141 聖女マーリー
1月31日(金)
渋谷区猿楽町
???
東急東横線代官山駅から歩いてすぐの、とあるヨーロッパの小王国の駐日大使館の一室で、それまで着ていたエプロンドレスを脱ぎ捨てる。
部屋の隅に置かれた姿見には20歳を少し超えたぐらいだろうか、身長160センチ程度の日本人の姿が映っていたが、ファンデーションを落とし、コンタクトレンズを外してウィッグをとっていき、その姿をアジア系から北欧系へと変えていく。
「いつ見てもすばらしい変装の技術ですね。年齢まで変えられるとは。同じ人間とは思えませんよ。」
いつも私に付き従っている駐在武官の女性が、感嘆の声を上げている。
彼女は我が敬愛する教皇猊下の僕にして、我らの女神の敬虔な信徒だ。
仕事柄、様々な場所への潜入を行い続けた私としては、自分の技術よりも、むしろ化粧道具や変装グッズの進歩を称賛したいと思う。
「お世辞はいりません。それより教皇猊下からの新しい命令はありましたか?」
「猊下は変わらず瞑想を続けておられます。」
「そうですか。今回は特に長いですね。」
教皇猊下・・・サン・ジェルマン様は、ここのところしばらく、聖堂にこもったままでお出にならない。
今もなお、魔女を追うための幻視を続けてらっしゃるのだろうか。
魔女がそこら中に自分の子孫をばらまくおかげで、幻視が全くうまくいかないとぼやいてらしたが、それならばいっそのこと魔女の子孫を皆殺しにしてしまえばよいのに。
私が全ての変装を解き、エプロンドレスを脱ぎ捨てカッチリとしたスーツに着替えたころ、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「オリビアです。入ってもよろしいでしょうか。」
「入りなさい。・・・珍しいわね。十二使徒の末席とはいえ、あなたがこんな極東に来るなんて。」
オリビアと名乗る20代半ばの女はスーツに着替えた私の前で立ち止まると、片膝をつき、こうべを垂れた。
「聖女マーリー様におかれましては、ご機嫌麗しく・・・。」
「ああ、そういうのはいりませんから。それで、あなたの方の進捗は?」
「はっ。ガドガン卿の身辺を洗っておりましたが、一向に魔女と接触する要旨はありません。数人の少女にちょっかいをかけていたようですが、いずれも魔女とは思えない程度の強さだったようです。」
「そう・・・。彼は間違いなく魔女の弟子。彼がよく口にする仄香とやらが魔女の可能性が一番高かったとは思いますが、何しろ100年前のことです。どちらにせよ、今はジェーン・ドゥと呼ばれる身体を使っているようですね。」
我々教会の信徒は、不敬なことにいくつかの国からはカルト宗教、または過激派暴力団体として名指しされている。
アメリカやイギリス、日本、オーストラリアがまさにそれだ。
そこで仕方なく、移民に紛れて布教活動や諜報活動を行わざるを得ないのだが、この国で移民に不寛容な自由共和党の政策により、それすらもおぼつかなくなった。
すなわち、神敵だ。いかなる方法を用いても、我々の正義を阻む神敵は排除しなくてはならない。
その代表格である九重和彦を排除するために、10年以上の歳月をかけて丸山卓の屋敷に忍び込み、家人たちを洗脳して傀儡としていたのだが・・・。
「それにしても・・・私が潜伏していた丸山邸に行使された魔法の威力・・・おそらくは魔女のものかと。あの恐ろしいまでの魔力。今思い出しても震えが来ます。」
異様な振動を感じた瞬間、とっさに瞬間移動を行って正解だった。
神より授かった奇跡の力がなければ、今頃は塵か肉片になっているに違いない。
「やはり、丸山邸の事件は魔女によるものであると?」
目を伏せ、しばらく黙考する。
まさか、この国の中枢が魔女とつながった?だとしたら一体どのレベルまで?
「あれほどの魔法を行使できる者を、私は二人と知りません。魔女で間違いないでしょう。あれほどの広さの屋敷を同時に二つも消し飛ばせるのです。それも跡形もなく。」
丸山という人権屋、いや、正義や善意の名のもとに亡国の道を舗装し続けた愚者を失ったのは痛いが、息子の邦夫は善意など初めからなく、我らの制御を離れていた以上は、いつか切り捨てる予定だったのだ。
だが、彼らのおかげでいまだに魔女がジェーン・ドゥの身体を纏っていることが判明したのだ。
腐りかけたエサで魔女というこの上ない獲物をおびき寄せてくれたのだから、むしろ有用であったともいえる。
「オリビア・ステラ。聖女の名をもって命じます。ガドガン卿の護衛、および勧誘の任を解き、丸山の政敵の調査を命じます。・・・おそらくは自共党の重鎮、九重和彦、浅尾一郎・・・そのあたりかしらね。できそう?」
はっきり言ってオリビアは脳筋だ。
だが、魔法を用いた近接戦闘能力は十二使徒の上席にも迫る。
なかなか代わりの効かない肉壁だ。
潜入中に交戦が必要になった時でも十分に対応が可能だろう。
「お任せください!では、さっそく自由共和党の本部に見学の申し出を・・・。」
・・・オリビアに潜入調査はさせないほうがいいかもしれないな。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
いつまでもボ〜ッとはしてられない。二月の中旬になれば、いよいよ三学期の期末テストが始まってしまう。
なんで三学期だけこんなに短いのかしら。期末テストの勉強を始める時期のことを考えたら、実際にゆっくりしていられるのって一月の半ばぐらいまでが関の山なんじゃない?
それに来月は咲間さんの誕生日なのよね。何を贈ったらいいかしら。ギターのピック?かなり安いからオリジナルのものを注文する?それとも、シルバーのアクセサリ?
・・・でも咲間さん、最近はゴールド系なのよね。イヤーカフに合わせてるみたいで。
「千弦。お〜い。授業終わったぞ~南雲千弦~。・・・あ、やっと気付いた。随分と考え込んでいたみたいだけど、何か困りごとか?咲間さんの誕生日プレゼントだろ?」
「・・・すごいわね。なんでそこまで分かるの?理君、咲間さんの誕生日なんて知ってたんだ。」
「いや、さっきから独り言が漏れてたよ。贈り物にギターピックっていうんなら、ピックケースもありかと思うけど、形に残るようにしたいなら、ヘッドホンやヘッドホンアンプとかがいいかもね。でも、無理にギターに係るものでなくてもいいと思うよ。むしろ、千弦じゃなきゃ作れないものとかあるんじゃない?」
う〜ん、私にしか作れないもの?
何か、術式を込めたものでも作るか。でも、咲間さんは魔力がないから魔力チャージをどうするかな?
・・・あ。そういえば、あのあと仄香から聞いたんだけど、本の悪魔に記載されている魔法技術は基本的に真実しか書かれていないって言ってたっけ。
じゃあ、まずは私で画期的な総魔力量の底上げを試してみようか。
うまくいけば咲間さんも術式を動かせる程度の魔力を手に入れられるかもしれない。
と、その前に詠唱の問題を解決しなきゃ。
「理君、ありがとう。とっても参考になったわ。じゃあ、今日は寄るところがあるから先に帰るね。」
ひらひらと手を振る理君と別れて教室を飛び出す。
やることが決まれば、まずは必要な材料を集めなければならない。
え〜と、術式を刻むための絶縁体の板、回路代わりにする金属線・・・これは銅線でいいか。
それから、2年以上流れていないところの清潔な水・・・非常用持ち出し袋の中の飲料水でいいわね。
100年以上の樹齢の神木の枝、または年経た魔法使いの髪の毛か血液、あるいは人型の怪異の体の一部か体液・・・よし、ガドガン先生の髪の毛を引っこ抜こう。
なんだ、結構難しいと思ってた素材も簡単に手に入るじゃない。・・・あれ?年経た魔法使いの髪・・・魔女の髪じゃダメなのかしら?一番強力だと思うんだけど。
まあいいわ。両方試してみようっと。
◇ ◇ ◇
下校の準備を整えてから、ガドガン先生を探して職員室をのぞき込むと、南向きの窓際の陽当たりのいい席で優雅に紅茶を飲んでいるのが見えた。
「ガドガン先生〜。ちょっとお願いがあるんですけど〜。」
髪の毛をもらうだけだ。堂々とお願いしよう。
「ん?ああ、琴音君か。アレクとの仲はその後どうかね?うまくやっているかい?」
残念、私は琴音ではなく千弦だ。だが、いちいち指摘するのも・・・いや、待てよ?たしか、ガドガン先生はやたらと魔力検知能力が高かったな?後で面倒なことになるから正直に言っておくか。
「残念。私は千弦の方です。で、お願いがあるんですけど〜。髪の毛、何本か貰えませんか。ちょっと思いついた術式を試したくて。」
「ん?千弦君の方だったか。それはすまないことをしたな。で、僕の髪の毛が欲しいのか。ん゛っ・・・。これでいいか?くれぐれも藁人形に入れないでくれよ。呪詛返しが自動的に発動する恐れがあるからな。」
そういいつつ、ガドガン先生は一つまみの髪の毛を抜いて、私に手渡した。
・・・意外に簡単にもらえたな。それに呪詛返し?それってたしか、東洋魔術の系統じゃなかったっけ?
あまりよく知らないのよね、東洋魔術って。
まあ、藁人形にさえ入れなければいいんでしょ。
職員室の前の階段を下りて、みんなとの待ち合わせをしている校門に向かうと、琴音と遥香(仄香)、そして咲間さんが並んで待っていた。
「遅いよ姉さん。今日は遥香の家で勉強会をする予定でしょ。言い出しっぺは姉さんじゃなかったっけ?」
「ごめんごめん、ちょっとガドガン先生のところに寄っててさ。後で説明するから許してよ。」
「あれぇ〜。もしかして千弦っち、何か悪さでもしたの?それとも、イケない物でも学校に持ってきた?」
「姉さんがヤバいものを持ってるのはいつものことよ。・・・姉さん、まさか、本物なんて持ってないでしょうね?」
「や、やだなぁ。今日持ってるのはSteyrL9A2とGlock42、それから術式振動ブレード、術式榴弾5発、あとはリングシールドだけよ。」
今日はバイオリンケースを持っていないからP90は無い。
あれ、術式弾の値段が無茶苦茶高いのよ。
一発100円くらいの術式弾を秒間15発もばら撒くのよね。
「姉さん・・・いったい何と戦うつもりなのよ。それに術式振動ブレードって・・・初めて聞いたわよ。っていうか、もしかしてナイフ!?刃物はだめでしょ刃物は!」
琴音がいきなり襲い掛かってきて、私のセーラー服のスカートをまくり上げる。
「ギャアァァ!なにすんのよ!」
なぜか咲間さんまで私を羽交い絞めにしてるし!
「・・・姉さん、スカートの中がまるで武器庫だわ。・・・?なにこれ?刃渡りは長いけど、ただのプラスチック製のおもちゃじゃない。しかも、刃のところが曲がるし・・・?」
「放してよ!あ、そ、そんなとこ・・・い、やあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
く、まさかスカートの中だけでなくショーツまでまさぐられるとは思わなかった。
そこには何も入れてないっつうの。
「くっ・・・。術式振動ブレードって言ったでしょ。魔力を流さなけりゃタダのゴムナイフよ。刃どころか一切の硬質素材も使ってないし、銃刀法には触れないはずよ。」
くそ、往来のど真ん中でスカートをまくられてショーツの中を覗かれるとは。
覚えてなさいよ。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
校門でいきなり姉さんが歩く武器庫宣言をしたので、思わずスカートをめくって調べてしまった。
・・・セーラー服の時はいつもスカートの中に隠してるのは知ってたからね。
念のためショーツの中も調べちゃったよ。
っていうか、トイレの時とかどうしてるのかしら。
専用構造のハーネスみたいなのも自分で作ったみたいだけど、スカートの中を覗かれたらバレない?
・・・って聞いたら、「鉄壁スカートの術式よ!」って自慢げに言っていた。
なんでも、どれだけ激しい運動をしても、スカートの中だけは絶対に見えないようにする術式なんだそうだ。
なにそれ。術式振動ブレードなんかよりよっぽどすごいじゃない!?
勉強会は、遥香の家でやる予定だ。
部屋で勉強しているふりをして杖の中の仮想空間で勉強をするとなると、4人で雑魚寝をすることになるから私たちの部屋は狭いし、咲間さんの部屋は夜勤のお兄さんが寝ているとか、ちょっと使いづらい。
その点、遥香の部屋は8畳以上の広さがあるし、香織さんはパートで出かけているから晩御飯の時間まで余裕があるのだ。
それに遥香の部屋は何かいい匂いがするんだよね。
西日暮里駅から舎人ライナーに乗り、見沼代親水公園駅で下車したとき、突然仄香が立ち止まった。
《千弦さん、琴音さん。尾行されていますね。隣の車両から降りたサラリーマン風の男、カップルを装った男女。計、3人です。》
《えぇ!まさか、尾行されてるってことは・・・仄香が魔女だってバレたの!?》
私は思わず声に出しそうになったが、何とか我慢して念話で返事をする。
姉さんの方は・・・うわ、もう後ろ手にポシェットに手を突っ込んでるよ。
なんか姉さんって、ものすごく戦いなれてるんだよな。
《・・・咲間さん。駅の改札を出たら仄香をつれて走れる?ここは私たちが対応する。仄香が魔女だとまだバレてない可能性もあるからね。》
姉さんは完全に戦闘態勢だ。腰の後ろについている魔力貯蔵装置のインジケーターも作動状態になっている。
《仄香さんを抱えて逃げる準備、オッケーだよ!》
おいおい、咲間さんまでやる気だよ。
それなら、私も腹を決めないと!
《・・・みなさん、意気込んでいるところ、大変申し訳ないのですが・・・あれ、たぶん、お二人のお爺様がつけた護衛じゃないかと・・・・》
咲間さんの脇に抱えられた仄香が申し訳なさそうに念話で告げる。
・・・へ?
仄香の言葉に思わず後ろを振り向いてしまう。
あ、あれ?あのカップルの女性の方って・・・黒川さんじゃん!
「なんで黒川さんがこんなところに・・・?」
そういえば、ここのところ黒川さんの仕事が忙しいとかで、週末の食べ歩きに誘われてなかったっけ。
振り向いて目が合うと、黒川さんはヒラヒラとこちらに向かって手を振ってきた。
隣にいる男性がその手を慌てて押さえている。
・・・岡〇准一によく似てる。随分とイケメンだな。
それにしても、今更なんで護衛なんかつけたのかしら。
姉さんの悪夢の話じゃないけど、小学生の時に誘拐されてからずっと放置されていたと思うんだけど?
まあいいや。護衛ってことなら安心材料としていただいておきましょうか。
《・・・あれ?仄香、黒川さんに魔女ってバレてないよね?》
《ああ、それは大丈夫です。この前、バイオレットの身体を使って和彦・・・お二人のお爺さんに会いに行きましたから。ジェーン・ドゥの顔は政府上層部ともなると結構有名ですからね。まだ魔女はジェーン・ドゥの身体を使ってると思われてますよ。エルリックには感謝ですね。》
ジェーン・ドゥの身体があるんなら、なおさら心配ないか。
もし、仄香が遥香の身体を使ってるのがバレて、教会とかいう連中に遥香を誘拐されようものなら、その被害は私と姉さんが誘拐されたときの比ではない。
これからも気を付けて生活せねば。
◇ ◇ ◇
黒川 早苗
今日は九重総理からの直接の命令で、琴音さんと千弦さんを護衛することになった。
・・・っていうか、上層部は魔女との太いパイプができたんだから、もうお役御免ってことでいいんじゃないかしら。そろそろ目黒の第二公機捜に戻りたいわぁ。
護衛対象に気付かれてはならないとは言われていないものの、襲撃者には気づかれないように言われているので、少し離れての護衛になる。
見沼親水公園駅で降りるということは、同じクラスの久神遥香という少女の家に用があるのだろう。
アレックスさんとの会食の時にあの少女に感じた気配は、今は完全に形を潜めている。
あの後少し調べたが、久神遥香は去年の2月までアメリカに留学していたようだ。
松橋重工本社営業部長の娘で、16歳、高校2年生。
琴音さんと同じクラスで、転入してきた日から仲がいいらしい。
やや低い身長に、長く輝くように艶やかな黒髪と、透きとおるような白い肌、形の整った鼻、揃ったまつ毛と切れ長の目。
ふっくらとした唇は紅を引いたように鮮やかで、頬は薄く朱が差している。
琴音さんに聞いてみたところ、あれでメイクは一切していないという。
九尾の狐とかそういったものに憑かれてるんじゃないかと、彼女の若い時の写真を思わず取り寄せてみたけれど、幼いうちからしっかりと可愛かったよ。
成績の方も異常としか思えない。
偏差値が79という、ちょっとあり得ない数値をたたき出している高校に、転入試験を全科目満点で入り、これまでの中間、期末考査でも一点たりとも落としていないという。
思わずカンニングを疑ってしまうところだが、複数の大学受験予備校の公開模試でもほぼ満点をキープし、落としたのは出題に問題があった一問のみ。
そのレベルまで行くと、カンニングの可能性は極めて低いといえよう。
才色兼備なんてレベルじゃない。
場合によってはスカウトも考えなければならないため、公安調査庁を通じて彼女の進路希望調査書を入手したところ、第一希望の欄に「かわいいお嫁さん」と書いてあったことには思わず顔がほころんでしまったが。
身体の方は・・・かなり弱いようだ。体育の授業はそのほとんどが見学であり、参加するときも運動量を一人だけ減らして参加している。
・・・上司がスカウトしてこい、ってものすごくうるさいのよね。そんなに身体が弱い子に公安の仕事なんて勤まるはずないでしょうが。
っていうか、そもそもこんな安月給でそんな人材が来るわけないじゃない。
「早苗。顔が怖いぞ。」
「ちょっと給料のことをね。考えていたのよぉ。」
すぐ横を太田警部が歩いている。先週の金曜日、やっと昏睡から覚めたというのに、もう駆り出されている。
まあ、仕方ないか。私が魔法を使うときに動きを合わせられるバディは彼以外にいないからね。
さすが修験者の家系だけあって、ちょっとしたテコ入れだけで妙な術を使えるようになったし。
クドラクの身体・・・遺体は、科警研の専門チームがバラバラにして調べているところだ。
「しかし・・・やっぱり自分の足で歩くのは気持ちいいな。アンデッドの中でこの身体が目覚めなかったらどうしようかと思っていたよ。」
そういいながら太田警部は私の肩を引き寄せる。
・・・任務上、カップルのふりをしなければならないのはわかってるけどさ。そんなに堂々とすることはないんじゃないの?いや、本当に恋人同士だけど。
「・・・ん?あれ、なんか、彼女たち、こっちのペースに合わせ始めたわね。護衛で尾行してるのが完全にばれてるわぁ。・・・面倒だから連絡入れておきましょ。」
スマホを手に取り、LINEで琴音さんあてに「総理の命令で護衛してるわよ」と送ると、すぐに「ありがと。知ってた。もし犯人が来ても怪我しないように気を付けてね。」と返事が来た。
う〜ん。かわいいのよねぇ。あの子。千弦さんと違って。外見じゃ区別がつかないけど。
よし。今度またおいしいものを食べに連れてってあげようかしら。
「・・・早苗。どこかに食いに行くんなら俺も誘ってくれよ・・・。」
「あらぁ~?外食でいいのぉ?」
「ぐ、やっぱりお前の手料理がいい。」
ホント、男ってちょろいわね。
そんなやり取りをしているうちに、警護対象の二人を含む四人は、久神家に入っていった。
盗聴器の類いは仕掛けていないが、琴音さんに後で何をやってたか聞けば答えてくれるだろう。
バックアップの車両が到着するまでは、この寒空でイチャイチャしながら耐えなくてはならない。
やっぱり貧乏くじだったかしらね。
◇ ◇ ◇
・・・約3時間後、久神遥香の母親、香織が帰宅し、おそらくは夕食をご馳走になったのだろう。19時ごろになって琴音さんと千弦さん、そして恵さんが現れた。
ちらりと目が合った時、何か言いたげだったけど、そのまま電車に乗って西東京の自宅まで帰っていった。
明日からもしばらくは警護が続くと思うと、ちょっとゲンナリしそうだわ。
琴音と千弦は、黒川が護衛を行っているため長距離跳躍魔法が使えないことに不満を感じています。
・・・そりゃあね、女子高生がル〇ラなんて使ったらね、大騒ぎにもなりますよ。
琴音たちは黒川が任務として自分たちの護衛をしてくれていることを知っていますから、電磁熱光学迷彩術式で撒いてしまうことも出来ず、電車でとぼとぼと帰る羽目になっています。
護衛付きとはいえ、電車と歩きで帰るのと、長距離跳躍魔法で一瞬で帰るのとでは安全さがまるで違うんですけどね。
この警護が「余計なお世話」にならなければいいんですけどね。(なります)