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145 悪意の聖女/教会の闇

 2月4日(月)


 仄香(ほのか)


 昨日ビキニ女と別れてから、3か所の暴力団事務所、2か所の非営利団体を回った。

 いずれも琴音と千弦を狙った暗殺組織、そして丸山親子とつながりのあった組織だ。


 おかげで昨日一日はかなりの時間、遥香の身体の制御を遥香自身に任せてしまった。

 時間にして合計5時間強だろうか。おかげで今日明日は遥香が表に出ることができない。


 いくつかの組織を回ってみてわかったことだが、山中組の若頭から発せられた暗殺、または誘拐の指示はまだ末端まで届いていなかった。


 結果として、昨日一日は鳴老組を除いて徒労に終わってしまった

 ・・・まさか遥香の身体で襲撃するわけにもいかないしな。

 その都度、遥香の活動時間を奪うわけにもいかないし、なにか別の方法を考えないと。


 ああ、そうだ。ビキニ女からメールが届いてたんだっけ。


 ええと・・・「こんにちは、レヴィです。次の日曜日の予定をお知らせします。集合は海浜幕張駅、切符売り場。時間は朝8時半。必要なものはこちらで用意してあるから、荷物は最低限で。入場チケットは当日渡します。ディーラー参加になります。詳細は金曜日の午後に。」


 そうか、ビキニ女の名前はレヴィというのか。

 ヘブライ語で結びついたという意味だっけ?確か男の名前だったはずだが。


 それとも本名はレベッカ、レヴァンドフスキ、リーヴィ、リーヴァイあたりか?

 う~ん、思い当たる名前が多すぎる。


 まあいいや。それより、石川(おさむ)殿と知り合いだと言ってたな。

 お昼休みにでも話を聞きに行ってみるか。


「あれ?遥香。今日は杖、持ってきてないの?」


 隣の席から琴音がのぞき込む。最近やっと慣れたらしく、私の名前を呼ぶときに一瞬「ほの・・・」ということが減ってきた。


「ええ。ちょっと野暮用で遥香さんに身体をお願いする時間が長すぎて。今日明日は外に出られないみたいなので家で留守番しています。」


「そうなんだ。もしかして、教会関連?」


「はい。とはいっても、念のための作業なので大したことはしていないですけどね。」


 いちいち詳しく説明して心配させるのは好ましくない。それに、大した作業ではないのは事実だ。


「そう。あまり無理はしないでね。それに、そろそろ期末テストだから私も遊んではいられないのよね。」


 そういえばもうすぐ期末テストだったな。だが、千弦や咲間さん(サクまん)、遥香と杖の中でしっかりと勉強をしているから、成績の心配はないだろう。


 琴音と話しているうちに4時限目のチャイムが鳴り、教室に化学の教師が入ってきた。

 日直の号令であいさつをし、授業が始まる。

 私はこんな平和な日常が続くことを祈りつつ、教科書を開いた。


 ◇  ◇  ◇


 授業が終わり、お昼休みの時間になる。

 琴音と咲間さん(サクまん)はお弁当箱と購買部横の自動販売機で買ってきたお茶を出し、食事のしたくをしている。


「あれ?遥香。どこ行くの?お昼、食べないの?」


「ちょっと(おさむ)君に聞きたいことがありまして。すぐに戻りますから先に食べててください。」


「ふ~ん。あまり二人の邪魔しちゃだめだよ。」


 冷やかす琴音にひらひらと手を振り、教室を後にする。


 たしか、お昼休みならば(おさむ)殿は千弦と一緒に中庭のベンチにいるはずだ。

 千弦に聞かれて困る話でもないだろうし、レヴィのことを聞きに行ってみるか。


 中庭につくと、そこには何人かの学生がベンチを占領し、あるいはレジャーシートを敷いてお弁当を広げていた。


 よく見れば、炊飯器やフィールドキッチンのようなものを持ち込んでいる学生もいる。相変わらず自由な校風だな。


 花壇の手前のベンチに千弦と並んで腰かけ、弁当箱を抱えている(おさむ)殿を見つけ、歩み寄る。


「あれ?遥香じゃん。どしたの?」


(おさむ)君に聞きたいことがありまして。今お時間よろしいですか?」


「ああ。別に構わないけど。ここ、座る?」


 (おさむ)殿が千弦と反対側のベンチを空ける。

 頭を下げて腰かけると、ちょうど(おさむ)殿を千弦と私で挟む状態になった。


「お~い!石川!両手に花だな!しかも琴音さんと久神さんだと!?ちくしょう!リア充爆発しろ!」


「うっせぇ!琴音さんじゃなくて千弦だって言ってんだろ!」


 男子たちの冷やかす声が遠くなり、落ち着いたところで話を切り出す。


(おさむ)くん。今度の日曜日のことなんですけど、だれかと出かける用事が入ってますか?」


「え?ああ、幕張メッセでディーラー参加するんだ。ただ売り子さんが二人とも来れなくなってね。代わりにレヴィさんって人が参加する予定だけど、どうしたの?」


「いえ、そのレヴィさんって、どういった方ですか?」


「ああ、ガドガン先生の紹介だよ。フランスの人らしいんだけど、日本のサブカルチャーに興味があるんだってさ。フランス語以外にも英語とドイツ語が話せるから、外国人向けの対応をお願いしようかと思って。」


 そうか、エルリックの紹介か。じゃあ、後でエルリックに聞きに行こうか。


「ね、遥香。私たちもそのイベントに参加してみたくない?(おさむ)君、私たちも連れてってよ。」


「あ。ごめん、ディーラー参加の場合は、ディーラーパスで入れるんだけど、レヴィさんがもう一人連れてくるって言ってるから、一般参加のチケットが必要になっちゃうんだけど・・・。」


 一般参加のチケットが必要と聞いて、千弦が固まった。そういえばこの前、何かを作るって言って材料を大量に買い込んでたな。

 さては、小遣いを使い尽くしたな?


「ぐ、ぐぅ・・・一般参加のチケットを買っていきます。いくらよ?」


「前売りで3500円だったかな?久神さんはどうする?」


「そうですかいえ、私は結構です。お二人の時間を邪魔してすみませんでした。」


 さて・・・レヴィとやらはエルリックの紹介だと言っていたな。職員室に行って聞いてみようか。


 ◇  ◇  ◇


 昼食時の職員室を覗くとエルリックの姿がなかったので近くにいたほかの教師に所在を確認すると、コンビニ弁当を抱えて旧校舎棟の屋上に向かったらしい。


 妙に暗い階段を上り、旧校舎棟の屋上のカギを開け、顔を出すとエルリックが一人、ボケーっとコンビニ弁当を食べていた。


「エルリック。ちょっと聞きたいことがあるのだけど?」


「・・・!?ああ、仄香(ほのか)か。あれ?確か屋上のカギは閉めておいたと・・・ああ、君にはそんなものは関係なかったんだっけ。それで、なんの用だい?」


 エルリックの横に座り、コンビニ弁当を見ると、ミートソースのスパゲティだった。

 こいつ、昔からパスタが大好きなんだよな。


「あなた、2組の石川(おさむ)殿にレヴィとかいう女を紹介したらしいじゃない。身元のほうは大丈夫なの?」


 ・・・?私の言葉にエルリックは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「いや、身元のほうは、って・・・君、前に見たことあるだろう?黒部宇奈月温泉でさ。オリビアだよ。オリビア・ステラ。前に話したじゃないか。『オリビアを(そそのか)して教会に近付き君の情報を奪おうとした』ってさ。彼女は教会の信徒だよ。それも、教会最強の武闘派集団、『十二使徒』の末席、『鋼拳のオリビア』さ。」


 ・・・なん・・・だと・・・。

 よりによってなんて人間を(おさむ)殿に紹介してくれたんだ。


 しかも、「十二使徒」だと?

 何人か殺したことがあるが、思いっきり危険人物じゃないか!

 (おさむ)殿だけじゃない!千弦も参加する気になっているんだぞ!


「この、おバカぁ!」


 思わず語彙(ボキャブラリ)が枯渇してしまうが、そんなことは言ってられない。すぐに対策をしないと!

 慌てて階段を駆け下りる私の後ろで、エルリックが何かをつぶやいたようだが、自分の足音で聞こえなかった。


「・・・仄香(ほのか)。だから、僕はちゃんと「オリビアを(そそのか)した」といってるんだが・・・?」


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 最近、お昼休みになると必ず(おさむ)君と中庭でお弁当を食べることにしている。

 琴音たちは気を使っているのか、お昼に誘われることはなくなった。


 今日も二人でゆっくりお弁当を食べようと思っていたら、なぜか仄香(ほのか)が来て今度の日曜日の予定を聞いていったよ。


 (おさむ)君の話によれば、幕張メッセで開かれるイベントにディーラーとして参加するらしい。

 つまり、彼が作った造形物を販売するのだそうだ。


 当日、売り子をしてくれる予定だった彼の従兄弟とその友人が急遽参加できなくなったらしく、売り子を探していたらしいんだけど、ガドガン先生が紹介してくれた女性と、その人が連れてくる女の子が売り子をやってくれるんだそうだ。


 なんで私に声をかけてくれなかったのよ。

 ・・・と聞いたところ、ディーラー参加はかなりの重労働なんだそうな。

 普通なら、給料をもらわないとやってられないほど忙しいらしく、また、私の趣味に合うものではないので声をかけられなかったんだって。


 もう、遠慮なんてしなくてもいいのにさ。


 彼に聞いたところ、イベントには一般参加という方法もあるらしいので、普通にチケットを買っていくことにした。くっ。3500円・・・少しきついわね。仕方がない。お年玉から出すか。


 一緒に行くか琴音に聞いたら、「私はオタクじゃない」と断られてしまった。

 まあ、たまには別行動もいいでしょ。


 一日の授業が終わり、委員会や部活がない生徒たちはみな下校していく。


「千弦。また明日。それと、ワン〇―フェス〇ィバルの一般チケット代くらいなら貸すぞ?」


 (おさむ)君はそう言ってくれたけど、私はデートするならワリカン派だ。


 だって私の彼に対する「好き」という気持ちと、彼が私のことを「好き」という気持ちは等価であるはずだから。


「大丈夫、まだお年玉が残っているから。それより、浮気すんなよ~?」


 私の言葉に反応したクラス女子たちに軽く目配せをしながら教室を出る。

 彼は、今日は図書委員の仕事があると言っていたっけ。


 校門まで来ると、仄香(ほのか)が待っていてくれた。

 琴音と咲間さん(サクまん)は・・・ああ、今日は委員会の活動日だって言ってたっけ。


 仄香(ほのか)の帰宅方向は全く違うので西日暮里駅までしか一緒にいられないが、念話のイヤーカフがあるので今のうちに今夜の予定や相談したい内容を確認しておくだけで足りてしまう。


「ねえ、仄香(ほのか)。今日、お昼休み中に(おさむ)君の日曜日の予定を聞きに来てたじゃん?あれ、どうかしたの?」


「ああ、少し厄介なことになった。黒部宇奈月温泉でエルリックが連れていた女を知っているか?」


「ええと、オリビアさんだっけ?たしか、教会の。あの時はマフラーを巻いてたし、ブランド物のサングラスをしていたから顔は覚えていないけど。それがどうしたの?」


「なんの理由かは知らないが、レヴィという偽名を名乗って(おさむ)殿に接触しているらしい。詳しいことは今夜、念話で説明する。最悪、遥香の中に私がいることがバレている可能性もある。だがいきなり殺すわけにもいかん。慎重にいくぞ。」


 え?(おさむ)君の出店の売り子をしているレヴィさんがオリビアさん?

 なんで(おさむ)君のところに?


 遥香の中に仄香(ほのか)がいることがバレた?

 そ、それって、どうするの!?


 遥香の平穏な生活が全部なくなっちゃうじゃない!

 遙一郎さんや香織さんと親子で平和に過ごすことができなくなっちゃうじゃない!


 いや、ちょっと待って。私、(おさむ)君に自分が魔術師だなんて言ってない。

 もしそれが理由で嫌われたら?いや、その前に(おさむ)君の身に何かあったら?

 

 悶々としたまま仄香(ほのか)と別れ、山手線に乗る。


 あれ?でも、レヴィって、オリビアの愛称よね?偽名っていうのはちょっと違うんじゃ?

 純粋にイベントを楽しんでいるだけなんじゃ?


 ・・・希望的観測はやめよう。最悪の場合、仄香(ほのか)に代わって私が戦闘する必要があるだろう。

 教会という、何世紀にもわたって魔女と敵対し続けられる組織を相手にすると思うと、背筋が凍り付く思いだ。


 魔力貯蔵装置(バッテリー)自動詠唱機構(オートチャンター)、使い慣れた術式・・・果たしてそれだけで足りるだろうか。


 足りるはずがない。

 これは・・・いよいよあの本に書かれていた、魔力総量の底上げを試す時が来たのかもしれない。


 ◇  ◇  ◇


 帰宅し、自分の部屋で机の中から術式ノートを取り出す。

 このノートもすでに十冊以上になった。


 初めのころは子供の落書きのようなものだったが、小学校二年生の夏ごろから一年間ほど書かなかっただけで、それ以降は常に書き続けている。


 一番新しいノートの一番新しいページを開く。


 魔力総量の増強方法。あの本の悪魔に記されていた、誰も思いつかない方法。

 それは人工的に構築した霊的基質を、自分の霊的基質につぎ足す術式。


 普通、そんなことをすれば自分の霊的基質が破損し、仄香(ほのか)が言うところの人格情報と記憶情報が揮発して死に至る。


 だが、あの本にはそれを防ぐ方法が記載されていた。

 ・・・昔から一度見たものは忘れにくいという癖があったけど、こんなところで役に立つとは思わなかった。


 あの悪夢、いや悪夢の直前から目覚めてすぐノートに記録しておいたその術式、あるいは魔法陣を、何度も読み込み、理論立てて考える。


 私の知っている限りの魔術知識では、この術式の理論に破綻はない。

 

「・・・まずは、下準備から始めよう。ガドガン先生の髪の毛。・・・それと、台湾旅行で汚した部屋の隅に落ちてた、仄香(ほのか)の血液と、二号さんの背中を切った時の青い血が付いたハンカチ。」


 通常であれば一番手に入らないであろう材料が真っ先に集まるとは。

 まるで、目に見えない誰かが私の行く先を舗装しているようだ。

 だが、術式の完成には最低でも4日はかかる。かなりギリギリだ。


 ・・・今週は、長い一週間になりそうだ。


 ◇  ◇  ◇


 オリビア・ステラ


 昨日殲滅した鳴老組とその構成員について、報告書をまとめる。

 報告書といっても、5W1Hを記載した簡単なものだ。


 早速メールにて提出を行ったところ、聖女(マーリー)様はお勤めをされているという。

 普段の巡回ルートからすると、横須賀市にある孤児院だろう。


 たしか、あの孤児院付属の教会は、アプスーとかいう司教・・・いや、大司教か?とにかく間違った報告を信じて指示をした結果、魔女ではない少女を襲撃するという不祥事を起こした信徒がいたんだっけ。


 その少女は魔導士だったらしく、重傷を負いながらも送り込まれた信徒を返り討ちにしたらしい。


 普通なら、魔女狩りをする信徒、そしてペアにされたアンデッドを返り討ちにできるほどの魔導士がそうゴロゴロといるはずはないのだが、横っ腹に聖釘(アンカー)を刺されたまま魔法を使い、自力でそれを引き抜いたというのだから魔女でないことは確実だ。


 丸一日空いてしまったので、聖女(マーリー)様がお勤めをしているであろう孤児院に向かうことにした。


 横須賀中央駅を出て港に向かって15分ほど歩くと、孤児院の入り口が見えてきた。


 すぐ近くに百年以上前の軍艦を模した建物が建っている。

 ・・・三笠記念公園?よくできているな。まるで本物のようだ。


 扉を押すとカギがかかっていなかったのか、音もなく扉が開く。

 だが、孤児院の中は静まり返っている。本来ならば子供たちの声が聞こえる時間のはずなんだが、午睡でもしているのだろうか。


「こんにちは。オリビアです。・・・誰かいますか?」


 扉を開け、中を覗き込みながら声をかけるが、何も応答がない。

 玄関ホールから続く廊下には、ぬいぐるみや積み木が散乱している。


 ほこりが積もっている様子はない。

 掃除は行き届いているようだ。

 だが、人の気配がない。


 明らかな異常を感じた私は、壁を背にしながらゆっくりと詠唱を始める。


「・・・強さ(クラトス)勝利(ニーケー)暴力(ビアー)鼓舞(ゼーロス)()()()()()()()()()()()()()()鍛冶神(へパイトス)()()()()勇者(プロメテウス)()()()()()()()()()()(かいな)()()(こぶし)()宿()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 私は器用ではない。他の十二使徒と違い、身体強化と回復治癒魔法しか使えない。

 もっとも、生来の体質により、視覚や聴覚が非常に高く、同時に催眠や魅了といった精神操作系や、生物・化学兵器に対する耐性がずば抜けて高いが・・・。


 ゆっくりと廊下を進む。

 シスターが常駐しているはずの詰め所も不在だ。


 最後に礼拝堂のドアに手をかけようとしたところ、中から人の足音が聞こえた。

 ・・・階段を下りる音?礼拝堂内で?


 注意深く、ゆっくりとドアを開ける。

 中には・・・誰もいない?

 いや、祭壇の後ろから風の音がする?


 足音を殺して祭壇に近寄ると、その後ろには隠し階段が開かれていた。

 階段を静かに下ると、ドアの向こうに研究室のような部屋があり、隙間から覗き込むと中から複数の人間の話し声が聞こえた。


「・・・やっと十分な人数がそろったな。では、聖女(マーリー)様、こちらへ。」

 白衣を着た男たちの一人が、機械の前に立ち、近くにいる女性を案内する。


「それにしても技術の進歩はすさまじいですね。以前は生きたままでなければ抽出できなかったのですが、今は死んでから24時間以内であれば魔力が劣化しないなんて。麻酔や睡眠薬は調整が難しかったから助かります。」


 あれは・・・聖女様?そして台の上に並んだ容器に収められているのは子供たち?

 それも、遺体だと!?


 聖女(マーリー)様、何をやっておられるのか!

 思わず飛び出しそうになる衝動を抑え、物陰からその様子を見続ける。


「やはり子供はいいですね。人数当たりの効率が非常によろしい。・・・酒々井(しすい)。進捗はどれくらいですか?」


「処理率85%を超えました。人工魔力結晶はこの孤児院だけで合計10キロほど精製が終わりましたよ。もうここも店じまいですかね。」


 酒々井(しすい)と呼ばれた男が機械の扉を開け、中から取り出した紅い結晶を聖女(マーリー)様に手渡すと、彼女は満足そうにそれを箱に入れた。


 そしてそのまま研究室から出ようとこちらに向かって歩き始めた。

 私は慌てて近くの壁を掴み身体を持ち上げて、指の力だけで天井に張り付く。

 少量のコンクリート片が床に散らばる。

 

「ん?この施設もかなり古くなってきましたね。取り壊しはいつになります?」


「抽出が完了次第、直ちに取り掛かります。おそらくは週末までには。それと新しい施設の建設も順調です。」


「そう。次は長崎、・・・佐世保だったかしら?最近この国の上層部が魔女とつながったという噂があるから気を付けるように。じゃあね。」


 聖女(マーリー)様とお付きの女性武官は、階段を上っていく。

 酒々井(しすい)と呼ばれていた男とその取り巻きは研究室に戻っていった。


 左手だけの力で音がしないように注意しながら床に降り立つ。

 ・・・十二使徒の末席に加わってから約一年。


 幼少時に教会に拾われ、育てられた恩を返そうと頑張ってきた。

 だが、この教会は・・・。

 そして、私がいた孤児院が取り潰されたのは・・・。

 トゥールーズの孤児院でともに笑いあった友人たちは?ジャンは?ルイーズは?


 黒い感情が沸き上がる。

 私はその感情のまま研究室のドアに手をかけた。


「何かお忘れですかな?聖女(マーリー)様。・・・貴様。誰だ?」


 研究員の一人が振り向き、私の顔を見て誰何(すいか)する。


 私はポケットから教会のシンボルを取り出し、答える。

「・・・私は教会の十二使徒の一人。鋼拳のオリビアです。」


「・・・なんだ、十二使徒の方でしたか。何か御用で?聖女(マーリー)様なら今お帰りになりましたよ。」


 隠す様子も慌てる様子もない。そうか、知らぬは私ばかりなり。か。

 腰の雑嚢を開き、認識阻害と通信妨害術式を起動する。


「・・・資料の確認に来ました。今までに犠牲になった人間の記録はどこですか?」


「犠牲に?ああ、材料のことですか。それならそこの棚にありますよ。」


 酒々井(しすい)という男が指さす先にある棚に、背表紙に「材料(Material)」と記されたファイルを見つける。


 ファイルは・・・アルファベット順か。JとLは・・・あった。

 ジャン・コレット。処理済み(Processed)

 ルイーズ・ティエリー。処 理 (Not) 対象外(Applicable)

 


「犠牲、ねぇ?ああ、さすがは使徒の方。上手い言い回しですね。尊い犠牲というやつですか。詩的ですねぇ。さすが、ステラの名を賜った方々だ。」


 酒々井の言葉に、私の中でプツンっと何かが切れた音が聞こえた気がした。


「私の名前は・・・私の名前は!・・・オリビア・フォンティーヌだぁ!!」


 叫ぶと同時に一瞬で酒々井(しすい)の懐に潜り込み、フルパワーの身体強化をかけた状態で胸ぐらをつかみ、持ち上げ、床にたたきつける。


「なにを!?ぐぎゃ!!」


 酒々井(しすい)は何かを言いかけたが、言葉の途中で床の赤い染みになった。

 ゆらりと頭を上げ、周囲をにらむ。


 1人、2人、3人、4人。

 さらに物陰に後2人。

 一人は黒い短杖を持っている。もう片方は・・・女のアンデッドか。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 床で唸りを上げる高さ1メートルくらいの金属の箱を蹴り上げ、壁際の白衣の女に叩き込む。


「ひぃ!」


 女は悲鳴を上げようとしたが、金属の箱と一緒に轟音を上げて木っ端みじんとなった。


「貴様!何者だ!まさか、使徒様のシンボルを盗んだのか!」


 眼鏡をかけた男が金切り声を上げている。

 うるさい。くだらないことを言っている暇があったら死ね。

 女をつぶして砕け散った破片が床に落ちる前に、その男の胸板に左手の指を差し込み、あばら骨と胸骨を掴む。


 そしてそのまま、あっけにとられて動けなくなっている別の研究者に向けて叩き込む。

 衝突した二人の男は空中に赤い液体をまき散らしながら、壁際の機械を巻き込んで肉塊となった。


 左手には男の胸骨だったものが残っている。

 床に叩き捨て、次の獲物を狙う。


「ひ、ひぃ!た、助けて!」


 床をはいずりながら逃げる研究者の前に、黒い短杖を構えた男の魔法使いと、女のアンデッドが立ちふさがる。


「お前、まさか本物の鋼拳か!?なんで十二使徒ともあろう者が信徒を襲うんだ!?」


 目を丸くしてそう叫ぶ男をかばうように女のアンデッドが前に立つ。


「・・・問答無用。」


 魔法使いだったら今の問答の前に詠唱をするべきだ。

 私をアンデッド程度で止められると思うな。


 立ちふさがるアンデッドの額を右手で掴み、床に引きずり倒す。

 轟音とともに床が崩れ、めくれ上がる。


 ・・・!さすがはアンデッド。今ので首がもげないとは。


 額にめり込んだ指をはがそうともがくアンデッドの胸のあたりに左手を添え、心臓のあたりを鷲掴みにしながら天井にたたきつける。

 そして、床、天井、壁、床、天井・・・。


 叩きつけるたびにアンデッドの部品がちぎれ、つぶれ、砕けていく。


「エストリエ!くそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(きざ)()(むさぼ)()()()()!」


 エストリエ。このアンデッドの名前か。それに随分と手入れされていたところを見ると、恋人代わりにでもしていたか?


 すでに肉塊となり、屍霊術(ネクロマンシー)の術式をズタズタにされているにもかかわらず、エストリエは残された片腕と片足で私に抱き着く。


 それを見た魔法使いの男は、唇を噛みながらエストリエもろとも私に向けて風の刃を叩き込んだ。


 だが・・・甘い。

 身体強化のみで十二使徒に選ばれた私に、神聖魔法で作った風刃なんぞが効くものか!


 胸いっぱいに吸い込んだ息を、強化した横隔膜、そして肋間筋や腹直筋などで叩き出す。


「ゴォァ!」


 轟音を伴う吐息はいくつもの棚やモニターをなぎ倒し、風の刃を蹴散らしながら、まとわりついたアンデッドの手足を引き千切り、さらには魔法使いの男を襲う。


 目に見えぬ音の波が直撃した魔法使いの男は目や耳、鼻から血を吹き出し、白目をむいてその場に崩れ落ちた。


「あと一人。・・・ほら、向かってこい。他人の命を踏みつぶしても平気なくせに、自分だけは踏みつぶされないとでも思ったか。」


 部屋の片隅で命乞いをする男の研究者を見下ろし、そう告げるが男は命乞いを続けるばかりだ。

 ふん。お前は命乞いをする子供を何人殺した。それとも、それすら許さなかったか?


 我ながらくだらないことを。さっき、「問答無用」といったばかりではないか。

 はいずって逃げようとする男を背中から蹴飛ばし、頭を踏みつぶす。


 ・・・賽は投げられた。ルビコン川を渡ってしまったカエサルではないが、教会に敵対してしまった。


 だが、ルイーズは生きているかもしれない。教会に潜り込み続け、彼女の行方を調べなくては。


 その場に転がった人間が間違いなく絶命しているかを確認し、少しでも怪しければその首がちぎれるまでひねっておく。


 最後に、雑嚢から一枚の術札を取り出す。

 使うのは当然、常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式だ。


 出力は最低にセット。発動時間は・・・20分でいいか。


 階段を上り、無人となった孤児院を後にする。

 コートを脱がずに戦ってしまった。いたるところに返り血がついている。

 だが、認識阻害術式のおかげで道行く人間はこちらに一切気付かない。


 ガドガン卿のところによって着替えを借りよう。

 たしか、一階にはコインランドリーがあったはずだ。


 横須賀中央駅まで戻り、列車の到着を待っているとき、先ほどの軍艦型の建物があった近くから放たれた光が空に浮かぶ雲をオレンジ色に染め上げているのが見えた。



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