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四十三話 最低だ

 数日かけ、一行を乗せた馬車は王都へと到着した。


 万全でないロッシュは馬車酔いに酷く苦しめられたが、強引に進んだ。そうでもしなければ気持ち悪さは余計に長引いてしまう。


「ロッシュ、大丈夫ですか?」

「はい、なんとか」


 黒煉瓦でできた建物の前に馬車は止まり、魔物討伐ギルドの制服に身を包んだものが目に入る。帰ってきたのだと感慨に耽るロッシュの隣、エリゼオが物珍しそうに目を輝かせていた。


 相変わらずつなぎを着るロッシュと異国の装いをするエリゼオは、少し浮いている。


「荷物は降ろさなくていいわよ」

「え?」

「カシアスがギルド長室で待っているから、早く行きなさい」


 ステラに促されるままにロッシュとエリゼオは手ぶらで階段を上った。


 あの日からカシアスとはなんとなく気まずく、顔を合わせても互いにぎくしゃくとした雰囲気になってしまっていた。


「二人に伝えなくてはならないことがある」


 ソファに座ってすぐに話を切り出される。二人に、というわりに視線はエリゼオに向けられている時間のほうが長い。


「まず、エリゼオ」

「はい」

「君は王都ではなく、ヴァンサンの本邸で過ごしてもらう」

「本邸?」

「ああ。王都から東へ、五日ほど馬車に揺られるとヴァンサン領はある。本邸は、俺やロッシュが生まれ育った場所だ」


 カシアスと目が合う。すぐに逸らされてしまったが、とても温かい眼差しだった。


「貴族は家を、たくさん持ってる。知ってます」

「エリゼオは独学で魔導具を作っているんだよね?」

「はい。フィエルテの本で勉強もしてるけど、全部は読めません。だから、自分で考えて、やってます」

「それじゃあまず、君はヴァンサンの魔導具師の元で経験を積むんだ。そして並行しながら、フィエルテの言葉もより学んでもらう」


 エリゼオは目を瞬かせる。


「いずれ、エリゼオには工房を持ってもらう。商会でもいい」

「店を持てるですか!?」


 前のめりになって立ち上がったエリゼオははっとし、わざとらしく「こほん」と咳払いをして腰を下ろした。


「君の努力次第だよ」

「はい、頑張りますー!」

「ロッシュだけど……」


 何拍か間が生まれる。


「ロッシュも領地に帰ってもらう」

「――」


 魔物討伐ギルドでの処遇についてロッシュは聞かされていなかった。規律を乱したのだから名簿から名前を剥奪されても文句は言えない。


 王都に構える魔物討伐ギルドにおいて、それだけのことをした。わかっていたことだが心には重くのしかかる。


「一ヶ月は魔法を使ったり激しい運動をしたりすることは禁止だ。とにかく体を休めて回復に専念すること」

「一ヶ月経ったら、魔法を使っていいの……? でも、カシアス兄さんは、魔法を使うのは反対って……」

「定期的に神官に診てもらう。そして神官の指導の下、事前に血液を抜いておく。保存の魔法をかけた瓶に保管しておけば、それならいつでも使える」


 ロッシュは目を見開く。


「――」


 それは、シャルルが助言してくれたものと全く一緒の案だった。


「俺たちは民の安全を守るために命さえ賭することもある。でも、死んだら守れない。守るために、自分の命を優先しろ」


 ロッシュはこくり、こくりと何度も頷いた。


「それで本調子に戻ったなら、ヴァンサン領で三稜鏡プリズムを十個見つけてもらう。それが、ロッシュに課せられる罰で、任務だ。その間、ロッシュには別邸を拠点としてもらう」

三稜鏡プリズムって……」


 三稜鏡プリズムとは面によって煌めく色が変わる多面体だ。一般的に、なんらかの影響により妖精が結晶化したものと言われている。


 昔に妖精が乱獲されたことで個体数が激減し、自ずと市場に出回るのが珍しいほどの希少素材となった。


「ヴァンサン領であるならどこを探してもいい。けれど、本邸の敷居を跨ぐことは許されない」


 有り体に言えば、十個発見できなければ二度と本邸にも王都にも戻ることはできないということだ。


「野宿をしてもいいけど、活動拠点は基本的に別邸でね。手紙のやり取りや、誰かを別邸に招くことは構わない」

「僕も行っていいですか?」

「もちろん。でも、三稜鏡プリズム探しに協力するのはだめだ。いいね?」

「わかりました」


 エリゼオは頬を綻ばせる。


「そして最後に、オスカー兄さんからの伝言がある」


 ロッシュは弾かれるようにカシアスの目を見る。


「――強くなりなさい」


 短い激励だがそれに全てが込められていて、ロッシュはそれをたしかに、受け取った。



 ◇◇◇



 失望させて、裏切って、信用を損なった。けれど、それでも、期待して、任せてくれて、信じてくれた。


 ロッシュはそれに応えなくてはならない。


「――イリス」


 懐かしい厩舎。馬たちは相変わらず、ロッシュの姿を見るなり遠巻きに避けた。


「ロッシュ……?」


 肩ほどの長さだった金髪は少し伸びて、首の後ろでまとめられている。琥珀色の目をぱちくりとさせたり細めたり、ロッシュの存在を疑う仕草が忙しい。


「本当に、ロッシュなの?」

「うん」

「い、今まで、どこに……っ。だい、大丈夫、なの?」


 しどろもどろになりながら、イリスはぱたぱたと駆け寄ってくる。口振りからしてロッシュが今までどこでなにをしていたのか知らないようだ。


「フィエルテの南にある港町にいたんだ。それで俺、イリスに謝りたくて」

「え!? なんで!?」

「イリスの気持ちを無視して、無碍にしたから。あのときは、ごめん」


 ロッシュは深く頭を下げる。


 イリスを前にして、あの固まった笑顔が脳裏に焼きついていた。


「いいよ。許す」


 イリスの耳にかかっていた髪がはらりと頬に流れる。


「だから、なにも言わなくていいよ。私がロッシュの立場だったら、同じように考えると思うから」


 言うに言えなくて、腹に留まっていた言葉が消化される。


 同じ痛みや苦しみを分かち合える同士。察し、言葉にさせないようにしてくれたイリスに、ロッシュはようやく頭を上げた。


「ありがとう」


 少し寂しそうで、けれど澄んだ笑顔にロッシュは心の底から安堵した。


 それから端的に領地へ戻ることを伝えて馬車に戻ると、エリゼオが口をへの字に曲げて待っていた。


「どうしたんですか?」

「苦しそうです」

「なにがですか?」

「ロッシュがです。戻ってくるとき、顔が曇ってました」


 エリゼオに指摘され、イリスとの会話で陥っていた自己嫌悪がぶり返す。


 衝動のままにイリスに会いにきてしまったが、どう転んでも嫌味になってしまうとロッシュはあとから気づいた。


 意気投合し、魔法が使えない傷を舐め合ったのに。ロッシュは魔力があって、イリスには魔力がない。ロッシュが魔法を発見できる可能性はあって、イリスには希望すらなかった。


「――最低だ」


 ロッシュは両手で顔を覆い、深いため息をついた。


 自分のことしか考えられていなかった。無神経で、幼稚で、傲慢で。顧みれば、よく見捨てられなかったと自分でも思う。


「よくわかりませんが、憂いが晴れると、いいですね」


 後悔を飲み込み、ロッシュは首肯する。


「はい。強く、なります」


 二人を乗せた馬車は静かに、走り始めた。

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