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128 帰路1 仄香の魔法講座

 1月3日(金)


 九重 宗一郎


 今年の正月は例年よりもずっと楽しい正月だった。


 年末にちょっとした面倒ごとと事件があったことを除けば、おおむね平和な年末年始だったといえる。

 ・・・金融恐慌や戦争みたいなことが起きたわけではないしな。


「宗一郎。お茶飲む?それともチョコにするか?」


「ああ。お茶を一口もらいたい。・・・ありがとう。」


 妙高高原インターチェンジで上信越自動車道に乗ってからというもの、助手席に座ったエルさんが話の相手やお茶の受け渡しをしたり、時々お菓子を口に運んだりしてくれている。


 彼女には、呪病により期せずして聞こえてしまう悪口や、嘘をついた時に出る身体的サインなどもなく、恐ろしく正直な女性のようでもある。


 仄香(ほのか)さんに確認したが、「グローリエルは単純すぎる。彼女に嘘をつけるような器用さを要求する方が難しい。」とのことだった。


 それだけではなく彼女は、俺のくだらない冗談や新しい仕事の話も興味深そうに聞いてくれているところを見ると、珍しく相性がよさそうだ。


 俺は、相手の嘘のほとんどを見抜けてしまう呪病があるせいで、今までまともに女性と付き合ったことがなかった。

 おそらく一生無理だろうなと思っていたが、この年になってここまで裏表がない女性と出会えるとは思ってなかった。


 東京に戻ってからも彼女とは会う約束をしているが、外見が15〜6歳にしか見えないこともあって行先には十分に注意が必要だろう。

 下手をしたら援助交際と間違われて警察を呼ばれてしまうかもしれないからな。


「・・・ん。小布施パーキングエリアまであと5キロ。トイレ休憩は・・・要らないみたい。」


 エルさんは後部座席をちらりと見てみんなの様子を確認する。

 カーナビの読み上げや道路の標識の確認をしてくれるおかげで非常に運転がしやすい。


 これだけ気が利くのは年の功なのだろうか?120歳には全く見えないんだがな。

 エルフの存在はクソ親父から聞いていたこともあって知っていたが、あったのはエルさんが初めてだ。

 今回の旅行は彼女と出会えただけでも価値があった。


 それにして驚いたのは、遥香ちゃんの中に仄香(ほのか)さん、いわゆる「魔女」がいることが判明したことだ。

 小さいころに聞いた「魔女」という存在については、ただのおとぎ話だと思っていた。


 クソ親父が魔女と会った最初の話は、親父がまだ小学生ぐらいだったころ、鶴見事故に遭遇した時のことだそうだ。


 その日が土曜日だったこともあり、今はもう亡くなったが親父の母親、つまり俺の婆さんと二人で週末に母方の実家に帰る途中だったらしいが、町内会だか何だかの仕事が長引いたせいで遅くなってしまったという。


 その時、親父たちは国鉄横須賀線の下り列車に乗っていたのだが、今の鶴見から新子安の間、滝坂踏切の近くで脱線し横転した貨物列車に、親父が乗っていた横須賀線が突入し、横転した。


 親父が乗っていた横須賀線の5両目は、さらにそこに突入した横須賀線上り列車に衝突され、覆いかぶさるような形となった上り列車につぶされてしまったそうだ。


 通常であればそのまま死ぬしかなかったが、たまたますぐ近くに、赤茶けたワンピースを着た少女が誰かと一緒に乗っていたらしい。


 その少女は、横転した下り列車を押しつぶそうとする上り列車を、辿々しく歌う声とともに軽く押しのけ、親父たちを助けたのだという。


 それどころかその場にいた、まだ生きてる乗客たちを次々と治療し、ちぎれた腕をつなぎ、つぶれた足をもとの形に整え、50人近くの乗客を救った後、「三好美代(みよ)」という自分の名前だけ告げ、救急や警察が到着する前にその場を去ったらしい。


 それでも即死した乗客や取りこぼした乗客の人数は百人を超えたが、事故の翌日、再び親父のもとに現れたそうだ。


 その時、親父は助けたお礼をしなければならないと思ったらしく、両親に無断で当時我が家にあった家宝の脇差まで持ち出したという。


 魔女本人に聞いてみたところ、再び親父の前に現れたのは、当時としては誰も知らなかった事故後遺症である挫滅(クラッシュ)症候群(シンドローム)の発症がないか確認するためだったようだが、彼女は幼い親父が渡そうとした礼を受け取らず言葉だけ受け取ってその場を去ったそうだ。

 魔法使いに脇差って、何を考えていたのかね?


 それからというもの、親父はその魔女にもう一度会うために猛勉強をし、今の地位に至ったらしい。

  

 クソ親父が言う魔女の話など半信半疑で聞いていたが、まさか俺が魔女本人に会うことになるとは考えても見なかった。ましてや、妹の美琴が嫁いだ家がその血脈だったとは。


 いまは仄香(ほのか)と名乗る魔女に幻灯術式という魔術で彼女の過去の映像を見せてもらったが、想像をはるかに上回るレベルの魔法使いだった。なるほど、あれだけの魔力を持つ彼女であれば鉄道事故の衝撃位ならどうにでもなるだろう。


 というか、例の鬼を退治したのって、実は彼女なんじゃないだろうか?

 リリスさんも「マスターはどんな眷属よりも例外なく強いです。」と言っていたし・・・。


 バックミラーでちらりと後ろを見るが、スマホで音楽を聴いている咲間さん以外は、ぐっすりと眠っているようだ。仄香(ほのか)さんと琴音、千弦の三人は安らかな寝息を立てている。


「・・・天使みたいな寝顔なんだけどな・・・。」

 ついポロリと声が出てしまう。


「・・・宗一郎。マスターは智天使(ケルビム)以下なら召喚できる。」


「それって()んじゃいけない存在じゃなかったっけ?」


「ん。座天使(スローンズ)以上は()んだだけで一面焼け野原。」


「はは、ダメじゃん。」


 エルさんが助手席で楽しそうに話している。

 そして咲間さんのスマホから聞こえてくる音楽をBGMに、車は一路東京へ向かっていった。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 十日間のスキー旅行も終わり、伯父さんの運転する車で一路、西東京のわが家へ向かって上信越自動車道を走っている。


《さて、琴音さん、千弦さん。そろそろ始めますよ。》

 頭の中に仄香(ほのか)の念話が響く。


 十日間の旅行でかなりの疲労がたまっていたこともあり、学校が始まる8日まではゆっくり家で過ごそうということになった。


 うちの高校は夏休みや冬休みに宿題が出ることはないので、その間の勉強は基本的に各自の裁量となっているのだが、さすがに十日間は遊びすぎた。


 だから4日から7日までの4日間は、みっちり勉強をする予定だ。

 ・・・ちなみに講師は仄香(ほのか)先生だ。いや、だって何を質問しても必ず答えてくれるんだもの。

 どんな塾の有名講師よりも勉強がはかどるよ。


 だが、今回は咲間さん(サクまん)だけでなく遥香も勉強会に参加する予定だ。

 このままだと、遥香には自分で動かせる身体がないので、一緒に勉強することができない。


 そこで仄香(ほのか)と遥香が同時に存在することができる空間を会場にするため、仄香(ほのか)が新しい魔法を作ったらしいのだ。


 その魔法を問題なく使うためには、ある程度の抗魔力が必要な可能性があるので、今日はその試験運用を兼ねて、ちょっとした講義をするらしい。


仄香(ほのか)、琴音も私も準備OKだよ。》


《では始めます。二人とも目を閉じてください。・・・接続しました。もう目を開けても大丈夫ですよ。》


 仄香(ほのか)の声に目を開けると、そこは何度か遊びに行ったことがある遥香の部屋だった。


「うわ!ここ、ほんとに杖の中なの!?」


 姉さんがはしゃいでいる。

 確かに姉さんの言う通り、ここが杖の中だなんて言われてもすぐには信じられないような空間だ。


「いらっしゃい!琴音ちゃん。千弦ちゃん。」


 振り向けばそこには遥香が立っていた。


 そしてその横には、どこかで見覚えのある、ちょっとレトロな感じの服を着た18歳くらいの女性が立っていた。


「・・・もしかして、興津の家で見た!?」


「はい。これが南雲仄香(ほのか)の当時の姿です。」


 どことなく私たちに似た、ちょっとつり目で眼付きの悪い、それでいて人懐っこそうな顔。そしておっとりとした、なめらかで少し甘さのある声・・・。


「あ〜。ガドガン卿が間違えるわけだ。顔が似ているなんてもんじゃない。姉妹だって言われてもわからないわよ。うわ、肌もちもちじゃない。」


 姉さんはそう言うと仄香(ほのか)の顔をまじまじと見るだけでなく、ペタペタと触り始める。頬をこね回したり、耳を引っ張ったり。


「姉さん。人の顔をそんなに触っちゃダメでしょ。」


「・・・琴音だって仄香(ほのか)の体中を触ってるじゃない。」


 私はいいんだよ。顔じゃなくて身体のほうだし。

 それにしても私たちと違ってオッパイが大きいな。ガドガン卿はなんで私たちと仄香(ほのか)を間違えたんだ?


 え?そんなもんただの脂肪だって?そうか、じゃあお前の持ってる札束はただの紙きれだ。いらないならこっちによこせ。なんちゃって。


 うわ、バインバインだ!なんてウラヤマケシカランお宝をお持ちなんだ!


「琴音さん、ちょっと痛いです。・・・お話を進めてもよろしいですか?今日はこれからお二人と約束していた魔法や呪文の講義をしようかと思っていたんですが・・・。」


 触り心地のいい胸に精神が飛びそうだったのを慌てて引き留める。

 そうだった、そうだった。大事な話だったんだよ。


仄香(ほのか)さん。それって私も聞いてもいい話かな?」


 遥香がおずおずと声をあげる。


「遥香さん。気付いていないのかもしれませんが、あなたも魔法使いです。ちょっと特殊ですけどね。それも含めてお話ししましょうか。」


 ◇  ◇  ◇


 杖の中の遥香の部屋を出てすぐのところに、現実世界ではないはずの扉が一つ作られていた。

 たしか、この壁向こうは家の外だったはずだ。


 扉を開くと、高校の理科室のような、椅子と机が並ぶ空間に出る。


 窓がなく、妙に天井が高いのが気になるが、壁にある棚を見ると魔導書や術式を刻んだ装置のようなものが所狭しと陳列されている。


「せっかくですから教室、というか実験室を一つ作りました。お好きなところに座ってください。」


 仄香(ほのか)は教壇に立ち、ホワイトボードに「魔法・魔術とは」と見出しを書いた。

 いつの間にか私たちの手元には、テキストのようなものが配付されている。


 私たちが着席したことを確認すると、仄香(ほのか)はゆっくりと話し始めた。


「まず、魔法、そして魔術とは何か。・・・実は、この問いに答えられる人間はこの世界に一人もいません。もちろん、いくつかの仮説がありますが、いずれも証明することができておりません。」


「科学とは違うの?和香(のどか)先生は魔術も科学みたいなものだって言ってたけど?」


「一定の目的・方法のもとに様々な事象を研究する認識活動として考えると、科学の一種類といえるかもしれません。天文学的な回数の試行を繰り返して事象の法則性を調べるところはほとんど科学と一緒です。」


仄香(ほのか)先生!科学と違うところは?」

 姉さんが手を挙げて質問している。仄香(ほのか)先生って・・・。まあ、似合ってるけどさ。


「科学と明確に違うところは、魔法や魔術の運用の際には『あちら側』の意思の影響があることです。」


「意思?仄香(ほのか)さん、魔法には意思があるの?」

 今度は遥香からの質問だ。まあ、遥香はほとんど魔法に触れてこなかったからな。

 魔法を使うにあたっての「あちら側」を知らないのは仕方がない。


 仄香(ほのか)は軽く首を横に振り、話を続ける。


「いいえ、そうではなく魔法には私たちの魔力だけで完結するものと『あちら側の何者か』の力を借りる必要があるものがあります。その『何者か』の意思があることが魔法を科学と呼べない原因になっているわけですね。」


 魔法や魔術を行使する際に場合によっては働きかけを行う「何者か」については、和香(のどか)先生からも習っている。


「その『何者か』の前に、まずは実際に魔法がどのように使われているのかから見てみましょう。」


 仄香(ほのか)が指を軽く鳴らすと、教室の中が暗くなり、目の前に立体的な映像が浮かび上がる。

 半透明な人間の身体のようだ。よし、彼のことは実験君と呼ぼう。


「・・・これは最下級の術理魔法の一つである『着火魔法』を使った時の体内の魔力の動きを図式化したものです。」


 仄香(ほのか)の操作に従って、その実験君は何かを口ずさむと、その全身から赤い液体のような何かが集まり、それが両手や胸、背中などにある魔力回路に流れ込み、規則正しい紋様のようなものが右手に集まり、それが小さな炎となった。


「今お見せした動きが魔法の基本だと思ってください。・・・さて、今の動きを順に説明していきます。」

 映像は早戻しになり、最初の状態に戻る。


「まず、魔力です。これは強い意志がある生物すべてが持つ力で、生物であれば必ず持っています。そして同じく、大気中にも満ち溢れています。」


「・・・じゃあ、だれでも魔法を使えるってこと?」


「いいえ。まず前提として、体内の魔力が大気中の魔力をかなり上回る必要があります。・・・そうですね。具体的には100倍くらいですね。魔力は様々な方法で蓄積することができますが、通常は飲食によって摂取します。」


 うわ、いきなりハードルが上がったな。


「次に、体内の魔力を知覚できることが必要です。これができない場合、残念ながら一部の例外を除いて魔法は使えません。」

 例外?・・・例外があるのか。


「魔力を制御するための魔力回路が必要です。これは比較的簡単で、術式回路のように外部的な力で刻印することが可能です。この魔力回路による制御によって起こす現象が決まります。」


 実験君の魔力回路に魔力が流れ込み、規則正しい紋様のようなものになっていく。

 隣でそれを見ていた姉さんが息をのむ。何か心当たりがあるんだろうか。


「最後に魔力回路と外界をつなぐための手続きとして、呪文の詠唱、または何らかの儀式を行います。もちろん、魔力回路だけで決まらなかった魔法の強さや方向性をこの詠唱などで修正することも可能ですし、制御の一部を詠唱や魔法陣で修正することも可能です。ただし、熟練した魔法使いほど詠唱を短くし、詠唱がただのキーワードになるレベルまで落とし込みます。」


 実験君が口を動かす。残念ながら音声はないようだ。

 そして実験君の右手に小さな炎が灯る。


「さて、体外に出た魔力は、様々な現象を引き起こします。炎を作ったり、風を起こしたり、場合によっては時間や空間に作用するものもあります。まずはここまでが基本です。質問はありますか?」


 案の定というか、なんというか、全員の手が上がる。


「右から順番に聞いていきましょう。遥香さん。」


「ええと、仄香(ほのか)さんは魔力を知覚できる必要があるって言ってたけど、私は魔力が知覚できていないんだよね。もしかして私は一部の例外に入るの?」


「その通りです。遥香さんの場合、体内に非常に特殊な魔力回路が一つ備わっています。魔力の集積から制御、発動までを全自動で行ってしまうタイプのものですね。」


「え〜。魔法を使った覚えなんてないんだけどな・・・。」

 う〜ん。もしかして遥香の魅了魔法ってかなり特殊なのか?


「遥香さんが気付かないのも仕方ありません。つい最近、私が気付いて止めるまで魅了系の魔法がかかりっぱなしでしたからね。一部の抗魔力が高い人間を除いて、あなたを前にして正常でいられる人間のほうが少ないと思いますよ。今でも国が傾くレベルですね。」


「うわぁ・・・。魅了って・・・全く知らなかったよ。」


 おいおい、国が傾くって、妲己とか玉藻の前レベルじゃないか?・・・あ、いや、遥香は魔女の血筋ということは、その玉藻の前の血を引いてることになるのか。


「さて、次は千弦さん。」


「魔法の話を聞いてて思ったんだけど、術式みたいに魔法を起動信号だけで動かしたりはできないの?長く詠唱をしてると急ぎの間に合わないと思うんだけど?」


「あ、私も同じことを聞こうと思ったんだ。」

 やっぱり双子なのか、考えることが同じだ。


「その問題解決には四つのアプローチがあります。一つ、物理的な方法で詠唱速度を上げること。これは私が使ってる方法の一つですね。この方法は一番デメリットがない方法ですが、とにかく早口の練習が必要です。」


 そういえば仄香(ほのか)の幻灯術式を見ていると、その詠唱速度の速さにびっくりしたことが何度もある。


「二つ目の方法は高速詠唱、または短縮詠唱と呼ばれるものを使うこと。私やエルリックが使っている方法で、詠唱内容の大部分を魔力回路に任せたり、呪文から母音を抜いたり、独自の単語を用いたりして文字数を少なくする方法ですね。デメリットとして、十分な魔力量がないと使える魔法の種類が減ります。」


 ガドガン卿の高速詠唱は恐ろしく速かった。でも考えてみると、仄香(ほのか)の詠唱もしっかり速かったような気もする。


「三つ目の方法は術式を併用することです。術札や杖などを使って詠唱に代えます。一番早く、かつ確実に魔法を起動できる方法ではありますが、魔術を使っている時と同じデメリット、すなわち事前の準備が必要になります。」


「う〜ん。術札があるんなら初めから全部それでいいし、魔法である必要がないよね。最後の一つは?」


「四つ目の方法は、禁呪法だと思ってください。・・・念話を用いて詠唱に代える方法、すなわち完全に無詠唱で魔法を起動する方法です。神降ろしをした私や、バイオレットがやっていた方法になりますが、絶対にやってはいけません。」


 ・・・あれ?念話を用いて詠唱・・・?あれ?もしかして、那須塩原で私がやったことって・・・?


仄香(ほのか)先生、念話で詠唱をしてはいけないってどういうこと?ノータイムで魔法が使えるのってかなり便利だと思うんだけど?」


「その理由はこの後に説明する魔法の種類で詳しく話しますが・・・。そういえば千弦さん。遥香さんの処置中に停滞空間魔法を使ったり、エルリック相手に四連唱で空間浸食魔法を放とうとしたり・・・。あなたはかなり無茶をすることがありますから。くれぐれも無詠唱で魔法を使わないでください。あなただけの問題じゃ済みませんからね。」


「う、分かった・・・気を付けるよ。」


 珍しく姉さんが小さくなっている。後で聞いた話では、姉さんが停滞空間魔法を使ったせいでなぜか私まで死にかけたらしい。

 でも、考えてみれば私も似たようなことをやっているんだよね。


「ねえ・・・。那須塩原で私が杖の中から使ったのって、大丈夫だったの?あれも念話じゃない?」

 恐る恐る仄香(ほのか)に聞いてみる。


「あれは問題ありません。そもそも琴音さんの身体には稲荷大神を降ろしていましたし、何よりその杖を通しています。でも、同じ感覚で魔法を使うのは避けたほうがいいですね。」


 仄香(ほのか)の言葉に二人で小さくなってしまう。


「さて、話を戻しましょう。魔法がどのように使われているのかが分かったところで、次は魔法の種類です。」


 それまで宙に浮いていた、立体映像の実験君の姿が消えていくつかの記号や表、そして電子回路や宗教的シンボルのようなものが現れる。

 そのうち一つは・・・元素周期律表?


「魔法には大きく分けて、術理魔法、神聖魔法、黒魔法、精霊魔法の四つがあります。」


 宙に浮いた電子回路のようなものがクローズアップされる。


「まずは術理魔法です。これは、先ほどお見せした着火魔法のように、術者の魔力と魔力回路、詠唱のみで完結する魔法です。」


 大きく表示された電子回路の中を魔力が行ったり来たりしている。

 まるで電子ライターやラジオを見ているようだ。


「術理魔法は家電製品のようなものです。物理的、化学的に可能なことを魔力を使って直接この世界に干渉し、電気的・機械的に何らかの現象を起こす。いわば、一番科学に近い魔法です。」


 へぇ〜。ということは強制開錠魔法も術理魔法になるのかな?


「術理魔法の欠点は、起こす現象に対して術者がすべての制御をしなくてはならないことです。そのため、あまり複雑なことはできません。その代わり、他の魔法に比べて消費魔力が少ないのが特徴です。」


 続けて宗教的なシンボルや悪魔を呼び出すような魔法陣がクローズアップされる。


「次に、神聖魔法と黒魔法です。これは神や悪魔といった存在の力を借りて現象を起こすものです。つまり、実際に現象を操っているのは術者ではなく彼らだということですね。ここが魔法と科学の完全な相違点です。」


 さっき言っていた「何者か」というのは神や悪魔ということなのだろうか。


「じゃあ、彼らの力を借りるための対価って、もしかして魔力?」

 姉さんが思いついたように聞いている。


「その通りです。より高位の存在ほど、大きな魔力を要求します。その代わり、かなり複雑なことができたり、高度な制御をあちらで肩代わりしてくれるので決して悪い取引とは言えません。」


「うわ・・・。神様とか悪魔とか実在したんだ・・・。」

 遥香がボソッとつぶやいた。だが仄香(ほのか)はその呟きを聞き逃さない。


「ここでいう神や悪魔という存在は、キリスト教やイスラム教における創造主やそれに敵対する者ではありません。多くの人間が夢想した結果、精神世界(アストラルサイド)・・・人類の普遍的無意識の表層に結像しただけの存在です。要は人間が作ったものですね。」


「じゃあ、本当の神や悪魔の存在は証明できないのね。」


「そうですね。いてもいなくてもどうでもいいことです。少なくとも私は困りません。」


 うわ、言い切ったよ。


「続けます。最後に、精霊魔法です。これはさらに三種類に分かれます。一つ目が、概念精霊(スピリチュアル)魔法(マジック)です。これは人間が知覚することができる事象、すなわち、火、水、風、土、のような物質の四態や光、闇、そして雷や音、暑さ寒さといった概念を司る概念精霊(スピリット)から力を借りるものです。」


「へえ、やっぱり精霊っているの?これも神や悪魔と同じで精神世界(アストラルサイド)に人間が作ったものなの?」


「いいえ、精霊魔法における精霊は人間が作ったものではなく、はるか昔から厳然として存在します。」


「「うわ・・・精霊ってホントにいたんだ・・・。」」

 思わず出した声が姉さんと完全に重なった。


「続けますね。二つ目は、元素精霊(エレメンタル)魔法(マジック)です。これは、水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウムといった元素に宿る精霊の力を借りて現象を起こす魔法です。」


「え?じゃあ、あの熱核魔法の詠唱って・・・?」


「そうですね。あの魔法は水素を核融合させてヘリウムにする際に発生する質量欠損から熱量を得ています。1グラムの質量がエネルギーに変換されると約90兆ジュールのエネルギーとなりますね。」


「う・・・それって具体的にはどのくらいのエネルギーなの?」


「単純計算で100ワットの電球3万個を1年間点灯し続けられますね。E=mc^2って聞いたことありませんか? 」


「うわ、完全に物理学の世界じゃないの・・・。」


「話を戻します。最後の一つが根源精霊(パーティクル)魔法(マジック)です。すべての存在を構成している20種類の素粒子・・・いえ、人類が発見しているのは17種類でしたか。その(エレメンタリー)粒子(パーティクル)に宿る根源精霊(オリジン)の力を借りて現象を起こす魔法です。」


「うわ・・・なんかスケールがでかい・・・いや、小さいのか・・・?わからなくなってきたよ。」


「安心してください。根源精霊(パーティクル)魔法(マジック)は今のところ私にしか使えません。いえ、私でさえ、魔力が満タンの状態でも3回使うのが精一杯ですから。」


 たしか、仄香(ほのか)の魔力総量は私たちより10桁はでかいと言っていたよな?その魔力をもってしても3回しか使えない魔法っていったい・・・?


「魔法の種類については大体わかったよ。力を借りる相手や『あちら側の意思』っていうのも。ということは、さっき言ってたことってもしかして?」


 姉さんはそういうが、何が「もしかして」なのかわからない。


「千弦さんは勘がいいですね。まさにその『何者か』の力を借りるときに問題が起きるんです。神や悪魔、精霊といったものには意思があるんですが、それが問題なんです。」


「ごめん、まだわからない。」

 我ながら勘が悪いとは思うよ。でも、遥香に至っては完全にフリーズしかけてるよ。


「続けましょう。精霊や神、悪魔の意思は人間のそれに比べて大きく、そして方向性も人間とは隔絶しています。それに触れるのは危険極まりないのですが、詠唱や術式で語りかけても、あちら側の意思が術者に流れ込むことはありません。」


「そうだね。詠唱や術式は一方通行だからね。」


「その通りです。『彼ら』はその意思を伝えるための口を持ちませんから。ですが、念話は必ず双方向通信となります。」


「なるほど。・・・その意思が流れ込んでくる危険性があるのね。念話で詠唱すると。」


「その通りです。私を含めて人間程度の精神で『彼ら』の意思に触れると、その場で精神汚染が始まります。魂を構成する人格情報や記憶情報が汚染され、自分が何者であるかわからなくなる。これに対処するには、複数の人格を作ってそれを切り捨てながら魔法を使うか、より大きな意思を降ろして魔法を使うかしかありません。」


 より大きな意思という言葉を聞いてピンと閃いた。仄香(ほのか)が稲荷大神を降ろした時に感じた万能感。あれは恐ろしく大きな意思の力だったんだ。


仄香(ほのか)。私も分かったかもしれない。那須塩原で私の体に稲荷大神を降ろした時に無詠唱で魔法を使っても問題なかったのは、稲荷大神が『彼ら』の意思から私や仄香(ほのか)を守っていたからなんだね。」


「はい、その通りです。」


 そういえば、バイオレットが無詠唱で魔法を使っていたけど、彼女は何人もの魂が寄り集まって出来ていた存在だから、その魂と引き換えに魔法を使っていたということになるのか。

 ・・・ん?


「もしかして、魂と引き換えに悪魔に願い事をかなえてもらうって伝承って・・・?」


「はい。無詠唱で魔法を使った人間の結末が、そのように伝わっているということですね。・・・そろそろ外の世界では横川サービスエリアで休憩をとるようです。私たちもいったん休憩にしましょうか。遥香さん、休憩後は簡単な魔法の実践をしましょうか。」


 仄香(ほのか)の言葉に(うなず)き、遥香のほうをちらりと見ると・・・うん。(うなず)きながらも頭から湯気が出ている。

 こりゃ、オーバーヒート、間違いなしだな。


 横川サービスエリアを出て少し走れば関越自動車道だ。

 まだかなり距離があるようだし、ちょっと渋滞も始まっているようだし。

 まずは休憩にしましょうか。


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