13 夜 魔女は娘を演じる
この世界では、魔女が「教会」と呼ぶ宗教がありますが、キリスト教やイスラム教とは別の宗教です。
9月21日(土)
久神 遥香(魔女)
今日は子供たちに囲まれて、久々に針仕事をしてしまった。
一時フランス・・・ブルターニュのあたりにいたころに、グリゼットをしていたことがあったが、あの時代にしては平和な日々ではあった。
最後には教会の狂信者たちに台無しにされたけれど。
本来は遥香が手に入れるべき生活を奪っていることを考えると、気分が滅入る。
もちろん、それはあり得ないことだとはわかっている。
遥香を含め、様々な時代の少女たちの体を借りて生きてきたが、いずれもすでに死にかけているか、あるいは事切れている娘ばかりであった。
それと、千弦が左手のケガについて教えてくれた。
もう普通に使えるらしい。
理由は聞かなかったし、千弦も語らなかった。
・・・まあ、そりゃそうだろう。
彼女の左腕を切り落としたのは、この私なのだから。
どうも相手が教会の狂信者だと思うと頭に血が上るらしい。
悪い癖だ。
首を落とさないで本当によかった。
腕ぐらいなら簡単に生やせるし、第三者の記憶など暗示でどうにでもできるが、さすがに首を落とした人間を治したことはない。
・・・いつか教会の連中を捕まえたら試してみようか。
可能であるならば、三人分くらいの首を一人の体につなげてケルベロス(犬とは言ってない)を作ってみるか。
そういえば、千弦と話をしていて面白いことに気づいた。
千弦は魔力回路を構築できていないため、魔法を行使することができないはずだが、どうやら、魔力容量も最大瞬間出力も琴音よりも大きいようなのだ。
むしろ、呪いを教えたら使えそうな勢いだ。
あれだけの魔力量があって魔法を使えないというのは、どう考えてもおかしい。
魔力を減衰させる術式や呪いの形跡などは見当たらないことから、外的要因ではなく内的な、おそらくは心因的な理由なのではないかと思う。
そんなことを考えながら自転車をこいでいたら、家についてしまった。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
私ではなく遥香の母親が、玄関まで出迎えてくれる。
父親の遙一郎はこの体の中に私がいることを知っているが、母親の香織はそれを知らない。
どこまで隠し通せるだろうか。
今回はこの体の両親ともに健在であるからには、成長抑止の魔法は使っていない。
その分、魔力回路にはかなりの余裕がある。
前の身体を分解する時、付き合いが長かった眷属も送還してしまった。
一体でいいからそのうち召喚しておくか。
「遅かったわね。学校の用事?」
「うん。明日から文化祭だから、友達の委員会の手伝いしてた。」
鞄を受け取りながら、香織は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「病み上がりなんだから、無理しちゃだめよ?6月まではベッドから降りられなかったんだから。」
それはそうだろう。
6か月ほど前のことになる。
当時、遥香は家族と海外に暮らしていたが、新型コロナの大流行の影響か、現地の医者が急性骨髄性白血病に1か月も気づかなかったため、帰国したときには手遅れになっていた。
多臓器不全を起こし、いくつもの合併症が併発し、脳死に至ったところで、スマホ片手に病院前で立ちすくんでいる遙一郎と出会ったのだ。
遙一郎には、遥香はもう助からないことを伝えたが、香織はもう子供が作れないこと、そして香織には血を分けた家族が他にいないため、遥香の体だけでも永らえて欲しいと懇願され、こうなってしまった。
まあ、二人に孫ぐらい抱かせられたらいいのだが。
「大丈夫だよ、ママ。元気だから。」
香織を抱擁すると、柔軟剤の香りだけでなく懐かしい匂いを感じる。
遙一郎、早く帰ってこい。
私は自他ともに認める大根役者なんだぞ。
いよいよ明日は学園祭だ。
明日は、遙一郎と香織は昼過ぎに来るそうだ。
香織は、私が友人を紹介したら喜んでくれるだろうか。
魔女(遥香)は自分のことを自他ともに認める大根役者だと言っていますが、姿かたちを変えてもなお、教会の信徒によく見つかることからそう思い込んでいるようです。
原因は別にあるんですけどね。