2章 第14話 病院の屋上から見える景色は綺麗だった。あの悲劇が嘘と思えるほど綺麗だった……
こうしていると何もかも嘘のようだ。
空が青い。
病室を抜け出し、地下病棟からエレベーターで屋上に出た。その入り口脇の壁に背をあずけ、俺は足を伸ばして座っていた。雲が混じった青空を仰ぎ、ただぼーっとする。
そうすると頭に浮かんだのは、数日前の信じたくない出来事だった。
「残念だったわ。昨日の今日でいきなりだとは思うけど、あの子ならありえることだった。自分ひとりで突っ走るところがあるから……あなたの為ならなおさらね」
俺は喉を震わせる。
「どう、して?」
どうしてもこうしてもない。ただ理解したくないだけだ。
それだけ女医の……母さんの同僚の言葉は重かった。よく知っている人の……シャノンの母親――アキハさんが口にした内容が重かった。
「日和は亡くなったわ……」
それを告げられた場所は皮肉にも母さんの勤め先の病室だった。
「彼女だけ間に合わなかったの……本当に残念でならないわ」
ここに運ばれた時には手遅れだった、とアキハさんは言う。あの男の銃から放たれたガラスのようなものは、慢性的に傷を負わせる特殊な杭だから当たり所によっては助からない、というような感じの説明をされたが頭に入らない。
俯いたまま、理解できないままベッドシーツを見ていると、追い打ちをかけるような言葉が頭上から降ってくる。
「もうひとつ辛い話があるわ。朱宇くん、あなたの親族を調べたんだけど、身寄りがないみたい……」
知ってる。母さんは女手一つで育ててくれてたけど、親族については何も語らなかった。訊いても遠い目をされるか、はぐらかされるためだ。だから勝手に、子供を捨てるような悪い男に引っかかって身内に絶縁された、と思っていた。
でも、違うらしい。
「今まで知らなかったでしょうが、日和は第一世代のNOXなの。あぁそれと、NOXのことはどこまで知ってる?」
「えっと……不老の先進種族ってくらいしか、あとはニュースとかで……」
「不老ではないわ。見た目は変わらないように見えるけど、身体の劣化は止められないの。だから、必要に応じて臓器をフラッシュ・クローンで作り直して、身体の集積回路《IC》とも言うべき生体デバイス――ああ、それはともかく」
アキハさんは仕切りなおすように首を振った。
「話を戻すわね。彼女の親兄弟はずっと昔に寿命で亡くなっているわ。だから、家系図も曖昧になっている」
そこまで言うと、アキハさんは申し訳なさそうに肩を落とした。そして険しい表情のまま顔をそらし、開けていたドアの方を向いて頷きつつ口を開く。
「私としては親友の息子だから引き取ってあげたいけど、娘の面倒も彼らに任せっきりで、そうもいかないの」
彼らとはウォルターさんたちのことかな、と思うがそこで初めてドアの外に誰かがいることに気づいた。
「そういうわけで……これからのことは、このお姉さんが面倒みてくれるから心配しなくていいわ」
そう言ってアキハさんが一歩横にずれると、見覚えのある少女がそこにいた。
テレビで見たあの少女だ。肩口で二つに結った銀髪に優しい顔立ち。白い軍服は妙に似合っているが、やはり軍人としての威厳はまったくないコスプレ感。
そんな少女がにっこりと微笑んできた。
(次回に続く)