11 放課後/この転校生、正体不明につき。
転入編、これで終わりです。
9月9日(月)
魔女(久神遥香)
高校2年ともなれば、進学のことを考えるからだろうか。
放課後になるころには勉強会のお誘いがすでに4組も来ていた。転入試験で全教科満点はやりすぎた。
南雲さんたちと放課後出かける約束をしたのは正解だったかもしれない。表情筋がまだ活性化していないので、長時間人と話しているととても疲れるのだ。
先約があることを理由に体よく断ることができたので、南雲さんにそっとお礼を言っておく。
「放課後のこと、声をかけてくれてありがとう。こうなるって分かってたんですね。」
南雲さんはきょとんとした顔をして咲間さんと顔を合わせる。
「たぶん、コトねんはそんな複雑なことは考えていないと思うよ。純粋に遊びに行くつもりだったんじゃないの?」
咲間さんの言葉に、南雲さんは口をとがらせながら答える。
「まるで人が複雑なことを考えられないようなことを言わないの。まあ、遊びに行くこと以外は考えてなかったけど。」
咲間さんがそれ見たことか、と冷やかしている。
「コトねん、千弦っちは誘わないの?」
「ああ、もうLINEで呼んだよ。あ、ほら来た来た。」
南雲さんが手を振ると、メガネ以外はまったく同じ顔で、左手を肩から包帯で釣っている少女が右手を振り返す。
少女の左耳には、見覚えのある精緻な細工がされたピアスが揺れている。
「琴音~。待ったぁ?」
その顔をみて、やっと納得すると同時に、問題がまだ解決していないことに気が付いた。
南雲琴音という少女は、私が左手を切り落とした少女ではない。
千弦という少女こそがあの時の少女であり、琴音はその双子の姉妹であったということだ。
なるほど、記憶干渉術式のおかげではなく、本当に初対面だったというわけだ。
「紹介するね。私の双子の姉さんで名前は千弦。手品部の部長なんだよ。姉さん、こちらは今日転校してきた久神遥香さん。」
南雲さん、いや琴音は何も知らないらしく、ニコニコしながら紹介してくる。
これならば、勉強会のお誘いのほうがずっとマシだった。
下手をすると殺し合いになる。
せっかくの潜伏生活の準備が水の泡だ。
しかし千弦と呼ばれた少女は何も気づいていないのか、そのふりをして不意でも打つのか、まるで無警戒に近づいてきた。
右腰に下げた無骨で大きなポーチには、あの拳銃が入っているのだろうか。
魔力隠蔽術式をかけたままでは、術式の精密操作ができない。
琴音と咲間さんを巻き込んでしまうので、防御障壁術式が使えない。
やむを得ない、バレることを覚悟の上で巻き込んでも危険の少ない緊急離脱術式を使うか?
「琴音、なにこれかわいい。私にちょうだい。」
一瞬のうちに千弦は私の首に両手で抱き着く。
いつの間に抱き着かれた?
殺意は感じない。魔力の高まりもない。
緊張感が、まるで風船に穴が開いたかのように抜けていく。まさか、気づいていないのか?
「遥香はモノじゃない。」
咲間さんがそう言って千弦を引きはがし、琴音がどこからともなく取り出したハリセンで千弦の頭をたたく。
千弦は、叩かれた頭をさすりながら、不満をこぼした。
「いーじゃない、ここんとこズッとロクな目に合ってないお姉ちゃんに癒しくらいくれたって~!」
「姉さん、左手、ちゃんと動くじゃないですか。左手が痛くて大変だからってお風呂とか一緒に入ってたのは何だったんですか。」
琴音の口調が突然丁寧なものに変わる。
それと同時に、魔力が一気に膨れ上がる。
おい、まさかこんなところで魔法なんか使わないだろうな?
「いや、昨日の夜は痛かったんだよ?今は痛くない、なあんて・・・。」
「伏せ!」
「グェッ」
琴音が呪文を平文で唱えると同時に、千弦がグチャッと地面にめり込む勢いで土下座の体勢となる。
信じられん、コイツ・・・教室で暗号化もせずに強制身体操作魔法を使いやがった。
抵抗系の術式が間に合わなかったのか、千弦の額から少し血が出ている。※
魔法や魔術の存在については、知っている人間もちらほらと存在してはいるが、基本的に隠匿されている存在だ。
あの時、切断した千弦の左手に魔力を流し、魔力回路がないことをたしかに確認したが、琴音だけが魔法使いだったのか。
おそらく、千弦の左手を繋いだのは琴音だ。
回復治癒・身体操作系の魔法使いだ。
それもかなりのレベルの。
しかし、これはいけない。
近くに魔力隠蔽術式をかけた魔法使いや魔術師がいたら、一方的にその存在が知られてしまう。
隠蔽系の術式はロストテクノロジーとされてはいるが、私以外の者が新しく作れないだけで、使える者が絶対にいないというわけではないのだ。
「琴音さん、まるで魔法使いか猛獣使いですね。千弦さん、物理的にあり得ない動きをしていましたよ。」
無表情のまま、チクッと魔法というキーワードを入れて言ってみる。
「千弦っち、猛獣だって~。」
咲間さんがそう冷やかすが、琴音はハッとした顔をして魔法を解除した。
私が魔法と認識したことについては気づいていないらしい。
こういう時はこの無表情が役に立つ。
「姉さん、額から血が出てる。」
琴音が慌てて呪文に暗号化もせず、回復治癒魔法を使おうとする。
・・・駄目だこいつ早く何とかしないと・・・。
「琴音、自分で拭くからいい。それより、久神さん。良い声してるね!それじゃあ、カラオケでいい?」
幸い、千弦が止めてくれたようだ。
だが、カラオケ・・・。
何を歌ったらいいのだろう。音楽なんて、ここ半年のアニメの主題歌くらいしか知らないぞ。
いっそのこと、戦時歌謡曲でも歌っておくか?
長い一日になりそうだ・・・。
※ 暗号化とは、魔法を使うにあたり必要な呪文を、ほかの人間や録音装置などが捉えても意味不明な音声になるように、魔力でマスキングをかける技術のことです。これにより、魔法そのものを模倣されることや、発動前に妨害されることを防ぐことが可能となります。