12 文化祭前日/魔女と双子、そして針仕事
魔女(魔女だと気付いていない)について、琴音は「遥香」と呼びますが、千弦は「久神さん」と呼びます。
9月21日(土)
南雲 琴音
今日は土曜日だというのに、ほとんどの生徒が登校している。
明日から始まる文化祭の準備で、特別に土曜日の登校が許可されているからだ。
私の所属する剣道部は、部員数が一桁の弱小剣道部なので、文化祭には参加しない。
その代わりに、運動部連盟からの通達で文化祭準備委員会に強制参加させられている。
特に今回は生徒たちが羽目を外して、飲酒とか喫煙をしないように見回りを強化している。
私たちが入学する前の年に、急性アルコール中毒で救急搬送された馬鹿がいるらしい。
めんどくさい。
そんな馬鹿がいたら、その場で解毒魔法を使って血中のアルコールとアセトアルデヒドを全部分解して二酸化炭素と水にしたうえで、三半規管をシェイクして別の意味で酔わせてやるのに。
「琴音さん、顔が怖いですよ。」
「ごめんごめん、今年は馬鹿がいないといいなと思って。」
今日は遥香が「時間に余裕があるから」と言って、見回りに参加してくれることになっている。
どの教室に入っても、生徒たちは準備で忙しく、私が声をかけても気づかないことがある。
だが、遥香が一緒だと違う。
声をかける前から、皆が反応するのだ。
「みなさん、お忙しいのにちゃんと見回りに協力してくれますね。」
遥香は相変わらず無表情だが、それでいて声だけは妙に嬉しそうに響く。
くそ、美少女だからか!
男どもだけならまだ納得できるが、女子まで同じ反応をするのは何だか納得がいかない。
◇ ◇ ◇
校舎を一巡して、けしからん水や不健康草を持っている生徒がいないことを確認し、最後に姉さんが部長を務めている手品部の催し物をする第二講堂、通称“二講”に顔を出す。
「姉さん、文準の見回りに来たよ。」
手品部の催し物は手品ショーだそうだ。
当日は手伝いをさせられる予定だ。
どうせ、双子であることを利用した瞬間移動マジックをやるのだろう。
「いいところに来た、琴音。早速なんだけど、この衣装着て。サイズ合わせるから。」
いきなり衣装を渡される。
更衣室もないのにここで着替えてっていうのか、と思ったらセーラー服の上から羽織るだけの袖付きポンチョみたいなものだった。
「姉さん、どうせセンチ単位で同じサイズなんだから、私の分も姉さんの体で採寸すれば・・・」
「自分と完全に同サイズのマネキンがあるのに、自分で着る馬鹿はいないじゃない。」
姉さんが「何言ってんだこいつ」みたいな顔をして、私の言葉にかぶせるように言ってきた。
しかも裏地の縫い目がガタガタだ。
これは決してわざとではないだろう。
不器用な人じゃないのに。・・・他の生徒にやらせたのか?
ポンチョを着せようと迫ってくる。
「琴音。バンザイしろ。」
「どこかの最終兵器エルフみたいな口調で言うな。それと姉さんは魔法使えないでしょう。」
「グッ。ブッ。」
くだらないやり取りをしていると、後ろでくぐもった声が聞こえた。
振り向くと、遥香が無表情なまま、顔を真っ赤にして口を押えている。
「遥香!大丈夫!」
何かの発作!?数人が慌てて駆け寄る。
「大丈夫だ、問題ない、ゲフッゲフ。じゃなくて大丈夫です。二人の掛け合いが面白くて咽ただけです。」
無表情なまま、両方の目に涙を溜めながら咳き込んでいる。
突然、姉さんが神妙な顔をして遥香の顔をじっと覗き込んだ。
遥香が無表情なまま後退さる。
「久神さん。もしかして、お裁縫とかできる?」
ああ、あのポンチョの裏地のガタガタな縫い目を直させるつもりか。
「ええ、人並みには。」
なんだろう、遥香は無表情なんだけど、視線が妙に生暖かい。
「それじゃあ、この衣装の縫い目なんだけど・・・。」
そう言うと、姉さんは手品部の部員の十数人分の衣装を遥香さんに渡し、完成図のイラストを見せて衣装の直しをお願いしてしまった。
「琴音、久神さん、借りたよ。」
だから、モノじゃないってば。
◇ ◇ ◇
同日夜 横須賀市 孤児院併設の教会にて
残暑の暑さもまだまだ厳しいにもかかわらず、修道服を着た男女が円卓につき、何かを話している。
「まったく日本人は・・・。余計なことをしてくれる。」
「しんかい12000とやらが発見したという石棺は間違いなく例のものなのか?」
「ああ、間違いない。当時の記録にあるとおりの封印の痕跡が残っていた。」
「封殺しきった形跡はなかったのか?さすがに千年以上前のものだろう?」
「封印は、破られていたのか?」
「転生妨害の術式以外、すべて内側から破壊されていました。」
──室内に緊張が走る。
「くそ、転生妨害が残っていたのであれば、ヤツは確かにそこにいただろうに・・・。」
「とにかく、ヤツと魔女を会わせるわけにはいかん。魔女のほうはどうだ?」
「・・・追跡を行っていた魔女の足跡が完全に途絶えてから半年がたつ。すでに新しい体を手に入れたと考えたほうがよいだろう。」
「哀れな。また一人魔女の手に落ちたか。必ず魔女を滅ぼして少女の魂に救済を与えねばなるまい。」
一人の背の低い痩せた女が、現像されたフィルムと写真を取り出し、机の上に置く。
「その件で報告がある。八月にあった府中の銃乱射事件だが、現場で大規模な干渉術式が行使されたらしい。」
「それがどうした。」
「信徒の一人がたまたまフィルム式のカメラを持っていたため、奇跡的に術者を写真に収めることができたが、スマホや防犯カメラなどのデジタル方式のカメラはすべてノイズしか残っていなかったようだ。」
机の上に置かれた写真には、金糸の幾何学的な刺繍があしらわれた白いブラウスとチェック柄のスカートを着て、無骨で大きなポーチを腰に付けた目つきの悪い少女が写っていた。
「この娘がどうした。」
「その信徒のシンボルの破壊された対抗術式から、五十年前の大規模魔力災害と同じ波長の魔力残滓が観測されている。そして、現場で術式を行使した者はこの少女以外確認されていない。」※
それを聞いた者たちはにわかに色めき立った。
「まさか、憑依直後の魔女の発見に成功したのか!」
「わずか半年では、新しい肉体にも馴染んではおるまい。この機を逃してはならん!今すぐ神敵封殺の儀を執り行わなければ!」
「潜伏場所は分かっているのか!」
「幸い、ネズミが潜んでいる高校のようです。ヤツからの報告がないのが気になるところではありますが。」
「眷属はいないのか!?もし召喚済みだったら厄介だぞ?」
一目見て高位の者と分かる豪奢な祭服を着た初老の男が席を立つと、あたりは水を打ったように静かになった。
「魔女に間違いないのだな?」
女は頷き、答えた。
「間違いありません。事件現場で確認された魔力値は、シンボルの対抗術式のログからの概算で75Tnでした。これは我々が保有するすべての遺物を以てしても、出力できる数値ではありません。またログから、魔女のみが使用する複数の術式への対抗を確認しております。魔女が憑依している少女の通っている学校も確認済みです。」
「よろしい。ならばヴェータラとアチェリを呼べ。これは、われら教会における最優先事項だ。ヤツより先に魔女を封殺する。だが運が悪いことにここは日本だ。可能であれば在日米軍に所属している信徒を動かしたいところだが、目立つことはできん。秘密裏にことを進めよ。」
「はっ。アプスー大司教。」
◇ ◇ ◇
円卓から離れた後、アプスー大司教と呼ばれた男は、秘書代わりの女助祭に対しそっとつぶやいた。
「魔女め・・・。なぜこんな極東の島国にいる?そもそも奴らの目的は何だ?」
「われら教会の信徒は、対外的には、いわゆる魔女狩りは明確に行わないと宣言しています。魔女術と奇跡の原理は同じであることが証明されてから一世紀以上経っているのに、これだけはなぜ続けるのでしょうか?」
「分からん。それに教皇猊下や枢機卿はいったい何を隠しているんだ?」
「アーカムの禁書庫にさえ入れれば何か分かるのでしょうが・・・。」
「とにかく、魔女についてはかなりの信徒が犠牲になっている。封殺するしかあるまいよ。」
※ シンボルとは、例えばキリスト教における十字架のようなものだと思ってください。本編に登場する「教会」はキリスト教に属するものではありませんが、よく似た宗教だと思ってください。