15 襲撃1/学園祭と魔女狩り
今回から本格的に教会の信徒どもが活躍します!
・・・遥香(魔女)視点の時は必ずルビを振らないといけないのですが、忘れそうで怖い。
9月22日(日)
久神遥香
両親や琴音と一緒に文化祭の出し物を見て回ったが、最近の生徒たちの創意工夫には驚かされるものばかりだった。
漫画研究部の生徒が作った漫画は、しっかりとストーリーが練られていて、コミック一冊分で綺麗に完結している。
料理研究部の甘味処は、スイーツの味だけでなくコーヒーにもこだわりがあり、大変満足できた。
物理部ではレールガンを展示しており、残念ながら発射には立ち会えなかったが、映画部と共同で作成したという発射時の動画が上映されており、ドキュメンタリー映画さながらだった。
「遥香、楽しそうだね~。」
琴音の声に、はっとして自分の口元に手を触れる。
どうやら私は笑っていたらしく、口角が自然に上がっていたようだ。
慌てて遙一郎の耳元に顔を寄せ、できるだけ小さな声で聞いてみる。
「遙一郎、私は今笑っていたか?」
「ああ、自然で懐かしい笑顔だったよ。」
そうか、いままで表情筋のコントロールがうまくいかなかったが、自然な笑顔を作れたということは、体の制御に慣れてきたということだろう。
ふふん。順調順調。
「・・・遥香。またひきつった笑顔になったよ・・・。」
意図的に笑顔を作ることはできないということか。残念。
なんだろう。
首筋がチリチリする。
そういえば、この体の本来の持ち主は妙に勘が鋭かったらしいな。
まさか、この後の打ち上げでまたカラオケにでも誘われるのだろうか。
この前のカラオケでは戦時歌謡曲が通じず、軍歌を歌ったらドン引きされた。
加藤隼戦闘隊の何が悪いんだ。
あの白けた空気感、忘れようとしても忘れられない。
表情筋がまだ上手く制御出来ないだけで、恥ずかしいのは変わらないんだぞ。
「私たちはこのまま帰るけど、遥香も用事がすんだらあんまり遅くならないように帰るのよ。」
「分かったよ。ママ。みんなと別れるときに電話するからね。」
香織は心配そうに言うが、遙一郎は涼しそうな顔をしている。
・・・いや、もうちょっと心配しろよ、遙一郎。
お前、私がこの体にいることを知ってるからって、安心しすぎだろ。
そんな態度だと夫婦間の温度差につながるぞ。
初対面の時に色々と力を見せすぎたのは失敗だったかもしれない。
一応、遙一郎にも声をかけておくか。
「パパも心配しないで。もうすっかり元気になったから。」
遙一郎がなんとも言えない顔でこちらを見ている。
おい、そこ。残念な子を見るような目でこっちを見るな。
◇ ◇ ◇
両親と別れた後、LINEで千弦に連絡しながら琴音と一緒に第一体育館に向かうと、軽音部がライブの片づけをしているところだった。
「琴音さん、軽音部のライブを見たかったんですか?」
「いや、咲間さんと合流する予定なのよ。」
そういえば、千弦がそんなこと言っていたような気がする。
「いたぞヴェータラ。隣の女は殺していい。ガキどもに邪魔をさせるな。私は魔女をやる。邪魔をする奴がいたら構わず殺せ。」
舌足らずな声がするとともに、いきなり後ろで殺気と魔力が膨れ上がる。
「!」
反射的に振り向くと、少し離れたところに修道服をまとった大男がクラウチングスタートのような体制をとっていた。
傍らには不思議の国のアリスのような恰好をした女児が黒い短杖を構えている。
教会の信徒どもか!
なぜここまで接近されるまで気付かなかった!?
「術式束1127・・・」
慌てて魔力隠蔽術式を解除し、いくつかの術式を発動しようとするが、遅かった。
フェイルセーフが邪魔をし、術式を発動しようとした瞬間には、大男の腕が眼前に迫っていた。
「くっ!がっ?」
大男に首をつかまれ、壁にたたきつけられた。
体育館の柱の一部が崩れるとともに、首からボキンと嫌な音がした。
首、頭蓋、肺、脾臓・・・いくつかの臓器が潰れるような感覚。
この感覚、ちょっと久しぶりだ。
床に崩れ落ちた体は全く自由が利かない。
くそ、これだからフェイルセーフは嫌いなんだよ!
「ヴェータラ。聖者の衣の効果時間がきれたなぁ。帰りは使えねぇから、がんばって走れよぉ?」
「ふん。遺物とはいっても所詮は骨董品。実用には耐えんな。」
「遥香!いやぁぁぁ!」
琴音が絶叫しているのが聞こえる。
最初に首の骨が砕けて、次に頭蓋骨後頭部。
あと、両肺と脾臓がつぶれたか。
まともに呼吸ができん。もしかしたら頭の方は脳挫傷かもな。
さすがはアンデッド。握力だけで首の骨が砕けるとは大した力だ。
それにしてもアンデッドに、黒い短杖。
これは間違いなく教会の狂信者どもだな。
それとあの遺物は、聖者の衣か。
全部焼いたと思ってたのにまだ残っていやがったとは。
装備するだけで自分を含めた仲間数人を、他者が魔力的に認識できなくなるっていう厄介なシロモノだ。
それにしても、念の為に魔法を発動させるため必須の詠唱ができないよう肺をつぶし、同時に術式に魔力を送れないよう全身の運動神経を奪う。
理想的な対魔法使い殺法だな。
相手が魔女だった場合は、息の根を止めかけてる時点で減点だが。
心臓は動いているから、まあ、即死ってほどでもない。
とりあえず、フェイルセーフは解除しておこう。
うん。次からは魔力隠蔽術式は普通に使おう。
それに呪いならば魔法や魔術と違い、最悪、体が死んでいても発動できるから心配ない。
しかしこの程度のダメージであれば回復治癒呪で5秒もあれば完治させられるが、治せば少なくとも魔法使いだとバレてしまう。
それにしても、大男の追撃はないようだし、対魔女戦闘では必ず打ち込んでくるはずの聖釘も使わない。
だいたい、魔女を封印もせずそのまま殺しちゃったら身も蓋もないだろう。
何しに来たんだこいつら?
まさか、私が魔女だと気づいていないのか?
今回はコイツらの目的だってまだ分からない。
ならばいっそ死んだふりでもしていようか。
だが、相手は狂信者だ。魔女を探すためなら平気で無差別テロくらいするだろう。
ほかの生徒に危害が及ぶのは嬉しくないし、琴音はとりあえず逃げてくれるだろうか。
少し心配だ。
まあ、常識的に考えて、知り合って一月も経っていない無愛想な女なんて、流石にほうっておくだろう。
狂信者どもであるならば是非とも殺したい。
それよりも。
このパターンなら聖釘もうまくすれば破壊できるかもしれない。
さて、どうしたものか。
香織のこともあるし、今回は可能な限りバレたくはないのだが・・・。
おい?琴音?逃げろよ?逃げろよ!フリじゃないぞ!?
魔女にとってみれば、首が折れていようがハラワタがハミ出ていようが、全然ピンチではないのですが、聖釘だけは嫌いなようです。まるでスーパーマン対クリプトナイトのようですね。