133 千弦の大勝負
1月14日(火)
南雲 千弦
昨日は3人で、いや、途中から二号さんが加わったから4人か。とにかく、ガドガン先生のひ孫さんを羽田空港まで見送り行ってから、夜遅くまで私の「告白大作戦」とやらの作戦会議とかで付き合わされて大変だった。
作戦会議とか言いながら、全然決まらないし、琴音のヤツは先にダウンするし。
登校してすぐに仄香に回復治癒呪をかけてもらうまで寝不足で倒れそうだったよ。
「おはよう。あれ、千弦。具合でも悪いのか?」
理君が斜め後ろの席に座りながら、私に声をかけてきた。
回復治癒呪を使っているから疲労は完璧に抜けているはずなんだけど、精神的な疲労は別だったみたいで表情に出ていたかもしれない。
つい「結構私のことをしっかりと見てくれているんだな」なんて思ったりしてしまう自分が嫌いだ。
でも、そんなにしっかり見てくれているのに、それでもなお琴音のほうに好意を寄せている彼のことを少し憎らしく思ってしまう自分がさらに嫌いだ。
「ちょっと寝不足なのよ。夜通し動かしていた3Dプリンタの音がうるさくてね。」
理君に、そんなことを考えている私の顔を見せたくないからか、適当な嘘をついて教室の前の方を向いてしまう。
「そっか。・・・あ、それ、使ってくれてるんだ。うれしいな。」
理君の声にハッとしながらハーフアップに上げた髪を留めたバレッタに思わず手をやってしまう。
「・・・ありがと。すごく気に入ってるから今日もつけてきた。」
そうだ。今日は先週もらった、理君手製のバレッタをつけて来たんだっけ。
頭の後ろについてるからなのか、なかなか自分ではピンとこないんだけど、朝から何人かの女子にどこで売ってるかとか、値段とか、うるさく聞かれたのよね。
手製だということだけ言って後は秘密にしたけど、結構追及がうるさかったよ。
なぜかサバゲ同好会でよく話す時岡君にまで入手先を聞かれたのは意外だったけど。
ちらっと後ろを見ると、私の言葉に理君は満面の笑みを浮かべている。
さあ、どうやって放課後、呼び出そうか。週が始まったばかりで秋葉原とかに連れて行こうとするのはおかしいし、いきなり校舎裏に呼び出すのはベタすぎるし。
私ってこんなにヘタレだったっけ。
慣れないことに迷っていたら、無情にも朝のホームルームのチャイムが鳴り響いた。
そういえば、今日の2限と3限は、1組と合同で男女別の体育の授業だった。
せっかくだから琴音じゃなくて仄香に相談してみようか。
◇ ◇ ◇
面白くもない現代文の授業が終わり、素早く体操着に着替えた後、男女別になって1組と合流し、男子はグラウンドへ、女子は体育館へ向かう。
いつもは面倒な着替えと移動だが、理君に聞かれないようにこっそりと話をするにはありがたい。
体育館につくとすでに琴音や咲間さん、そして仄香がバスケットボールの準備をしているところだった。
琴音のヤツ、周りに花畑が咲きそうなほど幸せそうな顔をしている。
「お、千弦っち。おはよ。・・・どしたの?すごい苦虫を嚙み潰したよう顔してるけど?」
咲間さんがびっくりしたような声でそんなことを言った。
いかんいかん、そんなにひどい顔をしていたか。
体育館の端に腰を下ろし、咲間さんの長身を見上げると、彼女も同じように腰を下ろした。
「放課後のことを考えると不安で胃が痛くなるわ。理くんに何て言ったらいいのかしら。」
「そもそも千弦っちは何で石川君のことが好きなのさ?それを正直に伝えればいいんじゃない?何か言えない理由でもあるの?」
「・・・何で私が理君を好きなのか、自分でも分からないのよ。気付いたら彼のことが良いなって感じてただけだし、もしかしたら琴音に対抗してるだけなのかもしれないし・・・。」
実際のところ、自分の感情がよくわからない。理君のことは好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きだ。
私の女らしくない趣味を笑ったり馬鹿にしたりすることもなく、一緒に楽しんでくれるし、ただ話すだけでも価値観が合う。
困ったことがあれば一緒に悩んでくれるし、身勝手な正解を押し付けてくることもない。
身長は結構低いけど、顔も悪くないし身体も引き締まっている。・・・師匠ほどではないけど。
「ふ〜ん。分からないっていうか、言語化できないって感じじゃないの?正直にそのまま伝えたら?それとも人生経験豊富な仄香さんに相談に乗ってもらう?」
「そうね・・・。仄香なら私のこの感情を言葉にできるかも知れない。」
そう思い立って辺りを見回すと、琴音と仄香がバスケットボールのボールカゴを押しながらこちらに歩いて来たのに気付いた。
授業のバスケットボールの準備をしているようだ。
立ち上がり、二人に駆け寄る。
「琴音。ちょっと仄香、借りるわよ。」
「あ、姉さん。・・・もう、強引なんだから。」
後ろで琴音が何か言っているようだが、気にしない。
授業の準備は咲間さんが引き継いでくれるようだ。
体育の先生が来る前に話をしてしまいたい。
「ねえ、ほの・・・遥香。私、どうしたらいい?理君に何て言えばいいと思う?」
「それを私に聞くんですか。・・・私の感性が役に立つとは思えないんですけど・・・。とりあえず念話に切り替えましょうか。」
仄香の言うとおり、イヤーカフを使って念話に切り替える。
勝手知ったる他人の術式、という感じだ。
・・・この念話という術式、解析したんだけど要求される魔力が高すぎるのとイヤーカフの材料費が恐ろしい金額になるからあきらめたのよね。
《それで、どこから話したらいいか・・・。昨日、アレクさんと琴音が付き合うことになったじゃない?それで琴音との話し合いで理君とは私が付き合え、ってことになって、夜遅くまで作戦会議してたのよね。》
《琴音から大体の話は聞いている。それで、今日の放課後に彼を呼び出すんだっけか?正直に大事な話があるといえばいいだろう?》
《理君は琴音のことが好きなのよ。それに、それを私が知っていることも彼は知っているはずで、今更どんな顔をして言ったらいいかなんて分からないわよ。》
それに理君に好きだと告げて、もし断られたら、そしてその理由が琴音の方が好きだからということだったらしばらく立ち直る自信がない。
《・・・堂々巡りじゃないか。いっそのこと自分で言えないなら、琴音に言わせたらよかったんじゃないか?『姉さんが理君のことを好きだって言ってたよ』ってさ。それとも私が言ってやろうか?》
《そんな情けないことできるわけないじゃない。はあぁぁぁ・・・ホント、どうしようかしら・・・。》
《そんなことで悩むなんてお前らしくもない。仕方ない。告白の成功確率だけは上げておいてやろうか?》
《・・・何パーセントくらいよ?その確率って・・・?》
多分、人の心を操る魔法か魔術を使うつもりなのだろう。
そんなものを使って理君の気を引くなんて、まるで出来の悪い成人漫画のモテない男のズルのようだが、思わずその確率を聞いてしまう。
《そうだな・・・。せいぜい7割くらいかな。》
《・・・7割!?ホント、魔法ってズルね。どうしようかしら・・・。うん、やっぱりやめておくわ。もし魔法を使ったら、たとえうまくいったとしても理君が私を本当に受け入れてくれたか分からなくなっちゃうし。逆にそこまでしてうまくいかなかったら、落ち込みようも半端じゃなくなるでしょうし。》
《・・・これは末期症状だな。まあいい。人間の恋愛なんぞなるようにしかならん。ただ、・・・そうだな。理殿がお前以外の誰か、琴音や咲間さん、何なら私でもいい。他の女とイチャイチャしているところを思い浮かべてみるといい。なんならその女の子供を嬉しそうに抱いているところでもいいさ。・・・その時感じた思いこそがお前の正直な心だろうよ。》
・・・一瞬、理君が誰か知らない女の子供を抱いて笑っている情景が頭の片隅に浮かぶ。
胃に焼けた石が落ちていくような、胸が引き裂かれるような感じがする。
そうか、これは嫉妬だ。空想の中の女に嫉妬するほど、私は理君のことが好きなんだ。
《前言撤回よ。今日放課後、理君を呼び出すわ。私の告白の確率、上げておいて。魔法か魔術かは知らないけどさ。》
《ふふふ、そういうと思ってな。もうやっておいたよ。安心して彼を呼び出すといい。》
・・・?いつの間に?
魔法も魔術も使った気配なんてなかったんだけどな?
◇ ◇ ◇
仄香
1組と2組の合同授業が終わった後、千弦は授業開始時とは違って晴れやかな顔で教室に帰っていった。
遥香の魅了魔法をトレースしたものをかけておいたから、琴音のように抗魔力が異常に高い相手でもない限り、コロリといくだろう。
更衣室のロッカーを開け、遥香が入っている杖を拵袋ごと取り出す。
《あ、仄香さん。千弦ちゃんの件、どうなったの?》
遥香も千弦の恋の行方が気になるらしい。
・・・それにしても、今回の騒動にこいつが絡んでなくてよかったよ。
千弦の恋敵が遥香だったら、千弦には悪いが、ただ一言「あきらめろ」としか言えなかったからな。
《今日の放課後に理君を呼び出して思いを告げるみたいですよ。・・・まあ、私がおまじないをしておいたから十中八九成功するでしょうけどね。》
《おまじない・・・?あ、もしかして魅了魔法?いいなぁ、私も使ってみたいな・・・。》
こいつ、普段から魅了魔法を垂れ流してどうなったのか、忘れてるし。
《とりあえず、放課後になったらこっそりと様子を見に行きましょうか。それと、遥香さんには必要ないと思いますよ。好意も度が過ぎると面倒なことになりますから。》
《あ~・・・うん。そうだね。》
いや、実際にそうなのだ。
捨てるに捨てられずに保管してあるが、この高校に転入してからの僅か半年の間にもらったラブレターの数が700通を超えているのだ。
中には、同じ人間から二度ならず三度までもラブレターをもらっていたりする。
入学したての中学一年生から卒業直前の高校三年生まで、それも付き合っている彼女がいるはずの男子生徒からも届いている。
女子生徒から受け取ったラブレターは50通くらいだったか?カップルの男女それぞれからもらうなどという珍事まで発生している。
というか、同性では繁殖もできないのにどういう神経をしているのか。
それだけではない。こともあろうに、教職員からのものまであるのだから始末に負えない。
万が一にでも漏洩したら免職沙汰になるというのに、正気なのだろうか。
告白を受けるたびに何度、魅了魔法が動作してないか確認する羽目になったか。
いっそのこと逆魅了魔法でも開発するか?
さて、次の授業は英語か。
・・・ん?英語ってことは、おいおい、エルリックの授業じゃないか。
あいつ、異常なほど魔力検知能力が高いからな。面倒なコトにならないといいんだが。
◇ ◇ ◇
体操着から制服に着替え、教室に戻ると、すぐにチャイムが鳴りエルリックが教室に入ってきた。
何人かの女子生徒はいまだに黄色い歓声を上げている。
・・・こいつ、結構モテるんだよな。
教壇に上がる直前でエルリックと目が合うと、彼はにやりと笑いながらとんでもないことを口走った。
「Honoka, fascinum magicum uteris, nonne? Magiam resistentiae iam activavi.(仄香。魅了魔法を使ってるな?対抗魔法を発動しておいたぞ。)」
「っ!何を!」
思わず反射的に立ち上がってしまう。
「え~。先生、今の何語~?英語じゃないよね~?」
クラスの女子たちが首をひねっている。・・・くそ、今のはラテン語か。思わず反応してしまった。
「さて、今日の授業は・・・。そうだな。ビートルズの『Let It Be』を参考にしてみようか。この『Let It Be』という言葉は聖書からとられた言葉で『そのままにしておく』という意味の言葉なんだが・・・。」
エルリックはどこからともなく取り出したポータブルスピーカーを教壇に置くと、スマホに接続して曲を流し始めた。
教室内に心地よい音楽が流れている。
私が困難に陥ったとき、聖母マリアが来てくれる。
知恵の言葉をささやいてそのままにしよう、か。
なるようにしかならない、流れに身を任せよう・・・か。
私のところにはとうとう聖母マリアは来てくれなかったな。
・・・ふ。自分よりも年下の女に何を期待するか。
「ガドガン先生の授業はおしゃれだね。曲をつけると耳に残るから覚えやすくていいよ。」
さて・・・せっかくの魅了魔法を打ち消されてしまった。普段なら魔力の量で負けることなんてないんだがな、思いっきり手加減しているからな。
ま、歌詞の通りじゃないが今はそのままにしておくしかないか。
たぶん、何もしなくても千弦の告白は成功するだろうし。
◇ ◇ ◇
石川 理
お昼休みに入ると同時に千弦から午後の予定を聞かれたので、またシューティングレンジにでも行きたいのかと思い、特に予定は入っていないと答えたところ、妙に強い口調で放課後を開けておくように言われた。
・・・オレ、何か千弦を怒らせるようなことしたっけ?
例のバレッタは使ってくれてるし、怒っているにしては言葉遣いが少しおかしかったんだよな。
なんというか、言い淀むような・・・?
「なあ、千弦、放課後の用事って・・・?」
「いいの!放課後になったら言うから。理君は授業が終わったら第一体育館の裏の倉庫前に来てくれればいいから!」
千弦はそう言うと1組の方に走って行ってしまった。思わず追いかけようとしたが、入れ違いにサバイバルゲーム同好会の友達が昼飯に誘いに来た。
「お~い。石川。飯食いに行こうぜ。・・・どうした?口が開きっぱなしだぞ?」
そう言いながらオレの肩に手を伸ばすコイツは時岡勝、4組の問題児だ。暴力沙汰で何回補導されたか分からない。成績だってかなりやばいらしい。
それだけではなく、家庭環境もかなり悪いようだ。
だが、どういうわけか教師受けはすこぶる良いんだよな。
「・・・そういえばお前、駅前で揉めたんだって?同好会に迷惑とか掛かるなよ?」
「お。耳が早いな。荒西高校のやつらがウチの後輩をカツアゲしようとしたところに出くわしてな。まぁいいじゃねぇか。1対3だったんだ。手加減なんかできねぇよ。」
そうなんだよな。コイツ、基本的に正当防衛でしか殴らないんだよな。
話してみればものすごく優しい奴なんだが、かなり怖がられてるんだよな。
学食(食堂)に向かいながら途中で5組と7組に顔を出し、同好会のメンバーのうち、弁当を持ってきてない奴らに声をかけると、菊池と高橋が一緒についてくることになった。
両方とも同好会のメンバーだ。
なぜか全員がラーメンの食券を券売機で購入し、高橋以外は行列に並ぶ。
振り向けば高橋が素早く4人分の席を確保している。菊池が二人分の食券を窓口に並べている。
なんというか、パシったつもりはないんだが、いつの間にかそういう役回りになっている。
「おばちゃん、おれ、二人分持ってくからさ。一つのトレーに乗せてくんない?」
時岡が高橋の分もトレーに乗せて、ヤツが確保している席にラーメンを持っていく。
こいつ、けっこう気が利くんだよなと感心していると、不意に立ち止まり、それまでとは違うまじめな声でオレに向かって言った。
「おまえ、そろそろ南雲さんのこと、どうするかちゃんと決めろよ。たぶん、今日あたり何か言ってくると思うぞ。」
こいつが言う南雲さんというのは千弦のことだろう。サバゲ同好会でこいつと接触があるのは千弦だけで、琴音さんの方は全く接触がない・・・はずだ。
「ああ。・・・何の話だろうな?」
「いいか、人間は何かを選択したときは必ず後悔するようにできているんだ。迷うって事はその選択肢は等価ってことだし、例えどちらかを手に入れられるとしても、一方を選ぶということは一方をあきらめるということだ。それに、例えば1万円拾った感動と1万円落とした後悔とでは、必ず後者が勝る。しかも、自分で判断できなかったとしたらさらに余計な後悔までしょい込むことになる。だからどんな形でもいい。少しでも後悔を減らすために自分で答えを出せ。」
時岡にしては難しい例えをする。それに、オレは琴音さんと千弦のどちらかを選べるようなほどモテちゃいない。
ただ、よく分からないが、時岡の言う通り、少しでも後悔しないように考えて行動しようとは思う。
◇ ◇ ◇
午後の授業が終わり、生徒たちが下校を始めたころ、カバンに教科書やノートを放り込んで席を立つ。
すでに、千弦の姿はないようだ。
待ち合わせ時間は決めてない。「授業が終わったら」、「第一体育館の裏の倉庫前」に来るように言われただけだ。
この歳になって、初めて感じる妙な胸のざわめきを感じながら体育館の裏に続く校舎の角を曲がると、そこにはすでに千弦の姿があった。
彼女の前に立ち、その顔を見る。
約5センチの身長差しかないが、前髪に隠れてその表情がはっきり見えない。
千弦はうつむいたまま、少し小さな声で話し始めた。
「ごめんね、理君、わざわざ呼び出しちゃって。今日、時間、大丈夫?」
「ああ。今日は何も用事はない。ウチは門限もないし、親はてっぺん超えないと帰ってこない。・・・話ってなんだ?」
「・・・理君、琴音のことが好き、なんだよね?それって、顔が好き、なのかな?」
突然、何を言っているんだ?そりゃあ、琴音さんの顔はハッキリ言って好きだけど、それを言うなら千弦の顔だって同じように好きだ。
「・・・琴音さんと千弦は双子だろ?そんなこと聞かれたらなんて答えたらいいんだよ・・・。」
「・・・琴音じゃなきゃダメなの?・・・私じゃ、ダメなの?」
まさかと思っていたけど、これは・・・。
いや、ちょっと待て、心の準備が全くできてない。
それに、何だろう?さっきから千弦の顔をはっきりと見ることが出来ない。何といえばいいか、・・・こいつ、こんなに可愛かったっけ?
いや、ちょっと待て。この感覚。クリスマスの朝にも同じような感覚が・・・?
「まさかと思うけど・・・千弦。お前、オレのこと・・・?」
「しょうがないじゃん。気付いたら好きになっちゃってたんだから。理由なんか知らないけど、理君が琴音のことを何か言うたびにこの辺がものすごく痛くなるのよ。」
千弦が制服の胸のあたりをしわができるほど握りしめ、目尻に涙のようなものを貯めてオレの顔を見上げてくる。
ヤバい。こういう時、なんて言ったらいいんだろう。
ちょうどいい言葉が見つからない。
それに、普段からコイツの前で「琴音さん琴音さん」と言っていたのに、こういう時だけ千弦が好きだとか言ったら軽蔑されたりしないだろうか。
ええい、こうなったら正直に言ってしまえ!
「琴音さんにはサバゲとか運動会でケガしたときとか、手当てしてもらったから優しい人だな、と思ってる。ただ、千弦とはちょっと違うんだよ。なんというか、手が届かないな、オレとは何か違う力を持ってる人だな、って。」
「それが理君が琴音のことを、さん付けで呼ぶ理由?」
「ああ、そうだ。多分、オレの感覚は他の運動部の連中と同じで憧れみたいなもんだと思う。・・・でも、お前のことはちょっと違うんだ。中二の時に初めて趣味が合うとわかってから、いつも視界の端で追いかけてた。コイツとサバゲができたら楽しいな、なんて思いながらサバゲ同好会を作った。」
千弦は黙ったままじっとオレの目を見ている。
なんというか、すべてを見透かされるような眼だ。
絞り出すように言葉を続ける。
「ぶっちゃけ、オレは仲間内で河川敷の原っぱでエアガンを撃っているだけでよかったはずなんだが、千弦と遊ぶようになってからさ、教室だけだと物足りなくなってさ。校内でもなるべく長い時間一緒にいたいのを誤魔化すような感じでサバゲ同好会を作ったんだ。・・・あれ、オレ、何言ってるんだろうな。」
言葉をつらつらと並べているが、肝心なことが言えてない。
文脈もへったくれもないんだが、ウチに帰って布団の中で後悔して悶絶するくらいなら言ってしまえ。
捻り出ろ、オレのくそ根性。
「すまん、前置きが長くなった。つまり、オレは千弦。お前のことが好きだ。・・・琴音さんよりも。」
何とか言葉を捻りだし、恥ずかしさや後悔の入り混じったような不可解な感覚に足元の地面が斜めになるかのような錯覚を感じた瞬間、ドンっという音とともに千弦が抱き着いてきた。
「・・・んふふ、なんだ、じゃあ、両想いってことじゃない。は、はあぁぁ。緊張した、おしっこちびりそうだったわ。」
オレの脇の下に通した千弦の両腕が小刻みに揺れている。
それにしても、おしっこちびりそうとか、とことん色気がないやつだ。
いやそうじゃない、しっかりオレも震えてるじゃないか。
「・・・ふ、はははっ。なんか、一生分の勇気を使ったみたいだ。こんなに緊張したの、生まれて初めてだよ。」
震える言葉でそう言うと、自然に誰もいない体育館の裏に、オレたちの笑い声が響く。
「・・・あ~。緊張したらおなかがすいてきちゃったわ。帰りに駅向こうのラーメン屋にでも寄ってかない?」
なんというか、告白した後にラーメン屋とは色気がないな。でも気が置けない仲で付き合えるならこれほどうれしいことはない。
「よし。じゃあ俺がおごるよ。年末年始の旅行のお土産、もらってばっかりで何も返してないしな。」
「え~。じゃあ、チャーシューメンにして餃子もつけちゃうわよ?」
「はははっ。正月だけは懐が暖かいのさ!」
そうそう、ウチは母方に親戚が多いおかげで、毎年7~8万円のお年玉がもらえるから、このタイミングだけは懐が温かいのだ。ま、来月からは少しバイトを増やそうかな。
千弦と二人、校門を出て駅のほうに歩いていく。
はじめてその手を握りながら。
多分、この日をオレは一生忘れないだろう。