカーか。


 イントロが始まる中、遥香・・・いや、仄香(ほのか)が何か選曲して入力する。

 ん?「暁に祈る」?

 はて?そんな歌、あったっけか?


 まあいいや。聞けばわかるかもしれないし。

 はあ、終わったら家族会議だ。

 気が重いな。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 弦弥


 魔女「ジェーン・ドゥ」に救われて、彼女の力で日本に帰って来てから半日、しばらくは実感がわかなかった。

 彼女の話では、美琴の実家・・・つまり、お義父さんにはすでに話が通っているらしい。

 ジェーン・ドゥの勧めもあり、お義父さんに挨拶をするため、美琴の実家に車で向かうことにした。


「弦弥さん。本当に無事でよかったわ。あなたが死んだらどうしようかと・・・。」


 運転中の左手に美琴の手がそっと触れる。


「心配かけたね。当分の間は日本にいるから心配しないでほしい。ノクト遺跡は残念だったけど、次は国内、沖縄さ。」


「そう・・・沖縄なら私が一緒に行っても問題ないわよね?」


「ははは、予定は未定、行くとしても夏ごろの話さ。それに、リビアとは違ってアパートを借りる予定だから君が一緒でも何も問題はないかな。」


 沖縄と聞いてはしゃいでいる美琴を見ながら、首都高の出口を下りていく。

 妻の実家・・・いや、正確には実家ではないな。

 首相公邸に向け、重いアクセルを踏み込んでいった。


 ◇  ◇  ◇


 首相公邸は官邸とほとんど同じ敷地にある。

 内閣府下の交差点を曲がればすぐのところだ。


 事前に訪問する旨を伝えておいたので、いきなり止められることもない。

 車を止め、窓を開けて美琴が総理大臣官邸警備隊の隊員とあいさつすると、駐車スペースに案内してくれた。


 公邸の入り口には警備が立っている。・・・いや、その横にはジェーン・ドゥの姿がある。


 今頃は(はなぶさ)教授とコートジボワールにいるはずなんだが・・・。


 まあ、魔女だからな。そういうこともあるだろう。どうやったのかは知らないが。


「説明するのが大変でしょうから私も同席するわ。和彦の許可は取ってあるから安心しなさい。それと、和彦は私のことを美代(みよ)と呼ぶわ。話が混乱するから合わせておいて。」


「・・・そりゃあ、助かるが・・・もしかしてお義父さんと知り合いなのか?」


「そうね。ちょっと前、いえ、かなり前からね。」


「どういうことだ?」


 首をかしげながらも、総理応接室に通される。

 たかが地方大学の考古学教授が入れる部屋ではないのだが、それ以上に彼女は堂々と入っていく。

 いや、美琴もか。


 すでに応接室には九重和彦総理大臣、つまりは僕の義父が立ち、ジェーン・ドゥを恭しく出迎えた。


「この度は義理の息子まで助けていただき、感謝に堪えません。ほれ、美琴。それから弦弥。ちゃんと礼は言ったのか。」


「あ、はい。お義父さん。それはもう、何度も。・・・ところで、彼女とどういったご関係なのですか?」


「・・・お前というやつは。自分の先祖のことも知らんとは、情けない。美琴。こんな奴、とっとと離婚してうちに戻ってこい。」


「ふふ。それ以上言ったら殺しますよ。お父様。」


 美琴の眼がギラリと光る。


「う。まったく、誰に似たんだか知らんが・・・。まあいい。弦弥。お前の先祖でサマール沖海戦で戦死した人がいただろう。その実の母親というのが彼女だ。」


「正確には二つ前の身体、南雲仄香(ほのか)と名乗っていた時のことね。だからいまから120年以上前の話になるわ。」


 ・・・その話なら聞いたことがある。


 たしか、興津の実家の、鴨居の上に飾ってあった写真と手紙・・・三鷹に住んでいる妹の若い頃にそっくりな、ちょっと吊り目で人懐っこそうな顔。

 そして曾祖父さんが子供の頃に体験した不思議な話。


 だが、彼女が魔女という話はなかったと思う。

 いや、魔女の伝説は考古学だけではなく歴史の至る所に出没するが。


「はあ、やっぱり、アレは実話だったのか。理解しましたよ、お義父さん。美代(みよ)さんが僕を助けに来てくれたのは、ひ孫だからですか?」


「それもあるけど、千弦と琴音のためね。それより弦弥。それから美琴。今から大事な話をするわ。和彦にも聞いて欲しいけど、他の人には聞かせられないから、ちょっと人払いをしてもらえるかしら。」


「お安いご用ですぞ。」


 お義父さんがパンパンと手を鳴らすと、その場にいたSPや秘書の人達はゾロゾロと部屋の外へ出ていく。

 そして、今回の敵の正体、そして魔女の秘密についての話が始まった。


 ◇  ◇  ◇


 時計の針も7時を過ぎた頃、彼女の話も一区切りを迎えた。

 ・・・話というより、幻灯術式とやらを用いて3Dで見せられたのだが。


「ちょっと時間がかかったわね。加速空間魔法で4倍くらいまで加速したのだけど・・・。」


 しかし・・・驚いたな。魔女は人類史の生き字引じゃないか。

 彼女さえいれば、考古学の全てが解明されるのも夢じゃない。


「弦弥。貴方が何を考えてるか分かるけど、それに付き合ってる暇はないわよ。もし付き合うとしたら、全部終わってからになるわ。」


 ・・・さすがは魔女、いや、ご先祖様。僕の考えていることなんてお見通しか。


「ねえ、弦弥さん。そろそろ琴音と千弦がお腹を空かせている頃よ。もうお暇しなきゃ。」


 美琴の言葉に従い、今夜は別れる事になった。

 また、僕はまだコートジボワールにいるはずなので、しばらく外出を控えるように言われてしまった。

 さて・・・家についたらいよいよ家族会議だな。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 和彦と弦弥、そして美琴の三人にひととおりの話が終わり、公邸を長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で後にする。

 この後、すぐに佐世保に向かわなければならない。


《忙しいねぇ仄香(ほのか)さん。さっきから私の身体とバイオレットの身体の両方を動かしっぱなしだよ。疲れない?変わろうか?》


《だめですよ。遥香さんは昨日と今日、あわせて7時間以上、自分の身体を制御してます。インターバルは挟みましたけど、すでに限界を超えています。》


《でも・・・佐世保の方はどうするの?やっぱりバイオレットの身体をリモートで動かすの?》


 そう、ナーシャの方も何とかしないといけないのにやることが多すぎる。

 だが、今後のことを考えると、体力や精神力を残しておかなければならないだろう。


《仕方ありません。佐世保の方はリリスに行かせましょう。》


 佐世保駅前に到着した時点でリリスを呼び出し、バイオレットの身体をゆだねることにしよう。


《ところで、千弦ちゃんと琴音ちゃん、大丈夫かな?かなり無茶してたみたいなんだけど・・・。》


《そうですね・・・。業魔の杖は取り上げたし、エリネドの腕輪も返してもらいましたから、二人ともあんな魔法は使えないでしょう。しかし・・・全自動詠唱機構(フルオートチャンター)か・・・。まさかこんなものを作るとは思いませんでした。これは隠れ家(セーフハウス)で徹底的に調べた方がいいでしょうね。》


 あの後、千弦を問い詰めて説明させたうえで取り上げたコレは、およそ人間に使えるシロモノではない。

 本人は試作品で失敗作だと言っていたがそれはそうだろう。

 少なくとも、人間にとっては、だ。

 だが、私が使ったら?

 ・・・うまくすれば、聖釘(アンカー)も無力化できるんじゃないか?


 だが、コレは考えようによっては常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式よりも危険なシロモノだ。

 たった17歳の少女がこんなものを作るとは・・・。

 あいつ、冗談抜きにして天才なんじゃないだろうか。


 遥香の身体に完全に戻り、一息ついたころ、階下から香織が呼ぶ声が聞こえた。


「遥香~。ごはんよ~。」


《あ、晩御飯だ。・・・でも、今日の活動可能時間、カラオケで使いきっちゃったからね。私は杖の中で食べるよ。仄香(ほのか)さん、味の方だけよろしくね。》


 今日は遙一郎も帰ってきているし、出来ることなら夕食くらい一緒に取らせてやりたかったのだが仕方がないか。


《はいはい。杖の中のダイニングに同じ料理を再現しておきますね。》


 ナーシャの方は人探しだ。最悪、リリスがいれば何とかなるだろう。

 

 ◇  ◇  ◇


 佐世保市内

 (あくつ) 壮介


 火曜日にハナミズキの家に来てから、紫雨(しぐれ)君の様子がずっとおかしかった。

 木曜の午後、学校から帰ってすぐのころ、彼は突然どこかへ出かけてしまった。

 慌てて追いかけたけど、あっという間にいなくなってしまった。


 彼の様子がおかしかったことは陽菜ちゃんも気付いていたようで、二人で園長先生に伝えに行こうとしたんだけど、突然、変な男の人につかまってしまい、そのまま施設の地下に連れていかれた。


「おい、ガキども。ここでしばらくおとなしくしていろ。・・・ったく、早々からいなくなるとは。あの白髪のガキめ。何か感づきやがったか?」


 コンクリートの床に、工具や何かの箱が散乱している。

 部屋の中央には、何かをこれから設置するみたいな台がある。


「いや、我々は魔法も魔術も使っていない。白髪のガキがどれほど魔力検知に長けていたとしても、感づかれた可能性はないだろう。もっと別の何かがあると考えた方がいい。」


 まほう?まじゅつ?何を言ってるんだ?こいつらフシンシャとかいうヤツだ。

 横を見れば、陽菜ちゃんはブタのぬいぐるみを抱きしめてシクシクと泣いている。

 オレが何とかしないと。


「おい!オッサン!オレラをはなせよ!ケーサツ呼ぶぞ!」


「・・・おい、ガキ。死にたくなければ黙ってろ。いや、こっちのメスガキを殺されたくなければおとなしくしろ。マフディ。ちょっと手伝えって・・・。」


 大人の力にはかなわない。首の後ろを押さえられ、床に押し付けられてしまう。


「ヴァシレ。面倒だ。こうした方が早い。」


 そういうと、顔色が悪い方の男は、腰から一本の刃物を引き抜いた。

 そしてそれを、そのままブタのぬいぐるみを抱きしめて泣いている陽菜ちゃんの背中から押し当てた。


「えっ!?ぐぇ、ゴボッ・・・。」


 押さえつけられ、はっきり見えない視界の片隅で陽菜ちゃんの胸から赤く濡れた銀色の棒が飛び出しているのが見える。


「おいおい、材料(マテリアル)が一人分減ったぞ?マーリー様に怒られるのはお前だけじゃないんだぞ。・・・ったく、じゃあ俺もそうするか。」


 男の手がオレの首にかかった次の瞬間、ゴキッという鈍い音とともに、意識が暗闇に落ちていくのを感じた。


「ちっ。この国に入って初めてのアンデッドがガキ2匹とはな。まあいい。上にいる職員のうち役に立ちそうなのが何人かいたからな。そっちも使わせてもらうさ。」


 アン・・・デッド・・・?ゲームかよ・・・。

 その言葉が、この世で聞く最後の言葉になった。





 

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