150 忍び寄る影、邂逅の予兆
2月18日(火)
長崎県佐世保市
児童養護施設 ハナミズキの家
昼休憩中
蓮華・アナスタシア・スミルノフ(ナーシャ/半分頭)
ハナミズキの家で働き始めてからまだ4日目だけど、なかなか忙しい日々が続いている。
そんな中でも少しの休憩時間を利用して、昨日のうちに来月から入居する予定の物件の契約に行ってきた。
近くのコンビニで買ってきたサンドイッチを片手に、契約書の控えを広げ、読んでみる。
入居にあたって身元保証人とか緊急連絡先が必要になるかと思ってたんだけど、不動産屋で見せられた書類にはすでに「九重和彦」と記載されていた。
なので入居にあたっての審査は不要らしい。
・・・現職の総理大臣が保証人になっていると、通信制高校に通ってる高校生でも部屋を借りることができるんだね。
しかも、法定代理人の欄には浅尾副総理の名前が入ってるし・・・。
いったいいつの間に。
佐世保市の国際通りの近く、佐世保川に面した7階建てのマンションの5階の1DK。賃料は共益費を含めて5万。
児童養護施設まで徒歩7分。自転車なら3分かからない。
管理人が常駐し、セキュリティは完璧。見晴らしはいいし、何より新築物件だ。
外壁に刻まれた不思議な幾何学模様が美しい、デザイナーズマンションだ。
・・・いや、普通はこの金額じゃあ、借りられないよね。
後で大家さんにあいさつに行こうか。ええと、大家さんの名前は・・・南雲仄香?
なんて読むんだろう?あ、住所は静岡か。じゃあ、あいさつに行くのは無理か。
「ナーシャさん。ちょっと出かけてくるから1時からの電話番をお願いできるかい?相手の名前と用件だけ聞いて折り返すと伝えてくれればいいから。」
「はい。どちらへお出かけですか?十さん。」
「今日から新しく入園する子供たちを迎えにね。一時間もしないうちに戻ると思うけど、戸田園長も不在だからなるべく急ぐよ。じゃあ、よろしくね。」
十さんは車のカギを手に表に止めてあるマイクロバスに向かって走っていった。
昼休憩は帰ってきてからになるのだろう。
明日と明後日は休日出勤の代休ということになっているから、今日中にできる仕事は今のうちに片づけてしまおうか。
よし。それに今日は新しく子供たちが来る日だ。
気持ちよく、笑顔で暮らせるように部屋をきれいにしておこう。
開梱途中の段ボール箱やガムテープが散乱していては、子供たちも落ち着かないだろう。
気合を入れて席を立ち、入園する子供たちのために購入した寝具と、午前中に届いた食器の仕分けに取り掛かることにした。
◇ ◇ ◇
三条 満里奈
佐世保に新しく作られた人工魔力結晶の抽出・合成を行う施設の視察に、信徒の女性武官の車で向かう途中、昨日ヴァシレから提出された横須賀の施設の消失事件に関する調査結果に目を通す。
「・・・やはり何者かによる攻撃を受けたことは間違いないですか。教会の信徒以外が出入りした形跡はなし。さらに、ご丁寧に施設のすべてを高熱で焼き払っている。燃焼温度から常温常圧窒素酸化触媒術式を使った可能性がある・・・。随分と大きな組織がついているようですね。ですが、魔女ではなさそうですね。」
「なぜ魔女ではないといえるのですか?」
調査書の内容を口に出してしまったのはただの独り言だったのだが、運転をしている女性武官が質問を口にする。
この女性武官、なんという名前だったっけ?どうでもいいか。
「魔女が常圧窒素酸化触媒術式を使った記録はありません。おそらく、そんな術式を用いなくても同程度以上の火力を作り出すのは容易いからでしょう。現に、今から五十年近く前にダンバース精神病院が焼き払われたときには概念精霊魔法だけでそれ以上の破壊をもたらしたことが確認されています。」
大規模な精霊魔法を使った場合は、魔力の供給を受けた精霊たちの力がしばらく励起することから魔法の残滓を計測することは決して難しくはない。
「概念精霊魔法だけでですか?そんなことが可能なのでしょうか・・・。」
「可能でしょうね。少なくとも、私たちでは不可能でしょうけど。」
事実、私が潜り込んでいた丸山卓の邸宅に使われた魔法は、概念精霊魔法の形跡が残っていた。
恐ろしいまでに励起した概念精霊の力に恐れおののいてしまった自分が恨めしい。
「そうですか・・・。聖女様。ハナミズキの家が見えてきました。」
ハナミズキの家か。たしか、花言葉は「返礼」「永続性」だったか。
ふふ、きっと素晴らしい人工魔力結晶ができるに違いない。
園内に入ると、すでに子供たちがマイクロバスからぞろぞろと降りてくるとこだった。
さすがは日本。孤児といえども肉付きがよく、栄養や睡眠も十分なようだ。
魔力についてはわからないが、死にかけの子供に比べれば格段の差だろう。
ふと、一人の少年の姿が目に入る。
一瞬、その紅い目がこちらを向く。
ブタのぬいぐるみを抱いた同じ年頃の少女の手を引いて金髪の女性とあいさつしているが、特質すべきはその風貌。
・・・銀髪にして紅眼。
あれはアルビノではない。あれは生来の魔力容量が魔力総量と釣り合っていないことを示すといわれるものだ。
その身体には人並外れた魔力を宿すが、どれほど魔力を蓄えてもその器を満たすことがないといわれるという。
その状態になった人間を、私は歴史上の人物でしか知らない。
古代魔法帝国、レギウム・ノクティスの初代皇帝、ノクス・プルビア一世。
魔女を上回る魔力を持つといわれながら、惜しくもその時代に大規模な魔女の活動がなかったために魔女との交戦を免れた男。
あるいは、はるかな昔、人心を惑わし、女神をかどわかし、その力をわがものとしたがために伝説の勇者に討たれ、教皇猊下がその身命を賭して封印したといわれる名もなき魔王。
・・・これほどの逸材が見つかるとは!
だが、まだ焦ってはいけない。三聖者の中で最も新参である私が、エドアルド様、ワレンシュタイン様と並び、いつかは超えるためには、あの子供のことをまだ知られるわけにはいかない。
く、くふふ、ふははっ。
特上の人工魔力結晶ができる!
戦後の混乱期に、忌々しい河辺機関の介入により失った魔王の心臓が再び我らの手に!
ならばもう、横須賀の施設なんてどうでもいい。
「今すぐにヴァシレ・アントネスクとマフディ・ジャハーンを呼びなさい。それと、この施設の稼働を急がせなさい。」
「はい。・・・え?いや、魔力抽出装置の搬入は5月下旬以降になりますが・・・。」
く・・・、そうでした。私としたことが、完全に失念していました。
横須賀の施設が無事であれば、装置一式を移送することもできたものを。
「可能な限り急がせなさい。それと、この施設で見たことは決して誰にも漏らさぬように。たとえ同じ信徒に対してもです。」
まだ見ぬ新しき魔王の心臓に逸る心を抑え、にやける頬を引き締めるのが大変だった。
◇ ◇ ◇
30分ほど遡る。
水無月 紫雨
僕たちは先週の土曜日から引っ越しの準備を始めていたが、いよいよ今日、水無月園とお別れすることになった。
新しい施設の名前は、ハナミズキの家というらしい。
引っ越し前にそこで働いているという若い金髪の女性があいさつと人数の確認に来ていたっけ。
今考えてみると、その女性に少し不思議な気配を感じた。ランドセルやノートを持ってきてくれた九重宗一郎という人と少し似ている、でももっと懐かしい、まるで母親に会ったような・・・?
いや、僕の母親は、はるか昔に・・・。
よくわからない記憶の波が押し寄せるが、頭を振ってそれを振り払う。
すでに僕たちの荷物は水無月園とハナミズキの家の人たちがトラックに載せて運び出してくれた。
後は、僕たち自身が移動するだけだ。
「紫雨君。」
ふと左手に陽菜ちゃんの手が重なる。
目の下が少し赤いところを見ると、昨日の夜も泣いていたのだろう。
彼女の不安を払うように、その手を握り返す。
如月先生たちの話を聞いたから知っているが、陽菜ちゃんは他の子供たちと違って両親はまだ存命中だ。
・・・彼女は父親とは血がつながっておらず、母親が不倫相手との間に作った子供で、ご両親はそれが原因で離婚になったと聞いている。
父親、いや母親の夫が陽菜ちゃんのことを自分の娘ではないと養育を拒否するのは当然だが、母親は不倫相手と再婚する際に、邪魔だからという理由で陽菜ちゃんを水無月園に捨てていったというから驚きだ。
・・・あの砕け散る石板の前で、全身血まみれになりながら僕に手を伸ばした女性のような、そんな母親はもうこの世にいないのだろうか・・・。
・・・ん?今の記憶は一体?
一瞬、視線が宙を泳ぐ。その時、ドンっと背中をたたかれた。
「紫雨!新しい家でも同じ部屋だってさ!また宿題見てくれよ!代わりにゲームを教えてやるからさ!」
壮介君か。この一か月でかなり仲良くなったよな。彼がいてくれれば新しい家に行ってからも楽しく過ごせそうだ。
壮介君のおかげで我を取り戻し、顔をあげると、ハナミズキの家から来たという30歳を過ぎたくらいの男性が手を振りながら声をかけてきた。
「は~い、注目~。これから皆さんはこのバスに乗って、新しい家に向かいます。お兄さんは運転手の『つなし』といいます。如月先生の言うとおりに並んで、奥から順番に座っていってくださいね~。」
いよいよ水無月園とお別れだ。
名残惜しそうに園長先生が手を振っている。
短い間だったが、大事な友人を与えてくれたこの家にもう一度振り向いて頭を下げた。
お気に入りのブタのぬいぐるみを離さない陽菜ちゃんの手を握り、バスに乗り込む。
席に着き、年季の入った水無月園の建物と手を振る先生方を交互に見ていると、バスは低いエンジン音を響かせながらゆっくりと走り出した。
時間にして15分ほど走ったころ、僕たちの新しい家となるハナミズキの家という建物の敷地内にバスが入っていった。
白いタイル張りの4階建ての建物で壁面には花や鳥が描かれており、水無月園の5倍はあろうかという前庭があった。
そこにはブランコや滑り台、アスレチックや雲梯といったものが並んでいる。
そして中庭には小さなグラウンドがあり、バスケットのゴールやサッカーゴールがあるのがわかる。
それらを見て、水無月園を離れて重く沈んでいた子供たちの顔色が変わる。
「うわ!すごい!あっちにプールがある!」
「ねぇ!一緒にサッカーやろうよ!」
途端にはしゃぎだす子供たちを見て、なぜか僕まで楽しくなってしまった。
「ようこそ、ハナミズキの家へ。私は皆さんのお世話をするアナスタシアといいます。ナーシャって呼んでね。」
バスのドアが開くと、高校生くらいの優しそうな金髪碧眼の女性がみんなに声をかけた。水無月園にあいさつに来た女性だ。
北方系?それにしては、顔が日本人のように平たい。
あの時は遠くてわからなかったが、おそらくは混血だろう。
「私、陽菜!よろしくね!ナーシャおねぇちゃん!」
「スゲー!ガイジンだ!ねぇちゃん、その金髪、自分の毛なのか!」
「いいでしょ~。私、お父さんがガイジンなのよ。顔はお母さんに似てるんだけど、髪の毛と目の色はお父さん譲りなのよ!」
ナーシャという女性は、自分の金髪を自慢そうに撫でている。
壮介君が飛びついてその髪に触ろうとするが、一切止めないところを見ると本当に子供が好きなんだろう。
彼女のおかげで完全に落ち着いた陽菜ちゃんの手を引き、建物に向かって歩こうとしたとき、前庭の入り口に停まった黒い高級車から一人の女性が下りてきた。
女性と目が合うと、こちらを見て満面の笑みを浮かべているのが見えた。
なぜだろう。ナーシャさんと同じ笑顔のはずなのに、背筋に冷たいものが落ちる。
なぜだ?僕は、彼女のことを知っている。
いや、彼女の仲間を知っている。
彼女は、いや、アレは僕の敵だ。
・・・ま、ぞく?
「陽菜ちゃん、行こう。ナーシャさん。僕たちの部屋割りは?」
「え?あぁ、玄関に入ってすぐのところに掲示板があるから、そこに部屋割りを張ってあるよ。荷物は部屋の前の廊下に並べておいたから・・・。」
「ナーシャさん、ありがと!」
ほかの子供たちをほうって壮介君と陽菜ちゃんを連れて、建物の中に駆け込む。
何か、いけないことが起きる気がする。だれか相談できる人は・・・。
そういえば、宗一郎さんのスマホの番号を水無月園の電話横のメモ帳で見た覚えが・・・。
思い出せ、・・・そう・・・そうだ、090-×▽□×-〇●〇●だ!
それから、この園内でもだれか味方を作らなくてはいけない。
大人は避けたほうがいいけど、子供じゃあてにならない。
よし、ナーシャさんに相談してみよう。なぜかは知らないけど、あの人からは言葉と一緒に、嘘をつかないという気配を感じられる。
だけど、今日はみんな忙しそうで何もできそうにない。今日は宗一郎さんに電話だけして、明日には行動を起こそう。
◇ ◇ ◇
深夜
これは・・・夢か。
見ているものが夢だとわかる、いわゆる明晰夢というやつだ。
見渡す限りの砂漠化が進み、水の少ないオアシスが点々とあるだけの大地を歩いてる。
付き従うものは、わずか150人。
北の海の対岸の国家、たしか、のちにテーバイと呼ばれる人たちが、近隣の国家と大きな戦争を始めたんだった。
不足する戦力を補うために、当時はまだ黎明期だった魔法を戦いに活用しようとした。
だが、当時の魔法は自分の生命そのものを力として消費するような、技術体系としては貧弱極まりないものだった。
魔術や術式などというものは、まだその気配さえなかった。
奴隷のように扱われ、矢玉のように消費される魔法使いたち。
すでに4000年以上の歳を重ねていた僕は、彼らを連れて南へ、南へと砂をかき分けながら歩き続けた。
いつも一緒にいる半透明な彼女が優しく僕に告げる。
あとすこし、もう少し歩けば決して枯れないオアシスがあると。
彼女の言葉通り、澄んだ水が無限に噴き出すオアシスがあった。同時に、恐ろしい量の魔力が噴出している黄金の大地に、僕は建国することを決意した。
これは・・・なんの冗談だろう?そんなおとぎ話のようなこと、あるはずないのに。
魔法?魔術?そんなことを誰かに話したら、頭がおかしくなったか、あるいは子供の妄想だと馬鹿にされるだろう。
だけど、僕の中で誰かが叫んでいる。
彼女は実在すると。
僕と、そしてもう一人、石板の前で僕に手を伸ばした人を探し続けていると。
・・・ふと、目が覚める。
そうか、やはり夢だったか。
二段ベッドの上では、壮介君が安らかな寝息を立てている。
・・・宗一郎さんには連絡がついた。
週末の三連休を利用して様子を見に来てくれるという。
明日は、ナーシャさんを説得しなければならない。
どんな言葉を使えばいいか。
彼女は魔法などという超常を信じてくれるだろうか。
考え続け、そして眠れぬまま夜が明けた。
◇ ◇ ◇
南雲 弦弥
先ほどメールを確認した限りでは、山本君は先週末の土曜には日本行きの飛行機に搭乗し、おとといの午後、無事に帰国できたようだ。
彼女は年末には結婚する予定だ。
万が一のことでもあれば、その婚約者に顔向けができないからな。
彼女を帰国させた翌日には、発掘調査のために現地で雇った人間が5人ほどいなくなった。
その前日の夜には、遺跡を守る警備が不審な動きをする5人ほどの人間を目撃したらしい。
大学の理事会を説き伏せて予算を獲得し、アメリカの民間軍事会社に依頼したのは正解だった。
彼らが昼夜警備をしているおかげで、発掘したものを盗まれたりはしていないのは幸運だったといえよう。
だが、この遺跡の情報はいなくなった5人から確実に漏洩したようだ。
昨日から盗掘者のものと思われる戦闘車両が民間軍事会社の装備の射程ギリギリのあたりでこちらの動きを伺っているらしい。
テントの中でこれからの行動指針を検討していると、民間軍事会社のマシュー隊長が入り口のカーテンをくぐり、入ってきた。
・・・白人排斥主義が強いこの国で活動するために、今回の民間軍事会社は全員黒人のチームを依頼してある。
「ふう。さすが日本人。立派なテントだ。まさか、クーラーが効いてるとはね。さて、南雲先生。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「マシュー隊長。それ、どっちも悪いニュースじゃないのかい?」
「聞いてないうちから当てるなよ。ま、そうだな。じゃ、悪いニュースからだ。リビア反政府軍が一個中隊、戦闘車両4両と歩兵を乗せたトラック4台。・・・大体80人くらいか?こちらに向けて進軍中だ。」
「う~ん・・・君たちの人数と装備だとキツイな。それで、いいニュースは?」
「・・・リビア政府は我々を『保護』する名目で、多目的ヘリ2機、戦闘車両3両、トラック3台を準備中らしい。・・・なお、遺跡は政府が接収するとのことだ。」
「はぁ・・・どっちも悪いニュースじゃないか。今の政権は白人排斥主義だからな。当然、この遺跡はなかったことにされるし、遺跡のことを口外できないように口封じされることもあり得るな。」
この国の人間の民度は恐ろしく低い。事実、現地で雇った人足が何度問題を起こしたか。
現地の大学の学生が連れてきたアルバイトのうち、3人に2人が盗掘者だったというのは笑えない冗談かと思ったほどだよ。
銃を持った味方がいなければ、発掘チームに死人が出ていてもおかしくなさそうだ。
だが、民間軍事会社の彼らは軍隊ではない。
それに、契約内容は「遺跡の警備」に過ぎないのだ。
「南雲先生。俺たちのことは気にしなくていいぜ。所詮は傭兵だ。もし、気になるなら少しのボーナスと旨い飯でも用意しておいてくれや。・・・それと、先生、あんた、隠し玉があるだろ?」
・・・まあ、発掘が進まないからって毎晩ゴーレムでゴリゴリと掘ってりゃ気づかないはずないか。
いっそのこと僕一人でも戦ってしまおうかなどと馬鹿なことを考えた瞬間、テントの外から爆発音が響き、一人の民間軍事会社の隊員が転がり込んできた。
「隊長!やつら、撃ってきました!交戦許可を願います!」
「そういうことだそうだ。南雲先生。交戦を許可する!遺跡を死守せよ!アメリカ最強の傭兵団、『ダークウインド』の力を見せてやれ!」
仕方がない。だが、術式の準備は万全だ。
遺跡の中の魔力結晶から拝借した魔力、そしてカフカスの森で手に入れたゴーレムの術式。
いよいよ使わせていただこうか。
◇ ◇ ◇
民間軍事会社「ダークウインド」と盗掘者との戦闘は膠着していた。
一個小隊程度しかいない彼らはかなり良い装備を身に着けてはいるものの、所詮は歩兵に過ぎないはずだった。
戦闘車両などの攻撃を受ければ耐えきれないかと思っていたが、砂漠にありがちな起伏や岩石、そして遺跡の地上部分をバリケードとして善戦している。
当然、私も逃げずに支援を行わなくてはならない。
「術式、一番、二番起動。制御は半自動、目標、識別コード外の武装した人間。・・・よし。行け!」
全高は4メートル以上、重量は2トン超のずんぐりとした体形の砂人形が2体立ち上がり、見た目に似合わない足の速さで発砲を続ける戦闘車両に向かって迫っていく。
「なんだ!?日本のロボット兵器か!?」
ああ、マシュー隊長には人間サイズのゴーレムしか見せてなかったな。
それに外見にはこだわったのだよ。まるでフロ〇トミッシ〇ンのヴァ〇ツァーみたいだろう?
敵味方識別用に、両肩にダークウインドの部隊マークも入れておいたぞ。
デザートカラーがなかなかイケている。ちょっと小さいけどな。
驚いた反政府軍の兵士たちは、一斉に銃を向け、ゴーレムに銃弾を浴びせ続ける。
だが、彼らの銃弾は正面装甲の砂に阻まれ、核となっている術札には届かない。
それどころか、銃弾で飛び散った砂は再びゴーレムに巻き付いて装甲を復元していく。
「はは、土木作業以外でも結構役に立つじゃないか。」
さすがは魔力結晶。これほどの魔力を使っても減った気配すらないなんてな。
戦闘車両の荷台にいる歩兵も大口径の機関砲でゴーレムを撃っているが、ゴーレムは穴が開くそばからそれを修復していく。
こんなこともあろうかと、術札は背中側、それも首の後ろにつけてある。
ついでに言ってしまえば、その術札は冶金に魔術を使った特殊合金製だ。中途半端な打撃や衝撃で壊れることはない。
אמתの文字を削り取るのは結構大変だぞ?
そんなことを考えながら戦場を眺めていると、2体のゴーレムは戦闘車両を両手で持ち上げ、ひっくり返し、砂の上にたたきつける。
反政府軍の兵士たちが悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「あれ、クリスマスに息子に買ってやったゲームの中に登場するロボットだよな。マジか。実在しているとは思わなかったぜ。しかもウチの部隊マークつきかよ。」
「いや、あれはゲームだから。目の前で動いているのはただのデザートゴーレム。ヴ〇ンツァーには勝てないよ。」
マシュー隊長の言葉に軽い気持ちで答えていると、ドンっという音ともに片方のゴーレムの腰から下が吹き飛ぶ。
「うわぁぁぁぁ!ロボットがやられた!伏せろ!RPGだ!」
ダークウインドの隊員たちが叫んでいるが、心配する必要はない。
術札があるのは首のほうだ。ついでに言えば人が乗っているコクピットはないんだよ。
ゴーレムは仰向きに転倒したものの、ものの数秒で周囲の砂を巻き集め、腰から下を再構築する。
そしてすぐさま次の戦闘車両に襲い掛かり、持ち上げ、ひっくり返してたたきつける。
「おいおい、無敵かよ。俺たち、いらなかったんじゃないか?」
そんなことはないだろう?歩兵がいない軍隊なんてこの世界に存在しないぞ?
歩兵の万能性は決して無視できない。だてに戦場の女王とは呼ばれていないさ。
ゴーレムたちが4両の戦闘車両をひっくり返し、地上を走る歩兵を蹴り飛ばし、あるいは振り払っていく。
「ギャアァァァ!こんな化け物がいるなんて聞いてないぞ!俺は抜ける!こんなことで死んでたまるか!」
敵方の歩兵が英語で叫ぶのが聞こえる。あっち側にも英語圏の人間がいるのか。
反政府軍の連中、相手が政府でなければ、暴力は自分たちの専売特許とでも思っていたんだろうか。
だが、2体のゴーレムがその戦意を完全にへし折ったのか、兵士たちは横転していない2両のトラックに群がり、よじ登り、そしてけが人を放置して逃げ出していった。
「・・・なあ、南雲先生よ。あんた、もし大学をクビになったらよ。オレんとこに来いよ。たぶん今より給料いいと思うぜ。」
「ははは、考えておくよ。」
マシュー隊長は、僕がこの術式をいつでも使えると勘違いしているようだが、遺跡の中にあった魔力結晶の魔力を使ったからこそできた芸当だ。
いつも使えるわけではない。
さて・・・。そこらへんに転がっているケガ人、つぶれた戦闘車両、そして散乱した薬莢・・・。
どうするかな、これ?
その処理に頭を悩ませていると、無線機を持った一人の男が駆け寄ってきた。
「隊長!リビア軍に反政府軍の撤退を伝えましたが、俺たちを『保護する』の一点張りです。準備中の戦力に戦車も確認されました!」
「おいおい、こりゃあ、厄介なことになったぞ。・・・先生。アレ、あと何体出せる?」
マシュー隊長の言葉に、ポケットの中の術札を握りしめる。
残り枚数は6枚。うち、二足歩行型は4枚。6足歩行の輸送型は2枚。
果たして何とかなるだろうか。