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131 東京観光のお供

 1月11日(土)


 南雲 琴音


 今日は、日本を旅行中のガドガン先生のひ孫さんが東京観光をしたいというので、ガドガン先生の勧めで私たちも合流して浅草観光をすることになった。


 先生は私の強制身体制御魔法をえらく気に入ってしまったらしく、「君こそ魔女の正当な血族だ!」などと言ってひ孫さんに会わせようと乗り気になっていたよ。


 残念ながら、ガドガン先生は何か用事があったらしくて今日は不参加だ。

 ・・・別に残念でもないか。


 今は待ち合わせ場所の、東京駅の八重洲地下中央口を入ってすぐの銀の鈴の前に向かっているところだ。


 予定では、午前10時に待ち合わせをして浅草、そしてスカイツリーに行き、そのあと秋葉原へ向かう。


 そしてなぜか夕食は赤坂の料亭を予約してある。


 ・・・実は今週末に黒川さんに食べ歩きに誘われたんだけど、ガドガン先生のひ孫さんの話をしたら東京観光の最後に黒川さんの従兄弟(いとこ)の店を使うようにと、それはもう強くお勧めされたんだよね。


 高級料亭での夕食ということもあり、私たち三人は全員制服を着ている。

 ・・・仄香(ほのか)曰く、学生にとっては立派な正装だそうだし。


 私たちのおこづかい程度じゃあ、はっきり言って縁がないお店なんだけど、黒川さんのおごりだっていうし、ご厚意に甘えよう。


 っていうか、もしかして黒川さんも彼のファンだったりするのかな?


「ねぇ、コトねん。私たちもついてきてよかったのかな?」


 仄香(ほのか)が妙に警戒するので彼と一人で会うことはせず、咲間さん(サクまん)や遥香も一緒だ。中身は仄香(ほのか)だけどさ。


「エルリックの考えていることはなんとなくわかります。・・・昔から私の血を引く娘を(めと)りたいという人間は多かったですからね。・・・咲間さん(サクまん)、エルリックのひ孫さんが琴音さんにふさわしいかどうか今日一日で見極めますよ。」


「・・・あんたたち、お見合いじゃないんだからそんなに気合い入れないでよ。ってか、魔女の血を引く娘ってそんなに人気なの?初めて知ったわよ。」


「ええ。私の血を引く娘は魔力総量が大きかったり、複雑な魔力回路(サーキット)や術式回路を難無く構築したりと、様々な魔法・魔術的な才能に恵まれることが多いですからね。魔法使いや魔術師にとってみれば縁を結んでおきたいと考えるのが普通です。」


 ・・・うわあぁぁ。私としては普通の恋愛がしたいんだけどな。っていうか、姉さんの方が条件に合ってない?


「あ、コトねん。あの人じゃない?」


 仄香(ほのか)の言葉に頭を抱えた瞬間、咲間さん(サクまん)が銀の鈴の前に立つ、長身でダークブラウンの髪色の男性を指さす。


 腕時計に目をやると、待ち合わせ時間の午前10時より20分以上も前だ。

 だが、ガドガン先生からもらったCDのジャケット写真を見る限りでは、間違いないようにも見える。

 彼は一心不乱にスマホを見ており、私たちには全く気付いていないようだ。


 ガドガン先生は、ひ孫さんは日本語を話せると言っていたけど、どの程度話せるんだろうか。

 まあ、仄香(ほのか)がいるんだから通訳には困らないか。


「・・・初めまして、南雲琴音です。アレックス・ガドガンさんですか?」


 彼は私の声にビクッとしながら、スマホから顔を上げた。


「どうも、初めまして。僕はアレックス・ガドガン。アレクと呼んでくれ。東京は初めてなのでよろしくお願いするよ。」


 ・・・おどろいた。すごくきれいな発音の日本語だ。

 それにしても写真とはずいぶんイメージが違うな?マイクを握ると性格が変わるタイプの人なんだろうか?


 まあ、イケメンだからいいけどさ。


「じゃあ、私のことも琴音でいいわ。この二人は私の友人で咲間恵さん、それと久神遥香さんよ。今日一日、私たち三人でアレクを案内する予定よ。」


 アレクの日本語に驚きながらも、同伴者の二人を紹介する。

 仄香(ほのか)は堂々と、咲間(サクまん)は少し腰が引けながらもアレクにあいさつしている。


「日本語、お上手ですね。日本に住んでいたことがあったんですか?」

 仄香(ほのか)が彼と握手しながら、彼の日本語をほめている。


「いや、曾祖父の言いつけで小さいころから日本語を学んでたからね。日本に来たのは今回が初めてだよ。」


 すごいな。日本語ってかなり習得が難しい言語だって聞いてたけど?それともガドガン先生の教え方が上手いのか?


「あ、あの、『Witch's Lover』のギターヴォーカルのアレックスさんですよね。あたし、ファンなんです。」


 ・・・咲間さん(サクまん)の腰が引けていた理由はこれか。有名なバンドのギターヴォーカルだということは知っていたが、咲間さん(サクまん)がファンだというのはあまり知らなかったな。


 自己紹介が終わったところで、階段を上って山手線のホームに向かう。

 そのあと、神田駅で地下鉄銀座線に乗り換えて浅草に向かうコースだ。


 山手線内回りのホームへ続くエスカレーターの半ばに差し掛かったころ、ホームで発車メロディーが流れているのが聞こえた。


「あ!電車が出る!急がないと!」


 アレクがキャリーバッグを引きずりながらあわてている。


「アレク。急がなくてもすぐ次の電車が来るから大丈夫だよ。特に9時台と10時台は本数が多いから。」


「ええ・・・?すぐにくるって?・・・あ、本当だ。」


 アレクがエスカレーターから降り、ホームドアの前に立ったところで有楽町を出た山手線がこちらに向かってくるのが見えた。


「爺さんから聞いていた通り、日本の電車は本数が多いな。運行管理とか大変そうだなぁ・・・。」


 爺さんというのはガドガン先生のことだろう。しかし・・・アレクは何歳くらいなんだろう?私たちと年齢がかなり近いような気もするけど・・・?


 山手線に乗り、すぐに隣の神田駅で降りる。

 神田駅での乗り換えが結構面倒だが、地下鉄銀座線に乗れば浅草まであとは一本だ。


「ねえ、アレク。変なこと聞くようだけど、あなたって何歳?ガドガン先生と同じでかなりの歳だったりする?」


「僕は見てのとおり、まだ21歳さ。爺さんの若作りの魔法が異常なんだよ。っていうか、うちの家系でまともに魔法が使えるのは爺さんだけだからなぁ・・・。魔法の才能は遺伝しなかったみたいだね。」


「ふーん、魔法のことは知ってるんだ。じゃあ、ガドガン先生から私たちのことも聞いてる?」


「あ〜。これは言うべきではないんだけど・・・。遥香さんを落としてこい、もし無理なら君を落として来いって言われている。二人とも優秀な魔法使いだからってさ。」


 おい。ずいぶんと正直だな。あ、仄香(ほのか)がすごい形相になっているよ。


「エルリック・・・。後で一発、光撃魔法でも撃ち込んでおきましょうか。まったく、女を何だと思っているのかしら。」


《・・・仄香(ほのか)さん、光撃魔法なんて撃ち込んだらガドガン先生死んじゃうよ?》


「ま、まあ、正直にそれを言うってことなら本人にその気はないみたいだし、ほの・・・遥香、そんなに怒らないでよ。」


「僕としては魔法が使えるかどうかよりも、価値観が同じ人がいいんだけどね。あ、それよりさ。東京の町はどんなに高い塔から見下ろしても地平線まで街が広がってるってホントかい?」


「高い塔?ええと、地平線までの距離って・・・?」


 どんなに高い塔でも?ええと、スカイツリーの高さがムサシ・・・634メートルで、あれ?展望台の高さは?


「スカイツリーの展望台が350メートルですから、観測対象が海抜0メートル、観測者の身長を無視する場合、地平線までの距離は66,754メートルですね。残念ながら海も山もありますのでそのすべてに街が広がってるとは言えませんが、都市的地域面積として考えれば首都圏は8,223平方キロメートル、第二位であるジャカルタの3,367平方キロメートルを大きく引き離して世界最大です。」


 答えに窮していると、仄香(ほのか)が素早く計算して答えてくれた。

 というか、ホントにどういう知識量と計算速度をしているんだろう?


「すごいね!?まるでコルサントみたいだ。」

 アレクが驚きの声を上げる。


「コルサント?なにそれ?」


《スター〇ォーズの銀河共和国の首都の惑星だよ。でもあれって、惑星が丸ごと一つ都市になっていたような気がするけど。》


 なぜか遥香から注釈が入る。


《詳しいわね?もしかして遥香ってスター〇ォーズのファンだったりする?》


《別にそういうわけじゃないけど・・・。ほら、杖の中の空間って、外とインターネットがつながってるから検索し放題だし。》


 もしかして遥香ったら、杖の中の仮想空間でパソコンに張り付いてるのかしら?


「あ、コトねん。アレックスさん。もうすぐ浅草だって。」


 まあいいや。旅行の案内やネットの検索は仄香(ほのか)と遥香に任せて、せっかくだから私も楽しもっと。


 ◇  ◇  ◇


 まる一日東京観光をしてすっかり暗くなったころ、黒川さんの従兄弟(いとこ)が経営しているという、赤坂の料亭の前に到着した。


 ・・・お店の前で黒川さんが待っていてくれなければ、とてもじゃないけど入る勇気がなかったよ。

 仄香(ほのか)なら堂々と入りそうだけどさ。


 それにしても今日はよく歩いた。

 浅草駅から雷門を通って仲見世通りで買い物をし、そのまま浅草寺、浅草花やしき、浅草横丁・・・そしてスカイツリー。その後は彼のたっての希望で秋葉原へ。


 秋葉原以降は仄香(ほのか)と遥香が交代していたよ。


 知らないうちに遥香が仄香(ほのか)のような趣味に走ってるとは思わなかったけど、アレクと二人でフィギュアを眺めて歓声を上げているのには驚いた。


 浅草にしても、秋葉原にしても、かなりの距離を歩いたせいで私も咲間さん(サクまん)もへとへとになっている。


 体の弱い遥香がつかれた様子もないのはきっと、仄香(ほのか)がどうにかしたからだろうな。


《・・・琴音さん、咲間さん《サクまん》。かなりお疲れのようですから、よろしければ回復治癒呪をかけましょうか?明日は筋肉痛になるかもしれませんよ。》


 杖の中から仄香(ほのか)声をかけてくれる。幸い、アレクと黒川さんはお手洗いに行っているので、ここにいるのは私たち三人だけだ。


《あ、仄香(ほのか)さん。あたしにベホ〇ミして。ホイ〇でもいいから。》


 咲間さん(サクまん)がさっそく回復治癒呪をねだっている。・・・そういえば仄香(ほのか)の回復治癒呪ってどういう原理なんだろう?私たちが使う回復治癒魔法とは何か根本的に違うような気がするんだけど?


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛・・・生き返るぅ・・・。」


 咲間さん(サクまん)が野太い嬌声を上げる。まるで熱々の温泉につかったような表情だ。


咲間さん(サクまん)。声大きすぎだよ。あ、次は私にもお願い。」


 仄香(ほのか)にそう言うと、すぐに温かく心地よい何かに全身を包まれるような感覚とともに、足や腰の痛みが解けるように消えていった。


 うわ、これ、ものすごく気持ちがいい。変な依存症になったりしないだろうな!?


 しばらくしてアレクと黒川さんが帰ってきた。いかんいかん、あまり気持ち良すぎてウトウトしてたよ。


「お待たせぇ。今日は鉄砲鍋よ。とはいっても、絶対に当たらないから安心してぇ。」


 黒川さんの言葉とともに、すでにいくつかの料理が並んでいる食卓に大きな鍋と取り皿が運ばれてきた。


「鉄砲?Gun?Cannon?銃を日本では食べるのか?」


 アレクが目を丸くしている。そういえば、鍋の中は魚のようだけど、何の魚なんだろう?


「じゃ〜ん。ふぐで〜す。あらぁ、琴音さん。どうしたの?」


「いや、食べたことないんだけど、当たった患者の治療はしたことあるのよね。まさか自分が食べることになるとは思わなかったわ。」


「大丈夫よぉ。うちはしっかりとした料亭だし、ふぐ調理師免許を持っているベテランがさばいてるから安心してぇ。」


 ・・・まあ、最悪ふぐの毒に当たっても私と仄香(ほのか)がいるし、死ぬ可能性はないか。っていうか、テトロドトキシン専用の解毒魔法があるのよね。先にかけておこうかしら。


《あら、琴音さん。このふぐを調理した人間はかなり腕がいいですね。安心して食べて大丈夫ですよ。》


 杖の中から仄香(ほのか)の声が聞こえる。

 遥香や咲間さん(サクまん)のほうを見ると、高級料亭の雰囲気にのまれてそれどころではないようだ。


「で、この魚を鉄砲という理由は何だったんだ・・・?」


 アレクが首をかしげている。まあいいや。毒がある魚を食うなんて落ち着かないだろうし、食べ終わるまで黙っていましょうか。


 ◇  ◇  ◇


 黒川 早苗


 去年の年末に表参道の一角でパリの有名なスイーツのお店がオープンしたから、この三連休に琴音さんを誘って二人で食べに行こうと思ってLINEで連絡したところ、とても興味深い情報を得ることができた。


 なんと、彼女たちの高校に大魔導士「エルリック・ガドガン」が英語教師として赴任してきたというのだ。


 警視庁公安部や内閣調査室でも調査対象となっている魔法使いの一人で、我が国に敵対する意図や可能性はないものの、単独で一軍を相手にできる数少ない魔法使いのうちの一人だ。


 それに彼は魔女ほどではないが、その逸話には事欠かない。


 世界最強の魔法使い、人類史上最高の魔術師。

 噂では、常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式を開発したのも彼だという。

 また、魔女以外では唯一、同時に複数種類の魔法を発動することができるらしい。


 おそらくは都市伝説だと思うが、魔女に直接師事した数少ない魔法使いの一人だとまで言われている。


 私も魔法使いとしてぜひ会ってみたいとも思っていたが、元魔法協会の会長であるだけでなく、イギリスの名門、ガドガン伯爵家の当主ともなれば一介の警察官が会えるものではない。


 琴音さんの話を聞いて、なんとかガドガン卿に会えないかと考えていたら、なんと彼のひ孫が週末に東京見物に来るらしい。


 ということで、少ない捜査協力費をちょろまかして私の従兄弟(いとこ)の店で接待をすることになった。


 うん、ちょろまかすというのは正しくないな。一応上官には話を通してあるし、これも立派な捜査活動の一環だ。・・・ということにしておこう。


 ふふふ、これでガドガン卿、よしんばその師匠である魔女に何とか太いパイプを作ることに成功すれば!

 課内や部内での私の立場も向上するってものよ!


 ・・・そういえば、今日は琴音さんとガドガン卿のひ孫さん以外にも、二人ほどお友達が来るって言ってたわね。


 よし、彼女たちじゃめったに食べることもできないような料理で度肝を抜いてあげましょうか。


 ◇  ◇  ◇


 琴音さんと約束した午後7時まであと15分くらいになったころ、店の前で掃き掃除をしていると、見覚えのある高校のセーラー服と学校指定らしいおそろいのコートを着た三人の女子高生と、長身でダークブラウンの髪の青年が見えた。


「お、来たわねぇ。いらっしゃい。料亭『桜ノ井』へようこそ。歓迎するわぁ。」


 今日は完全な非番だから、クドラク改め太田警部とは別行動だ。

 ・・・っていうか、太田警部の体のほうが昏睡から目覚めそうでクドラクの制御が怪しくなってきているのよね。


 教会の連中にバレないようにクドラクのボディとアンデッドの製法を盗み出せれば私の任務もほとんど終わりなんだけど・・・。


「黒川さん。今日はごちそうになります。紹介しますね。こちら、エルリック・ガドガン先生のひ孫さんでアレックスさん。それと、私の友達の咲間恵さん、久神遥香さんです。」


「初めまして、アレックス・ガドガンです。」

「は、初めまして。咲間恵です。」

「・・・初めまして。久神遥香です。」


 ほう、アレックスさん、ずいぶんと日本語の発音がきれいだな。それに、咲間さんといったっけ。確か向陵(こうりょう)大学病院に潜入した際に読んだ資料によれば、かなり優秀な生徒だと聞いている。


 だけど、この久神遥香という少女は・・・。なんというか、異質だ。


 恐ろしいほど整った顔立ち・・・白く透き通った肌に切れ長の目。形の良い鼻とふっくらとした唇。

 見たところでは稀にみる美少女、というだけなのだが、なんというか、独特の気配を(まと)っている。


 まるで沼の水底のような、冬霧の深い極夜の森のような、不自然に淀んだ薄闇と、骨の髄から凍るような寒さに包まれているかのような・・・。


 つい最近、どこかでこの感覚に覚えがあるような・・・?それにあの拵袋。竹刀かしら?それにしてはちょっと長いような気が・・・?


「黒川さん、どしたの?遥香がかわいいからって見とれちゃった?」


 琴音さんの言葉にハッと意識を戻すと、そこにはただ恐ろしく可愛いだけの少女が小首をかしげてこちらを見上げる姿だけがあった。


「いえ、まるでアイドルみたいに可愛い娘だなって驚いていたのよぉ。ほら、ちょっと広めのお座敷を一つ借り切っておいたから案内するわぁ。」


 ・・・今感じた気配は何だったのか?

 久神・・・遥香・・・。

 至急、情報を取り寄せなくてはならないだろう。


 予約しておいた座敷に案内したところ、アレックスさんが料亭の中を見学したいというので、差し支えのないところだけ案内してあげることにした。


 幸い、今日は他に予約は一組しか入っていないし、その一組が到着するのは1時間以上も後の予定だ。


 それぞれの座敷や、厨房施設、中庭などを案内していく。


「オオウ。これはバルーン?フィッシュ?面白い魚ですねー。」


 アレックスさんは、なぜか厨房の前にあるふぐの絵を見て妙に興奮している。

 そういえばイギリスの近海にはふぐはいなかったっけ?


「そろそろお座敷に戻ってもいいかしらぁ?」


「ハイ。堪能しました。日本の文化の極みですねー。」


 ご満悦顔の彼を連れて座敷に戻ろうとすると、ちょうど料理が運ばれてくるところだった。


 そういえば今日はふぐ鍋の予定だったっけ。

 まあ、毒がある魚だということだけは黙っておこう。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 黒川の好意とやらで高級料亭のふぐ鍋を堪能した後、運ばれてきたデザートを食べながらアレクの東京観光の感想を聞きつつ、撮影した写真をみんなで眺めていた。


 それにしても、黒川のやつ、第二公安機動捜査隊から内閣調査室へ出向していると聞いたが、それほど給料がいいとも思えないし、さては捜査協力費をちょろまかしたか?


 いや、それともコレは捜査の一環か?


 まあいい。今外に出ているのは遥香だ。エルリックでもない限り、私の魔力隠蔽に気づくやつはいないだろう。


「ん〜。おいしかったぁ〜。初めてふぐ鍋を食べたけど、こんなにおいしいものだとは思わなかったな〜。」


 遥香がふぐ鍋の感想を言っているが、ふぐの身をおいしいと感じるということは、うまみ成分を正しく感じ取れるということだろう。


 私がこの体に憑依してすぐのころは、何を食べても味がしなかった。

 白血病が脳に浸潤していたこともあったが、重病になると何を食べても味がしなくなるからな。


 なぜか回復治癒呪の効き目が極端に悪かったが、この9か月でよくぞここまで回復したものだ。


「ねえ、アレク。明日以降はどうするの?東京以外の観光を続けるの?」


 琴音がアレクと話しているところを見る限りでは、かなり仲良くなったようだ。エルリックのやつ、私の血をそんなに自分の血族に入れたいのか。


「う〜ん。予定では北陸に向かう予定なんだけど、積雪が心配だな。どちらにしても13日の昼過ぎには羽田からロンドン・ヒースロー空港行きに乗る予定さ。」


「そっか。じゃあ、帰国する前にまた連絡してよ。姉さんを誘って見送りに行くからさ。」


「へぇ。琴音の双子の姉さんか。そんなにそっくりなのかい?」


「ええ。自分たちでも見分けがつかなくなるくらい。じっさい、ほの・・・遥香以外で私たちの区別がついた人っていないのよ。今でもお父さんもお母さんも間違えるくらいなんだから。」


 ・・・琴音と千弦、そんなに似てないと思うだけどな・・・?


「ええ〜。ちょっと待ってよ。琴音ちゃんと千弦ちゃんの区別って私でもつかないよ。」


 遥香が慌てて否定している。そんなに似てるのか?


「よし。じゃあ、明後日、空港でどちらが琴音か言い当てたら僕と正式に付き合ってくれるかい?」


「いや、それって50%の確率でコトねんと付き合えるってことにならない?」


 咲間さん(サクまん)の冷静なツッコミが入る。


 ま、だれと付き合うかは琴音たち自身が決めるべき問題だ。よほど悪質な奴の場合は責任をもって私が排除してやろう。


「・・・そうね。ちょっと試してみたくなったわ。3回連続で私と姉さんの区別がついたら付き合ってあげる。明後日、空港でね。」


 確率を8分の1にしたところでどうやら話がついたようだ。


 その後、デザートを食べ終わり、黒川が支払いを済ませたか、あるいは請求先を告げのたか、とにかく夕食はお開きとなってぞろぞろと高級料亭を後にする。


 いつの間にか呼ばれていたタクシーにアレクが乗り込み、三人でそれを見送り、今日のところは解散することになった。


「はぁー。おいしかった。アレックスさん、面白い人だったね。」


 遥香が背伸びをしながら杖を片手に駅に向かって歩いている。


 見たところ、エルリックのひ孫とは思えないほど誠実でおとなしそうな青年ではあるが。万が一のこともあるだろうし・・・。

 よし、私も空港までついていこうか。

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