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100 光陰の魔女・胎動する悪意②

 1979年 7月


 ソビエト連邦 カザフ共和国 セミパラチンスク−21

 魔導エネルギー研究所


 シェイプシフター


 この町のどこかに、マスターの召喚魔法を無断で使った魔法使いが潜んでいる可能性がある。

 その魔法使いを特定するため、女児服のモデルの仕事を休めなかったムリエルを除く主天使(ドミニオン)二人と、ソ連の秘密都市への潜入調査を行っていた。


 潜入調査にあたり、無断で召喚されたグールたちにアチラ側(アストラルサイド)で話を聞いてみたが、彼らの知能の問題なのか、いまいち要領を得ない証言しか引き出せなかった。


 それでもいくつか分かったことがある。

 一つ、召喚魔法の詠唱と手順は正しかったこと。

 一つ、召喚魔法に必要な魔力は十分に供給されたこと。

 一つ、召喚後、雷撃魔法と光撃魔法で攻撃されたこと。


 詠唱と手順については分からないでもない。極めて低い可能性だが、暗号化された詠唱をコピーされてしまったのであれば仕方がない。


 ・・・マスターはけっこう無頓着(むとんちゃく)に誰かに魔法や魔術を教えることもあるしな。

 もしかしたら教えたのを忘れているだけかもしれないし。


 しかし、召喚魔法に必要な魔力が十分に供給されたとなると少し話が変わってくる。


 人型の召喚獣、それもグールのような群体を召喚するとなると、どんな魔法使いでも相当な負担になるはずだ。

 魔法陣や補助術式を用いて召喚したのならともかく、詠唱だけで召喚したとなれば()び出すだけでも命がけになる。


 そうして()び出したあとケロッとしていることだけでも異常だというのに、雷撃魔法と光撃魔法まで使ったという。


 雷撃魔法も光撃魔法も、マスターのオリジナルだ。マスターが召喚魔法に加えて攻撃魔法まで教えた相手がいるなんて聞いてない。


 いや、それ以前に光撃魔法を行使するために必要な魔力を人間が出力できるわけがない。


 デビスモンサン空軍基地での聞き込みや、目撃者の証言をもとにカザフ共和国まで来たが、その足取りを追っているうちに謎が深まるばかりだ。


 グールたちの証言にあった、「マスターにそっくりな顔」というのも気になる。

 ・・・情報が足りない。マスターに追加で眷属を召喚してもらうべきだろうか。


「お〜い。シェイプシフター。そんなに難しい顔しなさんな。その顔には似合わないさ。相手が何者であれ、俺が脳みそ掻き回してやるから心配しなくても大丈夫だよ。」


 マスターの指示でついてきたザドキエルが軽快に笑っている。

 とりあえず使い慣れたマスターの姿で行動しているが、あのポーカーフェイスはなかなかマネできない。


 ザドキエルは慈愛や癒し、そして記憶を司る公正な天使というだけあって、ここに来るまで何人もの警備兵の頭の中を読み取ったり、疑似記憶をかませたりと活躍している。

 そのわりに猪突猛進なところがあるので、少し扱いにくいが、なかなか頼りになる眷属だ。


「私としては着ぐるみを着ているほうが気が楽なのですが・・・。」

 ソ連兵の軍服を着たハシュマルがその着心地の悪さをしきりに気にしている。


 それにしてもメネフネのヤツ、主天使(ドミニオン)を召喚するって言ってなんでこの二人を召喚した?主天使(ドミニオン)のトップ二人じゃないか。


「お、あれじゃないですか?」

 ハシュマルの指さすほうを見ると、壁のいたるところに穴が開き、いくつもの床や天井が崩落した建物が見えた。


「ここデスカ。少しは痕跡が残ってイルト良いのデスガ・・・。」


 セミパラチンスク−21の中心にある、崩壊した魔導エネルギー研究所の跡地に立ち、周囲を見回すとあちらこちらにガレキを片付けている兵士がいることに気付いた。


「よし。俺に任せろ。」

 ザドキエルはそう言って埃まみれになった兵士に近づき、二、三言交わしたかと思うといきなりその頭をわしづかみにした。


「うわっ!・・・あ~。うー。」

 頭をわしづかみにされた兵士は、ザドキエルがその手を離した後も焦点の合わない目を宙にさまよわせている。


「ふんふん。この施設が破壊されたのは2日前か。・・・何らかの保管庫が襲われたと。施設の警備兵は全員死亡。コンクリートの壁に影しか残っていなかった。それだけか。」


「ザドキエル殿。施設の破壊状況と、その兵士の話を聞く限りでは、一部で光撃魔法による破壊が行われたと考えてよろしいかと思われます。執拗なまでの破壊・・・その何者かは、何か痕跡を消そうとしているように思われるのですが。」


 ザドキエルが片っ端から兵士に二、三言話しかけ、頭を掴み・・・を繰り返す。

 どういうわけか、それを見ている周りの兵士たちは何も言わないところをみると、なんらかの天使の権能を用いているようだ。


「う~ん。シェイプシフター。こいつら、ほとんど知らないみたいだな。唯一分かったのは責任者はアルマ・アタ市の病院へ搬送されたことぐらいだな。ここまで情報がないとなるとハシュマルの言うとおり、何物かが痕跡を消そうとしたのだろう。」


「ボクもお二人の意見に同意しマス。・・・この近辺の将兵の頭の中は調べ終わりマシタネ。にも拘わらず、この研究所に保管されてイタ物が何か判明しマセン。その何者かが責任者を殺す前にアルマ・アタ市の病院に向かいマショウ。」


 ザドキエルとハシュマルは大きく頷くと、その背から白く大きな翼を広げ、風のように飛び立った。

「オーイ。ボクは翼をもっていないから空が飛べないんだケド・・・。」

 まあいいや。ムリエルの姿でも借りておくか。体のサイズもあまり変わらないし。


 両手で顔を覆い、ムリエルの姿を思い浮かべる。

 変化が完了したことを確認すると、慌てて背中の翼を広げ、二人の主天使(ドミニオン)の後を追い飛び上がった。


 ◇  ◇  ◇


 2日前

 ソビエト連邦 カザフ共和国 セミパラチンスク−21

 魔導エネルギー研究所


 ???


 ・・・ワタシ、オレ・・・いや、ボクは自分が誰かわからない。

 この身体にも見覚えがない。自分が一人なのか、複数なのかもわからない。


 デビスモンサン空軍基地で捕まえた兵士を使って、アリゾナ州のフェニックスとかいう町でデニムのジャンパースカートとシャツ、スポーツシューズ等は調達したが、その方法に問題があったのだろうか、その兵士は暴れたあげく、警察まで呼ぼうとしたので軽く小突いたら動かなくなった。


 そのあと、道に迷って歩き疲れて眷属とかいうのを召喚しようとしたら召喚できなくなっていた。

 ペガサス、スレイプニル、グリフォン・・・数千種類の眷属がいることに驚いたが、そのすべてが()び出せなくなってしまっている。


 仕方なく、誰の記憶か知らないけれど、魔術の記憶を頼りに魔法の(ほうき)を作り、記憶の欠片と本屋で手に入れた世界地図を頼りにセミパラチンスク-21までやってきた。


 ここが、ボクたちの最後の記憶の場所だ。この場所で何人もの同世代の子供たちの顔を見たんだから間違いないと思う。


 そう。まだココにいるはずのみんなを助けなくてはならない。

 ボクたちはあの建物に連れて来れられたあと、バッサリと記憶がなくなっているんだ。

 でもその前は?・・・自分の名前、両親の顔、故郷の景色・・・思い出そうとすると大量の思い出が頭の中を流れていく。


 母さん・・・?何人もの女性の笑顔が頭の中を流れる。おかしい。母さんが何人もいるわけがない。どれが自分の名前かもわからない。

 無理に思い出そうとすると、あまりにも多すぎる記憶と、膨大な魔法技術に圧迫されて気持ちが悪くなってくる。


 そういえば、空軍基地でガラクタの中から拾い出したカードに()まっていた赤い板から、誰かの記憶が流れ込んできたときだけはとても気持ちがよかった。


 記憶と一緒に流れ込んでくる、黄金色に光るナニカもとても気持ちがいい。

 身体中が、魂がコレをもっと寄越せと叫んでいる。

 そして、それらがココにあることだけはなぜか分かる。


「待っててね、みんな。さあ行こう。」


 まるで自分の中の誰かに言い聞かせるようにつぶやきながら、あの施設の前に立つ。


 車が出入りしているところ以外は有刺鉄線付きのフェンスに囲まれており、常時十数名の銃を持った兵士が巡回している。

 

 ・・・なぜだろう。あんな大きな銃だというのに、それほど怖くない。

 車両ゲートと警備兵の詰め所があるところを堂々と入っていくと、何人もの兵士がボクの行く手を阻もうと飛び出してきた。


術式束(パッケージ)29,791発動・・・あれ?そうか、術式回路、組んでないから・・・。」


「おい、そこのガキ!ここは軍の施設だ!早々に立ち去れ!」


 失敗した。ボクの中の誰かの記憶では、術式を一気に発動するために術式束(パッケージ)形式で管理しているはずなんだけど、事前に何かの準備が必要だったみたいだ。

 術式回路を幽体に刻み込むって、どうやってやるのだろう?


 仕方がない。別の知識を使うか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()蛇神(メドゥーサ)()()()()()()無敵の盾(アイギス)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 詠唱が終わると同時に、自分の体を霧のような、膜のような何かが包み込む。


 魔法の起動を確認し、兵士たちの警告を無視してさらに前進すると、一人の兵士が手を振り下ろしながら叫んだ。

「警告はした!構わん、撃て!」


 ボクが少女のような姿をしているからだろうか。一瞬ためらうような間があったものの、次々と兵士たちのライフル(AK47)が火を噴いた。


 拳銃の銃声とは違う、腹に響くような重い音が連続して響き渡る。

 ところが殺到した銃弾はボクの体に触れることもなく、周囲を漂う雲のような膜に(から)めとられて空中で静止した。


「へぇ〜。知識では知っていたけど、こうなるんだ。えっと?光膜(こうまく)防御魔法だっけ?すごいね。」


 思わず感嘆の言葉が出てしまう。この魔法技術の知識はいったい誰のものなのだろう?ところどころ虫食いになっているので完全なものではないが、この力があればきっとアイツだって殺せるに違いない。

 眷属という協力者が一人もいなくなってしまったのはショックだが、何とかなると思う。


「・・・アイツって誰だ?まあいいや。ああ、そうだ。兵隊さんたちは邪魔だから消えてもらおうか。」

 心の中に、何か軍服を着ている人間に対する嫌悪のようなものが沸き上がっている。今回は素直にそれに従うことにする。


「・・・()()赫怒(かくど)()()()()()()()()()()。」

 右手を前に突き出しながらそう唱えると、視界の全てをかき回すように赤紫の雷の刃が乱れ飛ぶ。

 それは兵士や建物、車両などに見境なくその赤紫の刃を振るい、寸断された兵士の死体をなおも切り刻み続ける。


「うん。赤い火花がきれいだ!・・・んー?暴走雷刃魔法だっけ?この魔法の知識の人、この魔法のことを嫌いなようだけど、派手でいいと思うんだけどな。」


 術者の制御を離れてもなお、赫怒(かくど)の刃はバチバチと帯電し続けながら、なおも兵士の死体や車両などを刻み続ける。

 ・・・刃がその力を失うまで数分を要したが、ボクはそれを放置して建物の中に侵入を果たしていた。


「うーん。人数が多いなぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。・・・あれ?水槍魔法の威力が少ない。あ、そうか。近くに水場がないからか。」


 爆発のような音と共に人間の腕ほどの太さの雷が兵士たちを貫き、それを追うように水が叩きつける。

 あれ?こんなものだっけか?


 強力な水鉄砲程度の威力にしかならなかった水槍と、近くの水道管から噴き出す水を交互に眺める。どうやらこの魔法は周囲から水をかき集めて槍とする魔法のようだ。


 知識としては知っていても、実際に使うとなると話は違うようでかなり難しい。

 魔法は強ければいいってモノではないようだ。


「しかたない、別の魔法にしようか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 風が兵士たちを巻き上げ、その身体を捻じ切り、石の礫が貫く。

 辺りは血に染まり、至る所で悲鳴や呻き声が広がっていく。


 風も大地も基本的にはどこにでもあるものだ。宇宙や海中でもない限り使えるだろう。ん?そうすると雷とか光はどうやって調達しているんだろう?

 そんなことを考えながら建物の奥へと進んでいくと、目的の赤い石が保管された部屋の前に到着した。


「ここだ。誰の記憶か知らないけれど、ボクをここまで連れてきてくれてありがとう。」

 顔も知らない、でもボクの中にいる誰かに感謝を告げる。


 石弾魔法で砕けたドアを蹴飛ばし、部屋の中に入るとそこには大量の赤い石が並んでいた。10メートル四方くらいのコンクリート製の貯蔵庫のような所に並んだ金属製の棚に、天井までぎっしりと収められている。


 部屋に入るなり、赤い石の中のナニカ、いや誰かが一斉に自分たちを連れて行けと騒ぎだす。


「待たせたね。みんな。さあ、一緒に行こうか。」

 ボクは誰かわからないみんなに答えるように、その場に並んだ大小の石を次々と口に運んだ。


 なぜそうしようと思ったかは分からない。

 だが、少し柔らかく感じるとはいえ、鉱石としての強度を持つはずのそれは、次々と口の中で溶けていく。

 そして、いくら飲み込んでも不思議と満腹になる気配がない。

 (のど)に赤い石が落ち、溶けるように消えていくたびに、体の奥底から得体のしれない力が膨れあがる。


 目視できるほどの濃度で身体の周囲を漂う魔力は、ボクに万能感を与えてくれる。


 最後の赤い石を(のど)に落とした瞬間、赤い石を保管してあった部屋に武装した大勢の兵士たちがなだれ込んできた。


「あはははっ。遅かったね!・・・うん?そうだ、こいつらのせいでボクたちは身体を失ったんだ。もう自分が誰だかなんてわからないけど、母さんに会えなくなったんだ。」


 万能感のままに、展開したままの光膜(こうまく)防御魔法にさらなる魔力を注ぎ込む。

 ほぼ同時に、兵士たちが様々な銃を発砲してきたけど、すべての弾丸、榴弾は空中に絡めとられるように停止する。


「ふふふ、九十連唱(ノナコンタスペル)()()()()()()()()()()()。・・・九十連唱(ノナコンタスペル)()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 知識としてはあったけど、魔力が足りなくて使えなかった連唱を使ってみる。

 90発分の光撃魔法と90発分の轟雷魔法がその場にいた兵士の(ことごと)くを瞬時に蒸発させ、周囲の壁や柱を打ち砕き、その中の鉄筋を蒸発させていく。


「あははは!すごいや!これだけの力があればアイツだって殺せる!ボクは最強だ!」


 心の奥底にいる誰かが、誰かを憎んでいる。大事な人の仇・・・その存在を、魂の一欠けらまで消し去りたいほどの憎しみ。

 なぜか魔法を使えば使うほど、それが湧き上がってくる。

 この魔法の知識の人と何か関係があるのだろうか。


 「アイツ」というのが誰だかわからないけど、ボクの中の誰かの仇なら、ボクたちの仇だ。

 仇が誰か知らないけど、多分この建物の人間も仇だ。念入りに、念入りにこの建物は壊していくことにした。


「さ~て、どこに行こうか。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 飛翔魔法が風をはらみ、この身体を力強く空に押し上げる。


 目に映る範囲のすべての建物をガレキの山に変えた後、「アイツ」がどこにいるかもわからないまま、南の空を駆けていった。


 ◇  ◇  ◇


 ジェーン・ドゥ


 ここ三か月ほどの間、異常事態が起き続けている。

 最初の事件は、 国防高等研究計画局(DARPA)特別技術研究室(SPO)が管轄する研究所の一室で起きたらしい。

 何者かが私の眷属を無断で召喚したらしいのだ。


 さらに、私のオリジナル魔法まで使ったらしい。

 百歩譲って雷撃魔法や風刃魔法などは詠唱と魔力制御さえできれば、威力は下回るものの発動は難しくない。

 しかし、光撃魔法は別だ。

 アレは本来人間には使えない魔法だ。幻想種でも何でもない普通の人間が使おうものなら、一瞬で魔力が枯渇して、発動すらせずにその場で昏倒するだろう。

 

 いや、幻想種だってエルフや魔族以外は同じだろう。


 それを私と同じ程度の外見の少女が使ったというのだ。それも召喚魔法の直後に。


 その後、例の魔導装甲歩兵の残骸を保管しているデビスモンサン空軍基地を襲撃し、警備兵1名を誘拐、殺害し、姿をくらませたそうだ。

 未確認だが、その際には空間断裂魔法を使った形跡まで確認されている。


 こうなると、魔族が暴れた可能性すら捨てきれなくなってきた。

 あいつらめんどくさいんだよな。魔力と生命力が強すぎてなかなか死なないし。

 

 あ、でも魔族に最後に遭遇したのは700年位前だったかな。

 ・・・もしかしてあのとき絶滅させたのか?いかん、ちょっと殺しすぎたかもしれない。


《マスター。アルマ・アタ市の病院で例の施設の責任者を見つけマシタ。どうやら仮病で休んでいたため難を逃れたようデス。いま、ザドキエルが彼の記憶を漁ってイマス。》


《そうか。ご苦労。なんだ、メネフネが脳筋っていうから心配していたけど、しっかりと役に立っているじゃないか。》


《イエ、脳筋なところはシッカリと脳筋デシタヨ。あ、終わったようデス。ザドキエルさん、説明をお願いシマス。》


《あー。マスター。結論から言うと、例の魔法使いの正体は分からなかった。だが、セミパラチンスクの研究所が襲撃を受けた際、死亡した主任研究員が撮影した写真がガレキの中にカメラごと残っていたんでな。こっそりとフィルムを回収できたんでその魔法使いの顔は判明したが・・・。これはマスターの顔そのものだな。》


 シェイプシフターの声と入れ替わりに、ザドキエルのボーイソプラノのような声が響き渡る。

 こいつ、路上でホットドッグの販売なんかせずに歌でも歌っていた方が良かったんじゃないだろうか。


《私の顔?どういうことだ?》


《言葉の通りさ。マスターと瓜二つ、違うのは髪型と瞳の色だけだな。ウェーブのかかった薄い金髪、そして両目ともに深紫(バイオレット)の瞳、服装は白のシャツにデニムのジャンパーミニスカート、ニーソックスとスニーカー。・・・今、映像データを送るよ。》


《・・・受信した。驚いたな。私と瓜二つじゃないか。瞳の色しか区別がつかんぞ。》

 送られてきた映像データを頭の中で確認するが、本当に私と区別がつかない。

 まさか、この身体、双子じゃなくて三つ子だったのか?


《マスターの方は何か知らないか?》

 一瞬混乱していたが、ザドキエルの言葉に我に返る。


《残念だが、グールからはあれ以上の詳細は聞き取れなかった。それと、召喚魔法の詠唱を修正してからは無断での召喚はされていないようだ。》

 あの後も何体か召喚しようとした形跡はあったようで、その中には結構やばい連中も含まれており、いまさらながら早く対策を打って正解だったと胸をなでおろしているところだ。


《そうか。それともう一つ、セミパラチンスクの施設なんだが、ソ連国内唯一の人工魔力結晶の工場兼貯蔵所だったようだ。深紫(バイオレット)のヤツが研究員も研究資料も、きれいさっぱり燃やし尽くしていきやがったよ。》


《そうか。・・・人工魔力結晶はどうなった?》


《そいつは行方不明だそうだ。ソ連の中央アジア軍管区でも、躍起になって探しているらしい。・・・ソ連が保有するすべての人工魔力結晶が失われたらしいからな。総量、120kgだそうだ。》


《今何といった?120kgで間違いないか?》

 念話の相手に思わず声が出そうになる。

 それほどの量の魔力結晶を作るのに、いったいどれだけの子供がその意識を保ったまま犠牲になったのかと考えると、めまいがしてきた。


《ああ、間違いない。だが、ソ連製のものは不純物が多すぎるようでな。天然モノ換算だと100kg相当ってところか。》


《いや、それだって大変な量なんだが・・・。すまないが引き続き調査をよろしく頼むよ。》


《ああ、任せてくれ。このままヤツを追ってみる。ところで、ヤツの呼び名はどうする?》

 そうだな・・・「ヤツ」や「例の魔法使い」では言いづらいしな。面倒だ。目の色でいいだろう。


《・・・以降は「深紫(バイオレット)」と呼ぶものとする。》


《了解した。また何かあったら連絡する。では。》


 シェイプシフター、ザドキエルと念話を終え、深紫(バイオレット)と呼ぶことにした少女について考えてみる。


 深紫(バイオレット)について現状で判明していることは少ない。

 私と瓜二つの少女で、召喚魔法や攻撃魔法など、本来であれば私しか知りえない知識を持っており、人間とは思えないほどの魔力量を持っている。

 各種の基本攻撃魔法だけではなく、上位魔法、さらには光撃魔法や空間断裂魔法まで使ったという。


 ・・・自分で言うのもなんだが、私がもう一人いて、私と敵対しているとしたら、危険極まりない。

 もし、有り余る魔力のすべてを破壊活動に費やしたら?

 もし、私と似た容姿で人類に敵対したら?・・・あ、いや、それはどうでもいいか。


 ん?あれ?深紫(バイオレット)のやってることが自分とあまり変わらないような気がしてきた。

 いやいや、人類の脅威になるかはどうでもいいが、少なくとも私にとっては脅威だ。


 ・・・よし。眷属任せにするだけじゃなくて本腰入れて探すとするか。

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