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117 大魔導士の願い

 12月30日(月)


 仄香(ほのか)


 自らの手で助けた少年を100年越しに殺し、陰鬱な気分で彼の遺言に従って妙高の廃村に向かい、雪の中を一人歩いていた。


 この時期の日本海側は雪の日が多く、一昨昨日(さきおととい)に来たばかりだというのに、廃村は雪の深さを大きく変えている。


 仕方ないか。この近くの富山市は世界三位の積雪量を誇る豪雪地帯だしな。

 あまり知られていないが、世界の主要都市の積雪量ランキングトップスリーは、すべて日本の都市が独占しているのだ。


 廃墟と化した民家から数本のスコップを失敬し、何体かのゴーレムを作成して除雪させ、そのあとをゆっくりついていく。

 急ぐことはない。エルリックを殺した今となっては、琴音や千弦の顔を見ることすら少し怖いと感じるのだ。


「・・・あれか。祀られているのは・・・妙高大神、いや、善光寺式の阿弥陀三尊か?神仏習合の名残か・・・?まあいい、本殿の床下だったな。」


 除雪作業が終わったゴーレムを使い、本殿の床板を引きはがすと、そこには巧妙に隠された下り階段があらわれた。


 地上部分とは大きく異なり、それはまだ新しいコンクリート造りで建てられてから10年と経ってないように見える。


 大人二人が余裕をもってすれ違えるほどの階段を下りていくと、少し長い廊下と左右に複数の部屋がある空間に出た。


 不思議なことに電気は来ているようで、人感センサーによって廊下の照明がともり、空調のような低いうなり声も聞こえる。


「この施設はまだ生きているのか。それとも誰かいるのか?」


 警戒を緩めずに、端から順に部屋の中を確認していく。


 守衛室、宿直室、給湯室。男子トイレ、女子トイレ。

 事務室、書庫、備品倉庫、会議室、休憩室、執務室。

 それ以外にもまだたくさんの部屋があり、なかなかの広さの施設のようで、ここでの研究がかなり大掛かりなものであることを示している。


 突き当りに研究室と思われる部屋があるのでその扉を開くと、そこには直径が1メートル、長さが2メートル半くらいの透明なプラスチック製の円筒に収められた何かと、それを管理するための機械が所狭しと並んでいた。

 電源は入ったままで、筒からは冷気が流れ出している。


 円筒の中は曇っていてよく見えないが、人間・・・少女のようなモノが入っているようだ。

 円筒に接続された、点灯しっぱなしの管理画面を見るとコードネームだろうか、「バノヴシャ(Bənövşə)01」とだけ表示されており、それ以外は心拍や血圧、体温といった項目しか表示されていない。

 ・・・バノヴシャ(Bənövşə)?アゼルバイジャン語だったか?そうすると意味はスミレだな。


 解析・鑑定術式を使い、円筒の中の少女を確認する。

 年齢は15~16歳、北欧系と地中海系の混血、既往症、肉体的欠損なし。

 全身に高密度の魔力回路あり。かなり高位な魔法使いのように見える。

 さらに霊的基質は無傷・・・私の霊的基質に酷似している?

 だが記憶情報と人格情報はきれいに揮発している。


 ・・・ついでに言ってしまえば、私の子孫のようだ。なんなら、今すぐに憑依先に選べるほどの状態でもある。それもかなり条件がいい。琴音や千弦の身体にはやや劣るが。


「遥香のことがなければすぐに憑依してもよさそうな状態の良さだな。しかし、エルリックの奴、いったい何のために・・・。ん?」


 機械の表面の曇りを手で拭こうとしたとき、後ろでドアが小さくきしむ音を立てて開いた。


 反射的に左手の薬指にあるリングシールドに魔力を送りながら身構えると、そこには信じられない男が立ってた。


「やあ、仄香(ほのか)。僕の勝ちだね。『翌日の朝』を超えて生きていたよ。」


 エルリックが長杖を片手に、研究室の入口に立っている。

 さすがにあの魔法を受けて無傷とはいかなかったのか、額には乾いた血の跡が残り、全身泥まみれだ。


「おまえ、あの魔法を受けてどうやって生き残った?直撃だったはずだぞ?」


「ははっ。どうせもう使えないから種明かしをしてしまおうか。これさ。」


 エルリックはポケットから一枚の金色のコインを取り出し、こちらに放ってよこした。

 そのコインは重い音を立てて、私の足元に落ちる。

 コインの表面には贖罪の山羊が刻まれており、周囲には馬酔木(あせび)の花があしらわれていた。


「これは・・・『命の対貨(スケープゴートコイン)』か!?私が教会(肥溜め)から回収した遺物(アーティファクト)!お前が天理市の祠から盗み出していたのか!」


「ご名答。僕の式神“ヤマツミ”を隠れ蓑にして、君が隠したソレを拝借させてもらったわけだ。かなりギリギリだったけどね。手品の種なんてこんなものさ。」


 なるほど。私はてっきり“ヤマツミ”とやらは遺物(アーティファクト)である「命の対貨(スケープゴートコイン)」を核にして発生した「概念の付喪神」だと勘違いしていたが、実際にはそう偽装されたこいつの式神だったってわけか。


 しかし、盲点だった。

 「命の代貨(スケープゴートコイン)」とはその名の通り、所持している人間に生命の危険が迫った時、それが内包する魔力と引き換えに、ありとあらゆる魔法を使って所持している人間を守るという遺物(アーティファクト)だ。


 魔力が切れるまでは何度でも使えるという、一種の反則(チート)級の遺物(アーティファクト)である。


 さすがに私の魔法に耐えきれるとまでは思わなかったが。いや、エルリックの防御と命の代貨(スケープゴートコイン)の両方が合わさって起きた奇跡みたいなものか。


 当然だが、まともな方法でそんなものが作れるわけもなく、解析結果からすると人間の命、おそらくは数百人の胎児の霊的基質と引き換えに作られており、人工魔力結晶と同じく非人道の極みともいえる呪物(フェティッシュ)だ。


 ・・・まあ、人格情報も記憶情報も発生する前だから、胎児を人間として扱うか母体の一臓器として扱うかは意見が分かれるところだろうが・・・。


 最近では歌舞伎町の新宿東横ビル周辺でたむろっている女性たちに「無料で堕胎できますよ」と声をかければ、あっという間に数百人くらいの胎児の霊的基質なんて集まりそうだし。


 とにかく、何者かの探索術式の対象となっていたため、術式の解析が完全に終わり、それらを無効化するまでは玉山の隠れ家(セーフハウス)に持ち帰らなかったのだが、魔法協会にしっかり追跡されていたわけだ。


 うかつだったというべきか、警戒して正解だったというべきか。


 まあ、いい。今はそんなことよりも、目の前のエルリックをどうするかだ。


仄香(ほのか)。僕が勝ったら何でも言うこと聞いてくれるって約束だったな。さて、どうしようか。」


「・・・いいだろう。約束は約束だ。だが、私でも不可能なことは不可能だということを忘れるな。それで、願い事はなんだ?エッチなのはだめだぞ。」


 こいつが何を望むのかはわからないが、せめて遥香の貞操は守ってやらなければ。

 などという、ズレたことを考えていたところで思いもよらない言葉がエルリックの口から放たれた。


「なんてね。願いは初めから決まっていたんだ。・・・仄香(ほのか)。君は自分のことをそろそろ許すべきだ。勝者の権利として要求する。君は、もう自分のことを責めるな。これ以上、何もかも背負い込むな。」


 ・・・は?こいつ、何を言っているんだ?

 何をいきなり格好つけているんだ?


「魔女と呼ばれて、いや君が『三つ目の穴で冬の朝生まれた女』と呼ばれなくなってからずっとだろう?それとも、最初の子供を失ってからか?君は自分のことを責め続けて、本心から生の喜びを感じたことなんてなかったんじゃないか?」


「お、おまえ、何を言って・・・。」


「何年だ?何千年だ?この後も自分を責め続ける気か。それこそ何万年でも続ける気か。いい加減にしたらどうだ。」


「そんなこと言っても、もう、ここまで来てしまったんだ。もっとほかの願い事を・・・。なんなら、世界の半分でもくれてやるから・・・。」


「また古典的RPGの魔王みたいなセリフだね。あれ?竜王だっけ?世界の半分なんてもらっても、管理しきれないよ。どうせ今だって君はその手で殺してきた、あるいは助けられなかった命の責任を背負わなければ、とか考えているんだろう?どうでもいいって。そんなのは死んだ連中の自己責任だ。僕はそう考えている。」


「さらっとひどいことを言うな。おまえ、やっぱり根っからの戦闘狂じゃないか。」


「そうじゃないさ。僕みたいにしっかり努力すれば、あるいは運が良ければ、相手が仄香(ほのか)だって生き残れるんだ。僕が証明したとおりね。大体、死なない生き物はいない。だから本当は死ぬ原因なんてどうでもいいんだ。大事なのは、死ぬ前にやりたいことができたかどうかじゃないか?」


 エルリックは、努力だけでなく運も本人の責任と考えるわけか。

 やりたいことができたら、死んでもいいとか考えているのか。


「お前はやりたいことができたのか。未練はないとでもいうのか。」


「さあね。それは君次第だ。まさに今、君が自分のことを許せば、僕の人生は全人類で最も価値のあるものになる。史上最強の魔女に挑んでもぎ取った、僕の最大のわがままだ!歴史上すべての人類に誇れる偉業だ!」

 白髪交じりになったエルリックは、胸を張りながらそう答えた。


 その自信ありげな姿に、思わず苦笑が漏れる。

「・・・おまえ、やっぱりおかしいよ。」


 しばらく無言の時間が過ぎる。

 だが、かつて私とともに過ごした四年のうちに見た、闊達(かったつ)に笑うエルリックの笑顔がそこにあった。


 ◇  ◇  ◇


 エルリックの願い事を聞き、それをかなえるという形で、自分のことを許すという約束を強制的に結ばされた私は、施設内の応接室のようなところでエルリックの作業が終わるのを待っていた。

 目の前には彼が給湯室で入れてくれたコーヒーが湯気を立てている。


 ・・・うん。これは安物のインスタントコーヒーだな。

 外は寒いから美味しいけどさ。


 この研究所を隠すように設置されていた八門金鎖(はちもんきんさ)の陣は、やはりアトラクション的な要素を狙って作られたのだという。


 地上部分はまるで重要なものを隠しているかのような迷路にし、ボス部屋に強めの魔法生物を配置し、ついでにちょっとしたお宝を配置することで侵入者の目をそらし、地下の研究施設を隠すのが目的だったそうだ。


 ただ、設置した罠の殺傷力が少し高すぎたので、アトラクションは中止になった。

 お宝やボス部屋の魔法生物は撤去し、入り口は厳重に施錠したつもりだったらしい。

 

 それこそ、通常のピッキングや破錠(ドアブリーチング)ができないよう、術式で保護してあったそうな。


 雑魚モンスターは魔力溜まり(ダンジョン)の魔力でしっかり繁殖してたけどな。

 大多鬼丸の一件は完全に別件だった。そういえばあいつもしっかり迷ってたっけ。


 そういえば私の強制開錠魔法、術式による施錠も突破できたっけな。


 しばらくしてエルリックがノートパソコンと、ドッチファイル(会社とかで使うヤツ)に収められた書類をもって応接室に戻ってきた。


「さて、仄香(ほのか)。話したいことがまだいくつかあるんだけど、コーヒーのおかわりはいるかい?」


 そういいながらファイルを開き、ノートパソコンを起動する。


「いや、大丈夫だ。話したいことってなんだ?」


「一つ目は大した話じゃない。さっき研究室で見たと思うが、あの筒の中に収められているのは君がかつてバイオレットと呼んでいた、高等研究計画局(DARPA)によって製造された人造魔女、それの成れの果てだ。」


 おいおい、あれ、バイオレットだったのかよ。

 魂の気配が吹き飛んだから、てっきりとどめを刺したかと思っていたよ。


「ちょっと待て。バイオレットが人造魔女?高等研究計画局(DARPA)が製造した?どういうことだ。初めて知ったぞ。」


 いきなりさらりと話したな。バイオレットの遺体が残っていたことも驚きだが、人造人間だなんて初めて知ったぞ。

 というか、あの状況でよく身体が残っていたな。


「僕が調べたところによると、何者かの遺体を材料に、魔力はソ連製の装甲機動歩兵から得られた人工魔力結晶を使い、遺伝情報は魔女の子孫の遺体から、そして一部の記憶情報と霊的基質は君の身体の一部から取り出して再構築したらしい。魂にあたる部分はどこで仕入れたかはわからないがね。」


「随分と適当だな。まるで闇鍋みたいだ。」


 だが言われてみれば納得できることも多い。高等研究計画局(DARPA)か、あるいはその協力者が私の身体の一部でも回収して培養したのか。

 きっとその一部に私の記憶情報と霊的基質が残っていたのだろう。


 しかし、他人の霊的基質を使用することなど不可能なはずだ。

 だいたい、私の霊的基質を遥香が使用できるなら人魚など初めから必要ないだろう。


「続けるぞ。1994年、君がシューメーカー・レビー第九彗星の迎撃を行い、それを教会が妨害しようとしたときの話だが、SL9の最後の破片を砕いた直後、バイオレットに襲われたよな?」


「ああ、そうだ。バイオレットもお前と同じく、何がしたいのかわからない奴だったが、あの時倒したと思っていたよ。まさか生きていたのか?」


「いや、あの場から離脱し、自己修復をした直後に魔力を使い果たして機能を停止したようだ。それに魂のかけらは残っていなかったな。」


 魔力を使い果たして停止、そして同時に魂は揮発したか。であれば、人工魔力結晶に残された人格情報と記憶情報をもとに発生した魂だったのだろう。


 当然だが、私の霊的基質は合わなかったんだろう。霊的基質がない魂なんてそんなものだ。

 となれば、支えとなっている人工魔力結晶を失えば、魂は揮発を免れない。


 なるほど、行動が支離滅裂だったわけだ。中身が一人じゃないなら納得だ。


「それで、教会により先にバイオレットの身体を回収し、僕のほうで調べていたんだけどね。どうやら君が『ジェーン・ドゥ』と名乗っていた時の身体にそっくりなんだよ。君なら役に立てられるんじゃないかと思ってね。残しておいたわけだ。受け取ってくれるかい?」


 役に立つも何も、願ってもないことだ。あの身体ならば扱ったことがあるし、ジェーン・ドゥの左目だけは保存してある。

 今すぐ移植すれば元通りだ。すぐにでも使える予備ボディが手に入るとは。

 何たる僥倖。だが・・・。


「・・・今すぐにでもその身体を使いたいところだが、この身体を離れるわけにはいかないのだ。とりあえずありがたく受け取っておく。ゴースト系の眷属を()んで憑依させておくよ。」


「そうか。持って帰って好きに使ってくれ。あ、追跡術式や探索術式はかかっていないよ。念のため解析してくれてもいい。それと、二つ目が本題だ。」


「一つ目を聞いた後だと身構えるな。かなり重そうな話なんだろう?」


「これも大した話ではないよ。君の敵、妹さんを怨霊のような女神に堕とし、そして息子さんを海の底に封印した怨敵についてさ。」

 私はその言葉を聞いて、反射的に立ち上がってしまった。


「誰だ!そいつの名前は!男か女か!どこにいる!まだ生きているなら八つ裂きに、いや、宇宙の終わりまで生かして苦しめ続けてやる!死んでいても黄泉の国から引きずり出して何万回、何億回でも殺し続けてやる!」


「・・・まあ、そうなるよな。言う前から分かっていたけどさ。・・・結論から言うと、そいつはまだ生きている。名前は・・・サン・ジェルマンって聞いたことあるかい?たしか伯爵だったかな?それと、その弟子たち、サン・エドアルド、サン・ワレンシュタイン、そしてサン・マーリー。この四人が君の怨敵さ。」


「・・・サン・ジェルマン・・・そうか、あの詐欺魔術師か。そしてサン・ワレンシュタイン、サン・エドアルドか。サン・マーリーだけは初耳だな。男か?女か?何歳くらいだ?」


 サン・ジェルマン伯爵・・・最後に見たのは支那事変の真っ最中、張学良の軟禁場所に阿片の代わりにと、奴の書いた出来損ないの魔導書を届けに来ていたところか。

 ・・・結構最近だな。そうと知っていればあの時手を下していたものを。


 ワレンシュタイン、エドアルドは名前しか聞いたことはないな。剣の作者とか名言、いや迷言の元ネタくらいにしか思わなかったよ。


「マーリーだけは女らしい。四人とも存命だ。全員結構な歳だね。一番長いサン・ジェルマンは1800年くらいは生きてると思うよ。次がサン・ワレンシュタイン、こいつは1000歳ちょっとだったかな。一番若いのがマーリー、こいつは400歳くらいだ。」


「ん?ちょっと待て。そうするとあの子の封印はだれがやったんだ?白頭山にいたメスゴブリンを熱核魔法で焼き殺す直前、そいつから『サン・ワレンシュタイン』があの子の心臓を抉り出して海の底に封じたと聞いたが?」


 あれ?メスオークだったっけ?まあどうでもいいや。


「白頭山・・・やっぱりあれ、君の仕業だったのか。まあいいや。サン・ジェルマンは自分がやった事のほとんどを弟子たちの功績として吹聴していたからね。息子さんを封印したのも妹さんを女神にしたのも彼の仕業で間違いないよ。」


「・・・そうか。そいつらは今どこにいる?なにをやっている?」


「今のところ、足取りを追えているのはマーリーだけかな。さすがに詳しい住所までは分からないけどさ。そうそう、その血筋にマリスとかいう男がいたね。まあ、もう老衰で死んでるけどさ。」


「・・・そうか、とにかく分かった。助かったよ。というか、見直したよエルリック。お前、戦闘狂なだけじゃなかったんだな。」


 そういいつつ席を立ち上がろうとすると、エルリックが私を引き留めた。まだ何か話があるのだろうか。


「最後にもう一つ。僕は1月8日から開明高校に赴任する。英語の教師としてね。ついでに言うと君のクラスの小場という教師、1月から産休に入るんだよ。その代理で君のクラス担任にもなる。というわけで、だ。とりあえず復讐は高校を卒業するまでお預けだ。」


「冗談だろ・・・?お前、教師なんてできるのかよ。?」


「あはは、失礼な。若いころに日本の大学で教員免許もとってるし、日本語能力試験で1級も取得しているんだ。今のN1より少し落ちるけどな。とにかく、今後1年ちょっとの間は、君は僕の生徒だ。復讐するのは卒業後にしてくれたまえよ。」


 ぐ、なんということだ。

 ぐぅ゛。な゛ん゛と゛い゛う゛こ゛と゛だ。


 まさか、こいつが私のクラスの担任になるとは。

 新学期から不登校になりたくなってきたよ。


 ◇  ◇  ◇


 南雲 千弦


 加賀温泉で一泊し、温泉や懐石料理を堪能したあと、宗一郎伯父さんが援助しているという震災復興のボランティア団体に差し入れをするために、輪島市に向かって復旧したばかりの道路を走っていた。


「すまないね。せっかくの冬休みなのに付き合わせちゃって。渡す物を渡したらすぐ次の場所に行くからさ。」


「ん。宗一郎。何を渡すの?」

 助手席でミカンの皮を剥きながら、一つずつ伯父さんの口に運んでいるエルが興味深そうに伯父さんに聞いている。


「昨日の夜、金沢支社から持ってきたんだ。業務用のノートパソコンとポケットWi-Fi、発電機4基と燃料。あとはスマホを何台かだね。移動基地局は青木君が休み前に手配してくれたけど、それ以外は宅急便で送りたくても運送が行われてないからね。それに社員たちを年末年始に休日出勤させるのはちょっとね。」


「宗一郎さんの会社ってすごいホワイト企業だよね。あたしも大学を卒業したら、宗一郎さんの会社に応募しようかな?」


「いいね。優秀な人は是非ほしいからね。咲間さんがウチに応募してくれるんなら、九重興産でよければぜひ働いてほしい。広報部でいいかな?時期が来たら人事部長に声をかけておくからさ。とはいっても、大学卒業してからだから最短でも5年後かな?それより、せっかくのキャンパスライフだ。しっかり4年は楽しみなさい。」


「よっしゃ!一部上場企業の就職先、ゲットだぜ!」


 咲間さん(サクまん)・・・人生設計、早すぎない?それから、宗一郎伯父さん。青田買いなんてレベルじゃないぞ。確かに咲間さん(サクまん)は優秀だけどさ。


「そういえば、遥香ちゃんは久神先輩・・・お父さんの会社に入るのかい?それとも何かやりたいことがあるのかい?」


 伯父さんてば咲間さん(サクまん)を欲しがるんだから、絶対に遥香も欲しがると思ったよ。


 なんたってウチの高校の歴代の成績を更新しまくっているからな。

 それどころか国内の大学は文系・理系ともにすべてA判定、公開模試はすべて1位、出題・採点ミスを除けば満点。


 それに秘密にしてはいるけど、語学力は現在地球上に存在しているほぼすべての言語の読み書きができるらしい。それどころか、失われた言語も、本人曰く紀元前2000年くらいまでならイケるという。

 しかも、全部ネイティブスピーカーレベルだ。


 理数系もかなりやばいことになっている。


 二か所の緯度経度を聞いただけで、三角関数と座標、ベクトルを使ってメートル単位で地球上の直線距離や方位角の暗算を一瞬でするし、アーベル–ルフィニの定理によれば五次方程式の代数的解法なんてないはずなのに、暗算で普通に解いてるし。


 YouTubeのやってみた動画に対抗して、「世界最大の(2の1362)メルセンヌ数(79841乗-1)が本当に素数かどうか確かめてみた」とか、お昼休みを使って計算してる女子高生がどこにいるんだよ!


 四千万桁を超えるような素数を、それも暗算で素因数分解できないことを確認しようとかするなよ!

 お弁当を食べながら突然笑顔で「やっぱり素数でしたね。」とか言ってんじゃないわよ!

 暗算しながら普通に会話してるんじゃないわよ!


 すごいのはそれだけじゃない。かなり複雑なデータの管理も頭の中だけで行えるし、それを術式でコンピューターにアウトプットもできる。


 ノートパソコンも使わずに干渉術式で世界中のどんなコンピューターにだって侵入し、脳だけで最新世代のスーパーコンピューターを超える処理速度を誇る。


 こんな社員が一人いたら、冗談抜きに世界を取りに行けるよ。商業的にも武力的にも。っていうか、仄香(ほのか)の適正な給料っていくらになるんだよ?


 さあ、仄香(ほのか)。どう答える?


「アー。まだ考えてないデス。いい人がいたら可愛いお嫁さんになりタイって言って・・・いや思ってマス。」


 ・・・あ、中身、二号さんだったっけ。

 そりゃそうだ、今頃は妙高の魔力溜まり(ダンジョン)の調査だって言ってたっけ。

 完全に忘れてたよ。っていうか、二号さんもかなり優秀なんだけどね。


「そうか。それもいいかもな。遥香ちゃんと結婚できる男の子は世界一の幸せ者だろうね。」


「アッハイ。」


 宗一郎伯父さんの話に二号さんは対応しきれないようで、さっきからゲンナリして生返事を返している。

 そりゃそうだ。こいつ、オスなんだもの。


《姉さん、昨日言ってた、二号さんが実は男の子だって話ってやっぱり本当なの?》


 あ、琴音のやつ、昨日の温泉のことをまだ引きずってるよ。

 部屋に備え付けの露天風呂に入りたがらない二号さんを、無理やり脱がして温泉に入れようとしていたっけな。


《本人もそう言ってたでしょ。わざわざ仄香(ほのか)にも念話で確認したし。なんでそんなに引きずるのよ。》


《・・・ついてなかったのよ。》


《何が?》


《だから、ゴニョゴニョ(大事なもの)がついてなかったのよ!》

 ゴニョゴニョ(大事なもの)?・・・ああ、アレか。


《あ~。チン〇(ドキューン)がついてなかったのね。チ〇コ(バキューン)が。》


 ・・・琴音のやつ、わざわざ私の念話に合わせて変な擬音を入れてきやがった。

 っていうか、回復治癒魔法の使い手が人体に関することでそんなにうろたえるなよ。


 そんなくだらないやり取りをしていたら、突然仄香(ほのか)から念話が入った。


《琴音さん、千弦さん。こちらの用事はすべて終わりました。今どこに向かってます?》


《ああ、輪島市に向かっているよ。さっき、()()三井インターチェンジを下りたところ。》


《わかりました。輪島市内で待ってます。ついたら念話をください。それまで私は昔の知り合いと一緒に輪島の街並みを確認しています。》


 昔の知り合い?遥香の身体で?・・・まあ、仄香(ほのか)が大丈夫と思うんなら大丈夫なんだろう。

 そう思って念話を切ろうと思ったら、琴音が仄香(ほのか)に妙な事を言い出した。


仄香(ほのか)!二号さんが男の子だなんて嘘だよね!だってアレ、ついてなかったのよ!それか、単性生殖なのよね?雌雄同体なのよね!?》


《琴音さん・・・。申し訳ないですがシェイプシフターは正真正銘のオスです。ついてないというか、そういうふうに変化(へんげ)しているだけです。何かあったんですか?》


《ぐ、うわああ・・・。なんでもない・・・です。》


 ああ、そうか。琴音のやつ、部屋に備え付けの露天風呂に興奮して、二号さんの目の前でいきなり素っ裸になって大股広げてたからな。


 っていうか、二号さんは人間じゃないんだから気にしなくてもいいんでは?

 飼い犬や飼い猫に裸を見られて恥ずかしがる必要がないのと同じだと思うんだが・・・?


《・・・千弦サン、何か失礼なコト考えてマセンカ?私、いやボクは男デスヨ。いきなり目の前で女性に裸になられタラ、さすがに慌てマスヨ?》


 ・・・二号さん、人間じゃないのに慌てるのか。そういえば、二号さんって人間以外になってるところを見たことがないんだけど、もしかしてベースは人間そっくりなのか?


 そんなくだらないことを考えているうちに、伯父さんの運転する車は輪島市内にゆっくりと入っていった。

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