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127 最後のスキーをひとすべり

 1月2日(木) 朝

 

 南雲 千弦


 明日の午前中には別荘を引き払わなければならないので、今日が最後のスキー旅行だ。

 とはいえ、夕食後は掃除をしたり荷物をまとめたりと忙しくなるので、滑れるのは午後3時くらいまでだろう。


 私と琴音は大晦日にごろごろしていたので、しっかり滑ることにした。咲間さん(サクまん)とエルは大晦日にしっかり滑ったので、今回はもう滑らないみたい。


 あ、そういえば昨日の夜、宗一郎伯父さんがお年玉をくれたよ。

 ちょっと派手目なポチ袋に、福沢諭吉先生ではなく渋沢栄一の肖像画が3枚ずつ入っていたよ。


 私たち二人だけでなく遥香や咲間さん(サクまん)、エル、そしてなぜかリリスさんにも渡していた。


 聞いたところによると遥香は伯父さんから毎年もらっていたらしい。

 今年も普通にお礼を言ってもらっていたよ。


 エルはお年玉をもらって狂喜乱舞していたけど、咲間さん(サクまん)はものすごく恐縮していた。


 咲間さん(サクまん)は別荘を使わせてもらっているだけでも恐縮していたからね。


 振袖をフルセット、髪飾りだけでなく補正用タオルまで一式プレゼントされて、さらにお年玉までもらったんじゃ、咲間さん(サクまん)は伯父さんの会社に就職するしかないだろうな。


 伯父さんの会社は夏季休暇や有給休暇を除いても年間休日が120日以上もあるという、超絶ホワイト企業だから頑張れ。給料も業界最高水準だしな。


 リリスさんについては、お年玉という風習についてあまり正しく理解していないようで、賃金の前払いと思ったらしく、今日一日、露天風呂や内風呂、トイレの掃除や洗濯を手伝っていくことになった。


 なぜか逆に伯父さんが恐縮していたよ。


「遥香。体調は大丈夫?」

 スキー場に向かうバスの中で、琴音が遥香の体調の確認をしている。


「大丈夫だよ。千弦ちゃん。」

 ・・・残念、そっちは琴音だ。


「あまり無理はしないでね。疲れたと思ったらすぐに仄香(ほのか)と交代するんだよ。」

 ・・・琴音のやつ、最近は私と間違われてもいちいち指摘しなくなってきたな。仄香(ほのか)以外、誰も区別がつかないのは仕方がないか。


「遥香、今日は私たちと同じ中級クラスで大丈夫そう?」


「ふふふ。この旅行中にすごく上達したんだから。私の華麗な滑りを見せてあげるよ!」


 遥香は自信たっぷりにそういった。ストックの代わりに仄香ほのかの杖を抱えて。

 ・・・回復治癒魔法使いの琴音だけでなく仄香(ほのか)がついてるんだから問題はないだろう。それにしてもあの杖、何があっても手放さないのね。


 ◇  ◇  ◇


 遥香は午前中の間、中級コースでずっと滑り続けているが、よく見ると仄香(ほのか)の杖がまるでスタビライザーのような働きをしているのに気付いた。


 遥香は器用に仄香(ほのか)の杖を使ってバランスをとっている。

 というか、推力に使っているような瞬間もある。


「ねえ、遥香。もしかしてゲレンデの上方向に滑れたりする?」


「え?多分できると思うけど・・・。」


 そういうと遥香はその場で信地旋回(ピボットターン)のような動きをした後、かなりの勢いでゲレンデを下から上に向かって滑り始めた。


「ちょ、ちょっと!ストップストップ!」

 あ、危ない危ない。ほかのスキー客と衝突して事故になるところだった。


《千弦。その杖、一応衝突回避機能がついてるからそんなに慌てなくてもいいぞ。それから遥香さん。一応マナーなのでゲレンデを下から上に滑るのはやめましょう。》


 衝突回避機能までついてるんかい。さすが仄香(ほのか)の杖だな。っていうか、あの杖の構造が気になる。帰ったらゆっくりと教えてもらおうかな。


 二人と一緒にお昼過ぎまで滑った後、少し遅めの昼食をとることにした。

 かなりしっかりしたお店だけど、スキー客が利用しているのでドレスコードなどは全くうるさくないのがありがたい。


「妙高もあと一日だね。いや~、楽しい年末年始だった。」

 琴音が食後のデザートのチーズケーキを口に運びながら背伸びをしている。


「そうだね。私は去年の今頃は体調が悪くて寝たり起きたりだったから、こんなに楽しいお正月は久しぶりだね。」


 遥香が仄香(ほのか)の杖を拵袋(こしらえふくろ)の上から撫でている。

 仄香(ほのか)のおかげですごく元気に笑うようになったな。


「去年、特に後半はものすごく濃い半年だったけど、結果的にいい一年だったね。今年も一年頑張ろう。」


 さあ、お昼ごはんが終わったら、この冬最後のスキーだ。心残りがないように思いっきり滑るぞ!


 ◇  ◇  ◇


 リリスinバイオレット


 マスターに一昨日召喚されて、この身体の制御を任されてから丸一日もの間、玉山の隠れ家(セーフハウス)で何もせず過ごしてしまいました。


 いや、何もせずというのは正しくありませんね。マスターは娯楽施設を自由に使っても構わないとおっしゃったので、お言葉に甘えて温泉やプールを楽しみ、漫画喫茶スペースを満喫してしまいました。


 昨日の夜になってやっとマスターに宗一郎殿の家に呼び出されましたが、なぜか何もしていないのに宗一郎殿から金銭をいただいてしまいました。


 何もせず金銭を受け取るのは居心地が悪いので、マスターの許可の元、今日一日は宗一郎殿の家の掃除や洗濯などの手伝いをしているところです。


 というよりこの状態って、マスターからの魔力と宗一郎殿からの金銭という、報酬二重取り状態なんじゃないでしょうか?


 マスターは気にせず私たちを召喚しっぱなしにしていますが、私が精神世界(アストラルサイド)からこちらに来て娯楽を楽しんでいる間も、かなりの魔力を消費しているはずです。


 以前、マスターに私やシェイプシフター、メネフネや吉備津彦(きびつひこ)()び出している間の魔力をいつ回復しているのかを聞いたところ、「消費より回復のほうが上回っているから気にしたことはない」と言われてしまいました。


 恐ろしいまでの魔力量ですね。

 それに、召喚中に私たちが使う魔法の魔力もすべてマスターが負担していることを考えると、その異常さがわかるというものです。


 ですがマスターを怖いと思ったことはありません。


 シェイプシフターやメネフネはどうかは知りませんが、私はマスター以外の魔法使いと契約していたことがあるから骨身にしみてわかります。

 マスターほど仕え甲斐のある召喚主というのはいないということを。


 普通の魔法使いが召喚魔法を使う場合、わたしたちを強力な兵器か便利な道具として召喚することがほとんどです。


 それは当然で、彼らにとって貴重な魔力を大量に消費して()び出した者が役に立つのは当然ということでしょう。

 しかし、昨日の夜、私を呼び出すにあたってマスターは「今からこちらに来れるか?」と私に確認しました。「来い」と命令されるのが当然であるのに。


 そんなマスターの大事な身体の制御を任されてしまった以上は、このリリス、全身全霊をかけて任務を果たす所存です。


「おーい、リリスさん。さっきから動きっぱなしだよ。エルさんがお茶を入れてくれたから、おやつタイムにしよう。ほら、咲間さんも。」


 マスターがお世話になっているという宗一郎殿からおやつに誘われてしまいました。

 これは・・・手を休めていいんでしょうか。まだ掃除も途中だというのに・・・。しかし、マスターからは「別命あるまでは宗一郎殿の指示に従え」と言われていますし・・・・


「ふう。こっちは大体拭き終わったかな。リリスさん、エルが作ったおやつ食べないの?そろそろ休まないと身体壊すよ?」


 ・・・マスターのご友人からも心配されてしまいました。

 それにマスターの身体に何かあってはいけません。咲間さんと提案に従って休むことにしましょう。


「ん、今日のおやつはスイーツおせち。二段しか作ってないから早い者勝ち。」

 グローリエル殿が重箱におさめられた色とりどりのお菓子をテーブルに並べています。

 二段しか作っていないとおっしゃいましたが、一段が大きくてかなりの量です。


 マスターのお弟子さんのグローリエル殿が手ずからお作りになったお菓子を食べらるとは思っても見ませんでした。


 眷属の中でも、これを食べた者は羨望の的になるんですよね。

 シェイプシフターはこんなにおいしいものが食べられないなんて人生、大損をしています。


 グローリエル殿が取り分けた、ヘビがあしらわれた和菓子を一つ口に運ぶと上品な甘さが口いっぱいに広がります。


「オいしいですね。サすがグローリエル殿。ア、食べたらすぐにお掃除を再開しますね。」


「・・・リリスさん。そろそろ掃除、終わりにしない?俺の別荘、新築みたいになりかけてるんだけど・・・?」


「・・・うん、あたしとしても、そろそろ休んでくれるとありがたいかな・・・。一人だけ働かせるのもなんだから一緒に掃除してるけど、あたしもそろそろ疲れてきたし・・・。」


 ・・・私、何か間違えてしまったようですね。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 午後3時を少し過ぎたあたりで最後の一滑りを終え、三人は合流して帰りのバスに乗ることになった。


 遥香は時々杖の中で休憩をしていたが、それでも3時間近くも身体の制御をしていたせいか、そろそろ精神的な疲れが出始めたようだ。


仄香(ほのか)さん、ごめんね。遊ぶ時間以外の身体の制御、任せっぱなしで。》


「一日に2~3時間しか活動できないんだから仕方ありません。貴重な時間を移動だけで消費するのはもったいないですから。それにグローリエルがおやつを作ってくれたみたいですよ。使える時間は有限ですから、おやつと夕食用に取っておきましょう。」


《あ、エルちゃん、和菓子作ってたんだよね。重箱二段分だからまだ残ってるといいな。》


「そうだね。でもエルが作る料理って分量が多いんだよね・・・。おいしいからつい食べちゃうんだけど・・・。」


 千弦が自分の腹の皮をつまんでいる。

 以前、千弦が作った料理を食べたことがあるが、カロリー的にはグローリエルの料理のほうが少ないと思ったんだが、重量的な問題なのだろうか?


「姉さんの料理だって・・・何でもない。」


 琴音が途中まで言いかけてやめた。

 そういえば二人の家にお邪魔して四色海鮮丼をごちそうになった後、もう一度お邪魔したときに琴音の部屋のドアが外れていたんだよな。


 あのあと琴音が「姉さんに料理の話をしたらキレてドアを壊された」って言ってたけど、千弦は料理にこだわりでもあるんだろうか。


 ドアの蝶番二つとドアノブがきれいに飛んでいたところをみると、ドアブリーチャーでも使ったのか?

 今度、千弦にも強制開錠魔法を教えてやったほうがいいかもしれない。


「グローリエルの料理が多いのは、彼女は食事を摂るときにその栄養分の9割近くを魔力に変換できる特異体質のせいだと思うんですが、『できる』であって『してしまう』というわけではないんですけどね?」


 蓄えた魔力の使い道も、私の誕生日に彼女の45年分の魔力が納められた人工魔力結晶をもらったから理解してはいるが、食事を消化するときにかかる負担はあまり変わらないのだから無理はしてほしくない。


「そういえば、エルってエルフじゃん?エルフって魔法が得意そうじゃん?でもエルが魔法を使ってるところ、見たことないんだけど?」


 千弦が思い出したように疑問を口にした。


 そういえばグローリエルは人魚の肉を使った術式を維持するために魔力を消費した以外では、二人の前で魔法や魔術を使ったことがないな。


 一応グローリエルは私の弟子ということになってはいるし、誰かが作った術式があれば魔術は使えるんだが・・・なぜか魔法はまったく使えないんだよな。


 体の中には複数の、それもかなり頑丈な魔力回路を持っているし、口下手だが魔法の詠唱や術式を知らないわけではない。


 何より、ルィンヘン氏族中では歴代でも最高クラスの魔力総量を持っているんだよな。

 というか、私やバイオレットを除けば今、人類最高の魔力総量を持ってるのってグローリエルなんじゃなかろうか?


 それを利用して魔力貯蔵装置(バッテリー)どころか魔力タンクのような使い方ができるんだから、魔力の出力にも何ら問題はないはずなのだが・・・?


「う~ん?そういえばグローリエルが魔法を使えない理由って何でしょうね?」


 保護したときは確か75歳くらいだったか?エルフの成人年齢は160歳だったはずだから、人間の年齢にすると10歳くらいのはずだ。


 そのくらいの歳なら魔法の使い方が分からないエルフなんていくらでもいると思うのだが、いまだに使えない理由は何だろうか。

 いや、なぜ両親はたった75歳のグローリエルを「魔法が使えない」という理由で売り飛ばした?

 一度南ウラルまで行って確認する必要があるかもしれないな。


 考え込んでいると、琴音があきらめたように言った。


仄香(ほのか)が分からないんじゃどうしようもないよ。そのうち使えるようになるんじゃない?」


 琴音たちはあまり気にもしていないだろうが、一応話しておこうか。


「二人、いや遥香さんも含めて三人にお願いがあります。グローリエルに魔法が使えない理由を聞かないでください。それが理由で彼女は親に売られていますから。」


「あ、そうだ。ダンバース精神病院の・・・。」


 そんな話をしているうちに、宗一郎殿の別荘の近くのバス停が近づいてきた。

 荷物をまとめ、降車ボタンを押す。


 日本陸軍の78式雪上車を改造したバスはゴム製の履帯を波打たせながらゆっくりと減速し、その扉を開いた。


 ◇  ◇  ◇


 夕方(4時過ぎ)


 咲間 恵


 明日はもう帰らなければならない。

 本当に楽しい冬休みだった。三学期が始まればコトねんや千弦っち、遥香っちには会えるけど、ほかのみんなに会うのは少し難しくなってしまうのが残念だ。


 いや、仄香(ほのか)さんは毎日会えるか。


「咲間さん。マスターがマもなくご帰宅されるそうです。マだ夕食の時間まではかなりありますし、オ茶をお入れしましょうか?」


 リリスさんが紫色と翠色の眼でじっと見上げてくる。

 仄香(ほのか)さんの予備ボディを管理しているゴースト系の眷属だと聞いたけど、この人、ものすごく丁寧なんだよな。


「リリス。マスターはコーヒーを喜ぶ。」


 後ろからヌッとエルが顔を出す。その手にはすでにコーヒーサイフォンとフィルターが握られており、キッチンからはコーヒーを挽いた良い香りが漂っていた。


「あ、エル。あたしもエルの美味しいコーヒーを飲みたいな。そうそう、おせちスイーツとコーヒーって合うのかな?」


「・・・マスターの分はお茶にする。咲間さん(サクまん)の分だけコーヒーを・・・リリスも飲む?宗一郎は?」


「ア、オ願いします。」


「俺はコーヒーがいいかな。」


 エルがキッチンに戻ると同時に、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 どうやらコトねんたちが帰ってきたようだ。


 まだ午後4時を回ったばかりなのでおやつを食べても夕食にはそれほど影響しないだろう。


 宗一郎さんやリリスさん、エルと一緒に四人でエルが淹れてくれたコーヒーを飲みながらリビングでくつろいでいると、玄関が開き、三人が帰ってきた。


「ただいま~。いや~。滑った滑った。」


「次の冬はもう滑れませんね。大学受験ですし。」


「・・・仄香(ほのか)。縁起でもないことを言わないで。」


 三人は笑いあいながらスキー板やブーツを納戸にしまい、スキーウェアを乾燥室に入れている。

 この時間からなら、寝る前に荷造りをするまでにしっかり乾燥するだろう。


 コトねん達三人は、スキーの片付けが終わると着替えてリビングのソファに座った。

 朝からずっと滑り続けていたようで、かなり疲れているようだ。


 リビングの畳スペースにはいくつか紙袋が並んでいる。コトねんに聞いてみたところ、仄香(ほのか)さんが気を利かせてスキー場に併設されたお土産売り場で、それぞれの家族や親戚に宛てたお土産も買ってきてくれたようだ。


「おせちスイーツ作った。食べて。」

 紙袋からお土産を取り出して四人で分けていると、いつの間にかエルがキッチンから現れて、おせちスイーツの入った重箱を三人の前に並べる。


 すでに私たちがいくつか食べてしまったけど、重箱の中はきれいに並べなおされており、食べかけのような乱雑さはない。


「あら、グローリエル。干支にちなんで作ったの?ずいぶん手が込んでるわね。」


「ん。マスターの加速空間魔法のおかげ。」


 そういえばエルは仄香(ほのか)さんの加速空間魔法を使って料理をしていると言っていたっけ。


「ねえ、エル。主観時間で料理するのにどれくらいの時間をかけてるの?」


「ん~。夕食はいつも3時間くらい?でも60倍速にしてもらってる。」


 なるほどね。本人は3時間もかけて料理をしているのに、周りには3分で料理が出てくるように見えてるんだ。

 ・・・って、ちょっと待て。


「3時間もかけた料理が3分って・・・カップラーメンよりすごいじゃん!?」


「姉さん、いくら何でもカップラーメンと比べないで!?」


「カップラーメンは現代科学の粋を凝らしたスーパーフードよ!安藤百福先生の汗と涙の結晶なのよ!」


 変な言い合いをしてる二人はほっといて。

 ・・・ということはエルは夕食の支度をするたびに3時間ずつ余分に歳を取ってるってこと?

 思わず仄香(ほのか)さんの耳元に口を近づけてしまう。


「ね、ねえ・・・仄香(ほのか)さん。エル、このままだとあっという間にしわくちゃのおばあさんになっちゃうんじゃあ・・・。」


 私の問いにキョトンとした顔をしながら仄香(ほのか)さんは答えた。


「グローリエルはエルフですし、それもルィンヘン氏族・・・ハイエルフですから最低でも人間の8倍の寿命はあります。彼女、ああ見えて120歳ですからね。それに、エルフは魔力総量に応じて寿命が延びるんですが、彼女はそれが多すぎて思い通りに歳をとれなくて悩んでいるくらいなんですよ。」


「ええと、じゃあ、エルは歳を取りたいという思ってるってこと?」


 仄香(ほのか)さんとエルの年齢について話していると、いつの間にかエルの顔が真横にあった。


「ん。そろそろ成長したい。・・・女児用の水着はもう着たくない。」


 エルの目がいつになく血走っている。

 そんなに女児用の水着が嫌なのか。むしろちっちゃくってかわいいと思う。

 身長が高すぎる私からしたら、うらやましいくらいなんだが・・・。


 そんな私の疑問もどこ吹く風と、コトねんと千弦っちはどこからともなくお菓子の山を持ってきた。

 いつの間にか、リリスさんまで一緒だ。


「みんな~。今日はスキー旅行最後の夜だからぱぁっと行くわよ!」


 今からそんなに食べたんじゃ、エルの料理を食べられなくなるよ。


 ・・・あれ?エルは?・・・さっきまで血走った顔をしていたのに、いつの間にか宗一郎さんのところで酒瓶を抱えてるし。


 ほんと、飽きないね、みんな。


 ◇  ◇  ◇


 1月3日(金)朝


 南雲 千弦


 宗一郎伯父さんの別荘の片付けが完璧に終わり、スキー板とブーツの発送も終わった。

 それ以外にも不要な荷物は宅配便で発送してしまったので、みんなかなり軽装で帰れる。


 仄香(ほのか)は、私たちが知らないうちに玉山の隠れ家(セーフハウス)まで長距離跳躍魔法(ル〇ラ)で往復したらしく、エルの荷物を含めて発送する荷物はほとんどなかったみたい。


「いや〜。十日間も泊っているとまるで我が家みたいな気分だったな〜。」

 宗一郎伯父さんの別荘を見て思わずそんな言葉が出てしまった。


(くつろ)いでもらえて何よりだ。俺もなかなか楽しい冬休みだったし、また声をかけてもらえればいつでも使ってもらって構わないよ。」


 伯父さんは車に荷物を積みながら楽しそうに答えた。


「宗一郎さん。あたしまでこんなにお世話になっちゃって、ありがとうございます。」


 咲間さん(サクまん)が伯父さんに改めてお礼を言っている。

 伯父さんもまんざらでもなさそうだ。


 ・・・そういえば伯父さんの会社の子会社で芸能系の会社があったっけな。

 咲間さん(サクまん)はそのうちバンドデビューもしたいと言っていたし、後で伯父さんにそっちの話も聞いてみようか。


「さて、みんな車に荷物を積んだね?そろそろ戸締りをするから、忘れ物がないかの最後のチェックをしてくれるか?」


 伯父さんが別荘のカギをかける前に、すべての部屋を回って忘れ物がないか確認していく。エルは冷蔵庫や冷凍庫を開き、何もないことを確認している。

 ・・・何かを忘れても簡単に取りに来れないから、気を付けなければならない。


 琴音が2階から降りてきた。二つの個室をチェックしてくれたらしい。

「姉さん。二階は大丈夫。そっちは?」


「リビングとダイニングは大丈夫。伯父さんの部屋以外は全部見たよ。・・・伯父さんは忘れ物ない?」


「ああ。大丈夫だ。俺の呪病は忘れ物がないように持ち物すべてにマーキングできるからな。抜かりはないよ。」


 やっぱり便利だな。普通の魔法が一切使えないって言ってたけど、これだけで十分なんじゃないの?


 一つの魔法で物探しや病気の治療、コンピュータの制御や攻撃までできるって、他では聞いたことがないよ。


 伯父さんの魔法って、やっぱり呪病っていうよりナノマシンって言ったほうが絶対合ってると思う。


「こちらも確認しました。出発していただいて構いません。」

 キッチンから仄香(ほのか)とエルが顔を出す。


 よし、準備できたようだ。さて、愛しのわが家へ帰りますか。


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