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153 転ばぬ先の杖・備えあれば患いなし

最初期の話を読みやすく修正しています。


それに従い、少し更新の頻度が減ります。ただし毎週金曜日の更新は欠かさず行います。


(ストーリーの流れや設定などは一切変えていませんが、読みにくい地の文やキャラクターの言い回しを直しています。)

 2月21日(金)


 リビア南部 現地時間 午後5時(日本時間 午前0時)

 アルジェリア・ニジェール国境付近

 ノクト遺跡


 南雲 琴音


 すべての生存者の処置が終わってからしばらくしたころ、お父さんとマシュー隊長たちとの打ち合わせが終わったらしく、今後どうするのかの説明が始まった。


 ・・・英語の勉強を頑張っておいてよかったよ。

 それに現地の人の手前か、簡単な日常会話レベルで話してくれるのは本当にありがたいな。


「皆さん。発掘チームリーダーの(はなぶさ)です。・・・先ほどはみっともないところを見せてしまい申し訳ない。つい、先週生まれたばかりの娘の子の顔を見れない恐怖に突き動かされてしまった。」


 へ~。この先生(クソジジイ)、反省して謝罪できるんだ。面倒ながらも手当てしてやって正解だったよ。よし、特別にルビからクソをはずしてあげよう。


「それから、負傷者を代表して南雲琴音さん。君に礼を言いたい。ありがとう。君はまだ高校生だというのに、5人もの命を救った。少なくとも、2人は君がいなければ確実に死んでいた。感謝します。」


「え?いや、私はそれほどのことは・・・。」


「ありがとよ!ピートはまたギターを弾けるって喜んでたぜ!シェリルはああ見えてエレクトーンが趣味なんだ。足がなきゃ引けなくなるところだったって慌ててたぞ!」


 う~ん。面と向かって褒められると照れくさいなぁ。


「我々を守ってくれたダークウインドの諸君にも礼を言いたい。生きて帰れたら、少ないながらも必ず私のポケットマネーから君らのボーナスに上乗せすることを約束しよう。そうだな・・・具体的には合計で10万ドルくらいしかないがな。」


 (はなぶさ)教授の言葉に、一斉に傭兵たちが歓声を上げる。

 とはいえ、全部で16人くらいいるんだから、一人頭100万円は切っちゃうと思うんだけどな。


「さて、本題だ。現在、リビア軍はダークウインドの善戦により、壊滅的な被害を被って撤退した。だが、ダークウインドのトリポリ事務所の報告によれば、すでに近くの基地を出た後詰の部隊が到着するまで残り2時間を切っているようだ。」


 私の魔法のことは言わないでいてくれるのか。ありがたいね。

 よし、これからはルビをつけずに(はなぶさ)先生と呼んであげよう。


 う~ん。2時間もあれば、単純計算で日本とここを3往復はできるんじゃないだろうか。

 片道20分を切るし、何なら業魔の杖にはマンハッタンのセントラルパークのポイントも記録されてたし、そっちでもいいけどさ。


「そこで、これより、南雲先生のゴーレム?よくわからないが多脚ロボットでニジェールの国境を越えて避難することとする。詳細は各チームのリーダーに伝えてあるので指示に従うように。」


「全員聞いたな?発掘チームのリーダーは南雲先生。現地スタッフのリーダーはムハンマド・アル・ハッサン、その他は俺がリーダーだ。」


 マシュー隊長が(はなぶさ)先生の言葉を受けて、チームの区分けを発表した。

 ん?その他?私はその他でいいのか?


「2台の多脚ロボットにチームごとに分乗しろ。俺達ダークウインドは第一分隊は発掘チーム、第二分隊は現地スタッフチームのロボットに乗る。第三分隊は南雲先生の二足歩行ロボットに乗れ。残りは輸送トラックだ。」


 隊長の言葉が終わるとともに、一斉にみんなが動き始める。

 自分がどのチームに入ればいいのかわからずにうろうろしていると、後ろからお父さんの声が聞こえた。


「琴音!お前は僕のチームだ。国境を超えるまでの辛抱だ。今さっきメールでニジェールのマダマ空軍基地に在コートジボワール日本大使館から輸送機を飛ばしてくれるって連絡があった。ダークウインドの隊員もコートジボワールまで輸送してくれるらしいから、これで一安心だな。」


「え?ニジェールに日本大使館ってないの?」


「・・・ああ。ニジェールは在コートジボワール大使館が兼轄している。実際はリビアより難しい国なんだがな。」


 いよいよ長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で逃げることを考えた方がいいかもな。

 そう思いつつ、お父さんの荷物の準備を手伝う。

 王墓の中にある財宝には目もくれず、歴史的な資料となりそうなものだけをコンテナに押し込んでいく。


 ・・・あ。あれ、魔力結晶じゃん。しかもこの整っていない形は天然モノか。

 よし。なんで揮発してないのか知らないけれど、リュックには少し余裕があるし、全部持っていこう。

 あ、ポケットにも入るだけ入れとこうか。使う可能性はないと思うけどさ。


 何度かお父さんのゴーレムと遺跡を往復し、めぼしいものを乗せ終え、いざ出発しようとしたところだった。


 北東の方から、黒い雲のようなものがかなりの速度で流れてくるのが見えた。

 雨雲?雷雲?いや、ここ、砂漠のど真ん中だよ?


 なんだか嫌な予感がする。

 最後の荷物を多脚ゴーレムの上に放り上げ、腰の両側の魔力貯蔵装置(バッテリー)のスイッチを入れ、業魔の杖を握る。


 一瞬、黒い雲の中に稲光が見えたと思った瞬間だった。

 業魔の杖が勝手に私の魔力を吸い上げようとする。

 慌てて魔力結晶を握り、魔力の供給元を切り替える。


「ぐ!・・・なに!?」


 一瞬で目の前に光のカーテンのようなものが揺蕩(たゆた)い、そこに轟雷魔法よりもはるかに大きな雷が直撃し、カーテンに遮られて四方に飛び散った。


 びっくりした。ポケットの中の魔力結晶がなかったら魔力貯蔵装置(バッテリー)の魔力が一瞬でカラになっているところだったよ。


 それに、このカーテン・・・光膜防御魔法か。こんなに魔力を食うものだとは思わなかった。

 バイオレットもジェーン・ドゥも、よくもまあ、こんなにコストのかかる魔法をポンポンと使うものだ。


 驚きも冷めやらぬ間に、黒髪の男女が黒い雲の中から降り立つ。

 ・・・!?雲じゃない、岩石が宙を舞って雲みたいに見えてるだけだったのか!


 人種は・・・なんだ?こいつら?


 混血なのはわかるんだけど、アラブ系っぽくもあるし、アジア系っぽくもあるし・・・。


「おい、ミカエラ。こいつ、お前の雷を止めたぞ?さては手加減したな?」


「変な言いがかりはやめてちょうだい。いつも通りしっかりと魔力は込めたわよ。」


 ・・・こいつら、どこの国の人間かは知らないけど間違いなく魔法使いだ。

 それも、かなり強い!


 魔力結晶と業魔の杖がなければ、最初の一撃で殺されていたんじゃないの!?


「みんな逃げて!・・・自動(Automatic)詠唱(Chanting)()()(2対象)()()(無差別)!。実行(Run)!続けて()()(無差別)()(特大)(無差別)実行(Run)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 よくわからないけど、最初から全力で行く。

 身体が、まるでライオンににらまれた兎みたいに硬直しそうになるのを、歯を食いしばって言うことを聞かせるのがこんなに大変だとは思わなかった!


 両腕の自動詠唱機構(オートチャンター)が反応し、一抱えはあるかのような岩を二人に向けて打ち出し、そして爆音を伴う風が二人のいたところをミキサーのようにかき混ぜる。


 さらに間髪置かず、青い高熱の火柱が火炎竜巻となってその場を焼き尽くしていく。


「熱ち、熱ちちちち!()()(いわお)()()()()()()()()()()()()!うひゃぁ。輻射熱だけで大やけどするかと思ったわよ。」


 慌てて防御魔法を行使する。もうちょっとでこっちまで焦げるところだったよ。


 さすがにこの熱量だ。相手が仄香(ほのか)でもなければ確実に仕留めているだろう。

 そう思って後ろを振り向き、お父さんの無事を確認する。


 ゴーレムや遺跡の陰からみんながおっかなびっくりという感じで顔を出している。

 よかった。全員無事みたいだ。


「お父さん!ここは任せて全員をゴーレムに乗せちゃって!早く逃げよう!」


 どうせすぐに他の追手が来る。早くこの場を離れないと、いくら魔力があっても足りない。

 そう思って燃え盛る火柱の方を向こうとした瞬間だった。


「琴音!危ない!」

 お父さんの声より先に、カクンと杖が勝手に動く。


「え。・・・あっ。」


 一条の光が目の前を通過していく。その光は業魔の杖にあたり、青い空へはじかれていった。


 同時に、何かが足元と左横を通過していく。

 目線を下げたとき、そこに見えたのは自分の靴の両方が宙に舞うところだった。


 一瞬のことで何が起きたのかわからなかった。


 姉さんとお揃いで買った可愛いワンポイントのついたサイドジッパー付きのブラウンのウォーキングシューズが、飛んでいく。


 石畳にドサッと何か落ちて、同時にプラスチックのような軽いものが当たる音が聞こえる。


 あれ?靴のジッパー、ちゃんと閉めてなかったっけ?それに、靴下も一緒に脱げた?


 あれ?左手の自動詠唱機構(オートチャンター)も地面に落ちてる。え?私、長手袋なんてしてたっけ?


 じゃあ、両方についている肌色のモノと飛び散っている赤い液体は?


 ソレがなんであるかを認識する前に私はバランスを崩し、その場に転倒した。

 足場がいきなり無くなった?いや、そんなはずは、だって、しっかりとした石畳の上に・・・。


「う、あ、ああああああああ!足・・・足、手、いやああああああ!」


 転倒すると同時に石畳に打ち付けた膝、いや、()()から、背骨を貫く激痛が脳天まで駆け抜ける。


 痛い、痛い、痛い痛い痛いイタイイタイいたい!


 他のことが考えられなくなった私の前に、黒髪の男女が現れた。


 今のは、石の刃?この男、石を自在に動かせるの!?


「アハハ!見てペドロ!まるであの娘、独楽みたいに回ってるわよ!」


「いや、アレはネズミ花火っていうんだ。火花を出しながらくるくると回る日本の玩具らしいぞ。・・・ちっ。こんなところで命の対貨(スケープゴートコイン)を使うとは思わなかったぜ。」


 痛みで頭の中がいっぱいで何を言っているのかわからない。でも、血を止めないと死んでしまう。


「く、ああああっ・・・お、自動(Automatic)・・・詠唱(Chanting)(治癒)-(止血)-(3対象)(治癒)-(麻酔)-(3対象)(治癒)-(消毒)-(3対象)実行(Run)!・・・はっ、はっ、はっ・・・ぐぅ!」


 右手の自動詠唱機構(オートチャンター)で何とか止血をし、痛みをごまかし、己を取り戻す。

 だが、今のでかなりの血を失った。視界がぼやける。


 左手で地面をまさぐろうとする。


 姉さんの、自動詠唱機構(オートチャンター)・・・拾って、返さなきゃ・・・でも、あれ?手がとどかない・・・。

 すぐそこに落ちてるのに。


 腰のあたりからプシュっという間の抜けたような音がして、何かが回る音がした。


 ・・・よかった、姉さんの魔力貯蔵装置(バッテリー)、壊れてなかったんだ。


 右手だけで業魔の杖を支えにして何とか身体を起こそうとしたら、目の前に何人もの人たちが飛び降りてきた。


「南雲先生!嬢ちゃんを連れて逃げろ!はやく!」


 あ、お父さん・・・姉さんの自動詠唱機構(オートチャンター)、拾ってくれたんだ・・・。


「ああ!(はなぶさ)先生!琴音の足を!」


「分かってる!ちゃんと両方とも持った!君は手を拾ったか!急げ!」


 ああ・・・お父さん・・・だめだよ、お父さんじゃあ、勝てないよ。

 マシュー隊長も。ピーターも、シェリルも・・・せっかく治したのに・・・。


「それにしても驚いたわ。こんな魔法使いがいたなんて。私の神雷魔法もあまり効いてなかったみたいだし、あなたの石雲(ストーンクラウド)防御も抜かれてたみたいだし。命の対貨(スケープゴートコイン)がなかったら負けてたわね。」


「うるさい。だが、あの娘に興味がわいた。娘の死体を持って帰るぞ。マフディのやつが喜びそうだ。手足を縫い合わせれば、かなり強力なアンデッドになるだろうよ。」


 二人が何を言ってるのかわからない。

 

 くそ、姉さんならうまくやったはずだ。

 姉さんなら、みんなを危険にさらしたりしなかったはずだ。


 いや・・・。初めから仄香(ほのか)を呼ぶべきだった。

 ・・・ああ、もう一度姉さんに・・・。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 仄香(ほのか)長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で遺跡の前に到着したところ、いたるところに人間の死体が転がっており、その中にはテレビで見たこともある有名な東京大学の教授の姿もあった。


 死体はどれも今死んだばかりのような状態で、鋭利な刃物で身体の一部を持っていかれたような状態になっている。


「ミカエラ。あれはなんだ?同じ顔が増えたぞ?」


「・・・ペドロ。逃げるわよ。アレは私たちの手に負える相手じゃないわ。」


「あ?何だよ?また十二使徒上位しか知らされてない話か?」


 黒髪の男女が何を言っているのかわからないが、魔力検知からするとこの二人はかなり高位の魔法使いだ。

 そして、この被害の元凶であることは間違いないようだ。


 見れば、仄香(ほのか)の身体からありえないほどの殺気、そして魔力があふれ出ている。


「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ。つくしのひむかのたちばなのおどの・・・」


 ・・・いきなりか!?いきなり神格を降ろすのか!

 確かにその身体は遥香の身体じゃないし、バイオレットの身体はほとんど新品だって言ってたから耐えきれると思うけど!


「う、うう・・・姉さん・・・。会いたいよ・・・。姉さんに・・・」


「琴音!大丈夫!?・・・琴音?あんた・・・これ・・・!?」


 琴音を抱きかかえた瞬間、初めてその異常に気付いた。

 身体が、妙に軽いのだ。


 目線を下げて初めて気づいた。

 両足が、ひざから下が、ない。左腕は・・・二の腕から先がない。


 一瞬で頭が真っ白になる。

 こいつらか。


 私の、大事な、妹に。

 ・・・まだ汚れていない、私の半身に。

 私の良心に。


「きさまぁぁぁぁ!琴音に何をしたぁぁぁ!」


「え!?こっち!?」


 黒髪の国籍不明女が何を言ってるかはわからない。

 だが、必ずぶっ殺す!


(Full)自動(automatic)詠唱(chanting)詠唱束(パッケージ)1から10!全起動!出力最大!実行(Run)!」


 魔力回路(サーキット)が焼けようが、脳が焼けようが知ったことか!


 理論上は魔力が足りなくて使えるはずがないから使うつもりがなかったけど、命だろうが魂だろうが使って何が何でもぶっ殺してやる!


「な、なんだ!この詠唱密度は!一体いくつの詠唱を重ねているんだ!くそ!()()()()()()()天の女主人(イナンナ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「冗談じゃないわ!魔女だけでも無理なのにこんな化物がいるなんて聞いてないわよ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()嵐神(セト)()冥界神(オシリス)()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 目の前の黒髪の男女は慌てて詠唱を行い、雲のような恐ろしい量の岩石の壁が迫り、視界を包むような轟雷がこちらに向けて飛来するが、そんなの知ったことか。

 刺し違えてでもぶっ殺す!


 全自動詠唱機構(フルオートチャンター)は、詠唱だけで半日はかかる魔法でも、たった2秒に圧縮してくれる。

 それを、最大10発。同時進行で詠唱する。


 しかも、コイツは自動詠唱機構(オートチャンター)とは違い、私の思念を拾って全自動で詠唱する。いちいちコマンドを入力する必要すらない。


 全自動詠唱機構(フルオートチャンター)から再生された音声は、まるでヒステリックな金切り声のようだ。


 その場で発動した魔法は、あの大みそかの日、琴音と、遥香と、そして仄香(ほのか)の3人と見た、人類が決して到達できない空前絶後の大魔法。

 ソレの、極小劣化版。


 瞬時に立ち上がった数百の魔法陣は、その場で大規模な、要塞のような防御障壁を作り上げ、短いながらも光の柱が男女に向かって展開され、漆黒の中性子で包まれた芥子粒(ケシツブ)のような「反陽子」が立ち上がり。

 そして光の速さの2%ほどで叩きだされた。


 ちり紙のように破り散らかされる黒雲、一瞬で光の奔流に飲み込まれる轟雷。

 嵐の前の笹船のように、彼らの魔法は打ち砕かれた。


 見たか。私の奥の手を。72万単語分の呪文で構成された、人間の魔法技術の底力。

 足りない分は仄香(ほのか)の魔力回路から無理やり吸い上げてやったぜ。


 ・・・なんだかんだ言っても、詠唱が長い方が魔法の威力は高くなるし、実力以上の魔法を使おうと思ったら魔力回路(サーキット)側ではなく詠唱側で制御する必要があるからな。


 ・・・琴音、いま、お姉ちゃんが助けるからね。

 明日のテスト、頑張ろうね。

 終わったら、・・・アレクさんと、(おさむ)君と、ダブルデートでもしよ、っか・・・。


 視界を埋め尽くす閃光と轟音、そして衝撃波。

 次の瞬間、私の視界は真っ赤に染まり、意識が吹き飛んだ。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 一瞬のことだった。

 琴音の両足と左腕が切り落とされていて、それを抱える父親の心臓も止まっていて、完全に我を失ってしまったのがまずかった。


 我を忘れて伊弉諾尊(イザナギノミコト)の神格を降ろそうと、長い祝詞を口にしたのが過ちであった。

 まさか、詠唱が終わる前に千弦がこんなことをするとは。しでかすとは。


 今、千弦が使ったのは陽電子加速衝撃魔法の劣化版だ。

 それも、陽電子より密度の大きな反陽子を召喚しやがった。


 人の身で、根源精霊(パーティクル)魔法(マジック)を使うだと?

 さらにその詠唱は、機械的に無理やり作っただと!?


 私の魔力回路(サーキット)を繋いでいなければ発動しなかったのは間違いないし、恐ろしく長くかかるはずの詠唱は、見たこともない機械で代行されてさえいなければ、実戦で使うことなどほとんど不可能だったに違いないが、彼女はそれを発動させてしまった。


 見れば、先ほどまでたっていた男女の魔法使いは跡形もない。

 蒸発どころの騒ぎではない。

 原子レベルまで破壊されてしまっている。


 いや、それどころか、少し俯角をつけて撃ったせいで、地平線のかなたまで続く一本の溝が・・・幅、300メートルを超える溝ができてしまっている。


 そんなことはどうでもいい。

 早く3人を助けなければ!


 死体をかき分け、琴音を引きずり出す。

 足は・・・あった。誰かわからないが、年配の研究者のような男が大事に抱えていた。

 腕は・・・弦弥が抱えていた。


 ・・・くそ、心臓が止まってる。だがまだ間に合う。

 蛹化術式を展開。


 それと、すぐ近くに倒れている弦弥の身体を確認する。

 背中に貫通刺創。

 肺と心臓を損傷して失血死。


 二人の人格情報は・・・よし。記憶情報ともに損傷なし。

 すぐに蛹化術式を展開、起動。


 ちょっと腹回りがスリムになるかもしれないが、質量的に問題はない。


 それと、千弦だ。

 ・・・よかった、心臓は動いている。

 質量的な損失はほとんどない。

 蛹化術式を・・・。


 いや、まて。

 目から、鼻から、耳から・・・首から上にあるすべての穴という穴から大量の血が噴き出している。

 脳の一部が焼けている!?記憶情報に欠損はない。だが・・・人格情報に・・・欠損が・・・。


 くそ!くそ、くそ、くそ!人格情報がまるごと吹き飛んだ!

 千弦の魂が、不可逆的に損傷した!

 このままでは、蛹化術式を使っても人形みたいに、ジェーン・ドゥの母親みたいになってしまう!


 どうする!どうする!?


 こんなところで、こんな砂しかない、家族に別れの言葉も言えない場所でこいつを死なせるのか!

 期末テストが終わったら、(おさむ)殿と遊びに行くんじゃなかったのか!?


 久しく感じたことがない焦燥が全身を焼いていく。


仄香(ほのか)さん・・・。千弦ちゃんのことなんだけど・・・。本の悪魔の時のことなんだけど・・・。》


 ・・・どうして遥香の声が聞こえるんだ?今は自分の身体を動かしているだろうに。

 それとも、それほど私の魂に馴染んでしまったのか?

 だが・・・。


「今はそんなこと、どうでもいい!千弦!千弦の魂が!ああ、早くしないと琴音が一人になる!どこか、千弦の人格情報にバックアップでもあれば!ああああっ!」


 私は何を言っているんだ!?そんな、ありえないことを!

 いくら莫大な力を持っていても、どれほど時を重ねても、また私の掌から大事なものが、かけがえのないものがこぼれていく!


 頭の中で千弦の笑顔が走馬灯のように流れていく。


 もう、こうなったら、たとえ私の「次」がなくなっても、()()()()しかないのか!?


 二本の足で立っている感覚すら失われ始めたその時、頭の中で鈴がなるような声が微かに響く。


《じつは・・・また本の悪魔みたいなのが出たら、千弦ちゃんが死んだら嫌だったから、こっそりと人格情報のバックアップを・・・とっていました。毎日、別れるときに・・・。》


「今、なんて言った?・・・まさか、魔女のライブラリの中に・・・ある!千弦がいる!」


 人格情報も日々更新されるものだが、記憶情報に比べればその更新の頻度も低いし、更新の内容も大きくは変わらない。

 また、容量もそれほど大きくない。


 助けられる!これなら、もう一度千弦が戻ってくる!


「蛹化術式、起動!千弦!生き返って!」


 千弦の身体をやさしく絹のような繭が包んでいく。

 そして時間にして、わずか15分。


 だが、100年よりも長い15分が終わった時、震える手で繭を開く。

 そこには弦弥、琴音、そして千弦の三人が安らかな寝息を立てていた。


 ・・・よし。他にも助けられる人間がいれば・・・この黒人たち、頭の損傷は見当たらないな。それからこの年配の男性。それと日本人女性。


 ああ、琴音は頑張ったんだな。

 九割は助けられそうだよ。


 ◇  ◇  ◇


 遺跡の中に戻り、1時間ほど経過したころ、千弦と琴音はそろって目を覚ました。

 そろそろバイオレットの身体の制御をやめて遥香の身体に戻らなければならないタイミングだった。


「ん・・・。あれ?私、生きてる。手!あ、足も・・・あれ?バイオレット・・・仄香(ほのか)・・・来てくれたんだ。」


「・・・は、ははは・・・生きてるよ。私、死ぬ気でやったんだけど、生きてるよ・・・。」


 千弦からは例の腕輪はすでに取り上げてある。いや、危なすぎてもう二度と渡せないよ。


 それと、業魔の杖。琴音のやつ、使わなかったのか?汚染された形跡はないようだが・・・。

 いったん持ち帰って調べてみようか。


「琴音さん。助けに来ましたよ。千弦さん・・・二度とあんな真似はしないように。それと、あとで遥香さんにお礼を言っておいてください。私一人では助けられませんでした。」


「え?遥香が?」


「・・・それより、二人ともまだ期末テストが一日残ってますよね?今から家に送り届けますから、明日はしっかりとテストを受けること。それと、はいこれ。帰ったらすぐに起動してください。」


「ん?なにこれ?・・・術札?」


「一日分の加速空間魔法が詰まってます。しっかり勉強して、しっかり休んでから学校に行ってください。魔力をカットすれば止まるようにしておきましたから、トイレや食事で歩き回るときは忘れずに術札を停止させること。わかりましたね。」


「え?テスト?あ、そうだったよ・・・。あ、お父さんは?」


「大丈夫。日本のチームは全員無事ですよ。他の人たちもかなり助けました。残念ながら、現地の男性3名は無理でしたが・・・。それより、入管の関係もあるでしょうから、ここにいる全員は私に任せてください。」


「そうだね。仄香(ほのか)・・・本当に助かったよ。琴音。今度から勝手なことはしないでね。」


「う、うん。でも、姉さんも同じだよ。」


 遺跡の外まで二人を連れ出し、障害物がないことを確認する。


「そろそろ行きますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 強制長距離跳躍魔法(バシル〇ラ)で琴音と千弦が東の空に消えていくのを見ながら、大きく息を吐く。

 今回は本当にぎりぎりだった。


 だが・・・遥香は千弦の人格情報のバックアップを取ったと言っていた。

 いや、確かに魔女のライブラリの中にはバックアップがある。千弦だけではない。琴音も、咲間さん(サクまん)も。


 記憶情報や他の人間の人格情報がないのは、まだないのか、それとも出来ないのか、やる気がないのか。

 いや、それ以前に魔女でもあるまいし、こんなことが可能なのか?


 第三者の魂の情報のバックアップを取るなんて私でも思いつかなかった。

 いや、そもそも()()()()()なのか?

 この方法を用いるならば、遥香の加護を受けた人間は不老不死が約束されたも同然だ。


 遥香は・・・神にでもなるつもりなのだろうか?

 背筋をねっとりとした汗が流れ落ちていく。


 とりあえず、遺跡の中で眠りこけている他の連中を起こそうか。

 適当な召喚魔法でも使って、眷属で彼らを安全な場所に運ばなければならない。

 

 それに、遥香が自分の身体を制御していられる時間の限界が近づいている。

 ・・・仕方がない、明日の期末試験の為に、私も急がなくてはならないな。


「はあ・・・。私もまだまだ分からないことだらけだよ。あ、やばいやばい。神降ろしをしたままだったよ。伊弉諾尊(イザナギノミコト)は最強だし手加減も引き出しの多さも申し分ないんだけど、戻した時の反動がものすごくでかいんだよな。」


 適当なところで解除しようと立ち上がった時、一陣の風と共に黒い刃が私の背中にカチンっという音を立てて突き立った。


 神降ろしの強度のおかげで、すんでのところではじき返したそれは、振り向いた先にいた長身痩躯の男の手の中で不気味な振動を奏でていた。


琴音はかなりしっかりと業魔の杖を使いこなしています。

呪いの杖という割に、琴音が呪われた様子がありません。

それどころか、業魔の杖は琴音を守るかのような動きをしています。


その理由は、かなり後になって判明します。

なんででしょうね?


いよいよ次回、三聖者筆頭、剣神ワレンシュタインと魔女が対峙します。

剣神というくらいですからきっと強いのでしょう。


魔女はどのように対応するのでしょうか。

・・・描写が無茶苦茶難しいです。

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