109 Winter Storm
12月27日(金)
南雲 千弦
昨日と一昨日と二日間にわたって滑りまくったせいか、琴音とエルは完全に筋肉痛になってしまったようだ。
リビングの片隅で寝転がりながら、仄香、いや遥香が持ってきたゲームで遊んでいる。
リビングのテレビは70型くらいはあるからな。楽しそうだ。後で私も混ぜてもらおう。
ほとんど食事係になっていたエルが筋肉痛で動けなくなったので、今日の食事は咲間さんと仄香の二人が用意することになった。
いや、私だって手伝おうとしたんだよ。そうしたら琴音に止められたんだ。「姉さんの料理だけを丸一日食べたら、ダイエットに一週間かかる」ってさ。
ひどい言われようだ。いくら私だって戦闘糧食以外だって食べるってば。例えば朝からカレーとか。今日は金曜日だしさ。
「千弦さん、配膳してもらえますか?」
キッチンから仄香が顔を出す。
エプロン姿が新鮮でまぶしい。
着物に割烹着も似合いそうだ。
女から見ても遥香は超S級の美少女だ。今は中身が仄香だけど、遥香にはない落ち着いた雰囲気が相まって何とも言えない色気を醸し出している。
この場に学校の男子生徒がいたら、性癖が歪むぞ。
その男子はもう一生、普通の恋愛はできないな。
ダイニングのテーブルに、朝食を並べていく。
炊き立てのご飯、豆腐の味噌汁に焼き海苔、焼き鮭、ナスときゅうりの漬物。
最後に茶わん蒸し。
相変わらず豪勢だな。今日は和風なのか。納豆はないけど。
「ん?マスター。お豆腐なんていつ買った?」
いつの間にか食卓に着いたエルが首をかしげている。
「いえ、急に食べたくなったので玉山の隠れ家まで取りに行きました。30分ほど前に。」
そういえばこんな時間じゃスーパーも空いてないしな。
「相変わらず便利ね。あ、いたた・・・。」
琴音が足を引き摺りながら食卓に着く。かなり筋肉痛がひどいようだ。
最後に咲間さんが席に着き、全員が揃う。
ちなみに宗一郎伯父さんは朝から東京に出かけている。
なんでも、今夜は会社の仕事納め式兼忘年会だそうで、帰りは夜になるそうだ。
車だから酒が飲めないってぼやいてたな。
お得意の呪病で簡単にアルコールを抜けるはずなのにさ。
「ねえ、コトねん。その筋肉痛って、回復治癒魔法で治しちゃうわけにはいかないの?」
「あー。治せなくはないんだけどね。魔法で筋肉痛を治しちゃうと、まったく筋肉がつかないのよ。ダイエットもできないしね。そういえば仄香の魔法も同じなのかな?」
《私の回復治癒呪も似たようなものですね。筋肉痛の前に戻してしまいますから。》
仄香の言葉が念話で聞こえるってことは、遥香と交代したのか。
「琴音ちゃんとエルちゃん、天候が崩れる前にお風呂に入ってきたら?ちょっとぬるめのお湯にゆっくりつかると効果があるらしいよ。」
遥香が焼き鮭の骨を箸で器用に取りながら食べている。
言葉遣いが幼いから忘れがちだが、もともとお嬢様なんだよね。食事の仕方に育ちの良さが表れているよ。
「う、そうだね。さすがに吹雪の中で露天風呂に入るのは気が引けるかな。エル。食べ終わったら一緒に入ろうか。」
「ん。サウナは?」
「サウナも筋肉痛に効くとは思うけどね。ここのサウナはフィンランド式だし、準備に時間がかかるんだよね。サウナは内風呂側だし、夜でいいんじゃない?」
◇ ◇ ◇
筋肉痛の話で盛り上がった朝食が終わり三人で食器を洗っていると、キッチンの窓から雪がちらちらと降り始めたのが見えた。
「うわ・・・。降り始めたね。午後は露天風呂、使えなくなりそうだよ。」
「そうだね。源泉掛け流しで、いくらでもお湯が使えるってって言っても、お湯から上がれば寒いしね。」
この別荘には露天風呂以外に内風呂やサウナもついていて、それも三人一緒に足を延ばして入れそうな大きさのヒノキの浴槽があるから、外の天候はそれほど問題にはならない。
でも雪の中の露天風呂、ってのも珍しくていいかもしれない。
今頃は琴音とエルは露天風呂で楽しんでるだろう。午前中に私も入っておこう。
・・・っていうか、伯父さん、帰ってこれるのかしら。
上越妙高までは新幹線で来れるけど、そこからは車だって言ってたし。
あ、そうだ。仄香に頼んで吹雪を止めてもらったらいいんじゃない?
「・・・千弦さん。そう簡単に天候制御はしませんよ?やりすぎると異常気象の引き金になりますからね?」
「う、まだ何も言ってないよ。っていうか、ホワイトサンズ射爆場でも天候制御してたじゃん。っていうか、おとといの夜も。」
「おとといの夜の魔法はただの元素精霊魔法です。効果範囲は広いですが天候制御魔法ではありません。それにホワイトサンズ射爆場で天候制御魔法を使った結果、あの辺の竜巻の発生件数が五年間ほど異常増加してそれを抑えるのがものすごく面倒だったんですよ。」
・・・マジか。
昔読んだ漫画で、勇者に雷撃魔法を撃たせるために雷雲を呼んだ魔法使いがいたけど、あれはそんなに危険な行為だったのか。
「えぇ。ただ晴れさせるだけでもそこまで影響があるもんなの?怖いね。」
食器を洗い終えて布巾で拭いている咲間さんもびっくりしている。
吹雪く前に急いで露天風呂、入ってこよう。
あ、どうせ一日暇ならパソコンも持ってくればよかった。
いや、洗い物が終わったら家まで長距離跳躍魔法で取りに行けばいいじゃん。ほんと、魔法は便利だね。
◇ ◇ ◇
南雲 琴音
曇天の中、ヒノキでできた注ぎ口から、岩風呂に少し熱いくらいのお湯が流れ込んでいる。
ライオンの口も悪くはないんだけど、やはり和風の露天風呂にはこういうシンプルなほうがいい。
昨日ははしゃぎすぎたよ。上級者コースで一日中滑っていたせいか、体中がギシギシと嫌な音を立てている気がする。
エルと二人で調子に乗って滑りまくったせいだろうか。
カーブが結構多くて、斜度が25度くらいのコースだったからすごく楽しかったんだけどね。
同じコースを同じように滑っていた姉さんが筋肉痛になってないのは、サバイバルゲームで鍛えてるだろうか。身に着けているものだって見るからに私より重かったのに。
「う゛、あ゛あ゛あ゛・・・。」
露天風呂に浸かったエルが、野太い嬌声を上げる。
ものすごく気持ちよさそうだ。
「お、降ってきたわね。雪の中の温泉、しかも露天風呂。極楽極楽。」
「ん。これで日本酒があれば最高。」
エルが白い雪を手に受けながらつぶやく。
「日本酒って・・・、ああ、エルはもう二十歳超えてたんだっけ。未成年飲酒にはならないんだった。」
「・・・私は100年前から二十歳以上。」
エルはそういいつつ、岩風呂から屋内の洗い場に向かう。
もういいのだろうか。それともまた身体を洗うのだろうか。
そんな疑問をよそに、エルは一直線に脱衣所に向かう。
「あれ?もういいの?ちょっと早くない?」
まだお湯に浸かってから5分もたっていない。湯あたりでもしたのだろうか。
「言ったら飲みたくなった。持ってくる。」
バスタオルを巻いて脱衣所から顔を出したエルの鼻息が妙に荒い。
「ああそう。湯冷めしないようにね・・・ってエル、ホントに日本酒飲むの?ってか、エルフって何歳から成人?」
そんな私の疑問をよそに、エルは30秒もしないうちにお酒を持ってきた。
それも一升瓶を。どこにそんなものを隠していたんだろう?
早速お湯に浸かり、コップに日本酒を注いでいる。
「ぷはー!この一杯のために生きてるって気がする。」
エル、おやじ臭い真似をするな。それにそのアクションはビールを飲んだ時にするものだ。
なんというか、私の中のエルフ像がどんどん崩れていくよ。
一升瓶から手酌でコップに注いで飲んでいるエルを横目に露天風呂を楽しんでいたら、姉さんたち三人が洗い場に入ってくるのが見えた。
露天風呂の中が急に賑やかになる。
「あら、グローリエル。また飲んでるんですか。アル中になっても知りませんよ。」
「う、マスターだってこの前飲んでた。」
《え?仄香さん、私の体で飲酒したの?》
「飲んでたのは前の身体の時ですよ。何年前の話をしてるんですか。」
・・・うん?もし仄香が飲酒をした場合、それは未成年飲酒になるのか?法律のいう年齢が身体の年齢ってことなら、違反ってことになるんだろうな。
いや、ジェーンの身体の時は?老化や成長を完全に止めてるんなら、体は子供のままなんじゃ?
どうなるんだ?この場合は?
「琴音。何を考えてるかはわかるけど、考えたら負けのような気がする。」
姉さんが少し諦めたような顔で言うが、その通りかもしれない。
ちょっとまて姉さん。その湯桶の中に入っているのはなんだ?
露天風呂にまで銃を持ってくるなよ。
まあいいや。明日になれば天候は回復するらしいから、今日はゆっくりしようかな。
◇ ◇ ◇
一時間ほど前
九重 宗一郎
かわいい姪っ子たちとその友人を別荘において、車を上越妙高駅に向かって走らせていた。
そろそろ朝食は終わったころだろう。エルさんの料理、美味かったな。今夜はなるべく早く帰ろうか。
俺はいくつか会社を経営しているが、今年はそのすべてが27日中に年内の業務を終了する。
コンピュータ関連でサポートやメンテナンスが必要な一部の部署などを除き、今日が仕事納めだ。
年明けに出勤するのは1月6日になる予定だ。
仕事納め式に社長が出席しないのも恰好がつかず、せめて各社で仕事納め式の時間をずらしてもらったが、そのせいで昼間から飲み会が始まる会社がいくつかできてしまった。
こっちは車だから一滴も飲めないってのに。
そんなことを考えながら林の中の一本道を車で走っているうちに、何かおかしなことが起きていることに気が付いた。
おかしい。いくらなんでも長すぎる。
もうかれこれ30分は同じ道路を走っている。
それに先ほどから標識が見当たらない。信号もだ。この時間ならすれ違うはずの車も一台もない。
明らかな異常事態に、車を路肩に停める。
カーナビは・・・さっきから全く進んでないな。VICSも更新されていない。
スマホの電波も圏外だ。
かろうじてインターネットはつながっている。当然か。これだけ空が見えるのに、スターリンクが途絶えるはずはない。
窓ガラスを薄く開けて周囲の様子を確認するが、道の先は雪煙でまったく見えない。今来た道も同じだ。
これは・・・。心霊現象の一種か?昼間っから?
「そうだ、青木君に連絡だけしておこう。社用メールは・・・よし、つながる。こんな場合でもつながるとは、ミスター・イーロン・マスクに感謝だな。」
彼のことを悪くいう人間は多いだろうが、彼は間違いなく偉人だ。英雄で天才だ。
少なくとも、今俺は助かっている。
青木君に遅れる旨のメールを送ると、すぐに返事が返ってきた。うまいこと調整をしてくれるらしい。
「さて・・・。これは明らかに心霊現象、いや魔力災害の一種か?琴音たちが巻き込まれていなければいいんだが・・・。」
以前、霧を題材にした映画を見たことがあるが、ちょっと先が見えないだけでも十分な脅威だ。しかも、こっちは吹雪だ。マフラーが埋まって一酸化炭素中毒になる可能性があるし、いくらオフロードでもスタックして立ち往生する可能性がある。
「・・・仕方がない。あまりこういったことは得意ではないんだが・・・。」
薄く開いた窓から手を差し出し、呪病をゆっくりとまき散らす。
九重家の中でも異端な魔法使いである俺は、親父や和香叔母さんと違っていわゆる普通の魔法が使えない。
火も起こせないし、大きなケガも治せない。
その代わりといっては何だが、目に見えないほどの大きさのゴーレム、あるいは式神のようなものを作り、制御することができる。
琴音は「ナノマシンじゃん!」と言っていたが、俺はこれを「呪病・呪毒」と呼んでいる。
さすがにナノマシンとかいうと中二病みたいでな。使い方はナノマシンそのものだけど。
強くなってきた風に巻き上げられたおかげで、呪病を通して付近の様子が次々に伝わってくる。
「おいおい・・・。なんで数十キロ四方に何もないんだよ。オンボノヤスでも出たのか?ってかここ、新潟県だぞ?オンボノヤスは福島県の妖怪だろうが。」
オンボノヤスは福島県田村市近辺に住む妖怪で、山の中に入った人間に霧を吐き出して道をわからなくするという妖怪だ。
あ、ほかにも似たようなのがいたっけな。坂上田村麻呂に追い込まれて自害したんだっけ?
まあいい。妖怪がどのような力を持っていたとしても、無限に広がる空間を作れるほどの力はないはずだ。
俺の呪病は周囲の魔力を食って勝手に増殖するから、効果範囲だけならだれにも負けない。
制御をやめてもプログラムどおり増えて動き続けるし、停止信号を出せば確実に止めることが出来る。
その分攻撃力と即効性は低いが、索敵するだけなら関係ないからな。
「よし。端が見えた。半径20キロ、高さ2キロか。地下に関しては分からないが、大した広さではないな。・・・ん?林の中に女性がいる。若いな。」
直線で2キロほどのところに、若い女性が倒れている。人間ならば助けたほうがいいし、コレの原因ならば倒したほうがいいだろう。
いずれにしても、貴重な情報源だ。
車の窓を閉め、アクセルを踏み込む。
さすが、陸軍の高機動車ということはある。この程度の雪道ならば大丈夫そうだ。
車であと30メートルくらいの距離に近づく。林の中に倒れているのか。
残念ながら降車して歩いて向かうしかないようだ。
「振り向いたら車がない、なんてことにはならないだろうな?さすがにそれはキツイぜ。」
呪病の索敵範囲を車と女性の両方に設定してから、ゆっくりと女性のほうに向かう。
仰向けに倒れている女性は20歳半ばくらいだろうか。ちょっと古風な顔立ちだが、きれいに染められた金髪がハンサムショートに整えられており、耳にはいくつものピアスがある。
「・・・生きてはいるな。だが、体温が低すぎる。このままでは一時間もしないうちに凍死しそうだ。」
周囲を見回して女性の荷物を回収する。ボストンバッグ、マフラー、それから赤いベレー帽。
荷物はまとめられており、マフラーとベレー帽はまるで枕のように頭の下に置かれていた。
女性を背負い、荷物を持って車に運び込んだ。さすがに突然車がなくなったりはしなかったようだ。
「免許証は・・・丘島千歳、26歳。住所は・・・石川県金沢市糸田か。こっちは名刺だな。金沢市内で美容師をやっているのか。よし、妖怪や幽霊ではないようだ。」
後部座席を倒し、濡れた上着とスカートを脱がせて、冷え切った体を毛布で包んでおく。
濡れた靴下を脱がせ、車内にあったタオルで拭いてから、車内の給湯器で作ったお湯で温める。
脱がした上着やスカート、靴と靴下はヒーターの前において乾かしておく。
ふふ、出先で日本茶を飲みたくて、無理を言って付けてもらった給湯器がこんな形で役に立つとは思わなかったよ。
さて、呪病のほうは・・・まだ手掛かりなしか。仕方がない。琴音にメールで現状を伝えておくか。まったく、こんなことなら初めから仕事納め式をサボればよかったよ。
◇ ◇ ◇
仄香
午前11時を過ぎたころ、だんだんと風が強くなって吹雪になってきた。
琴音とエルが筋肉痛になったために今日一日はスキーを休みにしたが、出かけなかったのは正解だったかもしれない。
「うわっ!仄香、強い!なんであそこからコンボが入るのよ!絶対にこっちの技が決まってたでしょ!?」
千弦が騒いでいる。ふふふ。格ゲーだけじゃないぞ。パズル系も得意なんだ。何しろ私は「とことんぷよぷよ」で安定してカンストできるからな。
「もう。琴音、私の仇を討って。このゲームは得意でしょ。」
千弦が隣でミカンの皮をむいていた琴音に、ゲームのコントローラーを押し付ける。
「え、まだちょっと筋肉痛が・・・。」
「筋肉痛がゲームの中のキャラに影響するわけないじゃん。ほら、早く!」
「えー。肩とか二の腕とか、まだプルプルしてるんだけど・・・。」
ふふ。手加減はしないぞ。
「もー。姉さんってば強引なんだから。キャラは・・・適当でいいや、使えないキャラいないし。」
琴音が適当に選んだキャラでゲームが始まると、信じられないような速度で指先を動かし始める。
「え。えっ?ええぇぇぇ!」
思わず声を出してしまった。
体力ゲージがガンガン削られていく。
・・・くっ!反撃ができない!タイミングが合わない!
「あ、伯父さんからメールだ。」
琴音が戦闘中にもかかわらず右手でコントローラーを、左手でスマホを操作してメールを開いている。
「うわ、わああぁ!」
メールの片手間なのに負けてしまった。
ちょっと強すぎないか?
「あ~。仄香さん、コトねんはその格ゲーの日本大会の優勝者だからね。たしか開催は去年だっけ?しかも大人げないから全然手加減とかしてくれないよ。」
琴音にこんな才能があったとは。ちょっとびっくりしたよ。
「あれ?なんかこのメール変じゃない?」
琴音の言葉に、その場にいた五人が一斉にスマホを覗き込む。
「宗一郎、まだ妙高にいるのか。え、女と一緒?ん?んん!?うわあああん!」
エルが興奮して泣き始めた。
畳の上でバタバタと手足を動かしている。
「エル、落ち着いて。大丈夫、宗一郎さんは取られたりしないから。」
エルは吉備津彦がいなくなってから少し精神が不安定だったからな。
宗一郎殿に代わりを求めたのか?
「うぁ!マスター!こ、これ、ヒコの召喚符。犬飼と楽々森、あと豊玉も・・・。」
そう言って何枚かの呪符を私のスカートのポケットに押し込んでくる。
全て私が書いたものだ。
これで取り返せというのか。
吉備津彦はまだ蜘蛛退治の途中だというのに。
って言うか、一般女性から男を取り返すのにどれだけの戦力をぶち込むつもりだ。
こいつ、顔に似合わず異性に対する独占欲が強いからな。いつの間にか、宗一郎殿のことをその対象にしていたのか。
「グローリエル。宗一郎さんは人助けをしただけです。相手の女性はまだ意識すら戻っていませんよ。そんなに気にしなくても取られたりはしませんから。」
そう言って頭をなでてやると、すぴーという音ともに寝始めた。
・・・フワッと香るこの匂いは・・・ああ、酔ってるのか。一人で一升瓶を空けてたからな。
「エルって、見かけによらず束縛するタイプなんだね。」
咲間さんも驚いている。酔っぱらったエルを見るのは初めてだろう。
実年齢は120歳で酒を飲める年齢だけど、見た目は15~6歳だからな。精神年齢も似たようなものだけどさ。
「ねえ、伯父さん、それどころじゃないみたいだよ。これ、霊的か魔術的な攻撃を受けてない?」
新潟県道39号線、妙高高原公園線か。走ったことはないが、長い一本道だったはずだ。いくら吹雪いているとはいえ迷うような道ではないだろう。
結界系の魔術、または幻惑系の怪異に襲われたか?
雪女が来てからまだ2日だ。偶然にしてはできすぎているな。このまま宗一郎殿を放置するわけにもいかないし、ここも襲われるかもしれない。何よりもまずは確認だ。
「ちょっと出かけてきます。私が帰ってくるまで、絶対に家から出ないでください。」
近くに立てかけてあった黒い杖をつかみ、玄関に向かう。
《ふえぇ!何!何かあったの!》
・・・遥香のやつ、杖の中にエミュレートしたパソコンで映画を見ていたのか。ええと・・・、織〇裕二主演の・・・ホワイト〇ウト?
どういうタイミングだよ、まったく。
◇ ◇ ◇
心配する三人と酔いつぶれた一人を宗一郎殿の別荘に残して、雪の中を長距離跳躍魔法で飛翔する。
行先は雪女と牛女がいる魔力溜まりだ。
照明魔法を使って洞窟の中に入っていくと、比較的深いところで二人がくつろいでいた。
「驚いたな。洞窟の中に座敷があるのか。しかも電気と水道まで通ってるとはね。」
洞窟の壁には、電線や水道管をまとめたようなライフライン設備が走っており、よく見ると電話線のようなものまで通っている。この間来たときは気付かなかったな。
「ひぃっ!またあなたなの!私は冥王星なんていかないわよ!?」
私の声にノートパソコンの画面から顔を上げた垂氷が悲鳴を上げる。
さすがの私でも、意味なく冥王星送りになんてしないけどさ。そんなに怖がるのってひどくないか?
「人を誘拐犯みたいに言うな。ちょっと聞きたいことがあってきただけだ。聞くだけ聞いたら何もせず帰るから。」
「・・・聞かれたことに知らないとか分からないとか答えたら、エンケラドゥスとかに飛ばされるんじゃないの?コスモナイトの採掘なんてしたくはないわよ!」
「わずか二日のうちにずいぶんな変わりようだな。安心しろ、まだメ号作戦も行われていないし、イスカンダルから波動エンジンの設計図も届いてないから。そんなことより、このあたりで雪とか霧で人を惑わす怪異とかに心当たりはないか?」
・・・よく見ると垂氷の触っているパソコンって、パナソニックの最新モデルじゃないか。
どこでこんなものを手に入れたのか。
部屋の床の間のようなところには、ヤマトのプラモデルまであるし・・・。
「う、ちょっと雪さんの格好で宇宙戦艦に乗ってみたいとはおもうけど・・・。まあいいわ。確か流れ者の怪異が来てたわね。しばらく魔力溜まりにいたんだけど、八百比丘尼からこのパソコンとかの差し入れがあった話を聞いたら飛び出していったわ。・・・確か、『おおたきまる』とか言ったかしら。」
差し入れが最新型のパソコンって、比丘尼のヤツ、さては結構稼いでいるな?
「そうか。大多鬼丸か!助かった。この礼は必ずする。じゃあな。」
「あ、ちょっと!お礼っていうんなら姉さまを・・・。」
後ろで垂氷が何か叫んでいる。何を言ってるのかは聞こえないが、次回来た時に差し入れでも持ってきてやろう。ヤマトの船務長の衣装とかな。
それにしても、早くも妙な知識を仕入れたものだ。早速人間と「仲良く」し始めたのだろうか。
さて、さっそく宗一郎殿と合流しようか。
県道39号線を上越妙高駅方面に進めば、必ずどこかにいるはずだ。
《宗一郎さん、無事だといいね。》
杖の中で遥香が心配している。
「ええ、そうですね。エルも心配していましたからね。」
・・・エルのは心配じゃなくて嫉妬かもしれないけどな。
◇ ◇ ◇
飛翔魔法で10分くらい飛行しただろうか、眼下に明らかにそれっぽい歪みが見える。
・・・結構強い結界だな。
歪みの近くに降りると、しんしんと降り積もる雪にそれらしい轍が残っていた。
ほかの轍は途切れることなく続いているのに、その轍だけは道の途中で不自然に途切れている。
今も目の前を他の車が何事もなくその歪みに反応もせずに通過していく。
・・・これは、一定以上の魔力を有する人間だけを迷い込ませる術式の結界か。
術式にこびりついたこの匂いは・・・鬼のようだな。それもそれなりに強そうなやつだ。
鬼かー。あいつら、脳筋で馬鹿なのに偉そうだから嫌いなんだよな。
何度言っても島根と鳥取の区別がつかないし。佐賀に至ってはその場所すら分からないと来た。
出雲大社があるのは島根だよ。佐賀を探そうとか言ったら佐賀県の人が怒るぞ。
とりあえず入るか。内側から空に向けて純魔力砲でもぶっ放せば、どんな結界でも耐えられまい。
中の人間にも影響が出るから合流するまではやらないけどな。
歪みから中に入ると、先ほどと全く同じ景色が広がっていた。
「・・・。よくできているな。幻覚の類いでも、幻灯の類いでもない。これは・・・妙高山の魔力溜まりの中か。異空間型とはな。垂氷のところが妙に小さな魔力溜まりだと思ったら、こっちが本体だったのか。」
どちらにしても、やることはあまり変わらない。
宗一郎殿を救出して結界を破壊し、可能であれば同行者も助ける。
「さて・・・宗一郎殿はどこだ?設定上の空の高さも分からないし、歩いて探すしかないか。」
雪の上を、足を取られながら歩いていく。
せっかく温泉に入ったのに、体の芯まで冷えてしまいそうだ。
帰ったら内風呂でいいからゆっくりと温泉に浸かろうか。