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123 献身は剣の輝きと共に

 1994年 8月13日(土)


 ジェーン・ドゥ


 目の前に突き立った魔封じの剣は、鈍く、だが力強く輝きを放っていた。

 私は防御障壁と光膜防御魔法を更新し続けながら、その鞘をベルトに差し刀身を抜き放つ。


 ・・・よくやってくれた。シェイプシフター。すぐに終わらせて再召喚してやるから待っていてくれ。


 魔封じの剣の柄を握り、ゆっくりと刀身に魔力を流していく。

 すると瞬く間に莫大な白銀の波が発生し、周囲数㎞に波のように広がっていった。


 白銀の波はバイオレットの無詠唱魔法に対し、魔力波長による干渉波をもって中和し、その魔力をかき消していく。


 その場における私以外のすべての魔力が中和されたことにより、今まで轟音と灼熱を放っていた熱核魔法が新しく熱を作り出すことをやめたが、周囲はいまだに灼熱色の溶岩、いや、岩石蒸気のようなものに包まれていた。


「ぬぅ?魔法が起動しない。なんだこれは。」


 バイオレットが顔を引きつらせながら、両手を私に向けてかざしている。


「無詠唱で魔法が使えるからってハシャぎすぎよ。あなたのせいでSL9をブチ割って楽しかった気分が台無しだわ。・・・私の大事な家族まで消し炭にしやがって。」


「ふん。魔法が使えなくともまだ戦う(すべ)などいくらでも・・・。」


「あなたはもう終わりなのよ。・・・()()()()元素精霊(エレメント)()()()静謐(せいひつ)()()()()()()()()()()()()()(いざな)()()()()暗夜(あんや)()()()閑寂(かんじゃく)()四隅八方(しぐうはっぽう)()()()()()。」


 バイオレットの声を無視し、強制熱振動停止魔法を行使して周囲の溶岩や岩石蒸気を一気に冷却する。


 それまで灼熱に包まれていた大地は、瞬時に白く輝く氷河のようなものに包まれる。

 あたりは冷やされて固まったガラス成分がキラキラと舞い落ちて、まるで南国に雪が降っているかのような美しい景色に包まれた。


「これは元素精霊(エレメンタル)魔法(マジック)か!俺だけが魔法を封じられただと!?だが魔法が使えないだけで勝ったと思ったか!交代だ!」


 バイオレットは腰を低く構え、さらに人格を交代しようとしている。

 腰から抜き放ったのは刃渡り40cm程度のショートソードのようだ。


「・・・五連唱(ペンタスペル)、術式20番、任意で順次発動。」


 短距離転移術式を5回連続で発動、一瞬で転移してバイオレットの懐に入り込み、魔封じの剣を袈裟斬りに振るう。


 あわてたバイオレットは私の斬撃を(かわ)すこともできず、手に持ったショートソードで受けようとする。


 やはり人格交代時は無防備になるか?それともひとつ前の人格なら私の斬撃など軽く(かわ)せただろうが、次の人格は近距離戦闘タイプではなかったということか?


「ふ!そんななまくら剣法など、この私にかかれば・・・なにっ!?」


 刃同士が打ち合ったとき、キンっというまるで鉄琴を弾いたかのような軽く高い音が響き、魔封じの剣はバイオレットのショートソードをほとんど何の抵抗もなく、その一番太い根元から斬り飛ばす。

 そしてそのままバイオレットの左肩から抵抗なく入り、左胸の一部を深く切り裂いた。


 その切れ味に驚きながらも、そのまま魔封じの剣を振るいバイオレットの両膝の下を撫でるように斬る。


「な!ぎゃぁぁぁ!その剣はいったい!?」


 左鎖骨と両膝下を切られ、少なくない鮮血を流すバイオレットは回復治癒呪を使う様子はない。

 先ほどから無詠唱の魔法しか使ってなかったようだし、術式や(まじな)いの類は使えないということなのだろうか。


「相変わらずとんでもない切れ味ね。さすがウーツ鋼。・・・さて、まだやるかしら?魔法は封じたし、その傷では白兵戦はできないでしょうね。それともまた誰かと交代する?まったく何人いるのやら。」


 ここまで確認できたバイオレットの人格は4人分。槍使い、格闘家、魔法使い、そしておそらくは剣士。


 その場でいきなり転職できるとか、まるでドラ〇エのダ〇マ神官いらずじゃないか。

 あ、そういえば前作が出てからちょっと経ったな。来年あたり新作が出るといいんだけど。


 シェイプシフターが欲しがっていたから、発売されたらすぐに買ってやろう。

 ・・・シェイプシフター。お前は私には本当にもったいないほどの眷属だ。


「くっ!ここにはもう私たち4人しかいない!みんなあんたを殺すために犠牲になったのよ!」


 ・・・私を殺すため?ああ、そうか。無詠唱魔法の代償の精神汚染でいくつかは知らないけど、人格が消し飛んだのか。

 それにしても、わざわざ自分たちの人格を犠牲にしてまで晴らしたい恨みとは一体?


「ええと?私、そこまであなたの恨みを買うようなことしたかしら?」


 記憶をあさってみるが、バイオレットのような存在に恨まれる覚えがない。


 ・・・まあ、知らないところでこいつの近親者を殺した可能性は否定できないけどさ。


 それに15年前もそうだが、こいつの行動はめちゃくちゃで何がしたいのかわからない。


 だいたい、私を殺したいだけならわざわざ正面から突っ込んでくるのではなく、寝込みだろうが何だろうが襲えばいいものを。


「く、うおぉぉぉ!」


 思わず首をひねって考えてしまっていたら、バイオレットは魔封じの剣による魔力干渉下でも構わず回復治癒魔法を発動しようとし始めた。


 バイオレットの魔力の出力が跳ね上がる。だが魔封じの剣の干渉波はびくともしない。

 並みの魔法使い数千人分に匹敵する魔力を受けてもなお、その刀身も術式も、きしむ音すら立てない。


「くそ、くそっ!くそおぉぉ!」


 バイオレットは叫びながら回復治癒魔法を無詠唱で行使しようとするが、出力するすべての魔力を中和され、失っていく。


 当然だが、無詠唱であろうがなかろうが、魔力が精霊や神格に届かない以上、彼らは何も答えてはくれない。


「さて・・・。あなたがなぜ私のことを襲ったのか教えてもらおうかしら。その後ろにいる人間のことも含めてね。あ、しゃべらなくてもいいわよ。その頭の中を直接覗くから。」

 そういいながらバイオレットの頭に手を伸ばす。


「近寄らないで!くそ、なんで魔法が!何もできない!助けてギル!ギルノール!」


 バイオレットは筋が切れた手足を引きずりながら後退りをし、唯一動く右手で近くの凍り付いた溶岩のかけらを投げて抵抗している。


「・・・見るに堪えないわね。まるで白頭山の上で聖釘(アンカー)を刺された時の自分を見ているようだわ。さっさと終わらせましょう。」


 あの時はハルピュイアが身を挺して助けてくれたし、今回はシェイプシフターがその身を犠牲にしてくれたから勝てたようなものだ。


 断じて私一人の力ではない。

 素晴らしい眷属に恵まれたことを感謝しながら、強制自白魔法を詠唱する。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・。」


 ところが、詠唱の半分を過ぎたところで、パチンという感覚とともに、これまでにない表情がバイオレットの顔に浮かんだ。


 その顔は醜く歪み、まるでバイオレットが老婆のような声を出す。


「お前だけは死んでも許さない!」


 5人目の人格・・・?いや、この声、どこかで聞き覚えがあるような!?


 その叫び声とともにバイオレットの胸元、心臓のあたりから赤黒い血のような煙が噴き出した。

 直後、ゴウっという爆風とともにその胸元で魔力が暴走し始める。


「こんなところで魔力災害!?この反応!まるで暴走魔導兵器のような・・・!?」


「ふ、ふははは!トニーの仇!死ね!」


 だから、ギルとかトニーとか誰のことなんだよ!おとなしく頭を覗かせろよ!

 と言っている暇もなく。


「く、八連術式(オクタスペル)852,891,137,441発動!魔封じの剣よ!打ち消せ!」


 コレが暴走魔導兵器と同じ原理なら、そして十分な魔力を注がれたならば、常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式よりも危険なシロモノだ。


 バイオレット、いや聞き覚えのある声の5人目が胸元の、おそらくは人工魔力結晶の出力を高めていく。


 くっ!?魔封じの剣よ、なんとかもってくれ!


 暴走魔導兵器が出力する魔力と同等の魔力を刀身に刻まれた術式に流し込んでいく。

 これほどの魔力を出力したのは初めてではないだろうか。


 キシッギシッという、刀身が軋む音が手元から聞こえた次の瞬間、辺りに立ち込めていた魔力が瞬時に霧散し、何かが砕けるような音が響き渡った。


「・・・止まった?どうして?・・・そうか、人工魔力結晶の力を使い果たしたのか。」


 ドサっと崩れ落ちたバイオレットの身体は、何故かそれっきり動かなくなってしまった。 


 ◇  ◇  ◇


「ふう、疲れた。久しぶりに苦戦したわ。それにしてもコイツ、何だったのかしら。」


 うつ伏せに倒れたまま動かなくなったバイオレットの身体を、鞘に納めた魔封じの剣の先で何度か突いてみるが何も反応はない。

 その胸元を見れば、芥子粒のような人工魔力結晶が微かな瞬きを放っていた。


 解析・鑑定術式で見た限りでは心臓も止まっているようだし、脳波も完全にフラットだ。

 死んでいる相手には強制自白魔法は使えないが、だからといって蘇生してやる気にもならない。


「仕方がないわね。残留思念感応魔法でも使うか。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(つまび)()()()()()。」


 バイオレットの身体が薄く紫色に光るが、期待していたような反応は一切見られなかった。


 ・・・?残留思念がない?生きていれば必ず発生する思念波が、自分の身体を含めて一切残留しないってどういうことだ?


 まさかこいつ、生きているように見えてアンデッドだったのか?それとも人工魔力結晶を核にしたフレッシュゴーレム?


「仕方がない。持って帰ってゆっくりと調べるか。」


《マスター。メネフネデス。ご無事デスカ?》


《ん?ああ、なんとかな。珍しく魔力が枯渇するかと思ったよ。残り3割を切るなんて初めてじゃないか?今のうちに亜空間上のストレージから魔力の補充を・・・。》


一息ついたのも束の間、メネフネが念話越しに絶叫する。


《マスター!南東より敵性飛翔体を補足しマシタ!弾数3!常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式弾頭・・・、北東から新たな飛翔体!弾数2!これハ!?暴走魔導兵器の反応デス!!》


「おいおい、冗談じゃないわよ・・・!こちとら魔力が半分以下だっていうのに!」


 常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式はともかく、暴走魔導兵器は純粋に魔力量の勝負になる。

 バイオレットの1発でさえ結構負担だったのに、それが2発ともなると魔封じの剣で中和しきれない可能性がある。


 とりあえずバイオレットの遺体を回収しなくては。

 そう思って振り返ると、そこには這いずったような跡があり、4~5歩のところにバイオレットがうつぶせになって倒れていた。


「まだ生きていたの!?」


《マスター!着弾まであと15秒デス!》


「・・・くっ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 南東から灰色の何かが飛来するのを視界の彼方にとらえながら、バイオレットを放置し、長距離跳躍魔法で空に飛びあがる。


 加速した身体が成層圏を超え、中間圏に差し掛かったころ、地表でオレンジ色の巨大な火の玉が広がるのが見えた。


  常温常圧窒素酸化触媒(CONANTAP)術式がその力を解き放ったのだろう、一瞬遅れて赤黒いインクをぶちまけたかのような波がソマリアの東岸を染めつくしていく。


 ・・・やりやがった。完全に魔力災害、それも超級の魔力汚染災害だ。

 今後100年、下手をしたら200年以上、モガデッシュは魔力溜まり(ダンジョン)のような環境となって人が住むことができなくなるだろう。


 飛翔中につけっぱなしだった無線のヘッドセットに着信する。

 ・・・よく壊れなかったものだ。それに、亜宇宙空間を飛翔中でも受信できるってすごい性能だな。


「ジェーン。マックスウェルだ。パインギャップ(スパイ衛星管理)からモガデッシュ市街の消滅を確認したとの報告を受けた。・・・何者かによる攻撃があったとの情報もある。無事かい?衛生兵は必要か?」


「私は大丈夫よ。それより、今回の作戦の詳細を知っているのは誰までなの?ソ連や中国に話を通したとはいえ、ここまで正確に妨害されるほど情報を公開したのかしら?」


「すまんが分からん。俺はゴダード宇宙研究機関からの出向中の一研究員に過ぎないからな。そういったことに詳しそうなのは国防総省の・・・ええと、なんて言ったっけかな。そう、国防捜査局のベッケンバウアー局長にでも聞いてみたらどうだ?」


 アーデルハイド・ベッケンバウアー国防捜査局長・・・アリサのやつ、いつも愛称で呼ばれてたから、私は彼女が局長に就任するまでフルネームを知らなかったんだよな。


 まあ、アリサなら付き合いも長いし、二つ返事で教えてくれそうな気もするが、もっと大きな何かが動いているような気がする。ちょっと慎重になったほうがいいかもしれないな。


「そうね、帰ったらそれとなく聞いてみようかしらね。あと5分くらいでマンハッタンのオフィスにつくわ。マックスウェル。祝賀会の準備、頼んだわよ。」


「ええ!?おれが!?うわ、祝賀会の準備とか何したらいいんだよ。ってかホワイトハウスに泊まりたいとかマジだったのかよ!」


「あははっ。準備で困ったらアリサにでも相談しなさい。彼女ならビルと面識があるから。そろそろ到着するわ。じゃあ、パックスにもよろしく伝えて!」


 無線の通信が終了してから十数秒後にマンハッタンの雑居ビルの前に軟着陸する。

 あ~。本当に疲れた。

 祝賀会がいつ開催されるのかは知らないが、後のことは任せて久しぶりに惰眠をむさぼることにしたい。


 ◇  ◇  ◇


 翌々日


 アメリカ国防総省 国防捜査局

 アーデルハイド・ベッケンバウアー局長 (アリサ)


 ジェーンによるSL9の迎撃成功を受けて、国防総省内は歓喜の渦で包まれていた。

 だが同時に、今後の情報統制の課題に頭を抱えている職員も何人もいた。


「ベッケンバウアー局長。ほんとにこれ、隠蔽できるんすかね?」


 異動から5年を超えるベテランであるはずのディビットが弱音を吐いている。


「隠蔽ではなく陰謀論として処理するだけです。・・・というか、あんなものを一人の女の子が迎撃したなんて信じる人間のほうが少ないはずなんですけどね。」


「はは、違いないですね。っていうか、情報統制って本来ウチの仕事じゃないっすよね?人手不足はマジできついっすよ。」


「ぼやかない。諜報活動や情報戦はCIAやNSAがやってくれるんだから。そのせいであっちは今、戦争状態です。デスクに張り付いていられるだけですんでありがたいと思いなさい。」


 ディビットの愚痴を聞きながら手元の書類に目を通していると、オフィスのドアがノックされる音が聞こえた。

 そういえばそろそろジェーンが来る時間だったっけ。


 彼女専用の通行証ができたおかげで、毎回エントランスまで迎えに行かなくてすむようになったのは大変ありがたいことだ。


「どうぞ。あ、ジェーン。お久しぶりっす。」

 そういってディビットが応接用のソファに案内する。


「アリサ。お邪魔するわよ。・・・うわ、すごい量の書類ね。忙しいなら後日にするけど・・・。」


 ジェーンはそう言いつつも応接用のソファーにバッグを置き、コーヒーサーバーにコーヒーカップをセットしている。


「そう言ってもコーヒーはしっかり飲んでいくんじゃないですか。ちょっと待ってて、今切りのいいところで終わらせますから。」


「うふふ、ここのコーヒー、アリサが局長になってからさらに美味しくなったからね。あ、そこのクッキー、もらっていいかしら。」


 ジェーンはコーヒーカップを手にソファーに腰掛けるとディビットからクッキーの入った小皿を受け取り、近くに放り出されていた雑誌を手に取って読み始めた。


 ウィリアムズ元局長の言葉通り、ジェーンは誠実に付き合っていれば何も問題はない。ついでに美味しいコーヒーとお菓子を用意しておけば申し分ない。


「ふう。何とか一段落つきました。それでジェーン。電話でも話したけど、ウーメラ立入制限区域とインド洋上空、それからモガデッシュの三か所で攻撃を受けた件について、いくつか分かったことがあります。」


 ジェーンの正面に座りながら数枚の写真、資料が納められたファイルをその前に差し出す。


「あら、早かったわね。まだおとといの話だっていうのに。」


 ジェーンが資料をパラパラとめくっている。

 今回の襲撃、いや横槍についてはソ連・中国ともに自国の関与を否定している。


 それはそうだろう。人類存亡の瀬戸際で、迫る脅威を唯一排除できる人間を殺そうとしたのだ。

 自国が全人類の敵として名指しされ得る行為を行ったなんて、自分からは口が裂けても言うまい。


 その負い目からか、ジェーンの二度にわたる攻撃魔法で相当数の人工衛星を失ったにもかかわらず、中国もソ連も一切抗議してこないのが滑稽ですらある。


 まあ、合衆国(ステイツ)の人工衛星もかなり破壊されたらしいが。


 その辺は、今回の作戦が航空宇宙局(NASA)主導ということもあって潤沢な予算を請求することで折り合いがついているらしい。


「ウーメラで私が受けた攻撃については・・・あら、撃沈できたの。中国の長征6号・・・。ああ、潜水艦発射型の巡航ミサイルだったのね。」


 中国の潜水艦であることについては驚いていないようだ。


「それだけじゃありません。インド洋であなたの眷属・・・ジズでしたっけ?彼が沈めたのはソヴレメンヌイ級駆逐艦を含む3隻のようです。」


 中国だけでなく、ソ連製のミサイル駆逐艦からも攻撃を受けたことについて、ジェーンはコーヒーを口にしたまま考え込んでしまった。


 まあ、ソヴレメンヌイ級駆逐艦は一時期中国にも輸出されていたからソ連が直接絡んでいるとは断言できないところもあるのだが。


「・・・ねえ、アリサ。明日の祝賀会なんだけど、外国からの出席者はどれくらいいるかしら?」


「予定ではG7各国とオーストラリア、そして中国とソ連の大使が出席します。ソ連以外はご家族も同伴予定ですね。」


「で、合衆国(ステイツ)は大統領閣下とファーストレディ、海軍と空軍のお偉いさん、そして今回の作戦スタッフの一部が出席するわけね。ところで、私はどういう立場で出席するのかしら?」


「空軍からアメリカ航空宇宙局(NASA)に出向した職員としてですね。マックスウェルと二人でSL9を観測し続けたとして表彰される予定だそうです。まあ、本当はそんなレベルの功績ではないんですけどね。」


「・・・ま、いいわ。それにしてもホワイトハウスの庭でパックスのキャンプ飯を食べられるだけで満足だったのに。大事になったわね。いっそのことシェイプシフターに任せて欠席しようかしら。」


 ・・・人類そのものを救ったのに何を言っているんだか。

 大統領も議会も、ジェーンを軍属にしたうえで名誉勲章を授与することまで検討したというのに。


 残念ながらジェーンが軍属になることを断ったため、大統領閣下は合衆国(ステイツ)最高の勲章を渡しそびれたらしい。


 そんなことより、一番大事なことを伝えておく必要がある。


「それと、依頼されたことを調べておきました。これが作戦中、あなたの位置を正確に把握し続けることができた職員のリストです。全部で20人程度ですね。」


「ふーん。マックスウェルは当然として、なにこれ?国防高等研究計画局(DARPA)も参加してたの?聞いてないわよ。」


「ジェーン。まさにそれが本題です。その国防高等研究計画局(DARPA)の元局長、エドワード・マリスが昨日、日本に向けて出国しました。今、CIAが東京都内のホテルで彼を追尾中です。それと・・・今朝、これが彼の自宅から見つかりました。」


 そういってマリス元局長がピンバッチのようなものを付けた男性と並んで写っている写真を差し出す。

 逆三角形に逆さYの字を組み合わせたような、「教会」といわれる者たちが身に着けるものだ。


 それを見た瞬間、ジェーンの気配が明らかに変わった。

「・・・!そう。マリスのやつ、教会(肥溜め)信者(クソ)とつながっていたの。道理でどこに行っても邪魔が入るわけね。」


 ジェーンと「教会」の確執はウィリアムズ元局長からも聞いているが、彼女は最優先で知りたい情報だと言っていた。

 SL9の迎撃成功で一部を除いた省内全体が浮かれている中だが、この義理だけは果たしておかなければならない。


「アリサ、申し訳ないけど祝賀会に出席するのはシェイプシフターになりそうだわ。彼、まだ病み上がりだからサポートしてあげて。」


 やはりこうなったか。シェイプシフターについては若干のイントネーションの違いがあるものの、面と向かってジェーンではないと気付く者はいないだろう。

 ・・・って、「病み上がり」?


「ジェーン。病み上がりっていったい・・・?」


 そう声をかけようとしたときには、すでにジェーンは荷物をまとめてソファーから立ち上がったところだった。


「ビルに謝っておいて。私は今から東京に向かうわ。」


 ビル・・・せめて大統領と呼んでほしいんだけど。


「ジェーン、気を付けてくださいね。日本国内は我々合衆国(ステイツ)のエージェントは表立って活動できませんから。」


 私の声にジェーンは振り向かずに手を振り、そのまま廊下に飛び出していった。

 一応、日本は合衆国(ステイツ)の同盟国だ。くれぐれも東京を消滅させたりはしないでほしい。


 ◇  ◇  ◇


 現在 新潟県妙高市 九重宗一郎の別荘


 南雲 千弦


 お昼過ぎからたっぷり4時間以上かけて仄香(ほのか)の幻灯術式を楽しんでしまった。


 っていうか何アレ。陽電子加速衝撃魔法?反物質を亜光速で撃ち出して目標を破壊するとか、すでに個人が使う魔法なんてレベルじゃないじゃん!

 スター〇ォーズのデ〇スターだって一撃で破壊できそうだよ!?


 っていうか、20年ちょっと前にブル〇ス・ウィ〇ス主演のアル〇ゲドンとかいう映画で似たような小惑星をアメリカが開発した新兵器で叩き割ってなかったっけ?


 それを個人でやった?

 それも地上から?

 巡航ミサイルとか対空ミサイルで攻撃されながら?


 いや、シューメイカー・レビー第9彗星消滅事件は結構有名で、彗星核が非常に小さかったため地球近傍で太陽風に耐え切れず分解し、その破片の一部が大気圏に突入したということになっている。


 だけど、陰謀論者の間では「SL9は地球に衝突するコースだった、それを何者かが迎撃した」って言われてるけど、まさかそれが真実とは思わないじゃん。


「はあ~堪能した。見れなかったエルと咲間さん(サクまん)には悪いけど、相変わらず大迫力だったー。」


 琴音が背伸びをしながら興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいる。

 しかし、バイオレットのことだけは気になる。


 いつのまにか3人分のコーヒーをお盆にのせて持ってきた仄香(ほのか)に聞いてみることにした。

「ねえ、仄香(ほのか)。バイオレットはあれで倒せたの?熱核魔法を無詠唱とか、マジでヤバいんだけど?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。あの時はモガデッシュから脱出するのに必死だったんで死亡確認まではできませんでしたが、つい最近彼女の死体を確認しましたから。彼女の、いえ、彼女たちの物語はあれでおしまいです。」


 つい最近死体を確認した?

 仄香(ほのか)の言う「つい最近」は何日前か何年前か、かなり幅があるから何とも言えないけど、死体の確認をしたのであれば大丈夫だろう。


「そうね、あんな化け物が頻繁に出てくるのも困るわ。ところで、彼女が使ってた無詠唱って何なの?それに魔法の分類とか、知らない事だらけだったんだけど・・・。」


 無詠唱で魔法を使わないように、師匠や母さんからかなりきつく言われてはいるが、その理由は「アホみたいな量の魔力を消費してぶっ倒れる」からだと聞いている。


 ところが、その「アホみたいな量」どころか「天文学的な量」の魔力を誇る仄香(ほのか)でさえ、しっかりと詠唱を行っている。

 まあ、他の魔法使いに比べればかなり短いけどさ。


 それに、ガドガン卿・・・いや、ガドガン先生の詠唱は極端に短かった。それに琴音の強制身体制御魔法も考えてみるとかなり異常ではある。


「そうですね・・・。魔法の詠唱、つまり呪文について詳しく説明するとなるとそれなりに時間はかかりますから、宗一郎さんたちが帰ってきて夕食を終えた後にでも話しましょうか。」


「え!仄香(ほのか)が呪文を教えてくれるの!私も聞きたい!」

 幻灯術式を見終わった後、掘りごたつでウトウトしかけていた琴音が跳ね起きる。


 そんな話をしているうちに玄関先に高機動車、もとい伯父さんの車が止まり、スキー板をかついだ三人が帰ってきた。


「ただいま~。いや~。おかげでスキーが上達したよ~。」


「宗一郎。まだ上達とは言えない。曲がれるようになっただけ。」


「いや、宗一郎さんがあんなにスピード狂だとは思わなかったよ。曲がれないんじゃなくて速度が落ちるから曲がりたくないとか、ふつうは思わないじゃん。」


 エルと咲間さん(サクまん)がスキー板を納戸に押し込み、スキーウェアを乾燥室に干しながら伯父さんと笑っている。


 私は仄香(ほのか)がSL9を迎撃しなければこういった日常はなかったんだろうなと感謝しながら、夕食の準備を始めたエルの手伝いをするためにキッチンに向かうことにした。


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