122 バイオレット襲来
1994年 8月13日(土)
ジェーン・ドゥ
ゆっくりと太陽が地平線に沈み始めたソマリア・モガデッシュで、バイオレットは何も言わずその深紫に輝く瞳で私を睨みつけている。
・・・そもそも、私はバイオレットのことをよく知らない。
まさか、ジェーン・ドゥの姉妹か?双子だと思っていたが三つ子だったのか。
であれば、自分の姉妹の体をニコイチして使っているような女を許せないのもわかる気がする。
「ええっと・・・そこのあなた、もしかして私と知り合いだったりする?」
我ながらマヌケなことを聞いたなと思いつつ、連続で使った陽電子加速衝撃魔法の副作用である魔力の揺動を抑えていく。
「・・・ははっ。そうだよね。君はボクのことを知っているはず、ないよね。」
バイオレットは笑いながらそう言うと、その手に持った槍を振りかざした。
「槍?魔法使いが?」
バイオレットは槍を振りかざした瞬間、魔法の詠唱に入る。
「二十連唱、雷神の乳山羊、アマルティアの皮を張りし霞の盾よ。蛇神の首を飾りし無敵の盾よ。我らに仇なす邪悪と災厄から我を守り給え。」
・・・!魔法使いが光膜防御魔法を二十連唱だと!?
こいつ、どういうつもりだ?
光膜防御魔法は防御障壁術式とは違い、障壁を展開するのではなく、魔力干渉で防御を行う。
つまりは飛来する相手の魔法や魔術を解析し、反作用となる干渉を行うことによってそれを打ち消すという、能動的防御を行う魔法だ。
当然、物理現象に対しても最適な魔法的対応を行うため、物理防御力は防御障壁術式に比べて低いものの、優秀な防御力を有する魔法である。
要求される処理能力が防御障壁術式に比べて高く、消費する魔力も大きい代わりに、状態異常系の攻撃を含めて様々な魔法や魔術に対応できるのだ。
ところが光膜防御魔法は魔法使い自身が使うには致命的欠陥がある魔法でもあるのだ。
この魔法、十連唱以上で展開すると、空間系などの一部を除いて、自分の魔法まで打ち消してしまうのだ。
光膜防御魔法を二十連唱するとは、魔法を使わないことを宣言したようなものだ。こいつ、戦意がないのか?それとも何か策でもあるのか?
「あなた、どういうつもりなの?・・・九重術式26,439,622,160,671を発動!続けて術式束105,339、術式束5,570,581を発動!」
何をするつもりなのかはわからないが、最大警戒をしておくに越したことはない。
しかも相手はバイオレット、自分と同程度の魔法を使ってくる可能性がある。
素早く9枚の防御障壁を展開、思考加速、身体強化、乱数回避、高機動、感覚と直感を鋭敏化、最後に抗呪抗魔力・霊的汚染妨害術式を展開する。
「ふんっ!」
バイオレットは私が術式の展開を終えるとほぼ同時に、その手の槍を私に向けて投擲した。
「槍?こんなもの、防御障壁があれば・・・うわっ!素通りした!?」
九重に展開された防御障壁を一切意に介することなく、緑色の穂先を持つ槍が眼前に迫る。
これは・・・!穂先がヒスイ製の石槍だと!?
慌てて身をひねるようにそれを躱すが、回避が遅かったせいで右脇腹の一部を抉り、鮮血が舞う。
「光よ!集え・・・!?」
バイオレットに反撃をしようと見ると、かき消えたかのように姿がない。
「くっ!どこへ!?」
「ここだよ。」
振り向いて声のほうを見れば、そこには今投げたばかりの槍を手に、バイオレットは不敵に笑っていた。
「短距離転移術式・・・!?」
まさか、私以外で短距離転移術式を使える者がいるとは思わなかったが・・・いま、術式が動作した気配すらなかったぞ!?
「せいっ!」
再びバイオレットが槍を投擲する。防御障壁が役に立たないと分かった以上、初めから身をひねって回避すればいい。
身体強化と高機動術式がかかっている今なら、回避するだけなら決して難しくはない。
だが、回避しながらバイオレットを目にとらえ続け、魔力検知を行い続けたにもかかわらず、投擲された槍が私の横を通過した瞬間、何の反応もなく彼女の姿が一瞬でかき消えた。
「術式じゃない?」
「ご名答。」
ズン、という音ともに気付けば、バイオレットが今私の横を通り過ぎた槍を持ち、私の背中からその心臓を一突きに貫いていた。
「やった。・・・ねえ魔女さん。いや、ミーヨだっけ?これでもう、魔法、使えないよね。」
魔法が使えないだと!?・・・たかが胸の魔力回路を一つ潰したくらいで何を言っている?
「ぐっ!千連唱!雷よ!天降りて千丈の彼方を打ち砕け!」
真後ろに向かって千発分の轟雷魔法をぶっ放す。
・・・しかし、パチッという情けない音と、青白い火花が一つ出ただけだった。
何をされた!?・・・この槍は・・・ただのヒスイ製の石槍ではないのか?
っていうか今、私の詠唱、途中からおかしくなかったか?
「ふふふ・・・あはは!魔法って不便だよねぇ!いちいち詠唱しなくちゃならないとかさ。その点、ボクなら詠唱しなくても魔法、つかえちゃうんだよねぇぇ!」
バイオレットは私の胸に刺さった槍を引き抜き、その背中を蹴とばした。
私はたたらを踏みながら右手で胸を押さえ、素早く回復治癒呪を行使する。
「・・・七連唱、闇よ。翳りの穂先よ。転び出て敵を断て!」
今度は正面から、殺す気で空間断裂魔法を叩き込む。これなら光膜防御魔法の影響も関係はない。
だが、一瞬黒い影が現れただけで、闇色の刃は発動すらしなかった。
・・・回復治癒呪は正常に作動している。先ほどプレジャーボート上で蛹化術式を使った際にヒスイの破片についてはすべて除去したことも確認した。
そして発動済みの術式も解除された様子はない。
ではなぜ?暗号化した部分の一部に何か雑音が混ざるような気がするが、バイオレットは詠唱に割り込んだ様子もない。
「えいやぁ!」
悩んでいるうちにもバイオレットはその槍を振りおろし、同時に視界いっぱいに広がる黒い闇を生じさせた。
「また空間浸食魔法を!光膜防御魔法を展開したのは空間系に限定するためね!?」
反射的にバイオレットを上回る魔力を放出し、空間に対する魔力干渉を打ち消す。
空間系だけに限定した上でこちらの空間干渉のみ打ち消している?
そんなこと可能なのか!?
バイオレットが槍をふるうたびに空中に墨汁をぶちまけるように闇が生じ、それは私の魔力に触れると眼前でかき消えていく。
先ほどからバイオレットは一切詠唱していない。魔法も魔術も、詠唱や術式もなく作動させている。
何度目かの闇を魔力干渉でかき消した瞬間、バイオレットの胸元にちらりと光る赤い何かが見えた。
・・・おいおい、あれって人工魔力結晶じゃないか!
「ふふ、今更気づいても遅いよ!この沈黙の呪槍は発動させると周囲の一切の詠唱と術式の発動を妨害するんだ!ミーヨ!何も出来ずに死んじゃえ!」
バイオレットが大き振りかぶった槍を振り下ろすと同時に、今までにない大きな闇の刃が私を襲う。
「くそっ!ぐあぁぁ!」
ぶちまけられた墨汁がかかったかのように闇が左手にまとわりつき、そのまま音もなく手首から先を切り飛ばした。
一瞬の後に、左手に焼きごてをあてられたかのような激痛が襲ってくる。
「勝負あったね。魔女とかいうけど、魔法がなければただのガキじゃん。こんな奴に殺されるとか、理解できないや。・・・あれ?誰が殺されたんだっけ?」
・・・なるほど、そういうことか。
光膜防御魔法と槍の力で周囲を詠唱と術式の発動ができない空間にする。
さらには魔力結晶の出力を頼りに無理やり詠唱を省略して魔法を使っているのか。それも光膜防御魔法の影響下でも威力が減衰しにくい空間系の魔法に限定して・・・。
起動中の術式には一切の影響がないのが幸いだった。
身体強化と高機動の術式に大量の魔力を流し込み、回避を続ける。
それにしても、こいつに魔法を教えたやつは、無詠唱で魔法を使うことの危険性を教えなかったのか。
概念精霊魔法だろうが元素精霊魔法だろうが、呪いや術理魔法と違って魔力から現象につなげる過程で精霊を利用する以上は、必ず彼らに語りかける必要がある。
実は、彼らと一切の言語を介さずに、念話のようなもので意思疎通を行うことは可能なのだ。
当然、精霊等にだって矮小ながら意思はある。厄介なのはその意思が一つの方向性に定まっていないのだ。
言語や記号、絵画といった「こちら側の意思だけを伝えられるもの」を使っているうちは全く問題ない。なぜならば精霊はしゃべれないからだ。口もなければ、文字を書く手もないしそんな能力もない。
ところが、念話などで魔法起動時のイメージをそのまま精霊等に伝えてしまった場合はどうなるか。
念話は双方向のものだ。当然、精霊側の意思が術者に流れ込む。
するとどうなるか。
精霊の、矮小でありながら膨大な量の意思が術者に向かって流れ込む。・・・そう、精神汚染の始まりだ。
「ふ、ふはは、あははは!魔女さん強いね!」
ケラケラと笑うその顔はまるで躁状態の精神病患者のようだ。
比較的低位な概念精霊が相手だからこの程度だが、より高位の元素精霊が相手だと一瞬で人格情報が汚染されてしまう可能性すらあるのだ。
私の知る限り、完全なる無詠唱を実現した者は一人しかいない。
それも、もはや神話上の女神と呼ばれたただ一人の少女のみ、完全なるロストテクノロジーだ。
「しつこいな。そろそろ死んでくれてもいいんだけど・・・じゃあ、これでどう?」
バイオレットの槍の穂先からピンポン玉サイズの光り輝く玉が放たれる。
「く、轟炎魔法まで!」
展開中の9枚の障壁に反応し、大爆発を起こして周囲の瓦礫ごと私の体を吹き飛ばした。
困った。いまので防御障壁が2枚ほど吹き飛んでしまった。
このままでは、玉ねぎの皮を剥くかのように防御障壁を剥ぎ取られてしまう。
新たに術式の発動もできないようだし、逃げるにしても長距離跳躍魔法の詠唱も妨害されるだろうし、さてどうするか。
「しつこいな。早く死んじゃえよ!」
バイオレットは再び槍を投擲する。
沈黙の呪槍・・・それなりに貴重な槍なのにさっきからまるで投擲槍のように投げている。
そして、いつの間にか槍を受け取り、私の背後に・・・まさか!
沈黙の呪槍が私の真横を通り過ぎた瞬間、身体強化と高機動術式の力を借りて思いっきり後ろ回し蹴りを放つ。
「ぎゃっ!?」
ほとんど見ずに放った後ろ回し蹴りは、私の真後ろに回り込もうとしたバイオレットのみぞおちに深く突き刺さっていた。
「なるほどね。グングニールに代表されるいくつかの神槍は投げても手元に戻ってくるような術式が刻まれているけど、まさかその逆とはね。その槍、投げた先に持ち主を呼び寄せる術式がかかっているわね?」
「はっはははっ!それが分かったからって何か変わるのかい?」
バイオレットは再び投擲の動作に入る。
大きく振りかぶって、投擲。
かなりの速度で眼前に迫る槍。
私はそれを見ながら魔力を一気に蓄積する。
ぎりぎりでかわして、槍だけを目で追う。
槍の柄のある所に、それをバイオレットが握った形で転移してくる。
そう、この瞬間。
渾身の魔力を込めて、念動裂断呪を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁ!?」
叩き込まれた念動裂断呪は、バイオレットの右手を二の腕から剃刀で落としたかのように切断した。
「・・・タネが割れた手品を使い続けて本気で変わりがないとでも思ったのかしら。さっきからポンポン跳びすぎよ。初見殺しを使うならせめて一撃で仕留めるべきね。」
バイオレットの槍のタネさえわかれば、いくらでも対応の仕方はあるのだ。
さて、止めを刺すか。
「う、く、あぁぁぁぁ!・・・ふぅ・・・交代よ、あとはアタシに任せなさい。」
バイオレットの気配が変わった!?
バイオレットは瞬時にその右手をつなぎ、光膜防御魔法を解除する。
「ギルノール。アタシに力を。」
バイオレットがそうつぶやくと同時に一瞬で私の間合いに入り込み、その拳を私の顔面に向かって振るう。ギルノール?そんな神格いたっけ?
「く!?」
反射的に身をひるがえし、その拳を避けるが、拳が通過した瞬間、衝撃波とともに皮膚の一部を焦がし、いや、抉り取っていく。
防御障壁が効いてない!?
そのナックルガード、またヒスイ製か!
「ちょこまかと。さっさとアタシに殴り殺されなさい。」
こいつ、さっきのとは別人格か!よく見ると、利き手まで変わっている。
「雷よ!敵を討て!」
反射的に雷撃魔法を唱える。
ドン!という音とともに放たれた雷は、眼前にいるバイオレットの身体をとらえたかのように見えた。
「ふっ。結構一撃が重いですね。次はアタシの番です。」
・・・おいおい、こいつ、雷撃魔法を叩き落しやがった!?
「く、光よ!集え!そして薙ぎ払え!」
バイオレットのいる方向に向け、扇状に光撃魔法を打ち出す。
この角度なら!
しかし詠唱が終わる寸前、バイオレットは深く沈み込んだ姿勢から一瞬で私の懐に入り、拳を私のみぞおちにあて、密着した状態になった。
「遅いですね。」
一瞬、バイオレットの体がぶれて見えたかと思った直後、みぞおちを中心に全身に衝撃が駆け巡った。
「がはあぁっ!?」
肺からすべての空気が押し出される。
それだけではない。鼻や口、耳などから何かが流れ出ている。
臓器のいくつかが損傷した感覚がある。肺、心臓は無事か・・・他の循環器系は・・・肝臓が破裂してる!
大至急回復治癒呪をかけなければ!それより回避を!
「まだまだ。」
崩れ落ちそうになった私の肩をつかみ、一度背負うような動作をとったかと思うと、そのまま瓦礫の上にたたきつけた。
「---!」
がれきから突き出た鉄筋が私の首を貫く。
くそ、完全に声帯が破壊された。これでは魔法の詠唱ができない。
「・・・さて、これでやっと動かなくなりましたね。」
そういいながらバイオレットは私の身体に馬乗りになり、顔や頭をヒスイ製のナックルガードで殴り始めた。
何発も何発もヒスイの拳が私を襲い、鼻が折れ、顎が砕かれていく。
だが、せっかくの素早さを無駄にするとは。やはり愚かな子供だ。
「あ゛ま゛い゛。づがま゛え゛だわ゛よ゛。」
念動呪を見えない二本の腕のように使い、一本はバイオレットの首を、そしてもう一本は右手をつかむ。
「こいつ!まだこんな力を!」
「ふぐっ、ごふっ。はぁっ、はぁっ・・・。」
首のあたりからゴボゴボと漏れる血におぼれながら、二本の念動呪の腕に込める魔力をどんどんと上げていく。
念動呪は本来攻撃用ではない。
何かの作業をやっているときに手が足りない場合、例えば料理中に鍋とおたまで手がふさがっているときに鍋敷きを敷いたり取り皿をとったりするのが本来の用途だ。
だが、それでも軽く成人男性くらいの力は出る。
私は無事な右手でバイオレットの左手首を握り、念動呪で首と右手を力いっぱい握りしめた。
ミシリ、と何かがきしむ音が聞こえた瞬間、バイオレットは至近距離から爆風を放ち、飛びのいた。
「ぐ、げはっ。今゛度゛ば誰゛がじら゛・・・?」
私は起き上がりながら首の鉄骨を引き抜き、手早く声帯に手を当て、回復治癒呪を行使する。
やはりこいつ、複数の人格があるようだ。多重人格というやつか。
無詠唱の精神汚染を複数の人格で分散しているのか?
するとバイオレットはそれまでになく冷たい瞳でこちらをにらんできた。
「・・・さすがは魔女といったところか。できれば俺は戦いたくはなかったのだが・・・まあ、仕方がない。魔法はお前の得意とするところだろうが、いつまでも最強だと思うなよ。」
そういいつつバイオレットは、ヒスイ製のナックルガードを瓦礫の山に放り投げる。
いつの間にか沈黙の呪槍は離れたところにある廃墟の瓦礫に突き刺さり、その効力を完全に失っていた。
そうか。正面切って私と魔法で勝負するとは、いい度胸だ。
「・・・全術式束、励起。連唱46,970発動。四重術式923,521発動。重ねて209,509全力発動。」
すべての術式を励起状態にし、術式強化、術式収束、多重詠唱、術式反復、抗呪抗魔力術式を連唱状態で発動する。
さらに防御障壁をフルパワーでさらに4枚展開、精神防御、物理防御、そして霊的汚染防御をフルパワーで二重展開。
「術式束161,118,677、連続発動!」
最後に慣性、熱運動量、圧力、自由電子にかかる制御術式を連続発動させておく。
「ふん。魔女よ。準備はできたか?ならばこちらから行くぞ!」
バイオレットがその右手をふるうと、ゴォっという音ともに不可視の風の刃が吹き荒れる。
周囲の瓦礫を利用した石弾魔法や、海岸から持ってきたのか、水槍魔法を雨あられと撃ち放っている。
だが、もともと展開していた7枚の防壁に重ねて4枚の防壁を展開している。
この程度の風など、そよ風にも等しい。
ところが、バイオレットは呪文の行使をやめない。何をするつもりか。
だが相手は私と同格、ならば全力で攻撃を仕掛けるのみ。
手持ちの攻撃魔法で陽電子加速衝撃魔法の次に強力なやつをフルパワーでぶち込んでやる。こいつならどんな防御魔法も術式も確実に貫通する、個人を攻撃する魔法の中では最強の魔法だ。
「・・・九千連唱、万物の礎にして第一の力を伝えし影なきものよ。速き理を統べし第三階梯第二位の根源精霊よ。我は今、一筋の雷霆を以て汝を目覚めさせんとするものなり!」
詠唱が長い!やはり根源精霊に語り掛けるのは時間がかかる。
すべての精霊の頂点に位置する全四階梯二十種、しかも私が扱えるのはそのたった半分だからな。
まだまだ魔法は奥が深い。五千年程度ではその深奥どころか入り口に立つのがやっとだ。
だが、バイオレットは気にもせずにそれまで使っていた魔法を中断し、一瞬だが魔力を集中した。
「ふん。やはり概念精霊魔法なんぞ効くはずもないか。ならばこれでどうだ。」
私の詠唱が完了する前に、轟音とともに目もくらむような輝きが私の眼を焼く。
「・・・!?」
直後、一瞬で4枚の防御障壁が溶けて蒸発し、5枚の防御障壁が粉みじんに吹き飛んだ。
現在進行形で残りの2枚の防御障壁にも亀裂が入っている!
・・・今何をされた!?まさか、熱核魔法だと!?
「く!?八連術式852,891,137,441!再発動852,891,137,441を全力発動!八連唱!雷神の乳山羊、アマルティアの皮を張りし霞の盾よ!蛇神の首を飾りし無敵の盾よ!我らに仇なす邪悪と災厄から我を守り給え!」
あわてて詠唱を中断し、防御障壁を16枚、続けて光膜防御魔法を8重に展開する。
何とかギリギリ耐えきった、古い2枚の防御障壁が崩れ落ちる。
轟音と砂ぼこりがゆっくりとおさまり、お互いの姿がほとんど更地になった海岸線で沈みかけた夕日に照らされている。
信じられん、今こいつ、熱核魔法を無詠唱でぶっ放しやがった!!
「・・・信じられんな。まさか熱核魔法まで効かぬとは。俺が使える魔法の中でも最強の魔法だったんだが。だが防壁は削れている。繰り返すか。」
再び陽光の如き煌めきが私の防御障壁を削っていく。
反復術式がその都度繰り返すように防御障壁と光膜防御魔法の再展開を繰り返す。
「ぐ、くそ、こんなこと初めてだわ!」
《マスター!マスター!聞こえマスカ!?》
防戦一方の私の頭の中に、シェイプシフターの声がノイズ交じりで鳴り響いた。
熱核魔法の合間にふと目をやると、廃屋の壁に刺さっていた沈黙の呪槍は、バイオレットの熱核魔法の輻射熱で廃屋ごと溶け落ちていた。
《そうか!沈黙の呪槍は念話まで妨害していたのか!シェイプシフター!こっちは今戦闘中だ!バイオレットに襲われている!そっちはみな無事か!?》
シェイプシフターに念話で答えると同時に、五感共有機能を使って現状のすべてを伝える。
《マスターが苦戦しテル!?相手は・・・バイオレットデスカ!?・・・何とかしナイト、何とかしナイト・・・!勇壮タル風ヨ、汝ガ翼ヲ・・・。》
念話の向こうでシェイプシフターが長距離跳躍魔法の詠唱を始めたのが分かった。
《シェイプシフター!来るな!お前じゃすぐ死ぬだけだ!》
シェイプシフターは召喚獣の一種だ。たとえ熱核魔法で焼かれても、再召喚すれば何事もなかったかのようにケロリとした顔をして現れるだろう。
だが、彼らにだって命がある。痛いことは痛いのだ。熱いことは熱いのだ。
何も私のために盾になって死ぬ必要などないのだ。
シェイプシフターに接続した魔力回路が、彼の長距離跳躍魔法の詠唱に答え、ごく微量の魔力を消費する。
《来るなと言ってるだろうに!》
バイオレットが熱核魔法をくりかえし放っている黄昏の廃墟の上空、まだ太陽の光を反射するほどの高度に差し掛かった彼の姿が一瞬だけきらりと光る。
《マスター!これヲ!》
シェイプシフターが何かを投げる。かなり近い距離のはずなのに、わざわざ短距離転移術式まで使って。
《シェイプシフター!逃げろ!》
私の念話が届いたか届かなかったか、確認する間もなくその姿はバイオレットの熱核魔法に焼かれてゆく。
中天に輝く上弦の半月の横にある、砕け散って太陽の光を乱反射して白く輝くSL9と、赤熱して燃えながら落ちていくシェイプシフターの身体が対比的だった。
ズンという音ともに、シェイプシフターの命と引き換えに私の目の前に突き立ったそれは、かつてバイオレットの足取りを追いながら作ったひと振りの魔剣、すなわち、魔封じの剣だった。