125 初詣 ナンパの躱し方(魔女専用)
1月1日(水)
南雲 千弦
私たちは今朝5時前に起きて、伯父さんを除く全員で露天風呂に入り、リビングで髪を整えて着付けをしていた。
琴音と私の分については、伯父さんが母さんから振袖一式を預かっていたのは知っていたけど、まさか咲間さんやエルの分まで用意していたとは思わなかったよ。
「ねえ、コトねん。・・・この振袖、なんかものすごく高そうなんだけど?あたし、こんな立派な振袖なんて着たことないよ?もし汚しちゃったらどうしよう?」
咲間さんが借りてきた猫みたいに小さくなってる。
その170cmの身体を丸めようとするたび、仄香が背を伸ばすように言っているのがなかなか面白い。
「たしかに振袖は家庭で洗うのは難しいですが、最悪の場合でも私がクリーニングできますから安心してください。200年位前に洗い張りの仕事をしていたこともあるんですから。」
《うわ、仄香さんって着物についてもエキスパートなんだ。》
遥香が感嘆の声を上げている。それはそうだ。目の前で自分の手が手慣れた様子で着付けをしていくのはどんな感覚なのか想像もできない。
相変わらず仄香の経験値はすごいな。
琴音や私は家柄的に着付けができるけど、それでもあまり慣れてはおらず1時間半くらいはかかってしまう。
それを同時進行で4人分を1時間半で終わらせてしまうあたり、手慣れ方が尋常じゃない。
「ん。千弦。どう?似合ってる?」
エルが黒地に金銀の鶴が描かれた振袖を着て、薄い胸を自慢げにそらしている。
ま、着物は胸が小さいほうが似合うんだけどさ。
「似合ってる似合ってる。金髪でも黒地の振袖はよく似合うね。」
それにしても伯父さん、すごく奮発したな。
どうやら咲間さんとエルの振袖は新調したみたいだからな。
昨日言っていたスキーを教えてもらった代わりに、っていうのは口実だったんだろう。
きっと旅行に来る前に二人の体型について預かったスキーウェア等から調べたに違いない。
エルが着ている振袖の帯は黒地に雲海、そしてそこに浮かぶ月や銀河が描かれている。あまり見たことがないデザインだ。おそらく特注だろう。
咲間さんの振袖は同じく黒地だが、鮮やかな牡丹が描かれており、大人びた印象を受けるデザインだ。
こちらは特注ではなさそうだが、決して安いものではあるまい。というか、どう見ても両方とも正絹で手染めに見える。
私と琴音の振袖は去年と同じものの使いまわしで目新しいことはない。
とはいえ、完全に体形が同じであることをいいことに今年は交換して使うことにした。
「・・・姉さんの振袖、着てみたかったのよね。水色に芍薬柄ってなかなかない柄だし、結構目立つのよね。」
「琴音の振袖こそ紺地に雪輪と雪花模様が上品だと思ってたのよね。両方とも九重の爺様が選んだから良い柄だとは思うけど、作ってもらったのが中学生のころだからね。あのころ着るにはなかなか勇気が必要だったわ。」
4人の着付けが終わって、最後は仄香が自分の着付けをしている。
白にぼかし桜吹雪、帯は薄水色の水面に舞う桜の花びらだ。
あれも正絹だよね。それも当然のように手染め?もしかして総絞り?それにしても桜の花びらの一つ一つの金の縁取りが恐ろしく細かい。
着付けをしている最中の遥香に聞いてみたところ、遙一郎さんが宗一郎伯父さんに対抗して「仄香から援助を受けて」新調したらしい。
・・・あれ?遙一郎さんって結構大きな会社の重役って聞いていたけど?
そんな人がわざわざ仄香から援助を受ける必要があった振袖って、いったいいくらするんだ?
下手したら博物館クラスなんじゃないのあれ?
そんな超高級の振袖を仄香が恐ろしく手慣れた様子で自分で着付けていく。
髪のセットも含めてまったく乱れがない状態で、わずか2時間で5人分を完成させたよ。
「遥香さん、こんな感じでどうかしら?」
《仄香さん、すごい!まるで私じゃないみたい!》
鏡の前でポーズを決めている仄香の姿を見て、念話で遥香が感嘆の声を上げている。
「ん、マスター。そろそろ宗一郎を呼んでいい?」
「エル、ちょっと待って。皆さん、これを。」
エルの言葉に仄香はそう言って、竹筒のようなものを5本差し出す。
「寒かったら使ってください。普通のショールだと寒いと思いますので。」
「なにこれ?」
竹筒?中に何か入ってる?あ、筒から何か顔を出した。白い毛並みの狐?それともフェレット?
「管狐です。生きてますから首に巻くととても暖かいですよ。」
「え?これ生きてるの?うわ、可愛い!」
咲間さんが薄い金色の毛並みの管狐を首に巻き付けて頭をなでている。管狐は目を細めて気持ちよさそうにしているが・・・。
これって憑き物じゃなかったっけ?こんなもん首に巻いて大丈夫なんだろうか?
「それぞれ色が違いますから好きな子を選んでください。エル、宗一郎さんにも渡してあげて。」
咲間さんと琴音が管狐を自分の首に巻き付けて撫でまわしている横で、エルがトテトテとかわいい足音を立てて伯父さんを呼びに行く。
エルに手を引かれて出てきた伯父さんは、白羽二重、五つ紋付きの長着と羽織袴姿だった。
うん。伯父さんもしっかりと管狐を首に巻いてるよ。
時代や地方によっては、存在するだけで年寄りが卒倒するようなシロモノだっていうのに・・・。
「さすが、みんな似合ってるね。咲間さんとエルさんは黒地がよく似合ってる。それに遥香ちゃん・・・いや、今は仄香さんかな?とても振袖が似合ってるね。桜柄が清楚で美しい。」
みんなが伯父さんの言葉にワイワイとはしゃいでいると、玄関先に一台の車が止まる音が聞こえた。
「あれ?誰か来た。伯父さん、だれか来る予定あったっけ?」
「ああ、青木君だな。さすがにこの格好では運転できなくてな。昨日の夜、彼に相談したらちょうど九重本家まで来ていたみたいで、きょう一日初詣に付き合ってくれるってさ。」
確かに着物を着ていると運転しずらいとは思うけど、わざわざ正月まで付き合わせるのって申し訳ないような気がするんだけど?
そんなことを言っているうちに呼び鈴が鳴り、エルが再びトテトテという足音とともに玄関に向かう。
エルのやつ、さては着物を着慣れてないな。少し歩き辛そうだ。転んだりしなければいいんだけど。
「お、来た来た。青木君。みんなの準備ができたようだからよろしく頼むよ。」
「はい。お待たせしました。みなさま、お車の用意ができましたのでこちらへ。」
リビングに入ってきた青木さんは、大企業のお偉方が乗る車の運転手のような出で立ちで私たちを車に案内する。
まるでどこぞのご令嬢にでもなった気分だ。
「うわ・・・。なんか、あたし一人だけ浮いてない?」
「浮いてない浮いてない。みんな似たようなもんでしょ。」
琴音がそう言いながら、尻込みをしている咲間さんの手を引いて車に向かう。
私だって遥香、いや仄香の艶姿に対抗しようとかいう気はさらさらないけどね。
堂々とした足取りで車に乗る仄香と伯父さん、そしてトテトテという足取りのエルを追って、青木さんの運転するハマーリムジンに乗り込んだ。
・・・この車、中に給湯器と急須、湯呑のセットがついてる。やっぱり伯父さんの趣味の車だったのか。いったい何台の車を持ってるのよ!?
◇ ◇ ◇
久神 遥香
車の中で身体の制御を仄香さんと交代してもらい、ゆったりとした車内で宗一郎さんが入れてくれたお茶を飲む。
高価そうな漆の湯呑に注がれたお茶は、その器に劣らず上品な味だった。
「ねえ、伯父さん。いったい何台車を持ってるの?この車も伯父さんの趣味の車だよね?和装リムジン、瓦葺キャンピングカー、陸軍の高機動車、そしてハマーリムジン。もしかして戦車とかも持ってたりしない?」
「もちろんあるぞ?ガワだけそっくりで装甲はFRPだがな。もとは映画撮影用だったんだが、処分に困ってな。陸軍の広報センターに貸し出しているから、乗りたけりゃ和光の駐屯地まで行くといい。」
千弦ちゃんと宗一郎さんがすごいことを話している。
でもそういえば、宗一郎さんがスポーツタイプの車に乗ってるところは見たことがなかったっけ。
「宗一郎さんはスポーツカーには興味はないんですか?フェラーリとか似合いそうなんですけど・・・?」
「そういえば遥香ちゃんは乗せてあげたことがなかったっけな。一応は持っているんだが、俺は車の中でワイワイやるのが好きなんだ。ガレージにあるF40やLP400、それからウラカンは二人しか乗れないからね。乗ってみたけりゃ土日にでも迎えに行ってあげるよ。行先はサーキットになるから楽しめるとは思えないんだけど・・・。」
《あら、ウラカンをお持ちなんですか。モデルは何かしら?もしかして特別仕様車かしら?》
「はは、残念ながらステラートさ。公道で法定速度内で楽しむだけなのにそこまで無駄遣いはできないよ。」
「仄香さん、もしかして結構スポーツカーが好きだったりするの?」
《いえ、ひとつ前の体を使っていた時に人助けをしたら、62年型のフェラーリを一台押し付けられまして。一度しかエンジンをかけていないですけど、錆びないように停滞空間魔法をかけて保存してあります。それにしても250GTOなんて少女の体で運転できると思ってるのかしらね?》
「おいおい、フェラーリ250GTOって、オークションで50億円以上するんだぞ?しかも新車同然だと?たった39台しか製造されてないのに・・・うわ、うらやましいな。」
《もしよろしければ運転してみますか?ナンバープレートがないので公道は走れませんけど。》
・・・それ以前に私の身体じゃ免許証も取得してないのにどうするんだろう?
「みなさま、日枝神社の近くに到着しました。車両通行規制が敷かれていますので、国道41号線沿いに車を止めてお待ちしております。終わりましたらご連絡ください。ではごゆっくり。」
青木さんはそう言いながら車を停車し、後部座席のドアを開けてくれた。
宗一郎さんの手を借りて、青木さんが用意した台を使いながら車から降りると、街行く人達の目線が一斉にこちらを向く。
男性だけではなく女性まで口を開けたままでじっとこちらを見ている。
中にはスマホを向けて撮影している人もいる。
「あ、あう・・・。」
思わず恥ずかしくなって変な声が出てしまった。
「はいはい!芸能人とかじゃないから!ハイそこ!勝手に撮影しない!」
「道開けてください!アイドルとかじゃないから!一般人ですから!」
琴音ちゃんと千弦ちゃんが先導して道を作り、咲間さんが前を、エルちゃんが後ろをガードするかのように人混みの中を進み始める。
「ん。ツラいならマスターと交代する?」
エルちゃんが心配そうに私の顔を覗く。
金髪碧眼でお人形さんみたいに整った顔立ち、そして胡蝶蘭の髪飾りからぴょこっと飛び出した笹穂状の耳がとても可愛らしい。
というか、みんなが見てるのは私じゃなくてエルちゃんなんだろう。
そうだ。きっとそうに違いない。
そう自分に言い聞かせて顔を上げ、背を伸ばして歩き始めた。
・・・うん。みんなしっかりとこっちを見ていたよ。なんで!?もしかしてショール代わりの管狐が珍しいの?
管狐は・・・うん。完全にショールのふりをしてる。微動だにしていないよ。
みんなと一緒に何とか人をかき分け、富山市立図書館やガラス美術館などが併設された複合施設側から日枝神社前に近づくことができた。
初詣の人たちが大行列をしている中でゆっくり歩いていると、時々すれ違う男性に声をかけられる。
「ねえ、一人?一緒に屋台とか見て回らない?」
「お友達と一緒?ねえ、こっそり抜け出さない?」
「すごくかわいいね!?この近くにいい景色の場所があるんだけどどう?」
「芸能活動に興味はありませんか?あなたなら日本一のアイドルを目指せますよ!」
・・・うん?いま女の人の声も聞こえたような・・・?
さっきから私にそういった声がかかるたびに、琴音ちゃんと千弦ちゃんがすごい形相をして追い払ってくれている。
そんな二人を見ながら迷子になったら終わりだな〜なんて思いつつ、ふっと振り向いた瞬間、ドドっという足音とともに団体客が私の前を通過していった。
中国語っぽい言葉を話しながら小走りに、境内とは逆の方向に走っていく40人以上の人たちに押されてよろめいてしまった。
「うひゃあ!・・・あれ?千弦ちゃん?琴音ちゃん?・・・エルちゃん?咲間さん?宗一郎さん?」
団体客に押されて数メートルたたらを踏んだだけなのに、気が付けば5人とも周囲にはいなかった。
人混みの中、仄香さんの杖を片手にポツンと一人、立ちすくんでしまう。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!みんなとはぐれてしまった!?
どうしよう!?
◇ ◇ ◇
仄香
せっかくの初詣だし、遥香自身の足で参拝させてやろうと思っていたんだがやはりこうなったか。
だが、健康上の問題も生じていないし、まだ疲労も溜まっている様子はない。
遥香は自分の容姿について正しく理解していないようだし、いい機会だ。
少し経験を積ませようか。
《大変!遥香とはぐれちゃった!姉さん!あっちの通りを探して!》
《琴音!最後に見たのはどの辺だった!?》
《コトねん、私はあっちの通りを探すよ!》
《遥香ちゃん?え?はぐれちゃったの!?》
《ん?マスターがいるから別に慌てなくても・・・。》
「うわぁぁ・・・みんなどこぉ〜」
・・・おいおい、冷静なのはグローリエルだけか。
宗一郎殿まで慌ててるよ。っていうか、しっかりと私の杖を握っている遥香まで軽くパニックになっているし・・・。
というより全員が念話を使いながら、念話で会話していることを忘れているようだ。
《ええと、皆さん。遥香さんには私がついているから大丈夫ですよ。・・・遥香さん。まずはおちついて、そこの角で立ち止まりましょうか。》
全員に念話で連絡をし、そのあと遥香に声をかける。
《どこか目印を見つけて合流しましょう。大丈夫、危険があったらすぐ交代してあげますから。》
「う、うん、そうだね。頑張るよ。」
・・・本当に大丈夫だろうか。すごく心配になってきた。
何とか全員をなだめてお札授与所で合流することに決めた後、遥香は人の流れに逆らわずに屋台を見ながら鳥居に向かい、ゆっくり歩いていく。
あまりにも多くの人間に声を掛けられるので気になって確認してみたが、遥香の魅了魔法の動作は確認できなかった。というか、そんなもん起動していたら今頃は誘拐されているかもしれない。
いっそのこと認識阻害術式を使ってしまおうとも思ったが、こうも人が多すぎるとこちらを認識できない人間に体当たりをされて大けがをする可能性がある。
「・・・ねえ、仄香さん。さっきからなんで数メートルおきに声を掛けられるんだろうね?」
《・・・遥香さんが可愛いからですよ。もう少し自分の容姿に自信を持ちなさい。高校でもよくラブレターをもらってたでしょう?》
「そういえばどうしてかな?今の高校に入る前はそんなことなかったんだけどね?もしかして仄香さん、何かした?」
《むしろ逆のことはしましたけどね。あ、言ってるうちに次が来ました。》
わざわざ道を挟んだ向こうから二人組の高校生くらいの男子が駆け寄り、顔を真っ赤にしながら声をかけてきた。
「ねえ、君一人なの?それとも迷ったの?良ければ案内するよ?ねえ、名前はなんていうの?」
ナンパの仕方が初々しいな。
「・・・ええと、ごめんね、友達と待ち合わせしているから。」
「どこで待ち合わせ?良ければそこまで案内するよ?」
「う・・・、うん、大丈夫、迷っているわけじゃないから。」
「遠慮しないで。俺たち地元の人間だから抜け道とかもよく知っているからさ。」
しつこい。・・・それになんというか、遥香の対応では埒が明かない。
《仕方ありませんね。琴音さんたちと合流するまで身体の制御を交代しましょうか。》
そう念話で告げると、素早く遥香の身体の制御を奪う。さて、どうするか。無難にこの場を切り抜ける方法は・・・。
そう思ってあたりを見回すと、視界の端の屋台で蛍石がついた玩具の指輪が売られているのに気付く。・・・ん?あ、いいことを思いついた。
ええと、フッ素が6個に硫黄が1個だったっけ。
蛍石からフッ素は手に入るとして、硫黄は・・・仕方ない。体内の元素を使うか。後で卵でも食べればいいだろう。
二人の高校生の間を押しのけ、屋台のおじさんにお金を払ってそれを手にすると、指にはめず、そのまま口元に持って行き、小さく呪文の詠唱を行った。
「第九、第十六の元素精霊よ。我が意に従い結びてその力を示せ。・・・すうっ!」
元素精霊魔法で作り出した無臭無色のガスを胸いっぱい吸い込み、ゆっくりと男子高校生に語り掛ける。
「・・・ふう。君たち、案内は不要だ。あまりしつこいと嫌われるぞ。」
うわ・・・。ものすごく野太い声が出たな。
「え?今の声・・・まさか男!?」
発生したガスをもう一度吸い込み、さらに言葉を続ける。
「君たちは若いんだから普通の女の子に声をかけなさい。それともそういう趣味なのかね?」
「ひぃ!ごめんなさい!人違いです!」
私の声に驚いたのか、二人の高校生は転がるようにその場を逃げ出していく。
《え?何?今の声!?すごいイケボなんだけど!》
はは、遥香まで驚いてる。
《イケてるボイスかどうかは知りませんけど、サルファヘキサフルオライド・・・六フッ化硫黄ガスを吸い込んで声を出すとあんな感じの声が出るんです。ヘリウムとはちょうど逆の効果ですね。》
《琴音ちゃんたちと会ったときにも聞かせてみたい!っていうか、そのガスって危険性はないの?》
《大丈夫ですよ。あえて言うなら、極端に重い気体ですから肺にたまりやすいんですよね。酸素欠乏空気としての危険性と金属リチウムやジシランとの強い反応性、それから強力な温室効果ガスであることくらいですかね。》
《ジシラン?何それ?》
《ケイ素と水素の化合物です。エタンと同じ構造で炭素の代わりにケイ素が入ってて・・・あ、また次のナンパですね。同じように対応しておきましょうか。》
今度は大学生くらいの二人組か。このまま成人男性の声で対応しておこう。
ま、男が女に性欲を持たなくなったら人類は滅亡するだろうからな。
だがくれぐれも他の女性を狙ってくれたまえよ。
がんばれ、若人たち。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
何とかお札授与所で遥香と合流することができた。
案の定というか、遥香ったら私たちと別れてから数歩ごとにナンパにあっていたらしい。
何それ。まるで昔のRPGの遭遇率並みじゃん。次の村に着く前にレベルが上がっちゃうよ。
何度目かのナンパを受けたときに仄香と交代したらしくて、どうやってナンパを躱したかを聞いたら、その場で実演してくれた。
遥香のかわいい口から突然出たバリトンボイスがあまりにも面白くて、神社の境内なのにみんな笑い転げてしまったよ。
「さて・・・お賽銭も入れたし、お札やお守りもいただいたし、これからどうしようか。(バリトンボイス)」
「ぶふっ!仄香・・・その声やめて!笑いが止まらないから!」
珍しく仄香が姉さんとじゃれあっている。
あの声、そんなに気に入ったんだろうか。
「あはは、仄香さん、何でもできるんだね!もしかしてヘリウムの声もできたりする?」
「いや、第二の元素精霊は地上にはほとんどいないからな。第一の元素精霊や第一階梯正一位・従一位の根源精霊から無理やり作れなくもないんだが、発生するエネルギーが大きすぎてあまり現実的ではない。(バリトンボイス)」
「あひゃひゃひゃ!・・・笑いすぎておなか痛い、マスター、もう無理!」
咲間さんとエルも腹を抱えて笑っている。よく見れば伯父さんもだ。
「そろそろ行かないと他の参拝客の迷惑になるよ。・・・なんていうか、違う理由で人が集まってきたし・・・。」
さっきから道行く人がチラチラとこちらを見て笑っている。
中にはスマホを向けて撮影しようとしている人までいる。
っていうか元素精霊魔法ってマジですごいな?元素と魔力があって、分子構造が分かっていれば何でも作れるって、ほとんど錬金術じゃん!
「はあ、久しぶりに笑いました。スマホについては電磁的記録阻害術式と干渉術式で対応済みです。・・・境内の防犯カメラもね。さて、皆さんと合流できましたし、遥香さんに身体を返しましょうか。」
やっと遥香の普段の声に戻ったよ。鈴が鳴るような声のほうがこの子には似合ってると思う。っていうか、あの声、夢に見たらどうしてくれるのよ。
◇ ◇ ◇
遥香の声が元に戻ってから、みんな揃って屋台の食べ歩きとかを存分に楽しんだ。
初めのうちは咲間さんが振袖を汚すのを怖がって、あまり買い食いはしていなかった。
だけど、エルが焼きそばを持ったまま盛大に転んでソースを袖にぶちまけて、それを仄香が魔法で一瞬できれいにしたのを見て、やっと心配がなくなったみたい。
っていうか、その振袖、確か伯父さんが咲間さんとエルにスキーを一日中教えてもらったお礼にってプレゼントしたものじゃなかったっけ?
レンタルでもなく自分のものなんだからそこまで気にしなくてもいいと思うんだけど・・・?
途中から仄香が遥香と交代して、またナンパにあって姉さんと二人で追い払おうとしたら、遥香がバリトンボイスでナンパ男をからかって・・・そんな感じでみんなでワイワイと楽しんで、車に戻ったら青木さんがお茶を入れてくれた。
首に巻いていた管狐たちも空いている座席の上でそろって丸くなっている。
というか、あまりにもかわいいので咲間さんが仄香から一匹もらうことにしたらしい。
仄香が飼い方の説明をしているのを聞いてたんだけど、召喚したものではないので召喚維持コストはかからず、人間と同じものをほんのちょっと食べるのと、妖怪の一種だからペット用のトイレはいらないんだって。
なにより頭がよくて人間の言葉が話せるし、飼い主以外には見えないようにもできるし、様々な情報を集めるのに向いているんだそうだ。
コンビニ経営をしているお母さんの役に立つって喜んでたな。
でも、私も欲しいと言おうとしたら、なぜか姉さんに強く止められてしまった。
姉さん、もしかして管狐のことを知っているんだろうか?
まあいいや。あ〜。楽しい初詣だったよ。今年こそ平和だといいな。