104 Xmas Swap Meet
12月24日(火)
午前9時30分 新橋 SL広場
南雲 千弦
琴音のやつ、理君のことを何とも思っていないなら初めから断ればいいのに。
そんなことを考えながら、新橋駅の西口を出てすぐのところにあるSL広場で、ブラウスについたフリルを指先で弄んでいた。
一度OKをしておきながら後になって断ろうとするなんて、男のプライドを何だと思っているんだろうか。
理君だってデートのプランを立てているだろうし、やっぱ無しとかありえないから。
琴音にはそう言ったんだけど、たとえ理君でも男は怖いらしく、二人きりでデートには行きたくないんだそうな。
しかも、当日は別の用事を入れやがった。咲間さんと何か買いに行くんだってさ。ダブルブッキングしてんじゃないわよ。
それで何の因果か、私がクリスマスデートをすることになったよ。琴音のふりをして。
で、代わりにお付き合いを断ってくれってさ。
っていうか、断り方なんて知らないわよ。告白されたことすらないのに!
デートの待ち合わせ等のLINEのやり取りをするにあたって、私のスマホに直接送ってもらうわけにもいかず、毎回琴音のスマホを経由しなくてはならないのが面倒くさい。
それに、眼鏡以外はほとんど区別がつかない私たちだが、私服となれば別で、服装の趣味が完全に異なる。だから仕方なく、琴音に下着以外のすべてを借りてくることになったよ。
・・・ヒラヒラして動きづらい。おかげで下着の裏地に術式を刻む羽目になった。人前で脱ぐことはないから、多少かっこう悪くても気にしないけどね!
「あ!琴音さん!約束の時間よりかなり早いね。待った?」
理君が手を振りながら走ってくる。
その可愛い表情は琴音に向けたものであって、私に向けたものではないのが何とも腹立たしい。
「今来たところよ。理君こそ早かったわね。まだ待ち合わせ30分前よ?」
たしか、理君の家は横浜のどこかだったはずだ。毎日毎日遠い距離をよく通学しているよ。
「いやぁ。先に到着していたかったんだけど面目ない。」
「大して待ってないから気にしないで。今日はどこに行くの?」
私が先に来た理由は、待ち合わせミスでLINEの転送回数が増えるのを防ぐためだ。いや、本当に面倒なんだよ。
「お台場のジョイポリスに行こうかと思って。はい、これ。パスポート引換券ね。」
彼はそう言いながらカラフルなパスポート引換券を差し出した。
うわ、ジョイポリスの入場券っていくらだっけ?思わずバッグの中から財布を取り出そうとすると、理君は慌ててそれを止めた。
「あ、これ、もらい物だから。ほら、ここに株主優待って書いてあるからお金はかかってないよ。」
お、ホントだ。株主優待って書いてある。でもパスポートの相当額をもらったことに変わりはないんだけどね。
「じゃあ、遠慮なくいただくわ。でもお返しにお昼はおごらせてね。」
パスポート引換券を受け取りながら念を押しておく。
・・・っていうか、理君は琴音にくれたんであって私にくれたんではない。
後でバレた時どうしようかな。たぶん、怒るんだろうな。っていうか、どの段階でお付き合いを断ったらいいんだろ?
《・・・。・・・。》
ん?なんだ?今の魔力ノイズは・・・術式の起動ノイズのような波長・・・?
あたりを見まわすが、その魔力波長のようなものの発信源は分からない。
気のせいか?
「琴音さん。どうかした?」
そう言いながら理君は手を伸ばした。
つい反射的にその手を握ってしまい、新橋駅に向かって手をつないだまま歩き出す。
彼の手は暖かいながらも少ししっとりしている。
緊張しているんだろうか。
・・・どうしたものか。だんだんと後戻りできなくなってきたぞ。
◇ ◇ ◇
午前9時30分 新橋 SL広場(裏側)
南雲 琴音
昨日の夜遅くに咲間さんに、仄香の誕生日サプライズの相談をしたところ、喜んで計画に乗ってきてくれた。
プレゼントを何にするか考えていたところで、咲間さんが気付いたように言った。「千弦っちはどうするのかな?」と。
仄香の誕生日については、おそらくは12月25日の前後に収まるだろうということを姉さんにも伝えたと思ったが、もしかして忘れているのかもしれない。
そこで何気なく、姉さんが理君とデートをすることと、その経緯について話したら、「変装してこっそりとついていこう」ということになった。
全くいい趣味をしている。ちなみに、変装用の上着は仄香に借りたよ。
「ねえ、この変装セットってどういう構造なの?顔つきだけじゃなく体格や身長まで変わるとか理解に苦しむんだけど?」
身長が160センチ以下に縮んだ咲間さんがびっくりしている。
「さあ?裏地に術式が刻まれてたし、たぶん仄香の魔術でしょ。これで堂々と尾行できるってもんよ。」
しかし、本当にどういう構造になってるんだろう?袖口のボタンスイッチ一つで洋服の色どころか、肌や髪の色まで変えられるとか、すごすぎるんだけど。ちょっと魔力消費量が大きいけれどね。
変装セットのことはとりあえず置いといて、館川君のこともあったし、姉さんに丸投げというのもちょっと落ち着かない。
あの時と違って、姉さんと理君は結構長い付き合いだからそこまでの心配はないと思うけどさ。
幸い、理君からのLINEはすべて私のスマホを経由するので待ち合わせ場所や時間は筒抜けだ。
SL広場にはすでに姉さんが私の服を着て立っている。フリル付きのブラウスは初めてなのか、落ち着かない様子でキョロキョロとあたりを見回している。
変装もしているし、こっそりと尾行していることはバレないと思う。それに、バレそうになったら電磁熱光学迷彩術式を使ってしまえばいい。
フフフ。そんなこともあろうかと、術式が刻まれた姉さんのスカートと姉さんの魔力貯蔵装置をこっそりと借りてきたのだ。二人分。
これで魔力がない咲間さんでも大丈夫だね。
SL広場の裏側で、試験的に術式を起動してみる。
よしよし、スムーズに起動しているようだ。
「ねえ、コトねん。自分の体が透明になってるって、ものすごく落ち着かないんだけど・・・。」
初めて電磁熱光学迷彩術式を使った咲間さんが私の腰のベルトをがっちりと握って離さない。
二人とも透明化しているから、触れていないとお互いの場所がわからないのだ。
「そのうち慣れるわよ。それより、透明化の最中はお互いの場所がわからないのが不便ね。一応、イヤーカフの五感共有をオンにしておこうかしら。」
「あ、うん。これならお互いの場所がわかるかも。・・・主観視点だから一瞬戸惑うかもしれないけどさ。」
そんなことをしているうちに、新橋駅から理君が走ってきた。
確かに整った顔立ちをしていると思うんだけどさ。さすがに自分より可愛い顔をした男の子と付き合うのはちょっとね。
何を話しているのかまでは分からないが、チケットのようなものを姉さんに渡している。ということは、どこかテーマパークのようなところに行くつもりなのだろうか。
「アレ、東京ジョイポリスのパスポート引換券だね。確か、4,000円くらいしたと思ったけど・・・。」
「う・・・。4,000円か。ちょっと痛い出費だね。入場ゲート、電磁熱光学迷彩術式で突破しちゃおうか。」
「いや、それはマズいよ。確か入場料だけなら1,000円しなかったと思うけどさ。でもそれだと、あの二人がアトラクションに入ったら見失っちゃうかもしれないよ。」
「う〜ん。そうね・・・。せっかくジョイポリスに行くのに二人を見てるだけってのもつまらないよね。よし、パスポート、買っちゃいますか。」
よし、そうと決まれば話は早い。少しは楽しみますか。
◇ ◇ ◇
ゆりかもめ線のお台場海浜公園駅で下車し、一ブロックほど歩くと、東京ジョイポリスの入り口が見えてくる。
開場時間まで少し時間があるおかげで、姉さんは理君と楽しそうに話しながら、ゆっくりと少し前を歩いていた。
尾行がバレることはなさそうだ。
ジョイポリスのエントランス前に到着すると、すでに行列ができていた。
さすがにクリスマスデートの時期だけあって、混雑しているようだ。
「咲間さん、ちょっとパスポート買ってくる。二人の監視、よろしくね。」
そう言ってエントランスの右手にある窓口に向かい、行列に並ぶ。
そして、財布の中から一万円札を取り出して、高校生用パスポートを2枚購入した。
素早く咲間さんのところに戻ると、ちょうど姉さんたちがエントランスを抜けて入場するところだった。
・・・あの二人、しっかりと手をつないでるよ。理君が勘違いしたらどうするのよ?
姉さんは私たちに尾行されていることにも気付かず、楽しそうに笑いながら歩いていく。
「・・・千弦っち、なんか楽しそうだね。すぐにボロが出て石川君にバレそうな気がするんだけど・・・。」
「そうね。でもこのままだと、私が理君と付き合ってるという既成事実ができちゃうのよね。はあぁ〜。頭が痛いわ。」
中学のころから、姉さんが理君と二人で秋葉原に遊びに行っていることは知っている。共通の趣味もあるようだし、館川君と違って女子の競争率も高くない。
お似合いの二人だと思うんだけどな。理君、なんで私を誘ったんだろう?
「コトねん、さっそく一つ目のアトラクションに入るみたいだよ。撃音?面白そうだね。絶叫系と音ゲーの組み合わさったやつだってさ。」
「ふ〜ん。面白そうじゃない。」
・・・その後も二人の後をつけていったが、尾行に気付きそうな様子がない。
レーザー銃のようなものを使ったアトラクションや、お化け屋敷のようなアトラクションを楽しんだ後、姉さんと理君は、軽食コーナーでベーグルサンドとドリンクを注文していた。
「なんというか、普通に楽しんでるみたいだね。特に問題はないように見えるけど?」
咲間さんがチリドックを片手に、二人をチラチラと見ている。
二人ともいつもと同じように遊んでいるようだ。
それに、まだ告白する様子はない。
完全な思い過ごしだったか。
◇ ◇ ◇
南雲 千弦
琴音のフリをしてしっかりと遊んでしまった。いや、楽しかったけどさ。
理君、相手が琴音だと、こんなに言動がイケメンになるんだ。
彼もかなり楽しんでいる。さて、どうやって振ればいいんだろうか。まだ告白もされていないのにさ。もし今、私が千弦であるとバレたら修羅場だな。難しくなってきたな。
「琴音さん、大丈夫?明日からスキーだって言ってたっけ。今日はあまり遅くならないほうがいいよね?」
理君がベンチを見つけ、座るように促す。
ふとベンチのほうを見ると、その向こうに同じ年頃の女の子が二人、こちらを向いて立っている。
・・・うーん。誰か知り合いに見られたら、付き合ってると噂されるんだろうな、なんて思いつつ、ベンチに腰を下ろしたところで妙な違和感を感じた。
誰かが、すぐ近くで魔法か魔術を使っている。
それもかなりの魔力消費量だ。
SL広場で感じたノイズは、やはり術式によるものだったか。
「理君、ちょっと私、お手洗いに行ってくるね。」
理君にそう言い、ベンチを立って近くのお手洗いに向かう。
・・・案の定というかなんというか、先ほどの二人のうち、一人の女の子が数メートルの間合いで私の後に続いた。
何者だ?誰かは知らないけど尾行されている?
琴音から借りたショルダーバッグから、グロック42を引き抜く。装弾数は13+1発、予備マガジンは1本。術弾は合計27発。
この前、秋葉原に行ったときに理君に勧められて買ったばかりの銃だ。師匠に術式を刻んでもらった後の試射は済んでいるが、慣らし撃ちは終わっていない。ジャムらないことを祈るばかりだ。
それに、幸い電磁熱光学迷彩術式は下着に縫い込んである。
先ほど感じた魔力消費量からすると、最低でも私と同レベルの魔力を持つ魔術師だ。
少し装備が心もとないが、理君を巻き込むわけにはいかないし、とっととケリをつけるか。
トイレに入り、角を曲がったところで素早く電磁熱光学迷彩術式に魔力を流し、姿を消す。
続いて入ってきた女の子が角を曲がった瞬間、そこに誰もいないことに気付いて慌てている。
どうやら当たりらしい。
素早く後ろに回り込み、その右手を後ろ手に捻り上げ、姿を現しながら壁に押し付け、首の後ろに銃口を突き付けた。
「うひゃあ!ぐぇ!ちょ、ちょっと待って!」
壁に押し付けられた女の子が、暴れながら変な声を上げているがそんなことは関係ない。
「あなた何者?私たちに何の用?理由次第ではこのまま撃ち殺すわよ?」
「ま、まって、姉さん!私よ!琴音よ!」
・・・何言ってるんだ?こいつ。声も顔も、体格も違うのにちょっと無理がないか?
首筋に突き付けたグロックのトリガーに少し力が入る。
「そ、袖口!袖口の赤いボタン押して!そしたら変装が解けるから!」
袖口の赤いボタン・・・?これか。
自爆装置・・・ではないようだ。
とりあえず、状態異常抵抗術式と化学防護術式をオンにして、袖口のボタンとやらを押してみる。
カチッと音がすると同時に、見知らぬ顔があっという間に琴音の顔になった。髪の色や肌の色、体格までもが一瞬で変わるとは・・・そうか、これは仄香の術式か。
「・・・琴音。あんた、何してるのよ。もう少しで撃ち殺すところだったじゃない。」
「撃ち殺さないで!?っていうか、腕が痛いよ!いつまで捻り上げてるのよ!?」
警戒を解いて琴音の右腕から手を放すと、相当痛かったようで肩をぐりぐりと回した後、回復治癒魔法をかけている。
大げさな。折ってもいないし、関節も外していないのに。
「琴音、あんたがここにいるってことは、もう一人は咲間さんか。まったく、尾行するくらいなら普通にデートに来なさいよ。」
「いや、私は男の子と二人きりになるのはちょっと・・・。」
琴音が小さい声で何かを言っている。
何を言っているのかは知らないが、琴音と咲間さんがいるというのであれば話は早い。
「それ、脱ぎなさい。入れ替わる、いや、元に戻るわよ。」
そういいつつ、琴音を個室に押し込み、その上着を脱がしにかかる。
「ちょ、ちょっと待って、そんな、こんなところで・・・。」
「うるさい。さっさとしなさい。理君が琴音を待ってるのよ!」
妙にがっしりとした上着を脱がし、スカートから靴下に至るまで取り換えていく。
琴音とは完全に体格が一致しているので、こういう時に役に立つ。
メイク道具を一式持っていたのもよかった。
手早く琴音のメイクを直し、個室の外に蹴り出すと、どうやら観念したらしく、トボトボとトイレの外に向かって歩き出した。
「よし。安心しなさい。あとは咲間さんと生暖かい目で見守っててあげるから。」
変わり身の衣の衣とやらの袖口のボタンスイッチを押すと、それまで琴音がしていた変装と同じ姿に一瞬で早変わりする。
「ぐ、うぅ。なんで私がこんな目に・・・。」
「それにしても、このジャンパー、すごいわね。変わり身の衣だっけ?魔力消費がちょっと多いような気がするけど。・・・まったく、私の魔力貯蔵装置まで持ち出して。どうやって私の部屋に入ったのよ。」
私の部屋はただカギをかけているのではなく、術式でロックしている。通常のピッキングや合鍵で開くはずはない。
「う、それは・・・開いていたのよ。カギ、かけ忘れたんじゃない?」
そんなはずは・・・。術式はオートロックだし、出かける前に扉は閉めた・・・よね。あれ?最後まで扉、閉まってなかったっけ?
まあいいか。術式ノートと日記の入った引き出しにはちゃんとカギをかけてある。あれを勝手に見られたら、さすがに琴音のことを許せそうにない。
それに比べれば魔力貯蔵装置の一つや二つ、安いものだ。
「まあいいわ。で、咲間さんは?合流するからトイレの前に呼び出しておいて。」
琴音がスマホで連絡してから数秒で、身長が私たちとあまり変わらない、ちょっとぽっちゃりした女の子が慌てたようにトイレの前に走ってきた。
「咲間さん?・・・すごいわね、身長まで変わるの、コレ。」
「あ、あはは、バレちゃったね。コトねん、なんでだろうね?」
咲間さんが慌てている。低身長でぽっちゃりとか、いつものクールビューティなイメージがまるでない。妙に新鮮だな。
「・・・そういえばなんでバレたの?変装も完璧だったし、念話も使わないように気を付けてたのに。」
「ネタバラシはしないわよ。ほれ、理君が待ってるから早う歩けや。」
琴音が首をかしげているが、教えてやらないことにした。っていうか、琴音は魔力検知が下手すぎなんだよな。それに新型の魔力貯蔵装置、結構魔力漏れが大きいみたいだな。これは改良の余地ありだな。
「う、せめて理君とのデート中は念話でアドバイスしてよ。そうじゃなきゃ、今までのは千弦だったってバラしてやるから。」
「むぅ。まあ、仕方ないか。少し距離をおいて見ててあげるから安心しなさい。」
琴音を理君と合流させた後、変装した咲間さんと二人でそのあとをついて行く。
少しヒヤリとした場面はあったけど、なんとかなったみたいだよ。
しかし、少し残念だ。デートの最中に入れ替わったのに、理君はそれに気付かなかったらしい。
まあ、仕方ないか。父さんや母さんにも区別がついてないみたいだし。やっぱり仄香だけなのかな。私たちの違いが判るのって。
え?デートの後どうなったかって?
普通に楽しんで終わりだよ。理君、告白とかするかと思ったら、クリスマスプレゼントを琴音に渡してそれでおしまいだった。
当然だけど琴音はクリスマスプレゼントなんて用意してなかったよ。
こんなこともあろうかと、私がCZの新型拳銃用のホルスターを用意してなかったらどうするつもりだったのか。
ってか、琴音がプレゼントしたことになってるから代金分、丸損じゃない。
理君からのプレゼントは琴音に贈られたものだから、分捕るわけにもいかないし。
くそ、琴音め。覚えてろよ。