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149 記憶の漣・少女たちの日常

 2月15日(土)


 長崎県佐世保市

 児童養護施設 水無月園


 水無月 紫雨(しぐれ)


 地元の小学校に登校を始めてから約1か月が経過した。

 小学校一年生で学ぶ授業は退屈で、思わず授業中に眠くなってしまうこともあったが、何人もの友達ができたのでそう悪いことでもないのだと思う。


 一部の男子生徒からは髪や目の色で揶揄(からか)われもしたが、なぜかその都度女子たちが味方になって男子を蹴散らしてくれた。


 すべてが穏やかな日々が流れていくのを感じていた。

 だが今日、園長先生から思いもよらないことが発表された。


「・・・皆さん。水無月園は今月末をもって閉園となります。ごめんなさい。そうならないように頑張ったんだけど、ダメだったわ。」


 子供たちがすすり泣く中かろうじて聞こえたのは、東シナ海有事に備えて佐世保の軍港の大拡張工事が行われるため、それに伴う道路の拡張工事が行われるということだ。


 残念ながら水無月園のある場所はその工事に伴う立ち退き対象であり、どんなに遅くとも4月の終わりには工事が開始されるらしい。


 また慢性的な赤字が続いていたため、国から支払われる補償金を借金の返済に充て、残りを職員の退職金として配分し、閉園することを決意したということだ。


「水無月園はなくなりますが、すぐ近くに新しい家が建つから、お友達と別れることなくそちらに住むことができます。明日から引っ越しを始めるから、自分のものをこれから渡す箱に入れてね。順番に名前を呼ぶから、前に来て段ボール箱を受け取ってください。」


 どうやら小学校の学区内の移動であり転校する必要はないらしい。

 それに、今いる同居人や新しくできた友人と別れることもないようだと安心したが、周りの子供たちは泣くことをやめようとしない。


 だが、僕の目からは涙の一滴も流れない。

 ・・・やはり、僕は子供らしくないのだろうか。


「ねぇ、紫雨(しぐれ)君。悲しくないの?おうち、なくなっちゃうんだよ?」


 すぐ横で園長先生の話を聞いて泣いていた陽菜ちゃんが、僕の手を握る。


「・・・うん。悲しいよ。でも、みんなと一緒にいられる。ほら、新しい家に住めると思えば、悪いことばかりじゃないと思うよ。」


 陽菜ちゃんは僕の言葉に一瞬だけ目を丸くしたが、そのまま泣き続けた。

 僕はそっと肩を抱き寄せ、頭を撫でた。


 壮介君と一緒に暮らしている部屋に戻り、身の回りの物を段ボール箱に詰めていく。

 最初は着の身着のままで何も持たない僕だったが、この一か月の間にたくさんの物が与えられた。


 ノート、教科書、筆記用具、そしてランドセル。

 学校に来ていくための洋服、部屋着、パジャマ、そして体操着。

 陽菜ちゃんからもらったオセロのボード。

 壮介君からもらったカードゲーム用のデッキのセット。


 すべて僕の宝物だ。傷つかないように丁寧に段ボール箱に入れていく。


 それにしても・・・引っ越しは初めてのはずなのに何も感じない。

 園長先生やその他の先生方とも会えなくなるというのに、全く悲しくない。


 いや、それどころか、僕は昔、世界中を転々としていたような気が・・・。


 目を閉じると、城壁に囲まれた都市で町医者をしていた記憶や、戦場で何人もの傷病兵を癒していた記憶、そして・・・これは赤子を抱いた黒髪の女性?・・・僕の妻か?三人で質素な夕食を食べている記憶などが浮かんでは消えていく。


 ・・・すべて中世よりも前の風景だ。


 電気の明かりはおろか、井戸に手押しポンプすらついていないほどの昔だ。


 それに、この感覚。頭の中でふとよぎる詩のような言葉。そして身体の奥から湧き上がる不思議な力のようなもの。

 先月、ここを訪れた九重宗一郎という人からも同じようなものを感じた。


 次に彼が来た時に、それが何なのか聞いてみよう。

 きっと僕が何者かがわかる手がかりになるかもしれない。


 ◇  ◇  ◇


 佐世保市内

 開園前の児童養護施設

 ハナミズキの家


 蓮華(れんげ)・アナスタシア・スミルノフ(ナーシャ/半分頭)


「今日からお世話になる蓮華(れんげ)・アナスタシア・スミルノフです。よろしくお願いします。」


 まだ新築の香りが漂う事務所のような部屋で、4人の園長先生をはじめとした先生方や事務員の人達に挨拶をする。


「はい。アナスタシアちゃんでいいかしら。それとも、蓮華(れんげ)ちゃん?こちらこそよろしくお願いしますね。みなさん、彼女はまだ高校生ですけど、物事を理詰めで説明したり、仕事をマニュアル化したりするのがとても得意なの。きっと活躍するわ。大切に育ててあげてちょうだいね。」


 園長の戸田先生に褒められて少しくすぐったく感じる。

 ここに来る前に少し九重総理の事務所で資料整理を手伝ったからか、その時のことに尾ひれがついているようだ。


 ただ、美代(みよ)(バイオレット)さんと何度もメールしたり、電話したりしていて言われたことだけど、どうやら私は言葉で人を説得するのに長けているそうだ。


 よくわからないけど、あたしには呪いがかかっていたらしい。


 何か話すと、そこに思念波とやらが重なって相手を激しく不快にさせてしまうという呪いだそうだ。


 だけど九重総理に会う前に美代(みよ)さんがその呪いは封じてくれたそうで、今は何を話しても呪いが原因で相手を不快にすることはないらしい。


 物心ついたころから誰もあたしの話をまともに聞いてくれなくて、必死になって話し方を研究した。

 大事なことは口で話すのではなく、手紙を書くようにした時期もある。

 ・・・そしてその手紙を目の前で破り捨てられたこともある。


 そのおかげで呪いの影響下でも自分の言葉を伝えられるようにはなっていたけど、そんな努力がこういった形で実を結ぶとは思ってもみなかった。


「アナスタシアさん。PCのセットアップマニュアルは印刷しておいたよ。まいっちゃうよね。セットアップするPCの中にマニュアルがあるとかさ。これじゃぁ缶詰の中の缶切りだよ。」


 自分用に与えられたデスクに着席し、パソコンのセットアップをしていると、隣の席の30歳を少し過ぎたくらいの優しそうな男性が、声をかけてきた。


 歌舞伎町で私に声をかけてきた男たちとは全くイメージが違う。少なくとも、この人は私のことを人間としてみてくれている。


「ありがとうございます。ナーシャでいいですよ。アナスタシアの愛称なんです。」


 実は、ファーストネームの蓮華(れんげ)はあまり好きではない。

 不良仲間には「レンゲの穴」というあだ名で呼ばれていたからね。

 ここで言うレンゲは、ラーメンの汁を飲むときに使うアレのことだ。


「そっか、じゃあ、ナーシャさんって呼ばせてもらうよ。俺の名前は(つなし)(はじめ)。漢数字で『十』と書いて『つなし』、名前は漢数字で『一』と書いて『はじめ』。昔からあだ名はイレブンさ。」


「ふふっ。そのあだ名、面白いネーミングセンスですね。カッコいいじゃないですか。」


 受け取ったPCのセットアップマニュアルに従ってPCを起動し、業務に必要な設定を行っていく。

 よし。これなら大丈夫そうだ。


 紹介してくれた人たちの顔をつぶさないように今日から頑張ろう!


 ◇  ◇  ◇


 西東京市


 南雲 千弦


 いよいよ来週の月曜日から期末テストが始まる。

 今回はギリギリまで用事があったからあまりテスト勉強の時間を取れなかったよ。


「う~。ヤバい、今回はヤバい。特に暗記科目がやばいよ!」


 いや、ほかの科目も結構つらいんだけどな。


「姉さん・・・。ちょっと遊びすぎたんじゃないの?」


 リビングの向かいの椅子に座った琴音が冷ややかな目をしている。

 なんでか知らないけど、最近の琴音は暗記科目にやたらと強いんだよな。


 目の前でパラパラと教科書をめくって英単語は一瞬見ただけで終わりにしているし。

 何かコツがあるんだろうか?

 ・・・?ん?いま、術式の気配が・・・。


「ちょっとまったぁー!琴音、今使ってる術式の構造式、それ、オリジナルじゃないよね!誰に習ったの!教えなさい!」


「ええぇ!?隠蔽術式まで組み合わせてるのに何でわかるのよ!?仄香(ほのか)、話が違うじゃない!?」


 隠蔽術式まで使うとか、どんだけ隠したいのよ!?

 新しく作った魔力密度可視化術式がなかったら分からなかったわよ!?


「やっぱり仄香(ほのか)から教えてもらったの!?ずるいじゃん!私は琴音に全部の術式を渡してるのに!」


「ぐ、ああぁ、もう!この術式を教えたら、もう姉さんに勝てることがなくなっちゃうじゃん!どうしてもなら自分で聞いたらいいじゃん!」


 くそ、やっぱりか!何かテストで役に立ちそうな術式を習ったのか!


「いいもん。仄香(ほのか)から直接教えてもらうから。《あ、もしもし。仄香(ほのか)。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。》」


 あ、琴音がものすごくふくれっ面をしている。


《ん?どうした?何かあったのか?》


 仄香(ほのか)からすぐに折り返しが来る。

 ほんとに便利だな、この念話って。


《琴音がテスト勉強中にパラパラと教科書をめくるだけで暗記できてるのよね。そんなことができる術式を琴音に教えたでしょ?私にも教えてよ。っていうか、琴音に教えた魔法と魔術、全部教えて!》


《別に構わんが・・・。でもなんで気付いたんだ?隠蔽術式は作動していなかったのか?とにかく、今からそっちに行くから、ちょっと待っててくれるか。》


《うん。待ってる。あ、母さんに夕食を一人分増やすように言っとくよ。》


 よっしゃぁ!

 思わずガッツポーズが決まってしまう。


「姉さん、まさかとは思うけど・・・。」


「うん。今からくるって。さ~、お菓子とジュース、買い置きがあったかな~。」


 ・・・ん?なんで琴音、そんなに悶えてるんだ?

 さてはまた順位で負けることを恐れているな?

 ふふ、ズル(チート)ありなら私は決して負けはしないのだよ。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 た、大変なことになった。

 いや、別に記憶補助術式とか自動書記術式を知られるくらいなら問題はないのよ。

 でも、強制開錠魔法だけはマズい!


 私があの魔法を使って時々姉さんの部屋に忍び込んでいたことがバレたら、特にあの日記を読んだことがバレたら、大変なことになる。


 下手したら絶縁されてしまう!姉さんに嫌われるのだけは絶対にイヤだ!!


 ・・・く、それに、姉さんは私の部屋に入るときに術弾でドアのカギと蝶番(ちょうつがい)を破壊して入ってくるからさ、あれから鍵をかけてないのよ!


 でも堂々と入るのと、こっそり忍び込むのとじゃわけが違うじゃん!?

 ど、ど、ど、どうしよう!


 あ、そうだ!


「・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()夜帷(とばり)()()()()()(かいな)()()()()()()()()()()()()()()。」


 姉さんにバレないように可能な限りの小声で強制睡眠魔法の詠唱を行うと、一瞬、「あれ?」といったあと、テーブルに頭をぶつけてゴンっという音を響かせながら、姉さんは眠りに落ちた。


「ふう。でもここからどうしようかしら。・・・あ、もう、来ちゃったよ。」


 玄関でチャイムが鳴る音が聞こえたので立ち上がり、ドアを開けるとそこには仄香(ほのか)が遥香入りの杖を携えて立っていた。


「こんにちは。琴音さん。お邪魔してもいいですか?あら?千弦さんは?」


「う・・・いらっしゃい。姉さんなら寝てる。もう、それはぐっすりと。」


 玄関からリビングに入ってきた仄香(ほのか)の視線の先には、テーブルに突っ伏して眠る姉さんの姿があった。


「・・・琴音さん。手加減なしで強制睡眠魔法を使ったんですか。これ、解呪(デスペル)しないと3日くらい寝たままになりますよ。」


 そこまで効果がある魔法だったんかい。


 初めて使ったから手加減がよくわからなかったけど、ラ〇ホーとか〇リホーマなんか比べ物にならないくらいヤバい魔法じゃないの。

 飲まず食わずで三日って、下手したら死ぬんじゃない?


 っていうか、鼻の穴にボールペン突っ込んでも起きないし・・・。

 顔に落書きとかしてみようかしら。

 じゃあなくて。それよりもとにかく、大事な話をしなくては。


「で、姉さんにどこまで教えるつもりなの?記憶補助術式だけ?それとも氷結魔法も強制開錠魔法も、全部教えちゃうの?」


「・・・琴音さん。もしかして、強制開錠魔法で千弦さんの見てはいけない秘密でも見てしまったんですか?」


「う、うん。姉さんの日記を読んじゃった。多分、それを知られたら姉妹の縁を切られるかもしれない。」


「なんということを・・・。いえ、初めからそういうものだと知っていて読んだのですか?それとも読んでから気付いたんですか?」


「最初は姉さんの術式を知りたかっただけなのよ。そしたら、術式ノートと同じところに日記が入ってて・・・。」


 いや、これは言い訳かもしれない。術式ノートを探していたのは真実なのだが、日記を手に取る必要などなかったのだから。


「仕方ないですね。じゃあ、強制開錠魔法については琴音さんにもまだ教えてないことにしましょう。後日改めて二人に教えるということでいいですか?」


「あ、ありがとう。恩に着ます。ついでと言っては何だけど、姉さん、起こしてくれない?起こし方がわからなくてさ。」


 私の言葉に仄香(ほのか)は大きく息を吐くと、姉さんの頭に手をかざして一言小さくつぶやいた。


解呪(デスペル)・・・。千弦さん。起きてください。千弦さん。・・・随分と深く眠っていましたね。」


 仄香(ほのか)の言葉に、顔中がよだれまみれになった姉さんが顔を上げる。


「う、私、寝てた?・・・う~ん。疲労でもたまってるのかな?ちょっと顔洗ってくるよ。」


 大きく背伸びをしながら洗面所に向かう姉さんの後姿を見て、少し安心している自分に激しい嫌悪感を感じた。


「はあぁぁぁぁ・・・。姉さんには勝てないんだよなぁ・・・。」


 仄香(ほのか)はそんな私たちを見て、少しいたずらっぽい笑顔を浮かべていたよ。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 考えてみれば、琴音にだけ記憶補助術式と自動書記術式を教えて千弦には教えないというのは不公平であった。


 夢操術式については琴音が悪夢を見ないで済むように、そして氷結魔法は琴音の少ない魔力でも攻撃手段となるように教えたのだが、千弦にそれを教えても差し支えはないだろう。


 しかし・・・強制開錠魔法(アバ〇ム)となるとな・・・。

 すでに千弦は認識阻害術式だけでなく、電磁熱光学迷彩(ステルス)術式(〇ムオル)まで自在に操るようになっている。

 当然、長距離跳躍魔法(ル〇ラ)もだ。


 さらに強制睡眠魔法(ラ〇ホー)まで教えたら、どんな大盗賊にでもなれてしまうな。あとは変身魔法(モシャ〇)くらいしか残ってないぞ。


 その気になれば、白昼堂々ルーブル美術館のモナ・リザを盗み出すこともたやすいだろう。

 ・・・。まあ、自分の欲望のためだけに魔法を使うようなことはないと信用はしているんだけどさ。


「千弦さん。念話で言っていた魔法なんですけど、テストに使えそうなのは記憶補助術式と自動書記術式ですね。その他に琴音さんに教えてあるのは安眠用の夢操術式、魔力隠蔽術式、強制睡眠魔法。そして氷結魔法ですね。今日一日で覚えられます?」


 強制開錠魔法はちょっと後回しにしようか。あ、千弦の後ろで琴音がほっとしたような顔をしているよ。


「うわ、私の知らない魔法が5個もあるじゃん。う~ん・・・。月曜から期末テストなんだよな~。でも新しい攻撃魔法も覚えたいし、ほかの術式や魔法も気になるんだよな~。」


 千弦は悩んだ結果、まず記憶補助術式を覚えて、それからほかの魔法や術式を覚えることにしたようだ。

 さすがに一番効率がいい方法をとるね。


 それにしても千弦のやつ、どうやって私の隠蔽術式を突破したんだ?魔力隠蔽の技術自体がロストテクノロジーだっていうのに、それを看破する術式なんて聞いたことがないんだがな。

 あとでこっそり教えてもらおうかな。


 ◇  ◇  ◇


 術式と魔法の習得が終わり、期末テストに備えた勉強を再開してから数時間が経過したころ、グゥ~という音が二つ同時に同時になる。

 さすが双子だ。腹の虫が鳴るのまで同じとは。


「三人ともごはんよ~。そろそろ勉強を切り上げて手を洗いなさい~。」


 キッチンから二人に母親の美琴の声が聞こえる。

 彼女の料理はグローリエルとは違った意味でおいしいんだよな。


 今日は南雲家で夕食をごちそうになることを香織()に伝えたら、遙一郎と二人でおしゃれなレストランで外食すると言って出かけてしまったよ。

 久しぶりの夫婦水入らずもよいことだ。


 食卓に着くと、テーブルの中央にすき焼きの大きな鍋が鎮座している。

 ・・・結構な量だな。


「うふふ、すき焼き鍋はこの鍋しかないけど、三人だとあまりたくさん作れないからね。弦弥さんが家にいる時しか作らないんだけど、遥香さんが食べていってくれるって聞いて、少し多めに作れたわ。」


「ありがとうございます。あれ?お二人のお父様はいつもご一緒じゃないんですか?」


「ああ、父さんなら今頃、リビアの砂漠で遺跡を発掘してるわよ。たしか・・・フェッザーンとか言ったっけ?」


 私の質問に千弦が答える。

 フェッザーンの遺跡?たしか、古代魔法帝国のあったところだ。

 滅びる前に一度行ってみたかったんだよな。

 あそこは私がほとんど掘り返してしまったから、ろくなものがないはずだけど・・・。


「ん?それって銀河帝国の自治領じゃなかったっけ?」


 琴音が首をひねっている。


 それは銀河英〇伝説の話だ。

 まだア〇レ・ハ〇ネセンはアルタイル星系第七惑星を脱出していないし、それどころかルド〇フ大帝もゴールデ〇バウム王朝を建国していないぞ。


 ・・・そのネタは少し古いぞ?


 琴音は父親がどこで仕事をしているかは興味がないらしい。

 そういえば弦弥は考古学の教授だったか。


 こんなことなら、何かしら金目の物をいくつか残しておいてやればよかったな。


 そんなことを考えながら、鍋に手を伸ばす。

 う~ん。卵を絡めると濃厚な味がたまらないな。

 今度、グローリエルに頼んで魔力溜まり(ダンジョン)のミノタウロスの肉ですき焼きを作ってもらおうかな。


「そういえば父さん、昨日のメールで何か発見したって騒いでたっけ。城壁の跡地の真下に地下墓地があったとかで・・・。」


 それはよかった。発掘作業をやっていて何も出ないときの徒労感と言ったら、泣きたくなるからな。

 あそこは長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で行けるし、ちょっと覗きに行ってみようか。


 しかし、美味いな。さっきから箸が止まらない。


《ねえ。仄香(ほのか)さん。満腹になる前に私も食べたいんだけど・・・。》


 あ、遥香に身体を返すのを忘れていたよ。ごめんごめん。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 弦弥


 照りつける太陽の光と時折起こる砂嵐、そして頻繁に起こる紛争に悩まされながらの発掘作業はさすがに身体に(こた)えた。


「南雲先生!城壁の下にある空間につながりました。すごいですよ。かなりの広さの地下墓地のようなんですが、盗掘された跡がありません。ほぼ完全な形で残ってます。」


 助手の山本君の嬉しそうな声が周囲に響き渡る。


 リビア政府と長年にわたる交渉を行った結果、砦南大学と東京大学の合同チームに発掘の許可が下りてから3年の歳月が流れ、紛争などにより作業が何度も中断されたが、やっと成果を上げることができたようだ。


「南雲先生・・・これ、かなり大規模な王墓ですね。というより、上にあったのって、城壁ではなくて王墓の一部なんじゃぁ・・・。」


 漆喰で封印されていた大きな石の扉を押し広げ、かなり広い石室の中に入ると、ヘッドランプが照らす壁面から金色の輝きが返ってきた。


 助手の山本君が、壁面に残された黄金のパネルを汚す砂を刷毛(はけ)で払い落としながら文字を解読していく。


「・・・これは・・・古ラテン語?いや、綴りがおかしい。ノックス・・・ニュックス?そしてプルビア?夜?雨?いや・・・これは人の名前?」


「・・・山本君。これは・・・伝説に過ぎなかった古代魔法帝国、レギウム・ノクティスの初代皇帝、ノクス・プルビア一世の王墓だ。まさか、現実に存在したなんて思わなかったがね。だが・・・これは非常に厄介なことなったぞ。君はすぐに荷物をまとめて帰国する準備をしなさい。」


「え?どうしてですか、南雲先生。これほどの大発見を前に、なぜいきなり帰国させるんですか?」


 そうか。山本君は古代魔法帝国についての記録を閲覧できる立場になかったな。


「レギウム・ノクティスは白人国家だ。ついでに言ってしまえば、ノクス・プルビア一世は、銀髪紅眼の白人だ。・・・今この国は、地中海北岸諸国との関係が極めて不安定だ。白人排斥活動が激化している。・・・下手をすれば、この遺跡ごと我々の存在がなかったことにされるぞ。」


 山本君は、まだ学生だった頃から僕の研究室の手伝いを続けてくれた。

 その中で培った経験は何物にも代えがたい。

 勘もいいし、古代史を世界規模で俯瞰する能力もある。こんなところで失われていい人材ではない。


「わかりました。先生はどうするつもりですか?まさか、残るつもりじゃあ・・・?」


「僕は大丈夫だ。リビアの政府高官に知り合いもいるしね。それに、まだ君にも教えていない裏技もいくつもあるんだよ。さ、早く帰国の準備を。」


 発掘現場には地元の労働者もいる。この遺跡が発掘されたことが白人排斥派に知られるのは時間の問題だ。

 だが僕がここに残らなければ、この歴史的発見は確実に闇に葬られる。金銀に目がくらんだ盗掘者か、あるいは歴史修正主義者の手によって。


「先生、どうかご無事で・・・。」


 砂漠仕様に足回りを換装したピックアップトラックで空港に向かう山本君を見送りながら、荷物の中から一冊の手帳を取り出す。


「ふぅ・・・。砂塵の魔術師、南雲弦弥。そう呼ばれたのは何年前だったっけな。さて、今から術式の準備だ。忙しくなるぞ。」


 家族にも教えていない、今はロストテクノロジーとされた術式であるゴーレム作成・制御術式の金属製呪符をカバンから引き抜き、ゆっくりと魔力を込めていく。

 カフカスの森で出土した石板にあった術式を、自分流にアレンジしたものだ。


 ・・・ああ。そういえば王墓の中にあった赤い石、あれはうわさに聞く魔力結晶か。

 考古学的な価値は当然あるんだけど、結晶内の魔力が多少減っても問題はなかろう。


 遺跡を守るため、何より貴殿の王墓を守るために少し拝借(つかまつ)るよ。ノクス・プルビア一世陛下。



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