114 温泉巡り in 北陸
12月28日(土)
南雲 琴音
夜が明けると、吉備津彦さんたちは鎧甲冑を袋や箱に入れて担いで帰っていった。
仄香の話だと、犬飼健さんたちの三人は精神世界に戻るらしい。
吉備津彦さんだけは玉山の隠れ家に向かうんだそうだ。何か用事でもあるのかな。
それにしても、人型の眷属を召喚しっぱなしにできる魔力量がうらやましいね。
この旅行が終わったら、姉さんに新型の魔力貯蔵装置を強請ろうかな。
この前使ったのは返しちゃったし。
というか、この前のは試作品で完成品は別にあるって言ってたから、もしかしたらもっと性能がいいのがあるのかな?
そしたら私も雷撃魔法、使えるかも。
ふふん。大間で人魚を倒した時に雷撃魔法だけでなく他の魔法の詠唱も覚えちゃったんだよね。
それはさておき。
あの後、宗一郎伯父さんの仕事が27日で終わり、今日からしばらくは一緒に遊べるということが決まったので、さっそくスキーに連れて行こうとしたところ、重大な問題が発覚した。
なんと伯父さん、スキーが苦手なんだって。
滑れないことはないらしい。ただ、曲がれないんだそうだ。
それって致命的じゃない?滑れるとは言えないような気がするけど?
別荘の前にあるちょっと小高い丘のようなスペースで、エルが手取り足取り教えていたけど、エル曰く「まったく才能がない」んだってさ。
なぜこんな別荘まであって滑れないんだろう?
てっきり滑れるもんだと思っていたよ。プロ並みに。
そうと分かってしまったら、さすがに伯父さんだけを置いて滑りに行くのは気が引けてしまう。
そこで仄香の提案で冬の北陸を旅行することにしたのだ。
「すまないな、気を使わせてしまって。俺だけ初心者コースで滑ってればよかったんだが・・・。」
伯父さんは車を運転しながら申し訳なさそうに謝っている。
「連日滑りっぱなしというのも身体によくありません。特にエルと琴音さんは筋肉痛になってしまったので、2日くらいは休ませたいところです。宗一郎さんのおすすめの温泉巡りは渡りに船でしたね。」
「うん。昨日に比べれば、筋肉痛もかなり良くなってきていると思うよ。エルは・・・ダメっぽいね。」
「う、アルコールの代謝は良い筈。でも筋肉が痛い。」
エルは助手席でシートを後ろに倒し、足を延ばしている。
先ほど仄香がエルの下半身を温めるために、ひざ掛けに何かの術式を刻んでいたところを見ると、かなり筋肉痛が悪化しているらしい。
酒のせいか?筋肉痛にアルコールはよくないってのは常識だし、酒量だってちょっとヤバいことになっている。
昨日、午前中に一升酒を飲んで、夕食後は例の四人とワインやらビールやらを何本も空けていたからな。
朝になって伯父さんに呪病でアルコールとアセトアルデヒドを分解してもらってたらしいよ、このアル中エルフ。
「エル、もう二日酔いとかはないの?伯父さんに治してもらっていたみたいだけど・・・。」
「ん。宗一郎の呪病がよく効いた。呪薬と呼ぶべき。」
エルの言う通り宗一郎伯父さんの呪病はすごい魔法だと思う。
使い方次第では、普通の回復治癒魔法では考えられないような使い方ができるんだよね。
和香先生から聞いたんだけど、宗一郎伯父さんの「呪病」は完全にナノマシンといえるもので、任意の素材による構築、任意の構造が可能で、そして極小の術式の付与によるプログラムに基づき様々な作業を行い、使い方次第では細胞のようにふるまうことも出来て、体の欠損した部分まで補えるんだって。
何それ。すごくない?
さすがに昔読んだ漫画みたいに右腕が武器になったり、反物質を生成したりなんてできないらしいけど、地球上に存在するありとあらゆる病原体、薬剤、化学物質をつくることができるそうな。
人間BC兵器じゃん。
それって、その気になれば一人で国家相手に戦争できるレベルの力なんじゃない?仄香の力とは完全に方向性が違うけどさ。
そんなことを考えていたら、さっそく一つ目の目的地が見えてきた。
北陸温泉巡りの一つ目、宇奈月温泉だ!
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
宗一郎伯父さんの運転する車は黒部インターチェンジを下りて黒部川の流れを遡るかのように雪のちらつく道を走っていた。
「お、黒部川だ!ねえ、コトねん、黒部ダムって行ったことある?」
「そういえば行ったことなかったっけ。姉さんも喜びそうな場所なんだけどね・・・?」
「う〜ん。確かに行ってみたいとは思うんだけどね。この時期だと難しいんじゃないかな?確か4月中旬までルートが閉鎖されているんじゃなかったっけ?」
黒部ダムといえば、織田裕〇主演のホ〇イトアウトの撮影が行われた場所としても有名で、一度は行ってみたいところだ。
ただこの季節は観光で行くのは無理だ。
そんなことしたらマジでホワイトアウトになってしまう。
「黒部ダムって作るの相当大変だったんでしょ?あれ?いつごろできたんだっけ?」
「着工は1956年、完成は1963年だったと思いますよ。送電自体は1961年の1月から行われていたみたいですけど。」
琴音の疑問に仄香がさらっと答える。
「お、遥香ちゃん、もしかして予習してきた?さすがだね。久神先輩から聞いたんだけど、高校で学年一位なんだって?すごいね!」
運転席から宗一郎伯父さんが仄香をほめている。
・・・う〜ん。遥香がすごいんじゃなくて仄香が異常なだけだ。
「はい。せっかくの旅行なので少し予習をしておこうかと思って。でも一夜漬けなんですよ。来週ごろには忘れているかもしれませんね。」
仄香、一夜漬けどころかもしかしたら現場にいたんじゃない?
《・・・千弦、考えていることはなんとなくわかるが、その時期、私はアメリカにいたんだ。それにもし私が現場にいたら171人も殉職させたりはしないよ。》
う、念話で突っ込まれてしまった。
仄香って目の前で人が死んだり大ケガしたりするとほとんど反射的に助けるからな。
かわりに敵にでもなれば、気にもせずに殺してるけどね。
「今日の宿はここだ。とりあえず一泊予約したから。部屋割りは妙高の別荘と同じな。」
伯父さんは「黒部宇奈月プリンスホテル」と上品な看板が立つ駐車場に車を入れる。
宇奈月温泉を代表する、全国でも有名なホテルだ。
年末の繁忙期にどうやって3部屋も予約が取れたんだろう?
まさかの事故物件だったりしないでしょうね?
それに、このホテル。そこら辺の女子高生が泊まるには少し高級すぎやしないか?
ホテルのエントランスから、身なりの良い、大きな杖をついたロマンスグレーの上品そうな外国人の男性と、とてもおしゃれな金髪の女性が腕を組んで出てきた。
「おっふ。めっちゃグローバルやん。」
思わず変な声が出てしまった。その声に男性のほうがびっくりしたような顔をする。
ヤバいヤバい。
「ねえ、コトねん。ここ、宿泊費一泊いくらなんだろう?」
・・・咲間さんが恐縮しているよ。結構有名なホテルだしね。
「う〜ん?伯父さんがスキー下手だから温泉巡りってことになったんだから、好意に甘えてればいいんじゃない?」
「ん。宗一郎は太っ腹。気にせず温泉を楽しむ。」
咲間さんと琴音、そしてエルがワイワイと騒いでる横で、仄香だけは黙って杖を握り、少し険しい顔で先ほどの二人を睨んでいた。
宗一郎伯父さんがホテルのフロントで三部屋分のチェックインを終え、私と咲間さんに部屋のカードキーを差し出す。
それを受け取り、エレベーターでそれぞれの部屋まで行くと、そこはかなり見晴らしの良い、そしてかなり広く調度品もしっかりした部屋だった。
カードキーを使って部屋に入ろうとすると、仄香にいきなり肩をつかまれ、耳打ちされる。
「千弦。ちょっと話がある。二人だけで話せるか?」
「え?・・・それって琴音や咲間さんに聞かせたくない話?」
「いや、全員に説明する必要がある話だ。特に千弦は魔力検知能力が高いからな。先に細かい事情を話しておこうと思ってな。」
「わかったわ。荷物置いたらすぐ行くわね。5分後にエントランス横のロビーでいい?」
「ああ。助かるよ。」
なんだろう?ホテルに入る時も何かをじっと見ていたし、みんなにも話すけど先に私にだけ話す、っていうことはそこまで緊急ではないけど、一応は警戒をしておいたほうがいい、ってことなんだろうか?
スカートの腰回りに、少し大振りなシリンダー状の正・副・予備の三つの魔力貯蔵装置、そして魔力発生装置を装備し、そのインジケータ表示がグリーンであることを確認する。
今回の旅行が雪国だったことも踏まえて、念には念を入れて用意した秘密兵器だ。
これさえあれば、新宿御苑で使ったレベルな雷撃魔法なら1セルあたり5発、轟雷魔法でも2発は撃てる。
何も起きないといいなと思うけど、それは十分な準備をしてから考えるべきことだ。
自分の願望や誰かの好意を準備を怠る理由にする馬鹿にはなりたくない。
さらに念を入れて、仄香と待ち合わせる前にもう一つの魔力貯蔵装置・魔力発生装置セットを琴音に渡しておこうかな。
ふふん。これだけの魔力量があれば、きっと琴音でも魔力切れは起こさないだろう。
なんていったって魔力貯蔵装置1セルあたりで私の魔力総量の3倍くらいあるからな。
琴音は驚くだろうね。
ぬふふ。私は準備を怠らないのだよ。
◇ ◇ ◇
1時間ほど前
???
黒部宇奈月プリンスホテルのエントランス前のロータリーに黒い高級車が停まり、先に助手席から若い女が降りたあと、続けて一人の初老を過ぎたくらいの男が大きな杖を突きながら後部座席から降りた。
アングロ・サクソン人系のような顔つきをした、180センチくらいの大柄な男は周囲を見渡し満足そうにつぶやく。
「日本は何年ぶりかな。ここの温泉は単純泉だけど環境もいいし、何より食事が美味しいのは最高だ。こんな用事でもなければ来られないのは残念だけどね。」
助手席に座っていた若い女がホテルのフロントでチェックインの手続きを行う。
「はい、承っております。本日から二泊ご利用のエルリック・ガドガン様とオリビア・ステラ様ですね。こちらがお部屋のカードキーでございます。」
エルリック・ガドガンと呼ばれた男は鷹揚に頷き、オリビア・ステラと呼ばれた若い女を伴ってエレベーターホールに向かった。
「さて、今日はここで旅の疲れを癒し、明日はいよいよミョウコウだ。何者かが我々の研究所の結界を破壊したらしいが、破壊にあたって魔法や魔術で術式を破壊したのではなく、物理的な力で破壊したらしいな。一体何者だろうね?オリビア君。どう思うかね?」
オリビアと呼ばれた女は一瞬考えるようなそぶりをしたが、ややぶっきらぼうに答えた。
「壊されたのは魔法協会の研究所であって教会の施設ではありませんから。それに何者だろうと関係ありません。我ら教会に敵対するものは十二使徒の末席として討滅するのみです。」
「君たち教会はいつも短絡的だね。僕としては何者が結界を破壊したか、非常に興味があるんだけどね。あれの制作者としては、魔法や魔術で破壊されるよりずっとエキサイティングだ。」
「・・・そうですね。あの結界は物理的に破壊できるようなものではないはずです。それこそ、一人でイェリコの壁を打ち崩せるような人間がいれば別ですがね。」
エレベーターを降り、二人はそろって立派な個室に入っていく。
「うん、なかなかいい部屋じゃないか。100年くらい前に来たときは鄙びた温泉宿しかなかったが、ずいぶん変わったものだ。」
「この温泉に来るのは初めてではないのですね。ガドガン卿。」
「ああ。僕がまだ十代だったころかな?仄香というかわいらしい魔法使いの女性がいてね。いや、自分の恩人に『かわいらしい』は失礼だったかな。すでに子持ちだったらしいしね。とにかく彼女と一緒に何か所か日本を巡ったのさ。」
「そうですか。ところでその魔法使いの女とやらはどのような魔法を使ったんですか?」
「ははっ。どうせ君たちは女性の魔法使いといえば魔女扱いをするんだろう?そして墓を掘り起こしてでも遺物を作るつもりなんだろう?彼女の墓を暴くかもしれない君たちに教えるわけないじゃないか。」
ガドガン卿の言葉に目を丸くしたオリビアは一瞬言葉を失うものの、すぐに真顔になって言葉を続けた。
「戦闘狂と名高いあなたと一緒にいた魔法使いだから気になっただけですよ。それに魔女の遺骸だけが遺物の材料ではありませんし、まるで我ら教会を墓泥棒みたいに言わないでください。まあ、私としても遺物管理局の連中には言いたいことはありますけどね。とにかく、荷物が片付いたら足湯にでも行きましょう。」
オリビアが荷物を開き、黒部宇奈月温泉のパンフレットを取り出している横で、ガドガン卿と呼ばれた男は胸元からロケットペンダントを取り出し、その中の写真と一房の黒い髪の毛を懐かしそうな眼で眺めていた。
◇ ◇ ◇
エルリック・ガドガン
本格的に調査に入るのは明日以降ということもあり、オリビアと二人で宇奈月温泉の名物である足湯に向かうことにした。
ホテルから出ようとするとエントランスのところで十代後半の娘たちとすれ違う。
珍しいことに幻想種の少女が一人混ざっている。見た目はほかの少女よりも幼く見えるが、おそらく年齢的には自分と同じくらいだろう。
高度な魔法や魔術で老化防止をしなければ若さを維持できない我々人間と異なり、何もしなくても若さを維持し続けられるというエルフのことを少しうらやましく思いながらも、同行する双子の姉妹を見て一瞬息が止まる。
「ガドガン卿。珍しいですね。あのエルフ、瞳の色からするとルィンヘン氏族のようです。あまり彼らは南ウラルから出ないと聞いていましたが・・・。」
「あ、ああ。・・・そうだな。珍しいな。」
双子の姉妹たちに見とれてつい生返事になってしまった。
オリビアはエルフのことを珍しがっているが、自分としてはそれどころではなかった。
100年ほど前、当時の東京を襲った大地震で生き別れになるまでの数年のことが昨日のように思い出される。
記憶に焼き付いている、ちょっと眼付きの悪い、それでいて人懐っこそうな顔。
そしておっとりとした、なめらかで少し甘さのある声で二人の少女たちは話していた。
そして忘れもしない独特な魔力波長。
極めて強大で恐ろしく練りこまれていて、それでいて繊細な、決して人間の業ではたどり着くことができないような高みにあるような魔法使いの気配。
神の御業かと見間違えるような、とてつもなく複雑でそれでいて美しい術式の気配。
さらにそれを無理なく隠蔽するだけの技術。
かつて、仄香を驚かせたほどの、自分の先天的な魔力検知能力がなければ、それを看破することなどできなかっただろう。
さすがに、あの場にいた5人の少女のうちの誰の魔力かまではわからなかったが、その源は間違いなくあの二人だ。
おそらくは、どちらかが彼女の血を引く者で、どちらかが彼女本人だろう。
若いときは考えもしなかったが、世界中の魔法使いと戦ってきた今だから初めて実感する。
100年もの修練をした今でも絶対に勝てないだろう。
あの魔力は人間に出せるものではない。なるほど、仄香は、やはり間違いなくあの魔女だったのだ。
オリビアに知られてはならない。もし知られれば、間違いなく教会の教義に従って彼女を害するだろう。
だが、人生をかけて磨き上げたこの魔法が、魔術が、あの魔女に通用するか試してみたいとも思う。
世界最高の魔法使いなどと言われているが、そのせいか今まで本気を出せた相手なんていなかったんだから。
ホテルを出て少し歩いて、「おもかげ」という名のついた足湯で足を温めながら、早くに亡くした母親、あるいは古き戦友に出会えたような緊張とともに100年前のおぼろげな思い出に思いをはせていた。
◇ ◇ ◇
仄香
エントランス前のロビーで千弦と待ち合わせをし、そのまま温泉観光のふりをしてホテルから出る。
それにしても、珍しい顔を見たものだ。たしかエルリックとか言ったっけ。
あいつと初めて会ったのは、紘一殿が亡くなって15年ほど経ってからだったから、1919年前後か。
っていうか、あいつ、今何歳なんだよ?
ええと、出会ったのはあの喫茶店だっけ?
そうだ、まだ回転ドアになる前の話だ。
千弦といいエルリックといい、あの喫茶店は出会いの魔法でもかかっているのか?
エルリックのやつ、たしかあの時15歳くらいとか言ってなかったっけ?
うわ、もう120歳近くじゃないか?
身体の乗り換えもしないでよくやるよ。魔力回路とかもうかなり疲れているんじゃないか?
喫茶店のドアの前で一人泣きべそをかいていたエルリックを見つけた私は、当時あまり英語を話せる人間がいなかったのもあって、なし崩し的に保護することになってしまった。
イギリスの伯爵家のお家騒動で叔父から命を狙われているとかで、日本に来ているときに暗殺されかかってたんだよな。
ほっとけなくてつい助けちゃったんだけど、まさかそのあと4年も面倒を見ることになるとは思わなかったんだよね。
人間てやつは、とくにお人よしと呼ばれる連中は、誰かに名指しで助けを求められると断れないというが、ご多分に漏れず私もお人よしだったんだよな。
風のうわさでは魔法協会の協会長に就任したとか言ってたけど、それって確か戦後すぐの話だ。さすがに引退しているだろう。
一緒にいた女性は誰だろう?見る限りではかなりの魔法使いのように感じたが、魔法協会の人間か?それとも教会の人間か?
いや、筋肉のつき方や体捌きからすると魔法使いというより魔法戦士といった印象だった。とにかく面倒だが警戒は怠らないようにしよう。
「ねえ、仄香。それで、話って何?」
悶々と考えていると、千弦が私の顔を覗き込みながら少し心配そうに聞いてきた。
「ん?ああ、ちょっと古い知り合いがいたんだ。100年ほど前、仄香と呼ばれていたころのな。」
「え?100年前の知り合いって・・・。もしかしてエルフか何か?」
「いや、人間だ。おそらくは魔術で老化を食い止めているんだろう。エルリック・ガドガンという名前に聞き覚えはないか?」
「エルリック・ガドガンって、世界最高の魔導士と謳われた、あのガドガン卿?先々代の魔法協会の協会長よ。知ってるも何も、魔法使いや魔術師だったら知らない奴はモグリじゃない?」
なんだ、やっぱり引退してたか。
・・・それにしても魔導士ね。別に正式な分類って訳でもないが、あいつ、魔法と魔術の両方を修めたのか。
「そのエルリック・ガドガンだ。南雲仄香の体を使っている頃、4年ほど一緒にいてな。さっきホテルの前でイギリス人とすれ違っただろう?白髪混じりの男のほうだ。」
「・・・すごいわね。あそこまで若作りでいられるなら私もその術式を覚えようかしら。それはさておき、知り合いなら挨拶してきたら?同じホテルに泊まってるみたいだしさ。」
「一緒にいた女の正体が分らんからそれは無しだ。聖釘の気配はないが教会の信徒の可能性もあるしな。・・・それより、問題はお前たちだ。」
「私たち?・・・仄香って呼ばれていたころの知り合い、ってもしかして・・・。南雲仄香の顔ってもしかして私たちに似てるの?」
「さあね。だがイギリス人から見れば日本人の顔なんて誤差の範囲内だろうよ。南雲仄香の身体とお前たちは一応血もつながってるしな。しかもあいつ、魔力隠蔽がまったく効かないんだよ。とんでもない魔力検知能力でな。」
あいつの魔力検知能力でも、さすがに私たちの誰が魔力源であるかまでは分からなかったと思うが・・・。
「ええ〜。それじゃあ、エルリックさんは私たちのどちらかを仄香だと間違う可能性があるってこと?うわ、またなの?」
そういえば琴音も千弦も、魔女と間違えて襲われてたよな。
「なんというか、すまない。どうしようもない先祖のせいで迷惑をかけるよ。」
「まあいいわ。他の先祖でもない仄香のためだもの。で、私はどうしたらいいの?とりあえず仄香と呼ぶのはやめておく?」
「そうだな。エルリックは仄香の名前を知っている。他の3人にも遥香と呼ぶように伝えてくれ。宗一郎殿の手前、仄香と呼ぶのも問題だったしな。」
「りょーかい。念話で伝えておくね。それと、私か琴音のどっちかが必ず一緒にいたほうがいいよね?それとその杖も預かろうか?」
「ああ。そうしてもらえると非常にありがたい。」
千弦の言葉に頷きながら、遥香の入った杖を渡す。
琴音ではなく千弦に相談して正解だった。
エルリックのやつが千弦か琴音のどちらかを私だと勘違いしている状況で、二人とは別のところに魔力源があるのはおかしいからな。
千弦は琴音に比べてかなり察しがいいから、余分な説明をする必要がなくて助かる。
っていうか、エルリックのやつ、結構戦闘狂なんだよな。
100年前に別れた時のセリフが「僕よりも強いやつに会いに行く」だっけ?
てっきり早死にしてるかと思ったよ。
まじめな話も終わり、他愛のない話をしながら、杖を片手に歩く千弦と一緒に富山地方鉄道の宇奈月温泉駅に向かい、駅の中にある「くろなぎ」という足湯に入ることにした。
「あふぅ。気持ちいいね〜。後で琴音や咲間さんも誘おうよ。あ、それともほかの足湯に連れてく?」
「ん?ああ、ここにはほかにも足湯があるみたいだからな。それもいいだろう。」
「あ、そうそう。琴音から聞いたんだけど、興津の南雲の家に行った時に色々仄香の話をしたんだって?ジェーン・ドゥのときとか三好美代のときの話とか聞いたけど、仄香のときの話は聞いてないなあ。今度時間のある時に聞かせてよ。」
「ああ。かまわないよ。とはいえ、仄香の身体を使っていた時は大したことはしていないんだよな。時代としては面白かったんだけどさ。」
なんて言ったって日中戦争の時に死んだ子供に憑りついて、日本に来て南雲家の女中、そして妾、子育て後は東京で別の家に奉公、最後は関東大震災で死亡したことになっている。
実際に死亡したのはさらに13年くらい後だったしな。
時代としては電灯が出来たり電車が走ったり、洋食屋とかカフェー、扇風機とか蓄音機が登場して楽しい時代だったんだよ。
幻燈や活動写真とかを見て思わず幻灯術式を作ってしまうほどに技術的な刺激もたくさんあったしな。
千弦の持つ杖の中で遥香がくすくすと笑っているような思念波を出している。
《うふふっ。美代とか仄香とか遥香とか、いろいろな名前で呼ばれて大変だねぇ。》
・・・そうだ、足湯の途中で少し交代してやろう。
こんなに気持ちのいいものを独り占めしてはいけないからな。
千弦の魔力貯蔵装置について
千弦の魔力貯蔵装置は、構造として三つの回転するシリンダーを持ち、それぞれ正、副、予備として魔力をカートリッジ形式でチャージしています。
それぞれのカートリッジが大出力の魔法を行使する際に必要な魔力の供給と魔力回路への反動に対する防御の二つの機能を持ち、術者をサポートします。
また一発撃つごとに回転し、正、副、予備の位置が切り替わり、次の魔法に備える構造となっているため、オーバーヒートを起こしにくく、同時にフルパワーの一撃の後でもすぐに次の魔法に備えることができます。
また小型の魔力発生装置を備えているため、リチウムポリマーバッテリーや家庭用電源の電気エネルギーを魔力に変換することができるため、出先で魔力が枯渇しても簡易にそれを補うことができる優れものです。
・・・なんでそんなもん作ったって?雷撃魔法が使えて嬉しかったのと、頻繁にぶっ放して倒れまくった挙句、母親である美琴や師匠である健治郎に怒られたからでしょうね。
ちなみに魔女の知識は使わずに独力で作ったらしいです。
すごいですね。オタクって。