113 夕方 一件落着
12月27日(金)
九重 宗一郎
なんということだ。遥香ちゃんがあの迷路の中に取り残されてしまった。
あの大鬼のような怪異の口調からすると、彼女が無事でいられる可能性は皆無に等しい。
男は殺し女は犯すという、どこぞの世紀末の野蛮人以下のような連中のなかに取り残されてしまった。
そのような目に会えば、あの子の身体だけでなく精神まで壊れてしまう。
一分一秒でも早くあの洞窟に戻らなければならない。
久神先輩に顔向けできないとか、俺にとっての損得などはどうでもいい。
「今すぐあの迷路に戻るぞ!」
そう叫んで雪の中を駆け出す。全身をめぐる呪病のリミッターを解除し、全身の筋繊維を無理やり強化する。
落盤してしまった大岩は7メートルくらいだろうか。今この場にある方法では、動かすことも砕くこともできない。
出口側から入るのは無理だろう。となれば、目指すはあの迷路の入り口だ。
「えー。たぶん彼女なら大丈夫だと思うんですけどー・・・。」
丘島さんが小さな声でそう呟きながら俺の後に続く。
・・・彼女を置いていくこともできない。あの大鬼がこの岩を砕いて出てこないとも限らない。一人残すのは危険すぎる。
「ほら、乗って。早く!」
戸惑うようなしぐさをする丘島さんを無理やり背負い、遥香ちゃんの杖を支えにしながら雪原を県道39号線、おそらくは俺の車が停まっているであろうところに向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
雪の中を三十分ぐらい走っただろうか、県道に差し掛かり、行きかうトラックのうちの一台に乗せてもらうことができた。
それからわずか数分で俺の車が停まっている場所が見える。
車に横付けをしてもらい、乗せてくれたトラックの運転手に礼を言い、ポケットから万札を数枚取り出し、その手に押し付ける。
幸い、車はどこも損傷していなかった。とりあえず帰りの足は確保できた。
車の近くには先ほど上った石造りの階段もある。
ここからなら数分であの屋敷に戻ることができるだろう。
「丘島さん、申し訳ないがここで待っていてくれ。万が一、暗くなる前に俺たちが戻らない場合はここに連絡を。俺の秘書につながる。車内の電話を使っていいから。」
丘島さんの手に青木君の連絡先をメモした名刺を押しけると、彼女は緊張感から解放されたかのような顔で返事をした。
「はいー。きっと彼女は無事ですよー。」
遥香ちゃん、どうか俺が到着するまで無事でいてくれ。
周囲に散布してある呪病を活性化し、スマホとリンクさせてにマップを表示させる。
あの迷路のような構造では役に立たなかったが、俺の呪病には一度行ったところの詳細な地図を記録する能力がある。
・・・なんだ?先ほどの屋敷があるはずのところに村がある?
ホワイトアウトを起こしていたせいで他の家が見えなかったのか?
叫びたくなるほどに逸る気持ちを抑えつつ、一気に石造りの階段を駆け上がると、そこにはそれまでなかったはずの廃村が広がっていた。
「・・・なんだ、これは?どの家も、朽ち果てている。さっきの家はどこだ。」
あてどもなく廃村の中をさまよう。たしか、あの家は玄関横に赤いポストがあったはずだ。茶色のトタン張りで、昔ながらの引き戸の玄関で。
いくら探せども一向にそれらしい家が見当たらない。
早くしないと、遥香ちゃんが、あの鬼どもに・・・。
「くそ、遥香ちゃん・・・。遥香ちゃん!」
胃が焼けそうな気分で叫んだときだった。
「宗一郎さん!」
・・・幻聴か?いや、確かに遥香ちゃんの声だ。
慌てて周囲を見渡すと、返り血だらけの鎧甲冑を身に纏った四人の若武者とともに遥香ちゃんがこちらに歩いてくるのが見えた。
慌てて駆け寄り、その肩に手を触れる。
桜色のショートダウンと薄茶色のトレンチスカート、そしてリボンのついたかわいらしいデザインのニーハイソックスには、泥のような汚れがついているものの乱れてはおらず、ボタンの一つも飛んではいなかった。
「よかった、無事だったのか。でも、どうやってあいつらから逃げられたんだ?もしかして彼らが助けてくれたのか?」
遥香ちゃんを守るかのようにその周りを囲んで歩いてきた四人の若武者の顔を順番に見る。
一人は大鎧に陣羽織、大太刀を佩いている桃太郎髷の青年。
一人は胴丸にオオカミのような毛皮の衣、十文字槍と斧槍の中間のような槍を担いでいる大男。
一人は忍びのような和装に腹当、二振りの太刀のようなものを両腰に差している細身の男。
一人は腹巻(鎧)に鳥の羽のような飾りをつけた外套を羽織り、大弓を携えた少年。
いずれも、その鎧や着物が赤黒い返り血でべったりと汚れている。
「ええ。宗一郎さんとはぐれた直後、この四人が素早く駆けつけてくれまして。危ないところでしたが何とか無事帰ってこれました。」
「そうか・・・。よかった。もしかしたら君がひどい目に会っているんじゃないかと気が気じゃなかったんだ。」
思わずその身体を抱きしめてしまう。
・・・細い、まるで小鹿のような華奢さだ。
「・・・マスターをひどい目に会わせられるようなやつがいたら、それこそこの世の終わりじゃないか・・・?」
「ああ。大八洲の妖や神仏の総力を以ても倒せるかどうか・・・。」
大弓を携えた少年と忍びのような和装を着た男の二人が何かをつぶやいている。
「この後どうします?マス・・・遥香さん。よろしければ、この場は宗一郎殿にお任せして我々はあちらに戻ろうかと思うのですが。」
桃太郎髷の青年がそう言うと、遥香ちゃんはしばらく考えた後、俺に向き直って彼を指しながら言った。
「ええっと、宗一郎さん。こちら、エルの日本での保護者の方なんですが、かなり汚れてしまっていますし、別荘にお招きしてもよろしいでしょうか?」
「エルさんの保護者の方?そういえばエルさん、岡山の神社の神職の方が身元保証人になってるって言ってたっけ。そうするとこの方が吉備津彦さん?」
「はい。ほかのお三方は吉備津彦さんのご友人で、こちらから順に犬飼健さん、楽々森彦さん、豊玉臣さんですね。」
「それなら話は早い。お礼もしたいし、ぜひ我が家に来ていただこう。」
そうか、エルさんの身元保証人の方とそのご友人たちだったのか。
ほかの三人も岡山の吉備津神社にまつわる名付けになっているところを見ると、この近くで何かの神事の予定でもあったのだろうか。
完全武装に返り血を浴びているなど、かなり異様な雰囲気だったが、遥香ちゃんの知り合いならば彼女を守ろうと必死になるのもわかるような気がする。
遥香ちゃんと鎧甲冑姿の四人を引き連れてぞろぞろと車に戻ると、エンジンのかかった車の中で待っていた丘島さんがドアを開けて飛び出してきた。
「あー、やっぱり無事だったんですねー。よかったですー。」
車の中が汚れるといけないと思ったのか、四人の若武者たちはどこからともなく取り出した手ぬぐいを出し、身体を拭き始めたので、車に備え付けられた給湯器のお湯をシャワーモードにし、返り血だらけの鎧や槍を洗うように勧める。
彼らは礼を言いながら鎧や具足を洗った後、それらを手ぬぐいで拭きとり、後部座席の後ろに押し込んだ後、ぞろぞろと車に乗り込んだ。
犬飼健さんの槍だけは車内に収まらなかったからルーフキャリアに縛り付けたよ。よくまあ、こんなに重い槍を振り回せるものだ。
◇ ◇ ◇
仄香
宗一郎殿と合流した後、千歳を近くのバス停まで送ってから彼の別荘に帰ることになった。
すでに50年以上召喚し続けている吉備津彦は車に乗っても落ち着いていたが、その他の三人はずっと興奮しっぱなしだった。
「うお、速い!雪の中をこれほどの速さで!これは戦が変わるぞ!」
「みろ!馬より早いぞ!」
「猪や熊より大きいぞ!」
《ねえ、仄香さん。あの三人って、いつの時代の人?》
杖の中で遥香が驚いている。
《ええっと、桃太郎の時代、犬、サル、キジの三人なんですけど・・・時代にすると古墳時代とかそれよりも前の、ちょっと古すぎる時代の人たちなんですよね。時々呼び出してアップデートしてるんだけど、最後に呼び出したのは200年位前だったかしら。》
《うーん・・・。宗一郎さん、なんか困ってるみたいだよ?》
遥香の言うとおり、ちょっと騒ぎすぎだな。
後部座席で騒いでいる三人に念話を飛ばしたしなめておこうか。
《おまえら、200年ほど召喚していないとはいえ、ちょっとはしゃぎすぎだ。吉備津彦を見習って少し静かにしていてくれ。宗一郎殿がおかしく思うだろうが。》
《いや、マスター!馬が引いていないんですよ!馬が引いてないのにこんな速く走る荷車なんて見たことがないですよ!宗一郎殿は妖術師だったんですね!》
豊玉臣が興奮した思念波で答えてくる。
楽々森彦にいたっては窓から外に手を出して、手のひらで何かを揉むような動作を楽しんでいる。
《ふ、ふふふっ。》
宗一郎殿のことを妖術師といわれたのが面白かったのか、遥香が杖の中で笑っている。
《あー。馬は引いていないが、中で燃える水を使った絡繰で動いてるんだよ。賀陽親王とか飛騨工とかが似たようなものを作っていただろ?アレのすごいヤツだよ。》
とは言ってみたものの、ちょっと分かりにくいか。
宗一郎殿が妖術師だっていうのは否定できないな。実際、極めて稀で優秀な魔法使いだし。
っていうかフルメタルジャケットとかの映画は知っているくせになんで自動車のことを知らないんだ?
さては、吉備津彦め。映画を見せずにセリフだけ仕込んだな。
《からくり人形やからくり扉が時を経ればこうもまで変わるものなんですかね・・・。》
うーん。内燃機関やら減速歯車、差動装置や自在接手なんて説明してもわからないだろうしな。どうやって説明したものか。
そんなことを考えていたら吉備津彦が助け船を出した。
《鉄の筒に入れた水を火にかければ湯気が噴き出すだろう?それを風車に当てたらどうなる。回るだろう?それと似たような理屈らしいぞ?》
・・・おしい。それはタービン式の蒸気機関の原理だ。
《うわ、吉備津彦さん、すごい!》
遥香が吉備津彦の説明にびっくりしている。そしてその思念波を受けて吉備津彦は鼻の下が伸びている。
ちょろいな、桃太郎。
《・・・すごい湯気っすね!?なるほど、それのすごいヤツか。人間ってすごいっすね!》
とりあえずは何とか納得してもらえたようだ。やはり同世代の人間に説明させるのが一番手っ取り早いな。
何とか別荘まで戻り、宗一郎殿が玄関の前に車を停めると、四人はぞろぞろと車から降りた。
「吉備津彦さん、エルはこちらです。どうぞ、上がってください。」
宗一郎殿の案内で一同そろって別荘の中に入っていく。
「あ、ヒコ。来たの。」
リビングから顔を出したグローリエルが吉備津彦の顔をちらりと見るとすぐにリビングに戻っていった。
どうやら酒気は抜けたようだ。さすがエルフのアルコール代謝能力。まるでロシア人並みに優秀だな。
グローリエルは、ときどきその代謝能力を超えて飲むからどうしようもないんだけどな。
だが一升くらいなら、成人男性でいうところの一合くらいにしかなるまい。
「はは、相変わらずですね。私がいない間、エルはどうでしたか?」
グローリエルのそっけなさに吉備津彦は少し寂しそうに言った。
「ああ、寂しかったようで気を紛らわせようと一升酒を飲み干していましたよ。」
それを聞いて思うところがあったのか、吉備津彦は少しうれしそうに笑った。
最近は宗一郎殿と仲良くやっていたようだが、吉備津彦と二人そろって甘えられそうな大人の男がいなくなると少し不安だったんだろうな。
「うーん。120歳だから飲んでいいというべきか、身体がまだ子供だから止めるべきか悩むところなんですよね。まあ、蜘蛛も退治しましたし、またしばらくは一緒にいてやることにしましょうか。」
いつの間にか宗一郎殿が用意した部屋着に着替えた犬飼健たちの三人は、琴音や千弦、咲間さんたちと楽しそうに盛り上がっている。
楽々森彦は音楽が好きだからな。咲間さんとよく話が合うだろう。どこからともなく取り出した鼓でギターに合わせ始めた。
複数の鼓を並べてドラムのように使っている。そんな使い方、どこで覚えたんだか。
豊玉臣は・・・やはり新しい飛び道具に興味があるのか。千弦と話が合いそうだ。銃やら弓やらの話で盛り上がっている。
犬飼健はといえば・・・琴音と格闘ゲームを始めてるよ。はは、ボコボコにされてる。アイツ、どのような形であれ自分を負かした相手に懐く傾向があるからな。ちょうどいい。
明日の朝には、吉備津彦以外は精神世界に帰す予定だし、今夜はゆっくりと楽しんでいってもらおうか。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
6人(+1人)と、吉備津彦さんたち4人を加えた合計10人のパーティのような夕食を終え、エル以外の女子はぞろぞろと2階に上がることになった。
エルはあっという間に人数分の食事を作り、ふるまっていた。
というか、料理に関する能力が本当に高いな!?本職並みかそれ以上じゃないか?
エルは洗い物を終えた後、宗一郎伯父さんや吉備津彦さんたちと酒盛りを続けるらしい。
・・・どうやら酒とつまみが足りなかったらしく、わざわざ隠れ家とやらに長距離跳躍魔法で取りに行かされていたよ。仄香が。
楽々森彦さんが「すみませんね、マスター。」とか犬飼健さんが「マスター、ゴチになります!」とか叫んでたけど、ずいぶんと緩い主従関係だな?
召喚魔法で喚びだす相手との関係ってそんなもんなんだろうか?
一階でのどんちゃん騒ぎはさておき、二階では12畳の部屋に集まって、今回何があったのかを幻灯術式を使って仄香が説明をしてくれた。
それにしても、どうしようもない連中もいたものだ。
いや、鬼といえばほとんどが似たようなものらしい。
欲しいのは女、酒、食い物、金目の物。
それってどんな世紀末だよ。
それにしても鬼ってかなり強いんじゃなかったっけ?
まるでトマトをミキサーに突っ込んだような状態だったよ。
「吉備津彦さんたちってすごい強いよね。仄香の魔法もすごいけど、肉弾戦であの威力って、人間業じゃないよね。」
「そうですね・・・。あの四人が揃えば、私でも一切の準備なしだと負ける可能性がありますね。」
「え?魔女が、負ける?あの人たち、そんなに強いの?ただの弓オタクとドラマー、それとイケてるオジ様だと思ってたよ。」
・・・琴音~。ドラマーとイケてるオジ様はいいとして、豊玉臣さんのことを弓オタクとか言うなよ。
「・・・彼ら四人が本気になれば、城塞都市だろうがクラック・デ・シュヴァリエだろうが、二時間も持たないでしょうね。大阪城や熊本城でも半日も持たないと思いますよ。」
そんな大量破壊兵器みたいな人たちを召喚する必要があったとか、鬼ってどんだけ強いのよ?
そして少し準備するだけであの四人に負けない魔女の強さってどうなのよ?
もちろん、歴史上では仄香のあずかり知らぬところで、魔法も使わず人間だけの力で鬼を切り殺した事例もあるという。
聞くところによると、なんと身近なところでは理君のご先祖様が2体の鬼を切り殺しているそうだ。
そういえば、中学のころ、理君のご両親が離婚する前は渡辺姓を名乗っていたっけ。
そうすると、ご先祖様っていうのは渡辺綱かな?
たしか、主君の源頼光の下で茨木童子と酒吞童子を切っているらしい。
ん?鬼童丸とかいうのもいなかったっけ?
・・・まあいいや。それにしても魔法も使わず、刀一本でアレを切り殺すって、どんだけなのよ?
それに、妙高山の近くに魔力溜まりがあることは琴音からも聞いていたけど、洞窟や森の中に入らなければ大丈夫だと思っていた。
まさか魔力溜まりの領域が伸びて廃村にまで及んでいたとは思わなかったし。
危ない危ない。仄香なしで鬼たちに遭遇していたら完全にアウトだったよ。
「ねえ、仄香。魔力溜まりって例外なく危険なの?魔力が溜まっているっていうだけあって、何かの役に立ちそうな気もするんだけど・・・。」
「そうですね。魔力溜まりが危険になる理由は主に三つですかね。一つは魔力で生き物が魔物に変異しているからですね。一世代目についていえば、それなりに時間がかかりますが、トカゲがドラゴンになったり、鶏がコカトリスに、人間がエルフやドワーフになったりします。そうすると魔力溜まり内に独自の生態系ができますが、一般の人間では太刀打ちできませんね。」
「へえー。そのドラゴンって、飼えるの?」
咲間さんが目を輝かせながら言う。
そういえば、ワイバーンとかドラゴンにまたがって空を飛びたいとか言ってたっけ。
「卵の状態から育てれば可能です。ドラゴンなどの大型の魔物はかなり知能が高い個体もいますし、念話も可能です。ただ、人を乗せたまま飛べるようになるまで育つには100年くらいかかるんじゃないでしょうか。」
「う、そんなに待っていたらおばあちゃんになりそうだよ。それであと二つの理由は?」
「二つ目の理由は、魔力溜まりの魔力を求めて魔法使いや魔術師がそこを占拠している場合が多いことですね。その場合は今回の八門金鎖の陣のように、自分以外の人間の侵入を防ぐ罠を仕掛ける場合がほとんどです。」
「そっか。伯父さんや丘島さんが迷った迷路は、魔法使いか魔術師の手によるものだったんだね。」
「そうですね。つい最近、40年位前でしょうか。それくらいの時期に敷かれた陣のようでしたが、ちょっと何がしたいのかわからない構造でしたね。なんというか、アトラクションみたいな印象がありましたし。」
「アトラクションって・・・。ああ、姉さんあたりだとそのままサバイバルゲームで使えそうな雰囲気だもんね。」
琴音がちらりとこちらを見る。
うーん?確かにサバイバルゲームをやったら面白そうではあるけど、ダメージ部屋とか、お互いのフラッグまでの経路とか考えるとかなり難しそうな気がするんだけどな?
いや、ワンフラッグ戦にしてダメージ部屋だけ何とかすれば行けるか?
「三つ目の理由ですが、洞窟タイプの場合、出口が閉塞されていると魔力溜まり内の魔力濃度が急上昇し、魔力が結晶化するほどの濃度になる可能性があります。これに巻き込まれると、ほとんどの人間は自分の魔力濃度を上回る外的な魔力に浸食されますので、おそらくですが私以外は生きていられないでしょう。」
《え、仄香さんは大丈夫なの?ということは今なら私も大丈夫?》
遥香の入った杖がふよふよと漂っている。
そりゃそうだ。その杖の魔力量を超える魔力結晶はこの世にはないだろうしね。
「そうですね。でも近付かないほうがいいことには変わりはありません。遥香さんが今使えるのは念動呪と念動衝撃呪、浮遊呪くらいですからね。」
「そっか。じゃあ、安全な魔力溜まりってないんだね。行ってみたかったな~。」
私の言葉に咲間さんも琴音も同意している。リアルRPGは楽しめそうになさそうだ。
「・・・いつかは遥香さんを連れて行かなきゃならないし、遥香さんを口止めし続けるのもなんですからお知らせしておきますが、玉山の隠れ家も魔力溜まりなんですよね。居住区の安全は完全に確保されてはいますけど・・・。」
「え?玉山の隠れ家って魔力溜まりだったの?って、エルの住んでるところって魔力溜まりなの?」
琴音がびっくりしている。いや私もだ。
これは遊びに行かなくてはなるまい。
ドラゴンが見られるかもしれない。
「連れていきませんよ、とは言えない雰囲気ですね。グローリエルも自分の家に友達が遊びに来たら喜ぶでしょうし、仕方ないですね。この旅行が終わったら考えましょうか。」
「魔力溜まり!魔力溜まり!」
魔力溜まりに行けることを喜ぶ三人を前に、仄香は軽くため息をついていた。