138 真の悪夢、癒えない傷
1月21日(火)
久神 遥香
二人が救い出された後、千弦ちゃんはマンションに一室のような場所で手当てを受けていた。
顔に湿布をあてられ、裂けた唇や擦りむいた頬や手足には軟膏を塗られ、それぞれに真新しい包帯が巻かれている。
身体は拭き清められ、肌に染み付いた赤茶色い汚れはどこにもなかった。
今は新しい服に着替えさせられて、ベッドに寝かされ、寝息を立てながら点滴を打たれている。
・・・違和感、いや、本の悪魔はどこだ?・・・いない。本棚はない、ベッドの下は・・・どこにいる?まさか、姿を変えたのか?
「ねえ、高杉のおじちゃん、姉さんは死なない?もう、おうちに帰れるの?」
ベッド横の椅子に座った小さな琴音ちゃんは、千弦ちゃんの容態を見守る高杉さんに何度も同じ質問をしている。
高杉さんは、軍隊の教本のようなものを片手に、千弦ちゃんの容態を確認している。
「大丈夫、体中の骨にひびが入っていたけど、目や耳、内臓や神経に損傷はないみたいだ。それに君の姉さんはとても強いからきっと大丈夫だよ。」
高杉さんは琴音ちゃんが何度同じ質問をしても、いやな顔一つせずに、優しく答えている。
しばらく、沈黙が流れる。そして、扉がノックされた。
「三上です。九重先輩を連れてきました。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ。琴音ちゃん。おじさんが来てくれたよ。」
高杉さんの言葉に、三上さんと健治郎さんが部屋の中に入ってきた。
「おじちゃん!怖かった、あのね、姉さんが、悪い人をバンってやって!それから、それから・・・。」
琴音ちゃんは健治郎さんの足に抱き着いて、放そうとしない。
「琴音、もう大丈夫だよ。落ち着きなさい。もうすぐ、おうちに帰れるからね。・・・高杉、三上、本当に助かった。おまえたちは二人の命の恩人だ。本当に感謝する。」
「やだなぁ。俺たち、先輩に何回助けられたと思ってるんです?あ、でもそんなに感謝するってんなら、この子たちのどっちかを俺の嫁に・・・。」
「オホン。高杉中尉。西方諸島紛争の時だけじゃありませんよ。対馬上陸戦の時も、択捉奪還戦の時も、何度助けられたと思ってるんです?そういうことは全部借りを返してから言いましょう。」
「あ、それを言うなら三上だって何度助けられたか分からないくせに・・・。」
「ええ、ですから私は九重少佐に生涯の忠誠をささげています。」
へぇ~。健治郎さんって、そんなにすごい軍人さんだったんだ。
普段のモサッとした雰囲気からは気付かなかったけど、すごく仄香さんがほめる理由が分かったような気がする。
ふ~ん。そうなんだ。なんだかカッコいいじゃん。
「・・・お前ら、そんなに古いことに感謝してくれるのはありがたいんだが、今回の件、上に漏れたかもしれん。もしかしたら、さらに迷惑をかけるかもしれないからな。先に謝っておく。」
再び、健治郎さんが深々と頭を下げる。
そういえば、この歳で少佐ということは、間違いなく軍のエリートコースだ。ほとんど最年少レベルなんじゃないだろうか?
それなのになんで、自称、負け組公務員なんて言ってるんだろう?
「それと、千弦が動けるようになったら、最寄りの警察へ出頭させてくれ。すでに表立って事件となっている以上、そこだけは外せない。・・・二人が日常に戻るためにもな。」
「・・・分かりました。琴音ちゃん。お兄さんたちのことだけはおまわりさんに言っちゃだめだよ。二人だけで逃げて来たって言うんだよ?ケガは知らない人が治療してくれたって言える?お姉ちゃんにも教えてあげてね。」
「うんわかった。黙ってる!細かいことは怖かったから覚えてないって言う!」
「よし!上出来だ!」
再び、場面が切り替わる。
今回の場面は妙に短かったような気がするけど・・・?
・・・本の悪魔の姿が見えなかった。もしかして、悪夢を早く完成させるために早送りをし始めた?
◇ ◇ ◇
ここは・・・どこだろう?警察署の前?
入口の看板は・・・武蔵小杉警察署とある。
ああ、確か、武蔵小杉駅の北側にあった警察署で、今は等々力警察署と合併して別の警察署になったはずだっけ?
全身に包帯を巻き、それでも胸を張ってしっかりと歩く千弦ちゃんと、半べそをかいた琴音ちゃんが二人で手をつないで警察署の入り口に向かって歩いていく。
二人とも、おそろいの新しいTシャツと半ズボンを着て、可愛い運動靴を履いている。
「おまわりさん。南雲千弦です。誘拐犯から逃げてきました。保護してください。」
入口に立つ警察官にそう告げるが、その警察官は目を丸くしてびっくりしてる。
「え?ちょっと待って、いま、人を呼ぶから。・・・すいません、誰か!・・・あ、じゃあ、生活安全課の・・・あれ?伊東さん!ナグモチヅルと名乗ってる子が・・・。え?捜査一課で?ええ、分かりました。お願いします。」
伊東と呼ばれた、人を値踏みするような目をした、かなり歳のいった刑事が二人をにらみつけると、不愛想な声でふたりに声をかけた。
鼻にかかった、金縁の丸いビン底メガネが妙にいやらしい。
「・・・こっちだ。・・・おい、取調室を二つ用意しろ。俺はこっちだ。お前はそっちから話を聞け。」
近くにいた部下らしき女性に声をかけ、二人を連れていく。
雑多な紙やファイルが散らばり、タバコのような匂いがする黄ばんだ壁の事務所の中を通り過ぎ、二人は別々の個室に連れていかれた。
「姉さん・・・!?やだ、おいてかないで!」
「琴音、大丈夫。見たまま、聞いたまま、逃げてくるところまで正直に話せばいい。琴音は何も悪いことはしてない。」
不安そうな琴音ちゃんに対し、千弦ちゃんは凛とした態度で、個室に入っていく。
ちらりとその中が見えたが、まるで取調室のようだ。
二人とも被害者なのに、まだ小学校二年生の子供なのに、なんで取調室なんかに入れられるんだろう?
《遥香さん!千弦さんの容態が一気に悪化しました!悪夢の完成が近いようです!急いでください!》
突然、頭の中に仄香さんの声が響き渡る。
「え?警察に保護されたんだよ!どちらかというとハッピーエンドなんじゃないの!?ちょっと、本の悪魔、どこ!?」
あたりを見回すが、どこにもそれらしき本は見当たらない。
さっき、触ったんだから色も形も分かってるのに!
なにか、もっと簡単に探す方法は・・・!?
手当たり次第に警察署内のデスクや引き出しに手を突っ込んでいくが、すべて素通りして何もつかむことが出来ない。
手探りじゃなくて、なにか・・・!
「そうだ!宏闊たる天地に響く金色の銅鑼よ!我は奇跡の桴を以て汝を打ち鳴らし、その谺を以て神秘を探究するものなり!・・・みつけた!」
頭の中にどこかの映像が浮かび上がる。
壁際の資料の納められた棚?
今度こそ逃がさない!
《仄香さん、本の悪魔を見つけた!今触るから攻撃をお願い!》
《よし、消去します!エレウテルの主にして九のムーサを産みしムネモシュネに伏して願い奉る。彼の者の罪を忘却の彼方に洗い流さんことを!》
私がガラス製の本棚に、そのガラスを素手で叩き割る覚悟で手を突っ込むとアンティーク調の本は一瞬身じろぎするかのように震え、周囲の景色を切り替えようと必死になる。
だが、私の両手はガラスも棚板も、周りの資料も素通りし、本の悪魔だけを握りしめる。
パチンっという衝撃が来るが、もう絶対に逃がすものか!
渾身の力を込めて、その本を抱きしめる。
私の腕が、胸がバグったピクセルのように分解される。
だが、そんなことで放すもんか!
「グオォォォ!」
断末魔のような、焼却炉の中でごみが燃えるときのような、妙に腹が立つ声とともに、バグったゲーム画面のようになった私の胸の中で、その本は蒼い炎をまといながら燃え尽きていった。
失せもの探しの魔法では生き物は探せないって言ってたけど、本の悪魔は生き物じゃなかったのね。一か八かの賭けだったけど、何とかなったよ。
・・・ふと周りを見ると、ゆっくりと警察署内の情景が崩れ始めた。
場面が変わるときのような暗転ではなく、この世界そのものが崩れ落ちていくような、そんな崩れ方だった。
あ、取調室の前に千弦ちゃんが立っている。そうか、やっと悪夢が終わったんだ。
警察に保護されて、二人とも助かったんだ。
これで日常に戻れたんだね、と少し胸の奥が熱くなるような気がした。
・・・あれ?でもなんで千弦ちゃんはそんなに辛そうな顔をしているの?
今まで見た中で、一番辛そうな、まるでこの世のすべてを失ったような・・・?
「・・・遥香、ありがとう。でも、ここから先は見ないで。見たら、きっと私のことを・・・。」
・・・なぜ泣いてるの?千弦ちゃん!?もしかして私がこの悪夢の中にいたのに気付いていた!?
でも、なぜ・・・?
これで終わったんじゃないの?
◇ ◇ ◇
気が付けば、私の精神は杖の中の仮想空間に戻っていた。
杖の中からベッドに横たわる千弦ちゃんをみると、それまでの苦しそうな表情とは打って変わって安らかな寝息を立てている。
目から一筋の涙がツゥっと流れている。
よかった。何とか助けられたんだ。
「お疲れさまでした。本の悪魔のコピーは確実に、強制忘却魔法で消去することが出来ました。でも・・・そろそろ目が覚めてもいいころなんですが、なぜか起きてくれないんですよね・・・?」
「そうね。それに、あの取調室に入った後、私は婦警さんに一時間くらい話を聞かれて解放されたんだけど、姉さんは一か月半以上帰ってこれなかったのよね。お父さんやお母さんからは、姉さんのケガがひどくて面会謝絶って言われたし、その間に何があったのか、だれも全く教えてくれなかったのよ。」
二人とも悪夢の内容をモニターしてたから、本の悪魔を倒したことは知っているみたいだ。
どういうことだろう?
たしか、千弦ちゃんのケガは高杉さんや三上さんが治療していたと思うし、二人の大叔母様の和香先生なら、治すのもそれほど難しくないと思うんだけど・・・。
それに、確か、千弦ちゃんは歩いて警察署に向かったんだよね?それでなんで、面会謝絶に?
「とにかく、千弦さんはこれでもう、命の危険はありません。今日は私も泊まっていきますので、このまま様子を見ましょうか。ちょっと両親に電話してきますね。」
「そうね。じゃあ、私は和香先生に治療が終わったことを伝えて、ベッドを用意してもらうようにお願いしてくるわ。」
琴音ちゃんと仄香さんは一緒に病室を出ていき、私は杖のまま千弦ちゃんと病室に取り残された。
本当に、大丈夫なんだろうか・・・?
それに、千弦ちゃんが最後に言った、「ここから先は見ないで」という言葉は・・・?
悪夢は完成しなかった。じゃあ、警察に保護された後も悪夢は続いていたということだろうか。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
懐かしい夢を見ていた。
悪夢の手前、私の最大の武勇伝といっていい思い出だ。
小さな子供の頃、命を懸けて悪人と戦い、琴音を守り切った記憶だ。
ただ、はっきりとは覚えていないけど、人を殺してしまった記憶がある。
それも、複数人だ。
・・・最後は師匠の昔の部隊の人に助けてもらっちゃったけど、私にできることのすべてを振り絞って琴音を守った。
褒められるとは思っていなかったけど、胸を張って、意気揚々と警察署に向かったんだ。
でも、私を助けようと動いていたはずの警察は、警視庁と関東管区警察局だけで、上からの指示を嫌っていた所轄は及び腰で・・・。
琴音と取調室前で別れ、あの刑事に拷問じみた取り調べを受けたのは私の最悪のトラウマだ。
鼻にかかった金縁のビン底メガネが、脳裏に焼き付いて離れない。
後でわかったんだけど、神奈川県警の所轄は何もしていないどころか、私が監禁されていた廃品回収業者の廃棄物置き場も捜査したことにしてスルーしてたのよね。
それどころか、不法移民を労働力としてアテにしていた企業とつながっていて、犯人たちと同じグループに対して捜査情報を漏洩していたというから許せない。
・・・全部、あの取り調べ中に伊東とかいうビン底メガネの刑事が、それも得意げにのたまったことだ。
しかも、伊東の身内に自慢の野党議員がいるとかで、与党幹事長だった九重の爺様が移民排斥をしたからお前も差別主義者だろうとさんざん罵られて・・・。
ああ、思い出したくないのに、忘れられない。
子供には黙秘権はないとか、お前たちは双子だから琴音にも同じことをするとか言われ、身長が合わないだろうからという、訳が分からない理屈で取調室の椅子を撤去して一日18時間も立ったまま聴取されたり、夜は奇声を上げ続ける薬物中毒の男の隣に留置されたせいで一睡もできなかったり・・・。
どうやら、監禁されていた場所に転がっていた死体に残った銃弾のうちの二発が、同じくそこに残った、私の指紋がついた拳銃から発射されたものだと判明したらしい。
それと、私から硝煙反応が出たのも決め手になった。
確かに発砲はしたけど、必死になって殺されそうだったんだ、それも妹まで切り刻まれそうだったんだと訴えても、「そういう時は警察を呼べばいい」の一言で片づけられた。
その後は完全に大量殺人犯扱いだ。あの場に残った死体の山がすべて私のせいになった。
人を殺したいからわざわざ警察を呼ばずにいたという決めつけまでされて、過剰防衛どころか、完全に快楽殺人犯扱いだ。
というか、あの状況で、どうやって警察を呼べというんだ。
呼んだって、来るまでに何分かかるんだ。
お前はまだ未成年だから弁護士は呼べないといわれたり、心配した父さんがつけてくれた弁護士との接見を、私が嫌がってるという嘘で追い返したり・・・。
体調を崩して寝込んだ私に、風呂に入ってないからという理由で冷水をぶっかけたり、身体を冷やしたせいで下痢気味になったら、衆人環視のもと、取調室でバケツにするように言われたり・・・。
いくら小学二年生だって、羞恥心とかプライドとかあるのよ!!
留置所の中で何度、長い紐状のものを探したか。
何度、下着を捻って縛れる所を探したか。
その度に留置係の警察官に止められたか分からない。
・・・あの人だけは優しかったんだよな。コッソリと水とかお湯とかくれたし、耳栓も渡してくれた。母さんや父さんの手紙も伊東に気付かれないように渡してくれたし。読んだあと、預かっていてくれたし。
だけど、はっきり言って、伊東は私のことを殺す気だったとしか思えない。
10日くらいたったころ、私は心身に異常をきたして警察病院に送られることになった。
それも、精神病患者用の隔離病棟だ。
仕方がないか。あの頃は、自分が千弦なのか琴音なのかすら、区別がつかなくなっていたし・・・。
よく覚えていないけど、メガネを見るだけで過呼吸を起こしていたみたいだし。
唯一の救いは、あいまいになった意識のせいで琴音が今どうしてるか、無事に学校に通えてるかが幻視で見えたことくらいか。
私の妄想だとも思ったけど、それでも救いになったことは事実だ。後で調べたら、見えていたことは全部事実だったし。
まあ、あの後、その力はすぐ無くなっちゃったけど。
ベッドに縛り付けられ、身動き一つできない上に頭が変になる薬を投与され・・・朦朧としたところで勝手な聴取を取ろうとまでされた。
入院中は勾留期間に算入されないからいつ終わるかもわからないし、伊東はやりたい放題だったよ。
幸い、誘拐される数日前に師匠が見せてくれた状態異常抵抗術式と化学防護術式の術札を覚えていたのは本当によかった。
私がいつまでも思い通りの自白をしないからって、ものすごい量の自白剤やら、幻覚剤やらを使われたのは本当につらかった。
こんなこともあろうかと留置係の人からもらったメモ用紙の切れ端と、カサブタを剥いて出した血で何枚もの術札を作って、それを飲み込んでおいたからギリギリ対抗できたんだよね。
伊東のヤツを警察病院の医者が羽交い絞めにして止めてくれなけば致死量以上の自白剤を打たれるところだった。
だけど、私が捕まってから一か月ほどたったころ、警察署内で原因不明の奇病がはやった。
伊東は雨が降りしきる日の朝、警察署の駐車場で、同じくおかしくなった同僚の婦人警官と性行為をしながらお互いの首を嚙み千切りあって死んだそうだ。
伊東の部下たちは、白バイを盗んで、自分の腸を引きずって暴走したり、裸で第三京浜道路を死ぬまで走ったりと、それはもう恐ろしい暴走をしたらしい。
その後担当者がすべて変わり、結果不十分、処分保留の上不起訴とかいう訳の分からない理由で釈放されたけど・・・。
もし万が一、次に逮捕されたら死ぬ気で暴れてやる。轟雷魔法や空間浸食魔法をぶっ放して、死ぬまで警察官を殺してやる。
・・・嘘だ。あの伊東とか言う警察官とその部下たちだけが、はじめからおかしかったのは知っている。
釈放された後、いや、警察側の言葉だと退院した後、新しい署長さんはお見舞いに来てくれたし、謝罪と優しい言葉をかけてくれた。
武蔵小杉署の職員が、奇病で大量に死亡したとか、気が狂った挙句、捜査資料に火をつけたとか、記録が納められたハードディスクを溶鉱炉にくべたとか・・・悔しいことに、結果として私が何をされたのかも闇の中に消えていった。
あの留置所の留置係の人も、奇病で死んだらしい。それはとてもショックだった。
今だから分かる。おそらくだけど、そんなことが出来るのは宗一郎伯父さんくらいだろう。
あの人の呪病は、敵に回しちゃいけないものだ。
だけど、私を助けるためにやったことだ。
だから、留置係の人のことは言えなかった。
でも・・・ああ、妙にリアルな夢だった。
最後まで見ないですんで本当によかった。
そろそろ起きる時間だ。
母さんの朝ご飯を食べ損ねてしまう。
普段とは違う枕の感触がする。
もう、起きよう。
◇ ◇ ◇
ゆっくりと目を開けると、目の前には私の部屋のものではない天井があった。
これは!あのセリフを言わないと!
「知らない・・・」
「言わせないわよ姉さん!いつまで寝てんのよ!」
う、この声は・・・
いや、こんなチャンス、二度はないんだってば!
「知らない天井だ!よし!」
ふう。最後まで言えたぜ。
「何が『よし!』ですか。シ○ジ君はそんなに力強く言ってませんよ。それに、この病室は以前、琴音さんが入院していた部屋です。知らないことはないでしょう?」
いや、自分が入院したならともかく、病院の天井まで覚えていないってば。
「あれ?そういえばなんで私、病室で寝てるの?・・・おかしいなぁ?図書館で珍しい魔導書を読んで、画期的な魔力総量の底上げの仕方を知って喜んでいたところまでは覚えているんだけど・・・?」
「姉さん。その魔導書、本の悪魔だったんだって。魔力検知とかで気付かなかったの?」
本の悪魔・・・それ、何だっけ?
「まあ、とにかく、無事で何よりです。ただ体力がかなり失われていますので、明日も学校は休んでもらいます。よろしいですね?」
「何言ってるのよ?明日は土曜日でしょ?理君とデートの約束なんだから。」
お、琴音のやつ、目を丸くしている。
遠距離恋愛を選んだのはそっちだよ。
理君は絶対に渡さないんだから。
「姉さん。今日は火曜日だよ。1月21日の火曜日。デートの約束はキャンセルになったよ。」
うそ。
時計、スマホ、あ、テレビのリモコン!
「・・・明日の天気は晴れのち曇でしょう。ところによって雪混じりの冷たい雨が・・・」
慌ててつけたテレビに、週末までの天気予報が表示されている。
明日って、1月22日の水曜日!?
「うあぁぁぁ・・・。理君との初デートが・・・。」
ベッドの上で崩れ落ちた私の肩に手をのせ、琴音は笑いながら言った。
「初めてじゃないじゃん。クリスマスにデートしたじゃん。」
それは、あんたの替え玉としてでしょうが!
あまりのショックに、そう叫ぶ力はもう残っていなかったよ。