三話 旅の無事を祈る
「わあっ」
ロッシュは窓に張りつき、街に釘付けになる。
馬車が行き交い、見たことのない人数の人たちが歩いていた。自分たちのようにローブを着たものから甲冑を着たものまで、様々な見目のものが通りを行っている。
王都へ来たのだと、実感を得る。
「降りておいで」
しばらく馬車を走らせたあと、カシアスが窓をこんこんと叩いた。
「カシアスにロッシュ、待ってたぞ。大きくなったなあ!」
王都の東区。通りに面した場所に三階建ての黒煉瓦の建物が待ち構えていた。看板にはヴァンサンの紋章がある。
「テオドール伯父さん、久しぶり――」
挨拶も早々に、ロッシュとカシアスはまとめて抱きしめられる。長らく馬車に揺られ、凝り固まった体がぽきぽきと音を立てた。
「怪我をしたって聞いたけど、元気そうだね?」
なんとか腕から抜け出し、ロッシュが首を傾げる。まだまだ力も強いし、ピンピンしているように見える。
「そりゃあ治療してもらったからな。体はこの通りピンピンしてるさ。さあ、こんなところで立ち話もなんだから、ギルドを案内するよ。みんなにも集まってもらっているから」
テオドールがギルドの扉を開ける。
ロビーには十数人が立っており、中に入ると拍手で出迎えてくれた。
「我が……おっと、もうカシアスのギルドだったな。改めて、魔物討伐ギルドのメンバーたちだ。みんな、これからはカシアスがボスだ!」
がはは、とテオドールが豪快に笑う。とても死を覚悟して一線を退いた人には思えず、ロッシュは遠い目で見てしまった。
それを兄に気づかれ、こつんと脇腹を小突かれる。テオドールも振り返ったことで慌てて表情を戻す。
「ヴァンサン辺境伯が次男、カシアス・ヴァンサンだ。闇属性の魔法を使う。これからよろしく頼む」
端的な挨拶が終わり、ロッシュの番になる。
「三男、ロッシュです。俺は魔法が使えませんが、魔石作りや荷物持ちで役に立とうと思っています。よろしくお願いします」
真っ先に『魔法が使えない』と開示したのは、変に期待を持たれることを避けるためだ。
興味津々に近づいてこられ、いざ答えれば相手はつまらなそうな顔する。それだけで済めばまだましだが、酷いものはばかにし、見下してくるのだ。
あのときは子供心にも悲しく、傷ついた。
「それじゃあ、カシアスに引継ぎをしていくか。ロッシュは……」
「俺は少し行きたいところがあるんだけど、いい?」
「お、早速観光か? お上りさんめ」
「オスカー兄さんに行くように言われたんだ」
「兄さんに? どこへ……って、聞いてもいいか?」
秘密にするようには言われていない、と記憶を遡る。だからロッシュは素直に答えた。
「オランジュ子爵の商業ギルドだよ」
「オランジュ子爵の商業ギルド!?」
カシアスではなく、テオドールが大げさに反芻する。
「え、うん? 王都へついたら訪ねて、そこでオスカー兄さんの名前を出すようにって……言われたんだけど」
「オランジュ子爵の商業ギルドって言ったら、王都で一番の商業ギルドだぞ!?」
すなわち、フィエルテで一番の商業ギルドと言っても過言ではない。
「そ、そうなんだ?」
「オスカーのやつ……いったいなにを手配したんだ……?」
「伯父さんのことは任せて、行っておいで。ついでに街並みも見てくるといいよ」
ぶつぶつと繰り返すテオドールを押しのけ、カシアスがぱちりとウインクをした。
後ろ髪を引かれながらも、ロッシュはギルドを出る。商業ギルドは大通りに面した場所にあると先ほど教えてもらった。さらに、食事処や服屋、日用雑貨店など様々な店があるということも。さすがは尊き方の住まう場所である。
見て回るためにも馬車を出そうかと提案されたが、これ以上馬車酔いはしたくない。それは丁重に断り、ロッシュは徒歩を選んだ。
「ここだ」
魔物討伐ギルドとは逆で、商業ギルドは白煉瓦の五階建て。純白の壁には汚れが目立ちそうなものだがどこにも見当たらない。
国内の貴族関係者はもちろん、異国の民族衣装を身にまとったものなど、多種多様のものたちが大きなドアを出入りしている。
ロッシュは一度大きく深呼吸し、その敷居を跨いだ。ぎこちない動きだったためか、入り口の護衛に睨まれた。魔物討伐ギルドの制服を着ていなかったら止められていたかもしれない。
「あの、すみません」
一階の受付には若い女性と初老の男性が座っていた。どちらもビシッとスーツを着こなしている。
若い女性は来客の対応中で、ロッシュは初老の男性に声をかけた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと……俺は、ロッシュと言います。兄……オスカー兄さ……オスカー・ヴァンサンから、ここで名前を出すようにと言われたのですが」
緊張のあまりしどろもどろになってしまったが、男性はにこやかに対応してくれる。手元の書類を確認した男性は少し待つようにロッシュに伝えると、奥のほうへと行ってしまった。
「お待たせいたしました。ギルド長の元までご案内いたします」
男性は他の職員に受付を任せ、ロッシュを連れて四階へと向かう。
「ロッシュ・ヴァンサンさまをお連れいたしました」
「どうぞ」
女性の返事が聞こえた。ここまで連れてきてくれた男性を見やれば、にこりと微笑みだけを返される。つまり、入っていいということだろう。
「失礼します」
「お待ちしておりました」
白百合色の髪に、紅茶色の目。上品な濃緑のドレスに身を包んだ熟年の女性だ。射貫くようなまっすぐな目つきに、思わず唾を飲んでしまう。
「どうぞ、おかけください」
大きな机を挟み、座るように促される。机の上には大きさが異なる大小の木箱が置かれていた。
「私はオランジュ子爵、エリーゼ・オランジュと申します。商業ギルドのギルド長を務めております。私のことはエリーゼとお呼びください」
「ヴァンサン辺境伯の三男、ロッシュ・ヴァンサンと申します。俺のことはロッシュとお呼びください」
手短に名乗り合い、本題に入る。
「こちらが、オスカーさまからの品にございます」
気になっていた木箱がすっと前に出された。
「見てもいいですか?」
「ええ、もちろん」
赤く塗られた唇が小さく吊り上がる。
まずは小さな木箱に手を伸ばした。
「これは、短剣?」
両刃になっている刃は細身で、全体的に小さめの短剣だ。柄は真珠のように白い。握ってみると驚くほど手に馴染んだ。
「柄にはグリフォンの骨が使われていますので、非常に軽量に仕上がっているかと。刃は火竜の骨が混ぜられていますので、耐火と硬化の効果があります」
「……グリフォンと火竜!?」
ロッシュは勢いよく顔を上げ、エリーゼと短剣を何度も交互に見る。
グリフォンと竜といえば、どちらも入手困難な希少素材のはずだ。それらがふんだんに使われたこれは、いったいどれほどの値がつくだろうか。
途端に怖くなり、ロッシュはそっと木箱に短剣を戻した。
「そちらもぜひご覧ください」
こちらの大きな木箱にはなにが入っているのだろうか。ばくばくと鳴る心臓の音を聞きながら、震える手を伸ばす。
「ベルト……?」
ベルトタイプのナイフホルスターだ。ホルスターは先ほどの短剣とぴったりの形状をしており、鞘になっているのだとわかる。
「装着してみてはいかがですか?」
エリーゼがにこりと微笑む。
言われるがまま腰にベルトをつけ、短剣に手を伸ばした。ホルスターは背中部分にあり、斜めになっているため入れやすいし出しやすい。
軽く屈伸をしてみる。驚くほど軽く、違和感がない。制服にもよく似合っていると自分では思う。
「オスカーさまより、旅の無事を祈る贈りものです」
「……っ」
目の奥が熱くなる。
魔法を使えない自分にとって、魔法士の杖は憧れだ。それに代わるものを兄は用意してくれた。
それは、冒険についていってもいいという後押しでもある。
「ありがとう、ございます」
「お礼はどうぞ、オスカーさまに直接お伝えください」
空の木箱を抱え、ロッシュは商業ギルドをあとにした。気が引けたはずの短剣はすでに、背中に馴染んでいた。