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111 The Somewhere Doors (not Anywhere)

 12月27日(金)


 仄香(ほのか)


 最悪だ。よりにもよってこういうタイプの魔力溜まり(ダンジョン)だったとは。

 いや、何物かが魔力溜まり(ダンジョン)の魔力を利用してこんなものを作ったのか?


 そもそも、妙高に未踏破の魔力溜まり(ダンジョン)が存在していることは知っていたはずだ。

 思い返してみれば、妙高に未踏破の魔力溜まり(ダンジョン)があることは、自分から修学旅行の時に琴音に答えていたではないか。


 完全に頭から抜け落ちていた。スキー旅行の行き先が妙高だと聞いた時点で警戒なりなんなりするべきだったのだ。


「ねぇー。遥香ちゃんー。どーするのー。」

 後ろでショートダウンの裾を千歳(比丘尼(びくに))が引っ張っている。


「今考えている。余計なことはするなよ。・・・・特に勝手な扉の開閉は厳禁だ。」


 この手の術式、いや、これは陣と呼ばれる魔術か。

 かなり昔のことだが、知り合いに使い手がいたっけな。


 規模が全く違うが、八門金鎖(はちもんきんさ)の陣、だったか。

 八つの門のうち、吉とされる生門・開門・景門から入らないと生きて帰ることはできないという陣だ。

 誤って驚門、休門、死門、杜門、傷門の5つにでも入れば、大ケガをするか、その場で殺されることもある。

 まともに攻略しようものなら、数万の大軍でも突破することができないという恐ろしい魔術だ。


「千歳、部屋の中を調べろ。扉、ふすま、窓、何でもいい。開閉できるものすべてだ。だが決して開けるな。間違えて開けても、絶対にそれを通るな。」


 この陣が八門金鎖(はちもんきんさ)と同じ目的の陣の場合、何らかのルールがあるか、必ず目印が設置されているはずだ。


 ただ相手を殺すだけの陣ならば、そんな面倒なことをする必要はない。

 十天君(じゅってんくん)が用いた十絶陣(じゅうぜつじん)のように、足を踏み入れるなり問答無用で殺しにかかるような構造でいいのだから。


「ええとー。扉は4枚、ですかねー。家具以外の収納扉も数えると8枚ですー。」


「そうか。やはり8枚だな?・・・よし。順番に見ていこう。術式束(パッケージ)、5,570,581を発動。」

 念のために五感と直感を鋭敏化させ、抗呪抗魔力、霊的汚染妨害の術式を作動させる。

 特に嗅覚と聴覚は限界まで上げておく。


 魔力検知をしながら、すでに開けてしまった曇りガラスの扉から順に、隅々まで扉を調べる。

 開き戸が3枚、引き戸が5枚。

 ・・・いくら広い居間とはいえ、収納らしき扉の枚数が多すぎる。それに収納扉の配置がおかしい。


 覚悟を決めて一つ目の収納の引き戸を開く。

 ・・・やはり収納ではなく次の部屋に続く扉だったか。


「クローゼットの中にお手洗い?変な構造だねー。」


 そういいながら千歳がクローゼット、いやお手洗いの中に右手を差し込んだ瞬間だった。

 鋭敏化させた直感が警鐘を鳴らし、魔力検知が異常な数値を検出する。

 遥香も同時に異常に気が付く。


仄香(ほのか)さん!》

「危ない!」

 遥香の声と直感に、反射的に反応して後ろに引き倒すが、千歳はぽかんとしたままだ。


「え、何、何が?ええぇ!うそー!うわー!」

 たっぷり10秒は置いて、千歳の右手が先端から(ただ)れていく。


火傷(やけど)?いや、腐食か?・・・手を突っ込んだのが人魚の肉を食べた千歳でよかったよ。」


《・・・仄香(ほのか)さん、それはちょっと・・・。》


「きゃあぁぁぁー!うぎゃあぁぁぁぁー!」

 千歳はしばらくの間、右手を押さえてのたうち回っていたが、傷口から赤い煙のようなものが立ち上がり、何事もなかったかのように元通りになる。


「あー!もう!痛いことは痛いんだからねー!」


 千歳のやつ、相当の痛みだったのか、顔中が涙とよだれ、そして脂汗でベタベタだ。

 だが、攻略のめどがついた。


「千歳。残りの6枚の扉も開けてくれ。それと・・・ゆっくりと手を差し込んで戻してくれ。手首まででいい。」


「え、私、もうあんなに痛いのはやだよー。」


「煮ても焼いても死なないんだから大丈夫だろ。ある理由でこの身体を傷付けるわけにはいかないんだよ。・・・術式束(パッケージ)、437を発動。ほれ、これで痛くも熱くもないから。」

 痛覚とその他感覚を鈍麻させる術式を千歳にかけてやる。


「ぐうぅ。鬼ー。悪魔ー!」

《うわああぁ・・・。》

 杖の中で遥香がドン引きしている。


 なんとでも言え。たとえ古い知り合いを犠牲にしてでも、遥香の身体を傷付けるわけにはいかないのだ。


 ◇  ◇  ◇


 1時間ほど経過しただろうか。

 あれからいくつかの扉を開け、いくつかの部屋を移動して判明したことがある。


 一、どの部屋にも必ず8枚の扉がある。


 二、安全と思われる扉は3枚。残りの5枚の扉は、必ず入室してから10秒前後で何らかのケガ、障害等が発生する。(以降はダメージ部屋と呼称する。)


 三、ダメージ部屋では、継続あるいは反復してダメージを受ける。熱傷や罠などの物理的ダメージ、毒ガスや無酸素などの化学的ダメージ、何らかの精神干渉などの魔術的・霊的ダメージを確認した。いきなり槍がとびだしてきて千歳が串刺しになった部屋もあった。ただし、それ以外は他の部屋と同じルールである。


 四、一度開けた扉を閉じ、再度開けると、別の部屋につながる。その場合、行き先が安全かどうかを含めランダムで変わるが、二度と最初につながっていた部屋にはつながらない。


 五、閉まっている扉を破壊すると、その扉がつながる部屋は必ずダメージ部屋になる。開いている扉を破壊すると、閉じている扉の行き先がすべてダメージ部屋になる。


 六、扉を開放したままにしておいても、しばらく経つと勝手に閉まる。つっかえ棒や家具などを挟むと、それらを破壊してでも無理やり閉まる。


 七、屋敷内には複数の怪異が徘徊している。扉を閉めれば振り切ることができるが、排除しても特に何も起こらない。ただし、怪異も扉の開け閉めをするので、突然隣の部屋から怪異が現れることがある。


八、電気、ガス、水道等のライフラインは一切使えない。ただし、屋敷内に置かれている物は壊れていない限りすべて使用可能である。


 とりあえず、今わかっていることはこんなところか。


 四、五、六のルールにより、元の部屋に戻ったり、退路を確保しておくことができないのは少し困ったものだ。


 また七のルールにより、一か所でゆっくりと休憩をとることもできない。

 寝ている間にいきなり襲われて食われて、気づいたら遥香の身体の質量が足りないなんてことになったら目も当てられない。


 それに、宗一郎殿と合流するまでは、光撃魔法で壁を抜いたり天井に穴をあけたりして逃げることはできない。壁の向こうにいれば巻き込みかねないしな。


 ダメージ部屋については、その種類によっては無視することはできるが、火災が起きていたり、雷の雨が降ったりしている部屋など、あまり長居はしたくない部屋もある。


「ねぇ。あの怪異、何だったんだろうねー?」


 ああ、さっきの狩衣(かりぎぬ)を着た犬の怪異か。

 途中までは妙に人懐っこい犬だったが、いきなり豹変して千歳を襲い始めた。


 愚かなことに、千歳の首にかみついてその血肉を口にしやがった。

 人魚の肉に完全適応したその血肉は、人魚の肉と同じく猛毒だというのに。


 怪異といえどもその毒性に耐えられなかったのか、すぐにのたうち回り始めたから光撃魔法で一瞬で楽にしてやったよ。


 さて、次の部屋は・・・これは、子供部屋か?

 部屋の中には古いコミックやミニ四駆などの玩具が散乱しており、まるで実際に子供が使っている部屋のようだ。だが鋭敏化させた五感のうち、嗅覚が覚えのある匂いを捉える。


「これは・・・オイルライターの匂い。それとタバコの匂いか。ウィンストン・キャスターマイルド、宗一郎殿の吸っているタバコだな。ということは・・・。」


 おそらく、宗一郎殿はこの部屋を経由して移動している。千歳に部屋の安全を確認させてから部屋に入り、再び八つのドアを開いていく。


 そのうちの一つから、再びタバコのにおいがする部屋を見つける。


「見つけた。宗一郎殿の匂いだ。ということは、部屋に入った瞬間だけは、八つの扉の行き先は決まっているのか。これなら何とかなりそうだぞ、千歳。」


 部屋の中に蹴り出されたり、無理やり呼吸をさせてリトマス試験紙代わりにされたりしているせいで肩で息をしている千歳を連れて、タバコの匂いを追いかけることにした。

 

 ◇  ◇  ◇


 九重 宗一郎


 とにかく二人と合流しなくてはならない。ここは危険すぎる。


 いくつかの部屋を通り抜けたが、部屋の中に呪病を撒いたとたん、毒素の反応や電撃の反応、ひどいものになると酸素欠乏空気や可燃物と酸素の混合空気で満たされているような反応がある部屋まであった。


 さらには火薬や罠の反応まである部屋もあったのだ。


 周囲に気を配りながら木の引き戸を開けると、大きな道場のような部屋がある。

 隅のほうには、剣道の防具や竹刀などが放置されている。

 ここは初めて来た部屋のようだ。


「ほとんど手掛かりがないな。急がなきゃならないっていうのに・・・。遥香ちゃん、無事でいてくれよ・・・。」

 そんな言葉をつぶやきながらポケットから煙草を取り出し、口にくわえた瞬間だった。

 カタっという音ともに、斜め後ろにある扉が開く音が聞こえた。


「・・・!遥香ちゃんか!」


 振り向きざまに目が合ったのは、恐ろしく巨大な異形の男だった。

 その赤黒い肌、前頭部にある二本の非対称な角、そして筋肉の鎧に覆われた体躯。

 どこからどう見ても鬼にしか見えないものが、大きく(かが)んで180センチ程度の引き戸をくぐろうとしていた。


 鬼は引き戸をくぐりながら、聞き取りにくいほど低い声で唸るような言葉を吐く。

「・・・人間の男か。男に用はない。・・・死ね。」


 全身が総毛立ち、背筋を何かが走る。

 これはマズい。とにかくマズい。

 普段から全身に流している呪病を使って、ありとあらゆる能力を強化する。


 思考が加速し、世界がスローモーションのようになる。

 視覚や聴覚が強化され、筋力が一気に跳ね上がる。


 鬼は床を踏み砕きながら、その右手に持った金砕棒(かなさいぼう)を振りかざす。

 あんなもので殴られれば、身体のどこにあたっても一撃で即死だろう。


 強化された視覚と脚力でそれを(かわ)したが、まるで生きた心地がしない。

 恐ろしく速い動きで振り下ろされたそれは、天井、柱、そして今まで俺が立っていた床をたたき割った。


「お?ちょこまかとすばしこいな。大人しく殺されろ。」


 鬼がそういいながら、まるで野球のバットを振るような構えを見せる。

 何か使えそうなものは・・・!

 くそ、木刀しかない!


 床に落ちている小太刀くらいの木刀を広い、鬼の顔面に向かって投げる。

 同時に呪病と呪毒を致死レベルに設定して周囲に撒き散らす。


 鬼は投げつけられた木刀を瞬きもせず顔面ではじき返し、その金砕棒(かなさいぼう)をフルスイングする。


 強化された視覚でギリギリ見えるソレが、顔のスレスレのところを(かす)めていく。

 風圧だけで顔が歪み、金砕棒(かなさいぼう)が床を砕いて飛び散った破片がジャケットを貫いて皮膚に刺さる。

 このままでは回避が追い付かない!

 体力が切れれば、確実にゲームオーバーだ!


「人間風情が。(わし)と戦えるとでも思ったか。」

 鬼はせせら笑いながら、再び金砕棒(かなさいぼう)を上段に構える。


「男には用はないと言ったな!女ならばなんとする!?」

 少しは問答で時間を稼げるか?


 そういいながら、周りの扉の位置を確認する。

 少し小さめな、開き戸が目に入る。あの扉ならばこちら側から押して開ける構造だ。


 あいつは巨体だ。あの扉に飛び込めば、さらにその次の部屋の扉の開閉で振り切れるかもしれない。


「女ならば使い道は一つ。孕ませるのみ。今ここには良き女がいるようだからな。」

 そういいながら鬼はゲラゲラと下品そうに笑った。何がそんなにおかしいのか、笑いすぎて(むせ)ている。


 これは・・・!先ほど撒き散らした呪毒の効果か!

 素早く鬼から見て右側に身を(ひるがえ)し、扉に手をかける。


「逃がさん!」

 鬼が叫び声とともに金砕棒(かなさいぼう)を投擲してきたが、間一髪、その扉に滑り込むことに成功する。

 ブラウン管式のテレビが置かれた部屋だ。不幸中の幸い、この部屋は安全な部屋だったようだ。だが次の部屋も安全かどうか確認している暇はない。


 覚悟を決める暇もなく飛び込み、素早く扉を閉める。

 身体に不調はない。遅れて撒き散らした呪病にも、毒性や罠などの反応はない。


 二度連続して安全な部屋を引き当てる確率はどの程度だったのか。

 とにかく、この部屋も何とか安全なようだ。肩で息をしながら周囲を見回すと、そこはまるで書斎のような部屋だった。


 完全に振り切れただろうか。今入ってきた扉を、ゆっくりと開け放つ。

 やはり、一度開閉すると他の部屋につながった状態になるようだ。

 少なくとも、この扉から奴が入ってくる可能性は低いということか。


「ふ、ふうぅ~。死ぬかと思った。なんであんな化け物がいるんだよ。今はもう21世紀だぞ?」


 肩で息をしながら、その場にへたり込んでしまう。

 だがこんなことをしている暇はない。あの鬼は「良き女がいるようだ」と言った。

 ということは、まだ二人は捕まっていない。早くしないと二人が危ない。

 急がなければ。


 ◇  ◇  ◇


 仄香(ほのか)


 いくつかの部屋を経由して宗一郎殿のタバコの匂いを追ううちに、道場のような部屋に差し掛かった。


「これは・・・?何か大きなものが暴れたあとか?」


 床や壁、天井の至る所に巨大な鈍器を振り下ろしたような跡があり、また一枚の扉はほとんど砕かれたかのように破片となっている。


 だがどういう訳か、破片と同じ素材の扉が、その砕かれたであろう所にしっかりとはまっているのだ。


《これ・・・。もしかして誰かが通った後、誰もいなくなった時点で部屋がリセットされるんじゃない?扉だけさ。あれ・・・もしかして、この迷路の抜け方が分かったかもしれない。》


 杖の中で遥香が何かに気付いたようだ。

「何かわかったんですか?」


《ええっとね、部屋に最初に入った時だけ選べる部屋って、扉を開け閉めするともう選べないじゃない?きっと正解はその中にあるんだよ。わざわざつながる部屋が変わるのに、最初に選べる部屋だけランダム部屋から外れるのっておかしくない?さっき仄香さんも「部屋に入った瞬間だけは、八つの扉の行き先は決まっている」って言ってたじゃん。》


「なるほど、確かにそうですね。じゃあ、ダメージ部屋ではない部屋は常に3部屋あるんですが、その中でどれが正解なんでしょうか?」


《多分なんだけど、その3部屋の中に必ず新しい部屋が1つだけあるみたいなんだよ。だから、新しい部屋を通り続ければいいんじゃないかな?》


「盲点でしたね。さっそく試してみましょう。」


「遥香ちゃんー。またひとりごとー?それとも誰かと念話ー?」


 横で千歳が床に転がった床の破片をつま先でいじくりまわしている。

 素足であれば床のささくれでケガをしてしまいそうだ。

 最初にこの家に入ったとき、暖房器具があれば靴を乾かせると思ってブーツを部屋に持ち込んでいて正解だったか。


「念話だ。・・・この迷路、攻略法が分かったかもしれん。」


 本当なら宗一郎殿と合流した時点でこんな魔力溜まり(ダンジョン)なんぞ内側から破壊したいところだ。

 いい加減に飽きた。もう付き合ってはいられん。

 もちろん宗一郎殿にバレても構わないなら、だがな。


「え、ほんとー?じゃあ早く出よー!はやくはやく!休みは今日だけなのよー!」

 そういえばこいつ、自称カリスマ美容師だったっけな。


 千歳の言うとおりだ。悩む必要はない。攻略法を試すのみだ。

 8枚の扉を順に開き、必要に応じて千歳を放り込む。


 悲鳴と抗議の声を無視してダメージ部屋を確認し、安全な3つの部屋を絞り込む。

 杖の中で遥香がドン引きを通り越して笑っているが、それも放置しておく。


 そして、まだ初めての部屋は…これか。

 

 そこは古いブラウン管のテレビが置かれた部屋のようで、やはり何かが暴れ狂ったような跡が残っていた。

「よし、この部屋もタバコのにおいがする。宗一郎殿は正解の部屋を引き当てているようだ。急ごう。追いつけるかもしれん。」


 宗一郎殿が進んだ部屋を示すタバコのにおいと、正解の部屋が一致し続けていることを祈りながら次の部屋に続く扉に手をかけた。


 ◇  ◇  ◇


 九重 宗一郎


 あの後ブラウン管テレビの部屋、書斎、浴場と経由して、今は食堂にいた。

 いずれの部屋もまだ呪病が撒かれてはいなかったため、初めて入る部屋だということが分かったが、一向に遥香ちゃんたちと合流できない。


 例の鬼に見つかった時に判明したことだが、誰かがいる部屋にあとから入ることは可能であるようだ。

 ならば、合流することは不可能ではないだろう。

 ポケットからタバコを取り出し、くわえて火をつける。

 はあ、疲れた。


 九重の家に生まれたからには、魔法や妖怪、幽霊などの超常現象は日常現象となってはいるが、こんな迷路のような家を彷徨い歩くのは初めてだ。

 ・・・これじゃあ、「どこでもドア」じゃなくて「どこかへドア」だな。


 照明がなく薄暗い食堂のイスに腰を掛け、タバコの灰を携帯吸い殻入れに落とす。

 少し休んだところで体力も回復しただろうか。

 そう思い、重い腰を持ち上げたときだった。


 先ほど俺が入ってきた扉から、ガチャ・・・という音とともに、小さな人影が姿を現す。

 

 反射的にテーブルの陰に身を潜め、その人影に目を凝らすと、扉の向こうにいたのは長い杖を持った遥香ちゃん、そして丘島さんだった。


「遥香ちゃん!丘島さんも!よかった、無事だったのか!」


 慌てて駆け寄り、その身体にケガがないかを確認する。

 遥香ちゃんは右手に杖を、左手に俺のブーツを持っていた。

 衣服に乱れもない。


 例の鬼だけでなく、怪異の(たぐ)いにも遭遇しないで済んだようだ。

 この小さな身体では、あの鬼だけでなく犬のような怪異と会っても無事では済むまい。

 なんという幸運だろうか。


「やっと追いつきました。これ、忘れものです。」

 そう言いながら遥香ちゃんは、俺のブーツを差し出す。


 ありがたく受け取り、椅子に座ってブーツをはく。

 それほど時間は経っていないと思うが、雪で濡れたはずのブーツはすでに乾燥しているようだ。

 どこかに暖をとれる場所でもあったのだろうか。


「ああ、助かったよ。こんなに早く合流できるとは思わなかった。どうやって追いついたんだい?」

 すると遥香ちゃんはテーブルの上に置かれたウィンストン・キャスターマイルドの箱を指さす。


「タバコのにおいです。それを追ってきました。それと、ここの攻略法なんですが・・・。」


 遥香ちゃんの言葉が終わる前に、視界の片隅で一枚の引き戸がゆっくりと開くのが見えた。

 その扉からはとてつもなく太く赤黒い腕と、太い金砕棒(かなさいぼう)が見える。


「二人とも、逃げるぞ!」


「宗一郎さん!まだ入ってない部屋に!行ったことがない部屋が正解の部屋です!」


 遥香ちゃんの言葉に頷きながら、片っ端から扉を開けていく。1枚目、呪病の反応あり、2枚目、呪病の反応あり、3枚目、呪病の反応と毒ガス反応、4枚目、呪病の反応、火薬反応、くそ・・・!


「こっちです!」


 遥香ちゃんの言葉に、彼女が開けた扉に飛び込む。

 呪病の反応、罠の反応なし。


 後ろで食堂のイスやテーブルを叩き壊しながら迫る鬼の咆哮を聞きながらその部屋に滑り込み、3人がかりで引き戸を勢いよく閉めたときには、鬼が投げつけた金砕棒(かなさいぼう)までの距離はわずか数センチだった。


「なんなんですかー!あれ、なんなんですかー!」

 丘島さんがかすれるような声で叫んでいる。


「・・・鬼、かな?270cmくらいの身長、金砕棒(かなさいぼう)に2本の角。とりあえず鬼と呼んでおこう。」


「アレは何の目的があって追ってくるんでしょうか?体格的にもこの屋敷の主には見えませんし。」


 油断のない構えで扉に向かって黒い杖を構えながら、遥香ちゃんが不思議そうに言う。

 この子、こんなに肝が据わってるような子だったっけ?それともまだ実感がないだけだろうか?


 高校生の女の子が聞きたい内容ではないだろうが、安全にかかわることだから伝えておく必要があるだろう。

「二人と合流する前にやつとは遭遇しているんだが、ヤツの口から『男は殺す、女は犯す』って聞いたよ。ったく、どこの野蛮人なんだよ。」


「そうですか。やはり鬼の考えることなんてそんなものでしょうね。それより、動けますか?あの鬼に追いつかれると()()()()目にあうことが分かった以上、脱出を急ぎましょう。」


 ・・・おかしいな。旅行の初日から、いや、遥香ちゃんが12月中旬に退院すると聞いて挨拶に行った時から違和感は感じていたが、この子、こんなに落ち着いていたっけっか?


 ゴキブリやカマキリを見るだけで悲鳴を上げていたような子が、あんな異形の者を見て悲鳴を上げるどころか真っ先に行動し、さらには扉を睨みつけて警戒の構えをするなんてことがあるか?


 それにあの杖、俺の呪病が表面に張り付くこともできない。

 今気付いたが、恐ろしいほどの魔力を(まと)っている。

 確かに彼女は魔力持ちだということは知っていたが、俺の知る限りでは魔法使いではなかったはずだ。

 

 空中に散布した呪病で、こっそりと彼女の髪の毛を調べる。

 ・・・DNAは間違いなく彼女のものだ。

 だが鼻から侵入させた呪病はその場で分解される。


「宗一郎さん、どうかしましたか?」


 その顔と仕草にも違和感を感じ始める。

 だが、この違和感はこの屋敷に入ってからのものではない。

 まずは屋敷を出よう。違和感の正体を確かめるのはその後だ。


 二人を連れて次の扉に手をかける。

 そこは蔵のような空間だった。

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