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七話 巨熊

 馬車で移動すること二日。フィエルテの北に位置する山際。森を切り開いて作られた果樹園に魔物討伐ギルドの一行は赴いていた。


 夜な夜な、巨熊コディアックが山を下りてきているとの通報が入ったのだ。


 ことが発覚したのは一週間ほど前。ビニールハウスに大きな亀裂が入り、驚いて確認すれば果物が食い荒らされていた。


 最初は野生動物かと思ったが、見張っているうちに体長二メートルほどの巨熊コディアックが姿を現した。対抗手段として用意した電気柵も意味をなさず、被害は拡大し続けていた。


「森際に果物を置いているのですが、それを食べたうえでビニールハウスにも……」


 今にも泣きそうな面持ちで園長が詳細を話してくれた。


 一番被害が大きいのは苺のビニールハウスで、まもなく収穫シーズンということもあり、このままでは大赤字で経営が立ち行かなくなるかもしれない。


 しかも、この果樹園では市民たちの娯楽として苺を収穫し、その場で食べられる苺狩りも行っている。


 放っておけば市民たちにも被害が出かねない。


「巣穴ごと叩くしかないか?」

「いや、この果樹園を餌場とした巨熊コディアックなどわかりっこない。不用意な刺激はさらなる被害を招く」


 ロッシュはギルドメンバーの話を聞きながら、魔石の準備を始める。今回は火と水、闇の三種類の魔石を用意した。


 魔石はその人が持つ魔力の属性とは関係なしに使うことができる。


「従業員たちの避難誘導、完了しました!」


 緊迫した空気の中、イリスの元気な声が届く。園長は何度も「よろしくお願いします」と頭を下げ、従業員の元に駆けていった。


「それで、作戦は?」


 朱色の目を細め、アルマンが山を見る。


 本日、巨熊コディアック討伐に来た一行の隊長はアルマンだ。指揮権も彼にあり、作戦も一任されている。


「魔法なしが二人と水が二人、無、光が一人ずつ」


 光属性に関してはギルドメンバーではなく、治癒術師として神殿から神官を一人借りている。ポーションの用意もあるが、酷い負傷はそれだけではカバーできず、巨熊コディアックと相対するということもあり呼んでいた。


巨熊コディアックに対して近接は下策です」

「ルネ神官は巨熊コディアックに知見がおありで?」

「神殿には様々な魔物の手にかかったものが運び込まれてきますので。とはいえ、私も図鑑のように詳しいというわけではありません。知識としては魔物討伐ギルドのみなさまには劣るでしょう」


 肩まで伸びる白金の髪に翡翠色の目。陶器のような白い肌に中性的な顔立ちだが、性別は男だ。白い神官服に身を包む彼の腰には金色の房飾りが下げられている。


「本当にこの人数で討伐できるでしょうか? 相手は巨熊コディアックなのですよね……?」


 黒髪の女性がロッシュとイリスを一瞥し、アルマンに尋ねる。及び腰の彼女は水属性の魔法士だ。


「ギルド長がこの五人と神官を手配した。可能だと判断した。それで文句あるのか? 言いたいことがあるなら遠回しじゃなくはっきり言え」

「い、いえ、私は……」


 女性が口ごもり、目を泳がせる。


「イリスに加えて、また魔法の使えない戦力外が増えたことが気に食わないんだろ」


 わかっていたことだが、案の定、白羽の矢が向けられた。


「アルマンさん! そんなはっきり言わなくてもいいじゃないですか! せっかく先輩が言葉を濁してくれたのにー」


 イリスは軽い口調でアルマンに抗議する。アルマンはすうっと目を鋭くし、睨まれたイリスはたじろいだ。


「遠回しな物言いなど時間の無駄だ。それに、ばかにされ、見下されているというのにへらへらするな。君たちは戦力外であっても役に立たないわけじゃないだろうが」


 ぴり、と空気が固まる。ロッシュとイリスは目を見開き、その後ろでルネがにこやかに頷いた。


「時間の無駄使いは終わったか? 全員納得したなら作戦、詰めましょうや」


 腕を組んでどっしりと構えるのは中年の魔法士だ。茶髪の男性で、無属性の魔法を使う。


「いつも通り、索敵は頼んだ。その間に組み立てる」


 男性がこくりと頷き、目を閉じた。


「イリス、彼はなにを……?」

「エドガールさんは目を瞑ることで、視界を飛ばすことができるの。まるでそこを歩いているみたいに」

「幽体離脱みたいなもの?」

「そんな感じじゃないかな?」


 なんとなく想像ができる。


「カタリナ。念のためスプリンクラーを稼働する許可を貰ってきてくれ」

「りょ、了解しました!」


 聞くに聞けなかったが、無属性の魔法士がエドガール、水属性の魔法士がカタリナというようだ。


「カタリナさんは水を生成できないんですね」


 水、火、風、土属性の魔法は大まかに二種にわけられる。そのものを生み出し、なおかつ操れるものと、生み出せないが操ることができるものに。


「ああ。だが細かい操作はうまい」

「いたぞ。山道を堂々と下ってきてやがるな」

「鉢合うか?」

「このまままっすぐ下りてくればな」

「山際で迎え撃つ。エドガールは追い続けろ。ロッシュとイリスは魔石の準備。イリスは火と水、水はカタリナが戻ってきたら渡せ。ロッシュは闇の魔石を持て」


 アルマンの指示を聞き、一行は臨戦態勢に入る。


 スプリンクラー使用の許可を貰ってきたカタリナも合流し、緊張の糸が張り詰めた。


「目標との距離五百メートル、走り出した!」

「ロッシュは闇の魔石で視界を奪い、カタリナは水の魔石で目標をさらに囲え。僕が凍らせる」


 まもなくして地響きのような足音が響き、巨大な熊が道を駆け下りてくるのが見えた。


 ロッシュは闇の魔石を投げ、巨熊コディアックの顔に命中させた。たちまち霧状の闇が発生し、足止めに成功する。


 立ち止まった巨熊コディアックは二本足で立ち、前脚を動かして闇を払おうとした。くぐもった咆哮が聞こえる。


「いきます!」


 続いて水の魔石が投石され、魔石は水の塊に姿を変える。カタリナは、ぐ、と拳を握り、水塊に巨熊コディアックを閉じ込めようと意識を集中させた。


「っ」

「沈めようとせず、囲うだけでいい!」


 二メートルほどの巨熊コディアックは魔石一つ分の水だけでは全てを覆うことはできず、カタリナは膜を張るように水を薄くする。たらりと額に汗が流れた。


 徐々に膜を薄くし、水泡となった瞬間に水が凍りついていく。薄氷は質量を増していき、クリスタルのように分厚い氷が巨熊コディアックを包み込んだ。


 ごろりと転がった氷塊によって静寂が取り払われ、背後からぱちぱちと拍手が届いた。


「スピーディーな対処、お見事です。カタリナさんもよく集中を乱しませんでした」


 アルマンは鼻を鳴らし、転がってきた氷塊を右足で踏みつけた。


「イリス、火の魔石でこいつを照らせ」

「え、溶かすんですか!?」

「魔石一つで僕の氷が溶けるわけないだろ。闇を払うんだよ」


 イリスが火の魔石を氷の上に落とすが、火は表面を撫でるだけですぐに消えてしまった。けれど、氷は溶けなくとも闇が晴れていた。


「顔、怖いですね……」

「どうやって持ち帰るんだ、これ?」

「……動いていませんか?」


 各々が眺める中、ルネが小さく口にした。氷漬けになった巨熊コディアックの口元が僅かに動いているように感じ――否、たしかに動いている。


「なにか、これ……まさか、鳴き声?」


 くぐもった叫び声のような音が、氷の奥から響いてきていた。


「エドガール!」


 はっとしたアルマンに、エドガールは呆然と山を見つめて答える。


「見なくとも、すでに見えている」


 その場にいた全員が一斉に顔を向ける。


「ひぃっ」


 イリスとカタリナが悲鳴を上げる。


「な、なんですか、あれ! もう一体いたんですか!?」

「大きすぎませんか!?」


 土煙を巻き上げ、一心不乱に猛進してくる巨熊コディアックの姿。体長は優に三メートルを超えているのではないか。


「先ほどの陣形を組め!」


 迫りくるスピードも段違い。新たな巨熊コディアックが地を這うような低い咆哮を轟かせたとき、


「イリスさん!?」


 後ろに退いていたイリスが地面に倒れ込んだ。すかさずエドガールが拾い上げ、カタリナとともにビニールハウスまで下がる。


「『威圧』……っ!?」

「巨熊が『威圧』を使うなど、聞いたことがありません……」


 すぐ隣で聞こえた声に、ロッシュは息を呑んで振り向く。


「ルネ神官!?」

「はい、ルネ神官です。私ももっと後ろに下がりたいところですが、前線にいたほうがいいでしょう。すぐに治癒魔法がかけられて、アルマンさんが死にませんから」


 ロッシュは背筋に冷たいものを感じ、慌てて顔を戻す。


 アルマンが山道にいくつもの氷の壁を作り出していた。だが、巨熊コディアックはそれを突進で破壊してこちらに走ってくる。


「やはり、一から氷を生み出すには時間がかかりますね。先ほどのように水があればいいのですが」


 水の魔石を持っているのはイリスとカタリナだが、片方は気を失い、片方ははるか後衛にいる。この距離では投げろと言っても届かないだろう。


「――」


 ロッシュは闇の魔石を握りしめる。今度は巨熊コディアック全体を覆うように闇を発生させた。


「止まりませんね」


 断片的な闇などもろともせず、無意味だと嘲笑うかのように咆哮が響き渡る。びりびりと空気が震えた。


「っ……退避!」


 巨熊コディアックはどの妨害にも怯むことなく、氷漬けになった巨熊に到達してしまった。丸太のような前脚が大きく振りかざされ、たった一度の殴打でアルマンの氷が砕け散る。


 氷片を含んだ冷気の爆風に、前線にいた三人は吹き飛ばされていた。

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