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115 夜 世界最強 VS 史上最強(偽)

 12月28日(土)


 仄香(ほのか)


 足湯に入り、夕食で豪華なカニ料理を堪能し、温泉に入り、土産(みやげ)屋を回り、さらに温泉に入り・・・。しっかりと旅行を楽しんでしまった。

 もちろん、要所要所で遥香としっかり交代して。


 遥香は相当楽しかったようで、5時間近く身体を使っていたよ。

 完全に疲れてしまったようで、明日は一日杖から出てこれないだろうな。


 エルはといえば、宗一郎殿の部屋に買ったばかりの地酒をもって乗り込んでいった。

 アイツ、彼の呪病で治してもらえるから二日酔いの心配がないと思えば、全く遠慮がなくなるな。


 温泉から上がり、そろそろ寝ようかと部屋に戻ったところで、一枚の手紙が千弦たちの部屋の扉の下に挟まれているのに気付いた。


 そしてまさに今、その手紙を巡って千弦と琴音たちの部屋で、エルと宗一郎殿を除いた四人で顔を突き合わせて悩んでいるところだ。


「ねえ、ほの・・・遥香っち、この手紙って、果たし状だよね?」


「ええ、果たし状・・・う~ん?」


「しかも宛先が『南雲仄香(ほのか)殿へ』って書いてあるし・・・。」

 千弦が手紙の入っていた封筒をヒラヒラと(もてあそ)んでいる。


 琴音が声に出して手紙の文面を読み上げる。


「え~と・・・?


『麗しき南雲仄香(ほのか)殿。私はエルリックです。あなたと手合わせしたい。必ずあなたを私のモノにしてみせる。100年間あなたのことを忘れたことはなかった。今の私ならあなたを満足させるだろう。あるいは倒すだろう。私の旅の同行者はオリビア。恋人ではない。取引先です。来てくれなければ彼女に相談するでしょう。今夜11時に閉館した足湯「いっぷく」の前で待つ。』 


・・・それにしても日本語がたどたどしいわね。翻訳ソフトか何か使ったのかしら?だいたいコレ、果たし状なの?ラブレターなの?脅迫状なの?」


 現在の時刻は午後10時30分。足湯「いっぷく」の跡地までは約10分。たしかに少しの余裕はあるんだが・・・。


「はあ・・・。多分、果たし状ですね。エルリックは100年前からこんな感じでしたよ。それに、最後に別れたときのセリフが『僕よりも強いやつに会いに行く』でしたからね。戦闘狂なのは変わってませんね。」


「なにそれ。どこかの格闘家みたい。果たし状でもラブレターでも、どっちにしろ問題なんじゃない?仄香(ほのか)さん、どうする?」

 咲間さん(サクまん)が腕を組みながら考えている。


 さて、どうしたものか。

 私が一人で行けば、エルリックの同行者、オリビアとやらに遥香が魔女であるとバレてしまう恐れがある。


 何とかごまかそうと杖の中の遥香と交代するにしても、すでに今日は5時間近くも身体を使っていたせいでそれはほとんど不可能に近い。


 南雲仄香(ほのか)のふりをして千弦の身体を一時的に使うか?あるいは琴音の身体を?

 確かにこの二人の身体を使えば、相手が何者であっても負ける可能性は低いだろうけど、危険にはさらしたくない。というか、ラブレターだった場合は他の危険にさらすことになりかねん。


 いや、遥香の身体だって危険にさらしたくはないけどさ。


「ねえ。仄香(ほのか)。ちょっと思いついたことがあるんだけど。」

 思い悩んでいると、千弦が何かを思いついたように立ち上がった。


「そのエルリック・ガドガンさんは、その魔力検知能力で私たちのどちらかを仄香(ほのか)だと思っているんでしょ?」

 千弦が確認するように話を続ける。


「そうですね。」


「で、ガドガンさんの同行者は教会の人間かもしれない、と。」


「ええ。教会の関係者である可能性はかなり高いと思います。というよりも、教会の人間ではない可能性は考慮しなくてもいいでしょう。」


 教会の関係者ではない場合は、警戒しても取り越し苦労で済むが、警戒せずに教会関係者だった場合は始末に負えないことになる。


「じゃあ私たちが行けばいいんだよ。どっちかがその杖を装備してさ。仄香(ほのか)は魔力検知されないように玉山の隠れ家(セーフハウス)とか、遠いところに行って二号さん(シェイプシフター)を代わりに来させるとかしてさ。その杖、仄香(ほのか)と全く同じ波長の魔力をまとってるからね。多分ごまかせるんじゃないかな?」


 何を言うかと思えば、いきなりとんでもないことを言う。

 確かにこの杖に込められた魔力や魔力回路の大部分は私由来の魔力だ。


 だが、エルリックは南雲仄香(ほのか)のことを魔女だと思っているのだから、戦闘にでもなれば一切の手加減なんてしないだろうに。


「やめたほうがいいと思います。相手は仮にも世界最強と呼ばれた魔法使いです。魔女ならともかく、あなたが戦って勝てる相手ではありません。」


「う~ん。別に戦わなきゃならないと決まったわけではないんだしさ。最悪の場合、その教会のオリビアとかいう人にも来てもらってさ。魔女じゃないということだけ納得してもらえばいいんじゃないかと思ったんだけど。」


 そうは言っても万が一戦闘になって、エルリックの攻撃魔法をまともに受けて死んだらどうする?

 それに、教会の連中もいろんな意味で危険な存在なんだがな。


仄香(ほのか)、姉さんは言い出したら聞かないから任せちゃえばいいんじゃない?それに姉さんが作った新兵器の魔力貯蔵装置(バッテリー)もあるしさ。結構いい線行けるんじゃないかと思うんだけど。」


「・・・わかりました。でも話し合いで解決できるように努力してください。万が一に備えて念話のイヤーカフの五感共有機能はオンにしておきます。それと、身体制御の許可を先にもらっておきます。それでもいいですか?」


「もちろんおっけーよ。よし。そうと決まればさっそく準備しますか。」


 琴音と千弦はお互いの腰回りにつけたシリンダー状の機械のインジケータ表示を確認し、フレキシブルソードやリングシールド、ハンドガンや術式榴弾の入ったポーチを腰に巻いて、意気揚々と出かけて行った。


 ◇  ◇  ◇


 20分後


 南雲 千弦


 閉館した足湯「いっぷく」前に到着すると、閉館してから月日が経つのか人通りもなく、サラサラと降る雪のせいもあって余計に静かに感じられた。


「姉さん。あそこに立っている人じゃない?」


 琴音が仄香(ほのか)から預かった杖で街灯の下に(たたず)む、黒いコートを着た大柄な男を指し示す。


 見たところ、その男は右手に180センチはあろうかという白い長杖を持ち、左手でコンビニで売っているようなビニール傘をさして立っていた。


 スマホの画面を開いて魔法協会のホームページに掲載された顔写真と照合する。

 

「・・・ビンゴ。間違いないわね。世界最強、いいえ最高だったかしら?エルリック・ガドガン卿に間違いないわ。」


 確かめるまでもなかったか。先ほどから私の魔力検知にガンガンと反応している。

 魔力隠蔽に関する術式がロストテクノロジーだからか、あるいは出来てもする気がないのか。


 彼の魔力は仄香(ほのか)のそれに比べれば矮小なのだろうが、人間が出力できる魔力としては異常なほどの高出力だ。

 概算で私の7倍、琴音の12倍といったところか。


 さすが、世界最強。正面から戦っても勝ち目はない。だが、魔力貯蔵装置(バッテリー)のおかげで少し余裕がある・・・かもしれない。


 とりあえず当初の予定通りいこうか。

 仄香は宗一郎伯父さんの別荘まで戻ってもらったから、魔力検知される心配もないだろう。


仄香(ほのか)。今から接触するよ。》


《気を付けてください。万が一の場合はいつでも逃げられるようにしてください。》


 琴音のほうを向き、目で合図を送る。仄香(ほのか)にも連絡をしておく。


 二人そろって認識阻害術式をオンにした後、私が声を掛けることにした。

「どーもー。この手紙を出したのはあなたですか?」


 後ろでは琴音がオリビアとか言う人に注意するよう周囲を気にしながら杖を構えている。


「ん?二人とも来たのか。僕は仄香(ほのか)だけを呼んだつもりだったんだけどな。で、どちらが仄香(ほのか)だい?」


 ガドガン卿は人の好さそうな顔で返事をした。

 これなら話し合いができそうだ。


「どちらも仄香(ほのか)とかいう名前じゃないわ。だいたい、それは私たちのひいひいお婆さんの名前よ。人違いじゃないかしら。」


 私の言葉に、一瞬で空気が変わったような気配がする。

「・・・そんなはずはないな。少なくともその魔力、普通の人間が出せるレベルのものじゃない。だが、仄香(ほのか)の子孫であることは間違いないんだね。少なくともどちらか一人は。」


 エルリック・ガドガン卿はその言葉を終えるや否や、両手を前に突き出し魔力を集中する。

「---!」

 ちょ、おい。話し合いはどうした!?


《いけない!二人とも防御を!》


 仄香(ほのか)の言葉に、反射的にリングシールドに魔力を流し込む。

 瞬時に新型魔力貯蔵装置(バッテリー)のチャンバーに込められた魔力が活性化し、今までとは比べ物にならない量の魔力がリングシールドに流れ込んだ。


 目の前に赤みがかった五角形と六角形のシールドが展開するとほぼ同時に、交通事故のような轟音と衝撃があたりに響き渡った。


 攻撃自体はシールドが無力化したが、衝撃はそのまま身体を突き抜けていく。

 気が付けば、それまで立っていた場所から1メートルほどの場所に尻餅をついていた。


「・・・すごいね、結構、魔力を込めたつもりだったんだけど、無傷とはね。」

 ガドガン卿は驚いたかのような声を上げる。

 ってか、ケガしたらどうするのよ!


「姉さん!大丈夫!?」


「・・・大丈夫よ。くっ、完全な無詠唱だなんて?っていうか、いきなりなにすんのよ!」


 今、確かに魔法による攻撃を受けた。リングシールドにも反応したし、何らかの質量による攻撃もあった。そして何より、魔力検知にも攻撃に使われたであろう魔力の反応があった。


「姉さん、下がって!()()()()()()赫灼(かくしゃく)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 お、おい!?琴音まで()る気だよ!


「ははっ、---!」


 琴音が杖を片手に私の前に踊りだし、そこにめがけて再度ガドガン卿による何らかの魔法による攻撃が行われる。

 そしてそれを琴音が同じようにリングシールドによる防御で受け止め、続けて氷結魔法を解き放つ。


 二つの魔法が空中でぶつかり、凍り付いた氷柱のようなものがあたりに散乱した。


 ガドガン卿の攻撃の正体は、水?いや、氷の槍か!

 周囲に大量の水や氷があるから、その系統の魔法は使い放題ってことか。


 っていうか、話し合いの雰囲気じゃなくなってるし。

 ガドガン卿。人の好さそうな顔してかなりやばい奴じゃない?


 腰のポーチからL9(Steyr)を抜き、ガドガン卿の顔面に向けてトリガーを3度引き絞る。

 そして着弾の確認もせず、続けて胸、腹の順に3発ずつトリガーを引き絞る。


「ほう。銃を使うか!ならば---!」

 炸裂術式が作動し、指向性のある9回の爆風がガドガン卿を襲う。

 だが、キラキラと光る砕け散ったガラスのようなものが宙に溶けるように消えた後、彼は無傷のまま雪煙の中から姿を現した。


「ふ、ふははっ!仄香(ほのか)ほどではないにしてもしっかり戦えるじゃないか!いいだろう。不意を打ったのは詫びよう。だが1対2だ。卑怯とは言うまいね!?」


 完全に無詠唱で魔法を使う相手との闘いなんて初めてだ。

 っていうかその気になれば魔法は詠唱なしでも使えるけど、代わりに術式を使ったり魔法陣や儀式を必要とするはずだ。


 そうでなきゃアホみたいな魔力を消費して一発でぶっ倒れるはず。

 師匠にも母さんにもそう習った。


 ・・・ん?アホみたいな魔力を持ってるはずの魔女がわざわざ詠唱するのはなんでだ?理由はそれだけじゃないのか?


《千弦さん、琴音さん!エルリックは高速詠唱を行っています!気を付けてください!》


「高速・・・詠唱?」

 杖を正眼に構えた琴音が、ぼそっとつぶやく。っていうか、それ、杖だから。木刀みたいに使わないで!?


「へぇ。僕のこれが高速詠唱だって気付くとは。やるね。もしかして本当は君が仄香(ほのか)かな?---!---!」


《琴音さん!風刃魔法です!千弦さん!水槍魔法が来ます!》


 水?風?ちょっと!雷撃魔法だと押し返せない!一瞬で目の前に白い壁が迫る!

「きゃあぁぁ!」


 こ、殺す気か!?っていうか殺される!


「姉さん!くっ!()()()()()()()()()()()()!」

 琴音の声とともに、雪の下の地面から土砂が持ち上がり、風を防ぎ、水を押し返す。


 琴音が、仄香(ほのか)が昔、美代と呼ばれていた頃に使っていた石弾魔法の詠唱を行ったようだ。・・・っていうか幻灯術式で見ただけでよく使えたね!?

 だがこの一瞬、ガドガン卿の放った魔法を押し返した。ならば今!


 右手を突き出し、大声で魔法の詠唱を叫ぶ。

()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 詠唱が終わるとともに膨大な魔力が右手から解き放たれる。

 まるで全身の血が沸騰したかのような衝撃が体を襲う。


 同時に轟雷魔法の魔力と、私の右手を守る抗魔力が拮抗し、肘から先が青白いプラズマに包まれる。

 よし!魔力貯蔵装置(バッテリー)に備え付けた抗魔力発生装置は正常に作動している!


「なに!く、----!」


 目を焼くような青白い閃光が水平に打ち出され、耳をつんざくような轟音が響き渡り、ガドガン卿が展開したであろう複数のガラス板のような障壁を一瞬で溶かし、その身を襲う。


 腰に付けた魔力貯蔵装置(バッテリー)がうなりを上げ、シリンダー内のカートリッジが金属をかき鳴らすような甲高い音を立てる。


 光と音が収まった後、カートリッジからプシュっという間の抜けたような音がして、続けて腰の魔力貯蔵装置(バッテリー)のシリンダーが回る音がした。


「ふう、これ、正当防衛の範疇を超えてるわよね・・・。」


 轟雷魔法で耕された道路のアスファルトをみて、ちょっと背筋に冷たいものが流れた。


 多分、倒しただろう。だが念のため、L9(Steyr)のマガジンを交換しておく。

  残弾は13発残っているが、万が一に備えて全弾揃った状態にしておきたい。


「うわ・・・。姉さん、すごいわね。これってあの?」


「うん。轟雷魔法、初めて使ったよ。っていうか、なんつーえぐい火力だ。これ、その気になれば戦車でもつぶせるんじゃない?・・・ってやばい。人が集まってきた!」


 さすがに轟雷魔法の音は大きすぎたか。っていうか、街中でいきなり襲ってくるとか正気なのだろうか。

 魔法協会の元協会長だか何だか知らんが、魔法使いには常識人ってものがいないのだろうか。


 温泉街の宿泊者や従業員たちが建物の中から何事かと顔を出す。

 その視線が集まる中で、認識阻害術式をさらに強く作動させながら雪の中をそそくさと宿に戻ることにした。


《・・・琴音さん、千弦さん。無事ですか?魔法の反動とかありませんか?》


 念話で仄香(ほのか)が心配している。

 いや、どこもケガはしていないと思うよ。


 それより、倒しちゃってどうすんのよ。話し合いをするつもりだったんじゃないの?

 もしかして私たちって、バカなんじゃない?


 ◇  ◇  ◇


 南雲 琴音


 姉さんがぶっ放した轟雷魔法の音に、野次馬がガヤガヤと騒ぎながら集まっている。


 認識阻害術式と電磁熱光学迷彩(ステルス)術式を駆使して何とか黒部宇奈月プリンスホテルまで戻ったけど、ちょっと、いやすごくヒヤヒヤしたよ。


 っていうか、いきなり攻撃されるとか怖いよ!あんな戦闘狂が魔法協会の元協会長だったなんて。


 たしか、私も魔法が使えるようになった4歳くらいの時に魔法協会に加盟したはずなんだけど・・・。

 もう協会から脱会したくなってきたよ。

 今の協会長がまともな人であることを祈るばかりだ。


「いやー。死ぬかと思った。いきなり襲われるとか、マジであり得ないから。」

 部屋に戻る途中のエレベーターの中で思わずため息をついてしまう。


「そうね。話し合いですむと思ってたわ。っていうか、アレ何?結構な威力の魔法だったのになんであんなに短い詠唱で魔法が使えるわけ?」

 姉さんが興奮している。私もそう思うよ。


「っていうか、姉さんの魔力貯蔵装置(バッテリー)もかなり反則(チート)級だと思うんだけどね・・・。」


「あ、それそれ。幻灯術式で見てる中でさ、ジェーン・ドゥが生きてる人間を魔力結晶にした場面があったじゃない?あの魔法陣を参考にしてオリジナルの術式を組み立ててみたのよ。さすがに魔力結晶レベルの魔力貯蔵量(キャパシティ)は無理だったけど、結構役に立ったんじゃない?」


「え?あの一瞬で術式を理解したの?どういう目と頭をしてるのよ。姉さん・・・。」


 開いた口が塞がらない。あの場面、時間にしてわずか十数秒の幻灯術式の映像をもとに、それも暗号化されているはずの魔法陣を見てオリジナルの術式を開発するだなんて、どうかしてるよ。


「ふっふーん。私は琴音みたいに天才タイプではないからね。コツコツと積み上げるのよ。」


 ・・・この人、自分が天才だということに気づいていない?

 自分のことを賢いと思ってるバカは手に負えないというけど、自分のことを凡人だと思ってる天才も始末に負えないんじゃあ・・・。


 エレベーターを降り、私たちの部屋の前まで戻ってくると、咲間さん(サクまん)とエル、そして・・・二号さんが廊下で出迎えてくれた。


「おかえり~。その分だと話し合いですんだみたいだね。どんな人だった?」


「私と同い年位と聞いた。よぼよぼ?」


「・・・マスターは宇奈月温泉から離れてから合流するそうデス。」


 三人とも心配して待っていてくれたようだ。

 時刻は11時半を過ぎてるというのに、ありがたいことだ。

 せっかく待っていてくれたのだ。正直に話しておくか。


「えーと。戦っちゃったよ。姉さんが魔法で倒しちゃった。」


「え。何とか卿って世界最強とか言ってなかったっけ?」

 それを言うならガドガン卿な。・・・咲間さん(サクまん)とエルがあきれたような顔をしている。


 姉さんのほうを見ると頭をポリポリと掻いている。

「う、うん。それほどでも・・・なかったかな。」


「いや、十分すぎるほど怖かったわよ。姉さん。普通の魔法使いじゃあ、攻撃魔法であの威力と連射速度は出せないわ。ガドガン卿はしっかり化け物だったわよ。」


 いつまでも廊下で話しているわけにはいかない。


《琴音さん!後ろ!》

 とりあえず自分の部屋に戻ろうとしたとき、仄香(ほのか)の叫び声と同時に、後ろからダンディな声がかかった。


「おほめ頂き光栄だな。お嬢さんたち。」


 ハッとして振り向くと、そこには先ほどまで戦闘を行っていたエルリック・ガドガン卿、その人が人の好さそうな笑顔で立っていた。


「琴音!エルと咲間さん(サクまん)を守って!」


 姉さんはそう叫ぶと同時に、私の背中を二人のほうに向かって強く押した。


「え。え?姉さんの魔法であの時・・・?」

《琴音さん!逃げなさい!》


 仄香(ほのか)の声が遠くに聞こえる。いや、仄香(ほのか)は遠くにいるんだけどさ。・・・理解が追い付かない。そんな私をよそに、姉さんは素早く銃を抜き放った。

 ガドガン卿の眉間に銃口が向く寸前に、ゴキン、という鈍い音が廊下に響く。


「おっと。ホテル内でそんな物騒なものを出してはいけないよ。」

 ガドガン卿は姉さんの右手首を下からつかむ形で止まっている。


「う、あああぁ!」


 ガドガン卿がその手を離すと、姉さんは悲鳴とともに廊下のカーペットの上に銃を取り落とし、右手を抑えてうずくまった。

 その右手は・・・折れてる?いや、握りつぶされた!?


《千弦!今そっちに向かってる!》

 いきなりのことに我を見失っていたが、仄香(ほのか)の声にハッとして、周りを見回す。


咲間さん(サクまん)!エル!逃げて!・・・咲間さん(サクまん)?エル?」


 戦うことのできない咲間さん(サクまん)とエルを逃がそうと声を掛けたが、そこには誰もいない。

 というより、普通のホテルの廊下だったはずなのに、その後ろも前も、まるで地平線まで続くかのような長さの廊下になっている。


「なに、これ・・・。」

 思わず呆然としてしまう。ところがそんな私をよそに、姉さんの声が響いた。


四連唱(テトラスペル)()()()()()()()()()()()()・・・ぐぅ!」


《ちょっ!千弦!おまっ!》

「それはいけない。君、死ぬ気か?」


「がっ!ぐ、があ゛・・・。」


 仄香(ほのか)の念話よりも早く、目にもとまらぬ速さでガドガン卿はそう呟きながら姉さんの首をつかみ、魔法の詠唱を妨害する。

 私たち以外、誰もいなくなった廊下に、ミシリと嫌な音が響いた。


「やめて!姉さんが!姉さんが死んじゃう!」

 ハッとしてそう叫ぶと、ガドガン卿はその手を離した。


 ドサッという音とともに、姉さんは廊下のカーペットの上に放り出された。

 喉を抑え、苦しそうに息をしているが命に別状はないようだ。だが、首元が赤黒く変形しているところを見ると喉をつぶされたようだ。

 おそらく魔法の詠唱はできないだろう。


「さて・・・。二人とも仄香(ほのか)ではないことは判明したが・・・。やはりその杖か。日中に感じた魔力に比べると少し弱い気もするが。だがその杖、仄香(ほのか)遺物(アーティファクト)で間違いなさそうだね。それを僕に渡してくれないか。なに、悪いようにはしない。教会には渡さないし、壊したり無くしたりはしないからさ。」


 そう言いながらガドガン卿は、その右手を姉さんにかざした。

 その手にはどんどん魔力が集まっていく。

 ・・・この距離じゃ姉さんはリングシールドを展開しきれない。


《だめ!その杖には遥香が入ってる!渡しちゃダメ!》


 念話のイヤーカフから姉さんの声が聞こえる。

 どうしよう。

 この杖は渡したくない。でも姉さんを殺されたくもない。


「僕は何としても仄香(ほのか)に会いたいんだ。わかってくれないか?」

 ジリジリとガドガン卿が間合いを詰めてくる。


《くそ、あと15秒でそっちに着く!逃げてくれ!》

 仄香(ほのか)の声が頭の中に響く。


 逃げる?無理じゃん?でも、抵抗しようにもガドガン卿の詠唱速度に追いつける魔法なんて・・・


「どうした?判断できないかい?杖と、姉の命。考えるまでもないと思うんだけどね。仕方がないな。」


 ガドガン卿が詠唱を始めようとした瞬間、電気が走ったような閃きが身体の中を駆け巡った。


「---・・・」

()()!」


 ガドガン卿の高速詠唱が終わる前に、全身全霊を込めて、姉さんが貸してくれた魔力貯蔵装置(バッテリー)のチャンバー内のすべての魔力まで振り絞って、たった一つの言葉を口にする。


「ぐぇ!?」

 その途端、まるでガドガン卿の上から見えないハンマーが振り下ろされたかのような勢いで、カエルがつぶれるかのような声とともにその身体はカーペットにたたきつけられた。


 物体が落下する速度の十数倍という速度で、土下座をするかのような姿勢でカーペットに沈んだガドガン卿の顔からは、鼻血か、それとも額が割れたのかは知らないけどおびただしい量の血が噴き出している。


 右足の膝は変な形に折れ曲がり、左ひじからは橈骨か尺骨が飛び出している。

 はは、開放骨折だ。ざまぁ。


 普段の私では考えられないほどの魔力を使った魔法の効果がおさまったとき、背中でカシュというな音がしてから、続けて腰の魔力貯蔵装置(バッテリー)のシリンダーがチャキっと回る音がした。


 ・・・あったよ。一対一では誰にも負けない、おそらくは世界最速の魔法が。ほとんど一音で発動する、私にしか使えない魔法が。

 姉さんの魔力貯蔵装置(バッテリー)さえあれば何度でも使える、最強の魔法が。


 っていうか、姉さんの魔力貯蔵装置(バッテリー)、すごいな!?


 周囲の景色が歪むように変わり、咲間さん(サクまん)とエルがびっくりしたような顔で駆け寄ってくる。


 これは・・・結界系の術式、いや、魔法だったのか。術者から供給される魔力が断たれたことにより、結界が解けたのか。

 続けて仄香(ほのか)が短距離転移術式を使ったのか、廊下にいきなり現れる。


 ガドガン卿は・・・失神しているようだ。とりあえず生きてはいる。

 後で拷問してやろう。仄香(ほのか)の知り合いだと言っていたが、100年もすれば人も変わる。もしかしたらボケただけかもしれないが。


 あまりのことに腰が抜けたのか、私はその場にぺたんと座り込んでしまった。


「千弦さん!今、回復治癒呪を使います!」

 仄香(ほのか)が叫びながら姉さんに駆け寄ってくる。


 ぐったりとしながら、変な角度になっている右手を抑え、隙間風が鳴るような呼吸をしている姉さんの肩を抱き、肺の中から絞り出すようなため息をついたあと、ぼそっとつぶやいてしまった。


「ふ、私たち双子に勝てると思うなよ、なあんてね。」


 さて、そんなこと言ってられないか。

 とりあえず姉さんの手当て。ガドガン卿の捕縛。

 それと、仄香(ほのか)に状況の説明を・・・。

 はあ、疲れた。体は冷え切ってるし。もう一度温泉に入って寝たいよ。ぐう。


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