三十九話 証明
ロッシュは応接室の扉の前で深呼吸した。左手を包む温もりが微かに震え、ステラも緊張しているのだと伝わってくる。
二人は顔を見合わせ、手を離すのと同時に頷いた。
「失礼します」
返事を聞く前に扉を開ける。
楕円のテーブルを囲んでいた人たちが一様にこちらへと顔を向けた。ぽかんとしたり目を鋭くしたり、共通することと言えば、誰一人として歓迎してくれる様子はないということだ。
「ロッシュ、と……」
「ご無礼をお許しください。ステラと申します。本日は証言したいことがあり、ここまで参りました」
「今、我々の生活がかかった大事な話し合いをしているんだ。子どもは家に帰りなさい。ここは遊び場じゃないんだ」
村長の隣に座っていた茶髪の男が椅子を引く。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!」
続いて声を上げたのはパスカルだ。天敵ともいえるステラの登場にその顔を歪ませた。
「父さん、俺たちも話を聞きたいんだ」
ロッシュはパスカルを無視し、端的に用件を述べた。
「ああ? ガキが聞いたところで意味ねえだろうが!」
だん、とテーブルを叩いた男の顔はパスカルとよく似ていた。隣り合わせで席についていることから親子であることは明白である。
「だったら、パスカルとオスカーさまがいても意味がないのでは?」
「ああ!?」
「座りなさい」
「っ……!」
立ち上がり、子どもに向かっていこうとしたパスカルの父を村長が止める。さすがに村長にも反抗的な態度を貫くわけではないようで、ロッシュはほっと胸を撫で下ろした。
それでも、ぎりぎりとこちらを睨む様相は恐ろしくて仕方がないが。
「子ども二人が増えたところで議論に支障は出ないでしょう。それに領主さまのご子息とあらば断わる理由はございません。さあ、再開しましょう」
使用人に椅子を用意してもらい、ロッシュとステラは部屋の隅を確保する。
改めてテーブルを囲む面々に顔を向ければ、困惑を顔に乗せたオスカーと目が合い、ロッシュは安心させるように笑いかけた。
「村のものたちにも聞き込みを行ったところ、違和感を覚えたのは数日前からで――」
ロッシュが村と邸宅を行き来している間にあらかた議論は進んでおり、村長が飛び込み二人にもわかるようにまとめを述べるところから話し合いは再開された。
畑に異変があったのはオスカーが村に訪れたあとからであり、パスカルと口論している姿も目撃されていることから、やはり逆恨みによる悪行であるという前提で話は進められていた。
そのうえで、被った損失はどのように補填するか。それが、これから話される議題である。
「それはもちろん、領主さまが支払ってくれますよね? 新しく作物を育てるにも、まず土壌を整えなくてはなりません。まあ、土にまで呪いがかけられているのなら、いくら耕したところで骨を折るだけになりますが」
茶髪の男が嫌味たらしくオスカーを見やるが、オスカーは無表情のまま問いには答えなかった。
「なんか言ったらどうなんだよ」
さしてダメージを受けているように感じられないからか、パスカルが眉根を寄せた。
「今は領主に向けての質問ではなかったのですか?」
「は?」
「今の問いかけに私が答える必要はなかったと思いますが、誰に対しての問いかけか今一度お伺いしても?」
顔色を変えないオスカーに茶髪の男はたじろぎ、村長に助けを求めるような視線を向けた。だが、村長は口を閉ざすばかりで、むしろ呆れたような顔をするだけである。
「い、今のは……領主さまへの、質問です」
「不足した食料の確保、そして新たに植える作物についてもこちらで用意する」
「それは助かります」
村長が一つ頷けば、茶髪の男は黙ってしまった。
ロッシュは膝の上で拳を握る。オスカーに嫌味を言う茶髪の男もそうだが、不遜な振る舞いをするパスカルにも、絶対に過ちを認めさせてやりたい。
「――なるほどね」
心の中で苛立ちという名の炎を燃やすロッシュの耳が、ステラの小さな声を拾う。なにが、と尋ねる前にステラは言葉を続けていた。
「議論も終わりの兆しを見せましたので、発言をよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます。まず、オスカーさまが畑に呪いをかけたという結論に至った原因をお聞きしたいです」
「それは、オスカーさまがパスカルに恨みを抱いて」
「では、パスカルが呪いをかけたと言い始めたのですか?」
「あ、ああ……そう、だったかな?」
茶髪の男は目を泳がせ、首を傾げた。
「たしかパスカルが、オスカーさまが畑にいる姿を見たと言っていたような……」
「オスカーさまは畑に入られたのですか?」
「いえ、私は畑に入っていませんよ。私はロッシュがパスカルという村人にロッシュが暴力を振るわれたという話を騎士から聞きましたので、事実確認及び謝罪を求めにいった次第です。事実は確認できたものの謝罪はいただけなかったので、ロッシュのためにもその場はすぐに去りました」
ロッシュが問題にしなかったことを尊重し、オスカーはことを大きくせず帰ることを選んだ。
「おかしいですね。パスカルはオスカーさまが畑に入ったのを見たはずなのでは? ねえ、パスカル? 答えてくれるかしら」
パスカルは口をもごもごとさせ、茶髪の男よりもあからさまに目を泳がせた。
「あなたは真実を述べればいいのよ?」
「そのガキどもにはっきり言ってやれよ。その目で見たってな!」
にやついたパスカルの父が助け舟を自称する泥船を渡した。
「み、見たに決まってるだろ!? だ、だからそいつが畑に呪いをかけたんだ!」
しん、と応接室が静寂に包まれる。村長は瞑目し、ステラは小さくため息をついた。
「ステラ、教えてほしい」
村長が額に手を当て、そう唇を震わせた。
「はい。オスカーさまは嘘をついておらず、パスカルは嘘をついています」
「ああ!? 都合のいいこと言ってんじゃねえぞガキが!」
「それはあなたの愚息のことではなくて?」
今度こそステラに掴みかかろうとしたパスカルの父だったが、すかさずオスカーが床にねじ伏せた。
「感情のままに暴力を振るう行為は魔物以下です。いくら私を貶めても構いませんが、女性に手をあげることは看過しません。ご理解いただけたなら、着席を」
ロッシュはその光景を、目を丸くして凝視していた。
オスカーは体を動かすより机に向かっているほうがよく似合う。実際、武芸に身を投じているところなど見たことがない。
そのため、オスカーよりも一回りも大きな男をいとも容易く制圧した事実に驚きが隠せなかった。
「ステラ、大丈夫?」
「――」
「ステラ?」
返事のないステラは呆然とオスカーに目を奪われているようだった。
「え、ええ。大丈夫よ……それよりロッシュ、あれを出して」
「うん、わかった」
ロッシュは騎士から受け取った小瓶をみんなに見せる。
「それは、騎士が村のごみ捨て場で見つけたものです。中になにが入っていたかはまだ確認していませんが、畑が枯れた原因だと私たちは考えています」
「中身もわからないのに、そんなの証拠になるわけないだろ!」
「証拠って……その小瓶が絡んでいる真実があることを知っているような物言いね? パスカル」
「なっ」
パスカルは口をぱくぱくとさせ、反論の言葉を探している。
「鑑定士を呼べば、中に入っていたものがなにかわかるよ」
「その必要はありません」
「え?」
遅れて、こんこん、とすでに開けられた扉をノックする音が響き、ロッシュは振り返った。
「いやー、遅くなって……遅れましたことをお詫び申し上げます」
村で小瓶をくれた騎士がそこにいた。いつもの調子で話し始めたが、雇い主を前に慌ててかしこまった口調に切り替わる。
「すでに仲介から製作者まで見つけていますので、パスカルから話を聞かなくとも判明しています。それとも、さらに罪を重ねるかどうか確かめるために聞いてみてもいいかもしれないですね?」
騎士からパスカルへ、全員の視線が動く。
「ちが……いや、あ、その……」
詰んでいる。ここからなにをどう弁明しようと、起死回生を図る弁明などできようもない。
「あとは大人に任せましょう」
ステラに耳打ちされて、二人は静かに部屋を出た。
「ねえ、ステラ。さっき、なるほどって言ってたけど、なにがわかったの?」
「ああ、あれ? ロッシュはパスカルの魔法を知っているかしら?」
「ううん」
「パスカルの魔法は植物の成長を促すものなの。大方、英雄にでも名乗り出るつもりだったんでしょうね」
悲しいことに、理解したくもないパスカルの考えることなど手に取るようにわかってしまう。
「ロッシュ」
「あ、オスカー兄さん!」
ロッシュは走ってきたオスカーに抱きつく。やはり、体幹はぶれずに受け止めてくれた。
「俺、証明できたでしょ? ほとんど、ステラが頑張ってくれたけど――」
うずめていた顔を上げたロッシュは言葉を止めた。
「――」
オスカーはロッシュではなくステラを見ていた。ステラもまた、オスカーを見ている。
どこかぎこちなくて、けれど言葉では言い表せないような二人の空気につきりと胸の奥が痛んだ。
そう、なぜか心が、痛みを帯びたのだ。




