140 怨敵の尾の色は
1月29日(水)
九重 和彦
私の人生において、今なお鮮烈に想起できる情景が一つある。
それは、昭和38年11月9日、間もなく午後10時になるころのことだった。
当時、まだ本格的にアメリカがベトナム戦争に国力を投じていなかったころ、朝鮮戦争以降、兵士の糧秣を運ぶことでその規模を拡大していた海運会社の社長であった父は、世界中を飛び回り家を留守にすることが多かった。
もともと武家、いや忍びの血筋であった父の家系は、代々固有の妖術を駆使して幕府に仕えていたらしいが、父もそれを生かして商売をしていたようだ。
ただ商売敵からは、オカルトな方法で稼ぐ奴として嫌われていたらしい。
母は、そんな父を様々な面から支えていた。私と、かなり年の離れた妹の和香の面倒を女手一つでよく見てくれたと思う。
だが、どうしても手が回らずに母方の実家に和香を預けることが多かったのは仕方がないことだ。
その日、母は町内会の会長を務める父の代理でずいぶん遅くまで会合に参加した後、逗子にある母の実家に和香を迎えに行く途中だった。
かなり遅い時間だったから一泊してから帰るつもりだったのかもしれない。
東京駅で乗り換えた横須賀線の扉の近くに、不思議な模様の赤茶けたワンピースを着たおさげの少女がスーツを着た外国人の男性と立っていた。
私はといえば、母の荷物の一部を背負い、混雑した車内で母の手をつかんでいたのを覚えている。
大きな川、おそらくは鶴見川だろう。鉄橋を渡ってから、ほんのちょっとのことだった。
はじめは、列車の急制動から始まった。次に、轟音、衝撃。
何が起こったかわからなかった。体は床から跳ね上がり、手すりに打ち付けられ、口の中が鉄の味でいっぱいになった。
一瞬のことだったのだろう。まだ轟音が収まらないうちに、私を抱きしめる母の肩越しに、おさげの少女が迫りくる列車の壁や天井を、その両手から出る光の波で押し返しているのが見えた。
神々しいまでの光を放ち、私やほかの乗客がつぶれることがないように、ひしゃげた天井や壁を引きはがし、その場にいた人間の命を救った。
それだけでなく、頭から血を流して動かなかった母の額に彼女がその小さな手を軽く触れると、温かな光とともに母は目を開いた。
額にあった大きなへこみを伴う傷は、彼女が手を離した時点で跡形もなかった。
幼かった私は、母を失う恐れと母が救われた安堵に泣きじゃくっていたようだ。
だが、そんな私に彼女は最後まで優しかった。
その場にいた、見渡す限りの重傷者、半死人を次々に回復させ、あるいは蘇らせていき、警察や救急が到着するころ、彼女はその場を去ろうとした。
せめて恩人の名をと思い、自分の名を名乗った上で彼女の名を聞いた。
教えてもらえないかと思ったが、意外にあっさりと教えてくれた。
彼女は、「今の名前は『三好美代』よ。大丈夫、すぐにあなたのお母さんの様子を見に行ってあげるから。」と言いのこし、かき消えるようにいなくなった。
事故のあった日の翌日、慌てて帰ってきた父と、怪我など忘れたかのようにケロリとした母の前に、美代は再び現れた。
・・・空から光の翼をまとって。
当時、私は幼かった。せめてもの礼にと、家宝の脇差を差し出したが彼女は受け取らなかった。ただひとつ、言葉を残した。
「和彦が将来、とっても偉くなったら、また会いに来るわ。その時は何か一つ、私の願い事をかなえてもらおうかしら。」
その後、私は必死で勉強した。偉くなるために。「末は博士か大臣か」という言葉がある。
残念ながら博士にはなれなかったが、父の跡を継いで金持ちになろうとした。そして、その過程で得た金と人脈を駆使して、政治家になった。
国防関連の機密にかかわることで、美代が魔女と呼ばれる存在であり、今は身体を変えてジェーン・ドゥとして活躍していることを知った。
誰にも私が政治家になった理由は話さなかった。
だがつい先日、イギリスの名門、ガドガン伯爵家の当主にして世界最高の魔導士と名高いガドガン卿から、魔女が私との面会を希望しているとの知らせが届いた。
普通ならば相手にもしないところだが、ガドガン卿だけは別だ。
様々な諜報機関が、彼こそが唯一の魔女の弟子であることを報告している。
彼の紹介であれば、疑う余地はない。私はそう判断した。
そして、幼いころに願った念願の、彼女との再会を果たすことができた。
この魂を売る覚悟で、意気込んで彼女の願いをかなえようとしたが、やはり、彼女は彼女だった。
彼女の願いは、私の孫娘を助けるためのものであった。
これでは何の恩返しにもなっていない。老骨に鞭を打ってでも、彼女のために働かねばならないというのに。
◇ ◇ ◇
自由共和党本部 総裁執務室
ソファーに浅く座った、似合わない丸眼鏡をかけた男があわてたように資料をめくっている。一応は私の腹心の中島官房長官だ。
「九重総理。マスコミは一斉に例の事件について政府の責任を追及しています。国防に係る事態だ、あるいは自共党が政敵を暗殺するために秘密兵器を使ったなどという陰謀論まで出回っています。」
たしかに、初めてその報告を受けた時には驚いたものだ。
空軍のレーダーと宇宙軍の偵察衛星によれば、元民権党総裁である丸山卓氏と、最大野党「主権者の声」の国対委員長の丸山邦夫氏の邸宅が丸ごと宙に浮かび、音速の30倍程度にまで加速して太平洋を南下した後、硫黄島の北あたりで消息を絶ったという。
はっきり言ってこんな芸当ができるのは魔法だけだ。
もしこの国に仇なす者の仕業だったとしたら・・・?
首から下げた、彼女からもらった金色の護符を思わず握りしめる。
「なあ、和さん。これ、いったい何だろうな?何者かの攻撃であることは間違いねぇと思うんだがよ。相手がわからねぇ。中国やソ連ならよ、わざわざ自分とこのスパイを受け入れてる奴を殺すか?しかもこんな派手によ?」
ソファーに深く座り、ふんぞり返るような姿勢で資料を指ではじいている男は、浅尾一郎。私の中学からの幼馴染で腐れ縁、今の副総理であり、財務大臣でもある。
「そうなんだよ。そもそも科学的にこんなことができるとも思えない。儂としては、M号案件だと思うんだがね。とりあえず、内調の黒川君たちを動かしておいたが、それでも手に余るだろう。というか、相手次第では下手に手を出さないほうがいいと思うぞ?」
M号案件というのは、魔法使いや魔術師による事件を指す隠語で、表立って解決することができず、やむを得ず架空の犯人をでっちあげたり、迷宮入りにしたりすることを前提に事態の鎮静化を図る事件のことだ。
可能であれば事件を起こした魔法使いと何らかの交渉を行うこともあるが、ほとんどは潜在的な脅威として残り続けてしまう。
「M号案件っておめぇ・・・。中ソより厄介な相手じゃねぇか。とんでもない脅威がこの国に残り続けるんだぞ?しかも、相手もわからねぇときた。」
「いや、今回は心強い味方がいるんだ。ほら、わざわざ来てくださったぞ。」
浅尾副総理の言葉が終わってすぐに、執務室内に一陣の風が吹く。
窓など開けていないのに。
いつのまにか、執務室の入り口近くに一人の少女が立っている。
北欧系の15歳前後の、腰のあたりまである薄い色の金髪、大人になる前の幼さを残したかわいらしい少女だ。
右の瞳がバイオレット、左の瞳がエメラルドグリーンのオッドアイが神秘的だ。
「こんにちは和彦。私のこと呼んだ?さっそく困ったことでもあったの?」
澄んだ声で彼女が語りかける。
中島官房長官と浅尾副総理は、ともに目を丸くし、あるいは口を大きく開けている。
「だ、だれだ、おめぇ。け、警備はなにをして・・・。」
「一郎、慌てるな。儂が呼んだんだ。・・・美代様。よくぞおいでくださいました。今お茶をお入れします。」
立ち上がり、執務室横の給湯室で、来客用の湯呑みにお茶を入れ、棚から茶菓子を出し、応接用のローテーブルに配膳する。
「和さん、おめぇが自分から茶を入れるって初めてじゃねぇか?このお嬢ちゃん、どちら様だ?」
「紹介しよう。とはいっても、名前だけはもう知っているはずだ。光陰の魔女・ジェーン・ドゥ。あるいは血濡れ・三好美代。儂の命の恩人だ。」
「ふふ、命の恩人って大げさな。とりあえず自己紹介をするわね。私はあなた方が魔女と呼ぶ存在。この身体の名前はジェーン・ドゥ。ひとつ前の身体の時は三好美代。好きな名前で呼ぶといいわ。あ、ついでに言えば和彦の親戚よ。」
「魔女・・・まさか!単独でシューメーカー・レビー第九彗星を撃ち落としたと噂される、あの魔女か!和さん、あんた、えらいお人と親戚だったんだな。知らなかったぜ。俺は浅尾一郎、こいつのダチだ。」
浅尾副総理は立ち上がり、彼女に握手を求めた。
美代様はニコリと笑って握手にこたえる。
中島君は・・・名刺を出している。
ま、いいだろう。失礼なことさえなければ。
「これはこれはご丁寧に。私、名刺って作ってないのよね。次回から作って持って歩こうかしら?」
挨拶が済んだところで彼女は席に座り、お茶を飲んで話を切り出した。
「あら、このお茶、すごくおいしいわね。・・・和彦。それで、困ったことがあったんでしょ?」
「はい。美代様はこちらの事件をご存じでしょうか。恐ろしい魔法の使い手がいるようです。我々では手に余りまして・・・。」
私はそういいつつ、先週末に起きた港区元麻布と目黒区青葉台の邸宅消滅事件の資料を差し出す。
彼女であればこの異常事態を起こした魔法使いが相手でも決して負けることはないだろう。いや、鎧袖一触となるに違いない。
「あら、・・・・う、うん。こ、これはね、ええと・・・。」
・・・?美代様にしては顔色が悪い。それほど恐ろしい相手なのだろうか。
「美代様をもってしても手ごわい相手なのでしょうか?まさか、それほどの魔法の使い手がいるとは・・・。」
「・・・それ、私よ。」
小さな声で何かを言っている。自信に満ち溢れた彼女からは想像もできない声だ。
「・・・なんとおっしゃいました?」
「・・・ごめんなさいね。それ、私がやったのよ。両方とも。」
中島官房長官と浅尾副総理がソファーから転げ落ちる勢いでびっくりしている。
それはそうだろう。これから大変な脅威に対応しようと思っていたら、その原因がいきなり判明してしまったのだから。
だが、そうであればやることは決まっている。
「・・・でしたら何の問題もありませんね。ではこの事件、迷宮入りにしましょう。中島君。自然現象で似たようなものを探してくれ。マスコミ向けの発表もな。」
「ちょっ!和さん!・・・あー。まあ、そうするしかねぇよな。魔女さん、とりあえずこっちで片付けさせてもらいますわ。なるほど、M号案件ってやつぁこういう事件を言うんだな。」
一郎・・・それは違うと思うぞ。
中島官房長官は私の言葉に素早く資料を片付けて部屋を出ていく。すぐにカバーストーリーと、類似した事前現象の調査にかかってくれるようだ。
「ところで、丸山氏親子の邸宅を消し飛ばした理由を伺ってもよろしいでしょうか?もしかしたら儂も何か協力できるやもしれません。」
「・・・そうよね。あなたも当事者の一人だったわね。先に全部話しておくべきだったわね。」
ゆっくりと彼女は話し出す。
それは、千弦が誘拐された時から、あの追憶の禁書という本で殺されかけたことまで、すべてが一連の事件としてつながっていたことを示す事実だった。
◇ ◇ ◇
仄香
南極の地下に1000年ほど前に作ってあった秘密基地で、丸山親子とその家族、そして山中組の若頭への尋問を行っていたところ、和彦に渡した護符で早速の呼び出しがかかったので、直接首相官邸に長距離跳躍魔法で向かうことにした。
尋問といえば聞こえがいいが、実際にやっていることは強制自白魔法で頭の中をさらう単純作業だ。
まずは警備員とチンピラたちの頭の中を軽く覗いたが、はっきり言って流れ作業で情報の取得と整理をするだけなので、何も面白いことはなかった。
和彦の用事がすんだらまたこの単純作業をやらなければならないかと思うと、ちょっとめまいがする。
首相官邸前に到着した後、電磁熱光学迷彩術式と、短距離転移術式を使って和彦の執務室まで一気に忍び込む。
執務室には、テレビでよく見る顔ぶれが揃っていた。
うん。和彦のやつ、ものすごく偉くなったな。
案の定というか見落としていたというか、丸山親子を邸宅ごと拉致したことが大問題になっているようで、逆に迷惑をかけていることが判明して少しいたたまれなくなってしまったよ。
丸山親子を拉致した理由については、特に隠すこともないので正直に告げておく。
山中組の息がかかった殺し屋組織が千弦と琴音の命を狙っている可能性があることを伝えると、さすがは現職の総理、必要な分だけ警備を回してくれることになった。
話が早くて本当に助かる。アメリカ国防総省に出入りしていたころは、これほどスムーズに事が運ばなかったからな。
さて、本当に面倒だが、もう一度南極に戻って丸山たちの脳みそをかき回す作業を続けるか。
◇ ◇ ◇
南極 ドロンニング・モード・ランド
ここは東南極のうち、1939年からノルウェーが領有権として主張している、南極の東経44度から西経20度にかけての扇形の地域だ。
ほぼその中央に位置する草木の一つも生えない台地のような雪原の分厚い氷の下に、今から1000年ほど前、こっそりと新しい秘密基地を建築しておいたのだ。
「長く使ってないからほとんどの施設が凍り付いてるわね。まったく、寒いったらありゃしない。とりあえず暖房を入れておきましょうか。そのうち溶けるでしょ。」
高さ200メートル、底面積20キロ平方メートルはあるかという長方形の巨大な空間と、それに付随した大小さまざま空間。
酸素濃度を調節した新鮮な空地を供給するプラント、飲料水を作るプラント、太陽光の代わりに人工的な光を作って植物を栽培するプラントなどがあるが、これらはすべて魔力で稼働している。
ここは、世界最大の魔力溜まりの跡地なのだ。
・・・うん。1000年位前に世界中の魔力溜まりを攻略しまくってた頃、一番奥に安置された宝箱の中の本の悪魔を読んじゃったんだよね。
魂に同化するタイプのシロモノだったんで、慌てて呪いが完成しないようにと自分ごと魔法で吹っ飛ばしたら、魔力溜まりが全部崩落する羽目になって・・・。
仕方なく秘密基地に改造したのだ。
依然として星の魔力は出力され続けていたし、あまりにももったいないから有効利用しようと思ったんだけど、人里から遠すぎるし、寒いし殺風景だし、結局100年くらいしか使わなかったんだ。
しかし・・・我ながら設備が古いな。そのうち新しくするか。
目を前に向ければ、淡い照明が照らす氷の地面に二軒の邸宅が並んでいる。
周囲の土ごと持ってきて同じように凍土をどけて入れたから、まるでそのまま立っているように見える。
・・・上下水道や電気・ガスは当然生きてはいないけどな。
気温はマイナス47度。通常であれば中の人間は凍死してしまうような温度だが、停滞空間魔法をかけてあるので、出かける前に尋問した時間と合わせても、さらってきてから30分ほどしか経過していない。
暖房もつけたし、そのうち20℃くらいにはなるだろう。
「さて、続きをやりましょうか。解呪。」
拉致してきた面々を前にして停滞空間魔法を解除すると、やっぱりというかなんというか、一斉に騒ぎ始める。
「おい!儂を誰だと思ってる!丸山卓だぞ!こんなことをしていいと思ってるのか!いますぐ儂を元の家に帰せ!」
「おまえ、主権者の代理人たるこの私に何かするということは国民をすべて敵にすることだ!世間が黙っちゃいないぞ!」
ああ、面倒だ。さすが親子。卓も邦夫も大差がないな。
「お、お願いします。私の命がどうなっても構わないから、どうか、この子だけは、この子の命だけは・・・。」
「なんでこんなに寒いのよ!ねえ、あんた、なんか言いなさいよ!満里奈はどこ!?さっさとストーブ持ってきなさいよ!」
「ちょっと、そこの姉さん。これ、俺たちをさらったのはあんたってことでいいんだよな?あぁ?ヤクザ舐めてんじゃねぇぞゴルァ!」
どいつもこいつも、くそ野郎ばかりだ。生きるに値しない・・・って、いま、何かまともなこと言ったヤツがいたような気が?
ま、いいか。たとえ我らに仇なす者は赤子だろうが生かしてはおけないからな。とりあえず、頭の中を覗くのを続けようか。
「うるさいわね。とりあえず、面倒だから一気に行くわよ。十二連唱!天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を暴き給え!」
ん?十二連唱?十三連唱じゃなくて?あれ、一人数え間違えた?
よし、まあ、これでいい。
・・・よくなかった、一斉にべらべらと自白し始めた!
「あ゛ー!うるさいうるさい!消音、消音術式発動!!」
あまりの騒音に顔をしかめてしまう。
くそ、強制自白魔法の改良は急務だな。
一時間ほど読み取り続けただろうか。おおよそのことが判明した。
丸山卓という男は、能力が足りない野心家、現実を知らない夢想家、かつズレた正義漢だったということだ。
ありもしない自分の能力を笠に着て、国民を愚者と心の中でののしりながら目を開いたまま夢を見て、自分だけの正義を振りかざした男だった。
さらには正義のためならどんな手段もいとわない自分に酔いしれる、要は異常者だ。
そして丸山邦夫。相当甘やかされて育ったか、または親の意向を振りかざして周囲にちやほやされ続けたか。あるいはその両方か。
何よりも、自分の意見が常に正しく、大多数の人間もそう思ってるに違いないと思い込む姿勢。
そして、選挙や多数決で負けた時は、必ず不正が行われている、あるいは民衆が騙されていると思い込む図々しさ。
すばらしいな。常にマイノリティであり続けた私としては、ぜひとも参考にしたい精神性だ。
参考にするだけで絶対にまねはしたくないけどな。
さて、邦夫の妻、彩紗はどうするかな。困ったことに娘の柚奈は彩紗の連れ子なんだよな。
彩紗は娘を人質に無理やり邦夫に結婚させられたようだし・・・。
うわ、可哀そうに前の夫を殺したのが邦夫だと知らされていないよ。
仕方がない。完全にシロだと分かった時点で強制忘却魔法で記憶を消して、いくらか金を握らせて解放してやるか。
邦夫については、私が代わりに復讐しておいてやろう。
・・・まったく、我ながら甘いとしか言えないな。
それにしても・・・妙なんだよな。卓の年齢が75歳だろ?だが、こいつの記憶は72年分しかないんだよな?
しかも、60歳以降の記憶が時々抜けているのはどうしてだ?
記憶情報を読む限りでは、痴呆の可能性はなさそうだが・・・?
とりあえず、全員に停滞空間魔法をかけてから家探しでもしてみるか。
期待はできないけどな。
「永劫を流れる金色の砂時計よ。我は奇跡の御手を持ちてそのオリフィスを堰き止めんとする者なり。・・・よし、あまり時間もないし、ちゃっちゃと探しますか。」
邦夫の家のほうは・・・このツボは・・・趣味が悪いな。それから、この部屋は・・・子供部屋?にしては、まるで物置みたいじゃないか。
床の間の盃は・・・うげ、本当に人間の頭蓋骨でできてるよ。しかも、つい最近作ったようだ。
二十代後半、男性、アジア系・・・うわ、生きてる人間から直接えぐり取って作ってあるし。
・・・うわ、邦夫に殺された、彩紗の元夫の頭蓋骨だ。
えげつないものを見た。さて、卓の家のほうは・・・。
「う~ん・・・あれ?これ、何かしら?」
根こそぎ持ってきた邸宅の、丸山卓の寝室の床の間の空間・・・。梯子で地下に降りる空間がある。
卓も邦夫も知らない?どういうことだ?先祖伝来の屋敷で隠し部屋を伝承し損ねたのか?
とりあえず降りてみようか。罠はないようだし。
地下室、いや、金庫室?おかしいな。それほど古く感じないのだが・・・。自分の部屋にある隠し金庫の存在を知らない?これほどのものを?いくら何でも、そんなはずはないんだが・・・?
「ずいぶんと厳重な金庫ね?まるでちょっとした銀行の金庫みたいだわ。しかも壊れてて開けられないじゃない。っていうか、溶接されてるし。まるで誰も開けられないように封印したみたいだわ。」
中に何か封印されている?魔力反応はない。生命反応も動体反応も・・・。罠の可能性もなさそうだ。
どちらにせよ、よほど見られたくないもののようだな。だが、私の強制開錠魔法の前には、人間が鍵の概念で作ったものであれば、壊れていようが関係ないのだ。
「・・・神秘の守護者よ。我は奇跡の言霊を以て汝を解き放つ者なり。よし、開いた。」
ギリギリ、ゴリゴリと金属が激しく軋み、あるいは引きちぎれるような音がして、ゆっくりと大金庫は開いていった。
何年開けていなかったのか、澱み切った風が、丸い扉から流れ出す。
罠に注意しながら中を覗き込むと、そこには金庫室には似合わないコンピューターや、厳重にラッピングされたアルバム、そして何冊ものファイルがおさめられた棚が並んでいた。
小さな机の上に、ノートパソコンがある。バッテリー式か。
電源は・・・入った。
パスワードは・・・干渉術式で突破してしまおう。
「・・・これ、最新のOSじゃない。それに、このファイル、更新日が昨日だわ?この金庫室、他に出入り口は・・・ないわね。いったいどうやって?」
いくつものファイルを開き、メールボックスを開き・・・その中身に驚愕する。
「ついに見つけた。怨敵、教会の中心人物!サン・マーリー!ついに尻尾を掴んだわよ!」
南極大陸、その地下の数千メートル、そしてさらに金庫室の中。
誰にも声が届かない場所で、私は一人、大声をあげて興奮していた。