119 大晦日 こっそり映画祭り
12月31日(火)
南雲 千弦
28日から二泊三日の北陸温泉巡りと、輪島でちょっとのボランティア活動っぽいことをしてから、昨日の夜に再び伯父さんの別荘に戻ってきた。
たった三日しかでかけていないのに、何週間も経ってしまったような錯覚を覚える。
咲間さんとエル、そして伯父さんの三人は妙高のスキー場へ滑りに行った。
やっぱり伯父さんがスキーが苦手なのはもったいないという話になって、渋る伯父さんを無理やり連れて行ってしまった。
「やっと平和な年末になったわね~。っていうか、雪女とか鬼とかダンジョンとか、最後はバーサーカーとか。今年は呪われているんじゃないかとすら思ったわ。」
パジャマのまま赤い半纏を羽織り、掘りごたつに足を突っ込んだ琴音がミカンの皮をむきながら言う。
「そうですね。今年は波乱万丈の年でしたね。」
仄香がお茶の入った湯飲みをお盆にのせてやってきた。彼女はコーヒーが好きだと言っていたんだけど、お茶にもかなりこだわりがあるらしい。
《波乱万丈といえば私も負けてないよ。なんたって一度死んで生き返ってまたこの状態だからね!》
念話で遥香が乱入してきた。
うん、たしかにそうだけど、総ダメージ量で言ったら仄香のほうが大きいんだよな。
「ま、年が明けてからは大学受験でいよいよ忙しくなるし、今度こそ平和でいてほしいよ。」
仄香が入れてくれたお茶を飲みながらそう言うと、琴音と仄香が顔を見合わせるような動作をした。
「ヲイ。二人とも。何かズルをしようとか考えてないでしょうね?」
・・・ん?仄香はそもそもズル不要か?
「姉さん。大学受験は持てるすべての力を振り絞って行うものよ。たとえそれが魔法でも。」
いや、なんと言い訳をしてもカンニングは駄目でしょうよ。
「千弦さん。それを言われると、そもそも私の存在自体がズルなんですけど・・・。」
「ん?どういうこと?すごく長い年月だけど自分で努力して勉強したんじゃないの?」
魔女の知識は脅威ではあるけど、ズルって言われると違うような気がするんだけど。それとも遥香にとっての替え玉受験になるということか?
「自分で努力して学んだというところまでは確かにその通りなんですが、私は数えているだけでも五千年以上生きています。もしかしたら六千年を超えているでしょう。でも、人間の脳はそこまでの記憶情報を維持できるようにはなってないんですよね。」
「あ、そうそう。人間の脳の容量は150テラバイトくらいしかないんだよね。その中で内臓の制御とか運動神経の制御とか、各種感覚器官の分析とかをやらなきゃならないから、実際に記憶に使えるのはどんなに頑張っても120年分くらいかな?」
仄香の言葉に、人体の知識が豊かな琴音が補足する。
人間の脳の容量って意外と少ないな?じゃあ、仄香はそれより前の記憶をどうやって維持しているんだろう?
「琴音さんの言う通り私も120年、いえ、負担を考えると実際には70年くらいでしょうか。借り物の身体の脳にはその程度の記憶しか蓄えられません。本来の持ち主の記憶情報も残ってますし、結果として50年程度で身体を乗り換える必要があるんです。」
「なんで50年ごとに身体を乗り換える必要があるのか疑問だったけど、脳の容量が問題だったのね・・・。じゃあ、古い身体の記憶ってどうやって持ち越すの?」
「以前お話ししたと思うんですが、私は自分の人格情報と記憶情報を亜空間上のストレージに保存しています。このストレージは私の魔力の貯蔵を行っている空間でもあるんですが、その記憶にまつわる部分を魔女のライブラリと呼んでいます。」
「へぇー。じゃあ古い記憶はそのライブラリにその都度アクセスして取り出しているの?結構面倒なんだね。」
「都度アクセスというより、常時接続している状態ですね。むしろ、人格情報についてはその演算処理のほとんどをストレージ上で行っているようなものですから。」
「う~ん。前に聞いたときは魔女のライブラリと仄香が今使っている身体との関係って、クラウドとリッチクライアントのパソコンみたいなものだと思ってたけど、実際にはシンクライアント端末に近いってことか。」
「実際には人格情報と記憶情報のデータの移動はできてもコピーができなかったり、憑依した身体が完全に壊れるまでは、人格を亜空間上のストレージに戻せなかったりしますけどね。・・・この身体という例外を除けばですが。」
「それってどういうこと?」
琴音が目を丸くしている。おそらく初めて聞いたのだろう。遥香の家で最初に説明を受けたときは琴音はいなかったしな。
「私たちとは違って身体が単体で動いてないってこと。う~ん、確かに正々堂々なんて言ってられないほどズルだわね。」
・・・片やスマホもカンニングペーパーも使えず、中高合わせてもたった六年しか勉強できなかった学生たち。
そしてもう一方は、人類最古から記録を続けたストレージに接続して、最強のスーパーコンピューターで約六千年勉強した魔女。
あはは、ズルなんてレベルじゃないわ。
いや、ここまでズルのレベルが違うとむしろ清々しいよ。
「ふふん。だから私たちも仄香と同じようにやればいいのよ。魔法使いは只人に非ずってね。」
《なんだかよくわからなかったけど仄香さんってすごいんだね!》
「いや、あんたが一番ズルよ、遥香。」
遥香のやつ、一番大変な大学受験を一切やらないでいいとか、むしろ将来的に不安になったりしないのかしらね?
三人プラス一人で話し合った結果、大学受験についてはとりあえず棚上げしておいて、今は年末年始を楽しむということで話はまとまった。
考えてみれば、琴音も私も理系志望だ。
琴音がズルするんなら、私だってやらなきゃ損だ。
ま、仄香に勉強を教えてもらってからはズルしなくても第一志望に受かりそうだけどさ。
さて、まだ昼過ぎだ。掘りごたつでゴロゴロするのも飽きてきたな。何か面白そうなゲームでもないだろうか。
「あ~。平和すぎて退屈だねぇ。なにかおもしろいことないかなぁ。」
思わずそんな言葉が出てしまう。
「そうだね~。咲間さんたちは暗くなるまで滑るつもりらしいからね。・・・あそうだ。仄香。バイオレットの話ってどうなったの?所在が分かったのって前回の話から15年以上経ってからだよね。」
「ええ、そうです。タイミング的にもよさそうですし、宗一郎さんたちが帰ってくるまでの間、あの後の話を見ましょうか。」
タイミング?上映時間のことかな?
「あ、エルに言わずに見ても大丈夫かな?」
「時代的にはグローリエルも玉山の生活に慣れていたころですし、それほど古い記憶でもないのではっきり覚えているでしょう。千弦さん、そっちのカーテンを閉めて照明を消してもらえますか?」
仄香の言う通りカーテンを閉め、照明を消す。
《仄香さんの話って映画化したりアニメ化したりしたら面白いと思うんだけどな・・・。》
完全に同意するが、実写は無理じゃない?熱核魔法なんてCGを使ってもあの迫力は出ないと思うんだけど・・・。
「さ、皆さん準備はいいですか?始めますよ。」
鈴が鳴るような遥香の声で、仄香が歌いはじめる。
高く、心地よい歌声は上質な楽器が奏でるような音楽となり、耳を通り抜け、脳に浸透していく。
すでに何度目かで見慣れはじめた幻灯術式の、だけど非常に心地よい映像や音、そして風の肌触りに包まれていった。
◇ ◇ ◇
1994年 5月
メリーランド州 グリーンベルト
ゴダード宇宙飛行センター
去年の3月末、パロマー天文台で観測中のシューメーカー夫妻とデイヴィッド・レビーによって、おとめ座方向に新たな彗星が発見されたそうだ。
SL9、シューメーカー・レビー第九彗星と名付けられたそれは、一時は木星の重力場にとらえられていたかのように見えた。
木星のロシュ限界ギリギリをかすめるように引き付けられたそれは、当初はそのまま砕け、木星に衝突するものと思われたが、そうはならなかった。
SL9の軌道が、木星の公転方向の後方を通り、スイングバイする形であったがために加速され、地球の公転軌道と重なるコースを通ることになったと分かったのは昨日のことであった。
だが、たとえ地球の公転軌道上を通過する形であっても、地球と衝突する可能性は極めて低いと考えられていたため、この時点では一部の陰謀論者を除き、誰一人として大騒ぎをする者はいなかった。
NASAの職員証を付けた中年の男が若い職員に問いかける。
「ハッブル宇宙望遠鏡の映像解析は終わったか?」
「はい、しかし運用を開始してわずか4年でこんなものを観測する羽目になるとは考えもしませんでしたね。」
若い職員が示した写真には、ほんの少しだけ尾を引いた、つぶれた形の彗星のようなものが写っていた。
「ほう、なかなかきれいに写ってるじゃないか。さすがは大気圏外で撮影しただけのことはあるな。」
若い職員は写真を見ながら少し首をかしげる。
「しかし、妙なんですよね。計算上では1960年頃にはすでに木星の重力にとらわれているはずなんですが、なんで今まで発見されなかったんでしょう?」
「さあな。つぶれた形から系外銀河とでも間違えてたんじゃないかと思うが、天体観測の技術が大幅に進んだのはここ数年の間だからな。仕方がないんじゃないか?」
「よしっ。資料は大体まとまりました。あとはニューヨークのゴダード宇宙研究機関の職員にお姫様のところまで配達してもらうだけですね。」
若い職員は、それまで作成していた資料の一切を大きめの封筒に入れ、席を立ち、部屋を出て行った。
中年の職員はデスク上のコーヒーカップが空になっていることに気付き、コーヒーサーバーに向かいながらひとり呟く。
「お姫さまっつうか、魔女だけどな。・・・っていうか、アレ、本当にこの星にぶつかるのかねぇ?」
◇ ◇ ◇
ニューヨーク マンハッタン
魔女のオフィス
ジェーン・ドゥ
深紫が消息を絶ってから約15年経つが、その足取りはつかめない。
世界の主要都市に設置した魔力検知術式には一切反応がなく、目撃情報もつかめなかった。
私と同程度の魔法を操り、私の召還魔法にまで干渉する能力を有した少女は、予想とは違って一切問題を起こさなかったのだ。
私自身、深紫のことを忘れ始め、かねてより予測されていた別の問題に直面していた。
「ミーヨ。本当にSL9が地球に衝突するのかな?今年の8月だっけ?そんな観測データ、まだ取れてないみたいだけど・・・。」
リザがオフィスの給湯室でコーヒーサイフォンをアルコールランプで加熱しながらつぶやく。
いまだに私のことをミーヨと呼ぶのは、リザとその家族だけだ。
「神託では8月15日ね。・・・う~ん。美代の身体を使っていたころだけど、複数の神格を降ろしても神託の内容はどれも同じだったのよね。それも日付まで一致していたから間違いはないと思うんだけど・・・。」
リザは今30歳、今年で31歳になるはずだ。
魔法使いとして私に師事する傍ら、ハイスクールを卒業した後はコロンビア大学で航空宇宙学を専攻し、4年ほど前からアメリカ航空宇宙局のゴダート宇宙科学研究所で働いている。
今日は珍しく有給休暇が取れたとのことで、私のオフィスまで遊びに来ていた。
「やだなぁ。誕生日前に死んじゃうじゃん。っていうか、まだ結婚できてないってのに。」
「ちゃんと撃ち落とすから安心しなさい。それより、この前ボリスとデートしてなかったっけ?彼、相当気合い入れてたからプロポーズくらい終わってると思ってたけど?」
5年ほど前から、ボリスとリザが二人だけでよく連れ立ってキャンプに出掛けるのを見るようになった。
なんでも、よく晴れた夜に二人で天体観測をするのが共通の趣味だそうだ。
ボリスはといえば、合衆国の永住権を獲得したあと銃器メーカーを起業して、今ではニューヨークにオフィスを持つ会社の社長になっている。
ちなみに彼のオフィスはこのオフィスよりも立派だった。
いつの時代も若い者が夢を叶えていくのを見るのは楽しくもあり、また寂しくもある。
「そうなのよね。この前のデートでボリスってばプロポーズの準備はしてくれていたみたいなんだけど、電話で大口の契約が決まりそうだって言ったとたん、そっちに飛んで行っちゃったのよね。・・・めったに休みが合わないっていうのに。」
リザがその状況を思い出しているのか、苦笑している。千人以上の従業員の生活を背負っているボリスの苦労もわかっているようだ。
「まったく、ボリスらしいというかなんというか。ひとこと言ってくれればシェイプシフターでもなんでも貸してやるのにね。」
そんな話をしていると、オフィスの入り口に設置された人感センサーが反応し、鈴のようなチャイムが鳴り響く。
「ハロー、誰かいるか?入っていいかー?」
聞きなれた男の声が聞こえる。ニューヨークにあるゴダード宇宙研究機関のマックスウェルだ。
リザと顔を見合わせて、そういえば今日、彼がSL9の資料を持ってきてくれる約束だったのを思い出した。
「マックスウェル。わざわざありがとう。郵送でもいいとは言ったんだけどね。」
「ハロー、ジェーン。一応は国家機密級のデータだぜ?郵送で紛失なんかしたら、俺の首が飛んじまう。・・・それよりも面白いことになったんだ。とりあえず読んでみてくれ。」
マックスウェルの差し出した封筒を受け取り、中を開くとハッブル宇宙望遠鏡で光学観測することに成功したSL9の写真と、予測される軌道についての計算結果が細かく記されていた。
「ええと・・・。なにこれ。この間の計算結果とずいぶん数値が違うじゃない。この星への衝突確率は3.5%?短期間の間に二桁も跳ね上がるとはね。このペースで行くと6月頃には35%、8月頃には100%、なんては目にもなりかねないわね。」
リザがその書類をのぞき込み、文句を言っている。
「ちょっと、これは機密文書・・・なんだ、脅かすなよ。リザか。箒の魔女がいるとは思わなかったよ。」
「箒の魔女とか言うのは勘弁してほしいわ。まるで私がミーヨのコネだけでNASAに採用されたみたいじゃない。」
それは気にしすぎというものだろう。採用前どころか、採用後2年近くの間リザはアメリカ航空宇宙局で働いていることを私に教えようとはしなかったのだから。
「コネの話なんかしてねぇよ。毎朝毎朝、箒に跨って出勤してりゃあ、みんな羨ましがってそんなあだ名もつけるさ。それより、話を進めていいか?」
「リザは卑下しないで。マックスウェル、続けてちょうだい。」
「この資料なんだが、万が一漏洩したことを考えて3.5%なんていう微妙な数字を記載しているが、実際のところ、83.5%が正しい数値だそうだ。」
このオフィスには盗聴器が物理的に仕掛けられないにもかかわらず、自然と三人とも声が低くなってしまう。
「それってほとんど直撃確定じゃない。急いで穴掘らなきゃ。」
リザがマックスウェルの脇腹をつつきながら茶化すように言う。
・・・万が一、いや一割くらいの確率で私が迎撃に失敗したら、茶化すどころの騒ぎでは済まないんだがな。
「83.5%ねぇ・・・。やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。」
「ソ連やら中国やら、面倒なことになりそうね。」
リザが心底めんどくさそうにつぶやく。
衝突が確実となれば、各国の足並みをそろえる必要があるのだろう。
合衆国が単独でこっそりやるわけにもいかず、訳の分からない利権が絡んでくるのだろうな。
どちらにせよ、国家間の話はNASAの職員やちょっと魔法が得意なだけの女には手に余る。
いずれにせよ、私としては迎撃することには変わりわないのだから政治上の駆け引きなどは勝手にやってほしいものだ。
「とりあえず、準備だけしておきましょうか。まったく、あの魔法を使うのは100年ぶりだっていうのに、そっちの心配までしなくちゃいけないなんてね。」
私はリザと顔を合わせると、二人そろって肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
ワシントンDC ペンシルベニア大通り1600
ホワイトハウス 大統領執務室
執務室内で6フィートと数インチの男は、椅子に座って頭を抱えていた。
よりによって、なんで自分の大統領就任中にこんな事態になるのか。
たしかにアメリカ合衆国憲法第2条第1節第8項に基づき宣誓をしたが、まさか星が降ってくるとは思いもしなかった。
いや、報告は受けていたのだ。相手にしなかっただけで。
忌まわしき発見は、ハッブル宇宙望遠鏡からだった。
そもそも宇宙開発が活発化したのは、レーガン大統領時代に提唱された戦略防衛構想、通称スターウォーズ計画からだ。その計画は要求される仕様と実際の技術力の乖離から、あまりにも多額の予算を消費することになった。
きっかけはその時期より少し前に魔法協会の何者かが開発した、常温常圧窒素酸化触媒術式という魔術を利用した大量破壊兵器を合衆国が手にしたことだった。
これは1960年代に完成した、大質量をロケットで宇宙空間に打ち上げる技術とあわせて、様々な情報戦を経て5年ほど遅れてソ連の手にも渡ることとなった。
結果、術式弾道ミサイルと呼ばれるものの開発が激化し、相互に壊滅的な打撃を与えうる状況が生まれ、東西の戦力が拮抗し始めた。
今では世界中いたるところで弾道ミサイルの発射基地が建築され、宇宙空間にいくつもの偵察衛星が上がり、同時に対衛星兵器も地球を大量に周回している。
米ソ双方の軍事費の拡大は経済を圧迫し、対衛星兵器は商用の人工衛星の運用を阻害していたため、近く米ソ間において軍縮にかかる宇宙条約を締結しようという気運が盛り上がっているところだった。
そんな中、航空宇宙局からもたらされた情報はまさに青天の霹靂であった。
魔女からもたらされた情報をもとに航空宇宙局がいくつかの彗星や小惑星を追跡を行っていたが、それはソ連の人工衛星を監視するための方便であり、あくまでついでの作業だったのだ。
シューメーカー・レビー第9彗星と名付けられたその彗星は、1993年の3月に木星の重力圏で発見され、そのまま衝突するものと思われたが、それはその重力圏で強力な加速スイングバイを果たし、魔女が予言した通り地球への衝突コースに乗ることになった。
地球の重力圏への到達可能性は100パーセント、ロシュ限界の内側まで接近する可能性は83.5パーセントだという。そうなればこの星への衝突はほぼ確実だ。
「ほとんど直撃じゃないか・・・。しかも直径が6マイル以上だと?」
恐竜が滅んだ原因となったチクシュルーブ衝突体の大きさが同じくらいじゃなかったか?
大統領の独り言に、すぐ近くに控えている補佐官が答える。
「国防総省からは、迎撃は可能であるとの回答を得ています。」
「ああ、報告は受けているよ。だがそれは『国防総省が』ではない。『魔女が』だろう?」
「大統領閣下。合衆国の力で迎撃できないことは、私も忸怩たる思いです。ですが、彼女に迎撃してもらわねば我らだけでなくこの星の人類の存亡にかかわります。どうか、ご決断を。」
「・・・わかっている。せめて彼女が我が国の軍人、いや、せめて国民であったなら格好がつくものを・・・。」
「我が国には国民の国籍を管理する集約的なシステムは存在していません。それに何度か、本人には出生証明書の発行を打診したようですが、毎回断られていますからね。」
「嘆いても仕方ない。国防長官を呼び出せ。せめて彼女のバックアップはさせてもらおう。それから国務長官もだ。ソ連と中国に邪魔をされるわけにはいかない。事前にすべての話を通しておかなければ、いざというときに何をされるかわかったもんじゃないからな。」
「承りました。直ちに。」
執務室から足早に退出する補佐官を見送りながら、ふと天井を見上げる。
「魔女・・・。人知を超えた存在だというのは聞いていたが、本当に星を砕くほどの力があるのだろうか・・・。」
さて、ソ連はともかく中国は話を聞くだろうか。
少なくとも、今後は合衆国が彼女を独占することは不可能だろう。
まったく、大国の意地とやらは面倒なものだ。人類の命運がかかっているというのに。