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四話 敵わない

 スキップしてしまいそうなほどロッシュの足取りは軽い。世界が一段と明るく感じた。


 帰ったらカシアスに自慢して、すぐにでも練習したい。


「シャルロットさーん! 買ってきました!」


 よく通る声にロッシュは顔を向ける。その声の主が、自分と同じ制服を着ているのが目についたからだ。


「ありがとう、イリス」


 なにやら人だかりができている。通行人が囲んでいるのは串焼きの屋台で、シャルロットと呼ばれた熟年の女性が店主の横に立っていた。


 騎士服をローブ風に仕立てた黒色の制服。柔らかい青みのあるクロッカス色の髪とアイボリーブラックの目が落ち着いた印象を与える。


 その横できらきらとした琥珀色の目を向けるのは、イリスと返された女の子だ。肩ほどの長さの金髪が好奇心を表すように揺れ動いている。


「こんなに注目を集めてしまうとはね」


 囲む全員に見せつけるように、シャルロットは魔晶石を掲げた。無色透明の石が、じわじわと赤く染まっていく。


 火属性の魔力。それが魔晶石へと流し込まれ、みるみるうちに火の魔石へと姿を変えた。


 わっと野次馬たちが感嘆に声を上げ、拍手が起こる。


「た、助かった。シャルロットさん、本当にありがとうございます」

「市民を助けることが我々の仕事だからね。だが、次からは気をつけるように。在庫確認を怠ってはならない」

「気をつけます。今から焼くので、持って行ってください!」

「やったー! よかったですね、シャルロットさん」


 イリスがばんざいをする。シャルロットは微笑ましそうに頷いたが、逸らされた顔は微妙な葛藤が滲んでいた。


 火の魔石を用意するにあたり、多分だが店主は対価を払っていない。火の魔石と串焼きのお土産、どう天秤にかけても釣り合わないだろう。


 ロッシュは知っている。魔晶石に魔力を流し込み、魔石として完成させることがどれだけ大変なことか。


 同情の眼差しを向けすぎたのか、ふいにこちらを見たシャルロットと目が合った。


「もしかして……あなたはロッシュのほうかな」

「あ、ロッシュ・ヴァンサンです。本日より、魔物討伐ギルドに所属することとなりました。ロッシュと呼んでください」

「ああ、知っているとも。私はシャルロット・マルティネス、副ギルド長だ。副ギルド長でもシャルロットでも、好きなように呼んでくれ。寄り道をしてしまい、歓迎に間に合わなくてすまなかったね」

「いえ。大変でしたね」


 図らずも宣伝となったシャルロットのおかげで、串焼きの屋台には長蛇の列ができている。その最前にいたイリスがパックを抱えて走ってきた。


「シャルロットさん、そちらの方は……見ない顔ですが」


 イリスは怪訝な視線を向けてくる。見知らぬ人が制服に身を包んでいればその反応をしてもおかしくはない。


「今日から新しいギルド長とメンバーが来ると言っていただろう。彼がそのメンバーだ」

「あ、そうでしたか! 初めまして、私はイリス・ローラン、ローラン子爵家の二女です。これからよろしくお願いしますね……と言っても、私は魔法を使えませんが」

「えっ」

「あ、で、でも! 魔法が使えなくても荷物運びだったり資材の調達だったりの面でお手伝いをさせてもらっていて」

「俺も魔法が使えないんです」


 弁明しようとするイリスの言葉を遮り、ロッシュも自分が魔法を使えないことを明かす。勢い余って言葉を被せたのは、仲間意識が芽生えたのと、必死に言い訳を探す自分と重なったからだ。


 言い訳をするときはやけに流暢になって、つらつらと言葉が出てくる。相手の反応が怖くて本当は言いたくないが、心を守るための防衛反応のようなものだ。そういうときは大抵、あとから気分が落ち込む。


 だから、話させたくなかった。


「私、魔力がなくて……遊びの延長でみんなに疑似的な魔法をよく体験させてもらっているんです」

「魔力はあるんですが、どれだけ記録や文献を遡ろうと、俺はどの魔法も使えなかったんです」

「ヴァンサン家は代々、闇属性の魔力を持つものが多いからね。例えば私は火属性だが、生み出したり操ったり前例が多い分、見つけ方は簡単だ。しかし、闇と無はどうも魔法の発覚が難しい」

「私は望みがないですが、ロッシュさんは魔法を見つけられるといいですね」


 にこりと笑うイリスにロッシュは息を呑む。


 似たような境遇で、不安や焦りがつきまといながらも他人を思いやれるなど、なんといい人なのだろう。


「敬称はいりません」

「では私も。敬語もいりません」


 差し出された手をロッシュは握り返す。


「友人ができたようでなによりだ。ロッシュ、他に寄るところがないなら私たちと一緒に帰ろう」


 魔法やギルドについて話しながら、三人は帰ってきた。ロビーの受付に二人座っているだけで、当然だが先ほどの人たちは解散していた。


「シャルロットさん、イリスさん。お帰りなさい」

「ああ、ただいま。テオドールはまだいるか?」

「ギルド長室でカシアスさんに引継ぎをしています」

「そうか。ちょうどいいからイリスも挨拶しておこうか。それはお土産だ。みんなで食べてくれ」


 受付に串焼きのパックを渡し、三人で三階にあるギルド長室に向かう。


「テオドール、帰ったよ」

「ん? ああ、シャルロット! 紹介するよ。この子が俺の甥のカシアスだ。ロッシュとはもう知り合いみたいだな」

「初めまして、シャルロット副ギルド長」

「これからよろしく頼む、カシアスギルド長。ともに敬称も敬語もいらない。それでいいね?」


 ヴァンサン家の魔物討伐ギルドでは、身分を明かしても区別はしない。驚くべきは誰に対しても「さま」という敬称はつけてはならないというルールがある。


 これはギルド員同士で壁を作らないようにし、スムーズな連携を取るために必要なことなのだ。少なくとも、ここ数代のギルド長はそう考えている。


「もちろん」


 定型からは少し離れた挨拶を交わし、シャルロットはぽんとイリスの背中を押した。緊張した面持ちでイリスが口を開く。


「イリス・ローラン、ローラン子爵家の二女です。魔法が使えないので、シャルロットさんの手伝いをしています」

「よろしく。ロッシュも入ってきたらどうだ? 魔石についても話したいことがある」


 そこでシャルロットとイリスは退室した。


 机の上には気が遠くなりそうなほどの書類と本が積み重なっている。取引状況や利権関係など、複雑で難しい文章がつらつらと綴られており、ロッシュは見なかったことにした。


「話したいことってなに?」


 引継ぎは小休憩となり、三人はソファに座ってほっと息をついた。


「その前に、見ないベルトをしているね?」


 カシアスがロッシュの腰元に目をやる。


「うん、これ見て」


 ロッシュは背中に手を回し、白い柄の短剣を引き抜いた。


「オスカー兄さんが俺にくれたんだ」

「どんな短剣なんだ?」


 テオドールが顎をさすりながら尋ねる。


「刃は火竜ファイヤードラゴン、柄はグリフォンの素材が使われてるんだって」


 押し黙るテオドールに対し、カシアスはくすりと笑う。


「さすが兄さん。少し触ってみてもいい?」

「もちろん」


 カシアスに手渡すと、感触を確かめるように撫でたり軽く振ったりした。


「オスカーもそうだが……希少素材ばかり使ったそれを用意できる商業ギルドもとんでもないな」

「ロッシュの門出なんだから、これくらい当然だよ」

「お前の門出でもあるだろ」

「俺はいいんだよ。俺はすでに、父さんからはグローブを、兄さんからは盾をもらってるからね」

「お前が納得しているならいいが」


 カシアスは頷いたあと、「さて」と空気を入れ替える。自然とロッシュは背筋を伸ばしてしまった。


「家では闇の魔石をどれくらいの頻度で、いくつ作ってた?」

「えーっと、暇なときに……調子がいいときは一日に二十個くらいかな」

「とんでもないな」


 カシアスの隣でテオドールが喉を鳴らす。


「多いの?」

「異常だよ。俺だって頑張れば五つはできるかもしれないが……王室魔法士だってお前に敵うかどうか」

「俺は、保有魔力が多いから……それに、他にやることもなかったから」


 領地運営は一番目の兄が、魔物討伐は二番目の兄が。兄たちには目指し、継ぐべきものがあった。けれど自分には、そんな高尚なものはない。


 無駄に多い魔力を活かすには、魔石作りしかやることがなかったから。


「そう自分を卑下するな。ヴァンサン領の国境で諍いが起きないのは、ロッシュの魔石があるからだ。俺や兄さんより、ロッシュが防衛の要と言っても過言ではないよ」

「過言だよ」

「過言じゃない」


 和やかだった兄の表情が凛々しいものに変わる。


「カシアスの言う通りだ。自信持て! お前の力は、俺が保証してやる!」


 テオドールは豪快に笑い、真剣な面持ちのカシアスに同意を求める。肩を組まれたカシアスは重そうにしたが、退くようなことはしなかった。


「さっきの、本当?」

「ん、なにがだ?」

「王室魔法士も、敵うかどうかってやつ……」


 声に出すと恥ずかしくなって、語気が弱くなる。ついでに背中も丸くなった。


 カシアスとテオドールは顔を見合わせ、二人して口角を上げる。


「俺たちのロッシュに、敵うわけがない」


 頬が熱を帯びるのを感じた。褒められて、持ち上げられるのは恥ずかしくて仕方がないが、心地よくもある。思い上がってしまう。でも正直、嬉しい。


「俺、もっと頑張る」

「くれぐれも無理はしないように。それで、一日に作ってもらいたい魔石の数なんだが――」


 王室魔法士たちはそれなりの魔法を使うだろうから、なにもしない自分と比べられたら敵わないのは決まっている。そんな言い訳を心の中でしたが、口から出ることはなかった。

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