152 業魔の杖
2月20日(木)
リビア南部 現地時間 午前10時(日本時間 午後17時)
アルジェリア・ニジェール国境付近
ノクト遺跡
南雲 琴音
業魔の杖に記憶されたリビア南部、おそらくはかつて町か何かあったところの場所は、お父さんのいるノクト遺跡から北に5キロほど離れた場所だったようだ。
たしか身長150cmくらいの目線で地平線までの距離が4.3kmくらいだったと思うから、あと1キロ北にずれていたら煙は見えなかったかもしれない。
業魔の杖にまたがり、遺跡にいる人たちを狙おうとしていた戦車の攻撃を止めるように強く念じたら、女性の金切り声のような音ともに、杖の先端から一筋の光がはなたれ、その戦車の手前の地面をえぐり飛ばした。
すぐ近くの戦車が砲塔を旋回させている。あれも止めなければ!
今度は軽く念じるだけで光の奔流がはなたれ、戦車の片方のキャタピラを吹き飛ばす。
・・・すごい威力だな。でも、結構な量の魔力が吸われたような気がする。
気が付けば眼下にお父さんが立っていた。
顔は砂まみれで、ところどころ擦り傷のようなものはあるみたいだけど、命にかかわるケガをしているようには見えない。
よかった。リビア政府の発表は嘘だったんだ。
「お父さん!やっぱり生きてた!助けに来たよ!一緒に日本に帰ろう!」
業魔の杖を制御し、地面に降り立つ。
リュックの中から、姉さんの術式榴弾と機関銃?のようなものを取り出す。
これ、どうやって使うんだ?まあいいや、お父さんに渡しておこう。
「千弦、おまえ、どうやってここまで来たんだ?それに、その杖は・・・?」
「ぶぅ。私は琴音だよ、お父さん。いい加減に区別できるようになってほしい。」
でも今回は仕方ないか。銃やら手榴弾やらを使ってドンパチするのは姉さんの専売特許だからね。
お父さんに術式榴弾の入ったポーチと、銃と予備の弾倉を押し付け、業魔の杖を振りかざす。
杖の一体化した円盤が色とりどりの光を放ちながら回転し、女性が嗤うような甲高い歌を奏で始める。
「さ、今度はこっちからの反撃だよ。自動詠唱!2−2−10。3−3−0!。実行!続けて1−2−10。4−3−0!実行!」
両腕の自動詠唱機構のプレートの中央が淡く光り、それぞれのスピーカーが人間には発音できないほど高速の音声を奏でる。
同時に両腰につけた魔力貯蔵装置がうなりを上げ、シリンダーが金属をかき鳴らすような甲高い音を立てた。
まさに一瞬のことだった。
青く晴れ渡った空から10条の轟雷魔法が降り注ぎ、四方を飛び回るヘリコプターに直撃する。
遺跡を取り巻く空気が根こそぎ回転し、地上にいたリビア陸軍の歩兵たちを30メートル以上上空に吹き飛ばす。
それを追うように火炎の竜巻が起こり、2両の戦車と、数えきれない車両を巻き上げ、焼いていく。
最後に彼らと私の間の地面がめくれ上がり、津波のように四方に押し寄せた。
轟音と熱風が収まった後、腰の左右のカートリッジからプシュっという間の抜けたような音がして、続けて腰の魔力貯蔵装置のシリンダーが回る音がした。
「な、な、なによこれ!姉さん、なんてものを作ってるのよ!どこが子供だましよ!これじゃあまるっきり大量破壊兵器よ!」
・・・いや、これは、業魔の杖の力も上乗せされているのか。全身の魔力回路に恐ろしいほどの力が流れ込んでくるのがわかる。
そうか。この杖は、こうやって使うのが正解なのか!
那須塩原でこの杖を使っていた剣崎とかいう少年は、自分の魔力を一切つかわないで、詠唱もしないで使っていたからああなったのか!
そう、仄香は「十分な魔力さえあれば」と言った。
この杖は、魔力増幅機構だ。
この杖の中にある魔力を使うんじゃない、外から魔力を流し込んで、増幅してもらって使う杖なんだ。
だから、自分の魔力を流し込まずに使えば魔力ではなく別のものを吸い取られるということだったんだ!
「・・・琴音。おまえ、確かに魔法使いだということは知っていたが、こんなに強かったのか。しかし・・・どういうことだ?相手の兵士、見たところ死人はかなり少ない、いや、死人はいないみたいだが?」
お父さんの言葉にあたりを見回すと、確かにヘリコプターは墜落したり、車両は横倒しになっているようだけど、中からリビア陸軍の兵士が這い出して、かなりの数が逃げていくのが見える。
「・・・ホントだ。大ケガしてる人はいるみたいだけど。殺したくないって思ったからかな?」
視線を戻すと、お父さんの後ろにいる黒人の男性が頭をかきながら話しかけてきた。
「なあ、南雲先生。もしかしてそのモンスター、いや、お嬢ちゃん、あんたの娘か?・・・これ、ほとんど天変地異なんだが・・・?」
失礼な。英語で早口だから全部は聞き取れなかったけど、今、「モンスター」とか言わなかった?
「あ、ああ、紹介するよ。僕の二人娘の一人で琴音というんだ。でも、こんなに強いはずは・・・?」
「お父さん。そんなことよりケガ人は?回復治癒魔法を使うから案内して!」
時々忘れそうになるんだけど、私が一番得意とするものは回復治癒魔法だ。
断じて仄香のような万能タイプではないし、姉さんのような火力馬鹿ではない。
「あ、ああ、こっちだ。遺跡の中に寝かせている。マシュー隊長。ピートとシェリルのケガを琴音に見せたい。治療の心得があるんだ。かまわないか?」
「ん?ああ、コトネは医者の卵なのか?そうだな・・・奴らが態勢を整えてもう一度攻めてくるまではかなりかかるだろう。診てやってくれるか?」
マシューとかいう隊長さんは、遺跡を指さした後、私を案内するかのように歩き出した。
漆喰の破片が残る大きな石の扉の隙間から遺跡の中に入ると、そこには何人ものケガ人が寝かされていた。
5人、いや、6人か。順番に状態を確認していく。
・・・この黒人男性は右肩に破片が刺さっている。だが、歩行可能だ。
こっちの黒人女性は、左ふくらはぎに銃創。出血がひどい。呼吸がかなり浅く、早い。
この日本人女性は腹部と左腕に銃創、すでに意識が不鮮明だ。
この年配の日本人男性は・・・頭の皮膚を軽く切っただけか。当然、歩ける。
この黒人男性は・・・右足首を骨折?歩行不可、呼吸、循環、意識レベルともに問題なし。
最後の一人は若いラテン系男性だ・・・頭を強く打っている。呼吸・・・なし、気道の確保・・・呼吸なし。残念だが、手遅れだ。
通常のトリアージをするならば、順にグリーン、レッド、レッド、グリーン、イエロー、ブラックか。
・・・よし、日本人女性、黒人女性の順で処置をする。
日本人女性の服をはさみで切り、腹部を露出させる。銃弾は・・・貫通銃創か。
まず麻酔、切開、止血、洗浄、消毒。
小腸と大腸の一部に損傷あり、このままではショックや他の臓器の不全を起こす可能性がある。切除、タンパク質に分解。
続けて縫合、左腕の処置に取り掛かる。
すべて魔法で行う。だから、私は詠唱しっぱなしだ。
「おい!そんな助手なんかどうでもいい。私を先に診ろ!頭を打ったんだ!血が止まらないんだよ!」
年配の日本人男性が騒いでいる。
頭皮は体の皮膚のうちで最も血管が多いからね。でも意識もはっきりしてるし、吐き気もない。けいれんもなければ、歩き回れるほどで手足のしびれも出ていない。
浅側頭動脈の枝でも切ったか?だが、そこまで出血はひどくないんだよね。っていうか、健康な患者ほど騒ぐってのはどこに行っても変わらないね。
「おい!おまえ、看護師か?それとも医者なのか!どうでもいい、ワシを先に診ろ!早く治せ!」
うるさいな。私には口は二つないんだよ。くそ、肩に触るなよ、処置中だぞ!
「先生、落ち着いてください、頭の皮を浅く切っただけです。私が圧迫止血をしますから。」
お父さんが慌ててその年配男性、いや、もうクソジジイでいいや。クソジジイを座らせるが、なかなか騒ぎをやめようとしない。
・・・よし、左腕の骨に問題はなかった。切断されていた動脈の応急処置も終わった。
傷一つなく、というのは無理だけど、あとは術後管理だけで足りるだろう。
日本人女性は安らかな息を立てて眠っている
続けて黒人女性の処置に移ろうとしたとき、クソジジイが私の腕をつかんだ。
「その女が終わるまでワシは待っててやったんだ!次は、ワシの番だろうが!」
「・・・トリアージの結果、あなたはグリーンです。処置は最後よ。邪魔をするようなら実力で排除しますが?」
「く、このガキ!言わせておけば!わしを誰だと・・・。」
「伏せ。」
少し弱めに強制身体制御魔法を使ったつもりが、クソジジイは盛大に顔面を地面にたたきつけ、土下座のような姿勢になる。
こういった人間は、実力で黙らせなければ黙らない。
見たところ、大学の教授か?お父さんは砦南大学チームのリーダーだから、東京大学側の教授、ってことになるのか。
やだなぁ。一応、志望校の一つなんだけどな・・・。
「ねえ、お父さん。このクソジジイ、外に放り出さない?それか、眠らせてリビア軍が来るまで放置しよっか。」
「・・・やめなさい。僕の方でトリアージについてしっかり話しておくから。それと、多分お前が僕の娘だって分かったら静かになると思うし・・・。」
ああ、そういえばお父さんの大学では現職の総理の娘婿だってことは知られているんだよな。
実際、この発掘にも九重財閥が100パーセントの出資をしているし、姉さんと私のどちらかが財閥の後継者になる可能性がある以上、下駄を履かせることはしないまでも不利益な取り扱いはできないだろうし。
仕方がない。お父さんに任せるか。
「すみませんねぇ。英先生。僕の娘がトリアージの説明をしなかったようで、紛らわしいことをしてしまいましたね。
「え?か、彼女は九重先生の孫なのか!?あ、ああ、私としたことが、血を見て冷静さを失っていたようだ・・・。」
さて。次は黒人女性だ。
しっかりと止血はしてあるようだけど、かなり大きな口径でふくらはぎを撃たれたらしい。
・・・これは、通常なら最悪の場合は切断も考えた方がいいかもしれないな。
だが、よかったよ。私が魔法使いで。
・・・深部静脈の一部と表在静脈のかなりの部分の損傷が激しい。
外科手術用の機材も、縫合用の糸もない現場であれば通常は助からない。
だが、全身の細胞から少しずつ修復用の魔力的因子をあつめて・・・。あれ?業魔の杖が反応している。
おいおい、この杖、回復治癒魔法にも使えるのかい。しかも、魔女用の回復治癒呪の一部の機能まで入ってるとか、完全に遺物レベルじゃん。
ならば迷うことはない。使わせてもらいましょう。
◇ ◇ ◇
3時間くらいかけてケガ人の治療を終えた後、助けることができなかったラテン系の男性の前で祈っている何人かの人たちに挨拶をして、遺跡の外に顔を出す。
亡くなった人は、どうやら現地で雇用された遺跡発掘のアルバイトの人らしい。
太陽は真南から少し西にそれているところを見ると、午後1時か2時くらいだろうか。
そういえば日本とは結構な時差があるんだっけ。ええと、日本では今頃8時か9時くらいか?
後ろからお父さんも顔を出した。
普段、家では吸わない煙草を胸ポケットから出し、100円ライターで火をつけ、胸いっぱいに吸い込んでいる。
「なあ、琴音。おまえ、どうやってここまで来たんだ?それに、その杖・・・。それから、さっきの魔法の威力。何か大きな事件か何かに巻き込まれていたりしないか?」
「う~ん。魔法の威力については、かなりの割合が姉さんの発明品なんだけどさ。杖は・・・これも姉さんの部屋から持ってきたものなんだよね。」
セーラー服の裾を持ち上げて、魔力貯蔵装置を見せ、手首の自動詠唱機構を見せびらかす。だが、どうやって来たのかは言わない。
それよりお父さんだって、あのゴーレムみたいなものが使えるとか言ってなかったじゃん。
「・・・そうか。今はこんな時だ。まず生き延びることを考えよう。今、マシュー隊長と脱出方法について打ち合わせをしている。何とかこの遺跡を守りたかったんだが、持ち出せるものだけ持ち出して、あとは映像や写真で何とかするよ。」
う~ん。脱出方法か。
そんなの、長距離跳躍魔法で日本までカンタンに帰れるんだけどな。
まあ、魔力貯蔵装置の予備カートリッジもあるし、さっきの魔法と同じ程度なら、あと5発くらいぶっ放せる。
それに、最悪の場合は仄香に助けを求めればいいし。
そう思いなおして、遺跡の中に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
日本時間午後11時30分
南雲 千弦
・・・体が重い。思考がまとまらない。
わたしは、なぜ寝ているんだ。
明日のテストの勉強をしなければいけないのに・・・。
いや、仄香の記憶補助術式のおかげで一夜漬けの暗記はする必要がなくなったんだっけ。
そうじゃない。仄香に連絡を取らなくちゃ。
念話を・・・。あれ、念話のチャンネルが開かない。
そもそも、何を連絡するんだっけ。
そう、たしか、抵抗術式で強制睡眠魔法に抵抗失敗して・・・。
だれがやった?そう、琴音だ。部屋の中に琴音が入ってきて・・・。
「琴音!なんでカギを開けられたの!・・・ああ、やっぱり私、眠っていたのか。ええと・・・。」
あたりを見回すと、半開きになったドアと、起動したままのパソコン、そして、何も置かれていない万力が目に入る。
そしてご丁寧に、キーボードの上に念話のイヤーカフが置かれている。
「・・・業魔の杖!いや、父さんのところに行かなくちゃ!・・・あれ?銃も、魔力貯蔵装置も、自動詠唱機構もない!・・・まさか、琴音・・・!?」
慌ててイヤーカフを耳につけながら部屋を飛び出し、琴音の部屋のドアを開け放つ。
やっぱりいない。
階下への階段を駆け下りると、つけっぱなしのテレビからアイドルの不倫問題のニュースが流れている。
まったく、この国のマスコミは・・・。大多数の人間は他人の色恋沙汰に興味はないんだっての。
母さんと父さんの寝室を覗くと、母さんが安らかな寝息を立てているのが分かった。
母さんはとりあえず無事らしい。
次に玄関を確認する。
・・・琴音の靴がない。
間違いない。あいつ、私を寝かせて一人で行きやがった。
仄香は今日、何か大事な用事があるみたいだったけど、背に腹は代えられない。
助けを求めるしかない。
《仄香ほのか!大変なの!琴音が!》
《ん?ちょっと今手が離せないんだが・・・。琴音がどうした?》
・・・やっぱり、何か大事な用事があったんだろうか。でも、他に選択肢がない。
《ニュースで父さんが発掘中の遺跡でリビア反政府軍に襲われて死んじゃったって聞いて、長距離跳躍魔法で飛んでった!》
《どうやってリビアまで行くんだ?前に行ったことでもあったのか?》
《業魔の杖!杖の中の記憶情報から、ノクト遺跡の座標を拾って使ったみたい!装備を琴音が全部持って行ったせいで、私、何もできない!手を貸して!》
業魔の杖を隠し持っていたことを怒られるんじゃないかと思ったけど、仄香の返事は簡潔で明瞭だった。
《今すぐそっちに行く。身支度をして待っていてくれ。》
《うん、ありがとう。それと、ごめん。》
仄香が来たらすぐに動かなくてはならない。
二階に駆け上がり、試作品として作った全自動詠唱機構を取り出し、左腕に巻き付ける。
・・・これ、アホみたいな火力が出るかわりに、魔力貯蔵装置を使っても一瞬で魔力が枯渇するから使いたくなかったんだけど、今のところ使えるのはコレしかない。
あとは・・・。
気休めにしかならないけど、アサルトライフルも持っていくか。
炸裂・徹甲術弾入りとはいえ、BB弾で本物の軍隊相手に戦うことになるとは思わなかったよ。
かき集めた装備をそろえ、玄関に向かうと、庭先に何か重量のあるものが落ちたような衝撃が床から伝わってきた。
「千弦!いるか!すぐに琴音のところに向かうぞ!40秒で支度しろ!」
・・・仄香。そのセリフの最後は「支度しな」だよ。
◇ ◇ ◇
すでに支度が済んでいたので玄関を飛び出し、庭先から仄香の長距離跳躍魔法で暗い夜空に向かって飛び出す。
日本からリビアともなればかなりの距離があるようで、出発してから数分経つのに眼下にはまだ海が広がっている。
《ねえ、リビアまでどれくらいかかるの?》
長距離跳躍魔法で移動中はかなりの騒音でまともに会話ができない。自然と念話になる。
《およそ、加減速を含めて20分弱といったところだ。これでも今はマッハ32、第二宇宙速度の一歩手前なんだよ。》
《音速の32倍?っていうことは、秒速10キロ越え!?これ、そのまま攻撃魔法になるんじゃないの?》
《・・・同じ原理の攻撃魔法はあるが、もっと速い攻撃方法があるから好んでは使わなかったな。今度教えてやろうか?》
《・・・琴音を助けてからね。》
冷たいといわれるかもしれないが、父さんが生きている可能性は刻一刻と下がっている。
万が一に備えて、優先順位をつけなければ両方とも助けられないということも起こりうるのだ。
・・・父さん。
私が怖がったせいで、ひいおじいちゃんの遺品の眼鏡をかけられなくなった父さん。
おととしの誕生日に琴音が作ってあげた眼鏡ケースと、私が術式を組んだフチなし眼鏡をずっと使い続けている父さん。
遺跡の発掘に世界中を飛びまわっているのに、帰ってきた翌日に東京ビックサイトのイベントに付き合ってくれた父さん。
万が一のことなんて考えたくもない。
でも、私は姉さんだ。
琴音を守るのは私の大事な使命だ。
気が付けば、あたりは明るくなっている。
うわ、いま、地球の自転速度をはるかに超える速度で飛んでいるんだ!
《・・・もうすぐ、カザフスタン上空を通過して、黒海が見えてくるころだ。のこり、5000kmを切ったぞ。今のうちに、現場での立ち回りを決めておく。まず、これを腕にはめろ。》
大きくうなずき、仄香の差し出してきた腕輪を、右腕にはめる。
《それは、エリネドの腕輪と言って、一時的に私の魔力回路を使って魔法を使えるようになる腕輪だ。使い捨てだが、全力でも5回は持つだろう。》
《よし、はめたよ。》
《現場についたらすぐ、失せ物探しの魔法で琴音と父親が身に着けているものを探せ。難しいようなら、魔力検知を全力で使ってもいい。》
《うん。二人が身に着けているもので私が触ったことがあるものは沢山あるよ。》
《よし。二人を見つけたら、天井があったら上に向かって手をかざせ。なければ、二人を抱えてそのまま長距離跳躍魔法で自宅に向かって飛翔しろ。以上だ。》
《それだけ?仄香は?》
確かにそれだけなら容易い。だが、発掘チームには他の人たちだっているだろうに。
《それだけだ。後は私が何とかする。助けるべき者以外のことは考えるな。・・・あと20秒!着地するぞ!衝撃に備えろ!》
気が付けば見渡す限りの砂漠の中、遠くに戦車や武装ヘリが見える中、崩れた城壁のような遺跡の中心、石の扉の前に轟音とともに着地した。
「ゲホッ、うぇ、口の中が砂まみれに・・・。琴音!父さん!」
慌ててあたりを見回すと、目の前には何人かの死体と、妙にこじんまりとした姿で業魔の杖を抱えてうずくまっている琴音、そして琴音を抱いて頭から血を流している父さんの姿があった。
そして、目の前には黒髪の男女が驚いた顔でこちらを向いて立っていた。
◇ ◇ ◇
聖者・ワレンシュタイン
まったくもってくだらない。なぜ我がこのような下等生物と言葉を交わさねばならぬのか。
主は時々酔狂が過ぎる。
古代魔法帝国だか何だか知らぬが、カビの生えた遺跡など消し飛ばしてしまえばいいのだ。
あるいは、主のもとめならば我が出向いて細切れにしてやるものを。
トリポリの一角に特別に設えられた館の庭で、一人無心に剣を振るっていると、真後ろで不意に人の気配がする。
・・・いや、これは同輩のものか。
「何の用だ。エドアルド。我は今、忙しい。」
振り向けば単身痩躯の青髪の男が立っている。その目は金色で、瞳孔は縦に割れている。
「へぇ?棒切れを振っていることがサン・ジェルマン様の言葉より優先するんだ。じゃあ、俺達がそう伝えておくよ。」
「・・・待て。主の言葉はすべてに優先する。言え。」
相変わらず、自分のことを複数形で呼ぶとはおかしな男だ。
いや、それはコイツがそういう力に頼っているからか。
「ふふ~ん。じゃあ、伝えてあげよう。リビアは南部のノクト遺跡で現地を制圧している反政府軍に敗北した。現在部隊を再編し、再び制圧に挑むようだ。だが、その前に奴らを殺せ。・・・ってさ。奴らって、反政府軍のことかな?」
「・・・承った。今、この国には十二使徒第五席のミカエラと第八席のペドロがいる。今すぐに向かわせよう。」
反政府軍や日本人が雇った傭兵を相手にするには少し過剰すぎる気もするが、あの二人がいれば遺跡を無傷で奪取するのも容易かろう。
「そう。神罰の雷ミカエラ・アルトゥールと石雲ペドロ・クラインか。うん。確かに遺跡はきれいな形で残りそうだ。・・・でも、君は行かないのかい?」
「魔法使いや魔術師ならともかく、ただの人間になど興味はない。」
「は、はは。そう。じゃあ、俺達は伝えることは伝えたし、国に帰らせてもらうよ。バ~イ。」
いちいち腹が立つ男だ。
だが言葉の端々に含むモノがありそうだ。
ヘリを使ったとしても、戦闘には少し遅れるだろうが我も行ってみることにしようか。