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六話 脚長力馬

 雲一つない快晴日。ロッシュは薬草採取に同行させてもらうはずだったのだが、厩舎で仰向けになっていた。


 まず、魔物討伐ギルドは中央区と東区のほぼ真ん中に位置している。そして宿舎と訓練所、厩舎が王都の外にある。


 ロッシュも宿舎に寝泊まりし、魔石を作るときはギルドに向かうという形をとっていた。


「おかしい……」


 どこまでも澄み渡る空を呆然と眺め、受け入れられない現実を遠ざける。離れた位置からこちらを窺う馬に、鼻を鳴らされた気がした。


「大丈夫?」

「ああ、うん……ありがとう、イリス」


 琥珀の目を心配そうに揺らすイリスから差し伸べられた手を掴み、ロッシュは体を起こす。


 もう何度馬に振り落とされたかもわからず、制服にも土がこびりついてしまった。


「次、次の馬!」


 薬草採取。ぜひ同行したかったのだが、ロッシュは門前払いを食らっていた。馬に乗せてもらえないのである。


 なんとか背中にまたがっても、瞬きののちには地面に放り出されている。踏みつけられないだけましなのだろうが、どうも腑に落ちない。幼い頃は領地でも馬に乗れていたし、決して乗馬の技術がないわけではないのだ。


「言いにくいんだけど……」


 イリスが口をもごもごとさせ、遠くで餌を食べている馬に目を向ける。


「さっきロッシュを振り落した子が、最後の馬だよ」

「そんな」


 せっかくイリスが馬選びに残ってくれたのに、これでは面目が立たない。それに、どの馬にも乗れないとなると今後に関わってくる。


 魔物討伐に赴く際は馬車ではなく、馬に乗る機会もあるだろう。いち早く現場に駆けつけるためにも、馬を制御しなくてはならないのに。


「おかしいな。どの子もいい子なはずなのに」

「ぐ」


 イリスの疑念がぐさぐさと刺さる。


「本当に、本当に全部?」

「うん、全部だよ」


 少しの沈黙のあと、イリスが目を泳がせた。


「嘘だ」

「えっ」

「本当はまだ俺が乗ってない馬がいるんじゃない?」


 さらに静寂ののち、イリスが観念したように厩舎に顔を向けた。軒並みロッシュを振り落した馬たちがいる厩舎ではなく、その反対側の厩舎のほうに。


「いるには、いるんだけど……」

「そんなに迷うってことは、よほど気性が荒いとか? あ、病気とか……? それだったら」

「いや、そうじゃなくて。その……あっちの厩舎にいるのは脚長力馬ストライドルーなの」


 なるほど、言い淀む理由がわかった。


 脚長力馬ストライドルーは体高が二メートルを超える、脚の長い馬の魔物。筋力が非常に強く、重い荷物を乗せて移動のできる馬――なのだが、「気位が高すぎる」で有名だ。


 スピードも速く、筋力が高いことがとても魅力的。けれど自分が認めたものにしか気を許さない性質がある。


 無理に乗ろうものなら容赦なく蹴られ、最悪の場合、命を落とすこともあるほどだ。


「うちのギルドにも四体の脚長力馬ストライドルーがいるんだけど、一体はまだ主人を見つけていないの」

「俺、試してみてもいい?」

「うーん、私の一存じゃなんとも……」


 そこでカシアスに許可を貰うために言付けを頼んだら、返事とともにテオドールがやってきた。テオドールはギルド長を退いてからは顧問という立場でギルドに関わっている。


 ちょうど暇をしていたらしい。


「それで、脚長力馬ストライドルーに挑戦したいって?」

「うん。まだ主人を見つけてない馬がいるってイリスに教えてもらったんだ」

「そうだなあ。言い方は悪いがうちでは持て余していたから、ロッシュが手懐けてくれるんならちょうどいい」


 過度な期待を寄せられているような気がする。これで認めてもらえなかったら本当にあとがない。


 ロッシュはどきどきしながら厩舎に足を踏み入れた。テオドールが付き添い、イリスは入り口で待っている。


「こいつが俺の愛馬だ! 可愛いだろ? この円らな瞳がよ」


 テオドールがふらりと一体に近づき、鼻筋を撫でた。


「伯父さんの他には誰が主人なの?」

「シャルロットとアルマンだ。アルマンはこの前、一緒に怒られていたから知っているよな?」


 先日、愚者火イグニスの一件に噛んでいた三人は正座をさせられ、腕を組んでにこやかな顔をするカシアスに詰められた。


「うん、知ってるよ」


 飼育という表現が正しいかは定かではないが、とりあえず愚者火イグニスはシャルロットに一任されることになったと聞いた。


 愚者火イグニスの灰はかなりの需要がある。カシアスもいずれは商売に活用できないかと考えているのだろう。


「えーと、フリーの脚長力馬ストライドルーは一番奥のあいつだ。あんまり近づきすぎるなよ。まずは離れたところに立って、じっと目を見つめるんだ。逸らされなければゆっくり近づいて、真正面に立つ。まずはそこまでやってみろ」


 ロッシュは言われた通りにした。


 ぺたんと後ろに倒され、目つきが鋭くなったように思える。それは錯覚ではなく、地面を蹴るような動きの前脚が敵意を表していた。


 しばらく様子を窺っていると落ち着いてきたようで、威嚇がましになった。


「よし、ゆっくり近づいてみろ」


 心臓がばくばくと音を立てる。柵があるとはいえ、怖いものは怖い。しかも相手はただの動物ではなく、魔物なのだ。


「よーしよし、その調子だ……」


 気がつけば鼻先にロッシュは立っていた。すんすんとにおいを嗅がれ、あらゆる角度から眺められる。首筋に鼻をうずめられたときは噛まれることを覚悟したが、そんなこともなく。


 案外あっさりと解放してもらえた。


「お、認められたんじゃないか? ちょっと撫でてみたらどうだ?」


 ロッシュは恐る恐る手を伸ばす。耳は元の位置に戻り、口元が緩んだ。撫でようとした手には頭をこすりつけてきて、認めてもらえたのだとわかった。


「さすがだな、ロッシュ。気に入られなければ近づいた瞬間に噛みつかれていたんだが」

「そういうの先に言ってくれる!?」


 なにはともあれ、この脚長力馬ストライドルーの主人になれたということだ。なにをお気に召したのかは知らないが。


 入り口で控えめに拍手しているイリスが横目に見えて、ロッシュはぐっと親指を立てる。


「乗ってみてもいい?」

「ああ、いいぞ」


 柵に入ると脚長力馬ストライドルーはすっと足を曲げ、乗りやすく身をかがめてくれた。


「そういうのも認めたっていう証だ。主人以外には足を曲げるとか思いやるような行動はしない」


 鞍や手綱など、ありあわせの馬具をつけて厩舎を出る。放牧されていた馬たちが一目散に厩舎に戻っていくのを見て、ロッシュは思わず笑ってしまった。


「よしよし、いい子だね」


 体高が二メートルを超えているため、視界がかなり高い位置にある。遠くまで見晴らせて気分がいい。速度を出すと少し揺れが気になるが、慣れればなんてことはないだろう。


脚長力馬ストライドルーって他の人にとってはどれくらい危険なの?」


 しばらく走り、厩舎に戻ってテオドールに尋ねる。


「普通にしてればなんてことはないが、触れようとするとだめだな。他人の手からも餌は食べるし掃除とか世話もさせてくれる。けどブラッシングや乗馬は主人しか受け入れない。だから餌の心配はいらないが、こまめに世話をしてやらないと」

「うん、わかった。これからよろしくね」


 別れ際、撫でてやると嬉しそうに鼻を鳴らしてくれた。全ての馬に振られたショックなどすっかりどうでもよくなってしまった。


「イリスも、付き合ってくれてありがとう」

「ううん! でもロッシュがあの脚長力馬ストライドルーを手懐けちゃうなんてびっくりだよ」

「俺も。これで置いていかれるなんてことはなくなるから安心だ」


 次こそは薬草採取に連れていってもらいたい。


 それからテオドールがギルドに戻るということで、ロッシュもついでに連れていってもらうことにした。


 今日分の魔石を作らなくてはならない。宿舎でぱぱっと作りたいと思うときもあるが、安全面を考えると、やはりギルドで作ったほうがいいと念を押された。


 イリスに感謝と別れを告げ、テオドールに続いて馬車に乗り込む。


「引継ぎはもう終わった?」

「とっくに終わっているよ。カシアスは飲み込みが早いからな。ただ……若いからって他で舐められることもあるのが悩みどころだな。辺境伯っていう後ろ盾があるからいいが、あまりにしつこいやつには灸を据えてやらないと」

「俺になにかできることはある?」


 だめもとで聞いてみる。


「いや、大丈夫だ。お前はこれ見よがしに闇の魔石を生産してくれるだけでいい。魔物に依存した商売しているやつは、いやでも頭を垂れざるを得なくなるからな」


 にやり、とテオドールが悪い顔をした。


「闇の魔石って意外と需要高いんだね?」

「俺はお前がそれを知らなかったことが驚きだよ。ロッシュが魔石を作るようになってからは、国境の防衛魔法のコストがかなり下がったからな。王室も無視できないほどだ」

「……これで魔法が使えたら、もっと役に立てたのにね」


 しん、と静寂が広がる。馬車の軋みの音がいやに耳に響いたとき、ロッシュははっとする。


「ごめん。俺、また……こんなこと言っても仕方ないのにね」

「周りが優秀なやつらばかりだと、滅入っちまうよな」

「え?」

「なんでもない。ロッシュに習って、俺も魔石作りしてみようかな。うまく魔力を流入させるコツ、教えてくれるか?」


 ロッシュは伯父の呟きは聞かなかったことにして、快く頷いた。

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