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短編集

隣に引っ越してきたのはロシア人とドイツ人

短編小説第七作目です。

隣の部屋が騒がしくなったのはごく最近の事だ。


だがそれは不可解な事である。その理由は……


────────隣の部屋は空室だからである。


空室のはずなのに、なんについてかは知らんが、()()()()()が聞こえてくる。俺の住んでいるアパートはそこそこいいアパートで、音漏れがすることは無いはずなのだが……それほどデカい声で話しているということである。


『……なんで……んたはそんなにバ……』


『……それを言……低脳ゴリ……でしょ……』


何故誰もいない部屋から会話が聞こえてくるのか……その理由はひとつしかないだろう。


そう、



誰かが引っ越してきたということだ。





自分で言うのもあれだが俺は少々無口なとこがあり、文句やクレームを言いに行く事は無い。だが今回ばかりはしょうがない、文句言いに行くか。


扉を開けて部屋から出る。 外はすっかり夜だった。9時だしな。


そのまますぐ横の扉に歩く。


相変わらず言い争う声が聞こえる。


(周りのことを考えられない無神経モブ達め、俺がお灸を据えてやる)


俺はチャイムのボタンを押す。それから少しすると。


────────扉がゆっくりと開く。


その人はまるで夕焼けと夜の闇が融合したかのような神秘的な雰囲気を纏っていた。彼の髪は赤黒く、光の加減でその髪は様々な色合いを見せ、赤銅色から漆黒へと滑らかに移り変わるその光景は、まるで夜空に踊る炎のように美しかった。そしてパッと見でどこかの国のハーフだと言う事も分かった。


俺は驚いた。人の顔が認識出来たことに。俺には人間の顔が全員『へのへのもへじ』にしか見えない呪いがかかっている。だからこいつの顔が見えることに俺はただただ驚いた。


しかし、なんだその”ゴミ”を見る目は。


「………… Wer sind Sie、じゃなくてあんた誰?」


いきなり超睨まれる。その声色からイライラしていることはすぐに分かった。まぁそりゃあんだけ喧嘩してたら当たり前だ。それよりやはりどこかの口とのハーフだと言うことは分かった。ヤバいな、生憎俺は日本語しか話せない。


「俺は隣に住んでいる者だ、それより今何時だと思ってんだ、こんな夜中に迷惑なんだよ」


機嫌が悪いからなんだ?そんなことは知ったことではない。


だが、機嫌が悪い人に文句を言うのは火に油を注ぐ行為だったらしい。


「はぁ!?あんたどこの誰だか知らないけど1回(うち)来いや!」


いやどこかは言ったしいきなりの関西弁?こいつハーフだよな?


「ちょ、これ強要罪ですよ」


「良いから来い!」


強い口調で言われる。良くはないだろ。俺は無理やり部屋に連れ込まれる。


そこはもちろん俺の部屋となんの構造も変わらない2LDKの部屋だった。


ひとつ違うことがあるとしたら部屋にはもう一人いるということくらいだ。


その人の髪は白銀色に輝き、まるで絹のように滑らかに揺れていた。瞳は深い氷の青を宿し、冷たくも暖かさを秘めた光を放っていた。見る者を吸い込むようなその瞳は、シベリアの果てしない氷原を思わせる凛とした美しさを持ち、その視線に心を奪われずにはいられなかった。


その人は入ってきた俺を見て驚いた表情をする。


「ちょっとその人誰ですか?なんで知らない人を部屋にあげるんです?頭いかれてんちゃいますー?」


やばい。パッと見ロシア人が関西弁使っている。なんだか凄く残念な気持ちになった。


「お前に比べたら知らない人と一緒にいる方が2億倍マシよ」


俺を部屋に引きずり込んだ方が言う。じゃあなんで一緒の部屋にいんだよ。


いやそんなことより。


「おい、本当になんなんだよ、俺を部屋に連れ込んで何するつもりだ」


「そうよ()()、あなたこの、じゃが、この人に何させるつもりなの?」


「え?お前今俺の事じゃがいもって言おうとしたのか?」


「あら聞こえていましたか、でも仕方がないんです。私には本当に他人の顔『じゃがいも』に見えるんですから」


なぜじゃがいも……あと関西弁で話さないのかよ。


「ほんとに、こいつの目と脳みそ、あと存在自体が終わっているから気にすることないぞ!安心して、私もお前をゴミとしてしか見てないから」


こいつも大概だな。普段他人がゴミに見えているということだろう?


「はー、それで?何故この人を部屋に連れ込んだんです?」


「私は思うんだ、部屋に人を連れ込むのに理由なんているのかと」


「いるに決まってるだろ!てかあったとしても無理矢理はダメだろ」


クソ、この赤髪誤魔化してるな、これは早々に退散した方が良さそうだな。


「しょうがないだろー、こいつ隣の部屋に住んでるらしいから、ちゃんと話さないと迷惑かけるだろ?」


と思ったら意外と常識のあることを言う。なるほど、確かに外で注意しただけでは喧嘩をやめるか分からないし、ちゃんと事情を話しておいた方がいいということだろう。いややめろよ。


「あら、隣人さんだったんですか、それならこれからも関わるかもしれないので少しは話しておいた方がいいかもしれませんね」


「話って一体なんの事だ、俺は今すぐ帰りたいのだが」


「私も今すぐ部屋から出て言ってもらいたいと思ってますよ、でもここで帰ってもまた明日来ることになりますけどね?」


だから少しは気を使え。


「と言ってもそんな大した話はねぇよ、ただこいつとは腐れ縁ってやつなだけで、いつも喧嘩してるからそこんとこよろしくってだけだ」


「いやいやそれだけじゃ全然分かんないんだが……隣人なら名前くらい知っておいてもいいんじゃないか?」


「なんであなたに名前を教えないといけないんです、最近の日本人は馴れ馴れしいですね」


白髪はそう言い、俺の事を警戒するような目つきで見る。


名前くらい教えてもいいだろう隣人なんだから。さっきからこの白髪は俺を警戒し過ぎな気がする。まぁいきなりこんな男が部屋に入ってから警戒するか……


「まあまあ気持ちは分かるがこの男は信用していいと思うぜ?なんせ顔が見えるんだろう?」


「…………それもそうですけど……分かりました。申し遅れました、私の名前はルナー・スミノルフ・ソーニャ、見ての通り日本とロシアのハーフです。そしてこっちがゾネ・ミュラー、見ての通りバカ種族ですね」


「そんな安い挑発で私がキレるとでも?あと自己紹介くらい自分でさせろ」


なるほどなるほど、つまりこの2人はロシア人とドイツ人、そしてずっと喧嘩をしている程仲がいいと。


「ふ、そうですね。それにしてもゾネ、いい加減……決着を着けません?」


決着?いきなり何の話だ?


「ん?あぁなるほど、そういうことか、いいぜルナ。この勝負が、ラストマッチだ」


「おい、さっきから決着やら勝負やら、話が分からんぞ」


全く、3人いるのに2人にしか分からない会話するのはやめて欲しい。


「あらすいません、簡単に話すと私達は出会ってからずっと仲が悪く、色々なことで勝負をしているのですが、中々勝敗を決めることができずにいるんです。そこで今私が話したのが、私もゾネもまだしたことが無い勝負、つまり対等に戦うことができる」


「そう、私もこいつもしてこなかった、いや出来なかったことだ」


2人は俺の前まで来て俺を見つめてくる。


「その、勝負の内容は……?」


緊迫した様子で聞く。その問に、2人はシンクロして答えた。


「「恋愛だよ」」





恋愛。俺には全くの無縁のものだ。なんせ女どころか他人に興味が無いのだから。


だがそれはこいつらも同じなはずだ。さっき人がゴミとじゃがいもに見えるって言ってたし。


なのに恋愛をすると言ったのは、俺はそう見えていないということなのか。


「ちなみに今の好感度はどうなんですか?」


ルナ、だったか、真っ白な肌を見せる白髪ロシア人は俺にそんな分かりきった質問を聞いてくる。


今の好感度……まだ会って数分、ろくな会話もしていないこいつらの。


「どっちもクソ嫌い」


以上。





翌朝。


目を覚まして一番最初に頭に浮かんだのはあの二人の姿だった。訳の分からない勝負の道具に勝手にされたが、本当に面倒だ。恋愛?あの二人が?無理だろ。


しかし勝負と言ってもどうするつもりなんだ、今日から俺は新学期で学校だし。まさか帰ってから付き合わされるんじゃないだろう。憂鬱だ。


そんなことを考えながら俺は玄関を出る。


────────あ


「あ!セナさん!おはようございます!」


サイド三つ編みのヘアースタイルがトレードマークのルナは、制服を着るとアニメに出てそうな美少女のようになっていた。というかなんだその元気な挨拶は。


「うげ、お前マジでそれやんのかよキメー」


それに対してドイツのハーフであるゾネは昨日と変わらない雰囲気でルナをバカにしていた。


「そんな態度でいいんですか?もう勝負は始まってるんですよ」


一応昨日決めたルールでは『どちらが先に俺を落とすことができるか』という内容になった。そんなルール勝手に作られても困る。この2人のどちらかを好きになるなんて全く想像出来ない。


ただあまりにも俺が落ちなかったらこいつら物理的に落とす試合に変わりそうで怖い。


「くっ!そうだな……」


「いや待てそんなことよりその制服、うちの高校じゃないか……」


よく見たら俺の通っている高校の制服だった。つまりこいつらとは同じ高校のご近所さんということになった。


同じ高校?どうしてよりにもよって……


「あら?どうしたんですセナさん?なんだか凄く死にそうな顔をしてますよ?」


ちなみにセナというのは俺の名前、東成瀬(ひがしなるせ)セナ、それが俺の名前だ。


「そりゃそうだろ、なんでお前達と同じ高校に行かなきゃいけないんだ、昨日も言ったが俺はお前達が嫌いなんだ」


「ふふ、そんなこと言ってもしょうがないですよ?セナさんと同じ高校になったのは神様が仕組んだ偶然ですよ?それに、今日で私を嫌いという認識を変えさせてみせますよ?」


純白の雪のような髪を揺らして、荘厳な雰囲気のルナは前屈みで俺の事を上目遣いで見てくる。


「そうか、まぁ頑張れよ」


俺は逃げるように階段を降りる。そう、直視出来なかった。なぜかは分からない。ただ、あの目で見詰められると変な感情が湧き出てきそうだったのだ。





当然のように俺に着いてくる。まぁ学校が同じだから当然と言えば当然なのだが……


「それにしても日本には興味のそそられる建物が沢山あるな!」


ゾネは溶岩のように紅く煌めく目をキラキラ輝かせて辺りを見渡す。


そうか、俺からすれば何の変哲もない通学路も、日本に来たばかりのこいつらにはそんな面白いものに見えるのか。


「確かに、日本に来たのは初めてでは無いですけど、色々と行ってみたいところはありますね」


「そういえばお前ら日本語ペラペラだけどなんでなんだ?日本語って世界一難しい言語だろ?」


ってユーチューブで言ってた。


「そんなのただ私が天才だからに────」


「まぁ母親が日本人なので日本語はロシアにいた時も話していたんですよ」


ルナは華麗にゾネの話を無視して答えた。


「ちっ」


舌打ちすんな舌打ちを。


「ん?おい成瀬!あれはなんだ!」


ゾネはコンビニを指さす。


「ん?どう見てもただのコンビニだろ?てか成瀬ってなんだ、苗字で呼ぶなら東も付けろ、成瀬だけじゃ分からないだろ」


「そんなこと死ぬほどどうでもいいわ!」


「どうでも良くはないぞ、俺のクラスには苗字が東成瀬の他に西成瀬と南成瀬と北成瀬もいるからな」


「マジで!?てか成瀬成瀬うるさいけど成瀬って何!?」


やれ、本当にこいつとの会話は疲れるな。いちいち声がデカいのどうにかならないのか、周りのことも考えて欲しい。


「あら、ゾネはコンビニ程度でそんな子供みたいに騒ぐんですか?」


「程度って、お前もコンビニがなんなのか知らないだろ」


まーた始まった。2人は立ち止まって言い争いを始める。ただ周りの目は気にしてないのだろう。なぜなら2人にはゴミとじゃがいもに見えているのだから。ちなみに俺も気にしてない。


「いいですか?コンビニというのは様々な食品や日用雑貨などが売られているもので、日本には歩いて数分で行ける距離に均等に建てられているものです」


「へー?やけに詳しいな?」


「ふふ、誰かさんと違って私は頭がいいですからね、誰かさんと違って」


「2回言わんでいい」


「おい、お前ら置いていっていいか?このままじゃ遅刻するだが」


全く付き合ってられん。人生無遅刻無欠席、だったかは覚えてないがこんなんで遅刻するとかごめんだ。


「……セナさん。誰も待っててなんて言ってませんよ?」


まさかそんな言葉が帰ってくるとは思っていなかった。


ルナはわざとらしくあざとく言う。ダイヤモンドのような瞳が俺の事を「んっ?」という感じで見てくる。


「そうかよ」


俺は早歩きで学校に向かおうとする。だが。


「でもセナさん?私も日本にはまだまだ知らないことや知りたいことがいっぱいあるので、今から色々と案内してくれませんか?」


…………こいつが何を言っているか分かるか?


「学校サボって街案内して〜」だぞ?普通に考えて常識的に考えて一般的に考えれば断るに決まってるじゃないか。それともなんだ?ロシア人はそんな軽く学校をサボるのか?


そう、頭では考えているはずなのに。すぐに嫌だと言えなかった。


「はぁ!?お前だけズル!ルナが行くなら私も行くぞ!」


2人は俺の前に並んで魅了されてしまいそうな眼差しを向けてくる。


あぁ、本当にめんどくさい。だから他人と関わるのは嫌いなんだ。もう何を言っても無駄なんてことは分かっている。だから俺は超ダルそうに答える。


「あぁ、じゃあ適当にどっか行くか……」


「ありがとうございます!セナさん!」


ルナは満面の笑みを浮かべた。こうして俺たち3人は学校をサボることになった。だけどお前ら2人は転校初日だけどサボっていいの?





その日の夜。


今日は疲れた。ほぼ一日中歩き回ってたからな。まぁ全然楽しくなかったが。ずっと喧嘩している2人を相手にするのは死ぬほど疲れる。


じゃあそろそろ寝るかと思っていたその時。


家のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だ?宅配便なんて頼んだっけな。いや頼んでもこんな時間に来るわけないか。


やっぱり一日中歩いたせいで疲れてるな……


俺は重い足取りで玄関に向かう。


扉を開ける。そこには天使が立っていた。あ〜お迎え来ちゃったのか、まぁ短かったがいい人生……いやつまらん人生だった……


なんてしょうもない事を考えつつよくその人を見る。


ルナ、ターニャだったか?苗字は忘れた。今日一日こいつと過ごして、こいつのことは少し知ることが出来た。


「ルナ?どうしたんだ?」


彼女はなぜか泣きそうな表情をしていた。


今日彼女と一緒に過ごして、俺はこいつに対しての好感度を改めた。確かに面倒な性格だが、本気で例の勝負に挑んでいる様だ。だから俺に積極的にアプローチしてきた。


正直言って嫌いでは無くなった。ならば泣いている隣人を見て無視する事は出来ないだろう。


「セナさん、お願いがあります。一日だけ、家に泊めてくれませんか?」


「あ、あぁ、えと、何があったんだ?」


「いえ、ただゾネと喧嘩しただけですよ……ちょっと部屋にいづらくて……」


また喧嘩か。本当に仲が悪いな……どうやって18年間も一緒に過ごしてきたんだ。


「そうか、まぁ二部屋あるし別に構わんが……」


「Спасибо!」


言ってから後悔する事はよくある。今もだ。女と2人で一夜を過ごす、俺がした選択だが、嘘だろ?





分からん、分からん分からん。この世界は本当に何が起こるか分からん。


なぜかロシア人の少女が俺の横で眠っている。しかも腕に巻きついてるし……


おかしいな、眠った時は別々と部屋で寝たはずなのだが……勝手に入ってきたのか。これも勝負に勝つための作戦というやつなのか?


…………ゾネは今、何を思っているのだろう。ルナと喧嘩するのはいつもの事だからなんとも思っていないのか。それとも……


しかしまぁ、寝れないな……


隣に女子、しかも美少女となれば、寝れる方がおかしい。俺は誰もいないと自分に信じ込ませて眠ることに集中した。





昨日の今日とはこのことか、と思った。


なぜって?目の前に彼女がいるから。


「…………今日家に泊めて」


「はい?」


「いやだから家に泊めて」


「はい?」


「家泊めろって言ってんだよ!何度も言わせんな!」


こいつら、どうなってんの?昨日ルナが俺の部屋に来たと思ったら今日はゾネが来た。喧嘩喧嘩喧嘩、良くもまぁ飽きないものだ。


「別にいいんだけど、なに喧嘩したんだ?」


恐らく今日も昨日も同じ事について喧嘩したのだろう。なぜなら今まで家を出るほどの喧嘩はしていないから。まぁ聞いた話だが。


一体何やらかしたんだ。


「いや、それは……どうでもいいだろ」


ゾネは赤髪を靡かせそっぽを向く。うーむ気になる。


「どうでも良くはないだろ?家を出る程の喧嘩って相当だぞ、俺としても毎日泊まりに来られるのも迷惑なんだが」


「……くっ……お前のせいだよ……」


ゾネは玄関に立つ俺を無理やり押し込み、俺の顔を見上げる。その表情を見るに色んな感情が渦巻いているのだと分かった。


俺のせい?俺が何をした?


「は?意味が分からな────」


「どっちがあんたのこと想ってるか話してただけ……みなまで言わせんな」


俺のせいでした。いや俺のせいか?てか恥ずかしいという感情より、


「そんなことで喧嘩するなよ……お前は恋愛というものを何も理解していないな、俺もだけど」


「ふん、いいでしょ別に、恋のやり方なんて結果から見れば何でも同じなんだから」


そういうものなのか。ただ言っているとはあながち間違えではないと思う。過程は重要じゃない、重要なのは結果か。


「てことで今日泊まるから、よろしく」


ゾネはまるで自分の家のように俺の部屋に入っていく。


俺はそんなゾネの背中を見ながら思う。


昨日はルナが俺の部屋にやってきた。しかし今日はゾネ。ルナの気持ちは分からない。昨日俺の部屋に来たのがもしも俺を落とす為だとしたら、今は嫉妬でもしているのだろうか?





「一応言っとくがお前は寝る時俺の部屋に入ってくんなよ、2日連続で寝れないのは御免だからな」


昨日は結局ろくに眠れなかった。息子はずっと起きてた。


「は?当たり前でしょ?なんであんたと一緒に寝ないといけないんだよ……てか」


ゾネは勝手に俺のソファに座りつつ、どこか神妙な顔つきで聞いてくる。


「ルナと昨日同じ部屋で寝たの?」


「何もそんなにかしこまって聞かなくてもいいだろ?それにあいつが勝手に入って来たんだ。決していかがわしい事を考えて────」


「ルナから入って来たんだ、そう、ソーニャから、ね……」


やけに気にするな、てかターニャじゃなくてソーニャか、ソーニャソーニャ思い出したにゃー。キメー。


「ソーニャとも呼ぶんだな、あいつのこと」


「あっ!くっ、そこ気にすんな」


ゾネは恥ずかしそうにつまらない深夜番組に目を背ける。喧嘩ばっかしてるけどそれとも古くからの友人でもある訳か。


「それで?さっきの意外そうな反応はなんだったんだ?」


さっき『まさかあいつが……』みたいな反応してたけど、なんだ?意外とルナはそういうタイプの人間じゃないのか?俺からすればあいつは超あざとくて結構なんでもしそうなキャラなんだが。


「あれ、聞かされてなかったの?ルナは小さい頃”誘拐されかけた”んだよ、だから他人を信用出来ないの」


────────初耳だった。小さい頃誘拐されかけた、それで他人が信用出来なくなった……なんだその闇深い過去。俺はしばらく何も言えなくなった。


「あぁー、そうか、そんな話知らなかった……てかそれ言って良かったのか?わざと隠してた気もしなくは無いが」


俺がそう言うと、ゾネはハッとした様子で顔をこわばらせる。あーこれ『やべぇ言っちゃった』パターンのやつじゃん。


「今のは忘れて?てか忘れろ忘れなかったらぶっ殺す」


分かったからそんな物騒なもの持たないでくれ、ほんとに殺しに来そうで怖い。


「もちろん、あいつに話す気は無い」


あいつのためにも、聞かなかった事にするのが一番だろう。


「んじゃ私寝るから、絶対部屋入って来んなよ?入って来たら殺すから」


「あぁ大丈夫だ、万に一つも行く気は無い」


「そう、ならいいけど」


ゾネはそう言うと、何か言いたげにこっちを見たが、何も言わずに部屋に入った。


これもしかして入って来いってやつ?いやそんなわけないよな……とりあえず俺も寝るか。明日も普通に学校だし。





「いやーよく寝たー!доброе утро мир!」


ゾネはんーと背伸びしながら部屋から出てくる。おへそ見えてますよ。


「全く、眠れなかった」


結構、俺の寝室にいようがいないが部屋に入れば同じ事だった。全く、眠れない。寝不足で辛い。


「おい、朝飯は作らないからもう帰れよ、あと昨日サボったんだから今日は絶対学校行けよ」


「分かってるよ、てかあんたの朝食ただトーストにバター塗っただけじゃん」


あとインスタントのスープな。


「……帰る前に一つ聞きたいことあんだけどさ、あんた、ルナのことどう思ってる?」


また改まって聞いてきたな……真面目そうだし俺も真面目に答えるか。


「そうだな……」


…………と言っても、真面目に考えると難しいな。ルナをどう思っているか、嫌いな奴?隣人?知り合い?気になる人?


いや……真面目に答えるにはまだ付き合いが短すぎる。あいつと出会ったのは昨日だぞ。どう思っているかなんて分からない。


「まぁ、なんとも……」


曖昧な答えに、ゾネは怒るかと思ったが。


「へー、そっか」


なんだか安心した様子を見せる。うーん分からん。こいつの心理がさっぱり分からん。


「んじゃ、また後でな、成瀬」


ゾネは片手を上げて部屋から出て行った。なんか、今のカッコイイな。


って俺は何思ってんだ。





時は経つ。


ルナとゾネの戦いは今も続いている。二人は様々な手段を使って俺を落とそうとしてきた。正直落ちそうになった瞬間もある。


ただそんな関係を続けていると必然的にゲームだとしても『Love』という気持ちが出てくるものだろう。


最近はマジで俺を落としに来ているのかそれともゲームにガチなだけなのか分からない。


学校ではいつの間にかクラスの中心人物となっていた。どうやらドイツとロシア人の転校生コンビは大きな衝撃だったらしい。


それと、2人の事についてもそこそこ知ることができた。ルナが他人がじゃがいもにしか見えない理由は、親しかった人に裏切られたことによる精神的ショック、そして人間不信。さらに出会う人全てが同じように言う『可愛いね』という言葉。人間不信のルナにとってその言葉は悪魔の囁きにしか聞こえなかった。


それに関係し、ゾネが他人をゴミと見る理由は、ルナが好きだった人間がルナを誘拐しようとしたことにより呆れ。その一件で人間は全員ゴミなんだと理解した。


色々と辛い過去があるんですねー。


そんな彼女達は今日、ゲームの勝敗を決める重要な行事に望んでいた。


俺の通っている高校には夏、文化祭がある。その文化祭は何の変哲もないただの文化祭であり、全クラス何かしらの出し物をする。そして我がクラスではゾネの提案で演劇をすることになった。


演劇というやりたくない人が多そうな出し物はしかし、満場一致だった。


内容は何の変哲もないただの冒険ファンタジーで、主人公が魔王を倒すために奮闘する、あぁ、一言で説明出来てしまった。


ただ俺は正直あんまり乗り気では無いのでそれぐらい普通の話の方が助かる。


そして役は可能な限り重要では無い役がいい。しかしルナのおかげで俺の役は魔王の側近となった。言い換えると『奴は四天王の中でも最強』という役。


ゾネは魔王、ルナは勇者役だ。冒険ファンタジーなのだからもちろんラストシーンで二人は戦う。二人の戦闘シーン、ゾネとルナが不仲だと知っている人はこのシーンを見ることが何よりも楽しみだった。


それは俺もだ。いつも喧嘩しているあいつらが、演劇という舞台で戦う。永遠犬猿の仲の二人が、初めて戦えと言われて戦える、最高の舞台だろう。


見たい。見てみたい。彼女達はどんな演技をするのだろうか。





『それでは、只今より3年A組による演劇、“白銀勇者物語”を開幕します』


幕が上がり、見えてきた体育館には多くの生徒が詰めかけていた。


最初はルナ率いる勇者パーティが街を荒す魔物と戦うシーンから始まる。


俺は舞台袖からそれを見る。


練習通り、ただただ上手いと思った。クラスメイトも、あまり緊張している様子では無かった。だが、やはりルナは並外れていた。


もとより目立つ白銀の髪の毛、そして、二度見してしまうその美しい顔が、演技の上手さをさらに引き立てる。


「私の名前ルナエルーシャ!世界を救う者だ!これ以上貴様らの好きにはさせない!」


衣装も、文化祭の演劇にしてはクオリティーが高い。白い服装と細いレイピアが、神話に出てくるヴァルキリーの様だった。


そして演劇は続いていく。





中盤、魔王軍登場。つまり俺の出番でもある。


おー、ここから見るとこの光景は圧巻だな。本当に多くの生徒が見に来ている。


しかし、そんな大人数の生徒にビビる事無くゾネはいつもの、いやいつも以上に輝いていた。


「くく、側近よ、先の攻勢の結果を聞こうか?」


おっと次は俺のセリフか。


「はい、魔王様、先の攻勢は、勇者ルナエルーシャにより壊滅させられ、王城攻略は失敗いたしました」


「ふむふむなるほど……そんなに堂々と言っても許されないからな。今日もたんまり躾てやる」


魔王の側近という役だけで面倒だと思っているのに、さらに面倒な設定で何故か俺はドMキャラになっている。ゾネの奴、こんな適当な設定がウケる訳ないだろう……


「さぁ!さっさと服を脱げ!そしてその裸体をこの場に晒しだせ!」


ゾネは異世界から転移してきた本物の魔王のように、燃える赤黒い髪とこれまたクオリティの高い衣装と角が人類の滅亡を望む悪魔のように、観客を奮い立たせる。


…………おおじゃねぇわ、何勝手に盛り上がってんだよ。


急なアドリブで服脱げとかもしかして俺の事退学にさせようとしてんの?いやこの場合退学になんのはやれと命じたゾネさんですか。


だがここは俺のアドリブ力で切り抜ける。


「ですが魔王様、どうやらその勇者が魔王城に向かっているようなので、そんな時間はないと思いますが……」


ちなみにこれは台本通りである。


「何?勇者が向かってきているだと?ふっ、くくく、はっはっはっはっ!」


体育館全体に響く程の大きな笑い声をあげた。


「ならば戦おう!殺してやろう!今すぐ殺ろう!さっさと殺ろう!」


ゾネはウッキウキで殺す殺すと連呼する。これがもしも演劇じゃなかったら絶対教師に連れていかれるな。てか本当に殺す気じゃないよな?


そして、演劇は終盤に移る。





終盤。


早々にルナエルーシャとか言う5秒で考えた名前の勇者に倒された俺は、倒れて二人の舞台を見る。


「魔王!今日でお前の悪行も終わりだ!」


「ふ、ルナ()()ーシャだったか?私の名前はゾネサタン、長年の戦い、今日ケリをつけようぞ」


名前ゾネサタンだったのか、一秒で考えたような名前だな。


「誰がエロじゃバカ魔王!私の名前はルナエルーシャだ!よーく覚えておけ!ま、それを覚えていられるのもあと数分だがな」


ルナは俺の左前方で愛剣のレイピアを構える。妙に様になっているな。ロシアで剣術でも習っていたのか?


「ほう、私と戦うか。よかろう」


ゾネは舞台袖から投げ出された大剣を軽々片手で手に取る。そしてそのまま剣を回しながら構える。


始まる。この演劇で一番盛り上がるシーンで一番二人が練習をしなかったシーンが。いや、練習なんてする必要は無かったのだ。なぜなら彼女達は生まれた瞬間から今まで365日24時間毎日毎日戦っているのだから。


〘 大地が震え、空は黒雲に覆われた。勇者ルナエルーシャは剣を握り締め、魔王ゾネサタンの前に立ちはだかった。彼女の目には決着をつけようとする決意の炎が燃え、周囲の荒れ果てた風景すら見えないほど集中していた。


ルナサタンは冷たい笑みを浮かべながら、巨大な黒い剣を構えた。「お前ごときが、この私に挑むとは滑稽だな」


「世界の平和を守るため、お前を倒す!」ルナエルーシャはレイピアを高く掲げ、一気に駆け出した。彼女の足音が地を響かせ、その勢いは止めどなかった。


ゾネサタンは重々しい剣を軽々と振り下ろし、ルナエルーシャの攻撃を受け止めた。剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。衝撃で地面が割れ、周囲の岩が砕け散った。


「お前の力がどれほどのものか、試してやろう!」ゾネは冷徹な声で言い放ち、再び剣を振るう。その一撃一撃は圧倒的な力を持ち、ルナは防ぐのに精一杯だった。


「くっ…まだまだ!」ルナは防戦一方になりながらも、隙を見つけて反撃の機会をうかがった。彼女は素早く身を翻し、ゾネの脇腹を狙った一撃を放った。


しかし、ゾネは素早く反応し、剣を横に振って攻撃を防いだ。「甘い!」ゾネは勢いを増し、一気にルナを押し返した。


二人の戦いは激しさを増し、剣が交錯するたびに轟音が響き渡る。ルナは全力で剣を振り、ゾネの攻撃を受け流しながら反撃の機会を探った。


「これで終わりだ!」ルナは全ての力を込めた一撃を放ち、剣を真っ直ぐに突き出した。ゾネもまた全力で迎え撃ち、二人の剣が再び激突する。


衝撃波が辺り一帯に広がり、両者はその力に押し戻された。息を切らしながらも、ルナは立ち上がり、ゾネの前に立ちはだかった。


「諦めろルナ!お前じゃ私には勝てない!」ゾネは再び剣を構え、さらに強烈な一撃を繰り出そうとした。


しかしルナは決して諦めることなく、剣を握り直して叫んだ。「まだだ、私は諦めない!」彼は再びゾネに突進し、剣と剣が激しくぶつかり合う。


二人の戦いは続き、剣が交錯するたびに激しい火花が飛び散った。勇者と魔王の戦いは、まさに天地を揺るがす壮絶なものだった。 〙


演劇を見ている全ての人がまるで幻覚を見ているようだった。もはやこれは演劇なのかも分からない。二人の戦いは演技では無いのだから。


二人と出会って数ヶ月、彼女達が変わり者だということは知っている。だがまぁここまでとは……凄い戦いだ。どちらも本気で勝敗をつけようとしてきている。ならば俺も……いい加減に決めるべきなのだろうか……


しかし、これもいつまでもは続かない。俺のクラスの次にも体育館で出し物をするクラスはあるし、まだろくに文化祭を回ってもいない。


長らく続いた二人の戦いは、ストーリー上では魔王であるゾネが倒され、世界は平和になったという無難で普遍的な終幕を迎えた。


観客からは今まで聞いた事がない程の大拍手が聞こえて来る。


二人の顔を見ると、2人ともやりきったという表情をしていた。後は成瀬セナ次第ということなのだろう。


俺は幕が下りてくるステージの上で1人、そう他のクラスメイトとは違う事を考えていた。





演劇終了。時刻は正午を回ったところだ。


他のクラスメイトは各々文化祭を周りに行った中、俺とルナとゾネは教室で軽い打ち上げをしていた。


机にはお菓子やら飲み物、あと何故か舞台で使ったレイピアと大剣が置かれている。近くで見ると重さもずっしりしていてほんとにクオリティーが高い。


「いやー良かった良かった!なんかスゲーストレス発散出来たなぁ」


ゾネはがぶがぶお菓子を食いながらそう言う。


「そうですね、あなたとも正々堂々戦えて良かったです、これ以上とやかく言うのは野暮ですね」


ゾネはチュルチュルとストローの刺さったコーラを飲みながら答える。


とやかく言うのは野暮、か。それは言わずもがな、後は俺の答えを待つという意味で言ったのだろう。


そんなことを考えつつ、ふと、俯いていた顔を上げると2人共俺の事を見ていた。


「あぁ分かっている、なんだかんだ今日まで続いた勝負も、今日で終わりだ」


「ふっ、てことはもう結果は出たってことだな?」


ゾネは勝敗は分かりきっているという態度で聞いてくる。


「セナさん。信じてますよ」


セナも比較的穏やかな笑みを浮かべている。


元々4月に突発的に始まったこの勝負は、ルナ・スミノルフ・ソーニャと、ゾネ・ミュラーという二人の人間の、過去と未来の決着をつけるために始めたものだ。


つまり、これから俺が言う答えによって、生まれた時から喧嘩している二人の、どちらが勝者でどちらが敗者かが決まる。


この2人が本当に不仲で面倒臭い奴らだと言うことはよーく知っている。だからこそ、俺の責任は重要だということは理解している。


そう、重要なはずなんだ。なのに何故二人は1口だけ買った宝くじの当選結果を確認するような顔をしているのだろうか。


どうでもいい訳ないよな?ここはゴクリと息を飲むところだぞ。


俺は一息吐く。


…………そうだな。俺はどちらに惚れたのか。今までの事を振り返る。


────────────────笑。


「「なんで笑ってるの?んですか?」」


俺は微笑していた。二人は怪訝そうに俺のことを見る。


「いやすまん。今結果が出たんだがあまりにも笑える結果でな、いやお前たちにとっては笑えないんだが」


「成瀬さっきから何言ってんだ?頭イカれたのか?」


「セナさん、どういう意味ですか?」


果たして言っていいのか、場合によっては洒落にならない事になるかもしれない。


────────それでも、言おう。最初に巻き込んだのはそっちなんだから、俺は被害者なんだから、俺はこんなやつなんだから。


「“分からない“」


「「…………は?」」


二人は「分からない」を何に対して言ったのか分かっていない顔をする。


「その、勝敗がな」


「…………成瀬〜、お前ここまで引き伸ばしてそれが答えとかありだと思う〜?」


「セナさん、私はセナさんのことが嫌いじゃ無かったんですけどさすがにその答え聞いたら……」


2人とも不気味な笑みを浮かべる。


そうだよな、そうなるよな。自分でも分かっている。


「いやすまん。でも本当なんだ。この勝負を終わらせるのはまだ早いと思うんだ」


「…………つまり、勝負は継続するってこと?」


「試合は続行ってことですか……」


二人はそう言うと何故か笑顔になる。


俺はてっきりぶち殺されるのかと思っていたのだが……


もしかして二人も本当は終わらせたくなかったのだろうか。嫌、俺が終わらせない事を分かっていたのかも知れない。ならば。


「これからも続けていいか?この試合」


「…………ルナはどう?」


「え、なんで私に聞くんです?そんなの決まってるじゃないですか」


二人は顔を見合わせて同時に答える。


конечно(カニェーシナ)!」

Natürlich(ナトゥーリッヒ)!」


…………うん、ロシア語とドイツ語で何か言ったけど……何言ってんのか分からんな。


俺は何言ってんのか分からなかったが分かってる風に笑う。まぁこれからロシア語ドイツ語の習得も頑張っていくか。こいつらとの関係もまだまだ続くことだしな。

ご精読ありがとうございました。

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