142 自動詠唱機構
2月1日(土)
黒川 早苗
昨日に引き続き、今日も琴音さんたち二人の警護を行っている。
幸い、今日はお昼過ぎまで自宅で二人とも勉強する予定だそうだ。
琴音さんが気を利かせて今日の予定を事前に教えてくれたので、ずいぶんと警護が楽になった。
・・・高校生ってもう三学期の期末テストの準備を始めるのね。私たちの時代とは大違いだわ。
それにしても、やっと第二公安機動捜査隊に戻れると思ったのに・・・。
これまでは、公安の調査対象となっている過激派暴力集団、通称「教会」の内偵と、「教会」が敵対し、かつ、アメリカでさえ手出しができないという史上最強の「魔女」とのパイプを作ることが私たちの任務だった。
前者については、協会の技術系統の代表である黒い短杖の現物とその使い方、そして屍霊術の技術とその現物であるアンデッドを入手することが目的であったため、任務のほとんどを完了することができた。
あとはクドラクの遺体の解析を待つのみだ。
後者については、完全に手詰まりとなっていたところ、なんと魔女のほうから総理に直接の接触があったという。
初めてみた魔女の姿は、極秘資料として閲覧のみを許された写真に写る姿とまったく同じであった。
・・・右の瞳の色がサファイアブルーというよりもバイオレットに見えたが、より珍しい色だし、そもそも、魔女は自分自身の身体に何らかの改造を施している可能性が高いとの報告もあったことだ。
彼女が魔女ではない可能性はないだろう。
また、室長から聞くところによると、その接触の際に総理と魔女は縁戚関係にあることが判明したそうだ。
そして、これまでの調査から判明していることとして、魔女は自分の血縁関係にある者に対して、彼らが魔女の流儀に反しない限り、無制限の庇護を与えるという。
・・・無制限の庇護・・・。
魔女の伝説は枚挙のいとまがない。
曰く、かつての白頭山を裾野から抉り取り、あるいは単独で衛星軌道上の小惑星を消し飛ばし、複数の常温常圧窒素酸化触媒術式弾頭のミサイルの直撃で傷一つつかず、ソマリアの半分を異界に沈めたという超級の魔力災害もものともしない。
どこのスーパーマンだっての。単独で世界を相手に戦えそうだわ。
そんなモノが無制限の庇護を与えるだって?
世界の軍事バランスを崩すつもりか。
思わず背筋がぶるっとしてしまう。
「早苗。集中しろ。まだ二日目だぞ。」
車の窓から双眼鏡で琴音さんの部屋の様子を見ていると、助手席で太田警部が私の脇腹を突っつく。
「あんたはずっと寝てたからいいけど、私は寝てないのよぉ。昨日は琴音さんと結構遅くまでLINEしたからぁ。」
「LINEって、おまえ・・・。ああ、そういえば今日の午後、警護対象と直接合流して食べ歩きをするんだってな。室長が頭抱えてたぞ?」
「いいじゃない。密着して護衛できるんだから。太田警部。あなたは離れたところでの警護を命じます。よろしくねぇ。」
「ぐ、・・・上官命令とあらば仕方がない、了解しましたよ警視殿。」
ま、無線でいつでも呼び出せるようにしておいてあげるから、警護任務としては楽な方ね。
◇ ◇ ◇
午後3時を少し回ったころ、琴音さんと千弦さんの二人が自宅の玄関を開けて出てきた。
いつも思うけど、この二人、本当に区別がつかないな。
今日はそれぞれが全然趣が違う服を着てくれているからわかるんだけど・・・。
「お久しぶりです。黒川さん。琴音の病室で会って以来・・・あ、下北半島でも会ったんでしたっけ。」
途中まで言いかけてから、脇腹をつつかれて慌てて言い直しているところを見ると、結構忘れっぽいのかもしれない。
眼鏡をかけず、迷彩柄のスカートを着ている方が千弦さんね。
っていうか、迷彩柄のセーラー服なんて初めて見たわよ。
「すいません、姉さんまでついてきちゃって。ほら、姉さん、今日は一日警護もしてくれるんだから、そのお礼も言わないと。」
「あはは、千弦さんほど強ければ私たちの警護もいらないと思うけどねぇ。でも、私たちは一応本職だから大船に乗ったつもりでいてね。さ、今日はこの前行きそびれた、表参道にオープンしたお店にスイーツを食べに行くわよぉ。」
そういえば、今日はあの杖を持っていないのか。
以前下北で会ったときは、二本の杖を持っていたっけ。
金銀細工で縁取りがあり、色とりどりの宝石で飾り付けられ、いたるところに不思議な紋様と光の環が回る、いかにも強力そうな漆黒の杖。
そして、いくつもの無骨な円盤と、人間の背骨のようなものががあしらわれ、持っただけで呪われそうな木製の長い杖。
ずいぶんと趣味の異なる杖を持っていたけど、今日は持っていないのかしら。
「今日は電車で行くんですか?」
「大丈夫よぉ。ちゃんと車で来てるってば。そこのコインパーキングよぉ。」
せっかく警護対象と同行できるのだ。警護しづらい電車など使うものか。
それに、私の車はちょっとした仕掛けもあるから、そこら辺の車に比べると結構安全なはずだ。
RX8に3人で乗り込み、助手席には琴音さん、後部座席に千弦さんが乗り込む。
・・・?千弦さん、この車に下北半島で乗ったことがあるはずなんだけど、妙にそわそわしてるわね。
ロールバーのエンブレムとか、シートに施された刻印とか、特別仕様の部分を見るたびに興奮してるみたいだけど。
まあ、いいわ。前回はきっと旅行中で疲れちゃってたんでしょう。
◇ ◇ ◇
15分ほどさかのぼる。
南雲 千弦
いつの間に仲が良くなったか知らないけど、琴音が内閣調査室の黒川さんという人と時々食べ歩きに行ってるのは聞いていた。
う~ん。そういえば新宿御苑でかなり派手にドンパチやったからなぁ。
仄香から実は教会に潜入していただけの警察官?って聞いてびっくりしたよ。
それにしても内閣調査室って・・・九重の爺様の部下か?
それに、階級が警視だって?バリバリのキャリア組じゃん!?
茶髪にピアスなんてしてるから、どこぞのチンピラ姉ちゃんだと思ってたよ。
っていうか、私、黒川さんのこと殺しかけた記憶があるんだけど?
師匠が作ったP90でハチの巣にしかけたけど、それはいいんだろうか。
「ほら、姉さん。そろそろ黒川さんが来るよ。打合せどおりにして、変なことは言わないでね。」
「わかったわよ。っていうか、一丁も銃を持てないとか、まったく落ち着かないんだけど?」
「仕方がないじゃん。相手は警察官だよ?エアガンなんて持ってちゃダメでしょ。」
ぐ、ぐぅぅぅ!
朝から身体検査と称して延々と体中をまさぐられて、L9もGlock42も取り上げられてしまった。
スカートの中だけでなく、ブラジャーの中に隠したTAURUS CURVEまでバレちゃったよ。
っていうか、すでにP90を見られてるのに、いまさら何を言ってるのよ。
それに、私は琴音と違って根っからの魔法使いじゃないから、魔力貯蔵装置があったって雷撃魔法と轟雷魔法くらいしか使えないんだっつうの。
まったく、昨日のうちに新兵器を作っておいて正解だった。
肝心かなめの魔力増強の方は間に合わなかったけどな。
琴音にばれないように右手につけた無地のウッドカラーのブレスレットをなでる。
実験無しでいきなり実戦に投入することがないよう、祈るばかりだよ。
「あ、黒川さんからだ。もう玄関前についたって。ほら、いくよ。」
むう。ほとんど丸腰なんだからしっかり守ってくださいよ、黒川さん。
◇ ◇ ◇
表参道のコインパーキングに車をとめ、スイーツのお店まで歩く。
それにしても、黒川さん、いい車に乗ってるな。
RX8の特別仕様車だ。オープンカーなんて初めて見たよ。
ルーフはハードトップが閉まっていたけどね。
宗一郎伯父さんと話が弾みそうだな。
やたらと格調が高そうなお店のドアをくぐると、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
うわ、ヤバイ。唾液が止まらないんですけど?
「二人のお爺様に今日のことを話したら、おこづかいとして結構な額をもらったのよぉ。おつりが出たら返さなくてもいいって言われたけど、ウチの室長がうるさいから返さなきゃならないの。だから、今日はギリギリまで攻めるわよぉ!」
九重の爺様がポンと渡す金額っていえば、どうせ帯付き(札束)二つか三つくらいはいくだろう。
そんなに食べたら何キロ走り込みをすればいいんだか。
っていうか、私が師匠のところで訓練をして帰ると、なぜか琴音の体脂肪率まで下がるのよね。
なんかズルくない?
・・・4時間くらいかけて何件ものスイーツショップをめぐることになってしまった。
うぅ・・・口の中が甘い。時々ミント味を挟む理由がわかった気がするよ。
今夜は晩御飯が入らないような気がする。母さんに怒られるかもしれない。
そろそろお開きだということで車に戻ろうとしたとき、黒川さんの雰囲気が突然変わった。
「琴音さん、千弦さん。こっちへ。・・・太田。目標、3名。12時、1時、1時半。狙撃に注意。」
ザザっという音がして、男性の声が続いた。
「太田了解。池谷、岸部が展開中。・・・直ちに退避されたし。こちら、接敵しておさえる。」
黒川さんが身をひるがえして私たちの手を引き、歩道橋の陰にある、植え込みが多い小道に入り込んだ瞬間、数人の男たちがその前に立ちふさがった。
「ちっ!こっちにもいたか!太田!池谷!そっちは任せた!岸部!こっちの応援を!旧渋谷川遊歩道路!新たな目標4名!」
男たちはそれぞれデザインの違う帽子に、白いマスク、あるいはマフラーで顔を隠しており、その手には消音銃が握られている。
一斉にこちらに向けて発砲。だが、琴音が既の所でリングシールドを展開する。
緑色の障壁にばらばらと何かがはじける音がした。
いくらサプレッサーがついた銃だからって、こんな街中でぶっぱなすとは。
「ガイアよ!万物の揺り籠を押すものよ!汝が愛しき神子を悪しき獣の牙から守り給え!」
黒川さんが魔法を行使する。
一瞬で盛り上がった、コンクリートを含む土砂が相手の銃弾を跳ね返し、同時に相手との間に障害となる堀を形成する。
「何!こいつ、超能力者か!?」
男たちが騒いでいる。
いや、超能力者って。SFアニメじゃないんだからさ。
そんな非科学的なもんいるわけないじゃない。
「おい、どうする!こんなのきいてないぞ!」
別の男が騒いでる。
「ガイアよ!大いなるわれらが母よ!汝が慈悲深き叱責を以て豎子悪童を打ち据え給え!」
轟音とともにめくれ上がったアスファルトが握り拳大の礫となり、風を切る音とともに男たちの体を打ち据える。
お、一人の顔面にもろに入った。
はは、後ろ向きに吹っ飛んでガードレールに後頭部をぶつけてやんの。
うわ、一瞬で形勢が逆転した。黒川さん、結構強いじゃん。
っていうか、よく私、勝てたな。
・・・ん?サプレッサー付きとはいえ、妙に威力が低いな。
これは・・・非殺傷か。だとすると誘拐目的だな。
・・・誘拐?また?
自分でも気が付かないほど一瞬で、頭に血が上る。
また、あの思いを?今度は琴音にも?
反射的に右手のブレスレットのプレート部分をなでる。
「・・・自動詠唱。2−1−3。4−2−0。実行。」
ブレスレットに備え付けられたマイクが私の声を認識すると、プレートの中央が淡く光り、側面のスピーカーが人間には発音できないほど高速の音声を奏でる。
機械音声の後、晴天にもかかわらず、爆発音とともに三筋の雷が男たちの頭に降り注ぐ。
間髪入れず、雷光と砂塵をまとった旋風が立ち上がり、男たちを切り刻む。
風がおさまったときには、その場に全身の衣類をはぎ取られ、ところどころ焼け焦げて意識を失った三人の男が転がっていた。
「・・・うわ、千弦さん、今のってもしかして無詠唱?それも二種類の魔法を同時に使うなんて・・・。もしかして、あなた、本当は魔女なんじゃないのぉ・・・?」
「いや、今のは完全に子供だましみたいなものなので・・・。」
今おこなったのは、背中にある魔力貯蔵装置内の魔力を用いて、ブレスレットに刻んだ術式と内蔵したマイコンを併用して機械的に構築した呪文の詠唱を、私の体の魔力回路に最適化し、私の声を合成した音声で出力しただけだ。
魔女の用いる魔法に比べれば、いや、黒川さんの土系、おそらくは神聖魔法に比べても完全に子供だましのような方法だ。
っていうか、ガドガン先生の高速詠唱と仄香から聞いた呪縄印を組み合わせたものをコンピューター上で再現した音声をスピーカーで再現しただけだしね。
「とりあえず襲撃はこれだけのようねぇ。とはいえ、7人っていうことは、かなり大規模だわぁ。おそらく、連中にもバックアップがいるでしょうねぇ。・・・池谷。現場の処理を所轄に引き継げ。岸部。周囲を再確認。」
少し離れたところから、太田さんが声をかけてきた。
「近くに不審車両を発見したらしい。俺はそいつを追う。この場は任せてもいいか?」
黒川さんはこちらをちらりと見た後、自信たっぷりに言った。
「大丈夫よぉ。守りだけなら任せなさい。今回、私は守りだけに集中できそうなのよねぇ。」
・・・だから、子供だましだって言ってんだろ。
◇ ◇ ◇
太田 武光(太田警部)
九重総理の孫娘である南雲姉妹の警護を引き受けた時は、早苗と二人で親馬鹿ならぬ爺馬鹿かと笑ったものだ。
昏睡から覚め、まだ一週間程度しかたっていないのにいきなり警護任務に駆り出されたときは、ずいぶんと上司やこの仕事を恨んだものだが、女子高生二人の警護であれば、実質休暇みたいなものだとも思っていた。
実際、早苗は警護対象と一緒にスイーツの食べ歩きに行ってしまうような状況だったしな。
それに警護対象と警護者が同行している以上、いきなり襲ってくる馬鹿もいないだろうと高をくくっていたが・・・。
あくびを噛み殺し、早苗の後をつけて歩いていると、雑音とともにインカムから早苗の緊張した声が聞こえた。
「・・・太田。目標、3名。12時、1時、1時半。狙撃に注意。」
おいおい、この状況で襲ってくるとか、まさか、相手は素人だったのか?
一瞬で目が覚め、早苗から預かった呪符を引き抜く。
狙撃は・・・ビルが多い、長距離の狙撃は難しい。
正面に3名。懐に手を入れている男が1名、カバンに手を突っ込んでいる男が2名。
サイズ的にナイフ1、拳銃または短機関銃2か?
早苗たちへの接触を阻み、彼女たちの退路を確保するため、接敵。
可能であれば捕縛。
道の向こうに同僚の池谷、岸部の姿を確認し、早苗に無線を送る。
「太田了解。池谷、岸部が展開中。・・・接敵する。」
こちらが駆け出すと、それに気づいた男たちはいっせいに武器を引き抜く。
おいおい、ここは表参道、それも休日の昼間だぞ?
サプレッサー付き45口径の自動拳銃、そしてリボルバーにサプレッサー?
ナガンリボルバーか?だとしたらまた、ずいぶんと古いシロモノを・・・。
バスっという、くぐもった音。
馬鹿が!撃ちやがった!
通行人が多い!今の弾は人をそれたが、これ以上の発砲を許せば被害者が出る!
インカムから早苗の声が響く。
「ちっ!こっちにもいたか!太田!池谷!そっちは任せた!岸部!こっちの応援を!旧渋谷川遊歩道路!新たな目標4名!」
くそ、退路側にもいやがったか。
「岸部!行け!池谷!バックアップ!」
岸部が細い道に飛び込むのを横目に、早苗の呪符を右手の人差し指と中指で挟み、魔力を拝借する。
おれには魔力なんてないからな。早苗の魔力をためた呪符で代用するしかないのさ。
「ノウマクサンマンダ・バザラダン・カン!」
対象を視界に収め、両手で剣印を切り、不動明王呪、すなわち不動縛鎖の術を発動する。
刹那、大地から何本もの光の鎖が現れ、拳銃を持った二人の体をがんじがらめに縛りあげた。
「ウグァ!な、なんだ、動けない!」
「池谷!二人を確保!あと一人!・・・オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ!」
二枚目の呪符を引き抜き、魔力を借りて檀茶印を結ぶ。大威徳明王呪を唱え、死神をも降すという、法力の刃を叩き込む。
山刀のような刃物を持った男は、まっすぐに襲い掛かった赤い光の刃に打たれてそのまま動かなくなった。
早苗の方はどうなった!
と思ったとたん、轟音とともに道路がめくれ上がる音が聞こえた。
ああ、土壁魔法か岩石砲を使ったな。
・・・こりゃあ、始末書かな。
ま、今に始まったことじゃない。
さて、加勢をするか、と思って小路に飛び込む。
そこで見たのは、警護対象の片方、千弦という少女が無言で右手を男たちにかざしたところだった。
魔法の詠唱もせず、口を真一文字に結んだまま男たちをにらみつけている。
そして次の瞬間、轟音とともに落ちた青白く光る三本の雷と、周囲の木々を切り刻みながら荒れ狂う旋風。
そして暴風が収まった後に見たものは、半裸になり、体のいたるところから煙を上げて横たわる三人の男だった。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
せっかくの休日だってのに、結構な人数の男に襲撃されてるし。
っていうか、私たちの身の回りが去年の夏ごろから妙にざわついてる気がする。
それにしても、今、姉さん、詠唱してなかったよね?
「ねえ、姉さん。今、無詠唱で魔法、使ってないよね。精神のほう、大丈夫?」
「精神のほう大丈夫って・・・人をキチ〇イみたいに言わないでよ。ほら、これ。こんなこともあろうかと、新兵器を作っておいたのよ。」
姉さんの右手には、肌と同じくらいの色のプラスチック製のブレスレットのようなものが巻かれていた。
「なにこれ?あんまりオシャレじゃないけど?これが新兵器?」
「ふふ〜ん、おしゃれさよりも実用性よ。これはね。自動詠唱機構っていうのよ。術式とマイコンの両方を融合した画期的な装置なんだから。」
なんだって?術式と、マイコンを融合した?それって、魔法と科学の合成?
そんなこと可能なの?聞いたことないんですけど!?
「・・・それ、私でも使えるの?」
「あ、そうそう。琴音の分も作ったんだっけ。でも、入力コマンドを全部覚えるのが結構大変なのよね。完成したのが朝方だったから渡しそびれたのよ。うちに帰ったら説明してあげるから。はい。とりあえず現物ね。」
黒川さんの後を小走りにかけながら、姉さんからブレスレットのようなものを受け取る。
プラスチックのような木の白木のような、不思議な素材で作られたそれは、幅2センチ、長さ5センチくらいの湾曲したプレートに 金属製の時計によく似た構造の同じ素材のバンドをつけたものだ。
プレートの中央には、放射状の稲妻のような半透明なパーツが血のような輝きを放っている。
「琴音さん、千弦さん!車に乗って!安全なところまで移動するわよぉ!」
コインパーキングの駐車場に駆け込み、黒川さんがスマホで素早く電子決済を行う。
今度は姉さんが助手席、私が後部座席に乗り込んだ。
「二人とも!どこもケガはない!?流れ弾に当たったりしてない!?」
黒川さんがエンジンをかけながら私たちの身体を確認する。
「あ、私は大丈夫、だと思います。姉さんは?」
「大丈夫よ。どこにも当たってないし、細菌・化学防護術式も作動してるわ。」
黒川さんは姉さんと私をちらりと見ると一度頷き、素早くパーキングから走り出した。
◇ ◇ ◇
2分ほどそのまま走った頃だろうか。大通りに入ったところで黒川さんの車は一般車両の流れに乗り始めた。
「・・・こちら黒川。二人は無事よ。このまま本庁に移動するわ。・・・それと、やつらの身柄は渋谷神宮署に引き渡して。え?現場で使った武器についての説明?いや、所轄も法律も魔法の存在を認めてないでしょう?説明なんてできないわよぉ。奴らが爆発物か何か持っていたことにでもすればいいじゃない。じゃ、あとはよろしくぅ。」
「黒川さん、さっきの連中って?っていうか、なんで私たちは襲われてるんですかね?」
「う~ん。私も詳しいことは知らないけどぉ。やっぱり総理の孫だからじゃない?あ、安心して。ご家族にも警護が張り付いてるから。」
どういうことだろう?今まで総理の孫だからって襲われたことなんてなかったのに、なぜ今になって急に?
・・・いや、政治家の孫だから誘拐されたことがあったんだっけ。
そうだ。最近姉さんの悪夢で見たばかりじゃないか。
黒川さんの言葉に、不意に押し黙ってしまっていると、助手席に座った姉さんがボソッと言った。
「琴音。私がどうなろうと、あなただけは守り切って見せる。・・・お姉さんに任せなさい。」
黒川さんの車はしばらく走った後、ドラマとかでよく見る、有名な警視庁本庁の駐車場へと入っていった。
車から降り、エレベーターに乗って2階まで上がる。
「今、二階の会議室が開いてるからね。え~と、何か飲み物を持ってくるから、ちょっと待っててくれるかしらぁ。あ、互助組合の売店は一般には公開してないのよ、何か欲しいものがあったら私に言ってくれれば買ってきてあげるわぁ。」
黒川さんはそういうと、ちょっと広めの会議室に私たちを座らせて、飲み物を取りに行ってしまった。
「う、うぅ・・・。取調室じゃないだけマシかしらね。・・・まさか、また警察の建物に来るとは。」
「姉さん。大丈夫?顔色が真っ青だよ?どこかケガしてない?」
先ほど警視庁本庁のビルが見えたころから、姉さんが急に落ち着かなくなった。
今は顔色が真っ青で、かすかに震えている。
う~ん?これは・・・回復治癒魔法で何とかなるんだろうか?とりあえず、鑑定系の魔法を・・・。
「おまたせ~。二人ともコーヒーでよかったかしらぁ。・・・あら、千弦さん、顔色が悪いわね。もしかしてまた魔力欠乏症?大間の時も今回も、ちょっとポンポン魔法を使いすぎよぉ。安全が確認できるまではここにいてもらおうと思ったけど、医務室のほうがいいかしらぁ?」
大間の時・・・あ、私の身体を動かしてる仄香が姉さんのふりをした時だっけ。一応、口裏を合わせておくか。
《姉さん、大間の時のことだけど・・・。》
《それなら、仄香から聞いて全部知ってる。それより、私、もうここにいたくない。頭の中で、さっきから、あのことが・・・。》
念話がそこまで聞こえた後、姉さんはそのまま、崩れ落ちるように後ろ向きにひっくり返り、そのまま意識を失った。