112 Demon Extermination
12月27日(金)
仄香
鬼、おそらくは大多鬼丸に追われながらだが、魔力溜まりの攻略は順調に続いていた。
宗一郎殿と合流してから、それまでにお互いが入手した情報や認識を共有し、遥香の提案に従って進んでいく。
大多鬼丸については千歳にも確認を行ったのだが、彼女も何も知らないようで、鬼特有の粗暴さや女への執着以外に分かることはなかった。
また、宗一郎殿の「呪病」で開いた扉の向こう側が安全かどうかが確認できるので、扉を開くたびに千歳を放り込む必要がなくなったことにより、かなりの時間短縮となった。
「遥香ちゃん、体調は大丈夫か?痛いところ、苦しいところはないかい?」
宗一郎殿が私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
・・・実際、この身体は至る所で悲鳴を上げている。
先ほどから歩き通しで、休憩らしい休憩がとれていない。
すでに宗一郎殿たちに聞こえるレベルで息切れが始まっているし、動悸がひどくて視界が歪んでいる。
だが、これでも遥香の許可の下で改造を行っているのだ。
心肺機能も三割は向上しているし、全身の筋量も二割は向上している。
ジェーン・ドゥや三好美代の身体のように何の制約もなく改造が行えないのは、遥香の身体と魂の同一性が未だに保持されているからだろうか。
「いえ、まだ頑張れます。ペースは落とさないでください。」
とりあえず、身体については、多少の損傷や疲労があっても回復治癒呪で何とでもなる。
それより、遥香の身体に私が入っていることを宗一郎殿に感づかれないようにするほうが重要だ。
それさえなければ、脳筋野郎の相手などアリを踏み潰すにも等しいのだが・・・。
いっそのこと、次に追いつかれた時点で宗一郎殿を眠らせてしまおうか。
宗一郎殿の安全を確保した上でこの魔力溜まりに施された八門金鎖の陣を大出力の光撃魔法で内側から焼き尽くしてしまえば手間が省ける。
そんなことを考えながら次の部屋の扉を開けると、今までにはない景色がそこに広がっていた。
「なんだ?ここは洞窟の中か?妙に広いし、天井までの距離が長いな。それに見たところ、入ってきた扉以外に7枚あるはずの扉が見えない。出口が近いのか?それとも最深部か?」
周囲を見回すと、垂氷や牛女がいた洞窟によく似た岩肌の洞窟が広がっている。
照明はなく、スマホのライトでは奥の方が全く見えない。
また水の流れる音が聞こえており、足元が複雑な構造をしているせいで真っすぐ歩くことも難しい。
「あ。」
壁に手をついて歩き出そうとした千歳が、マヌケそうな声とともに足を踏み外した。
「危ない!」
足を滑らせて落ちそうになる千歳を反射的に宗一郎殿が支える。
踏み崩した石が落ちる音が洞窟内に反響し、続けて水に落ちる音が聞こえる。
「かなり深いですね・・・。下には地下水脈か何かが流れているんでしょうか。」
壁の近くに深さが数十メートルはありそうな崖があるようで、万が一足を踏み外そうものなら、下に落ちて行方不明なってしまうだろう。
「仕方がない。あの鬼が追いかけてきたときに俺たちの足取りがばれる可能性があるから使いたくはなかったんだが、それよりまずは安全確保だな。」
宗一郎殿が手のひらを上に向け、そこにフッと息を吹きかける。
どうやら、呪病の散布をしているらしい。
時間にして数十秒といったところだろうか。すぐ近くの岩壁や天井から順に青い光があふれだす。
「・・・宗一郎さん、何をしたんですか?」
「岩肌や天井に張り付いて光を出すように呪病をプログラムしたんだ。・・・よし。これで明るくなったな。」
それまでは、スマホのライトがなければ足元どころか鼻をつままれるまでわからないほどの暗闇だったが、あっという間に幻想的な光が洞窟を照らし出していく。
「うわー。きれいですねー。」
先ほど足を踏み外して死にそうになっていた千歳も歓声を上げている。
宗一郎殿が作った光のトンネルを、それまでとはうって変わった軽やかな足取りで抜けると、そこには野球場ほどの空間が広がっていた。
やはりその広場を囲むかのように堀のようなものがその周囲を取り囲んでいる。
「あれは・・・。ふざけているのか、それとも罠なのか?」
そういいながら宗一郎殿が睨む先には、これまでとは違い明らかに場違いな扉が一枚見えた。
扉の上には緑色の非常口のマークの照明灯があり、その下には「EXIT」の文字が見える。
「罠ですかね?とりあえず、ほかに道もないようですし行ってみましょうか。・・・きゃあっ!」
「EXIT」と書かれた扉に接近しようとした瞬間、轟音とともに何か棒のようなものが飛来し、扉の横に突き立つ。
後ろを振り向けばそこには、あの鬼、大多鬼丸が怒りの形相で仁王立ちをしていた。その後ろには、ぞろぞろと似たようなデザインの大鬼や小鬼を何体も引き連れている。
「逃げられると思うたか!その女どもを置いて死ね!」
耳をつんざくような鬼の怒号が響き渡る。
総勢100体、いや、それ以上か。
大多鬼丸とあまり変わらないような体格の大鬼が10体以上いるようだ。
ここ妙高の地で眷属を揃え、再起を図っていたのか。
「くそ!やはり追いつかれたか!遥香ちゃん、ここは俺に任せろ!二人ともその出口から逃げるんだ!」
宗一郎殿が私たちをかばうように立ち、顔の前で合掌するように掌を合わせる。
その掌の隙間からは、鈍い銀色の金属の粉末のようなものがあふれだしていた。
それらはまるで意志でもあるかのように大多鬼丸の周囲に漂い集まっていく。
「この優男が!一度ならず二度までもわしの邪魔立てをするというのか!殺してやる!叩き潰してやるぞ!」
「無風空間でよかったよ・・・。着火!」
大多鬼丸の言葉に答えるかのような宗一郎殿の叫び声とともに、目の前の空間が一瞬で光に包まれる。
これは・・・?粉塵爆発?いや、燃焼温度は高いが爆発ではない?
小鬼の数体は跡形もなく吹き飛び、あたりに鮮血と肉片がぶちまけられる。
「はははっ!アルミ製の呪病と極低温の雪との混合だ!脳筋野郎どもめ、雪でもテルミット反応が起きるって知ってるかぁ!?」
「ゴアァァァァ!」
白く輝くほど高温の金属が大多鬼丸の身体を焼く。反応中の微細粉末を吸い込んだか、さらに数体の小鬼を巻き込み、派手に燃え上がり、胸をかきむしりながらその場をのたうち回る。
そういえば鬼という怪異は比較的火に強かったはずだ。だが、テルミット反応ほどの高温にさらされた場合はどうなるのだろうか?
さすがに試したことはなかったな。・・・よし、次回があったら火炎系の魔法で弱い方から順番に炙っていってみようか。
っておい!アイツら、まだ動いてるよ!
「おいおい、嘘だろ?ロケットに使うアルミニウム・アイス推進剤と同じ原理だぞ?くそ、金属同士の反応じゃないから温度が低かったか?」
「宗一郎さん、早く!大きな体格の鬼はこの扉をくぐるのに時間がかかります!」
扉を開けると、外は雪原のような景色が広がっていた。
千歳を先に通し、宗一郎殿を急かす。
魔力検知によれば魔力溜まりの反応がない。どうやら本当に出口のようだ。
「くそ、デカいやつに止めを刺しそこなった!逃げるぞ!」
宗一郎殿が私の手をつかみ、その扉をくぐろうとした瞬間だった。
「があああぁぁぁぁ!」
身体の至る所に火が付いたまま、雄叫びとともに突進してきた大多鬼丸がその扉に体当たりをし、宗一郎殿と千歳が扉の外に突き飛ばされる。
「うわあああ!」
「きゃあぁぁ!」
雪原に放り出された宗一郎殿と千歳が悲鳴を上げている。
二人が放り出された直後、大多鬼丸の右手が私の左手をつかみ、その場に引き摺り倒し、そのまま壁に叩きつける。
「ぐっ!がはっ!」
衝撃で肺の中の空気のすべてが吐き出され、口の中に血の味が広がった。
「遥香ちゃん!」
扉の向こうの宗一郎殿がそう叫んだ直後、その出口は大きな落石とともに塞がれてしまった。
◇ ◇ ◇
周囲が濡れている。いや、地下水脈のどこかに落ちたか?
起き上がって周囲を見回す。幸い、宗一郎殿が散布してくれた呪病による明かりがまだ生きている。
・・・だが杖がない。遥香はどこだ。
《遥香さん、聞こえますか?今、どこにいます?》
念話で話しかけると、すぐに遥香からの返事があった。
《宗一郎さんが持ち出してくれたよ!雪原のようなところ。車が走っている道路の近くだよ。仄香さんは大丈夫!?》
《そうですか、そちらは魔力溜まりからは抜けられたようですね。私のことは心配しないで大丈夫。遥香さんの身体も無事です。》
車が近くを走っているということは、先ほどの結界の外に出られたということだろう。
《今すぐ助けに行くよ!》
《遥香さんはそのまま杖のふりをしていてください。こちらは大丈夫、むしろ宗一郎さんがいなくなったおかげで本気が出せますから。琴音さんたちにも連絡不要です。》
《う、うん。気を付けてね。》
三人とも無事なようだ。いや、二人と一本か?まあいい。
さて、ずぶ濡れになってしまった。気温はマイナス10℃くらいか?このままでは風邪を引きそうだな。
「フ、フゥー・・・。あの優男め、何をしやがった。まあいい。まずは孕み袋が一つ手に入った。喜べ。お前はこの大多鬼丸様の子を産めるのだからな。」
ずぶ濡れのショートダウンを脱ごうとしたところに、頭の上から声がかかる。
この地下水脈は、どこかにつながっているのだろうか。少なくとも人が通れるような大きさではないな。となると、頭上のアレをどうにかするしかないな。
「大多鬼丸といったな。お前の目的はなんだ。」
そう問いかけながら、めったに使わない浮遊呪を使い、身体を水から上げる。いつまでも氷点下の水の中にはいられない。
「ほう。お前、儂らのことが恐ろしくはないのか?見たところ、枯れ木のような身体ではないか。儂の逸物を入れたら胎が破けてしまうかもな。ギャハハハ!」
大多鬼丸の言葉につられて大鬼や小鬼たちが汚い声で笑っている。
まったく。その口に腐食魔法で作った酸を流し込んでやりたいよ。
「・・・術式束、283,291発動。続けて術式束、3,990,285,457,041を発動。くそ、お気に入りのショートダウンが汚れてしまった。」
大多鬼丸たちの馬鹿笑いを無視して全身に圧力制御と熱運動量制御、感覚鈍麻の術式を展開し、洋服の乾燥を行う。
いや、感覚鈍麻は肌が乾燥すると結構不快だからなんだよ。
同時に、思考加速、身体強化、防御障壁、乱数回避、物理防御、高機動、そして暗視と熱暗視術式も発動しておく。
どれほど鬼が強かろうが所詮は生身の歩兵。術式はこんなもんでいいだろう。いつぞやの装甲機動歩兵に比べてしまうのはかわいそうというものだ。
浮遊呪で大多鬼丸の正面によじ登り、洋服を乾かそうとしていると、大多鬼丸はずかずかと近寄り、火ぶくれだらけになった右手を、私の首をつかむかのように伸ばした。
「女。何とか言ったらどうだ。まあいい。孕ませてやる。お前も俺の眷属を産むのだ。その子袋が使えなくなるまでな。脱げ。それとも脱がしてやろうか。」
「人間の男は女を置いて逃げやがった!父親か、兄か?夫か?女を置いて逃げるなんて所詮は人間だな!」
「人間の男に代わって一日も胎の中が空にならないようにしてやる。喜べ、子沢山の母親になれるぞ!」
大多鬼丸や取り巻きの大鬼たちの言葉に、首をつかまれた私を指さして周囲の鬼や小鬼たちがゲラゲラと笑う。
・・・こいつら、見た目だけでも幼気な少女に向かって何という下品なことを。それに女のことを子供を産む機械とでも思っているのか。
まるで男の悪いところを濃縮したような存在だな。
なんというか、一撃で殺すのが惜しくなってきたな。どうしてくれようか。
「・・・百連唱、闇よ、暗きより這い寄りて影を・・・」
空間浸食魔法の詠唱をしようとした瞬間だった。
《・・・マスター。今お時間よろしいでしょうか。吉備津彦です。》
お?吉備津彦から念話だ。蜘蛛退治に進捗でもあったのか。それとも行き詰ったか。
《少し忙しい。どうした。》
《ン・カイの底でアトラク・ナグアの封印を完了しました。いつでもそちらに戻れます。》
《意外に早かったな。じゃあ、戻って休暇を・・・。いや、待て。お前、鬼を切りたいって言ってなかったっけ?》
「女。声も出ないか。甚振ってやる。せいぜい大きな声で鳴くがいい。」
大多鬼丸を放置して念話をしていたら、まるで私が恐怖のあまり身動きができないとでも勘違いしたのか、粘つくような顔で笑いながら空いている左手を私のトレンチスカートに伸ばした。
《鬼・・・。鬼がいるんですか!マスター!五十年近く前のことを覚えていてくれたんですか!いるんですか!?いるんですよね!?ヒャッハー!》
《・・・犬飼健や楽々森彦、豊玉臣も呼んでやらないと、後で何を言われるかわからないぞ。》
《鬼っていえば彼らも飛んできますよ!早く早く!》
ああもう、うるさい。今喚んでやるから少し待て。
そのはしゃぎ様に思わず笑みがこぼれてしまう。
なんとも都合がいい。まるで初めからわかっていたようだ。手間が省けたな。
グローリエルがポケットに押し込んだ4枚の召喚符を握りしめる。
「・・・おい、女。何がおかしい。それとも気でも狂ったか?」
おかしいかって?ああ、面白すぎて臍で茶を沸かす勢いだよ!
「ふっ、ふふ、ははっ、あはははは!来い!桃太郎!犬!サル!キジ!」
腹の底から笑いながら、ポケットから引き抜いた4枚の召喚符に起動信号の魔力を送る。
召喚符は光とともに弾け、その場に4人の鎧武者の姿を形作る。
吉備津彦命、犬飼健命、楽々森彦命、豊玉臣命の四人は、それぞれ完全武装の状態で大多鬼丸たちの周りを取り囲んでいた。
◇ ◇ ◇
「ふ、ふ、ふはははは!鬼だ。鬼がいるぞ!これを、この時を待っていた!」
吉備津彦が雄叫びを上げ、目にも留まらぬ速さで目の前の鬼に肉薄した。
大上段から音もなく振り抜かれた大太刀は、大鬼の後ろにある岩ごとその身体を縦に両断する。
一拍遅れて轟音とともに洞窟の天井から地面までを一本の線が走り、その向こう側にある何かの建造物のようなものまで叩き切る。
・・・あ、あれ、さっきまでいた部屋じゃん。え、物理的に壊せるもんなの、八門金鎖の陣って!?
「犬飼健です!三度の飯より鬼を切り刻むのが大好きです!養殖してでも切り刻みたいです!よろしくおねがいしまぁぁす!」
犬飼健が完全にイってる目でヤバいセリフを叫んでいる。
手にした大槍を振るい、一瞬で数体の鬼をまとめて串刺しにし、さらには鬼が刺さったままその槍を振るい、飛び散る肉片とともに小鬼をブルドーザーのように蹴散らしていく。
散弾のように飛び散った鬼の肉片や骨が洞窟の壁を打ち崩し、おそらくは八門金鎖の陣の術式が露出する。
斧のような槍の穂先は衝撃波を伴い、薄い雲のような線を引きながらそれらの術式を轟音とともに砕き、まき散らしていく。
っていうか、あの槍、どう見ても斧槍だよな。当時の日本にあんなものあったっけ?
「一切合切ぶち殺す!このくそ虫どもが!お前らに生きている資格はない!一匹残らず駆逐してやる!」
楽々森彦が猿のごとく飛び回り、刃渡りが1メートルを超えようかという2本のカッターナイフのようなもので、鬼の首を稲か何かを刈るように切り落としている。
ご丁寧に、切り落とした後はまるでシュレッダーにかけられたかのように肉片が粉砕されている。
その動きは目で追えないどころか、まるで短距離転移を繰り返しているようにしか見えない。
・・・なんだあれ?二刀流?よくわからないが、トリガーとかアンカーみたいなものがついているし、武器の分類がわからない。どこであんなもん仕入れてきたんだ?
「あははは!逃げる奴は鬼だ!逃げない奴はよく訓練された鬼だ!ホント戦争は地獄だぜ!」
壁や天井を駆けながら、身の丈をはるかに上回る大弓で機関砲のように矢を放っているのは豊玉臣だ。
恐ろしいまでの強弓から放たれる矢は、鬼の身体に当たるとその部分を大きく抉り取るだけでなく、その後ろの岩壁にまで野戦砲の直撃を受けたかのような大穴を作っていく。
大穴の向こうには、先ほど宗一郎殿と合流した部屋や、千歳を蹴り込んだダメージ部屋が見える。っていうか、一撃で何部屋ぶち抜いているんだよ。
それにしてもあのセリフ、フルメタル・ジャケットのドアガンナーのセリフだ。どこで覚えたんだ?そんなセリフ。
そして四人とも鬼の攻撃を全く意に介していない。
彼らの金砕棒や棍棒を顔面に食らっても顔色一つ変えていないし、それどころか金砕棒や棍棒の方が砕け散っている。
妖術を使う鬼もちらほらいるんだが、それらすべてを意に介することもなく、術式ごと叩き潰し、うち砕き、そしてねじ伏せる。
っていうか、妖術相手に一切の技も使わず物理で完全に鬼を上回ってるよ。
こいつら、鬼の天敵だな。〇殺隊に入っても結構活躍できるんじゃないか?
「おーい。楽しんでるところ悪いけど、大多鬼丸・・・いや、一番デカい鬼は生かしておけよ。聞きたいことがあるからな。」
「「「合点承知の助!!!」」」
なぜか全員の声がそろう。こいつら、相当暇を持て余していたんだな。
「あ~。『よく女子供が殺せるな』のセリフは言えそうにないな。小鬼は人じゃないし・・・。」
「簡単さ!動きがのろいからな!」
・・・おい、豊玉臣。ひとりごとまで拾うなよ。
時間にしてわずか20秒ちょっとだろうか。
あっという間に大多鬼丸以外の鬼たちは肉片になっていた。
比喩表現ではない。
一番大きな肉片が10センチ角だ。
それどころか、周囲の岩やら壁やらまで同じ大きさに切り刻まれている。
「おいおい、ちょっと過剰戦力かなとは思っていたけど、まるで空間ごとミキサーにかけられたようになってるじゃないか。しかも、物理的に八門金鎖の陣まで破壊しやがった。」
「スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの、正月元旦の朝のよーによォ〜〜〜ッ!」
「ぐ、くそがあぁぁ!わ、儂を、儂を誰だと思っている!?」
大多鬼丸が何かを言っているが、そんなのはぶっちゃけどうでもいい。
「豊玉臣。それはもっと強い相手を倒したときに使う言葉だ。・・・さて、大多鬼丸。聞きたいことがある。死にたくなければ大人しく・・・いや、面倒だ。天空にありしアグニの瞳、天上から我らの営みを見守りしミトラに伏して願い奉る。日輪の馬車を駆り、彼の者の真実を暴き給え。・・・よし、これでいいか。」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
大多鬼丸は頭を押さえながらのたうち回っている。ふん。無駄なことをするものだ。
鬼という怪異は、その存在のほとんどを肉体の強化に振り切っているような存在で、魔力的、あるいは抗魔力は低いことがほとんどだ。
まれに、とんでもない精神力でそれを覆そうとする例外があるが、その場合でも私の魔力量からみれば、水に濡れたトイレットペーパーの抵抗にも満たないのは変わらないが。
案の定というかなんというか、さんざんのたうち回った挙句、大多鬼丸はペラペラと聞いてもいないことまでしゃべり始めた。
「ふん。やはり霧や雲を使った妖術が使えるのか。しかし、本人が搦め手をする気がまるでないとなると宝の持ち腐れだな。それと・・・坂上田村麻呂に敗れて鬼穴に自らを封じていたのか。いつか朝廷に弓を引く日を夢に見て、か。」
「マスター。久しぶりに鬼を堪能しましたが、コレでお終いですか?ちょっと少ないような気がしますが・・・。」
吉備津彦が残念そうにつぶやく。
「少ないって、100体以上いたぞ?一人当たり25体以上は切っただろうに・・・。」
鬼っていえば、かつては1体倒しただけでも伝説になるようなシロモノなんだがな。
「マスター。こいつを生かしておいたのは養殖するためですよね。殖やしてからまた切り刻むんですよね!?」
・・・なんでそんな面倒なことをやらなきゃならないんだよ。
犬飼健、おまえ、考え方が完全におかしいだろう?
「害虫を養殖するたぁどういう了見だ!?鬼は絶滅させる!一匹たりとも生かしちゃおけねぇ!」
鬼狩り大好きな犬飼健と絶滅主義者の楽々森彦の言い合いが始まった。
ま、放っておこう。いつも豊玉臣がおさめてくれるからな。
「よし、あらかた吐かせ終わったようだ。それにしても魔力、いや、こいつらから見れば霊力か。それが高い女をさらって孕まして眷属を増やし続けたのか。生き残っている女性がいれば助けようと思ったが、こいつら、産めなくなるまで使った女は食ってやがる。一人も生き残りがいないとか、おかしいだろ。その胎から生まれた鬼もいるだろうに・・・。」
・・・鬼という怪異は、まれに農作業を手伝うなどの人間に好意的な個体や、人間社会に紛れ込んで暮らすような大人しい個体もいるのだが、そのほとんどの個体が獣のように荒ぶるのが特徴だ。
一部の種族を除いてオスとメスがいるのだから、自分たちで勝手に繁殖すればいいはずなのに、人里に降りて女をさらい、子を産ませることが多いのも謎の一つだ。
さらに謎といえば、子を殺された女が鬼女に堕ちるところをこの目で見たことすらある。
この怪異は人間ベースなのだろうか?本当によくわからない怪異だ。
それどころか角がない個体まで存在する。ある村の青年が、自分が鬼だと知らず、人の娘を孕ませ、生まれた子供に角があった、などということすらあったようだからな。
幸い、強力な魔法使いや魔術師が鬼になったという話は聞かないが、私自身も子を為す相手が鬼でないことの確認や、子供を失った時に鬼に堕ちることがないように注意しておく必要があるだろう。
さずがに我が子をこの四人に殺されるのは嫌だからな。
大体のことが判明した時点で目配せをすると、吉備津彦は小さくうなずき、その大太刀をふるって大多鬼丸の首を一刀のもとに切り落とす。
続けて犬飼健、楽々森彦の二人が胴体を、豊玉臣がその首を切り刻み踏みつぶす。
相手が人間であれば、どれほどの悪党だろうが落としたその首の唇に紅を引くほどの礼儀を欠かさない吉備津彦だが、相手が鬼だと分かれば礼儀どころか一切の容赦もない。
まるで害虫を駆除するかのように粉微塵にしていく。
・・・これで坂上田村麻呂の時代から続いた大多鬼丸の妄執も終わった。
「さて、お前らが八門金鎖の陣を完全にぶっ壊してくれたおかげで、入り口から帰れそうだな。」
砕け散った壁や扉、そして折れた柱、落ちた屋根。
術式が破壊されつくしたことにより、それまで複雑だと思っていた迷路は、実に簡単な家々、あるいは街並みだということが分かる。
・・・それまで一軒の家だと思っていた部屋の連なりは、いくつもの家が連なる一つの廃村であったのか。
そしてこれは・・・神社か?
どなた様を祀っているのかは知らないが、自分の神域ぐらいはシッカリと管理してほしいものだ。
汚れたショートダウンやトレンチスカートをはたきながら、鎧甲冑を身にまとい、返り血に塗れた四人の完全武装の武者ととともに、宗一郎殿の車が停まっているはずの県道39号線に向かい、雪の中を歩き始めた。
はあ、疲れた。内風呂でいいから早く風呂入って寝たいよ。