136 少女の生存戦略
1月20日(月)
南雲 琴音
姉さんが倒れてからもう二日半が経っている。
仄香が停滞空間魔法で本の悪魔のコピーによる浸食を止めてくれているおかげで、姉さんにとっての主観時間はまだ2時間程度だというが、どうしても気が逸ってしまう。
・・・あれ?もしかして姉さんより2日、早く歳をとってしまった?もしかして、今なら私のほうがお姉さんなんじゃ・・・?
いやいや、そんなことはどうでもよかった。
一昨日から遥香が繰り返し姉さんの精神に潜入して本の悪魔を探してくれているんだけど、なかなか見つからない。
姉さんが見ている悪夢とやらが完成してしまうと、姉さんの魂は不可逆的な損傷が始まってしまうらしい。
遥香だけが頼りだ。
しかし仄香によると、遥香の一日当たりの行動限界時間はせいぜい1時間で、それを超えると今度は遥香の霊的基質の損傷が始まってしまうのだそうだ。
それに潜入後は最低でも20時間は休ませなければならず、周囲から無理なく魔力を回収しての回復になるため、加速空間魔法を使って休養時間を短くすることもできないらしい。
分かっている。魔法も魔術も使えない、自分の身体すらない遥香が頑張ってくれているのに、妹である私が贅沢を言える立場ではないことは分かっている。
だが、どうしても落ち着くことが出来ない。
学校の授業では、1組には、私のふりをした二号さんが出席してくれている。咲間さんが色々フォローしてくれているおかげで、そっちがバレる配はないようだ。
・・・数学の小テストがあったけど、二号さんのほうが私より頭がいいのを聞いて少しショックだったよ。
野生の生魚を捕まえて洗いもせずに生でバリバリと食べる人に負けるとは・・・。
だが、事情を知らない理君の手前、姉さんの替え玉は二号さんに任せるわけにもいかず、私が姉さんのふりをして2組で授業を受けることになった。
メガネをかけられないのがツラい。
あれ?なんで机の中に望遠鏡が?
「なあ千弦、先週の金曜日、図書館で倒れただろ?あの後大丈夫だったのか?病院で目が覚めて、家で安静にしていたって言ってたけど、まだ体調、悪いんじゃないか?」
・・・残念、私は姉さんではなくて琴音だ!とはいえないよなぁ・・・。
「ただの貧血よ。あるいは一過性脳虚血発作ってやつかしらね?脳血管撮影でもMRIでも異常はなかったわ。あれから一度も起きてないし、高血圧症・高脂血症・糖尿病の検査でも異常は出なかったし、ちゃんと通院してるから大丈夫よ。それより土曜日のデートの約束なんだけど・・・。」
「そうか、でもあまり無理はするなよ?あ、先週末のことは気にしなくても大丈夫だから。千弦が食べたいって言ってたレストランのキャンセルの連絡、ちゃんと間に合ったし、事情が事情ということでキャンセル料もかからなかったしさ。」
理君、姉さんとの初デートでレストランの予約まで入れてたんだ。
随分と本気なのね。
・・・アレクは当分の間、日本に来れないし、ちょっと失敗したかしら。
いやいや、理君は私と姉さんの区別がついてないから、やっぱりアレクのほうがいいよね。
「・・・千弦?やっぱり朝からおかしいぞ?自分の身体の症状の話とか、まるで琴音さんと話してるみたいだ。」
「そ、そんなことないわよ。ほら、授業中よ。先生にバレると後でうるさいことになるから、またあとでね。」
妙に鋭い理君の追及をかわし、前を向くと、ガドガン先生がにやりと笑いながらこちらを見ていた。
くそ・・・姉さんと総魔力量が違うからバレてるのか?
うっ・・・。姉さん、早く目を覚ましてくれないかしら。
◇ ◇ ◇
何とか一日の授業が終わり、保健委員の仕事は咲間さんに任せ、友達のネイルを塗る約束は平謝りでごまかして、仄香と一緒に姉さんが待つ向陵大学病院に向かう。
和香先生に経過を報告し、仄香から教えてもらった回復治癒魔法や術式をさも自分が考案したかのように説明してから病室に向かう。
「・・・なんか、最近病院内で先生方が私を見る目が違うのよね。」
「それは仕方がありませんよ。和香先生も知らない症例の魔術的管理を高校生の女の子がやっていたら、みんなビックリするでしょうから。」
仄香が事も無げに言うが、一度広げた風呂敷はそう簡単にたためないんだよ、と心の中で叫びながら、姉さんの病室の扉を開ける。
「姉さん、今日も来たよ。・・・さあ、仄香、遥香。今日こそ本の悪魔をとっつかまえるわよ!」
◇ ◇ ◇
久神 遥香
今日も二人のバックアップのもと、千弦ちゃんの精神に潜入する。
《準備、OKだよ!今日もよろしくお願いします!》
私の声に琴音ちゃんと仄香さんがそろって頷き、そのまま潜入を開始しする。
かすかな浮遊感、光とともに開けた景色は、どこかで見たことがある豪華な会議室のような空間だった。
あたりを見回すと、何人もの政治家が椅子に座り、一人の男の人を怒鳴りつけている。
千弦ちゃんは真ん中のふんぞり返った人の後ろで、その後頭部をにらみつけるような形相で立っている。
・・・今にもそのカツラを剥ぎ取りそうだ。
「九重幹事長!あなたは自分の孫娘の命欲しさに、ここまで苦労して作った法案を廃案にしろというのか!」
「廃案にしろと言ってない!国会へ提出を行う前のマスコミへの公表だけを少し待ってくれと言ってるんだ!」
そうか、ここは国会議事堂の会議室?いや、待合室?とにかく、小学校の頃に見学で入った部屋にすごく良く似ている。
会議卓には、何冊もの古ぼけたファイルや書類、使い古された法律関係の本やアンティークな本が散らばっている。すごい量の資料だね。政治家ともなればこの資料に全部目を通しているんだろうか?
じゃあ、あの人が九重総理か。テレビで見るよりかなり若いな。・・・いや、ここは10年前の世界だからかな?
何人もの男たちに責められるような罵声を浴びてもなお、立ち向かっているように見える。
「九重幹事長!あなたはテロリストに屈するつもりか!奴らとは交渉しない!国際常識だろう!」
「不法難民対策の専門家の九重先生とは思えない弱腰ですな。」
「不法難民ではなく不法移民対策だ!適法に難民として本邦に上陸した人間まで追い出せとは言った覚えはない!」
「言葉尻をとらえている場合かね。・・・九重君、まったくもって心苦しいが、今我が国は鉄のカーテンの隙間から伸びた手に急所をまさぐられている状態だ。防衛産業の雄たる九重財閥の代表としても分かっているだろう?たかが子供二人の命より、国防機密を守ることがどれだけ大事か。」
「くっ!しかし、たった二人といえども、子供を見殺しにしないですむ方法がわずかでもあれば!」
「くどい!・・・ふっ。そうだね、君の下の息子、健治郎君だったっけ?軍閥側に降った裏切り者がいるじゃないか。せいぜい役に立ってもらったらどうかね?」
・・・論点と一緒にズラがずれてる。違和感・・・うん、触ってみたけど違和感とは違ったね。
「清廉潔白な押見さんにしては、なかなかな妙案じゃないですか。・・・いいかね?この判断が君の政治家生命を分けると思いたまえ。」
話を一方的に打ち切った政治家たちは、立ち尽くす彼を無視して新しいゴルフクラブや行きつけの料亭の女将の話などをしながら、ぞろぞろと部屋を出ていく。
「くっ・・・。すまない、美琴。だが、まだ手はある。千弦、琴音。お爺ちゃんが必ずたすけてやるからな!」
九重総理、いや、幹事長は唇をかみしめ、絞り出すようにつぶやいた。
部屋から出ていく九重総理の後姿を、千弦ちゃんは悲しそうな顔で見送り、そして場面が暗転し、切り替わった。
◇ ◇ ◇
次の場面は・・・ここは事務室?軍服を着て立っている人が二人、座った人が一人いる。
無骨な事務室の本棚にはいくつもの盾や勲章が並び、その横にはアンティーク調のコーヒーカップやサイフォン、コーヒーミルといったものや、おしゃれな装丁のアンティークな本が置かれている。
かなり偉い人のようだ。
それに、戦車とか装甲車が窓から見えるところを見ると、どこかの基地、いや、駐屯地のオフィスだろうか。
窓際に立つ千弦ちゃんの表情が、少しだけ明るく見える。
「風間少将!九重先輩の姪御さんの件、何とかなりませんか!」
「お願いします。部隊を出動させろとは言いません、私たちだけで何とかします。一週間でいいんです、目をつむっていてくれませんか!」
二人の軍人さんの声が響きわたる。九重先輩?誰だろう?どこかで聞いたような気が・・・?
「高杉、三上。情報本部の者が私用で隊を離れることがどういうことかわかっているのか?それに、お前たち、今年は昇進がかかっているんだろう?」
「かまいません!悪漢から子供の命を守れなくて何が軍人ですか!?」
「ふう・・・。仕方がない、今からお前たちに最大1か月、24時間無休の訓練を命ずる。それも秘密のな。今から1時間で計画を立てろ。特に、使用する装備は厳選しろよ?子供を誘拐して立てこもる敵国の兵隊を無力化する想定だ。いいか、相手はどこにいるかわからん。どんな装備かもわからん。よく考えて訓練の想定を行え。」
「では!」
「あぁ。どこで訓練するかは任せる。人選も好きにやってよろしい。ただし、秘密訓練だ。くれぐれも情報を流出させるなよ?それと、四偵の石川中尉を呼べ。あいつにも手伝わせる。」
「石川中尉ですか?あいつ、もう潜入調査から戻ってたんですか。」
「ほれ、時間がない。急げ急げ。」
風間少将と呼ばれた、右目を縦断する大きな傷がある、白髪交じりの逞しい軍人は、その顎髭をいじりながら二人を追い出し、タバコに火をつけた。
「ふぅ~。さて、最悪の場合は俺が詰め腹を切ればいいか。ま、なるようにしかならん。お、来たか。入れ!」
「石川、入ります。・・・風間少将。九重少佐の姪御さんの件ですね?」
風間少将の前に立つ、理君そっくりな青年・・・いや?女性?どっちだ?声も高いし、妙に線が細いけど・・・?
とにかく、石川中尉と呼ばれた人は、風間少将の目をまっすぐ見て、その言葉を待っている。
「石川・・・すまないが、また汚れ仕事だ。あと一時間ぐらいで高杉と三上から提出される秘密訓練の立案書に記載された装備をそろえてくれ。内密にな。」
「・・・了解しました。西方諸島紛争での紛失扱いを回します。銃弾は同等品が鹵獲されておりますのでそれを。車両やヘリは必要ですか?」
「いや、おそらく不要だろう。その辺は情報部員だ。うまいことやるだろうさ。あと、本件は内密にな。・・・そうそう、九重には監視をつけておけ。勝手に動かれるくらいなら作戦に組み込んだほうが手綱を握れるだろう。」
「はっ!それでは直ちに。」
石川中尉は敬礼をした後、足早に部屋を出ていった。
再度、場面が暗転する。
・・・ん?軍隊の駐屯地・・・?何か今、違和感があったような気が・・・?
◇ ◇ ◇
場面は変わり、再び薄暗い、廃墟のような倉庫に場面が変わった。
床には衰弱しきった、小さな琴音ちゃんと千弦ちゃんが転がっている。
普段なら絶対に区別なんかつかないはずの二人が、千弦ちゃんのほうの顔がいまだに腫れあがってるためか、はっきりと区別がついてしまうのが悲しい。
「くそ、このガキ、漏らしやがった。誰が掃除すると思ってんだ!」
ガタイのいい男が、縛られて床に転がされた二人のうちの、手前にいるほうを蹴り飛ばす。
「ゲフッ・・・う・・・。」
今蹴り飛ばされたのは千弦ちゃんだ。よく見ると、ほとんどのダメージが千弦ちゃんに集中している。唇はカサカサになっていて、左目は腫れ上がってまともに見えていないようだ。
「お、お願いします。姉さんに水を・・・私の分はもういらないから・・・。」
「あ?うるせぇ!・・・一人は殺していいって言われてるんだよ。それともお前が変わりに死ぬか?」
男は懐から拳銃を抜き、天井に向かって発砲する。
弾丸は天井や床に跳弾し、蛍光灯やガラス製の覆いが割れ、あたりに散乱した。
「ひぃっ!やだ、こわい、うえぇぇぇ!お母さぁん!お父さぁん!」
小さな琴音ちゃんは後ろ手に縛られたまま涙を流し、震えあがっていた。
しかし、千弦ちゃんは・・・真一文字に結んでいた口が初めて開いた。それも、笑みの形になっている?
「ったく!・・・お前、何笑ってんだ?気でも狂ったのか?気持ちワリーんだよ!」
「ゲフッ!う・・・・。」
男は再び千弦ちゃんを蹴とばすと、うつぶせに倒れたその背中に唾を吐きかけ、部屋を出て行った。
「・・・う、ふふ、バカなヤツ。・・・はは。まずは一手。琴音、必ず私が・・・。」
そう言って笑う、千弦ちゃんの後ろ手に縛られた手には、砕けたガラスの欠片が握られていた。
・・・そろそろか。すこし、身体が重いような感覚がする。いや、身体はないんだけどさ。
《遥香さん。行動限界時間です。よろしいですか?》
《うん。・・・ごめんなさい、まだ違和感の正体がつかめなくて。早くしないといけないのは分かってるのに、ごめんなさい。》
《・・・あなたは十分に頑張ってますよ。とにかく精神を引き上げます。まだ無理は出来ない身体であることを忘れないでくださいね。》
◇ ◇ ◇
仄香
学校から直接千弦の病室に来て、今日もまた遥香に精神への潜入をしてもらっているが、一向に千弦の精神の中に隠れた本の悪魔の姿を捉えることが出来ない。
人間の精神は広大であり、同時にその表層部分は限定的だ。
本の悪魔が潜む場所は決まって精神の表層部分だ。
千弦が見ている悪夢の情景のどこかに必ずヤツは潜んでいる。
だが、どのような姿をしているかは分からない。
少なくとも、遥香が触れることができ、かつ”本来はそこにあるはずがない物”の姿をとるはずなのだ。
「仄香。姉さんの悪夢をずっとモニターしてもらってるけど、やっぱり姉さんにとって人生で一番辛かった記憶って、あの事件のことなのね。」
遥香が潜入している間、その悪夢の情景は琴音と私にも共有されている。
したがって、違和感の正体については、琴音が気付く可能性だってあるはずなのだが・・・。
《そういえばなんだけど、千弦ちゃんの記憶で誘拐されてる間の自宅とかお爺さんの描写があるのってなんで?千弦ちゃんは直接見ていないはずだよね?》
「ああ、それは人間の精神世界は普遍的無意識の層ですべてつながっているからですね。本来、千弦さんが知るはずのない情報でも、本の悪魔が普遍的無意識を介して他者の記憶を取得し、悪夢を構成するんです。・・・より悪質な悪夢を見せるために。」
「・・・なんて悪質な・・・。」
琴音の言うとおりだ。こいつら本の悪魔は、対象となった人間の魔力を吸い取るために悪夢を見せるとき、何の手心も加えない。
可能性の限りを尽くして、最悪な悪夢を探し、構築するという、まさに悪魔の名がふさわしい存在だ。
《・・・ねえ、仄香さん。私の霊的基質がボロボロになっても構わないからもう少し頑張りたいんだけど・・・。》
「・・・駄目です。霊的基質の損傷が続くと、あなたの人格情報と記憶情報が揮発して取り返しがつかなくなります。今日はここまでにしなさい。」
《でも!私、みんなにいろいろしてもらうばかりで何も返せてないよ・・・。》
「遥香、その気持ちだけもらっておくわ。それに、あなたが潜入してくれている間の記録を解析する時間も欲しいの。だからお願い。今日はゆっくり休んで。」
「琴音ちゃん・・・分かった。明日も頑張るよ。」
遥香は琴音の言葉で何とか引き下がってくれたが、連日の精神潜入の疲労が出始めている。
これは、何か別のアプローチを考えなくてはならないか?
「とにかく、今日はここでおしまいにしましょう。琴音さん、また千弦さんに停滞空間魔法をかけます。下がっていてください。」
琴音は何も言わずに、千弦の眠るベッドから離れる。
・・・琴音もかなり疲れてきているようだ。
「・・・永劫を流れる金色の砂時計よ。我は奇跡の御手を持ちてそのオリフィスを堰き止めんとする者なり。はい。これで明日、同じ時間になるまで千弦さんの世界は数秒しか経過しません。」
そうは言っても、このままでは千弦と琴音の主観時間にどんどん差が開くばかりだ。同じ時を生きることが出来ないことは、双子である二人にとってはきっと辛いことだろう。
・・・仕方がない。別口でのアプローチを始めようか。
◇ ◇ ◇
大学病院を後にし、遥香の自宅に玄関前に長距離跳躍魔法で降り立つ。
時刻は18時を少し過ぎたころか。
開明高校の授業は午後14時半くらいに終わるので、香織には3時間ほどクラスメイトと勉強をしてから帰宅すると伝えてある。
当然、琴音たちにも口裏は合わせてもらっている。
・・・英語教師であるエルリックにもな。
ああそうそう。エルリックに頼んだ例の件、そろそろ返事が来てもいいころなんだがな。
「ただいま~。ママ、おなかすいた~。今日の晩御飯は何かな~?」
「おかえりなさい。晩御飯はシチューよ。ほら、手を洗ってうがいをしてきなさい。インフルエンザとかはやってるんだから。それで、勉強ははかどったの?」
「うん。また学年一位を目指すよ。第一志望に受かりたいしね!」
《・・・仄香さん、私のマネをしてるつもりだろうけど、私、そんなに頭良くなかったからね・・・。》
念話で遥香が何か言っているが、お前だって魔女のライブラリとリンクが確立しているんだ。気付いていないだけで、高校のテストくらい満点がとれるだろうさ。
手を洗ってうがいをし、部屋着に着替えてから食卓につく。
普段は遥香に身体を返しているが、今日は香織と遙一郎、そして私の三人で食卓を囲んでいる。
「ん?遥香・・・。あ、いや、何でもない。学校は楽しいか?」
遙一郎が私の頭の上をちらりと見て、何かを言いかける。
ああ、アホ毛が立っていないから遥香ではないと気付いたのか。
「うん。楽しいよ。友達もいっぱいできたし、男子たちも優しくしてくれるからね。」
これは私にとっても遥香にとっても嘘ではないな。
「そうか、それは何よりだ。ただ・・・やりすぎないようにね。」
「あなた。やりすぎないようにって、何のこと?」
香織が遙一郎の言葉に何か引っかかったようだ。一応、フォローしておいてやろうか。
「ちょっとラブレターの数がすごいことになっているの。先週、700を超えたかな。捨てるに捨てられなくて、どうしようか悩んでいるんだけど。」
「「700!?そんなことはじめて聞いたわよ(ぞ)!?」」
・・・いかん、墓穴を掘ったか?
「え~。だって、ラブレターをもらったなんて恥ずかしくて・・・。」
「今すぐ見せなさい。誰からもらったんだ!」
「遥香ちゃん。あの高校、生徒数は2000人くらいよね。三分の一以上からもらったの?すごいわね!?」
遙一郎がすごい顔をしている。香織はなぜか嬉しそうだ。
う、クソ、失敗した。仕方がない。あとでラブレターのすべてを焼却しておこうか。
《仄香さんって、けっこう抜けてるよね。・・・私、知~らないっと。》
ぬぅ。大事な仕事がたくさん残っているのに、完全に四面楚歌になってしまったよ。
◇ ◇ ◇
波乱万丈(笑)の夕食を終え、遥香の部屋で千弦の悪夢の解析をしていると、遥香のスマホが軽快なメロディを奏でる。
「ん?ああ、エルリックからですね。・・・ふふ。さすがはガドガン伯爵家現当主にしてイギリス最大の資産家。人脈がすごいですね。」
《仄香さん。ガドガン先生に何か頼んだの?》
「ええ。明日、九重総理に会いに行きます。安心してください。バイオレットの身体をリモートで動かして使います。遥香さんには迷惑はかけませんよ。」
《うわ。日本の総理大臣にメール一本で会えるって、すごいね。》
「そこは魔女のネームバリューを使わせてもらいました。せっかく持っているものは使わないと。」
さて・・・二人分の身体の制御をするのは久しぶりだ。ま、授業中なら座っているだけだからそれほど苦にもなるまい。
明日に備えて今日はゆっくりと休むとしようか。
実は、ガドガン先生はこの時点で本件について仄香からいくつかの依頼を受けています。
琴音の方を見てニヤリとしたのは、仄香から聞いていたとおりに入れ替わっていたので、確認の意味で笑っただけで他意はありません。
ついでに言ってしまえば、将来自分のひ孫と結婚する可能性すらある娘に対し、自分のひ孫を見るような目で見ているという感覚を持っています。
・・・琴音はアレクと付き合うことになりましたが、かなりの距離の遠距離恋愛です。
今はメールで文通していますが、そのうちイギリスに行くことになるでしょうから、きっと長距離跳躍魔法で行ったり来たりするんでしょうね。
デートをするにしても、9時間の時差をどう克服するんでしょうかね。
あ、その前に出入国管理及び難民認定法の壁はどうするんでしょうね。